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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「うまくなったわね。光奈さん」 「ふふふっ〜♪ 忙しくても時間を見つけて練習を欠かさなかったのです」 満腹屋の奥にある智塚家専用の居間。番傘の上で升をグルグルと回す智塚光奈を姉の鏡子が優しく見守る。 正月の間、二階の宿屋と同時に一階の飯処も休み。板前の智三や見習いの真吉は実家へ帰省。銀政はどこかぶらりと旅に出かけたようである。 智塚姉妹は正月気分を味わっていた。ちなみに両親は近所にお出かけ中だ。 光奈が芸を身につけてたのには訳がある。 安州の城は正月の七日に新春を祝って一部が開放される。『新春始めの園』と呼ばれているのだが、その中に演芸を披露する機会があった。入場のクジが当たったこともあって、光奈はかなり前から練習してきたのである。 「興志王様にもばっちり見てもらうのですよ☆」 光奈は番傘から落ちてきた升を受け取って格好を決める。 「喜んでくださるといいわね」 一緒にやるのは断ったが光奈の応援はするつもりの鏡子だ。 城には他にも正月らしい催しが用意されていた。 広い庭園ではたこ揚げや独楽回し、羽根突き。いくつかの広間にはおせち料理が並ぶだろう。他にも室内で遊べるカルタ取りも双六の準備もある。変わったところでは食欲を競うわんこそば、自慢料理を披露する会も執り行われる。 しかしなんといっても自慢の芸を披露する演芸が注目の的だ。 特別枠として開拓者も呼ばれている。 遊ぶもよし、芸を披露するもよしの新春始めの園は間近であった。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 慄罹(ia3634) / 平野 譲治(ia5226) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / 玄間 北斗(ib0342) / ラムセス(ib0417) / リア・コーンウォール(ib2667) / 春陽(ib4353) / シータル・ラートリー(ib4533) / 白仙(ib5691) |
■リプレイ本文 ●豪華絢爛・お料理の巻 朱藩の首都、安州の城には朝早くから多くの人が訪れていた。そのほとんどが新春始めの園の参加者である。 「たくさんの人がいるのですよ〜♪ 賑やかなのは縁起がいいのです☆」 智塚光奈が纏っていたのは赤を基調にした艶やかな振り袖姿。手で庇を作って辺りを見回す。 「光奈さん、新年おめでとうデス〜」 「あ、ラムセスさん、明けましておめでとうなのです♪ もふらさまのらいよん丸もオメデトなのですよ☆」 もふらのらいよん丸を連れたラムセス(ib0417)と光奈が新年の挨拶を交わす。 「光奈さんも芸をするってきいたのデス」 「その通りなのですよ♪ でも詳しくはナイショなのです☆」 ラムセスも演芸披露の舞台に立つつもりである。舞台袖での再開を約束して二人は別れた。 朝食を抜いたせいで小腹が空いていたこともあり、光奈はおせち料理が振る舞われる広間へと向かった。演芸の観客席でも振る舞われるのだが、忙しい出演者にはその機会がない。食べるなら今のうちであった。 広間にあがろうとした際、光奈は誰かに呼び止められた。 「先日は教えて頂いて助かったですの。鏡子さんはどちらに?」 「礼野さん、お姉ちゃんは後から来るっていってたのです〜」 光奈に声をかけたのは礼野 真夢紀(ia1144)。玄間 北斗(ib0342)も一緒だ。礼野は昨日のうちに自分の芸披露に必要な演舞場の入場予定人数を光奈と鏡子から教えてもらっていたのである。 座卓前に並べられた座布団へ三人で座っていると列をなした女中によっていくつもの御重が運ばれてくる。蓋を開けてみると大きな海老が目立つおせち料理が現れた。 「海老は後のお楽しみになのだ‥‥。この栗きんとん、美味しいのだぁ〜」 壁近くに置かれた巨大な狸模様の風呂敷は玄間北斗の持ち物である。演芸に使う為の小道具なのだが、それが何なのか礼野と光奈には何となくわかっている。ただ本番までいわない触れないのがお約束である。ちなみに光奈は持ち物は傘と小さな袋。礼野が演芸の為に用意した品々は手配した籠屋によって舞台裏に搬送されていた。 「隣りに座るね。あけましておめでと〜。宜しく♪」 しゅたっと片手を上げながら、ちょこんと座布団に座ったのがフラウ・ノート(ib0009)。 「よろしくなのですよ♪」 光奈と隣同士になったフラウは新年の挨拶を交わすとさっそく箸を手にとっておせち料理を頂く。すべてを楽しみたいのでどれも少量ずつ。 「んむ、このお豆は中々美味しい♪ どやって煮てるのかしらん?」 「そうだ! これ、お店から少し持ってきた卵焼きなのです♪ あ、わたし満腹屋って食事処で給仕をやっているのですよ。よかったらどうぞなのです☆」 光奈がフラウに小箱を差し出すようにして卵焼きを勧める。 「‥‥さ、流石。満腹屋の料理ね。味付けに抜かりが無いわ‥‥」 卵焼きを食したフラウは唸ってから呟いた。 (「はっ! あたし、料理達に失礼な事をしているのではぁっ!!」) フラウは分析しながら食べていた自らの行為が失礼ではないかと思い、笑顔から一転して悲しそうな青ざめた表情を浮かべる。 「ど、どうかしたのです?」 