ささやかな祭り〜理穴〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/31 23:10



■オープニング本文

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 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。
 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。
 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。
 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名である。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。
 とはいえ過去には悲惨な現実が数多ある。魔の森に呑み込まれていった町や村、集落がどれほどあったことか。
 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。
 長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになった。そこで取り残された人々は手紙を足に結びつけた鳩を飛ばし続けた。
 そのうちの一羽が大型飛空船『角鴟』で警戒中の大雪加に助けられる。そのおかげで五十九名が無事救出されたというのが顛末である。
 理穴の王『儀弐重音』から許可を得て魔の森に囲まれながらも呑み込まれなかった土地『遠野村』は当分の間、理穴・ギルドの預かりとなった。
 救出に続いて地上、地下と両面からの調査が行われた。その結果、地下にある石造りの迷路の正確な地図の入手に成功する。
 探索の結果、最奥で発見されたのは地底湖。そこに住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊であった。
 湖底姫は遠野村を再び人が朋友が暮らす土地に戻したいと考えていた。しかし出入りにも危険が伴う土地故に大雪加や開拓者の何名かは難色を示す。遠野村と海岸を隔てる帯状の魔の森を排除する必要が求められた。
 作戦は周到な準備の上で決行される。
 開拓者達がアヤカシを侵攻を阻止してくれたおかげで清浄の地下水の流れ変更による土地の入れ替えは完了した。帯状の魔の森は形骸化し、アヤカシは清浄の地下水によって一掃。ただ念のための焼き払いが理穴の兵によって行われた。
 しばらくして山間集落から移住を招き入れる。七十八名、十九家族が遠野村へと移住する。さらに村の今後を考えた円平は四名の若者を奏生に修行へと旅立たせた。二名の青年は船大工修行。二名の娘は漁網作りを習うために。
 同時期に円平は漁船二隻と漁網数反を購入して毛ガニ漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫であった。
 毛ガニを遠方で売るためには飛空船が必要なものの、新造を買う費用を用立てるのは難しかった。
 円平と湖底姫は結界外郭周辺に墜落していた飛空船を発見して宝珠回収の作戦を練る。高価な宝珠さえあれば飛空船の建造費用をかなり抑えることが出来るからだ。
 湖底姫、そして開拓者達の力を借りて無事回収に成功。浮遊宝珠七個、風宝珠六個は中型飛空船を造るには十分な数と能力といえた。造船に関しては開拓者お勧めの朱藩安州・高鷲造船所へと依頼される。
 やがて春の訪れと共に大地から子もふらが産まれた。遠野村の復興を予感させる出来事だ。
 飛空船建造が始まってまもなく訓練が開始された。円平を含めた遠野村の三名が理穴ギルドの飛空船へ乗船。長い空の生活を経験する。
 ところがある日、天候が崩れて飛空船もろとも遭難。乗船者は全員行方不明となってしまう。墜落したとの憶測も囁かれたが、飛空船はケモノの大鳥に攫われていた。開拓者の力を得て全員を巣から救出に成功。事なきを得る。
 完成した中型飛空船は『希望号』と名付けられて初めての長距離飛行を行う。朱藩安州近郊の高鷲造船所まで引き取りに向かったからだ。嵐に襲われたものの全員で協力して乗り越える。希望号は無事に遠野村へと到着する。
 毛ガニを奏生で販売した帰りに襲われもした。
 稲刈りを手伝うためにたまたま開拓者達が乗り込んでいたおかげで撃退。空賊が使用していた青い飛空船はしばらく遠野村が預かることとなった。


