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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。 「これ、間違いないように」 「は、はい!」 完成したばかりのボロ格納庫横の問屋倉庫で響く声。女社長『李鳳』は新人三名をビシバシと鍛えていた。 新規事業の要になるので当分は朱春近郊の飛空船基地周辺を離れられそうにもない。昇徳商会は忙しさの真っ直中だ。 「それでは行っています!」 青年操縦士『王輝風』はボロ倉庫に戻って一時間もしないうちに再び中型飛空船『翔速号』で大空へ。ここしばらく泰国と天儀本島を往復する過密な日程をこなしている。 松茸の需要が非常に好調であったからだ。おかげで昇徳商会が抱えていた負債すべてが綺麗になっていた。 当然、中型商用飛空船『浮雲』の操縦士、猫族の娘『響鈴』も泰国の空を飛び回る日々を送っていた。 「うー‥‥‥‥」 深夜、ボロ倉庫の事務室に戻ってきた響鈴がバタリと臨時用のベットへと倒れ込む。響鈴の頬を黒子猫のハッピーが舐めてもぴくりともしないで夢の中へ。 響鈴が疲れていたのは浮雲をたった一人で飛ばして物資を運んでいたせいである。いくら近場での運用で軽い品物ばかりとはいえ、一人ですべてこなすのは大変だった。 一ヶ月ほど前から乗員の新規募集が行われていたものの、未だ誰一人として希望者は現れない。問屋倉庫の人員を回そうとしたものの、三名とも船酔いが激しい体質で無理強いをすればやめるといいかねない状況なので諦めた経緯がある。 ちなみに王輝風の松茸輸送については夜間飛行が必須のために、この間知り合った旅泰・呂の商隊から無理をいって操縦士一名を借りている状態だ。 「ごめんね、響鈴。絶対に近いうちに新しい人いれるから。それと次の仕事はたくさんの貨物があるので開拓者を雇って手伝ってもらうわ」 「わたしは大丈夫なのですー」 翌朝、食事をとりながら李鳳の前で強がる響鈴である。以前より響鈴の給金はあがっていたが身体を壊しては元も子もなかった。 「今、朱春で『旅泰市』が開催されているのは知っているでしょ。人と商材を現地の村から朱春まで届ける仕事になるわ」 「商材はなんなのですか?」 「干し柿だって。具体的に運ぶのはその干し柿が詰まった三十の木箱、それと依頼人を含む関係者二名ってところね」 「干し柿ですか‥‥」 李鳳から干し柿と聞いた途端、響鈴は昔から心に引っかかっていた疑問を思い出す。干し柿は渋柿から作られるそうだが、それが本当かどうかというものだ。 「わかりました!」 李鳳へと元気に返事をする響鈴であった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
壬護 蒼樹(ib0423)
29歳・男・志
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●到着 中型商用飛空船『浮雲』は船舶名のようにふわふわと漂うようにして目的の村上空へ。接触に注意しながら依頼人が住む家の庭へと着陸を果たした。 「昇徳商会の響鈴です。この度は依頼して下さってありがとう御座います」 「こちらこそお願いしますね。運ぶ品はこちらにありますので」 響鈴は依頼人の中年男性『里徳』に挨拶をして倉を空けてもらう。そこには木箱が堆く積まれていた。 「さぁってと、がんばって干し柿を浮雲へ積み込みましょうー! へ?」 響鈴が一歩を踏み出そうとすると肩を掴んで止めようとする者がいる。頭上に黒子猫のハッピーを乗せた滝月 玲(ia1409)だ。 「責任感が強いんだから‥‥倒れちゃあ何にもなら無いよ、積み込むのは俺達がやるからな」 「でもお仕事ですし‥‥」 滝月玲はハッピーを両手で持ち上げてから響鈴に優しく手渡す。ハッピーは響鈴に抱かれながら無邪気にニャーと鳴いた。 