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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。 朱春近郊の飛空船基地にあるボロ格納庫が昇徳商会の根城である。 「この辺りの部品強度はどれも大丈夫だね」 「ではこの道具は片づけますね〜♪」 この日、操縦士兼整備士の青年『王輝風』は中型飛空船・翔速号の整備を行っていた。見習いの猫族獣人娘『響鈴』はお手伝いである。 「う〜ん。夕方までには終わりそうもないわね」 女社長『李鳳』は事務室で書類整理の真っ最中。机に積まれた紙束の量が大変さを物語る。 ちなみに王輝風のペット、黒い子猫のハッピーは風が吹き込まない場所で春の日向ぼっこの最中であった。 そんなボロ格納庫に来客が現れる。十五歳前後の娘は屈強そうな護衛二名を外に待たせて格納庫内へと足を踏み入れた。 「こちら昇徳商会でよろしいですか? 突然の来訪ですみません。お仕事を頼みたくて伺ったのですが」 「はいー、昇徳商会です。それではこちらにどうぞ〜♪」 最初に気がついた響鈴は娘を李鳳がいる事務所へと案内する。 「今日は昇徳商会にどのようなご用で?」 李鳳は書類整理の手を止めて応接間に移動し、娘との商談に入った。 「私は『蘭花』と申します。実はわが屋敷では鷹に似たケモノを飼っているのですが‥‥いえ、鷹がケモノになった‥‥のでしょうか。その辺りは詳しくなくて」 蘭花によると鷹ケモノの名は『天昇』。物心ついた頃にはすでに娘の屋敷で飼われていたという。 頭の先から尾の終わりまでは五メートル強。基本は肉食だが草もわずかながら摂取する。性格はおとなしくて娘を始めとして誰一人攻撃した事はなかった。 過去に天昇がじゃれたせいで軽い怪我をした者もいたようだが故意ではなかったようだ。しばらく天昇も落ち込んでいたと蘭花が説明する。 「一年前に飼い主であった父が亡くなりまして‥‥。遺言で自分が亡くなった後には自然に帰してやってくれとありまして。私にとっても天昇はとても大切な存在なのですが、ようやく決心ついたのです。父の言うとおりに自由にしてあげようと――」 うつむき気味で蘭花は依頼の説明を続ける。 昇徳商会の役目は鷹ケモノの天昇を山奥まで運ぶ事。 ただ大きな問題が残っている。ケモノとはいえ人に飼われていた生き物が弱肉強食の自然にすんなりと戻れるかどうかだ。 ケモノ故に他の生き物達より生存能力そのものは優れているはずである。李鳳は蘭花からの仕事を引き受けた後で開拓者ギルドに出向く。鷹ケモノの天昇が無事自然に戻れるよう指導を頼むのであった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●出発 場所は泰国の帝都、朱春近郊の飛空船基地。 中型飛空船『翔速号』には朋友を連れた開拓者達が次々と集まっていた。 昇徳商会の面々、依頼をした蘭花と護衛の女性二名、そして鷹ケモノの天昇はすでに翔速号へと乗船済みである。 「窮屈でごめんなさいね」 蘭花は鷹ケモノの天昇に付き添ってなだめる為に船倉へと固定された檻の中だ。日中の間に現地まで辿り着ける予定だからそれまでの我慢だといい聞かせながら。 (「野生に帰す‥‥ですか。普通の動物なら、ここまで長い間一緒にいれば無謀な行為ですけど‥‥」) 朝比奈 空(ia0086)は翔速号の乗降口付近から檻の中の蘭花と天昇を眺める。空を見上げれば迅鷹・白鳳が翔速号の離陸を待っていた。 「よっす! 李鳳のねえちゃん、久しぶりー」 「よろし‥‥く、ルオウさん。もしかしてハト?」 挨拶の声に振り返った操縦室の李鳳はルオウ(ia2445)の姿に目を丸くする。ルオウがまるごとハトさんを着込んでいたのである。 