チョコと乙女〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 23:47



■オープニング本文

「紀江、武天から遠くの地なるジルベリアにはバレンタインデーというものがあるそうなのじゃ」
 巨勢王の娘、七歳の『綾姫』は侍女の紀江へと振り向いた。
 場所は武天の都、此隅の城内。勉強として写本の真っ最中である。
「話には聞いたことがありますが詳しくは。どのようなものなのでしょうか?」
「うむ。何でも古き話でな。ジルベリアにバレンタインという偉い者がおってな。その者の博愛精神に感謝して隣人に贈り物をするようになったそうなのじゃ。近頃では武天でもその習わしを行う者共が増えておるらしい」
 綾姫は筆を置いて知っている限りの事を紀江に説明する。
「世話になった者や親しい人に贈るのが普通のようなのじゃが、中でも『ちょこれいと』なるお菓子がよいとのことじゃ。いっておったのが城に出入りしておる旅泰故に、ちと胡散臭いのじゃが。奴らは商いに長けておるでの」
 綾姫のいう旅泰とは泰国出身者が殆どを占める交易商人のことである。
「まあ、とにかくじゃ。旅泰によれば『ちょこれいと』を融かして枠に入れて固め、その形によって個性を出すのが乙女の間で持ちきりとのこと。しかし今一何がよいのかわからん。そこで開拓者に集うてもろうて型を作るところから見学したいのじゃ。わいわいと一緒に作った方が面白かろうて」
「それはとてもよいお考えですわ。綾姫様」
 翌日、綾姫の考えに従って紀江は開拓者ギルドを訪ねた。
 その内容は依頼というよりもチョコレートを使ったお菓子作りを開拓者に提供するといった趣。受付は何度か確認をとったが、この内容で構わないとの返事を紀江は繰り返すのであった。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フラウ・ノート(ib0009) / 十野間 月与(ib0343) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ミーファ(ib0355) / ウルシュテッド(ib5445


■リプレイ本文

●始まり
 寒くはあったが晴れた日の武天の此隅。開拓者達はすでに城へと足を運んでいた。
「集まってもらえて助かったのじゃ。バレンタインデーで贈るちょこれいと作りを、わらわも見学させてもらうが、よしなに頼むぞ」
 綾姫が簡単に挨拶をしたところでさっそく作業は始まる。まずは木材を使った枠作りからだ。
「こちらをお使い下さいませ。もちろん使い慣れた道具をお持ちの方は、そちらをどうぞ」
 綾姫の侍女である紀江が枠作り用の道具類を説明した。素人でも簡単に使えるものから本格的な大工道具まで一通りが揃えられてある。加えて助言をしてもらえる大工も何人か招かれていた。使い方までは教えてもらえるが実際に作るのは開拓者達だ。
 チョコレート用の型枠を製作し、その上で調理をする催しが今回の集まりである。
 道具、素材、食材も含めて綾姫が思いつくすべてが用意されていた。非常に珍しいホワイトチョコレートまで揃えられている。もちろん必要な品の持ち込みも可能だ。
 開拓者達は適当な卓を選んで、まずは型枠を作り始めるのだった。