 季節は実りの秋。
 各地で収穫を祝う祭りが行われており、理穴の首都、奏生でも『豊穣感謝祭』が行われていた。
 遠野円平は蔵の中に積んだ米俵の山を見上げながら湖底姫に祭りの様子を説明する。
「豊穣感謝祭とまではいかなくても、遠野村でも祭りをやろうと思うんだ。まあ、魔の森に囲まれている村だから外からのお客さんは望めないけど‥‥。周辺地域の巡回をしてくれている理穴ギルドの方々や、開拓者さん達は呼ぼうと思っている」
「うむ。それがよかろうて。しかしいくら美味いといっても毛ガニ料理ばかりでは飽きようぞ。カニを売った金子で何かよい食材でも買ってきたらどうじゃな」
 湖底姫の考えにもっともだと円平は頷いた。
 水精霊の湖底姫は特に食事をとる必要はないが、人を真似ることも出来る。なのでたまに村人達と一緒に食べて呑み、語らうこともあった。当然、祭りに参加するだろう。
「奏生の豊穣感謝祭で特に有名なのが果物や野菜類なんだ。他の土地のものよりも美味しいと評判で、種子や苗の売買が商売になるくらいに。乾物や漬け物もあるし、それに甘い楓の樹糖や蜂蜜を使った料理もいいよね」
 円平と湖底姫は宴の相談を行う。
 そして数日後に奏生へ。円平は毛ガニを市場に卸した後、奏生ギルドへ出向いて大雪加に相談した。
「そういうことならば喜んで参加させてもらいます。懇意の開拓者達には私から伝えておきましょう。心配無用です」
「では是非に。遠野村でお待ちしています」
 大雪加と約束を交わした円平は祭りの準備をしようと急いで遠野村へ戻る。開拓者達は大雪加と共に奏生ギルド所属の飛空船で訪れる約束になっていた。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
一心(ia8409
20歳・男・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
針野(ib3728
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●遠野村
 夕暮れ時、理穴ギルド所属の大型飛空船が遠野村外縁へと静かに着陸。解放されたいくつかの乗降口から人々が下船する。
 その中には理穴ギルド長・大雪加香織、そして遠野村と関わりある開拓者達の姿があった。
「よく来たのう。待ちわびていたのじゃ」
「お待ちしておりました」
 湖底姫と遠野円平が飛空船一行を出迎えてくれる。すると突然、からくり・月詠が一歩前に出て湖底姫のつま先から頭のてっぺんまでを舐めるように眺めた。
『へー、なかなかいい女じゃん。でも俺には負けるけどな』
 からくり・月詠の不遜な態度に神座早紀(ib6735)の顔が青ざめる。わずかな間をもって今度は真っ赤に染まった。
 湖底姫はピクピクッと片方の眉を跳ねあげる。
「す、すみません。ほ、ほらあやまりなさい!」
 神座早紀はからくり・月詠の頭をぽかっと殴った上で何度も謝らせる。
「まあそれくらいで。悪気はないのだろうし」
 円平が両者をとりなしてから宿代わりの家屋の割り当てを案内してくれた。開拓者達は部屋数が多い家屋。大雪加と重用の配下の何名かは隣の家屋で休むこととなる。

「少し空の散歩をしてみましょうか」
 御剣・蓮(ia0928)は龍用の小屋を確認してから駿龍・藍の背に乗って大空へと飛び立つ。大きく旋回しながら眼下の遠野村を眺めた。
 時節柄すでにかなりの作物は刈り取られていたが開拓された田畑の様子はよくわかる。
 道も以前より整備され、荷車が移動しやすいよう道幅も考えられてある。この辺りは希望号の者達が理穴・奏生を頻繁に訪ねるようになったからだろう。日々の生活に追われているとなかなか気づけない点だ。
 田んぼを満たすための用水路もなかなかのものである。これについては湖底姫が操る豊富な湧き水があればこそともいえた。

 羅喉丸(ia0347)は羽妖精・ネージュと一緒に地上の散歩である。
「ついにここまできたのか。いや、これからなのかな」
 黄昏の中、羅喉丸は立ち止まって稲藁が干された田園に目を細めた。
 羽妖精・ネージュが肩に乗ったのを機会にして再び歩き始めた羅喉丸は、もふらさま用の小屋を訪ねる。
『もふ〜♪』
「翠、元気にしていたか。鮭のおにぎりを持ってきたが、食べるか?」
 羅喉丸は以前に命名したもふらさまの翠が気になって、ここまで足を運んだのである。身体は大きくなり、緑色の毛並みがくっきり。翠を眺めると遠野村周辺が精霊にとってよい土地なのがよくわかる。
 円平の話によれば、翠を含めたもふらさまたちは荷車を引いたりして遠野村で大活躍中とのことだ。持続的な力仕事はどんとこいのもふらさまだ。
『ありがとう、翠。おいしい♪』
『もふもふっ♪』
 もふらの翠は羅喉丸からもらったお握りを羽妖精・ネージュにお裾分けする。二体仲良くお握りを食べる姿に羅喉丸は思わず笑みをこぼすのだった。

