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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「この間の秋刀魚も美味しかったのです〜♪ 秋はやっぱり食欲の秋! 収穫の秋なのですよ☆」 満腹屋の一階飯処で元気に声を響かせていたのは給仕の智塚光奈である。 「もう張り切っちゃって」 姉の鏡子が光奈に振り向きながらクスリと笑う。 いつも元気な光奈だが、ただ今張り切っている理由は約二時間前にサツマイモ掘りの機会を得たからだ。満腹屋常連の交易商人『旅泰』の呂が切り出した商談が始まりだった。 光奈はサツマイモを二週間ごとに一定量ずつ三ヶ月間買い取る交渉の過程で現地への招待を得る。 かなりの量を引き受けるので格安で卸してもらうのは第一条件。こちらはすでに話がまとまっている。 問題なのは第二の条件であるサツマイモの品質。つまるところ美味しいかどうかだ。それを確かめるためにサツマイモ畑のある現地へと光奈が出向くことになったのである。 「たくさんのサツマイモをどう調理して売るのか考えていらっしゃって?」 「おそらく仕入れる半分のサツマイモは焼き芋で売り捌けるのです。乙女はこの魅力に勝てないのですよ☆ 燃料費をさっ引いても‥‥これで最低限の黒字は確保できるはず〜♪」 光奈は弾いた算盤を鏡子に見せる。今はちょうど午後の仕込みの時間で客は誰もいなかった。 泰国から仕入れためろぉんを使ったかき氷はまだまだ売れている。しかし暑さが和らいでいくうちに下火となるだろう。そうなったときに換わる商材が必要だった。 「大黒字にするには残る半分をどう売るかにかかっているのです。現地でサツマイモの出来を確かめると同時に調理の案も練ってくるつもりなのです〜」 光奈は満腹屋とサツマイモの里との往復の間、呂に護衛として開拓者を用意するよう条件を出していた。その役目の他に依頼にはサツマイモに関する手伝いも含まれる。 「開拓者には一緒にサツマイモ掘りを頑張ってもらうつもりなのですよ☆ それと美味しいサツマイモ料理も教えてもらうのです〜。きっとよい案を教えてくれるはずなのですよ〜♪」 光奈はたくさんのサツマイモを掘り出している様子を思い浮かべるのであった。 |
■参加者一覧
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●サツマイモ掘り 開拓者六名は精霊門で朱藩の首都、安州へと移動。智塚光奈と合流して旅泰の呂所有の飛空船に乗船する。 空路で目指したのは朱藩国内にある村だ。午前中に到着し、地主へ挨拶をしてさっそくサツマイモ畑を案内してもらった。 「ここですな」 「光奈ちゃんに頼まれたのでわざと手つかずにしてもらったアルヨ」 地主と呂が指さした畑はまだ緑の葉や蔓で覆われていた。 「これでこそイモ掘りなのです。それではいくのですよ〜♪」 光奈が張り切って畑へと踏み入れる。盛土となっている畝を崩さないよう足下に気をつけながら。 開拓者達も同様にしてサツマイモ掘りが始まる。全員が動くやすくて汚れてもよい格好で励んだ。 「僕もサムライの端くれ。力仕事は領分ゆえ任せてください」 「んじゃあ、やるか! こいつをとっちまえばいいんだよな?」 利穏(ia9760)と羽喰 琥珀(ib3263)は握った鎌で蔓を次々と斬っていった。イモを抜くときのために蔓の余裕を残しながら。 「蔓も食べれるって聞いたデス」 「もふ?!」 ラムセス(ib0417)の呟きを耳にしてもふらのらいよん丸が俄然やる気になった。ラムセスが斬った葉や蔓を張り切って退けてくれる。 (「どうしたのデス?」) しばらくしてラムセスは沈んだ表情のらいよん丸に気がついた。こっそりと生の蔓や葉を囓ってみたようだが美味しくなかった様子である。 「胡麻油で炒めてお醤油とかで味付けするとおいしいみたいデス」 「お酒の摘みによさそうなのです☆」 ラムセスはわざとらいよん丸のそばで光奈と蔓の調理法についての会話を交わす。するとらいよん丸は元気を取り戻すのだった。 