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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 天儀本島の北西に広がる国『理穴』の首都、奏生にも開拓者ギルドは存在する。 理穴・開拓者ギルドを任されているのが『大雪加 香織』である。 理穴出身故に幼き頃は弓術を習っていたようだが現在の彼女が扱う武器は銃砲。ある時から砲術士に転身したようだが、その理由を語る事は滅多にない。 理穴の東に広大な魔の森が鎮座しているのはあまりにも有名である。『緑茂の戦い』に勝利したおかげで浸食は後退し、現在では抑制状態になっていた。 とはいえ過去には悲惨な現実が数多ある。魔の森に呑み込まれていった町や村、集落がどれほどあったことか。 その理穴北東の海岸線付近に存在する魔の森内で村が発見された。 長く魔の森に囲まれたまま存続してきたのだという。緑茂の戦いを機にして魔の森との境になる外縁が広がり、海岸付近までかなり安全に近づけるようになった。そこで取り残された人々は手紙を足に結びつけた鳩を飛ばし続けた。 そのうちの一羽が大型飛空船『角鴟』で警戒中の大雪加に助けられる。そのおかげで五十九名が無事救出されたというのが顛末である。 理穴の王『儀弐重音』から許可を得て魔の森に囲まれながらも呑み込まれなかった土地『遠野村』は当分の間、理穴・ギルドの預かりとなった。 救出に続いて地上、地下と両面からの調査が行われた。その結果、地下にある石造りの迷路の正確な地図の入手に成功する。 探索の結果、最奥で発見されたのは地底湖。そこに住まうは『湖底姫』と名乗る気位の高い女性の姿をした精霊であった。 湖底姫は遠野村を再び人が朋友が暮らす土地に戻したいと考えていた。しかし出入りにも危険が伴う土地故に大雪加や開拓者の何名かは難色を示す。遠野村と海岸を隔てる帯状の魔の森を排除する必要が求められた。 作戦は周到な準備の上で決行される。 開拓者達がアヤカシを侵攻を阻止してくれたおかげで清浄の地下水の流れ変更による土地の入れ替えは完了した。帯状の魔の森は形骸化し、アヤカシは清浄の地下水によって一掃。ただ念のための焼き払いが理穴の兵によって行われた。 しばらくして山間集落から移住を招き入れる。七十八名、十九家族が遠野村へと移住する。 さらに村の今後を考えた円平は四名の若者を奏生に修行へと旅立たせた。二名の青年は船大工修行。二名の娘は漁網作りを習うため。 同時期に円平は漁船二隻と漁網数反を購入して毛ガニ漁を開始。遠野村沿岸は毛ガニの宝庫であった。 毛ガニを遠方で売るためには飛空船が必要なものの、新造を買う費用を用立てるのは難しかった。 円平と湖底姫は結界外郭周辺に墜落していた飛空船を発見して宝珠回収の作戦を練る。高価な宝珠さえあれば飛空船の建造費用のかなり抑えることが出来るからだ。 湖底姫、そして開拓者達の力を借りて無事回収に成功。浮遊宝珠七個、風宝珠六個は中型飛空船を造るには十分な数と性能といえた。 円平は遠野村に立ち寄った理穴ギルドの巡回飛空船へ乗せてもらい、首都奏生へと辿り着く。そこからは旅客飛空船に乗り換えて朱藩の首都、安州近郊の高鷲造船所を訪ねた。 開拓者からの紹介状によって話は順調に進み、予算内で中型飛空船を建造してもらえることとなる。もちろん宝珠は魔の森から回収したものが使われる予定だ。 完成にはそれなりの日数が必要なので円平は一旦遠野村へと戻る。