マグロの一本釣り
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/27 19:14



■オープニング本文

「このままじゃよぉ‥‥俺達お終いだぜ。ずっと笑われて生きてかにゃならねぇよ‥‥」
 砂浜に座り込んだ男が一人、腕を顔に当てて泣いていた。
「もちろんこのままじゃ終わらねぇさ。絶対に釣り上げてやる!!」
 もう一人の男は腕を組んで海原を眺める。
 泣いていた弟の名は次郎太。海を眺めていたのは兄の一郎太。
 二人は朱藩の南部、広がる海に連なる千代が原諸島に生きる漁師であった。
 話は二週間程前に遡る。
 漁師兄弟は安州内にある寿司屋『吉』の主人からある事を頼まれた。
 屋台から店へと販売の形を変えて十年。それを祝う為に400キロを越えたクロマグロ二匹が欲しいと。
 豪気な事に無料で漬けマグロの寿司を安州の人々に振る舞うという。
 漁師兄弟は二つ返事で引き受けたものの、一度目の期日には間に合わせる事が出来なかった。一本釣りしたクロマグロはどれも400キロに満たなかったのである。
 保存の為に船の上で解体して、すぐに醤油で漬けにされるが、寿司屋『吉』の主人は一流の職人だ。誤魔化せるはずもなく、それに漁師としての兄弟の自尊心が許さない。
 頭を下げにいった漁師兄弟は、つい先程、今一度の機会を寿司屋『吉』の主人からもらったばかりであった。
「さすがに地元の漁師達には頼めねぇ‥‥。ここは開拓者にクロマグロの一本釣りを頼もうと思ってるんだが」
「兄貴、素人には無理じゃねぇか?」
「そうともいえねぇぞ。なんでも開拓者ってのはすごいらしいのよ。具体的に知らねぇけどもよ」
「竿を順番で持ってもらったり、操船の手伝いや最後の引き揚げなんぞ、いろいろとあるにはあるけどよぉ‥‥」
 一郎太は半信半疑の次郎太を説得する。
 そして安州内にあるギルドの出張所で、クロマグロの一本釣りを手伝ってくれる開拓者を募集するのだった。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
江崎・美鈴(ia0838
17歳・女・泰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志


■リプレイ本文

●海
 朱藩の南部、千代が原諸島いずれかの島。開拓者は精霊門を潜って安州を訪れ、そして定期便の船に乗って上陸していた。
 耳には波の音。潮風の吹く岩場。開拓者達が眼前に広がる青い海と空をあらためて眺めていると、二人の男が現れる。
 今回の依頼人、一郎太と次郎太の漁師兄弟だ。
「何としても、この数日の間に400キロ級のクロマグロを二匹、一本釣りで釣り上げなきゃならねぇんだ。手伝いの方、よろしく頼まぁ」
 一郎太が頭に巻いていた捻りはちまきを取って開拓者に頭を下げる。次郎太もそれに続いた。
「しかし、一本釣りに素人を連れて行くとは思い切った事をしますね‥‥」
 朝比奈 空(ia0086)は漁師兄弟から再び海へと視線を移す。
「その通り。開拓者と言えど素人。マグロを釣れなどと‥‥しかし面白いではないか。見事大物を釣り上げてくれよう!」
 紬 柳斎(ia1231)が腕を組むとニヤリと笑う。
「そんな大きなマグロたぁ、なかなか剛毅な旦那達だねえ。素人で非力もんだが、俺も手伝わせてもらうよ♪」
 弖志峰 直羽(ia1884)は穏やかに微笑んだ。
「400キロのマグロって、どれくらい大きくて重いんでしょうね‥‥」
 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は口元に右の人差し指を当てながら考える。
 その紗耶香の背中越しに漁師兄弟の姿を覗き込んでいたのが江崎・美鈴(ia0838)である。 
(「まぐろー! マグロ食べるぞうにゃうー! 猫たちにもあげたいな。でもすぐに痛むかな‥‥」)
 どうにも人見知りの激しい江崎美鈴だが、心はすでにマグロへと馳せていた。
「釣ったマグロを寿司のタネにするって、ギルドで聞かせてもらった。いいね、一度腹いっぱい食べてみたかったんだ」
 劉 天藍(ia0293)の瞳は輝いていた。漬けの赤身マグロはもちろんだが、船上でしか味わえないらしい部位にも、とても興味ある。
 樹邑 鴻(ia0483)は岩場に右足を乗せ、高く舞い上がる波飛沫を見つめていた。
「男なら、必ず夢見る事‥‥その内の一つ。それが、マグロの一本釣りだ!」
 心の中で『‥‥たぶんな』と追加しながらも、まんざらではなかった。樹邑鴻が一本釣りに惹かれていたのは事実である。
「マグロってな、大きくなると味が変わるのかい? 数釣ってきゃ同じような気もするんだが‥‥」
「それが違うもんさ。どうしてかって聞かれると、困っちまうんだが。確かに小振りでもうまいもんはうまいんだけどよ。まあ、きっと食べる機会もあらぁ。自分の舌で確かめてみたらいい」
 黎乃壬弥(ia3249)の疑問に次郎太が答えてくれる。
 用意された漁船に乗り込む為に開拓者達は二手に分かれた。
 一郎太が乗り込む釣り船『一丸』には樹邑鴻、黎乃壬弥、紗耶香、江崎美鈴。
 次郎太が乗り込む釣り船『次丸』には朝比奈空、劉天藍、紬柳斎、弖志峰。
 ここに巨大クロマグロとの戦いは始まった。