「そう思うよな。みんなもさ」 滝月玲は倉に集まりかけていた開拓者仲間へと振り向いた。 「無理はしないって最初の挨拶のときに約束したよね。ここは自分達に任せて欲しいかな」 銀髪靡かせながら台車を運んできた鞍馬 雪斗(ia5470)が同意する。 「響鈴さんはお疲れの様子ですし、ハッピーと一緒に船内で休んでいてください」 柊沢 霞澄(ia0067)は木箱に炭で番号を書いていた手を止めてニコリと微笑んだ。 「積み込んだ後の確認はお願いします。それまではごゆっくりと‥‥」 利穏(ia9760)は響鈴に話しかけながらも視線はハッピーに釘付けだ。姿、仕草などが可愛くて仕方がない。行きの道中で何度か接触を試みようとしたのだが機会がなかったのである。 「よろしければ行きと同じように浮雲の操舵も代わりますので」 台帳記入を担当していた壬護 蒼樹(ib0423)も響鈴を休ませるの賛成だ。 「倒れられたらこちらとしても大変ですから」 そう響鈴に勧めると十野間 修(ib3415)は確認が終わった木箱の蓋を釘で打ちつける。ちなみに台車を多めに用意したのは十野間修の案によるものだ。 「みなさん、ありがとう‥‥」 嬉し涙を瞳に浮かべた響鈴がハッピーを抱えて浮雲へと戻っていった。 「よーし張り切ってお手伝いするぞー!」 小柄なリィムナ・ピサレット(ib5201)が持ち上げるとまるで木箱がそのものが歩いているようだ。リズミカルに木箱を台車に載せるとびゅ〜んと浮雲まで押して駆けてゆく。 「あとはあたしに任せてね〜♪」 浮雲の船倉搬出扉付近にいたフラウ・ノート(ib0009)はリィムナから木箱が載せられている台車を引き継いだ。 一人で船倉に木箱を並べるフラウであったが、倉での木箱検査が終わったら壬護蒼樹と十野間修が応援してくれる予定だ。 到着が暮れなずむ頃であったので、その日は干し柿の木箱を浮雲に積み込むだけで終わった。 休憩した響鈴は宵の口に里徳から招かれて開拓者達と一緒に美味しい山菜鍋をつついたのだった。 ●渋柿 依頼人『里徳』には終わらせておかなくてはならない干し柿の仕事が残っていた。そこで出発を一日遅らせて開拓者達も手伝うことにする。 「収穫時期を狙って泥棒が田舎にやってくる話もあるようですし」 十野間修は浮雲の留守番を買って出ていた。甲板に陣取って番をする。空賊ならば電光石火で襲撃が可能。干し柿も大切だが遅くて高く飛べないとはいえ完全改修された浮雲なら充分に利用価値がある。盗まれたのなら大変だ。 (「妻にもこの景色を見せたかったですね」) 十野間修はお茶をすすりながらうろこ雲浮かぶ秋空を見上げた。 他の一同は農家の縁側で干し柿作りを手伝う。 「うむ〜‥‥‥‥。やっぱり渋いのですー!」 長く眺めていた柿を少しだけ囓ってみた響鈴の顔がくしゃくしゃになる。間違いなく干し柿用に使われていたのは渋柿であった。 「船内で持参した渋柿で作り方を教えたろ? まだ干し柿になって甘くなったのを確認してないから証拠にはならないけどさ」 あきれ顔を浮かべたのは滝月玲だ。 「すみませんです。二つの事例が確認出来れば完璧だと思いまして」 響鈴は疑問に感じたことに関しては結構疑い深い性格のようである。 「美味しそうだからって二週間も経たないうちに食べると天罰が下るからね」 「わかりましたです!」 滝月玲に敬礼して覚悟を示す響鈴である。 (「僕の実家でも秋によく軒先に吊るしてありましたね。吊るしている柿が美味しそうで、我慢出来ず‥‥」) 滝月玲の言葉に壬護蒼樹は昔を思い出した。 子供の頃の自分とは違って成長中の息子は言いつけを守り、干し途中の柿に手を出そうとはしない。しかしお供のもふら様は囓って苦かったらしく転げ回っていた去年の記憶が蘇った。 「そちらをよろしくお願いしますね。もう一籠で最後になります」 「任せてね。最後まで手を抜かないでやるよ!」 見事な包丁捌きで柿の皮を剥いていた柊沢霞澄は籠を持ち上げたリィムナに一言かけた。 