「ん、臆病な鷹のケモノを山に返すんだろ? だったら怖がらないように仲間に近い格好でって思ってさ!」 自信満々でルオウは羽ばたく真似をしてみた。窓の外を滑空していた迅鷹のヴァイス・シュベールトもルオウと同じタイミングで翼を動かしてみせる。 ルオウは王輝風と響鈴にも挨拶すると天昇がいる船倉へ行くと告げて姿を消した。 (「ケモノの自立、か。他人事じゃないような、そうでもないような‥‥」) 酒々井 統真(ia0893)は船倉の片隅で迅鷹・風剋と共に蘭花と天昇の様子を観察していた。行きの護衛よりも肝心なのは現地での訓練である。 船倉の周囲だけでなく翔速号へ乗り込んだ開拓者達は各所に散らばっていた。 「うまく山奥に帰したとしても、それっきりじゃ寂しいですから‥‥」 甲板近くの展望室で待機していた水月(ia2566)は迅鷹・彩颯の頭を撫でる。依頼がうまくいったのなら、蘭花にまた天昇に会いに行って欲しいと伝えるつもりである。 (「元のお家も、きっと山にも鷹ケモノさんの家族がいるデス‥。難しいデス、でも‥‥」) ラムセス(ib0417)は船縁に留まる迅鷹・たんぽぽと一緒に先程見た鷹ケモノの天昇の今後を考える。ちなみにもふらのらいよん丸は今回連れてきていなかった。どうやら食べられてしまいそうだと一時的に逃亡したようだ。 「見たところおとなしい感じではあったな」 ニクス(ib0444)は甲板下の部屋でアーマー・シュナイゼルを整備しながら、鷹ケモノの天昇の第一印象を思い出す。ギルドで文献を調べてみたのだがケモノは個体数が少ないのが通例なのでこれといった情報は得られなかった。仲間も同様に梨の礫だったので、こうなれば蘭花に訊いたり直に天昇とふれ合いながら知ってゆくしかないと考えるニクスである。 準備が整うと王輝風が操縦開始。翔速号は離陸した。 将門(ib1770)と羽喰 琥珀(ib3263)はそれぞれの龍で翔速号と併飛行をしながら護衛の任につく。 「本人が今のままで満足しているなら、現状維持でもいい気はするがね」 将門は蘭花と天昇が互いに幸せならこのまま一緒に暮らしてもいいのでは思っていた。とはいえ引き受けた依頼は尊重する。 「一度休んでからがいいな」 羽喰琥珀はしばらくしたら駿龍・菫青の速さを生かして現地へと先行偵察を行うつもりだ。着陸しやすい場所や野営地に適した場所を前もって調べておけば滞りなく事が進むはずだと。 しばらく護衛を続けた後で翔速号の甲板で休息。そして偵察に出かけた羽喰琥珀だ。 景色が夕日に赤く染まる頃、翔速号は目的地の山奥に着陸するのだった。 ●訓練その1 翌朝、外に出た瞬間に天昇は勢いよく翼を広げて喜んた。 檻からの窮屈からはすでに解放されていたのだが、船倉内でもやはり圧迫感があったようである。しかしそれもつかの間、すぐに気弱な態度を見せた。蘭花を見つめながら小さく鳴いた。 「天昇、大丈夫。大丈夫だから。みなさんのいうことを聞いてね」 しばらく蘭花がいい聞かせてから天昇は開拓者達に預けられる。 天昇がこの自然の奥地で暮らせるよう適応させるのが開拓者達の役目だ。三日間が予定されているが、必要ならば少しの延長は可能である。 「まずは飛べるかどうかの確認だな」 甲龍・妙見に龍騎した将門が上空で天昇に向けて手招きをする。 「俺もつき合ったほうがよさそうだな。面白そうだし。身を守る方法は後でだな」 駿龍・菫青の背に乗った羽喰琥珀も天昇に飛ぶよう働きかけた。 散々迷った上でようやく天昇は広げた翼を羽ばたかせる。だが二メートル程度を飛んだところで落下してしまった。まるで尻餅をつくように。 「だ、大丈夫?」 蘭花は天昇に駆け寄る。屋敷での生活において天昇が空高く飛ぶ機会は殆どなかったらしい。 