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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 旅泰の呂にもらったレシピによって再現された料理は『辛い丼』と名付けられる。 基本は鬱金、馬芹、カメムシソウ、小荳蒄、丁字、茴香、黒胡椒、月桂樹、唐辛子が使われ、さらに協力してくれた開拓者達によってアレンジが加えられたレパートリーが存在する。どれが人気なのかを知るために今のところは日替わりで提供中だ。 辛い丼の汁は予め作っておけるのがとてもよい。前日の夜に仕込んでおけば翌日には火を通し直すだけ。それに一晩程度寝かした方がよりうまくなった。 今日も満腹屋は大繁盛。給仕の智塚光奈は姉の鏡子と一緒に大忙しで注文を取って料理を運ぶ。 「光奈さんいらっしゃいますか?」 昼の書き入れ時が終えた頃、一人の中年男性が来店する。 名は『純太郎』。広域商人・旅泰の呂を通じて知り合った人物だ。 満腹屋にソースを卸しているように純太郎の店にも呂は必要な食材を手配していた。それはチーズ。純太郎の店は朱藩では非常に珍しいピザ屋である。 「どうしたのです?」 落ち込んだ純太郎の様子を光奈が心配する。まずは店に来て欲しいとの事で、光奈は純太郎のピザ屋『ボーノ』に足を運んだ。 「光奈さん、いらしゃいませ」 純太郎の妻が光奈と旦那がついた卓に焼きたてのピザを運んできた。 「お昼ご飯まだだったのですよ。とぉ〜っても美味しいのです♪」 「そういってくれるのは嬉しいんですけど、どうもこの街のみなさんの口には合わないようなのです」 光奈はピザを頂きながら純太郎の話しを聞いた。 ピザ屋『ボーノ』は繁盛しておらず、このままだと近いうちに店終いをせざるを得ないという。実際、店舗内には光奈と夫妻以外に誰もいなかった。食事時を外しているとはいえ寂しい光景だ。 「光奈さんは新作料理を料理を作ったり改良したりしていると呂さんから聞きました。どうか新しいピザ作りを手伝ってもらえませんか? お願いします」 「私も一人ではなくて店のみんなや開拓者に手伝ってもらっているのですよ〜」 光奈は純太郎の頼みを引き受ける。その為にはやはり開拓者の力が必要だと考えてギルドに出向くのであった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
セルシウス・エルダー(ib0052)
21歳・男・騎
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
りこった(ib6212)
14歳・女・魔
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●まずは試食 朱藩の首都、安州。 「お待ちしておりました」 「どうかよろしくお願いします」 まだ夜が明けぬ時間に開拓者八名と光奈はピザ屋『ボーノ』を訪れる。出迎えたのは経営する夫妻だ。まずはボーノの味を知るべきだとして試食をする事となる。 調理の為に夫妻が厨房に入ってからすぐにラムセス(ib0417)がキョロキョロと辺りを見回して肩を落とす。 「ラムセスさん、どうしたのです?」 心配げに光奈が声をかけるとラムセスがうつむき加減の顔をあげた。 「くるくるって飛ぶのみたかったデス〜」 昔、初めてピザを食べた時に生地を回して伸ばす調理の様子が思い出として残っているラムセスだ。期待していたのに見られなかったのでがっかりしたのである。 せっかくなので光奈はラムセスを連れて厨房を見学させてもらう。 「すごいデス〜」 夫の純太郎が掌と前腕をうまく使って生地を伸ばす。ラムセスは瞳を輝かせて喜んだ。 妻の美砂枝が広がった生地の上にモッツァレラチーズ、トマトソース、バジルをのせる。数が揃うと純太郎が大きなしゃもじで釜の中へと生のピザを並べてゆく。 釜の熱は凄まじくすぐに焼き上がった。 完成したピザを美砂枝が卓へと運ぶ。光奈とラムセスは運ぶのを手伝いながら席に戻ると試食開始である。 「りこはどんなピザを作ろうかなぁ。エビを使うとしたら小ぶりのがいいかな」 りこった(ib6212)はハフハフとピザを頂きながら考えていた。 「りこったさん、やる気ですね。