すると変わった出来事が起きていた。 「これってもしかして‥‥」 『もふ』 下船した円平の足下でごろごろしていたのは『もふら』さま。しかも非常に小さい。産まれて間もない子もふらである。しかも十匹も。 「春の芽吹きと共にこやつら、この地から産まれいでたようじゃな」 湖底姫によればもふらが自然発生しても不思議ではないという。 魔の森に大半を囲まれた遠野村とはいえ瘴気の浸食は清浄の地下水で防いでいる。昨今に入れ替えした土地は別にして一度も魔の森になっていないのだから条件は整っていた。 これまでいなかったのが不思議だといえる。仮説としては海側で阻んでいた瘴気一帯が無くなり、解放されたおかげで精霊力の流れによい変化が起きたのかも知れなかった。 「朋友達と仲良く暮らしたいといっていた湖底姫の願いがきっと起こさせたんです」 「これこれ、くすぐったいのじゃ」 野原に腰を下ろしてお喋りする円平と湖底姫の周囲では子もふら達が遊んでいた。 それから一週間後、定期巡回の理穴ギルド・飛空船が遠野村へと着陸する。飛空船には病気欠員の代わりとして、普段は神楽の都在住の開拓者達が乗船していた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
御剣・蓮(ia0928)
24歳・女・巫
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
針野(ib3728)
21歳・女・弓
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●遠野村 澄んだ青空を航行してきた大型飛空船『角鴟』が遠野村外縁へと着陸。 休暇の日をもらった開拓者達は大雪加と一緒に円平の元を訪ねることにする。そして家屋の玄関の前に円平と共に湖底姫の姿を見つけた。 「仲がいいよねぇ〜」 「ほんと仲良しなのさー」 パラーリア・ゲラー(ia9712)と針野(ib3728)が円平と湖底姫の熱々ぶりを話題にしていると何やら小さな影が道の脇にある草むらから飛び出してくる。 「も・ふ・ら‥さま?!」 柚乃(ia0638)が屈んで地面から拾い上げたのは間違いなく子供の『もふら』。ころころと両手のひらに乗るほどの小ささだ。もふらの八曜丸に小もふらを近づけると互いに不思議そうな顔をしていた。 「さて、向こうはどうなっていることか‥‥と思ったら何ですかこのもふらは」 足にまとわりつく子もふらたちを御剣・蓮(ia0928)が見下ろす。そして連れてきた駿龍・藍にそっと囁いた。間違って踏まないように、食べないでくださいねと。 「これはどうしたのだ? 円平殿」 「湖底姫によれば、この地から産まれたらしいんです。そういうこともあるって」 羅喉丸(ia0347)は円平に近寄ってから草むらでゴロゴロしている子もふらたちへと振り向く。 「七、八、九‥‥。子もふらさまは全部で九頭いらっしゃるようですね」 「わらわの背中に掴まっているのもおるので、十頭が正解じゃな。これ危ないぞよ」 ジークリンデ(ib0258)に湖底姫が自分の背中を指さす。横から覗いてみれば必死になって湖底姫の背中に掴まっている子もふらの姿があった。 「やんちゃもほどほどに」 湖底姫の背中から落ちかけた子もふらを大雪加が支えてくれる。 「ふむ‥‥毎回アーマーばかりでは退屈するかと、アンネローゼを連れてきたが‥‥今回は必要なかったようだ」 ニクス(ib0444)は村の子供達と遊ぼうと霊騎のアンネローゼを手綱を牽いて連れてきていた。