「白鳳、酒々井さんの風剋と一緒にお願いね」 朝比奈空は迅鷹・白鳳を酒々井の迅鷹・風剋が留まる枝へと並ばせる。 「頭悪くなさそうだから、手本を見せてやればわかるだろ」 酒々井が空を指差すと迅鷹・風剋が軽く鳴いた。枝から跳んで滑空し、勢いをつけて上昇する。迅鷹・白鳳も同じように大空へと飛び立った。 それを見てさっそく真似してみる天昇だが今度は気負いすぎて前にこけてしまう。 「よっし、ヴァイス、お前も行ってやれーーー!」 次はルオウの迅鷹・ヴァイス・シュベールトの番だ。 勢いよく飛び立ったヴァイスは太陽目がけてひたすらに上昇してゆく。ヴァイスを真似て天昇が動かした翼は前よりもぎこちなさが消えていた。 「最初だけ手伝ってやるか」 アーマー・シュナイゼルを起動させたニクスは天昇を持ち上げると、比較的高い岩の上へと移動させてあげる。 「彩颯ちゃん、お願いしますね」 「たんぽぽさんも一緒に教えてあげてほしいのデス」 水月とラムセスが天昇のいる岩の上まで自力で登る。迅鷹の彩颯とたんぽぽが岩近くの枝に留まると準備完了である。 「こうするのデス」 ラムセスは天昇に抱きついてハグの挨拶をした後で鳥の真似をして岩の上から飛んでみせた。 (「こうしてくれたら嬉しいの」) 水月は心の中で呟きながらこくこくと天昇に頷いた。そしてラムセスと同じく両腕を広げて鳥の真似をして飛び降りる。飛行船内で迅鷹・彩颯と一緒に眺めた上空の景色を思い浮かべながら。 水月とラムセスが合図を出すと迅鷹の彩颯とたんぽぽが枝から滑空する。続いて天昇も岩の上から飛び降りた。 ギリギリであったが天昇は地面に衝突せずに上へ。龍や迅鷹と一緒に大空へと舞った天昇であった。 ●訓練その2 一日目は天昇が空を飛ぶ勘を取り戻すのに費やされる。一緒に飛び回って大空を舞う楽しさを思い出してもらえるよう。 地表で訓練の様子を眺めていた蘭花がどことなく寂しげであったのが開拓者達の印象に残った。蘭花もまた天昇と離れがたいのだろう。 そして現地での二日目。ここで暮らす為の巣作りだ。 普通の鷹よりも巨大なので木の上に作る事は叶わず高い岩の上が選ばれた。巨木の枝葉が頭上で繁っているので雨風も防げそうである。 天昇が迅鷹達の巣作りを勉強している間に開拓者達は枝や蔓を集めまくる。すべては巣を作る為の材料だ。 「力仕事ならまかせとけーー!」 ルオウは肩に担いだ枝を降ろすとまた探しに森の中へ。 「今夜は巣に泊まれるとよいのデス」 ラムセスも前が見えないぐらいいっぱいの枝を両腕で抱えて運ぶ。 「大きさを分けたら使いやすいですから」 水月は集まった材料を選別してゆく。 「こんなものかな」 枝の束を置いた将門が額の汗を拭いながら巣の材料を眺める。かなりの量が集まっていた。 「後は任せろ」 ニクスはアーマー・シュナイゼルで材料を一気に巣となる岩の上へと運び入れた。その勢いは怒濤である。 迅鷹の巣作りを見て昔を思い出したのか天昇が動き出す。開拓者達が材料を集めてくれたおかげで作業はとても捗った。二時間程度でそれらしき形となる。 日が暮れるまでの時間は飛行に慣れる為の訓練に費やされた。ラムセスを筆頭にして順番に天昇の背中に乗って体力作りを行う。 「天昇‥‥」 大空を滑空する天昇の背中に抱きついた蘭花が涙を零す。 夕日の中、開拓者達は仲の良い蘭花と天昇を見上げるのだった。 ●訓練その3 三日目に行われたのは狩りの仕方だ。開拓者達が用意した獲物を天昇に追わせるという訓練である。 「予定が一日ずれましたが今のところ順調といってよいですね」 朝比奈空は帳に状況を記しながら天昇を見守る。後で訓練に抜けがなかったかを確認する為に。 先程、他の迅鷹と共に白鳳が狩りの仕方を披露していた。次は天昇の頑張りの番だ。 「負けるなよ! どっちも行け!!!」 