リィムナ・ピサレット(ib5201)は斬られた蔓と葉を専門に退かしていた。光奈も一緒である。 「光奈、競争だよ!」 「負けないのです〜♪」 蔓と葉を入れた籠を抱えるリィムナと光奈が畑を駆け回る。 その様子を眺めて、十野間 月与(ib0343)とティア・ユスティース(ib0353)が互いの顔を見て微笑む。月与の刈ったものを光奈が、ティアのものをリィムナが退かしてくれていたからだ。 「ホクホクのお芋のためにがんばろうね」 「そうですね。ここは取り除いてしまいましょう」 月与とティアも頑張って鎌を振るう。 わずかな時間に蔓と葉は畑の上から退かされた。呂と地主があまりの早さに驚くほどに。 次は光奈が待ちに待ったサツマイモを地中から取り出す作業だ。 屈んだ羽喰琥珀が畝の山を手で崩して残っていた蔓を引く。すると紅色のサツマイモが現れる。 「知ってるかもだけど、こーいう芋がいい芋なんだよなー」 「なるほど‥‥ふむふむ」 羽喰琥珀が持ち上げたサツマイモをまじまじと見つめる光奈だ。ふっくらと丸みがあり紅色が鮮やかで艶がある。表面の傷は少なかった。 「見事なお芋ですね」 「料理をするのが楽しみです」 月与とティアもさっそくサツマイモを掘り出しては籠に入れてゆく。 保存が効くようサツマイモは何日か日干ししなければならない。ただ一週間滞在するので今回掘り出したサツマイモはすべて満腹屋へと持ち帰ってよい決まりになっていた。 「この下に一杯お芋があるデス?」 「もふ〜」 ラムセスはもふらのらいよん丸と一緒にお芋掘りだ。畝を崩して一緒に蔓を引っ張る。するといくつもの丸々と太ったサツマイモが地中から顔を出す。 ラムセスがサツマイモの土を払って掲げると、もふらのらいよん丸は跳びはねて喜んだ。まるで隠された財宝を掘り当てたような、そんな気分になったラムセスとらいよん丸である。 「こんな大きいのが掘れたよ!」 「す、すごいのですよ☆ 赤ちゃんの頭ぐらいあるのです〜♪」 リィムナが掘ったばかりのサツマイモを光奈や仲間達に見せた。 それはかなり大きなもので地主でさえ驚いていた。泥だらけのリィムナから笑顔が零れる。転んで畝に顔を突っ込んだ甲斐があったというものである。そのおかげで巨大サツマイモを見つけたのだった。 「よく洗わないといけませんね。これでよしっと」 利穏は率先してサツマイモを洗ってくれる。小川まで仲間が運んできた籠から取り出し、藁を束ねたものでこする。途中から光奈とリィムナも手伝った。 洗い終わったサツマイモは地主の屋敷の庭へと持ち込まれ、そこで天日干しにされるのだった。 ●試食その壱 四日目いっぱいで光奈が望んだ分のサツマイモ掘りは終了する。最終日は帰路に就くとして五日目、六日目はサツマイモを使っての調理と試食が行われた。 まず知恵と腕前を披露したのは利穏、ティア、羽喰琥珀の三名だ。その他の者達は下ごしらえや火の番などのお手伝いに回る。地主の屋敷にある庭や炊事場を借りて。 「これでよし☆」 光奈が筆で書いたお品書きを壁に貼る。 昼食代わりに『焼き芋』と『スィートポテト』。夕食には『いもきんとん』と『いもの煮込みご飯』と決まった。 「やっぱサツマイモといったら焼き芋は外せないよな」 羽喰琥珀は川の中流で拾ってきた角のない丸石を大鍋の中に敷き詰めた。焚き火で焼かなかったのは満腹屋で調理することを想定していたからだ。 「教えてもらった通り塩水に浸けておいたのです〜♪」 「もう大分熱くなっているぜ」 光奈が笊に乗せてもってきたサツマイモを火傷しないように丸石の中に入れてゆく。あとは時間次第で焼き芋の完成である。 次はスィートポテトの準備だ。 「サツマイモの皮を剥いて厚めの輪切りにします。しばらく水にさらしアクを抜きますね」 「俺は最初、芋を皮付きのままで試してみるな」 ティアと羽喰琥珀の作り方は違っていた。 ティアは茹でて、羽喰琥珀は蒸籠で蒸す。ティアは先にイモを潰すが、羽喰琥珀はある程度材料を加えてから裏ごしする。 加える食材にも違いがあった。 ティアはバター、牛乳、砂糖、塩、それに卵黄、ラム酒といった具合。羽喰琥珀は蜂蜜、牛乳、卵黄だ。