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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 去年の秋が終わる頃、満腹屋の地下倉庫は氷室として改装されていた。次の夏に向けて銀政が氷霊結で作り出す氷を貯める為の倉庫として。 寒い間に氷を大量に作っておけば、暑い季節のかき氷需要に役立つという考えからだ。 氷が間に合わずにお客の注文を数多く断ってしまった記憶が、智塚姉妹と銀政の心残りになっていた。 「すごいのですよ〜。これだけあったらきっと今年は間に合うのです☆」 「まあ、頑張ったからな」 銀政と一緒に氷室への階段を降りた智塚光奈は持っていた提灯を壁の突起に引っかける。銀政がこつこつと氷を作ってくれたおかげで、地下氷室はすでに四角い氷の塊で満杯になっていた。 副次効果として食材の保存にもとても役立つ。 特に獣肉を長期保存出来るようになったのが大きかった。海沿いの安州故に魚介類を使った料理が盛んだが、武天風の獣肉料理もそれなりに需要がある。光奈が好きなそ〜すぅ焼きそばに入れる具としてもイカの次に人気があった。 運んできた桶の水を備え付けの木箱に移して銀政が氷霊結で凍らせる。中身を氷の山へと積む作業を五回繰り返して今日の製氷作業は終了だ。 「そういやこの間、呂からこの紙を預かったぜ。ちょうど光奈が出かけていた時によ」 光奈が銀政から受け取ったのは料理のレシピ。方々を訪れる交易商人である旅泰の呂なら手に入ると考えて以前に頼んでおいた。 それは噂に聞いた薬膳あんかけ料理である。 「えっとなになに――」 薬膳あんかけ料理の基本となる汁を作るためには様々な香辛料が必要なようである。満腹屋の在庫にはないが、とにかく探せば見つかると光奈はお気楽に考えた。 それからあっという間に一週間が経過する。 「あう〜。ダメなのですよ〜。ほとんどが普段通っているお店屋さんでは売ってないのです‥‥」 光奈が手に入れたのは馬芹、鬱金、唐辛子の三種類のみ。お店が忙しかったせいもあるのだが、とにかく全然足りなかった。 光奈は薬膳の香辛料集めを手伝ってもらおうと、店の買い物の途中で開拓者ギルドへと駆け込むのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●買い物 昼下がりの朱藩の首都、安州。満腹屋に集まった開拓者一同は光奈と一緒に店屋や市が並ぶ界隈へと出かける。 「香辛料の調合で味が変わるなんて、まるで何かの実験みたいですね〜」 アーシャ・エルダー(ib0054)は光奈からもらったレシピの写しを右の人差し指でなぞりながら歩く。 「そうなのですよ。がらっと変わるらしいのです〜」 アーシャが持つレシピを覗き込む光奈が顔をあげる。 「薬膳あんかけ料理のレシピかぁ。どんな味なんだろ?」 「泰の貿易品扱っている店を探せば何とかなるかも。薬膳っていう位なら薬屋さん当たってみるとか」 明王院 月与(ib0343)と礼野 真夢紀(ia1144)は道の両側に立ち並ぶ看板一つ一つを確認しながら進んだ。扱っていそうな店舗はないかと。 「薬膳あんかけって食べると元気になるデス? 病気で無いときにも飲むお薬デス? 唐辛子が入っているから辛いデス?」 「とっても美味しいけど辛いらしいのですよ〜。百聞は一見にしかずで一緒に食べてみるのです☆」 ラムセス(ib0417)の質問に光奈が持ち前の明るさで答えた。未知の味に興味を覚えた二人の瞳の色はより輝きだす。 