わたしも何か考えないと〜」 「料理は苦手だけど頑張るよ!」 りこったと光奈は一緒に頑張ろうと握手をして誓い合う。 「この街の人達に喜んで食べて貰えるピッツァ、か‥。‥‥とりあえず街へ買い出しに行かないと」 「みんなで行くのですよ〜♪」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)と光奈は同じ年頃である。市場で手に入らない食材があったら旅泰の呂に相談してみると光奈は頷く。 「ね♪ アーシャさ‥‥!!」 振り返ってアーシャ・エルダー(ib0054)に話しかけようとした光奈が固まった。 丁度アーシャがセルシウス・エルダー(ib0052)にピザを食べさせてもらっていたところである。仲睦まじい様子にあてられてしまった。 「私のピザもほら、あーんして♪」 「どれ、心して頂こう」 今度はアーシャからセルシウスへ。セルシウスが食べ終わったところで、ようやく光奈の視線に気がつく二人だ。 セルシウスは咳払いをして背中を向け、アーシャは照れ笑いをしながら光奈に聞き返す。 (「エルダーご夫妻ったら、ラブラブだねぇ〜」) そんなやり取りを別卓で眺めていた明王院 月与(ib0343)は羨ましそうに微笑んだ。次にふと隣の礼野 真夢紀(ia1144)が傍らに置く器が気になる。 「まゆちゃん、これは?」 「こちらは豚角煮。そちらには塩付け豚が入っています。ピ具にしようかと思いまして。それにもう一つ、姉様に送ってもらったものも――」 礼野はこっそりと袋の中を月与に見せるのだった。 「ピッツァはよいの〜。手が汚れやすいのを除けばなかなかのものじゃ〜」 すでにピザ二枚目を食べていたのがハッド(ib0295)である。 ちなみに初めて光奈と挨拶したとき『バアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世』を名乗っていた。王であるらしい。 「もう少し食べないと味を確かめられないぞよ♪ むっ? 汝、おなごなのにすごい食欲じゃな」 「えへへへっ♪」 光奈もハッドと同じくらいピザを食べていた。 朝日が昇ると安州の街中へと買い出しに出かける開拓者達と光奈であった。 ●試作 一通り市場を回ると大抵の食材が揃う。 但しチーズについては扱っている店が非常に少ない。チーズといってもたくさんの種類があるのだが品揃えはないに等しく選びようもなかった。 そこで一同は呂が使用している倉庫へと向かう。中に入れてもらうと木箱が堆く積まれていた。 「あいやー、光奈さん。どうしたアルか?」 「ここならたくさんのチーズが置いてあるんじゃないかって思ったのです〜。純太郎さんとこを手伝っているのですけど――」 呂に光奈が説明すると奥へと案内してくれた。そこには朱藩で珍しいジルベリア産の多様なチーズがあった。 チーズに詳しい呂の雇い人に訊きながらチーズを選んで購入する。 一同は食材を抱えてボーノへ戻ると試作を開始した。 「三日月型に折り畳んで焼き上ければ手が汚れないぞよ」 顔に白い小麦粉をつけながらハッドは生地を練る。 アンチョビ用にイワシを三枚に下ろして塩漬けにし、満腹屋地下氷室近くの冷暗所で預かってもらう。熟成に一ヶ月はかかるので今回は呂のところで手に入れたオイル漬けを使った。 「前に食べた生地は厚めでもっちりふかふかだったデス〜」 ラムセスは生地に工夫を凝らすつもりである。それには『くるくる』が必要だと練習中だ。 顔に落としてしまった生地もちゃんと焼いて、もふらのらいよん丸と頂く。市場で買ってきた鶏の照り焼きを糸口にしてラムセスのピザは始まった。 「ぷりっとしたエビに、トマトソース。コーダチーズ。ヤリイカ。貝柱。‥‥こんなとこかな?」 「ふむふむ‥‥」 りこったが厚めの生地に具をのせてゆく様子を光奈は見学していた。 「その白いのはなんなのです?」 光奈が気になったのはマヨネーズである。作り方を教えてもらった光奈は非常に喜んだ。 「これを探していたんだ。助かったよ」 「いえ、あたしも使おうと思ってたので」 ユウキは礼野から茹でたトウモロコシの粒『コーン』を譲ってもらう。彼が作ろうとしていたのはかなり手の込んだピザだ。 チーズは二種類。モッツァレラとポン・レヴェック。その他にトマトペースト、エビ、ソーセージ、ツナと玉葱を和えたもの、コーンも加え仕上げはバジルを散らす。