●枠作り
「あ、月与さんとシルフィリアさんも来てるですの」
 気がついた礼野 真夢紀(ia1144)は、テクテクと歩いて明王院 月与(ib0343)とシルフィリア・オーク(ib0350)がいる卓へと混ぜてもらう。
「まゆちゃんも一緒にやろうね。それにしてもチョコの木型作りかぁ〜。調理とはちょっと勝手が違うからドキドキしちゃうね」
 月与は右にノミ、左へトンカチを持ちながら礼野の前で首を傾げる。試しに端材へと刃を打ち込んでみるが、どうもしっくりとこなかった。
「綾姫も大好きな巨勢王やお世話になってる方々に送るつもりなのかな。あたいも、お世話になってる人達に送ってみようかな」
 シルフィリアは道具を持つ前にまず図案を起こそうと紙と筆を取り出す。
「シルフィリア姉さん、もしかして絵を描くのかな?」
「まずは具体的な形を決めた方が作りやすいと思ってねぇ」
 それがよいと月与もシルフィリアに習い、大工道具をひとまず置いて一緒に図案を描き始めた。
「丸はチョコレートのみ、角を砕いた木の実入り、三日月と星を果実入りにするですの」
 礼野は丸や三日月、多角形や星形などの決まった形にするつもりでいた。そこで大工に声をかけて、どの道具を使ったら綺麗に仕上がるかを訊ねる。大工道具の中には素人ではわからない特化されたとても便利なものがある。
(「絵を描いているのじゃ。‥‥なるほど、具体的な形をどうするのか考えるためじゃな。単純な図案ならすぐに作ってもよいのう。道具というのは便利なものなのじゃ〜」)
 ひょっこりと卓の下から顔を出す綾姫。自分のチョコ枠作りの参考にするために礼野、月与、シルフィリアの様子を眺めていた。
「そんなところで見てないで、どっしりと構えたらどうだい?」
「おお!」
 とっくに気がついていたシルフィリアは綾姫の脇を抱えて持ち上げると椅子へと座らせた。
「この元絵はお花じゃな」
「単純化した薔薇の花にしようと考えているのさ」
 絵を覗き込む綾姫にシルフィリアが答える。
「こっちは犬。子犬じゃな」
「芝犬よ♪ ふわふわもこもこにするのがなかなか難しくて苦労している途中なの」
 月与の絵も綾姫はまじまじと見つめる。
「この袋に入っているのはなんなのじゃ?」
「それはチョコレートの中に入れようと思って持ってきたものですの」
 礼野は綾姫に袋の中を見せてあげた。胡桃などの木の実、干し杏、干し無花果、干し桃まである。
 綾姫はしばらくの間、三人の枠作りを見学させてもらうのだった。


「綾姫さん、お世話になります。場の提供、感謝です♪ ところで巨勢王さんは?」
「こちらこそよろしくなのじゃ。父様は後で来るといっておったぞ」
 倉城 紬(ia5229)は綾姫と会うなり感謝の言葉を口にする。綾姫はさっそく枠作りを見せてもらった。
「ものすごく複雑なのじゃ」
「複雑に見えますけど、それは二つの型の密着部分でチョコは球状になるように頑張っています。こうするとぴったり合うとか。なめらかにするために今は丁寧にヤスリをかけている最中なのですよ♪」
 球型のチョコレートを再現する為に上下で組み合わせる枠を用意した倉城紬だ。作ろうとする形こそ単純だが、だからこそ繊細な工程が必要な場合もある。
「丸っこくするのじゃな」
「そうなんです。一口大がちょうどいいかなっと思って」
 綾姫も仕上げの磨きを手伝わせてもらうのだった。


 倉城紬の作業を見させてもらった後で、次に綾姫が向かったのがフラウ・ノート(ib0009)の卓だ。
「ども♪ 今回はよろしく〜!」
「よろしくなのじゃ♪」
 左手を挙げた笑顔のフラウ。綾姫も鏡の人物のように右手を挙げて笑みを零した。
「何やら変わっているのじゃ‥‥。魚の骨の形をした型かのう?」
「ちょっと違うの。ほら!」
 彫りかけの木版を眺めていた綾姫にフラウは荒削りが終わったもう一枚を胸元で抱える。
「こっちはかわいい感じのお魚の外形なのじゃ」
「そうなの、お魚さん! ホワイトチョコで頭から尻尾までの骨を作って、さらに普通の黒いチョコで覆えば、きっとお魚さんチョコが出来上がるはず♪」
「おおっ! それはすごいのじゃ。ちょこれいとのお魚さんなのじゃな」
「♪」
 ちょっぴり綾姫の前で胸を張ってみるフラウだ。
 しかしまだまだ未完成。うまくいくようにフラウは試行錯誤を繰り返すのであった。


 壁に立てかけられたハーブを物珍しく眺めてから綾姫はミーファ(ib0355)に再び振り向く。
「ミーファ殿はジルベリアの出身なのじゃな」
「はい。その通りです。バレンタインデーなどの故郷の風習がこちらで広まっていく‥‥。祈りや優しさ、感謝の気持ちを伝える風習が‥‥なんとも素敵な話だと感謝致しています」
「本場の方がどのようなちょこれいとを作るのか楽しみじゃ。いや、バレンタインデーはジルベリアだとしても、贈り物としてちょこれいを推しているのは旅泰じゃったか‥‥。まあ、今は論ずる時ではなかろう」
 お互いに微笑んだミーファと綾姫。さっそく綾姫はミーファが彫った木型を見せてもらう。それはちょうど卵形の窪みの奥へさらに十字の彫りがあるものだ。形としてはブローチ状にする予定のようだ。
「ほう。飴もドライフルーツも使うのじゃな」
「アクセントとして使おうかと。うまくいくとよいのですが」
「ミーファ殿なら大丈夫なのじゃ」
「ええ、きっとそのように」
 ミーファに太鼓判を押す綾姫であった。