 畑に立つ一心(ia8409)が中腰になって葉の束を掴む。まっすぐに上へ抜くと地中から泥の隙間から白さが目立つ大根が現れた。
「悪いねぇ、お客様だってぇのに」
「いえいえ、これぐらいおやすいご用です。必要な大根の数は十本でしたね」
 一心は明日の宴用の畑食材を集める村の女性達の手伝いをしていたのである。一心が大根を抜いている間に女性達が水路で泥を落とす。
 一心のおかげで日が暮れる前に必要分の野菜が集まる。最後に荷車を押して集会場横の家屋まで野菜を運ぶのであった。

「食べ物で遊ぶのはやめなさい!」
 神座早紀の叫びは炊事場の外まで届いた。
 叱られているはずの、からくり・月詠は神座早紀が剥いた大根のかつらむきを腕に巻いたまま、きょとんとしている。
『怪我したときに巻く包帯みたいじゃん』
 わずかな間を置いて構わず遊びを再開する、からくり・月詠に神座早紀の堪忍袋の緒が切れた。
「もう、月詠なんてしりません!」
 神座早紀は背中を押して、からくり・月詠を家屋の外へと追いやった。
 それからも神座早紀は下拵えを続ける。だが誰からも顔が見えないよう壁の側に立って作業を続けるのだった。

「緑ちゃん、見つけたのにゃ〜♪」
「ええっ! ね、猫?!」
 格納庫内で飛空船の整備をしていた緑葉が自分への呼びかけの声で振り向いた。すると窓の外で浮かぶように漂う猫を目撃する。
 まさか猫が飛びながら喋るなんてと混乱していると、窓枠の下からパラーリア・ゲラー(ia9712)の顔が現れて緑葉はほっとした。
 ところが猫又・ぬこにゃんとパラーリアが言葉をやり取りする様子に二度びっくり。緑葉は、ぬこにゃんが猫又だと知らなかったようである。
 緑葉は整備を続ける兄の緑樹に一言断ってから休憩に入る。
「んと、明日の宴会のまえにお料理をするつもりなのにゃ。食材も買ってきたし、緑ちゃんもいっしょにやろ〜♪ うわさだと湖底姫さんはお菓子つくるみたいだよ☆」
「いいですね。是非、参加させてください。湖底姫さんのお菓子作り、知っています。ここのところ頑張っていたみたいなんですけど――」
 パラーリアと緑葉は一緒にお料理作りの約束を交わすのであった。

 鉄龍(ib3794)と針野(ib3728)はあぜ道を歩きながらあらためて互いの朋友を紹介し合った。行きの飛空船内ではその余裕がなかったためである。
「俺のからくり、御神槌だ。よろしくな」
 鉄龍から紹介されてもからくり・御神槌はコクリと頷くだけだ。一言も口を開こうとしなかった。
「はじめましてなの。シヅ、人妖のしづるって言いますっ」
 人妖・しづるは湖底姫に挨拶したときと同じようにとても元気がよい。
 無愛想なからくり・御神槌だが、人妖・しづるは気に入ったようだ。ニコニコ笑顔で人妖・しづるが話しかけて、からくり・御神槌が首を縦や横に振ってはいといいえを示す。他の者にはわからないが、それが双方にとっても楽しいようである。
 針野が気になるということで全員でもふらさま用の小屋を訪問する。先に向かったと思われる羅喉丸の姿はすでになかった。
「黒姫と白姫、元気そうでよかったのさー」
 針野が小屋に足を踏み入れると二頭のもふらさまが真っ先に近づいてきた。以前に彼女が命名した黒姫と白姫である。
 嬉しくなった針野は腰を屈ませて二頭の頭から背中を何度も撫でてあげた。
「あの海か」
 鉄龍は小屋の窓から遠くの海岸を望んだ。ちょうど漁船が戻ってきたところで木箱を運び出している。
 針野から毛ガニがいっぱいに収まった木箱だと教えてもらうと鉄龍の心が躍る。おそらく明日の宴のために獲ってきた毛ガニであろうと。存分に食べるつもりの鉄龍だ。

 宵の口には全員が家屋へと戻る。明日に備えて早めに就寝する一行であった。

●調理
 朝焼けの遠野村。早い者は日が昇る前から宴会用料理の準備に取りかかっていた。
 大人数を想定した集会所横の家屋は全体が調理専用の炊事場と化している。床の殆どが土間であり、下拵えはいくつかある広い卓で行われた。また家屋の中に井戸があるのも大きな特徴だ。釜戸が十二も並んで、他にも石釜や炭火の網焼き釜が用意されていた。
 村人が増えたために燃料となる木材の枯渇が心配されたものの、非常に成長の早い木を育てることによって解決済みである。これは清浄な水を湧かせている湖底姫の活躍が大といえた。当の本人はわらわは何もしていないと惚けているが。

