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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。 「暑い‥‥暑いわ‥‥。まだ六月だっていうのに」 昇徳商会の若き女社長『李鳳』はボロ格納庫の窓枠にもたれながら茹だる景色を眺めていた。 「わっかりました〜〜♪ すぐに持ってきますね〜♪」 今からこの熱気では本格的な夏が思いやられると考えていた矢先、弾ける元気な声が格納庫内でこだまする。 声の持ち主は猫族獣人娘の『響鈴』。先月に見習いから正式な社員に昇格した彼女は特に張り切っていた。中型商用飛空船『浮雲』の主操縦士にも任命されたのである。 社員の青年『王輝風』に教えてもらいながらここしばらくの間、整備にかかりっきり。おかげで酷い状態だった浮雲も本来の性能を取り戻せそうである。とはいえ遅いのに変わりはなく、またあまり高く飛ぶのも難しいのだが。 浮雲最大の特長は一度に大量の物資を運べること。中型飛空船にしてはといった但し書きは必要だが、大型飛空船とは比較にならない少人数で運用可能なのは小規模な運送請負業にとって非常に助かる。 速さが特長の中型飛空船『翔速号』と役割を住み分ければ非常に強力な武器になると李鳳は考えていた。 (「そろそろ次の大きな勝負を挑む時期よね。資金も貯まったし。そのために浮雲を手に入れたのだから‥‥」) 扇子で首元を仰ぎながら李鳳は昨日ギルドで募集をかけた依頼内容を頭の中で反すうする。それはこれまでのように運ぶだけでなく、自ら品を仕入れて売り捌く為の一歩であった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
藤堂 千春(ib5577)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●商売の種 早朝の泰国の帝都、朱春近郊。 ボロ格納庫から姿を現した中型飛空船『翔速号』は眩い朝日の空へと飛び立つ。開拓者達の意見を参考にして新しい商材を探す旅の始まりである。 水平飛行で安定してから一同は操縦室へと集まった。 「やっぱ商売はそうやって新しくどんどん開拓して儲けを作っていかんとなあ。俺ももっと商売広げたくなってきたわ」 天津疾也(ia0019)窮屈な椅子の上で胡座をかきながら膝を叩いた。 「欲をかきすぎないよう注意もすべきだけど、冒険も必要だわ」 腕を組んでいた李鳳が天津疾也ににやりと頷いてみせる。 「あ、えと、藤堂 千春と申します。は、初めてですが‥‥宜しくお願いします」 一人一人に挨拶していた藤堂 千春(ib5577)は最後に膝を曲げて屈む。黒い子猫のハッピーは『ニャ〜!』と鳴いてみせた。 「お、ハッピー人気者だな。ほら、ニボシ持ってきてやったぜ」 藤堂千春が立ち去った後でハッピーに近づいたのが滝月 玲(ia1409)である。滝月玲の手からハッピーがニボシをポリポリと食べた。 「あう‥‥」 「ん?」 羨ましそうな顔をしていた猫獣人の響鈴にも滝月玲はニボシをあげる。 「は〜い。みなさん朝ご飯ですー♪」 一口ニボシを食べた響鈴はご機嫌な表情で朝食の鮭おにぎりを配った。泰国出身なのに響鈴は天儀食びいきなのである。 「翔速号はどこに向かっているんだ?」 「まずは泰国内を回ってから天儀本島へ向かおうと思っています」 羽喰 琥珀(ib3263)は操縦席に座る王輝風に鮭おにぎりの包みを渡して今後の予定を訊いた。 開拓者達が昇徳商会に提示した商材になりそうな品目は三種類。 一つ目が工芸用品。二つ目が服飾品。三つ目が調味料である。そのうちで泰国で手に入りそうな品を吟味してから天儀本島へ向かう予定になっていた。 ラムセス(ib0417)は、もふらのらいよん丸と並んで鮭おにぎりを食べながらモハメド・アルハムディ(ib1210)と相談する。 