「テッドさん来てたんや。男は俺だけかと思たわ」
「やはり男は少ないか。そうじゃないかとは思っていたんだが」
 途中までお互いに気づかなかったジルベール(ia9952)とウルシュテッド(ib5445)は一緒の卓に合流して作業を再開する。
 それぞれに親しい人への贈り物を用意する為に参加したのだと話し合っていると、いつの間にか卓備え付けの椅子に綾姫が座っていた。
 綾姫がジルベールの木版を覗き込む。
「ほほー、型だから鏡文字じゃが『う』の彫りじゃな。『う』『と』『が』『り』『あ』?」
「それは違うで。並びも逆になるんや。『あ』『り』『が』『と』『う』になりますわ」
「そうか。確かに『ありがとう』じゃ!」
「妻に贈るつもりなんや」
 俯いてジルベールの型の文字を眺めていた綾姫が顔をあげると、今度はウルシュテッドに視線を向ける。
「貴殿のも見せてもらえると嬉しいのじゃ」
「どうぞ。あまり凝ったものでもらう相手が恐縮してしまうのもなんだからね。軽い模様にしておいたのさ」
 ウルシュテッドが彫ってきたのは四つ葉のクローバーと羽ばたく鳥の図柄だ。もう一つの花びららしきものは出来かけであった。
「なるほどのお〜。こういうのも味わいがあってよいの。さてどのようにしようか‥‥」
 綾姫は腕を組んであーでもないこうでもないと悩み始めるが、ふとジルベールとウルシュテッドの視線に気づいて頬を赤くする。どうやら人前で深く没頭してしまった自分が恥ずかしかったようだ。
「じゃ、邪魔したのじゃ。またチョコを作るときには見せて欲しいのじゃよ。ま、またなのじゃ〜」
 焦った様子で侍女の紀江の元へと走り去ってゆく綾姫であった。

●とろけるチョコ
 午後になると徐々に型枠が仕上がってくる。開拓者達は調理場へ移動して実際のチョコレート作りを始めていた。
「はいどうぞ。普段から家族皆にお世話になっていますの。月与さんのとこは弟妹さん多いですし、その分もですの」
 礼野が出来上がったチョコレートを紙袋に入れると月与とシルフィリアに贈った。
「ありがとう、まゆちゃん♪」
「贈り物というのはやはりいいものだねぇ〜。せっかくだから頂こうかな」
 月与とシルフィリアはさっそく礼野からのチョコレートを頂いた。
「丸いのはそのままチョコ。三角とかのは胡桃入りと落花生。とってもチョコに合うよ♪」
 月与は礼野のチョコレートを楽しんだ。
「あたいのは月と星だけど‥‥うん、これは杏、それに無花果だ。こっちは干し桃?」
 シルフィリアも礼野のチョコレートの中身を当てながら頂いた。
「それでは今度はあたいから」
 月与からも礼野とシルフィリアにチョコレートが贈られた。
「かわいい子犬さんですの」
 礼野が摘んだのは芝わんこ型のチョコレートである。
「こっちは‥‥月与ちゃんか。へぇ〜よく出来ているねぇ」
 シルフィリアが最初に頂いたのは月与を模したちまチョコレートだ。
「せっかくだからこれも食べてもらおうかねぇ」
 シルフィリアが二人に贈ったのは薔薇の形をしたチョコレート。ある程度単純化してかわいい感じに仕上げられていた。
「なんだか食べちゃうのもったいない〜」
「本当ですの。綺麗なお花ですの」
 月与と礼野はしばらく薔薇のチョコレートを眺めてから口に運ぶ。
 三人それぞれに渡したい恋人や知人、親しい人などがいるのでその分は持ち帰る事となる。心の想いと共に。
「とても綺麗なのじゃ♪ 大切にさせてもらうのう」
 ちなみにシルフィリアが作った薔薇の型枠は記念として綾姫に贈られるのだった。