リィムナは籠から剥き柿を取り出してはヘタの部分に縄紐を結びつける。同じ作業を滝月玲もこなしていた。響鈴と壬護蒼樹は柊沢霞澄と一緒に皮剥きを頑張る。 縄紐がつけられた剥き柿は釜戸前の鞍馬雪斗の手に委ねられた。 鞍馬雪斗はお湯の中に渋柿を十数える間だけ潜らせる。 「お嬢ちゃん、熱いから気をつけな。綺麗な顔に火傷でも負ったら大変だからな」 (「‥‥一応男なんだけど‥‥まぁ‥いいか‥」) 依頼者の家人に女性に間違われてもめげない鞍馬雪斗である。 湯に潜らせた剥き柿は利穏とフラウの元へ。二人は木の棒へと縄を結ぶと剥き柿を縁の下などに吊した。 「渋いそれが、干しているうちに甘くなる‥‥不思議ですね」 「干し柿って、こーして作るのね‥‥」 利穏とフラウは盛大に干されている剥き柿を改めて見上げた。そよ風に小さく揺れる柿がとてもかわいらしく感じられる。 壬護蒼樹は干す直前の剥き柿を里徳からいくつかもらうと浮雲の甲板へとあがった。そして滝月玲が用意した剥き柿と区別がつくよう吊しておくのだった。 ●くつろぎ 依頼開始から三日目。 相変わらずのゆっくりとした飛行であったが浮雲は暮れなずむ頃に泰国の帝都、朱春上空へと辿り着いた。 そして宿屋近くの空き地に着陸。そこからは台車を使って木箱を宿屋の倉へと運び込んだ。てきぱきと行われて日が暮れる前には終了する。 里徳と娘は宿屋へと泊まった。響鈴と開拓者達は浮雲で近郊の昇徳商会のボロ格納庫へ。そこで一晩を過ごすこととなる。 早めの夕食だったので小腹が空いてきた一同は、李鳳と一緒にもらった干し柿を頂く。 「嬉しそうなのですー」 「そ、そうですか。それならよいのですけど‥‥」 黒子猫のハッピーの喉を撫でる利穏に響鈴が声をかける。目を閉じながらゴロゴロと喉を鳴らすハッピーの様子に自然と笑みが零れる利穏だ。 「ハッピーちゃん、可愛い!!」 利穏の次にハッピーを確保したのはリィムナだ。頬にすりすりした後はしばらく膝の上において一緒である。 「明日はあれで応援するつもりんだよ!」 リィムナがハッピーの背中を撫でながらもう片方の手で指さしたのは船内で作ってきた小道具だ。干し柿売りの初日は手伝うと里徳に約束している。ハッピーはお座りの格好をしてリィムナを見上げながら鳴いた。それがまるで答えてくれたように思えてリィムナはハッピーを抱きしめるのだった。 「これはなかなかです。軽く焼いてもおつですね」 十野間修は暖炉に取り付けられていた鉄網の上に干し柿を乗せて焼いてから頬張った。妻にも食べさせたいといっていくつか自分の分をお土産として残す。 柊沢霞澄もまた干し柿を焼いてから食していたが、ついでに滝月玲から受け取った秋刀魚の味醂干しを炙っていた。 「さあ、焼けましたよ。召し上がれ」 柊沢霞澄はハッピーの前にほぐした秋刀魚の味醂干しを盛った皿を置く。リィムナは干し柿、ハッピーは味醂干しを一口食べては同時に笑顔を浮かべた。 「響鈴の分もちゃんとあるからな」 「はい☆ 大事に食べさせてもらいますー。大好物なのです♪」 滝月玲は忘れないうちにと竹の皮で包んであった秋刀魚の味醂干しをお土産として響鈴に手渡す。今日のところは干し柿を楽しんだ響鈴だ。 「明日は‥‥女教皇の正位置か‥‥別段悪くは無い‥が。どうなるもんかな‥」 鞍馬雪斗はタロットを並べ明日の干し柿販売を占ってみせた。どうやら特に障害はなさそうである。 「これが干し柿の味なのね‥‥。この甘みは独特‥‥」 フラウは一口ずつ確かめながら干し柿を食す。響鈴の言葉ではないが、これが渋い柿から出来たとはとても思えなかった。 「もうしばらくかかりそうですね」 壬護蒼樹は浮雲の甲板に干してあった柿を揉みながら確かめる。移動の際に吹き付けた風のおかげでより熟成が進んでいたが、さすがにまだ食すには至っていなかった。 ●旅泰市 翌日、宿屋で里徳親子と合流した一同は干し柿の販売を手伝う。 