変り種用にあずきや栗も用意されていた。 ジルベリア的な石釜はないので大きな屋根瓦と土鍋を利用して庭に簡易なものが造られる。ちなみに満腹屋には光奈の希望で小さいながらパン焼き用の石釜があるので心配はいらなかった。 「‥‥この匂い、香ばしくて、美味しそう‥‥」 簡易の石釜の前で番をしていた利穏はスィートポテトが焼ける匂いに味を想像する。 出来上がるとさっそく昼食だ。 「らいよん丸さんもつけるのデス?」 「もふ!」 ラムセスはもふらのらいよん丸の分の焼き芋にもバターをつけてあげる。温めた牛乳も一緒に並んで焼き芋を楽んだ。 「ゆっくりと食べた方がよい‥‥ので‥‥はい、お水です」 「ふ〜〜、助かったよ! さてと」 焼き芋を喉を詰まらせていたリィムナは利穏が差し出してくれたお水で事なきを得た。こんどはゆっくり焼き芋を頬張る。 「満腹屋の『辛い丼』にもサツマイモを入れてさ。辛いのが苦手な人や子供向けに作ったらどうだろ?」 「よい案なのです。店に戻ったら試しにやってみて評判をみるのです〜♪」 羽喰琥珀と光奈は焼き芋を食べながら秋空を眺めた。 スィートポテトを食べるときは何故か光奈が腕組みをして呻る。 「どちらも美味しいですね。光奈さん、どうしたのです?」 利穏が訊ねると光奈はどちらがよりよいのかわからないと困った表情を浮かべる。どちらも美味しかったのだが各自の好みが分かれたようである。そこで満腹屋に戻ったら甘味好きな光奈の姉である鏡子の意見を聞くことになった。 夕食には利穏が案を出した『いもきんとん』と『いもの煮込みご飯』の番である。 「その二つならわたしも作れるのですよ☆」 「余り自信がないのでよろしくお願いします」 料理に手慣れた光奈の力を借りて利穏は夕食の準備をする。どちらとも調理方法は簡単だがたくさんの量を作るには大変だ。皮を剥いたり、米を研いだりと全員で取りかかった。 空が赤く染まる頃、地主の家族や呂の商隊の人達も招いて夕食が始まる。 「お芋がよい感じだね。つい食べ過ぎてしまうかも♪」 「スィートポテトを作っているときにも感じましたが、とっても甘いサツマイモですね。紅茶やコーヒーで良く頂いていましたけど、お茶にも合うと思いますよ」 月与とティアはこの地のサツマイモの素晴らしさを再認識した。 「万が一焼き芋が冷めて残ってしまった場合でも、裏漉しすればいもきんとんの材料になるかなと」 「それはよい案なのです。前もって焼かないといけない焼き芋なので、どうしても売れ残りがあるはずなのですよ〜」 利穏の考えに光奈は感心する。いもきんとんならばおかずの一品として充分だと。 「あのね。明日は――ゴニョゴニョ」 リィムナが明日作ろうとしている料理を耳打ちされたもふらのらいよん丸はしばらく瞳をまん丸く開いたまま固まる。 「もふ〜♪」 「うれしいことがあったのデス?」 金縛りが解かれたあとでらいよん丸はラムセスに駆け寄って小躍りするのだった。 ●試食その弐 六日目の料理は主にリィムナ、月与、ラムセスが担当した。 光奈が新たなお品書きを書いて貼る。お昼は蒸しパンとダイガクイモ。おやつにさつまいもチップス。夕食のおかずとしてサツマイモたくさんの豚汁の予定になっていた。 「さてっと♪ たくさん食べてもらいたいな」 つけたエプロンを揺らしながら月与は張り切っていた。サツマイモを蒸す作業は羽喰琥珀にお願いして小麦粉を篩にかけて生地の準備に取りかかる。水運びや薪の用意は利穏とラムセスがやってくれた。 ダイガクイモの下準備にはリィムナとティア、光奈が頑張った。サツマイモの皮を剥いて乱切りにした上で水にさらしてアク抜きをする。そしてザルにあげて布巾で水気をふくまでの作業だ。 小麦粉を練って作る生地作りはパンのそれよりも簡単である。発酵をさせる必要はないので、賽の目に切った蒸かしサツマイモを混ぜて容器に小分けし蒸籠に収めた。後は蒸せば完成である。 次に月与はダイガクイモの揚げに取りかかる。 「じっくりと焦らずに‥‥。そうしないと美味しくならないからね」 中、高温度と二度揚げしてカラッと仕上げる。 さらに餡として砂糖と水を鍋で火にかけて水飴も投入。