首の後ろを撫でてやるとアンネローゼが答えるように啼いてみせる。その様子を村の子供達が遠巻きに隠れながら見ていた。 「わぁ、生まれたばかりの子もふらちゃん、すごく可愛いです♪」 神座早紀(ib6735)は一頭を抱き上げて顔を近づけてみる。つぶらな瞳にもふもふの毛。じっと神座早紀を見つめ返す様子に歓喜の声をあげて抱きしめた神座早紀だ。 「せっかくなので一緒に遊んでもよろしいでしょうか?」 「構いません。わたしと湖底姫もご一緒させてもらいますね」 ルエラ・ファールバルト(ia9645)は円平から許可をもらうと、足下にいた子もふら一頭を駿龍・絶地の背中に乗せてあげる。 「ちびっこもふら達と一緒に遊ぼうなのだぁ〜。黒曜も仲良くしてあげるのだぁ〜」 玄間 北斗(ib0342)は近づいてきた子もふらを何頭も抱きかかえると、忍犬・黒曜に紹介し始めた。 「そうそう、もふらさまの名前をみなさんでつけて頂けると助かるのですけど」 「円平といろいろ練ってみたのじゃが‥‥よい名が浮かばなくてのう」 円平と湖底姫から開拓者達は子もふらの名付け親を頼まれる。 一行は巡回の飛空船乗員用に用意された村の家屋へと荷物を置いた。まだ午前の早い時間だったので昼の弁当を用意する。そして午後はそれぞれに安らぎの時間を過ごすのであった。 ●羅喉丸 「毛並みは緑がかっているな‥‥。しかし‥‥ん〜」 土の上に敷いた茣蓙に座った羅喉丸は、膝の上に乗ってきた子もふらを眺める。いろいろと考えてみるものの、これといった名前が浮かばなかった。 「ネージュの時は楽だったんだがな‥‥」 羅喉丸は自然の中を飛び回っている羽妖精・ネージュを眺める。楽しげに鳥を追いかけたり、草木の茂みで虫を探していた。ミツバチに追いかけられたりもしていたが、無事逃げおおせたようである。 『羅喉丸、これなに?』 「お弁当だ。そろそろお昼にするか」 戻ってきたネージュが羅喉丸が置いた竹の皮に包まれたお弁当を揺する。ちょうど腹が減ってきたところなのでお弁当のおにぎりを頂くことにした。 羅喉丸はネージュと子もふらに鰹節のおかかおにぎりを分け与える。 「おにぎり、おいしい」 「もふ♪」 ネージュと子もふらが食べる様子をしばらく眺める。子もふらにおにぎりはどうかと悩んだものの問題なく食していた。 羅喉丸はふと遠くの景色に目をやる。 「そういえば田植えの季節か。ちょうど稲を植えている村人がいるな」 羅喉丸は変わり種のカニの身入りおにぎりを囓る。円平が用意してくれていた茹でた毛ガニの身を醤油を足してほぐし具にしたものだ。 なかなかの味だと楽しんでいると肩に乗ったネージュが頬をつつき、子もふらはお腹にひっついて登ろうと必死である。 「わかった! やるからちょっと待て」 羅喉丸はカニの身おにぎりを千切ってネージュと子もふらにもあげる。 「そうだ。今の季節にぴったりな名前をつけようか。オスなら樹木のように大きくなるように‥‥春樹。メスなら‥‥春は翠が芽吹く季節だから翠がいいな。同じ文字が含まれる翡翠は縁起がいいし――」 子もふらが食べ終わったところでオスかメスかを確かめようとする。縦横無尽に小もふらをひっくり返した羅喉丸だが、結局のところよくわからなかった。散歩中の円平と湖底姫が現れたので二人にも訊いてみる。 「オス、メスじゃと? はて、わらわにもわからぬ」 「さっぱりです」 小もふらを観察する湖底姫と円平も首を傾げるばかり。 