「月詠‥‥」
 早めに調理用の家屋を訪ねたつもりの神座早紀だったが、戸を開けるとすでにからくり・月詠が働いていた。
 からくり・月詠は村の女性達の作業を手伝っていたようだ。彼女の前には皮が剥かれたたくさんの野菜が山のように積まれていた。
「す、すまなかったな‥‥」
 神座早紀に近づいたからくり・月詠は珍しくしおらしい態度で謝った。
「一緒にお料理を作りましょ! これは何を作るためのもの?」
 神座早紀は笑顔でからくり・月詠の手を両手で握る。そして二人で野菜を全部切り終わってから、自分達の料理に取りかかるのだった。

「麺は俺が打つ。スープはあそこにおられる奥方に頼んでおいたから心配無用だ」
『それは楽しみです、羅喉丸。カンスイというものは、これぐらいでいいのですか?』
 羅喉丸は小麦粉の山を前に腕まくりをして気合いを入れる。
 羽妖精・ネージュが運んできたカンスイや鶏卵などの材料を小麦粉と練り合わせてゆく。途中から麺棒に切り替えると威勢よい音が炊事場に響き渡った。
 やがてコシの強い麺を打ち上げられる。
 羅喉丸とネージュは麺を一玉分ずつにして木箱内に並べた。ざっと五十食分を用意。後はスープのできあがりを待つばかりとなった。

「ジルベリアでは蟹をグラタンにして食べたりするのにゃ♪」
「グラタンってなんだかわからないけど、美味しそうです。お兄ちゃんにも食べさせてあげたいです」
 パラーリアが毛ガニを鍋で茹でている間、緑葉はへらで鍋をかき回す。パラーリアの指示通りにベシャメルソースを作っていた。
 乾燥されたペンネも用意してあるので後で合わせるつもりである。最終的には毛ガニの身を豊富に使ったグラタン・レジェを目指していた。
「うむ。これで‥‥よいのじゃろうか? まあ、よいのだろう」
 パラーリアと緑葉の側で湖底姫は生地作りに一生懸命である。円平が奏生で買ってきた料理本にあった『くっきぃ』なるものを再現しようとしていた。
 かなり前から試作を続けていたが失敗続き。村の子供達にそっぽを向かれたので、円平のご飯はここのところ失敗作の『くっきぃ』が大半を占めていた。そろそろ汚名返上といきたい湖底姫である。
「もっと蜂蜜を足すといいのにゃ。それに生地をたたむように伸ばすと、できあがったときに歯ごたえがよくなるよ〜」
「そ、そうか。なら、もう一工夫、二工夫じゃな」
 パラーリアは湖底姫に小声でアドバイスをする。釜を事前に熱くしておく大切さ、焼き時間の目安についても。それともう一つ、アップルパイの作り方を湖底姫に伝授してあげる。
「アップルパイですか。それは楽しみですね。よろしければお手伝いします」
「それはとてもとても助かる。特に味見を頼めるじゃろうか」
 近くで聞いていた一心の協力も得て湖底姫はお菓子造りに精進するのであった。