ラムセスは近所のおばあちゃんが普段利用している泰国薬のお薬やさんで聞いてみるつもりでいた。 「いろいろな香辛料を使うのですね‥。それでは次の鐘の音が聞こえたらここに集まりましょうか‥。まずは買わずに目的の品が売っている店を探すということで‥」 柊沢 霞澄(ia0067)の言葉をきっかけにして薬膳の香辛料探しが始まった。 礼野と月与が考えていたように国や地方によって同じ品でも名前が違う場合がある。色や形、匂いを考慮にいれて注意深く眼を開いた。 何度も見かけながら素通りし、後で必要な香辛料だと気づくこともあった。以前の光奈もそうやって見逃していた。別の名前がわからずに気づかなかった香辛料がいくつも存在していたのだ。 「隠し味用にっと‥‥」 アーシャは基本の品の他に蜂蜜なども一緒に買い込んだ。とはいえ欲しくても腐りやすそうなものは後で買い足すつもりだ。 「ご飯にかけるのが基本だと書かれてありましたが‥」 柊沢霞澄はうどん作りに最適な小麦粉を手に入れる。 「味見をしてみないとわかりませんけど、辛さを抑える準備もしておいたほうが」 「一匙二匙、醤油を入れて見たり、ちょっと焦がしニンニクやネギを混ぜて香りづけをして見たり、ちょっと御出汁を隠し味に入れて見るのも良いかな」 礼野と月与も品定めをしながら工夫のひと味を考える。 「基本はご飯にかけるようなのですよ〜。パンにつけたりもするようですけど」 「あんかけ‥‥。海鮮あんかけをご飯にかけたりそばだったり、甘酢あんかけはお魚のから揚げに美味しいデス。色々試すデス〜。きっとわくわくする匂いデス〜」 光奈とラムセスは起きたまま夢の中にいた。まだ食べたことがない薬膳あんかけ料理がたくさん並んでいる世界を。 食材を手に入れた一同は満腹屋へと戻る。夕方から宵の口にかけての書き入れ時が終わると、さっそく空いた板場で調理に取りかかるのだった。 ●まずはレシピ通り 「調理でここまで厳密にやるなんて初めてなのですよ‥‥。おっと、多すぎたのです」 光奈が天秤ばかりの皿の上に敷いた紙にサジで香辛料をすくってはのせてゆく。 「ほ、ほんとうに‥‥。あ、う‥‥このままだと‥‥」 光奈の隣りで同じように香辛料を計るアーシャは懸命にくしゃみを我慢していた。ついに堪えきれずに急いで板場から出てゆく一幕も。 「まるでお薬を作っているみたいですね‥。これぐらいでよいでしょうか‥?」 スリコギで香辛料を潰したり、粉にする作業を手伝っていたのは柊沢霞澄だ。 「一つ目の鍋のお湯が沸いたのデス」 ラムセスは、もふらのらいよん丸と共に水や薪を運んで煮炊きの用意をしてくれる。 「月桂樹は細かくつぶしても食べられませんから、爪を数か所立てて香りを引き出す程度にして途中で上げた方が宜しいのでは?」 「なるほどなのです。このレシピを書いた人にとってはきっと常識になっていて、その辺りの説明が端折られているのかも?」 礼野の助言を受けて光奈は調合から月桂樹を外した。 (「普通のご飯の他に明日は五穀米も炊いておこうかな?」) 月与はご飯を炊きながら明日を考える。今日のところはレシピ通りの薬膳あんかけ料理を全員で作っているが、明日は各自の工夫を施す約束になっていた。 二時間半後、試行錯誤をしながら薬膳あんかけ料理は完成した。 さっそくの試食である。途中の味見で困惑していたが、レシピを信じて分量は変えずにしてあった。箸では食べにくそうなので礼野がサジを用意してくれる。 「鼻づまりが治りそうな、風邪がふっとびそうな、そんな匂いと味ですね〜。たくさん食べますからね〜、味見は任せてください!」 