「まあ、いいか。何となく女の子ぽいから『翠』。今日から翠に決まりだ」 羅喉丸は子もふら『翠』を両手で天に掲げた。地面に下ろしてあげると三種の精霊が並んでいたのに気がつく。 ネージュは羽妖精。翠は神様の使いと呼ばれている、もふら。湖底姫は水、もしくは湖の精霊であろう。一言で精霊といってもかなり違うものである。 (「外面に囚われているという事は未熟な証なのか」) 泰拳士の奥義に精霊の力で身体を満たして放つ技があるという。いつか自分もネージュの力を借りる日が来るのかと羅喉丸は思いを馳せる。 「ネージュも、いつか湖底姫みたいな存在になるのかな」 「そうじゃのう。頼もしくなるかも知れんな」 羅喉丸と湖底姫に見つめられているのを知った羽妖精・ネージュはきょとんとした表情をするのだった。 ●湖の周辺 『久々の遠出は嬉しいもふー』 もふら・八曜丸が見えた湖目指して駆けていった。 「気をつけて‥くださいね‥‥」 後ろを歩く柚乃は何故かこの季節には不似合いな襟巻を背中の袋に入れてきた。ちなみに桜色がかった子もふらを一頭抱いている。 周囲では円平と湖底姫、そして仲間達の姿もある。よい景色の湖があるとのことで一緒に向かう途中であった。 やがて一行は湖畔へとたどり着く。 「湖底姫さんって精霊‥なの?」 「その通りじゃ。珍しいかや?」 柚乃はこれまでの経緯など、湖底姫とのお喋りを楽しむ。 「お名前は‥思い出せないのですか?」 柚乃は子もふらの背中を撫でながら湖底姫を眺めた。岩場に座っている姿を見ると、とても精霊とは思えない。見かけた大抵の人は若い美しい女性だと受け止めるだろう。 「思い出せないのは事実じゃが、普段はまったく気にしたことはない。湖底姫という名を気に入っておるのでな。じゃが子もふらには是非に頼むぞよ」 湖底姫は右の腕を伸ばすと柚乃が抱える子もふらの頭を撫でた。 「この子は蜜柑ちゃん。自分が柚なので‥」 「ほう、よい名じゃな。今、この時からおぬしは『蜜柑』じゃ。よろしくたもれ」 柚乃と湖底姫が見つめる中、子もふらは『もふー』と笑顔を零す。 仲間達の何人かは足下を脱いで湖に向かう。 「この辺りなら水浴びにもってこいですね。藍、こちらに」 御剣蓮はさっそく駿龍・藍を湖に入れてあげた。自らも膝ぐらいまで湖面に進んで絶地と遊ぶ。 水しぶきに太陽光が反射して空が輝く。そして小さな虹が頭上へと浮かんだ。 湖底姫が操るこの湖には常に清浄の地下水が湖底から湧いていた。覗き込んでみれば水中で砂が舞っている箇所がいくつも見つかる。それでいて水は澄んでいて非常に透明度が高かった。魚が泳いでいるのもはっきりとわかる。 「私たちも入りましょう。絶地、小もふらを守ってくださいね」 ルエラも駿龍・絶地と一緒に水辺へと足を踏み入れる。用意してきたブラシで絶地を洗ってあげていた途中、子もふらが湖面へと落ちた。すかさず絶地は甘噛みで子もふらを掬い上げる。 (「名前、どうしましょうか?」) 仲良く遊んでいる絶地と鈴蘭の様子を眺めながらルエラは考える。ふと花言葉を思い出し、『幸福の再来』『純粋』の意味から『鈴蘭』がいいのではと思いついた。 「あなたは鈴蘭という名前でどうですか?」 ルエラが名前を呼ぶと子もふらは何度も反復して呟いた。気に入ったようなので絶地と仲がいい子もふらの名前は鈴蘭に決まった。 ●原っぱ 湖近くの見通しのよい原っぱで朋友やもふらと戯れていた開拓者もいる。 ゆっくりと駆けるパラーリアを猫又・ぬこにゃんと子もふらが共に追いかけていた。 