「痒い所に手が届くって言うか、ちょっと変わったものとか、今はあてがないような物を商えたらよいと思うデス」 「アーニー、これから暑くなりそうなのでそういう品がよいかと思うのですね」 ラムセスとモハメド、それぞれに心の中で思い描く品は決まっていた。後は現地での品定めと交渉こそが成功への鍵となる。 出発したその日のうちに辿り着いた先は泰国の中部と南部の狭間辺り。この地域で香辛料がとれると王輝風が情報を得ていたからである。 たまたま見つけた山間の集落へと翔速号は着陸するのだった。 ●花椒 モハメド曰く、天儀本島では鰻の蒲焼きを食べる際、花椒が多く用いられるという。山椒とも呼ばれている。天儀本島でも採れるのだが、泰国産の花椒は刺激の強さからいって逸品の太鼓判が押されていた。 「アーニー、花椒を漬けた油は野菜や飯、色々なものに合う調味油になります。夏バテの予防にも良いでしょうね」 「それも交渉してみるわ」 モハメドの意見を参考にして李鳳は花椒を扱う各家を回った。土地の有力者と合わず、わざと手間の掛かる方法をとったのは交渉の主導権を持つためだ。有力者がしゃしゃり出て来てしまったのならそれはその時にでも考えればよい。 「見て回ったところ、この集落には辣椒、八角、胡椒もありますね。‥‥あの、素人考えてすみませんっ」 「いえ、もう少し話してみて」 藤堂千春が集落民から聞いたり畑の様子を眺めながら考えついたことを李鳳に話す。 辣椒は天儀本島で唐辛子と呼ばれるものだが、泰国産のものは辛さの度合いが違って人気がある。 八角は泰国の香滋料理によく使われるのだが、村にはその実がなるトウシキミの木も植えられていた。 胡椒もまた木の実なのだが、こちらも村のあちらこちらや山間部にたくさん育っている。 実は花椒だけでなく様々な香辛料が手に入る村だったのである。 「これまでは陸路で細々と香辛料を山の向こう側まで売りに出かけていたみたいなの。しかも買い叩かれていたみたい。これはよい村を見つけたわ」 「香辛料の元になる種子も仕入れたらと‥‥どうでしょう?」 李鳳がほくほく顔で藤堂千春に頷く。 一行は二日目の暮れなずむ頃まで滞在して交渉を成立させた。試しとして十箱分の香辛料と三箱分の種子を載せた翔速号はさらに泰国を南下するのであった。 ●様々な品 泰国南部は温暖なゆえにそれに適した服装が用いられている。 海岸線付近では特に『夏威夷衫』と呼ばれる身軽なものが好まれていた。半袖の開襟シャツで素材は様々だが派手な模様や刺繍が特徴である。 翔速号の一行は南部の海岸線に面する大きな町を訪ねた。 「朱藩じゃ王様もかぶいて派手な格好してるって聞いたで。ほな、この泰国の夏威夷衫なんてぴったりだと思わへんか?」 天津疾也は道ばたの露天で吊り下げられていた夏威夷衫を指さす。 「これ、やっぱいいよな。すげぇ〜細かい虎の刺繍だぜ」 羽喰琥珀はまじまじと夏威夷衫を見上げた。これで一儲けできないものかと思案しながら。 「絹も泰国の有名な物産だって聞いたけどこの辺りでも手に入るのかな」 滝月玲は一番高い値がついている夏威夷衫が絹製だと気がついた。 「アーニー、この扇子はとてもよい感じです。青墨で描かれていて涼しげで」 モハメドは隣の露天で売っていた扇子に目を留める。 「人が多いところなら必ず扱っている商売人はいるはずだわ。とはいってもやるなら調味料と同じように現地買い付けしないと昇徳商会のうまみは少ないわね。酒場や飯店で情報を仕入れましょう」 李鳳の考えで一同は数人ずつに分かれて一旦解散する。酒場と飯店で物産の情報を得てから翔速号へと再集結した。 「朱藩での需要は見込めるはずだよ」 滝月玲は情報だけでなく真珠と珊瑚を手に入れてきた。問題は加工してくれる職人探しだが、それは朱藩についてから考えることにする。 海沿いの町を後にして次に着陸した先は夏威夷衫作りを生業とする者が多く住む村。そのうちの一軒で将来の取引を含めて安価な夏威夷衫を三十着仕入れる。安価といっても質は中の上といったところだ。 次は蚕を扱う地へ一っ飛び。