「喜んでくださると良いのですが‥‥♪」
 倉城紬は出来上がった球状のチョコレートを折箱に詰める。丁寧に並べると、とかしたホワイトチョコレートを筒に込めて細く絞り出しながら飾りをいれた。そして想いを込めて蓋を閉じる。
 何時もお世話になっている義理の姉二人と義理の妹一人へのバレンタインデーの贈り物である。三人の分と自分のを合わせて四箱。最後にそれぞれ少し派手目の千代紙で包んで出来上がりだ。
 抱えて帰ろうとする途中で綾姫と巨勢王に会う。自分の分の箱を開けて倉城紬は完成品をお披露目した。
「整然として美しいのう。きっと大喜びじゃ♪」
「これをもらう者は果報者だな」
 深く会釈をして巨勢王の側から立ち去る倉城紬。その足取りは非常に軽やかだった。


「ふふふん♪ ふう〜ふんんん♪ 出来たっ!」
 フラウが骨ありの魚型チョコレートを完成させた頃、ちょうど綾姫と巨勢王が卓に現れる。
「このちょこれいとは細工ものなのじゃよ、父様。骨がちゃんとあるのじゃ」
「ほうー。それは細かきことよ。確かに切り身状で中身が見える。白い骨が見えるぞ」
 お魚チョコレートを眺めた後で巨勢王がフラウに作り方を訊ねた。試行錯誤の末、完成した経過をフラウはチョコレート談義を交えながら巨勢王と綾姫に説明する。
 二人が立ち去った後でフラウは綺麗に包装で整える。
「まあ、偶には彼等に渡すのもいい‥‥かしらん?」
 椅子に腰掛けて、幼なじみの男性陣を思い出しながら珈琲と一緒に失敗した魚型チョコレートを囓るフラウであった。


「よろしければお一つどうぞ」
 ミーファは卓を見学に来た綾姫と巨勢王に出来上がったばかりのチョコレートを勧めた。念のために気を使って十字架が入っていないものを。
「卵形でかわいいのじゃ♪」
「飴でつけた飾りがとても綺麗だな」
 綾姫と巨勢王は楽しみながらチョコレートの試食を終える。
「御世話になって居る神父様や友人達にも送りたいですね」
 巨勢王と綾姫が立ち去った後で完成品を箱へと仕舞うミーファ。半透明の飴で形作られた十字架付きのチョコレートがいくつも並んでいた。
 ミーファは喜んでもらえる様子を思い浮かべながら、壊さないように丁寧に持ち帰るのだった。


「間違って銃に詰めたらアカンで」
「これは‥‥なるほど、そういうことか」
 ジルベールがウルシュテッドの掌にのせたのは砲弾型のチョコレート。ウルシュテッドが砲術士であるのにちなんだものだ。
「ははっ、考える事は同じか」
 今度はウルシュテッドからジルベールへと。それは矢で射抜かれたリンゴが刻印されたようなメダルチョコレート。ジルベールが弓術師であるのを意味していた。
 二人は肩を抱き合って高笑いをする。
 ジルベールが嫁に贈る『ありがとう』の文字入りの宝箱を模したチョコレートは完成済みだ。文字やハートのマークはホワイトチョコレートで浮き上がるように仕上がっていた。鍵穴までちゃんとある。その精巧さに魅せられたウルシュテッドは完成直後に宝箱チョコレートを五分間以上も眺めていたという。もちろん製作の途中でもかなり注目していた。
 ウルシュテッドが姪達に贈るチョコレートも仕上がっている。桜の花びら、四つ葉のクローバー、そして羽ばたく鳥の模様も見事だ。
「これはすごいのじゃ。のう、父様」
「どちらもよい出来よ。ふむ‥‥、真に素晴らしい」
 卓を訪ねた綾姫と巨勢王も感心しきりである。
「とけたチョコを果物に漬けて食べると美味いで」
 そういってジルベールは椅子を引き、綾姫を席につかせた。当然巨勢王も。
「ちょうど材料が余っていた。皆で頂こう」
 ウルシュテッドはとけている湯煎のチョコレート鍋と共に様々な食材を卓の上へと並べる。抹茶の粉にジルベールがいっていた果実など様々だ。
「チョコレートで包むと美味しいのじゃ♪」
「どれ、わしがとってやろう」
 綾姫と巨勢王の親子が仲睦まじい。
 ジルベールとウルシュテッドは親しき者達を思い浮かべながらチョコレートを一緒に楽しんだ。


「わしにか?」
「そうなのじゃ。ずっと元気で、わらわの側にいて欲しいのじゃ♪」
 ちなみに綾姫が巨勢王に贈ったチョコレートは太鼓型の球の中に胡桃を入れたもの。父親の巨勢王が喜びそうな形と味を選んだ綾姫であった。