●宴の席
 集会場は村の大工達で立てられる最大の家屋を四軒繋げて構成されている。
 現在は仕切りのほとんど外されているので、室内はたくさんの柱が並ぶ。歩くのに少々の注意が必要である。
 親しい者同士が組となって暖房を兼ねた多数の囲炉裏回りの座布団へと座る。
 用意されたお膳の他に料理の一部は壁近くに並べられた卓に置かれていた。欲しいものがあれば自分で取りに行く形式だ。
「それではみなさん、今年の豊作を祝って‥‥乾杯!」
 円平の音頭で宴は始まった。
 集会場内は酒と料理を楽しむ空間。開け放たれた庭は踊りや芸事の舞台となる。
「これ、うまいな! あの蟹がこうなるとは。グラタンっていったっけ?」
 緑葉の兄、緑樹は熱々の毛ガニのグラタン・レジェをはふはふしながら口にする。
「お兄ちゃんが気に入ってくれたようです♪」
「お酒もおいし〜♪ あたしたちもさめないうちにたべるのにゃ♪」
 緑葉とパラーリアも毛ガニのグラタン・レジェをパクリ。蟹の身のほんのりとした甘みとソース、そしてペンネがハーモニーを奏でていた。
「おいしいです。こういう形で提供する方法もありますね」
「円平、何でも商売に繋げて考えるクセ、少々考え物じゃぞ」
 円平と湖底姫も毛ガニのグラタン・レジェを存分に味わう。猫又のぬこにゃんはちゃっかりと湖底姫の膝の上で丸まっていた。
「えっとだな‥‥、ようやく、くっきぃが成功したので後でみんなに分けるつもりなのじゃが、それとは別にこんなのも作ってみたのだが」
 あらたまった湖底姫が円平に隠していた皿を差し出す。皿にはアップルパイがのっていた。
「へぇ〜、美味しそうだね。食べていい?」
「も、もちろんじゃ」
 円平が口に運ぶとさくっとした歯触りが。そして甘みが口いっぱいに広がる。食べたことがないうまさに円平はしばし言葉を失った。
 アップルパイはたくさん作られていたので主に子供達へと分けられた。くっきぃと合わせて汚名返上、名誉回復。湖底姫の子供人気が復活した。
「大人気でよかったですね。アップルパイ、とっても美味しいです」
「ここまで人気になるとは思っていなかったのじゃが‥‥、よい誤算であったのう。後で教えてくれたパラーリア殿に礼をいうべきじゃな」
 神座早紀も湖底姫のアップルパイを賞味させてもらう。程良い甘さでとても上品に仕上がっていた。これならば人気も納得である。
「ところで、これから子供達とこれを振って一緒に踊るんです。湖底姫さんも一緒にやりましょう!」
「これは鈴か。よし舞ってみようぞ」
 神座早紀の誘い受けて湖底姫もブレスレットベルを手に参加する。庭へ降り、囃子に合わせて唄い踊る。間違っても気にせずに笑顔で場を湧かせた。
「え?」
「ちゃんとやる」
 踊ったその後、からくりの月詠が子供達の面倒をみたいという。神座早紀は少々驚きつつも、すでに懐いている子供もいるようなので任せてみることにする。
「さあ、どうぞ」
「これは光栄です」
 一心は大雪加から酌をしてもらったどぶろくを頂いた。
 かなり酒精が強いようで湯飲みいっぱいで満足。料理も一通り頂いた一心は三味線を取り出す。そして庭の岩に座ってバチを弾いた。
「聞いていると、なんだかよー」
「ほら、いい大人が泣くな」
 酒を嗜みながら三味線の音色に耳を傾ける者も多い。琴線に触れたのか涙ぐむ者も。特に古参の村民にとって今の豊かな状況は感慨深いものがあるのだろう。そう思いながら一心はしばし演奏を続けた。
 天藍・迅鷹はまるで主人の三味線がわかるかの如く、庭木の枝に掴まって瞼を閉じて耳を澄ませている。
 その頃、羅喉丸は大雪加と何故か呑み比べの競い合いをしていた。
「結構、いける口なのですね」
「そうよ、愉快だ、本当に愉快だ。これだから酒は楽しい」
 最初のきっかけが何だったのか思い出せないまま、互いに酌をしながら湯飲みを空にする。
 羅喉丸は顔こそ真っ赤だが瞳の輝きはまだまである。
 大雪加は顔に出にくいのか、ほんのりと頬が赤い程度だ。しかし座る様子がどこかけだるい。見ようによっては非常に悩ましい麗しき姿といえた。
『酔っていますね、羅喉丸』
「いいのさ、酔って、騒げるというのは幸せな事だからな」
 羽妖精・ネージュはお膳の上の酒のおつまみを頂きながら大笑いの羅喉丸を見上げる。ここまで楽しく酒を呑んでいる羅喉丸は滅多に見られるものではなかった。
 羅喉丸にとっても遠野村の発展は嬉しいものなのだろうと想像する羽妖精・ネージュである。
「えっ!」
 突然に羅喉丸の胸元へ倒れ込む大雪加。
 一瞬どうしたらよいのかわからなくなった羅喉丸だが、優しく肩を掴んでその場に寝かせた。座布団を枕にして羽織っていた上着を布団代わりにかけてあげる。
「大雪加のおねえさん、酔いつぶれているのにゃ」
 パラーリアも大雪加の様子に気がついた。
「ここは私に任せてください」
 村の人々に酌をして回っていた御剣蓮が大雪加の介抱をしてくれる。
「たぬき‥‥が釜で茹でられてたぬきそば‥‥美味しい‥‥」
 大雪加の寝言は支離滅裂だがどこか可愛らしい。御剣蓮は水で絞った布を額に当てて冷やしてあげる。
「あ‥‥」
「気がつかれましたか」
 大雪加が寝ていたのは小一時間程度。御剣蓮が体調について質問したが、特に気持ち悪いとかはないようで安心する。
「起きられたか」
 心配していた羅喉丸もほっとした。お腹が空いていると聞いた羅喉丸はその場から離れてすぐに戻ってくる。お盆に乗せて運んできた丼三杯は拉麺であった。
「麺にとても歯ごたえがありますね」
「私もちょうどお腹が空いていたところです」
 大雪加と御剣蓮が食べ始めてから羅喉丸も箸をつけた。
 村の女性が頑張ってくれたおかげで魚醤仕立てのスープは生臭さもなくとても風味豊かな味を醸し出していた。自分が打った麺も満足な出来だ。
 大雪加と御剣蓮に誉められて羅喉丸は照れ気味である。羅喉丸の肩に座る羽妖精・ネージュも自分が誉められたように感じて喜んだ。
 大雪加達から少し離れた囲炉裏端には毛ガニの殻が山盛り状態。その殆どが鉄龍が食べたもの。鉄龍と針野は朋友達と一緒に同じ囲炉裏の鍋を囲んでいた。
「このお酒うまいんよぉ〜。乾杯!」
「甘いな‥‥けどうまい」
 鉄龍が持ち込んだ『蜜酒「ヘイズルーン」』を針野と二人で頂く。
 針野は酒杯『青瑠璃』、鉄龍は酒杯『金鱗緑晶』と洒落る。乾杯と針野はいっていたが、すでに何度も叫び、また呂律が回らなくなってきた状態である。
「シヅも食べてるん?」
『カニ、とてもおいしいよ』
 針野は人妖・しづるの口の回りについた米粒を拭ってあげた。
「ん? ありゃ、おっかしいな‥‥景色がくるくる回っとるような?」
「針野、危ないぞ」
 立ち上がった針野がふらふらと。ほんのわずかな段差につま先を引っかけて倒れそうになったところを鉄龍が抱きかかえるように支える。
「うーにゃー、鉄龍しゃん、ご迷惑おかけしましゅさー‥‥」
 鉄龍は針野を両腕で抱きかかえると縁側の一番端へと移動した。静かに寝かせて膝枕をしてあげる。
「今日は楽しかったな針野。また一緒にこういう祭り来たいな‥って聞こえてないか」
 いつの間にか針野はかすかな吐息を立てて寝ていた。微笑む鉄龍は優しく針野の頭を撫でる。
 囲炉裏に留まった朋友は二体で宴を楽しんでいた。
『しづ‥それ、美味しいの?』
『うんっ♪』
 からくりなので食べられない、と御神槌は単に見ているだけだ。
 実は余程特殊な個体ではない限り食すことは可能。食べなくても活動に支障はないのだが。からくり・御神槌がどうなのかは試しに食べてみればわかることである。
 人妖・しづるがいたずらにからくり・御神槌の口へと剥いた茹でガニを放り込むのだった。