●兄・一郎太の釣り船
 沖に出た二隻はつかず離れず互いに確認出来る距離を保つ。
 カモメが空を舞う中、クロマグロの餌となるイカを釣る。ある程度の数を確保すると、さっそくクロマグロの一本釣りだ。
「まぐろ、つるぞ。がんばるぞ、おー!」
 江崎美鈴のかけ声で全員が気合いを入れた。
「こいつがマグロを釣り上げる竿か」
 黎乃壬弥は釣り船一丸の後方に座り、目前の太い竿を握ってみる。竿は釣り船の甲板に固定されていた。ある程度、上下左右に動かす事が可能である。
 半透明の太い釣り糸は蚕から作られたのだと一郎太はいう。
「俺にも座らせてくれ」
 黎乃壬弥と代わり樹邑鴻も竿を握った。波間の下にクロマグロがいると思うと武者震いをしてしまう樹邑鴻だ。
 イカの生き餌が取りつけられた仕掛けが一郎太によって海中に投げ込まれる。
(「イカもおいしそうだー」)
 江崎美鈴が指をくわえて生け簀のイカを眺めていると、一杯を一郎太が掴んで、あっという間に刺身にしてくれる。
「う、うみゃいー!!」
 陸で食べるのとまた違った食感に江崎美鈴は笑顔になった。やまじ湯浅醤油で食べるとさらに格別である。食べ物をくれる人に悪い人はいないと一郎太に対する警戒がかなり薄れた江崎美鈴だ。
「あたしに任せてね」
「そうか。それじゃ俺は舵をみているわ」
 他の者達の分も作ろうとした一郎太に代わり、紗耶香が包丁を手にしてイカを捌いた。
 イカの刺身に全員が舌鼓を打つ。
 竿の様子を確認する者、糸を手繰り寄せる巨大なリールの前で待機する者、舵を守る者など役割を決めて順番に担当する。
 一郎太のいう通りにしていると竿に手応えがあった。
「こんなに強いのか!」
 樹邑鴻は竿が左右に振られるのを必死に押さえる。しばしの格闘の末、釣り上げたのは150キロ級のクロマグロであった。
「150キロであの暴れようか‥‥」
 途中で竿を持つのを代わった黎乃壬弥は、感触の残る自分の手をじっと見つめた。
「めがまわったぞー。ふにぁーー」
 疲れた江崎美鈴は甲板に横たわる。リール回しと銛突きに力尽きていた。
「もう帰る時間だな。ちょっと贅沢だが、開拓者のみなさんを歓迎する意味で今晩の飯のおかずだな。こいつは」
 一郎太はマグロの血抜きを終わらせ、エラや内臓を取りだす作業に取りかかる。
「身を柵にする作業をやらせていただきますね」
 紗耶香は巨大な赤身をある程度の柵に切り分けて醤油の入った樽へと漬けてゆく。仲間が食べたがっていたのを思いだし、脂の多いトロの部分も持ち帰る。半日程度で中心の部分を切りだせば大丈夫であろうと。
 ちなみに余ったイカを天日に干してスルメにしたのも紗耶香であった。

