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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 秋といえば収穫の季節。 朱藩の首都、安州で開催中の収穫祭は『海産祭』と呼ばれている。海岸線にある港街だけあって新鮮で豊富な魚介類には事欠かない。遙々、泰国から乾物を買い付けに来るほどの質の良さを誇っていた。 もちろん海の物産に限定するわけではなかった。様々な品を売りに、または求めて多くの人々が安州を訪れる。 宿屋も営む満腹屋ではここのところ常に満室状態だ。雑魚寝用の部屋でさえ、すぐに一杯になってしまうほどに。 そして今は団体の一行が泊まっていた。多くは開拓者だが今回は仕事を離れて旅行として定期便の飛空船にて海産祭を観に訪れているようである。 「乙女?」 「そうアルヨ〜。光奈ちゃんもどうアル?」 珍しく二階の宿を手伝っていた智塚光奈に声をかけたのは常連の呂。旅泰の広域商人である彼は何かと商売の種を満腹屋に運んできてくれる。 「安州より内陸で葡萄を育てているところアル。去年の試作に続いて今年は本格的にジルベリア的な葡萄酒を作るアルヨ〜。そこで宣伝を兼ねて海産祭の広場で葡萄踏みの催しやるアル。樽に詰めて持ち帰ってちゃんと後でお酒にするアルヨ。乙女が踏む葡萄酒、美味しいらしいアル」 「葡萄を踏むのですか〜。面白そうなのです☆」 光奈は呂の言葉にさっそく参加を決める。忙しいとはいえ安州内のことなので時間のやりくりはなんとかなるだろうと。 「でも、女の人ばかりなのは残念なのですね。男の人でもやってみたいと思うんじゃないかな〜?」 「そっちもアルヨロシ。やってみるっていってたアルヨ」 男性でも大丈夫と聞いた光奈は泊まっている開拓者達にも声をかけてみる気になった。呂に礼をいうとさっそく各部屋を訪ねて参加を誘う。 「乙女?! 絶対、ぜったいにやりますわ! 葡萄踏み!!」 「わ、わかったのです‥‥。お姉ちゃん、まるで性格が変わったようなのです」 光奈が姉の鏡子にお喋りすると、もの凄い勢いで食いついてきた。普段おしとやかな鏡子がまるで幻のように。 とにもかくにも葡萄踏みはもうすぐであった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●広場 賑やかなる朱藩の首都、安州。 秋の収穫を祝う『海産祭』も終盤に入った。より威勢のよい呼び込みの声が響き渡る。 広場で行われる催し物だが、本日は葡萄踏み。宣伝を含めた葡萄酒作りが始まろうとしていた。 「お姉ちゃん、たくさんの人が集まっているのです〜☆」 「そうね。でも光奈さん、駆けるのは危なくてよ」 満腹屋の智塚姉妹と開拓者六名が広場に足を踏み入れたのは、開催の三十分前のことである。 「葡萄踏みはここですのね? きっとあの高く設置された桶の上で踏むのですの。本で読んだことがあります」 礼野 真夢紀(ia1144)も光奈姉妹と同じように瞳を輝かせて歩きながら葡萄踏みの舞台を見上げた。 「すごく大きい桶ね。一個所だけでなくてもいくつも櫓があるよ」 十野間 月与(ib0343)は礼野と手を引いて桶が設置されている櫓の一つへと駆け寄った。 「らいよん丸さん、手伝うのデス。僕はお酒飲むのは駄目デスけど、そしたらきっとらいよん丸さんの分の葡萄酒がもらえるデス」 「もふ!」 ラムセス(ib0417)に何度も頷くもふらのらいよん丸だ。嬉しくて踊るようにぐるりと片足で回ってみせる。 「光奈さん、ちょっとだけもらってきたよ!」 広場へ到着した途端、行方をくらませていたリィムナ・ピサレット(ib5201)が光奈の元へと戻ってくる。手には葡萄の房が乗っていた。 「見かけは変わらないのです〜。でもちょっと濃い色かな?」 リィムナから受け取った紫色の葡萄を眺めている光奈に、フェンリエッタ(ib0018)も近づいた。 「生食用とワイン用では葡萄のお味が違うと聞いた事があるのだけど、とっても興味があったの。どうなのかしら?」 フェンリエッタも興味津々である。