一度にすべての干し柿を並べるわけではないので必要分を台車二両に載せて市の現場へと運び入れた。 場所はすでにとってあったのでそこに簡易の店舗を作る。木材の支柱と布で組み立てるのだが、開拓者達にとってはお手の物だ。特に滝月玲、十野間修、壬護蒼樹がすいすいと仕上げてくれる。 利穏は算盤などの勘定の用意。鞍馬雪斗が開けた木箱内の干し柿を柊沢霞澄、リィムナ、フラウが棚の上に並べた。風よけ用のゴザを両側面に張ったら完成である。 「んー‥初めて来るけど、いい雰囲気だね‥。賑やかなのは苦手だけど、悪くは無い‥かな」 そう小さく呟いてから鞍馬雪斗は大きく息を吸って呼び込みを開始した。昨日食べた干し柿の感想をアピールだ。 「あたしもがんばるよ!」 リィムナが用意した小道具とは旗。『干し柿売り出し中!』と大きく書かれた旗を浴衣ドレスを着た背中へ外套のように取り付ける。そして纏代わりの『魔杖「ドラコアーテム」』には干し柿が吊されていた。 足下で跳ねるハッピーと共に少し離れたところで店舗のある位置を時折示しながら踊り続けるのだった。 「俺も負けていられないな」 仲間達の宣伝を眺めながら十野間修は干し柿が描かれた幟旗を店舗の柱を利用して張った。これでどこから見ても干し柿屋。何を売っているのか遠くからもわかる状態はとても重要だ。 誰もが旅泰市での買い物に興味があるはずなので順番に休憩をとる。 最初に休憩に入った柊沢霞澄と壬護蒼樹はたくさんの品を抱えて戻ってきた。 「名物だって聞いたので真っ先に買ってきました。まだ温かいですからどうぞお早く」 「わぁ〜♪ う〜んしあわせー♪」 壬護蒼樹は朽葉蟹の酒蒸しの包みを響鈴に手渡す。周囲には見えにくい簡易店舗の裏で頬張った。 「栗おこわも美味しいですよ。他にも甘栗や羊羹もあります‥」 「ありがとうー♪ 秋は一年で一番好きな季節なのですー」 柊沢霞澄から受け取った栗ごはんを響鈴はホクホク顔で頂いた。 「他にも面白いものがありましたから見学してくるといいですよ。響鈴さん、まだ休憩とっていないし」 「こうやっておごはん頂けたから休憩はいいのですよ♪」 壬護蒼樹が響鈴に休憩を勧めると近くにいた滝月玲も賛成してくれる。 「折角旅泰市に来たんだ、売れ筋を調べておくのも仕事だよ」 滝月玲と壬護蒼樹は響鈴を市へと送り出す。少しでも気分転換になればと。 壬護蒼樹は息子の土産用として買った栗を全部食べてしまったことに気がついて急いで買いに走る。するとそこには次の休憩に入っていた利穏の姿があった。 「壬護さんもこちらに。ここのは美味しいと評判だと聞きましたので」 利穏は自分の分の焼き栗と響鈴に渡す分を買ったばかりだ。壬護蒼樹は焼き栗と念のために生の栗も買い求めた。 (「手癖の悪いのが混ざっているのね」) その頃、フラウは売り子として店を手伝っていた。人混みに混じって盗みを働こうとする輩を見つけると声をかけて牽制し未然に防いだ。 「また、いらしてくださいね♪」 購入してくれたお客様には一番の笑顔を振りまくフラウだ。 利穏が戻る頃、ちょうど響鈴も店へと戻っていた。 「栗、もう一袋、買ってきたんです。宜しければ昇徳商会の方々とご一緒にどうぞ」 「おいしそうー。輝風さんが今晩格納庫に戻るみたいですから一緒に頂きますー♪」 利穏は響鈴の笑顔が見られてよかったと心の中で呟く。 今日一日の開拓者一同による宣伝や活躍のおかげで干し柿を販売する里徳親子の評判は広まった。 その晩、開拓者達は昇徳商会の一同と共に旅泰市で購入した様々な品々で食事を楽しむ。予定通り戻ってきた王輝風も参加する。 滝月玲は時間まで翔速号の整備を手伝った。そして精霊門の発動に間に合うよう昇徳商会を開拓者達は後にした。旅泰市で買い求めたお土産を手にぶら下げて。 それから十日後、浮雲に干された渋柿は甘い干し柿へと見事変化を果たす。昇徳商会の一同は感謝しながら干し柿を楽しんだという。特に響鈴は満足げに頂いたのだった。 |