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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「はい、そ〜すぅ焼きそば、いっちょあがりなのですよ〜♪」 「こっちもたこ焼き折り詰め三箱分、あがったぜ!」 昼の書き入れ時の満腹屋。最近では忙しくて手が足りず、光奈も調理場に立つことがある。 もっぱらそ〜すぅ焼きそばを担当するのが光奈。たこ焼きは銀政の担当。お好み焼きは見習いの真吉。その他全般を板前の智三がやり繰りする。 「おまちどおさまです」 光奈の姉である鏡子は一人で給仕を切り盛りした。 嵐のような昼時さえ過ぎればそれなりに暇になる。夕方の仕込みはしなければならないものの順番で休憩をとった。 「あいや〜。光奈さん、疲れているアルよ。これ食べるアル。たくさん持ってゆくアル。お姉さんにもあげるアルよ」 「ろ、呂さん、ありがとなのです〜」 常連の交易商人『旅泰』、呂が光奈と鏡子にくれたのはチョコレートだ。泰国南部で穫れるカカオ豆から作られるもので甘いと苦みが混じり合う独特の味がウリである。 「もうすぐバレンタインとおもて『ちょこれいと』たくさん仕入れたアルよ。ただ、なかなかさばけないアル。きっと売り方が悪いアルね。がんばるアルよ」 「こんなに美味しいのに残念なのです〜」 呂と世間話をする間に光奈は思いついた。この満腹屋でもチョコレートを使った料理を出せないかと。 その晩、光奈は鏡子と姉妹二人で考えてみる。しかし芳しくない答えしか浮かんでこなかった。 鏡子もチョコレートは大好きだが、腹を空かせた男性客が多い満腹屋で甘味のお品書きは難しいのではないかというのである。その点については光奈も同意見だ。とはいえあきらめるのは早いと智塚姉妹は知恵を絞り出す。 持ち帰り可能なそ〜すぅ焼きそばやたこ焼きのように、折り詰めの土産ならば家族に買ってゆく男性客も多いのではとの考えだ。 翌日、光奈は開拓者ギルドを訪れる。そしてチョコレートを使った新しいお土産料理を試作してもらう募集をかけるのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
籠月 ささぐ(ib6020)
12歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●チョコ 開拓者達が満腹屋を訪れたのは昼用の仕込みが終わった頃であった。 「さあ座ってくださいなのです☆ まずは試食なのですよ♪」 智塚光奈は開拓者全員を卓につかせると小脇に木箱を抱えて持ってくる。木箱の中にはチョコレート。お皿の上にチョコを移すと召し上がれと微笑んだ。 「チョコがすごく沢山でわくわくするデス〜」 ラムセス(ib0417)は山盛りのチョコから一欠片を摘んで口に運ぶ。味を楽しみながらラムセスは思い出す。 「そう言えば、前にシルベリアの酒場で大人の男の人がチョコレートでお酒を飲んでいたデス」 「そうなんですか〜。あっちのお酒とは合うのかな?」 ラムセスから面白いことを聞いた光奈は今晩試してみようと考える。 「お土産にするのなら、あまり手間を掛けるよりは手軽で食べやすいものがよいかと‥‥。たとえばクッキーを溶かしたチョコレートでくるむとか」 朝比奈 空(ia0086)はチョコを試食をしながら案を練った。 「煎餅ならそ〜す煎餅用の生地があるのですよ」 光奈は朝比奈空の向かいに座るとチョコを摘んだ。 「チョコレート‥‥餡子と同じ黒色なのに、違った甘味のお菓子なのですね」 初めてチョコを食べた利穏(ia9760)は何度も味を確かめる。ふと壁に貼ってあるお品書きを眺めていると光奈の顔が突然目の前に現れた。 「何でも注文してくださいなのです。ちなみにわたしのお勧めはそ〜すぅ焼きそばなのです☆ 遠慮はなしなのです〜」 「あ、いえ、あの‥‥わ、わかりました。今はお腹が空いていませんので後で頂きたいと思います」 光奈の行動に少々どぎまぎした利穏である。 (「チョコレート、なぁ‥‥。