ルオウの迅鷹・ヴァイス・シュベールトも参加する。お互いに一つの獲物を競い合う。 「もう一度です。気をつけてね」 水月は怪我をしないよう休憩中の天昇へと加護結界を施す。狩りの補助は迅鷹・彩颯に任せ、その他の時間は食事の準備を行う水月だ。 「一生懸命なのデス」 川辺で釣り糸を垂らしていたラムセスが空を見上げると、獲物を追いかける天昇が通過してゆく。迅鷹・たんぽぽは浅瀬の川魚を爪で捕らえて夕食用の魚獲りを手伝ってくれていた。 「あと少しだ」 ニクスも狩りを頑張る天昇を見守った。独りで生きていかなければならない天昇にとってこれからが正念場であると思いながら。 「これで締めだ」 将門は甲龍・妙見と共に捕らえた狐を放つ。これで開拓者が準備した獲物は最後となる。天昇はそつなくこなして見事に狐を捉えるのだった。 ●訓練その4 四日目の午前中は今後に役立つ訓練が行われた。酒々井と羽喰琥珀が毒のある小動物や食べ物を教える。 「あれは咬まれると大変な毒蛇だ。いくらケモノだって痛くて苦しいのは嫌だろ? あぶねー奴だから覚えておけよー」 羽喰琥珀が枝に絡まった蛇を指差すと天昇がコクリと頷く。 体格のある天昇にとって、かえって小柄な動物は敵として扱いにくいはずである。一気に倒してしまえば大丈夫だが毎回それでは身が持たない。それに生きる為を除いた殺生は控えるべきだと羽喰琥珀、酒々井の双方とも考えていた。 一つの獲物に固執せず、安全な狩りを心がけてた方がよいと羽喰琥珀は天昇に教える。 「これは‥‥ダメだ‥‥。味はうまいが痺れてきて‥‥」 酒々井はわざと毒草を天昇の前で食してみせた。心配そうに天昇が鳴いて酒々井に顔を近づける。気がついた水月が解毒で治してくれるまでわざと大げさに苦しんでみせた。 午後からは誰からの力も借りない形での天昇単独の狩りが行われる。少々ぎこちなかったものの、天昇は鹿一頭を仕留めた。 「すごいわ。天昇」 誉める蘭花。自慢げに蘭花の前で胸を張った天昇だが、風のように横切る何かに獲物をさらわれてしまう。 「これから菫青がちょっかいかけっから、さっき教えた事思い出して、自分で色々考えて行動してみろよー」 横切った正体は羽喰琥珀の指示に従った駿龍・菫青。狩りの訓練は続くのであった。 ●別れ 五日目の午前中も狩りの訓練が行われる。 森の上空を飛ぶ天昇の素早い様子に、蘭花は目を細めながらもう大丈夫だと心の中で呟いた。そして天昇との別れの時が訪れる。 「もう大丈夫だ。元気でな」 羽喰琥珀はニカッと笑う。駿龍・菫青は鳴いた。 「自然に帰り、自由に生きろ。それがお前さんの命の恩人の遺志だぜ?」 将門は甲龍・妙見の背に乗りながら天昇の顔を間近で眺める。 「ずっと元気でいてくださいっ」 ラムセスは涙を目に溜めながらもちゃんと挨拶を終えた。 「狩りすぎてはいけませんです。どうかお元気で」 水月は天昇の頭を撫でてあげた。 「これからはてめぇ次第だぜ」 酒々井は大木の幹を拳撃で震わせて天昇への別れの土産とする。 (「この数日間で大分自然に慣れた様子‥‥」) 朝比奈空はあまり情が移らないようあえて天昇に言葉をかけなかった。 「‥‥気持ちはもう決まったか」 ニクスが触ると天昇は翼を広げた。もう滑空せずとも直接大地から自力で空へ飛び立てる。 「がんばれよーーー! また空のどっかで会おうなーーーー!!」 ルオウは両手を大きく振った。迅鷹・ヴァイス・シュベールトは激しく翼を羽ばたかせる。 「さようなら! 天昇!」 蘭花は上空で旋回する天昇に長く手を振り続ける。 「また会いに来てあげて下さいね。このままだと寂しいですから」 水月の言葉に蘭花が頷く。水月も返事としてこくこくと首を動かす。 一行は飛空船へと乗り込んだ。天昇は途中まで飛空船に併飛行してから山森へと帰ってゆくのだった。 |