「生まれたばかりだというのに元気なのにゃ♪」 時折、走りながらぐるりと回るパラーリアは子もふらの走りに感心する。小さな身体というのにそれなりの速さでついてきていた。ぬこにゃんはもっと速く走れるはずだが、小もふらの動きに合わせているようだ。 足をとめたパラーリアは小もふらとぬこにゃんを同時に抱き上げた。 「もふ虎ってめいめいして、せいかいだね☆ ぬこにゃんもそうおもうにゃ?」 虎のように元気いっぱいに育ってほしいといった意味を込めてパラーリアは子もふらに『もふ虎』と名付けていた。 ちなみに今のところ、もふ虎が喋れるのはわずかな単語のみだ。もう少し育てばちゃんとした会話が成り立つようになるのかも知れないが。 駆けっこを楽しんだ後はパラーリアが投げた球を持って帰ってもらうゲームで遊ぶ。ぬこにゃんはパラーリアの側で休憩。もふ虎は球を追いかけて元気に駆け回った。 「がんばったからごほうびだよ〜♪」 『!! ♪♪』 パラーリアは作ってきたお菓子を、ぬこにゃん、もふ虎と一緒に頂いた。蜂蜜とミルクがたっぷりと入ったクッキーを二頭は気に入ってくれたようで、むしゃむしゃと食べてくれる。 「ふぁぁ、春ってねむくなるよね〜‥‥」 お腹いっぱいになったところでパラーリアは草の上へと横になった。最初はパラーリアのお腹の上で遊んでいたもふ虎も瞼を閉じて吐息を立て始める。周囲を警戒していた、ぬこにゃんもパラーリアともふ虎に誘われて夢の中へ。 パラーリア、ぬこにゃん、もふ虎は川の字になってお昼寝の時間を過ごす。 その頃、ジークリンデはパラーリア達とは少し離れた同じ原っぱで鷲獅鳥・クロム、子もふらと余暇を楽しんでいた。 「もふ海は高いところが平気なようですね。怖がるかと心配しましたが」 『もふもふ♪』 ジークリンデは翼を広げた鷲獅鳥・クロムで遠野村上空を滑るように飛んでいた。もふ海と名付けたもふらは落ちないよう命綱をつけた上でクロム背中に取り付けたカゴの中である。 もふ海の名には春の海のように穏やかで恵みをもたらすもふらに育ってほしいとの祈りが込められていた。 鷲獅鳥・クロムに乗ったジークリンデともふ海は近海上空まで飛翔し、毛ガニ漁を行っている村人達に手を振ってから原っぱへと戻った。 「より綺麗になりましょうね」 それからのジークリンデはクロムの毛並みを揃えるためにブラッシングをする。 寝そべって気持ちよさそうなクロムにもふ海はじゃれつく。クロムも時折、首やクチバシ、翼や足を動かしてもふ海をかまってくれた。 原っぱにはタンポポが咲き乱れ、所々を黄色く染めてあげている。 気分が高揚したジークリンデが歌い始めると、クロムは翼をばたつかせ、もふ海は啼いて合わせるのであった。 ●みんなで球蹴り 散らばってきた開拓者達が湖畔に再び集まって子もふらたちが戯れる。 「これを蹴ると楽しいのだぁ〜♪」 やがて玄間北斗が取り出した球を使ってもふもふ球蹴りが始まった。 「よしがんばるのじゃ!」 一番声援をおくっていたのが湖底姫。観戦というものを滅多にしたことがないので興奮気味だ。 もふらたちがごろごろと転がるようなそんな球蹴りに笑顔が満開。やがて勝敗は決す。 そんな中、キャンディーを配る玄間北斗は負けチームに属して活躍できなかった子もふらが気にかかった。仲間達から外れてひっそりとしているその一頭に近づいた。 「怖くないから大丈夫なのだ」 腰を屈めた玄間北斗が手招きをする。その子もふらは一番身体が小さく、歩く様子からも不器用に思える。 