前屈みになって光奈が持っている葡萄の粒をよくよく眺めた。 リィムナ、フェンリエッタ、光奈の三人は葡萄酒用に栽培された葡萄を一粒ずつ食べてみた。とても甘くて濃い味だと意見は一致する。聞いたところによればジルベリア風の垣根式栽培方法を試しているらしい。そのおかげかも知れなかった。 「事前の情報通り、男性が踏む機会もあるようですね‥‥。男性が先で、その後で女性のようです‥‥」 「わかったのデス」 利穏(ia9760)は主催者側から進行が書かれた紙を手に入れるとラムセスにも見せてあげる。 「あともう少しのようですわね‥‥」 落ち着いているようで、実はそわそわしていたのが鏡子だ。何度か転びそうになったところを礼野や月与に救われている。 開始時間は迫り、まずは参加する男性陣の足が洗われた。光奈と鏡子が買ってでて手伝うだった。 ●男性の葡萄踏み 「結構、冷たいものですね‥‥」 「くすぐったいのデス」 利穏とラムセスは一緒の桶に足を踏み入れる。格好は主催の醸造所『深紫』の職人達が普段から着ているものを借りていた。葡萄酒を思わせる紫色に染められたジルベリア風の職人衣装だ。製造方法も含めて出来るだけジルベリア風で固めているようである。 「二人とも格好いいのです〜♪」 「転ばないようにお気をつけて」 下から聞こえている智塚姉妹の声に利穏とラムセスが気がつく。他の仲間達も見守る中、男性による葡萄踏みは始まる。 踊りの音楽については天儀の『お囃子』である。利穏とラムセスはジルベリアのものを期待していたが、そこまで手が回らなかったようだ。 男性の葡萄踏みは華やかというよりも豪快。 参加した男達は我が先にといった感じで葡萄を踏んでゆく。利穏とラムセスもここは流れに逆らわずに習えと激しく足踏みをした。 (「何か恥ずかしい様な楽しい様な‥‥」) 複雑な心境の利穏だったが笑顔で葡萄踏みを楽しむ。足の裏で粒がつぶれてゆく感触は独特で面白い。 ラムセスも利穏と同じくはしゃいでいた。 (「陣取り合戦とかしている感じなのデス」) まだ潰れていていない葡萄の山をラムセスは足の裏で切り崩してゆく。第二段、第三段と葡萄が投入されてゆく中、絞り汁が管を伝っていった。 女性陣は樽詰めを手伝う。 葡萄の絞り汁は一旦別の桶に集められる。種や皮が混じらないよう布を通して除くのだが、その作業をリィムナとフェンリエッタが担当する。 「ここで搾った葡萄のワインが来年飲めるようになるんだ‥‥ちょっとすごい」 「すごいよね! これを酒蔵で寝かせておくだけでお酒になるなんて不思議だね!」 リィムナが一度絞り汁の流れを止めると、フェンリエッタが布を溜まった種や皮ごと新しいものに交換した。漉された絞り汁を樽に詰めたのは礼野と月与だ。 「お姉様のお友達の話ですと、皮をとって汁を絞ったら白ワインになるそうですが‥‥赤ワインですのね。肉料理に赤ワイン、魚料理に白ワインがあうんだったっけ?」 「お料理と一緒に頂くとより美味しそう。う〜ん♪ 葡萄の香りがすごくいいね♪」 周囲に漂ってくる葡萄の香りにうっとりしながら礼野と月与はたまに樽を軽く叩いてどの辺りまで入っているかを確かめる。 男性陣が踏んだのは五樽分。 利穏とラムセスは足を洗ってから仲間の元へと戻るのだった。 ●女性の葡萄踏み 「すごくたくさんいるね。あっちも、こっちにも集まりが出来ているし」 「今までどこに隠れていたのか不思議なくらいなのですよ〜♪」 フェンリエッタと光奈が目を丸くしたのは無理もない。女性の参加者は男性の四倍以上。時間になるといつの間にか広場に人が増えていた。 「許してもらえたのデス〜」 「よかったね! よ〜し、あたしも頑張るぞ!」 主催者のところから戻ってきたラムセス、もふらのらいよん丸とリィムナは喜んだ。ラムセスが主催者に提案したところ、ジルベリア風のお囃子をやってよいとの許可が得られたのである。 「はっ! 大変なのデス」 「もふ?」 喜びから我に返ったラムセスは急いでお囃子担当の人達の元へ。その後ろをらいよん丸が追いかけてゆく。女性の葡萄踏みが始まるわずかな時間に教えなければならなかった。 「それでこんなにも用意されていのですね‥‥」 利穏は櫓がたくさん建てられていた理由を今理解した。