本来男の俺がどうこうするもんじゃないんだけど」) 有栖川 那由多(ia0923)は隣りに座っている籠月 ささぐ(ib6020)をちらりと眺めてため息をついた。籠月はチョコを食べては元気に話しかけてくる。「たたかうだけが かいたくしゃじゃないんだって」などなど。 「ごしゅじんさま きょうは おしごとにきたのよ? あそんでちゃ めっ」 「仕事? 遊んでるわけじゃないって、全く。お前も、皆に迷惑かけないようにな」 自分が面倒を見なければと籠月の頭を撫でてあげながら、ひっそりと誓う有栖川だ。 ちなみに光奈と利穏の会話を聞いていた籠月は「みなちゃん‥‥おなかがすいた‥‥」といってさっそくお好み焼きを注文していた。 「天儀風、ジルベリア風、色々とあれば楽しいよね」 「お〜、どんなのを思いついたのですか〜?」 ミリート・ティナーファ(ib3308)に光奈が大きく頷いた。いくつかの案を聞かせてもらうのだが、仲間のも合わさればもっといいものが出来るといわれ、思わずゴクリと唾を呑んだ光奈である。 「それじゃあ、気合入れて頑張るよ! 折角の美味しいチョコレートだもん、ちゃんと味わってもらいたいよね」 胸元でかわいらしく右拳でグウを握るミリートだ。 「天儀風とジルベリア風、どちらも作るのですか。‥‥さーて、どうしましょうか‥‥」 宮鷺 カヅキ(ib4230)は持参してきた抹茶入りの袋を懐から取り出して眺める。天儀風はこの抹茶で作るとして他にも何かよい料理がないかと思案する。 「宮鷺さんは何か食べたいものはありませんです?」 「そうですね‥‥」 光奈にいわれて宮鷺がお品書きを眺めていると夏の終わりに剥がし忘れたかき氷の文字が目に入る。宮鷺はかき氷から案を膨らませるのだった。 「修君も時間が取れて良かったよ。手伝って貰えるのは助かるからね」 「時間の許す限りお手伝いしましょう。それにしてもこのチョコレート、月与さんの手でどのようになるのでしょうか」 正面に座った十野間 修を見つめる明王院 月与(ib0343)の瞳の輝きは特別である。 チョコの試食が終わった所で開拓者達は買い出しに出かけた。しばらくして満腹屋には昼食の客達が押し寄せる。 客が引いた頃、開拓者達は調理場を借りてチョコを使った新作料理の試作に取りかかるのだった。 ●チョコ作り 「寒いデスから、お汁粉みたいのがきっと美味しいデス。ゆっくり、ゆっくりデス‥‥」 ラムセスはまず天儀風のチョコ料理に取りかかる。まずは下ろし金でチョコを粉にしてゆく。下ろし金のアイデアは月与が提案してくれたものだ。 チョコ粉を最中の皮の中に詰めてみた。皮は満腹屋と懇意の菓子屋から譲ってもらったものである。しかし中が粉だと表と裏の皮がくっつかない。そこで融かしたチョコで接着してみたらうまくいった。 「おいしいのデス」 そのまま囓ってみてもかなりの美味しさだ。そして懐中汁粉のようにお椀に入れて熱めのお湯を注いでみる。頂いてみると何ともいえない甘みと温かさが感じられた。 ラムセスは引き続き牛乳を加えて湯煎で溶かすジルベリア風のチョコの飲み物に取りかかるのだった。 「さて取りかかりましょうか」 自ら率先してを手伝いを申し出た皿洗いが終わり、利穏は作業に取りかかる。 利穏が始めたのはチョコに文字や絵を描くことだ。熱した針先で表面をなぞれば溝が出来上がる。 「これ‥‥僕が描いてみたのですけど、どうでしょうか」 「わぁ〜かわいいウサギさんなのです☆」 利穏は文字や絵を描くサービスを提供出来ないかと光奈に相談した。だがその場でとなるととてもではないが手が足りないと光奈は残念そうに項垂れる。 「でもバレンタイン前の二日間だけなら何とか出来るかも?」 期間限定のお客様へのサービスとしてならよいかもと光奈が考え直す。承知した利穏はその時の為に簡単に描けそうな元絵を描き始めるのだった。 「‥‥さーて、こんなものでしょうか‥‥」 宮鷺は取っ手付きの網で油の中を掬う。揚がったのは泰国料理の春巻きの皮で包んだもの。中はチョコと蜂蜜漬けの苺だ。 他の果物も用意したかったが、時期が悪くて手に入らなかった。その季節に合った果物がよいと考えながら宮鷺は次の準備に移る。 天儀風のチョコは非常に簡単だ。一口大にしたチョコに抹茶を振りかけるだけ。