「今はまだ小さくて、人々の目にも留まらないようなそんな小さな存在かもしれないけど‥‥きっと、みんなの笑顔と祈りをこの身に受けて、健やかにのびのびと大きくなっていくのだ」 玄間北斗が抱きかかえると、いつの間にか側にいた忍犬の黒曜が小さく吠える。 「名前がまだならおいらが‥‥そうなのだ。『灯』がいいのだ。みんなの希望の灯となって、みんなに沢山の笑顔を届けていこうなのだぁ〜」 玄間北斗によって子もふらの名前は灯となった。黒曜に頬を舐められてようやく灯も笑顔を浮かべるようになる。 それから玄間北斗は原っぱで黒曜、灯と遊んだ。飛び回る蝶を追いかけて疲れると草の上に寝ころんで日向ぽっこをする。 「こんなに長閑なのに‥‥」 安らぐ状況に遠野村が魔の森に囲まれた土地だとは信じられなかった玄間北斗であった。 ●子供達と 「暴れるんじゃないぞ」 「は〜い♪」 ニクスは霊騎・アンネローゼに子供達を順番に乗せてあげていた。村の仕事も手伝う子供達にとってはよい安らぎの一時となる。 今後、鶏の世話に加えて子もふらの世話も子供達が行うこととなるという。 近い将来、もふらは労働力として役立ってくれる。そうなれば子供達の負担も少しは減るはずだ。 互いに仲良く協力し合う心を伝えようとしたニクスであった。 ●二頭のもふらさま 「もふらさまがたくさん生まれたなんて、めでたいさー」 「あってもおかしくはなかったのだが、これまでなかったからのう」 針野と湖底姫はごろごろと遊んでいる子もふらたちを眺めながら歓談を楽しんだ。 忍犬の八作は突撃してくる子もふらたちを相手にして困っているのか、楽しんでいるのか、よくわからない状態だ。逃げないところをみるとまんざらではない様子である。 「まだ名がついておらぬ、子もふらもおる。つけてたもれ、針野殿よ」 「う〜ん。白黒の仲良しもふらさまがいるのさー。この子は黒姫、こっちは白姫でよさそうなんね」 針野は湖底姫に勧められて側で遊んでいた二頭の子もふらに命名する。黒姫と白姫、名前が示す通り黒と白のまるで姉妹のような子もふらたちであった。 「ほーれ、ハチ、投げるんよー!」 それから原っぱへと移動した針野は忍犬・八作と鞠遊びを始めた。連れてきた子もふらの黒姫と白姫はごろごろと転がりながら昼寝を始める。 「もふらさまを巻き込まんようにしなんとねっ。少しだけあっちに行くんね」 針野と八作は黒姫と白姫が目を覚まさないよう離れて鞠遊びを行う。 「前にもこうやって鞠遊びしたっさねえ。ほーれ、ハチ、投げるんよー!」 針野が鞠を投げると八作は猛ダッシュで草原をかける。大きく跳ねてとても楽しそうに。 「大分抜け替わったけど、もう少しだけかかりそうなんね」 遊び疲れた八作が草むらで丸くなると、針野は櫛で毛並みを梳かしてあげた。 ちょうど今は毛が抜けて冬毛から夏毛へと変わる時期だ。梳いてあげたことで八作もすっきりとするのだった。 ●ヨモギ 暮れなずむ頃、神座早紀と甲龍・おとめ、湖底姫と円平、それと子もふら二頭は原っぱを散策する。 神座早紀と湖底姫はそれぞれに子もふらを抱いていた。 「ありました! これがヨモギ、特にこの香りが特徴なんです」 神座早紀は屈んで片手でヨモギを摘んだ。一同はヨモギ餅を作るために必要なヨモギを探していたのである。 「これか。よく見る草じゃ。のう、円平」 「この近辺では別の名で呼んでいたんです。これならわかります」 神座早紀の手に握られたヨモギを湖底姫と円平が観察した。