●弟・次郎太の釣り船
 初日は釣果がなかった釣り船『次丸』であったが、気合いを入れて二日目に挑んだ。
 昨日一通りこなしたおかげで、作業の手順はわかっていた。
 そつなくイカを釣り上げると、さっそくクロマグロの一本釣りに突入する。
「大物を釣るには夜って手もあるんだけどもよ。危険もかなり増すんだわ。どうしてもの時の最終手段にしようって兄貴とは決めてるんけど」
 次郎太は帆を操りながら開拓者達に話しかけた。
「最終手段ですか。闇の海に落ちたりするのはぞっとしませんね」
 弖志峰は次郎太から教えてもらったように舵を操る。
「イカも灯火に惹かれてやってくるのでしょうね。そうすれば確かにマグロも釣れやすくなる‥‥」
「釣りは焦っても仕方がない。のんびりじっくり大きく構えてよう。さすれば釣れるはず」
 朝比奈空と紬柳斎は巨大なリールを回して釣り糸を回収する。本日最初の一投は空振りに終わっていた。
「それはいいが、何やら怪しい天気になってきたぞ」
 餌となるイカを釣りながら劉天藍が遠くの空を眺めた。確かに黒雲が近づいてくる気配が感じられる。
 次郎太の判断であと一投をして引きあげる事となった。
 するとすぐに手応えがある。徐々に天気が悪くなる中、クロマグロとの格闘が始まってしまった。
「釣りは任せたぞ。俺ぁ、船で精一杯じゃ!!」
 荒れてきた天候の中、次郎太は帆を操るのに専念する。
「ぎりぎりまで泳がせる! こればかりは仕方がない!」
 時間との勝負でもあると紬柳斎は心の中で呟く。
「紬、もう少し糸を出しますよ!」
「みなさん、糸に絡まれないように気をつけて下さいね」
 劉天藍と朝比奈空は紬柳斎の指示に従ってリールを回す。
「波には正面から当たるようにと‥‥」
 弖志峰は教えてもらった通りに舵を操る。横波には特に気をつけなければならなかった。
 小雨から次第に大雨へと変わってゆく。海面も荒れてきた。
「大丈夫か!」
「ギリギリまで粘る! 兄貴達は先に戻ってくれ!」
 釣り船の一丸が次丸へと近づき、一郎太が次郎太へ呼びかける。もしもの沈没を考えて一丸は次丸から遠すぎない海上で次丸を見守った。
「初めての大物で、この天候‥‥」
 紬柳斎と交代した劉天藍は慎重さを備えていた。釣り糸から竿に伝わるクロマグロの動きに逆らわず、それでいてゆっくりと寄せてゆく。それにはリールを回してくれる紬柳斎と朝比奈空の協力があってのものだ。もちろん舵取りをしてくれている弖志峰の努力も不可欠だ。
 神経をすり減らす竿を持つ役目を次丸の開拓者達は交代して務めてゆく。順番は紬柳斎、劉天藍、朝比奈空の順である。弖志峰には舵に専念してもらった。
 二時間に渡る戦いの末、巨大なクロマグロは次丸のすぐ側まで寄せられる。
 一郎太が海に飛び込み、次丸へ乗り込んで引き揚げを手伝う。その間、一丸を守るのが樹邑鴻、黎乃壬弥、紗耶香、江崎美鈴の役目となった。
 銛でクロマグロは仕留められた。解体している余裕はなく、ひとまず血抜きを施して島へと戻るのに専念する。
 波に大きく揺らされながら、何とか転覆せずに釣り船一丸と次丸は島の船着き場へ生還した。
 船着き場に残っていた他の漁師達が釣り上げられたばかりのクロマグロを見て驚く。まちがいなく400キロ級である。
 すぐに解体を行い、内臓が取りだされる。
 不幸中の幸いとして、甲板に降り注いだ雨と波飛沫が、クロマグロを冷やし続けてくれたようである。身が焼けた様子はなかった。