とろりとなったら火から下ろし、醤油で味を足す。それを揚げたさつまいもをまとめておいた鍋に入れて絡め、胡麻をかけて完成である。 「蒸しパン、ほんのり甘くておいしいよ!」 「おいしいデス♪」 リィムナとラムセスはあっという間に二つずつを食べてしまう。それをも上回ってもふらのらいよん丸はこっそりと三つを完食していたのだが。 「ダイガクイモとお茶はとても合うのですよ☆」 光奈は甘いダイガクイモを気に入ってたくさん頂いた。好みにもよるが御飯のおかずとしてもいけそうだと。 「おイモを薄ーく切って油でカリカリになるまで揚げる! あとはお砂糖をまぶして出来上がり!」 おやつのさつまいもチップスはリィムナの案だ。本人が率先して調理をこなす。 包丁の扱いがうまい者達が並んでサツマイモを薄切りにしてゆく。瞬く間に切られてゆく様は一見の価値があった。 「何もつけなくてもほんのり甘いし、噛めばお口に甘みが広がって幸せ気分!」 リィムナは揚げて少し冷ましたチップを摘んで味見する。満足な味につい笑みが零れてしまう。 「これもうまいな。歯ごたえがとくに」 「なかなかのものですね。ついたくさん食べてしまいそうになります」 羽喰琥珀とティアは感想を言い合いながら食べ進める。もふらのらいよん丸も満足げにチップスをポリポリと頬張っていた。 「光奈、あたしはお好み焼きについて詳しく知らないんだけど、甘いお好み焼きってあるのかな?」 「そぉ〜すを使っているので辛しょっぱいのが普通なのですよ〜」 リィムナは光奈に話している間に甘いお好み焼きを思いつく。それならばということで夕食用として作ってみることにした。 やがて夕食が訪れた。 「たくさん食べれておなか一杯になるからってお父さん大好きデス」 ラムセスが一生懸命に鍋をかき回して作ったのはサツマイモがたくさん入った豚汁。実際に使われたのは家畜の豚ではなく山林で獲られた猪の肉である。前もって地主にお願いして手に入れてもらったものだ。 「お腹空いている男性客にはもってこいですね」 利穏は豚汁の具を箸で摘んで眺めた。豚肉の旨味とサツマイモのホクホク感がとても合っていた。丼にたっぷりなのでこれだけでもお腹が一杯になりそうである。 「腹減ったときには最高だよな!」 「もふ!」 それでも即座に二杯目を頂く剛の者はいた。羽喰琥珀が差し出した丼をラムセスがよそる。何故かもふらのらいよん丸は自分が作ったかのように誇らしげであった。 「けっこういけるのデス。お父さんが好きそうなのデス」 「もふ〜♪」 サツマイモの蔓で作った料理も美味しかった。湯がいてごま油で炒めたあと醤油や酒で味付けしたものである。 「これ食べてみて! 試しに作ってみたの!」 最後の締めとしてリィムナが持ってきたのは円盤状の料理。形は満腹屋で出されるお好み焼きに似ていたが色や具はまったく違う。そぉ〜すは使われていないようである。 「おっ! 初めての味なのですよ☆」 驚きの光奈に続いてみんなも一切れずつ頂いた。 生地には砂糖とサツマイモが使われていた。サツマイモはすべてをすりつぶさずに食感を残してある。さらにさつまいもチップスを砕いたものが振りかけられていた。 お芋尽くしの日々は終了した。その夜、布団の中で光奈はサツマイモと一緒に踊った夢を見たという。 ●そして たくさんのサツマイモを積み、一行を乗せた飛空船は安州へと戻る。サツマイモを満腹屋の倉庫に運び入れると鏡子にお土産が渡された。 「お店で頂く分なら舟形が見た目も可愛らしくていいと思います」 「あずきや栗を入れたものもあるぜ」 現地の村を出発する直前に作ったティアと羽喰琥珀による二種類のスィートポテトだ。 「こちらは優しい味で、こちらは濃厚な味だわ‥‥。好みよね、これは」 甲乙つけがたく、鏡子もどちらがよいのか決められなかった。そしてわからないといいながら全部を食べてしまう。 「どちらのスィートポテトも含めて、試しに作って順々にお店に出してみるのですよ〜♪ 評判のよいものを残させてもらうのです☆ ありがとう〜♪」 光奈は感謝して鏡子と一緒に精霊門まで出向き、開拓者達を見送るのだった。 |