みんなに食べてもらって細かい修正を加えてゆく。 「考えていたピザが出来そうです」 礼野は二つのピザを用意していた。 具を切ったり茹でたりと大忙しであったが一番大変なのは薫製作業だ。裏庭で桜のチップを使ってほのかな香りを卵につける。 「次は白髪葱を刻んでっと♪」 割烹着姿の月与は包丁とまな板で小気味よい音を立てていた。 トマトソースやチーズもあったが、その多くは天儀風の食材。白髪葱に海苔、餅、鰹節、醤油が並ぶ。 セルシウスとアーシャは仲良く並んで調理をしていた。 「天儀の人々の口に合うのは醤油だろう。それと果物のピザもな」 「私はやっぱりお肉です! 野菜も使いますけど。じゃんじゃん焼きましょう!」 互いに手伝いながらピザを作る。出来上がったピザも二人で試食した。近場の者にも食べてもらって完成度を高めてゆく。 「わたしも考えたピザを完成させるのです〜」 光奈も新しいピザを創作していた。彼女の頭の中にあったのは満腹屋のお品書きにあるソース料理である。 新作ピザの創作は夜遅くまで続くのだった。 ●試食会 二日目の宵の口。暖簾をおろしてから新作ピザのお披露目が始まった。 「この料理なら、お好み焼き屋さん風のアットホームなお店って感じで、お客様を呼び込めるんじゃないかなって思ってさ」 月与が軽やかな足取りでピザを厨房から運んできた。礼野も手伝ってくれたおかげですぐに月与の『ネギ餅ピザ』の試食が行われる。 生地は薄目。薄く塗られたトマトソースに白髪葱と刻み海苔をアクセントとし、融けた餅とチーズが表面に漂う。さらに鰹節と醤油が足された天儀風ピザである。 立ちのぼる香りに引き込まれた一同はカットされた一枚を小皿に移してさっそく頂いた。 「いけるピザですね」 ユウキは余ったネギ餅ピザをもう一枚頂くほどに気に入る。 「わたしのピザもお好み焼きをヒントにしているのですよ〜♪」 光奈は二番手である。ラムセスが一緒に運んでくれたのは『そ〜すぅピザ』。 ソースといってもトマトではなくお好み焼き用のものが使われていた。とはいえあくまでアクセントでチーズを引き立てるもの。具には豚バラ肉とキノコ、そして散りばめられたマカロニだ。満腹感いっぱいの仕上がりである。 三番手はラムセス。今度は光奈がピザ運びを手伝う。 「鶏の照り焼きピザなのデス〜」 ラムセスのピザは名前が示す通りスライスされた鶏の照り焼きが目立つ。たっぷり照り焼きのタレが使われていた。 生地は非常に厚め。大きさについても工夫をしてみたが普通サイズより小振りに落ち着く。 ラムセスが一番苦労したのがチーズの配分である。理想の味を求めてたくさんのチーズを組み合わせたラムセスだ。 「美味しいピザだねー」 りこったが誉めてくれてラムセスは嬉しかった。もふらのらいよん丸も無関心そうに寝転がりながらも一緒に喜んでくれる。 四番手はりこったの番である。ラムセスと一緒にピザを運ぶ。 「えへへ、エビがどこにあるのかお楽しみなんだ。他のところはシーフードピザなんだよね」 りこったが作ったのは『エビマヨピザ』。 厚めの生地にたっぷりのトマトソース。食べやすく切られたヤリイカと芝エビの身に貝柱が散らされていた。使われていたのはコーダチーズ。生地の耳の部分がぽっこりとふくれているのが特徴である。 「おお〜。エビが出てきたのですよ〜」 食べた光奈が噛むと膨れた生地の端からエビが現れた。マヨネーズで味付けされていてとても深みがあった。 五番手はハッド。光奈が手伝って運ばれたピザは変わった形をしていた。 「安州は職人の街。簡単につまめるようにこの形にしたぞよ。お土産にもしやすいピッツァじゃの」 ハッドが作ったのはピザとほとんど同じ材料で作られるカルツォーネ。トッピングとしてアンチョビが使われていた。 「トッピングを用意すれば家族向けにもよいぞよ。海老と合わせて海鮮ピザもよいかの〜」 「この形ならしばらく温かいままなのです☆」 光奈の返事に架空の口ひげを指先で伸ばす仕草をするハッドだ。生地に挟まったチーズはかなりの間熱々であった。 六番目はアーシャ。正確にいえば七番目のセルシウスと一緒に試食は行われる。 「このまっさらなピザをカンバスとして、お客さんの好みに具をトッピングできるようにしませんか?」 アーシャが提案したのは具のトッピングを客自らが行うやり方だ。