香りをかいでから一口頂くアーシャ。 呑み込む前にみんなの顔を見渡しながら盛られた皿を何度も指差す。誘われてみんなも食べ始めた。 「おいしいデス〜」 食べた瞬間、ラムセスは瞳をまん丸くする。 「もふ?」 そして隣りに座っていたもふらのらいよん丸にもあげようとしたのだが寸前で戸惑う。美味しいのだが辛い。辛くてもよいのだが少し刺激が強すぎるような気がした。 (「おそばもうどんも、トウガラシを少し入れたほうが美味しいデスけど‥‥」) 今日のところは光奈に頼んでらいよん丸用に別の夕食を用意してもらう。薬膳あんかけ料理は明日までおあずけだ。 「ピリッと辛みが利いてて、旨みがじんわりくるんだねぇ〜」 「肉が苦手な方の為、獣肉入ってない野菜だけのもいいかも」 月与と礼野は一口食べては互いの意見を交換する。 「辛いです‥」 そういいながらも柊沢霞澄の食べる勢いは止まらなかった。急いでとってきた湯飲みの冷水を飲みながらも薬膳あんかけ料理を口に運ぶ。 みんなが柊沢霞澄の真似をして水を挟みながら薬膳あんかけ料理の試食は続く。 「ふ〜〜♪」 珍しく無言だった光奈の口がようやく開いた。これまで黙々と薬膳あんかけ料理を食べ続けていたのだ。 「辛いけど癖になりそうです♪」 平らげたアーシャの言葉に皆同感である。 しばらく新しい味との出会いに花を咲かせる一同であった。 ●創意工夫の味 「何なのです〜これは〜〜!」 翌朝、余った薬膳あんかけ料理を温めなおして朝食として頂いた光奈が驚きの声をあげた。 開拓者達が光奈の声を聞きつけて駆け寄る。昨晩に食べた時より美味しくなっているといわれて一口ずつ食べてみた。 確かに美味しいと誰もが感じる。時間を置くことで味がまとまる料理。それが薬膳あんかけだと判明する。ちなみにこの事実はレシピには記されていなかった。 時間を置く為に今のうちに作って宵の口に試食しようと決まる。 「新鮮な牛乳を手に入れないと!」 アーシャのように足りない食材を求めて町中に飛び出したりなど様々であったが、すべては薬膳あんかけ料理完成の為。水運び、火熾し、野菜類や肉類の下ごしらえなど急いで行われる。 「ゆっくりこぼさないように運ぶのデス」 ラムセスは、もふらのらいよん丸の背に二つの桶を渡して汲んだ水を運んだ。 「みなさんの分も‥」 柊沢霞澄は香辛料を挽いたり、擦ったり。 「一度やればコツがわかるのですよ」 光奈は香辛料の量り分け。 「白身の魚が合うと思って」 礼野は獣肉の代わりに白身魚を魚市場で手に入れてくる。 「これだけあれば間に合うよね♪」 月与は鮮やかな包丁さばきで野菜類の皮をむく。 各自の工夫が施された薬膳あんかけが煮込まれていった。 仕上がると地下の氷室近くの暑すぎず冷たすぎずの部屋に保存される。あとは熟成を待つのみであった。 ●試食と命名 満腹屋を手伝う間に時は過ぎて暖簾下ろし。ついに最終的な試食である。 もちろん全員で頂くのだが、主に食べるのは光奈とラムセスの二人。それぞれの薬膳あんかけ料理の鍋が温めなおされて順に皿や器へと盛られる。 最初はアーシャの料理だ。 「二つ、作りました〜。こっちは体が温まりそうだから『ホット餡スープ』。もう一つは配合した香辛料を使った焼き鳥。名付けてピリピリするから『ピリ焼き鳥』!」 アーシャの説明を聞きながらラムセスと光奈はさっそく頂いた。 ホット餡スープは片栗粉でとろみがつけられていた。具はあらかじめ油で炒められた人参、ジャガイモ、タマネギを細かく刻んだもの。 「ホント身体が暖まって寒い日には最高なのですよ〜。