●そして
(「村の人達が幸せでありますように‥‥」)
 神座早紀は巫女舞を踊り終えてからお酒に手をつけた。
 五穀豊穣を祈りながら発泡酒を一口。一緒に舞った後で同じ囲炉裏端に座った御剣蓮によれば瞬く間に頬が赤くなったという。
「食事をしながらだと酔いも遅くなります。鍋でも小皿にとりましょうか?」
「そうですね‥‥。このお皿‥‥お皿?」
 御剣蓮の問いかけに神座早紀は大笑い。
 あまりに早い酔い方でわからなかったが、御剣蓮はしばらくして理解する。神座早紀は笑い上戸なのだと。
 からくり・月詠は庭で子供達に囲まれて歓声を浴びる。
「すげぇー!」
「赤とんぼたくさんいる〜」
 からくり・月詠が手にぶら下げる竹製の虫かごの中は飛蝗や蜻蛉でいっぱいだ。先程から子供と競争していたのである。
 そんな様子を遠くからぼんやりと眺めていた神座早紀はくすりと笑う。からくり・月詠の得意そうな様子が可愛かった。

 呑んで食べての宴は深夜まで続いた。
 二日酔いになった者もちらほらといたものの、存分に楽しんだことには変わりない。参加した一同の心に思い出が刻まれたのであった。