ここでも地元の者と交渉して絹布を手に入れた。絹糸も扱っていたがさすが生産地だけあって絹布にまで加工されていても格安。問題はこの絹布をどうするかである。 扇子の生産地では数がまとまれば注文通りの品を作ってくれるという。ひとまず一箱分を買い求めて需要があるかどうか探ってみることにするのだった。 ●朱藩 泰国を回った翔速号は一路、朱藩へ。まずは一番栄えている安州へと立ち寄る。 「いいもんはわかったが、問題は値段だな‥‥」 衣料を扱う店主が天津疾也と滝月玲に算盤を見せる。 「そりゃ殺生やで。おまんまの食い上げや」 「この街ならそれなりの値で売れるはずだよ」 顔を見合わせた天津疾也と滝月玲は首を横に振って算盤の玉をいくつか弾いた。 「‥‥きついなー。じゃ、こんなもんでどうだ?」 まずはお試しということで二人は売りたかった値から一割引いて夏威夷衫二十五着を卸す。売れるようであれば次回からは通常通りの約束でだ。ちなみに売らなかった五着は今後の見本用である。 「やっぱここだと男でも派手な格好してる奴、多いよな」 「男の人も女の人も派手なのデス。甘いもののお店も多いのデス」 羽喰琥珀とラムセスは道の片隅で夏威夷衫の商談を眺めながら買ってきたばかりの品を頬張っていた。羽喰琥珀はそぉ〜す焼きそばでラムセスは西瓜入りのかき氷。近くの満腹屋で買い求めたものだ。 羽喰琥珀は絹布を既製のものよりも派手な夏威夷衫に仕上げたらどうかと思いついていた。道すがら参考になりそうな図案の浮世絵を買い求めておく。朱藩特産の綿も仕入れ、こちらも夏威夷衫にと考えた。 ラムセスはもふらのらいよん丸を連れて安州の甘味需要を調べる。理穴で樹糖や蜂蜜を手に入れようと計画していたからだ。ちなみに買い食いをしすぎてその日の夕食が少ししか食べられなかったのは愛嬌である。 滝月玲は泰国で買い求めた真珠と珊瑚を加工してもらおうとも動いた。ただ思ったよりも加工費がかかることがわかって商材として扱うのはあきめる。かかる原価と加工費、そして販売値段を考えると儲からないわけではないが割に合わなかった。 「ナァム、またお邪魔させて頂きます」 モハメドは何軒か装飾品を扱う店を回って扇子をすべて売り捌く。今年の夏は暑くなりそうなので需要が高まっている。とはいえ仕入れすぎは禁物なのだが、その辺りは李鳳が判断してくれるだろう。 (「面白い街です。ですが――」) 藤堂千春は市場などを回って泰国で仕入れた香辛料の需要がないかを探る。やはりといった印象だが、新鮮な魚が豊富な土地では手応えが感じられなかった。 彼女が期待していたのは武天。肉食が盛んな土地でこそ香辛料は売れると確信していた。 ●武天 朱藩から武天の都、此隅へと移動した一同は小分けにした香辛料を手にして散らばる。 「サアービーン・アルマー、鰻にも合いますよ」 モハメドが回った先は鰻の専門店。 鰻の蒲焼きに使う花椒の需要は非常に高かった。海から離れた此隅で庶民が魚介類を食べるとすれば干物か川のものになる。その中でも鰻は非常に人気が高い。三箱分の花椒すべてすぐに売り手が見つかった。 「こ、こちらで、試しにお肉を焼いてくれませんか? あ、あの、差し出がましいくてすみません」 藤堂千春は肉のにおいが漂う料理店の何軒かに飛び込んで胡椒を勧める。高いと難色を示す者もいたのだが味に惹かれて購入してくれた店主もいた。 地元ならではの料理の味に関わるので必ずしも獣肉に胡椒が必要なわけではなかった。しかし藤堂千春は確かな手応えを感じ取る。胡椒を使って焼いた肉の味は万国共通のうまさだからだ。 ちなみに此隅にも泰国出身の共同体は存在しており、八角や辣椒を売り捌くのに苦労はない。本場の味故、非常に好評であった。 「重たいんじゃ無理だよな」 羽喰琥珀は朱色を発する武天で採れる朱砂を泰国に運べないかと考えたが諦める。 確かに朱砂の需要はあるのだが建築物に塗ったりして大量消費する品。わずかな量では意味がなかったからだ。大商人向けの商材といえた。 