牛乳でまろやかになっているのです☆」 器から立ち上る湯気の向こうで光奈は笑顔を浮かべる。 「何にかけてもおいしいデス〜。ピリピリするのデス。鶏肉と合うのデス〜」 ラムセスは焼き鳥の串から鶏肉を頬張る。最後の一個をもふらのらいよん丸にあげるとものすごく喜んでいた。 「うふふ〜〜、香りづけと隠し味に珈琲を煮詰めた汁も少し足してみたのです。夫に食べさせてあげたいですね〜」 自らも頂いて満足そうなアーシャだ。 アーシャに続いて柊沢霞澄の料理が並ぶ。 「薬膳との事なので、病人にも負担なく食べれるようにうどんと組み合わせてみました‥。『から味うどん』のできあがりです、美味しいと良いのですけど‥どうでしょうか‥」 柊沢霞澄が用意した料理は、かけうどんの汁に薬膳あんかけを合わせたものである。 「へぇ〜。これは‥‥お昼時とか‥‥ものすごく人気になりそうな‥‥予感がするのです〜」 光奈はものすごい勢いでうどんを啜って平らげる。ラムセスも同じく額に汗をかきながらも一気に頂いた。 「おいしかったのデス。うどんの汁と合わさった味が最高なのデス〜」 ラムセスも気に入ったようで丼の中の一滴までを飲み干す。 「喜んで頂けてよかったです‥」 柊沢霞澄も自らの、から味うどんを食べ終わってから首を傾げて微笑んだ。 三番目は月与である。 「五穀米のご飯にかけた薬膳あんかけだよ。焦がしニンニクやネギ、醤油を隠し味にしてより天儀風に仕上げてみたの。名付けて『うまかー』。召し上がれ♪」 月与が用意した薬膳あんかけには具はほとんど見あたらなかった。見つかるのは細切れのお肉だけ。野菜類はすり下ろして汁に溶け込んでいた。おかげで独特なとろみが存在する。 「ふぅわ〜。これは深いのですよ〜☆」 光奈は一口ずつ噛みしめながら月与の薬膳あんかけ料理を頂いた。 「辛みがちょうどよいのデス。すっと胃にはいってゆくのデス」 ラムセスは何度も目をパチクリとさせた。別の皿によそってもらい、らいよん丸にも食べさせてあげる。 「たくさん食べてね♪」 「すまねぇな。こりゃうまいな!」 月与は店に居残っていた銀政にも『うまかー』をよそってあげる。 最後は礼野の薬膳あんかけの出番となる。 「獣肉は最初に試しましたので、代わりに今回は白身魚を選びましたの。海老やイカもよさそうでしたけど。名前は‥‥ウコンは昔は染料に使われてた位ですから、『黄金丼』なんてどうでしょ?」 礼野が用意した薬膳あんかけは皿に盛られた姿が特に美しかった。各食材が定位置にあって汁のかかり方もそつがない。のせられた生卵の黄身にも誰もが興味をそそられる。 「このまろやかさは‥‥牛乳とチーズかな? ジャガイモじゃなくて南瓜が入っているのです〜♪」 光奈はこの辛さならとても小さな子供でも食べられると考えた。礼野が考えているように獣肉が苦手な人にも。 「お魚に合うのは大発見なのデス〜」 すでにお腹が一杯のはずなのに光奈と同じくラムセスも綺麗に完食する。 「ふむふむふむ‥‥」 アーシャも片っ端から薬膳あんかけ料理を試食しまくっていた。 全員が満足したところで終わりになるのだが、最後に光奈が満腹屋においての薬膳あんかけ料理の名前を発表する。 「いろいろと名前も考えてもらったのですけど‥‥基本はラムセスさんの『辛い丼』にさせてもらうのです〜♪ みなさん独自の辛い丼風味の料理は日替わりでお客様へ提供させてもらって、人気があるのを残させてもらいます☆」 拍手がまきおこったところでお開きとなる。 開拓者達は光奈と銀政が見送る中、真夜中の精霊門発動に間に合うといって満腹屋を後にするのであった。 |