●そしてもう一匹
 400キロ級のクロマグロは醤油漬けにされ、寿司屋『吉』と繋がりのある商船で先に運ばれる事となった。
 残る約束はもう一匹である。寿司にして食べ尽くすのに二日か三日はかかるとして、その間にもう一匹釣り上げなければならなかった。
 三日目の午後から晴れ、海に出たものの両船とも不漁で終わる。
 四日目の日中も沖に出かけたが、50キロ級のクロマグロ二匹を釣り上げたのみだ。
 一郎太と次郎太は相談し、夜のマグロ釣りを決断する。一休みをした後で篝火を用意して二隻は沖へと向かう。
 釣り上げたイカを使ってマグロの一本釣りが行われる。
 夜、最初の手応えは次丸の竿にあった。ただ、感触から察するに80キロ級と思われた。
 それからすぐ後に一丸の竿が大きくしなり、握っていた江崎美鈴が『にゃー!』と大きく叫んだ。
「これは‥‥待望の大きさのはず!」
 一郎太が竿の様子に興奮する。400キロ級がかかったと。
「すまんがあきらめてくれ」
 絡むのを恐れて次丸の釣り糸が次郎太によって即座に斬られた。肝心なのはもう一匹の400キロ級クロマグロを釣り上げる事だからだ。
 もちろんその事に不満をいう次丸の開拓者はいなかった。すぐに全力で一丸に乗る仲間を手伝う。
「燃えるぜ!」
 竿を持つ役目は樹邑鴻に受け継がれた。言葉とは裏腹に樹邑鴻は焦らず慎重に竿を操る。
「この船の真下に‥‥いるな」
 黎乃壬弥が心眼でクロマグロの位置を探る。それに従って操船は続けられた。
「これでいいですね」
 釣りそのものについては仲間達に任せた紗耶香は、解体の作業を即座に行う為の準備を整える。
 真夜中である為、日中のようにはいかない点も多々あった。黎乃壬弥の心眼を除けば耳が頼りである。
 より時間がかけられ、もう一匹の400キロ級クロマグロが一丸の甲板に引き揚げられた。
「とったどー!」
 大はしゃぎする江崎美鈴の姿はみんなの気持ちを表していた。
 血抜きと解体は即座に行われる。醤油の入ったいくつもの樽はマグロの赤身で一杯になった。
 漬けには使わない脂が多いトロの部分を頂く開拓者もいた。
「醤油も美味しかったが、今度は軽く塩を振ってと‥‥。これは!」
 炙って頂いたのは劉天藍である。
「うまいにゃうー」
 船に酔っていたの我慢して江崎美鈴は一口だけ頂く。
「この濃厚な味わいには酒が合うよなぁ。うむ、美味だ♪」
 紬柳斎は一郎太から注いでもらった酒と一緒にトロの炙りを頬張る。
「マイ醤油も、これこの通り!」
 トロを頂くのに、やまじ湯浅醤油を使う開拓者はかなりいた。弖志峰もその一人だ。
 紗耶香もトロをご相伴させてもらう。
 朝比奈空は漬けの赤身を待つらしい。
 両船が島へ帰港しようとした頃、ちょうど朝日が昇ろうとしていた。

●寿司屋『吉』
 数日後、安州にある寿司屋『吉』では人がごった返していた。
 大きなクロマグロの絵の看板が掲げられ、漬けマグロの寿司が無料で振る舞われていたからである。
「信用してよかったですよ。これで、これまでのご恩をお客様にお返し出来たというものです」
 吉の主人が漁師兄弟と開拓者達に頭を下げる。
「いや、すまねぇことをしちまった。二度目の機会を作ってくれた事、ありがたかったよ」
 一郎太も主人に頭を下げた。
「やはり熟成した赤身はとても美味しいですね」
 朝比奈空は店の片隅で漬けマグロの握りを堪能する。もちろん他の仲間達もである。
「これは美味しいですね〜」
 紗耶香は頬を綻ばせて小さなお口で寿司を頂く。
「うまかった!」
 お腹をポンポンと叩いた江崎美鈴の前には皿が積み上がっていた。
 ちなみに猫にと漬けマグロを少しお土産にもらった江崎美鈴である。かなり塩分が強いので、よく洗ってからあげた方がいいと紗耶香から教えてもらう。
「すごい助かったってもんだ。あんたらがいなければこうはいかなかったはずだ」
「ありがとーよ〜。この恩は忘れねぇぜ!」
 開拓者達は一郎太と次郎太に見送られながら、精霊門の方角へ去ってゆくのだった。