それでもかなり味が変わる。 (「採り入れられる技術はないでしょうか‥‥」) 仲間達の作業を光奈と一緒に手伝う宮鷺であった。 「まずはいろいろ試してみないとね。買ってきたクルミにドライフルーツはこの袋の中に――」 ミリートは湯煎で融かしたチョコの中に食材を潜らせてくるんでみた。冷えたところでさっそく試食である。 (「これならいけるや!」) どれもちゃんとチョコの特長が生かされていた。後はより相性のよいもの、安価で済むのはどれかなどの選択のみだ。 「だう?」 「ほろ苦さがよいのです〜」 ミリートは智塚姉妹に試食してもらいながら絞り込んでいった。 「男の方も食べるのを前提に、少し甘さを控えた物も用意してみましょう」 朝比奈空もチョコで包むという考えで進める。 光奈にも話したが包むのならクッキーや煎餅、最中の皮。逆に中に閉じこめる食材として饅頭、餅、求肥を用意する。 「こちらはとてもよい出来だと思いますが、私の口に合うからといって男の方がどうなのかは‥‥」 朝比奈空は閃いて満腹屋の男性陣に試食してもらう。二階は忙しそうなので一階の食事処担当の銀政、真吉、智三に。 その上で改良を加える。生地にチョコを練り込む料理法も試してみるのだった。 「にんげんって だめね」 籠月が何を言い出したかと思った有栖川だが、調理道具を使って遊んでしまった事だと気がついた。 「今更なんだが‥お前、チョコレートで作るってわかっているよな?」 声をかけた有栖川の顔をちらりと見上げた後で籠月が湯煎でチョコを融かし始める。手伝いながら見張っていた有栖川の顔が蒼白になる一幕もあった。 「‥‥‥‥とけてるのってなんだか のみものみたいだよね」 「ささぐ! なにやってんだ、お前は!」 湯気立つ灼熱のドロドロチョコを有栖川が飲もうとしたのである。有栖川は急いで耳を引っ張ってやめさせた。 籠月は何事もなかったのように調理を続ける。 「かたちがかわるとな‥なんてべんりなやつ」 少しだけチョコを垂らして冷えて固まるのを確かめる籠月。本当にわかっているのだろうかと心配げに監視を続ける有栖川。 「だれかー だれかかたをつくってくださいー じぶん、ぶきようなのでー」 「わ、わかった。わかったから大声を出すんじゃない」 有栖川は籠月の口を押さえて黙らせる。こんな事もあろうかと用意しておいた木材と彫刻刀で満腹屋の文字型を彫り上げてゆく。 「りょーさんたいせーをつくるです」 「‥‥もっとたくさん欲しいってことだな」 籠月は型を彫り続ける。有栖川は型にチョコを流し込むのだった。 「これ修君が作ってくれたの。よかったら使ってみてね」 「うさぎ!」 月与が籠月にあげたのはウサギの形をした合わせ木型。先程の叫びを聞いて十野間修が彫ったものである。 「喜んでくれたよ」 「それは良かった」 籠月が喜んでいた様子を十野間修に語る月与の表情もまた笑顔である。 月与はチョコを生地に混ぜ込んだクッキーを石釜で焼いた。 その間に今度は珈琲を練り込んだ生地を作る。こちらはパウンドケーキだ。焼き上げてたものに融けたチョコをかけて完成させる。 「家で待っている女性や子供達が喜びそうにっと」 試しに折箱へと作ったクッキーとパウンドケーキを並べてみる。ぴったりと収まる大きさになるように修正点をメモに残す。 「修君、お疲れ様」 「これはよい香り‥‥」 月与は倉庫で木彫りを頑張っていた十野間修にチョコパウンドケーキとお茶を差し入れる。調理場の熱が伝わるおかげで倉庫内はそれなりに暖かかった。 窓から射し込む太陽の光に照らされながら暫し二人だけの時間を過ごした月与と十野間修であった。 ●完成の時 宵の口。満腹屋の暖簾が外されてから折箱用のチョコ料理の品評が店内で行われた。 「あかい目もぽちっと。らむせすちゃん‥‥これ、どこからもってきたの?」 「お店にあったのデス。甘いのでちょうどよいのデス」 ラムセスからもらった赤い実で籠月はチョコウサギに瞳を入れた。 有栖川は光奈の脇からひょいっと手を伸ばしてチョコのつまみ食いをする。 「お、びっくりしたのですよ!」 「甘い香りが充満しているね。折角皆で作ったモンだ。