円平が案内した先にはたくさんのヨモギが自生していた。三人で持ってきたカゴに摘んだヨモギを摘んでゆく。 その間、甲龍・おとめが子もふら二頭をあやしてくれる。首の長さを利用した滑り台もどきが特に子もふら二頭のお気に入りのようだ。 (「湖底姫さん、幸せそう。でも円平さんの方がもっと嬉しいのかな?」) 神座早紀は円平と湖底姫の仲むつまじい様子に目を細める。 景色が赤く染まる頃にはカゴはいっぱいになった。甲龍・おとめの背中にカゴを取り付けて一同は家路に就く。 本格的に作るのは明日ということで神座早紀はとひまずヨモギを洗っておいた。 「ヨモギ‥‥いいかも」 神座早紀はふと縁側で寝ていた子もふらを眺める。今日一緒に遊んだ一頭の子もふらは草色。なので『よもぎ』と名付けることにする。 小豆による餡子の準備もして就寝。翌朝、本格的なヨモギ餅作りを行った。仲間達も手伝ってくれる。 昨晩洗ったヨモギを焚き火の灰を足した湯に投じて茹でた。包丁で刻み、さらに鉢とすりこぎですりつぶす。白玉粉と上新粉を練って作った餅にヨモギを投入。餅が草色に染まる。餡子を包んでヨモギ餅の完成であった。 ●ヨモギ餅 「空から見るとこんな風になっているんですよ」 『もふ!』 神座早紀は甲龍のおとめに子もふらのよもぎを乗せて空中散歩を楽んだ。 よもぎは不思議な表情をして地表から目を離そうとはしなかった。小さい建物や畑がとても珍しいようである。 ゆっくりならば大丈夫そうだったので村の子供達も順番に乗せてあげた。 昨日のお弁当とは違い、今日は全員で食材を湖畔に運んで野外での料理作りである。円平が提供した毛ガニ尽くしだ。 「お昼から毛ガニなんて贅沢なのさー」 大量の茹でガニに満足げなのは針野。犬にカニはよくないと聞いていたので、八作には魚を振る舞う。 「よろしければ食べてください」 昼食が終わった頃、神座早紀はヨモギ餅をみんなに配る。 午後の大雪加、神座早紀、針野、柚乃の四名は一緒に原っぱを散策することにした。 「いくつでも食べられるのさー。黒姫と白姫、よく噛むんよっ」 針野は楽しみにしていた神座早紀のヨモギ餅を頬張った。忍犬の八作には代わりのお菓子をあげる。 「柚乃のお菓子もどうぞ‥」 「これはかたじけないぞよ」 柚乃がくれたもふら餅を湖底姫がおいしそうに頂いた。 「大雪加さんも、こちらをどうぞ」 「な、なんです、か?」 柚乃が背中を向けていた大雪加にヨモギ餅を勧めようとすると驚かれた。 その理由は子もふら。そっと覗くと大雪加は子もふらと遊んでいたようだ。常に冷静な印象を振りまく雪加だが、どうやらかわいいものには弱いらしい。 「それでは春らしい曲を‥。八曜丸は蜜柑ちゃんをよろしくね」 柚乃が横笛の曲を披露し始めると仲間達がぞくぞくと集まった。 「ここにいたのだぁ〜」 「景色がいい場所だな」 玄間北斗と羅喉丸が一緒に現れる。 「なにやら楽しそうな曲と声が聞こえたのでな」 ニクスは霊騎・アンネローゼで駆けてやってきた。 「空から見えましたので」 駿龍・藍に乗った御剣蓮は上空から舞い降りる。 「こちらおいしいですね」 「あ、たくさんヨモギ餅のこっているのにゃ♪」 ルエラとパラーリアもいつの間にか敷いた茣蓙に座っていた。 「飛空船、じゅんちょうなのにゃ?」 「おかげさまで――」 パラーリアは円平に飛空船の進歩具合を訊ねる。完成の予定は二ヶ月後。パラーリアが紹介してくれた高鷲造船所の人々が頑張ってくれているという。 遠野村の春は穏やかな日差しと風に満ちあふれていたのだった。 |