ピザを八等分にして炭火で保温。具は様々な獣肉を焼いたものからマグロのツナ、南瓜、玉葱、とうもろこし、なす、海苔、ワカメなどなど。手に入るなら林檎や苺などの果物も。タレも蜂蜜、醤油、味噌、バターなど様々用意していた。手のひらサイズの円形生地もある。 「さすがにこれだけの具を用意するのは無理かな」 「すべては無理でもいくつかなら何とかなるわ。きっと」 純太郎と美砂枝がトッピングしながら相談する様子に自らとセルシウスを重ねるアーシャである。 続いてはセルシウスの番だ。 「天儀の人々の口に合うように醤油を用いたものだ」 アーシャと一緒にセルシウスが運んだのは『鶏肉と茄子のピザ』。一口サイズに切った鶏肉の照焼と茄子がのったもの。刻み海苔もふりかけられていた。 「ぎゅっと詰まった照り焼きの旨味と、舌休めにもなる茄子が丁度よいのですよ〜。味の足し算と引き算が絶妙なのです☆」 光奈がペロリと平らげた。 セルシウスが作ったのはもう一品は『フルーツチーズピザ』。つまりデザートピザだ。 焼いた生地にクリームチーズを乗せて季節の果物を一口大に切ったものを散らす。ハチミツなどの甘みを足して完成である。ハッドのとは逆に冷めたままでも美味しい持ち帰りピザだ。 八番目はユウキの番である。光奈が運ぶのを手伝ってくれた。 「どうぞ召し上がってください。ピッツァの名は『クアットロ・スタジョーニ』です」 かしこまったユウキが出したピザは具だくさん。エビにソーセージ、ツナと玉葱、コーンなどエトセトラ。食べる箇所によって味が変わる魔法のようなピザである。 「これは力が沸いてきそうなピザですね」 特に純太郎が気に入ったようである。すでにお腹いっぱいのはずなのに二切れを食する程に。 ユウキもデザートピザを考えていた。その名も『林檎のデザートピッツァ』。 リキュールを塗った生地に皮ごと薄くスライスした林檎がのせられていた。こちらは軽い感じがお茶菓子的で美砂枝が気に入る。 そして最後は礼野の番。彼女も二種類のピザを用意していた。月与が一緒にピザを運んでくれる。 「一つ目は辛いピザです。具材は大豆にじゃが芋、人参で餡は固めに仕上げてあります。辛い丼の味をまろやかにするのに牛乳使いましたからチーズも合うと思いまして」 まずは満腹屋で出されている辛い丼の餡を使ったピザである。様々な香辛料が含まれる辛い丼の餡は非常に強い個性をピザに与えた。 初めて食べたボーノの夫妻もびっくりである。光奈とラムセスが仲良く最後の一切れを半分こにして頂く。 二つ目が角煮ピザ。 「角煮の方はチーズが体質に合わない人いますからチーズを使わない、がっつり食べたい男の人向けに食べ応えのあるものをと思いまして」 食材の入手にも気を配った礼野である。季節ものであるトウモロコシの保存法もメモにしてボーノの夫妻に渡す。満腹屋の氷室を利用させてもらえば大丈夫なはずだ。 ピザそのものはトマトに茹でた芋、厚めに切った豚角煮と塩漬け豚と卵の燻製が具として並ぶ。さらに千切りの玉葱とトウモロコシの粒が散りばめられ、菜の花を湯掻いた物も焼いた後に乗せられていた。 「どれも甲乙つけがたい‥‥」 「別に品評会ではないのですし」 「あ、そうでした。ついそんな気持ちになってしまって」 「もうあなたったら」 ボーノの夫妻も以前より笑顔が増えたようである。 翌日から新作ピザは店で扱われた。 厨房の壁の一部が取り払われる。香りが外に流れるように、生地を回す様子が客席から見えるようにと。 「くるくるくるくる回るデス〜。赤いトマトにとろとろチーズ、まわってとんでこんがり焼いて、あっという間にホカホかピザデス♪」 ラムセスはもふらのらいよん丸にトマトを示す赤い頭巾を被せて一緒に店前で客寄せをする。 その横では王冠付きのまるごともふらを着込んだハッドは道行く人々に声をかける。 「試食はどうか? おいしぞよ」 ハッドはポーズをとって子供の気を引いて食べてもらう。 (「まずはきっかけがないと‥‥」) ユウキは笛を吹いて販促の雰囲気を盛り上げてくれた。 「完成っと♪」 「ここがよいです」 月与は礼野に手伝ってもらって新しいお品書きを完成させる。それにはみんなで考えたピザが全て書き記されていた。 エルダー夫妻、りこった、光奈も手伝ってピザ屋『ボーノ』は再始動する。それから日を追うごとに少しずつ客足が増えてゆくのだった。 |