武天を飛び立った翔速号は理穴へと船首を向けるのだった。 ●理穴 奏生に辿り着いた一行は精力的に行動を開始する。 「樹糖は、砂糖楓が有名デス。蜂蜜は、果物や花を育てている所なら自分で飼っているか、専門に買っている人がいると思うデス」 「甘いもんはどこでも人気あるよなー」 ラムセスと羽喰琥珀は樹糖や蜂蜜を市場で探す。味見をし、気に入ったいくつかの瓶詰めを購入しながら二人は細かい産地を訊ねる。 「これらの香辛料は理穴にもあると思います。ですがこれらの種子は泰国の原種に近いものなのです」 藤堂千春は香辛料関連の問屋を回る。興味を示してくれる商売人も何人かおり、種子はすべて捌けた。さらに泰国に持ち帰る用として理穴産の辣椒、つまり唐辛子を購入する。 料理の道は奥が深い。同じ辣椒であっても産地が変われば味も異なる。料理人のこだわりが発揮される部分だ。 「こないに複雑な染め付けができるもんなんやな。泰国でも驚いたが、こっちはさらにすごいで」 天津疾也は店先に置いてあった見本の反物を眺めながら呻る。 「これなら染め付けは理穴の職人に任せた方がよさそうだ」 一緒に行動していた滝月玲も天津疾也に同意した。 「図案もこっちの絵師に頼もうかと思っているんだけど」 途中で羽喰琥珀が合流し、三名で夏威夷衫を完成までもってゆける職人探しを行う。 絹布は泰国産。綿は朱藩産。朱藩で売っていた浮世絵を参考にしてもらい、理穴の絵師に新たな図案を作成してもらう。そして染め付けから縫製まで理穴の職人達にお願いする。 ちなみに図案の絵師の前で、李鳳はアオザイ、響鈴には浴衣を着てもらってアピールをしてもらった。その場にいた男性陣の天津疾也、滝月玲、羽喰琥珀は夏威痍衫の姿だ。 響鈴ははしゃいでいたが、李鳳はとても恥ずかしがっていた。 夏威夷衫に関して李鳳はこの時点でそれなりの数を発注する。昇徳商会発注の夏威夷衫は朱藩の首都、安州で売られることになるだろう。おそらく七月の半ばには卸せる予定だ。 「アーニー、よい品が見つかりました」 モハメドは薄い藍染の反物を手に入れてきた。泰国で需要があるかどうかわからないのでまずは手堅く様子を窺うつもりである。 「この綺麗な色なら売れると思うんだよな」 羽喰琥珀は図案の絵師に教えてもらった植物性の絵の具を朱藩で売ってみようかと考えていた。派手好きの安州の絵師達に好評ならばうまい商売に繋がるかも知れない。 それから一行は翔速号で理穴の各地を点々とする。樹糖と蜂蜜の業者を探し当てるために。 樹糖の業者は比較的簡単に見つかる。ある山のすそ野の村に住んでいた。 「よい香りなのデス。味も‥‥おいしいのデス♪」 樹糖をつけたパンを試食したラムセスは大きく瞳を見開いて口元を綻ばせる。半分をもらったもふらのらいよん丸はあっという間に食べてしまった。 樹糖はとっくに採取の時期を過ぎている。煮詰める作業も終わっていて涼しい倉には完成品の壺が並んでいた。 ラムセスは大きめの壺入り樹糖を五つ購入し、らいよん丸に繋げた荷車に載せて翔速号に運び入れる。 蜂蜜の業者探しについては少々苦労した。花が咲く地域を次々と移動するのが常だからである。足取りを追ってようやく接触に成功し、蜂蜜を卸してもらう。 今後は拠点としている各地の町宿で落ち合う約束だ。泊まっていなかったとしても次の予定を宿に残しておいてくれるという。 ●そして もう一度各国を回ってから翔速号は泰国の帝都、朱春近郊のボロ格納庫へと帰還する。 すぐに結果が出た品もあれば、しばらくかかりそうな品もある。つまり半月から一ヶ月は様子見の期間だ。 「あの浮雲がここまで整備されてるなんて、もう鈍亀なんて言えないな」 「これからバリバリ頑張るのです!」 滝月玲は行きに見逃した商用中型飛空船『浮雲』を響鈴と一緒に眺める。浮雲船長の響鈴は張り切っていた。 最終日は昇徳商会の財布で名の通った飯店での夕食となった。香辛料たっぷりの料理で暑さに負けない体力を養う。 深夜、開拓者達は神楽の都へと戻るために精霊門を潜るのだった。 |