隠れ人気があったのを主催者側がちゃんと把握していた証拠ともいえる。 そして『乙女の葡萄踏み』と鏡子が呟いたとき、表情を見ていたラムセスが背筋を凍らせたのを思い出す。利穏からは鏡子の顔は見えなかった。おそらく興味津々の表情を浮かべていたのだろう。鏡子のような女性がたくさんいたとすれば隠れ人気も納得である。 誰も気づいていなかったが、旅泰の呂による前宣伝の効果は絶大であった。恐るべきは広域商人の知恵だ。 「まゆちゃん、かわいい」 「月与さんこそ」 礼野と月与は木陰で葡萄踏み用の衣装に着替える。礼野は綺麗に裾をまとめた浴衣姿。月与は真っ白なエプロンドレスが目立つ格好だ。 満腹屋一行の女性六名は同じ櫓へと集まる。直前に足を綺麗に洗って櫓を登り、設置されていた大桶を取り囲んだ。 「それではやるのデス〜」 ラムセスがリュートでジルベリアの音楽を奏で始めた。お囃子の人達も合わせて楽器をテンポよく鳴らす。 「♪乙女歌うよ秋の日に〜 黒く実った秋の日に〜 今年もめぐって恵を祝おう、 さぁ輪になってステップ踏もう、 今日を祝おう、明日を歌おう♪」 ラムセスの歌声響く中、主催者の一言で女性の葡萄踏みが始まる。 「よーし、ジルべリアからワイン造りの魔女が美味しいワインを醸す魔法をかけにやってきたよー!」 それまで屈んでいたリィムナが短めのマントを翻しながら立ち上がった。 片手で掲げたのはハートスティック。ホーリーコートによる白き輝きを放ちながらウインクするとハートスティック先端の宝珠からハートの光が乱舞する。 「ワインの精霊よ、この地の葡萄に宿り世界で一番のワインを造らせたまえー!」 喝采の中、葡萄踏みの樽へと入って仲間達と輪を作る。 次々と葡萄の粒が踏まれて皮が分離してゆく。 「光奈さん、危ない!」 「た、助かったのですよ〜。ありがとうなのです〜♪」 桶底に溜まった皮で滑りそうになった光奈を支えてくれたのはフェンリエッタだ。 「もう、光奈さんったら‥‥?!」 「あっ!」 そういいながら鏡子も足を滑らせる。礼野が掴まえてくれて事なきを得る。 「思ったよりも滑りやすいね。ここはみんなで手を繋ぐのはどう?」 月与の提案で一つの輪になることにした。鈴輪などの楽器は隣同士の二人で握り合う。 ラムセスが主導するお囃子も二巡目に入ってより盛り上がりをみせる。 「白の葡萄酒は難しいのですか‥‥」 「どうも葡萄の皮が発酵を促すようなんだが、白はそれを取り除いて作るからな。どうしてもなー。おそらくジルベリアには秘伝があるんだろけどな」 利穏は絞り汁の樽詰めを手伝いながら葡萄酒の製法について職人達に訊いていた。 「もふ〜!」 もふらのらいよん丸は詰め終わった樽運びに大活躍である。懸命に荷車を牽いている。 「ほい〜♪ ほぉ〜い♪」 「もう、光奈さんったら♪」 フェンリエッタと光奈は一緒に握っている精霊鈴輪でクルリと宙に円を描きながら鳴り響かせる。 「考えていた通り、葡萄踏みっていいわね♪」 「ふふふっ♪」 左側の鏡子とも目を合わせてフェンリエッタが微笑む。 「葡萄酒、最高! 最高だ!!」 リィムナは軽やかなステップの妙を見せる。絞り汁が飛び散らないよう激しく動くのにはかなりの技量が必要だ。 「思い出になるかなって♪」 月与はエプロンについた葡萄の絞り汁の跡を大切にするつもりだと礼野に呟いた。 「満腹屋に残っている龍に葡萄酒を呑ませてあげたいなって。主催の人に頼んでみるつもりです」 自分が軽いことを承知していた礼野はなるべく強めに足踏みをする。 手拍子続く中、広場にいたほとんど全員で歌が合唱された。 一つになって絞られた女性陣の葡萄酒は全部で二十樽分になるのだった。 ●試飲 去年試作された葡萄酒の試飲の時間が訪れる。 呑めない人用として葡萄ジュースも用意されている。葡萄酒用の絞り汁そのままでは味が濃すぎるので適度に水で薄められたものだ。 主に葡萄酒で具を煮込んだジルベリア風鍋もあった。 海沿いの安州なので主催者も魚介類を使いたかったようだが、よい具材が見つからずに獣肉である。それを知った礼野は去年の海産祭で商った牛丼屋台を思い出す。