評判になると、いいな」 光奈と話しながらも有栖川はやはり籠月の様子が気にかかった。チョコを食べて喜んだかと思うと突然眉をひそめたりと忙しく表情を変えていたからだ。 「どうかしたのか? ささぐ」 「うさみみなので‥‥」 どうやらウサギのチョコはとても美味いのだが、うさぎ獣人の自分としては複雑な心理だと籠月はいいたいらしい。有栖川はそう読みとる。 「懐中チョコ、いい香りなのです〜♪ こっちはミルクが入っているのですね」 「どっちもあったかい飲み物なのデス」 ラムセスが作った二種類を光奈は飲んでみる。寒い冬にはとっても合っていた。 「のみものも、あるの? それはじけんだ!」 籠月も一緒に温かいチョコの飲み物を頂いた。 「いろいろと合わせてみたのですが‥‥。作るのが簡単なものを用意してみたつもりです‥‥」 「チョコって大抵のものに合うのですね♪」 朝比奈空が用意したものの中で光奈は特に軽めに焼いた煎餅生地にチョコを合わせたものを気に入った。わずかに塩気もあるらしいが、とても甘く感じられた。 「甘いのが苦手な方には甘さ控えめでチョコ求肥を用意しました‥‥」 「こっちもいいのです〜」 朝比奈空が考えたチョコ煎餅とチョコ求肥を食べ比べる光奈だ。 「私のも食べてもらいたいや。これはチョコでクルミやドライフルーツをコーティングしたものだね」 「頂きます〜。お〜!! 何という絶妙な!!」 ミリートが持つお盆の皿から光奈と鏡子がチョコを摘む。光奈はクルミ入り。鏡子はドライフルーツの中で特に干しぶどう入りのチョコをとても気に入った。 「どのように作られるのかしら?」 「それはね。融けたチョコの中に潜らせたんだよ」 ミリートは鏡子に作り方を直接伝授する。 「おお? 中からチョコと苺が出てきたのですよ♪」 光奈が次に試食したのは宮鷺のチョコ苺である。 「そちらはジルベリア風のものです。こちらの天儀風はどうでしょうか」 「抹茶の風味ってチョコと合うのですね☆ しあわせ〜」 光奈は宮鷺のチョコをパクパクと食べる。 「光奈さん、お腹一杯になるのは早いよ」 「甘い物は別腹なのでまだまだなのです〜」 月与が用意したのはチョコ風味のクッキー。そしてチョコパウンドケーキだ。光奈は瞳を輝かせる。 先に食べていた鏡子と談笑しながら試食は続く。 ちなみに月与は十野間修に美味しかったと笑顔で囁かれたのを思い出していた。それを鏡子にからかわれて顔を真っ赤する。 「と、とにかく折箱に詰めてみましょうね」 月与は咳払いをしてから数々のチョコを折箱に詰めてみた。天儀風とジルベリア風の二種類に。しかしさすがにいろいろとありすぎる。そこで折箱にも種類を用意する事となった。実際に提供する場合、すべてを並べるのではなく日替わりになるはずだ。 「待ってください。ここで僕の出番です」 「お、これはいいのです〜。やっぱり宣伝も必要なのですよ☆」 利穏は『満腹屋』の文字と『うさぎ』の絵が描かれた板チョコをそれぞれの折箱の中央に入れてみた。バレンタイン前の二日間には送り相手の名前などが刻まれる事だろう。 「さあ、存分に食べてくださいなのです〜」 「遠慮なさらずに」 チョコの試食が終わったところで夕食の時間となる。ソース料理だけでなく蕎麦や丼物など種類はたくさんあった。 「え? ダメ?」 調子に乗った銀政が真冬だというのにかき氷まで用意する。楽しい時間はあっという間に過ぎ去るのだった。 ●そして 開拓者達は一晩を満腹屋二階の宿で過ごす。 翌日、折箱のチョコを作って販売も手伝った。 ラムセス、宮鷺、ミリートは注文を受けて相手先まで届けるサービスを。他の開拓者達は追加でチョコ作りをしたり、店頭での販売に力を入れた。 「お店の外にいてもチョコの良い香りが漂ってきますね。あ、そうでした。甘い物好きな居候にも食べさせてあげたいのですが――」 宮鷺は光奈にチョコを分けてもらう。 「私もあげたい人がいるの。幼馴染に友達に‥‥と」 「はい〜どうぞなのですよ☆」 ミリートも光奈からチョコを受け取った。欲しいという他の開拓者達にも、もちろん全員に。 「よい折箱が出来たのですよ〜♪」 「ありがとうございました〜」 光奈と鏡子が見送る中、開拓者達は神楽の都への帰路に就くのだった。 |