あの時も楽しかったと。 「いっただきます! 美味しい!!」 リィムナは軽く唇に葡萄酒をつけ、その後は葡萄ジュースを楽しむ。お鍋のお肉をホフホフと頂くが、あっという間に食べ終わってお代わりをする。たくさん踊ったのでお腹が空いていたのである。 「やっぱり赤のワインはお肉と合うみたい。でもちょっと残念」 「難しいとは思うのですけど、きっと合う魚介類の料理もあるはずなのです〜」 赤の葡萄酒に合う魚介料理がないものかとフェンリエッタと光奈は相談する。要研究の案件である。 (「これが乙女の葡萄酒‥‥」) 鏡子は真剣な眼差しで葡萄酒の入った陶器を眺めた後で口に含んでみた。自分が葡萄踏みをしたものがどのようになるのかを想像しながら。 「こちらは月与さんにあげます。あたしは葡萄ジュースで。鈴麗の分だけは満腹屋まで持ち帰ってよいって頂きましたから」 礼野は月与の前に葡萄酒が注がれた陶器を置いた。薄めていない絞り汁も飲んでみたが主催者側がいっていた通り味が濃すぎた。ちなみに今回の葡萄酒が手に入れられるよう醸造所『深紫』の場所も教えてもらっている。もしかすると将来、満腹屋でも扱うかも知れないが念のために。 「ありがとう。お肉取ってあげるね。ちょっと待ってて」 月与は礼野に鍋からたくさんの具をよそってあげた。秋の野外で湯気立つ鍋をつつくのは格別である。 「あせって食べてはダメなのデス。熱いのデス」 「もふもふっ!」 ラムセスはもふらのらいよん丸の分を小皿に移して卓代わりの岩の上においてあげた。葡萄酒を頂きながらお鍋のお肉も食べるらいよん丸は幸せいっぱいだ。 ラムセスもまたお鍋のお肉を頂きながら葡萄ジュースを頂く。礼野もそうであったが、そのままの絞り汁はとても濃くて一口が精一杯だった。普通の葡萄を使った絞り汁ならどうなのだろうと考えながらお腹いっぱい食べるラムセスだ。 利穏は智塚姉妹と同じ卓で鍋を囲んでいた。もちろん飲み物は葡萄酒である。 「光奈さん、この後はどうするのですか?」 「んっと、せっかくなのでみんなで海産祭の市を回ってみようと考えているのですよ♪」 利穏が話している最中、光奈の名前を呼ぶ声がした。 参加応募の際に引いた籤が当たったのである。光奈は賞金を手にする。 「これはみんなで☆」 光奈はすぐに満腹屋一行で賞金を分ける。みんなのおかげで楽しく葡萄踏みに参加出来たのだからといって。 一行は一息ついたところで市へと繰り出す。 「ちぃ姉様はお酒好きですから」 「ここは呂さんから仕入れているお店なのですよ」 礼野は呂が関係している行商から葡萄酒を手に入れた。光奈がいうにはジルベリアから運ばれている品のようだ。 「‥‥もし宜しければ、どうぞっ」 「悪いのですよ〜。でも美味しそうなのです☆」 利穏は普段から満腹屋には世話になっているといって光奈にお土産を買って手渡す。光奈が好きだといっていた秋刀魚の味醂干しの束だ。 光奈曰く、ずっと一つの料理を食べ続けなければならないとすれば秋刀魚の味醂干しを選ぶという。 「美味しい物、光奈さんが好きな物、お勧めがあったら教えてね♪」 「冬の魚介鍋にはこの安州名物の魚醤を使うと風味が増すのですよ♪ 使いすぎは禁物なのですけど〜」 フェンリエッタは秋刀魚の味醂干しの他に魚醤も購入する。天儀風の鍋を作るときにでも使ってみようと。 「店ではなくて自宅で使うのだけど、どれがよいのかしら?」 鏡子からチーズの善し悪しを聞かれてフェンリエッタは選んであげる。 「お父さんもきっとまんぞくしてくれるのデス」 「もふ!」 ラムセスはとにかく量と考えて干物をまとめ買いで安く手に入れた。味もそれなりを維持出来るよう光奈顔なじみの行商からだ。 「あたしも家族や親友のお土産として欲しい! どれがいいのかな?」 ラムセスと同じ行商からリィムナも海産物の乾物を買う。アジ、鯛など様々な魚の開きに始まってスルメも。光奈と鏡子がどれが美味しいかを教えてくれた。 「朝食に良さそう。きっと喜んでくれるよね」 月与も魚の干物をいくつか。笑顔の夫を思い浮かべながら購入した。 夕暮れ時、たくさんのお土産を抱えて一行は宿である満腹屋へと戻るのであった。 |