「な、何でもないですっ、とぉっても美味しいわ」 フラウに笑顔が戻って光奈はほっとする。もちろん礼野と玄間北斗にも卵焼きを勧める光奈だ。 そんな光奈の真向かいに、今度はドレス姿の令嬢が現れた。 「シータル・ラートリーでございますわ♪ 今回はよろしくお願いしますの」 「よろしくなのです〜。智塚光奈なのです。普段は満腹屋で給仕をしているのです☆」 ドレスの両裾を摘んで挨拶するシータル・ラートリー(ib4533)に光奈はぺこりと頭を下げる。 優雅に座ったシータルは光奈にいくつかの話題を振った。 「満腹屋には興志王様がいらっしゃるのですか?」 「たまにですけど来るのですよ。というか興志王様はざっくばらんな方なので、普段から安州の街で食べたり遊んだりしているのです☆」 シータルが興志王の話題に触れると光奈はいくつか知っていることを喋る。ソース焼きそばやたこ焼きがお気に入りでぶらりと買いに来るのだと。 そんな和気藹々とお喋りを楽しむ雰囲気の広間にも、若さ全開で食を進める男の子が一人。 「はむっ!‥‥ んーっ♪ しゃーわせなりよーっ♪」 食べても食べても次々と美味しいおせち料理が出てくる幸せに満面の笑みを浮かべていたのは平野 譲治(ia5226)であった。 (「庭に興志王がいるなりっ?」) そんな平野譲治だが興志王の噂話が耳に入った途端に箸を止める。そしてお椀を座卓に置いて耳を澄ませた。 元々羽根突きで遊ぼうと考えていたが、せっかくなら興志王に勝負を挑んでみようかと魂に火が点いた。手を再度動かし、目前の料理を全部平らげてから立ち上がった。 料理の腕を披露しようと城の調理場で奮闘していた者もいる。エルディン・バウアー(ib0066)もその中の一人だ。 「作ってきたこの型にご飯をはめて‥‥よし。梅干しの果肉をすりつぶしたものを首回りと頭に赤く塗りつけて。目は黒い煮豆と。最後に十字架の形に切ったタクアンを――」 演芸は昼過ぎから始まるので今作っているのは試作品である。作っているのは、ただのおにぎりではない。その名も『もふにぎり』。子供達に喜んでもらうのを目的としたおにぎりであった。 調理場には木箱に仕舞われた巨大な鮪を前に眼光を光らせる者も。 (「うっし、こないだの大祭では目立てなかったが今回はバシッと決めるぜっ」) 慄罹(ia3634)は尾の目立たぬ部分を切って鮪の味を確かめる。今朝揚がったばかりの近海鮪に間違いない新鮮さと味。血抜きなどの処理もばっちりで身が焼けた様子はなかった。これならば腕の揮いがいがあると心の中で呟く。 料理技を芸として披露する為に慄罹は準備に追われるのだった。 「里芋の皮は剥いたし、南瓜の煮え具合は‥‥ついでに味見もしますか」 竃の前。春陽(ib4353)は冬を越す里山で食べられている滋味溢れるような素朴なおせち料理作りに挑戦していた。その他には焼き魚や野草を使ったものもあるが、どれも必要以上に手を加えていなかった。 「もふら様用にも作っておきますか」 春陽は塩を控えめにした薄味の料理も用意する。 ところ変わって城庭。 「盛大だな、こりゃ」 城の主、興志王こと興志宗末も新春始めの園を楽しみにしていた一人である。窮屈な奥の座は好まず、来客者達と同じ場に馴染んでいた。 「ほら、リエット。新年の挨拶、新年の挨拶‥‥」 「う? そか! 明けましておめでとーなの。今年もよろしく?」 腰を屈めて耳元で囁くように新年の挨拶を促したのがリア・コーンウォール(ib2667)。元気に両腕を挙げながら興志王に新年の挨拶をしたのがリエット・ネーヴ(ia8814)だ。 「おめでとうだ! よろしくな!!」 縁側に座った興志王はかんらかんらと笑いながら挨拶を返す。 「私の挨拶が遅れてすまない。明けましておめでとう。今年も宜しくお願いする」 「おーよ。朱藩をよろしくな!」 引き続いてリアも興志王に会釈をして新年の挨拶とした。 「お招きありがとーだじぇぇ〜♪ 今日も遊ぶっ!!」 「あっ!」 突然リエットがリアの仕草を真似ると風のように去ってゆく。心配するリアもリエットを追いかけて姿を消してしまった。 ポカンと驚いた興志王だが、しばらくしてこみ上げてきた笑いを辺りに響かせた。 庭は広く、来客者は様々に楽しんでいる。 「長閑でいいですね。日当たりがよいとそれなりに暖かいですし」 和奏(ia8807)は長椅子に腰掛けて揚がる凧を見上げていた。城のもてなしは行き届いていて、離れにいる和奏にも女中が団子とお茶を届けてくれる。厚意に甘えて頂きながら他にも皆が羽子板や独楽回しをする様子を楽しむ。 庭の大木の下で立ちつくす猫族の娘もいた。 (「多人数の前で芸なんてやった事無いから‥‥緊張するけど‥‥彫刻ならすごく集中出来るし‥練習も‥してきたから‥」) 落ち着きなくそわそわとしていた白仙(ib5691)が持っていたのは大根。それもそのはず、舞台でこの大根を彫る芸を披露するつもりでいたのだ。 (「‥この芸に‥今の私の全部をつぎ込んで‥必ず成功させてみせる‥」) 白仙は舞台に上がるまで懸命に精神統一を続ける。 「独楽回しは楽しかったのデス。次は凧揚げデ‥‥?」 演芸の前に庭で遊んでいたラムセスはふと傍らにいはずのもふらのらいよん丸がいないことに気がつく。キョロキョロと見回していると、遠くかららいよん丸の声が聞こえる。「ごちそうもふ〜っ」と。 「あう?」 「デス?」 懸命にらいよん丸を追いかけたラムセスは演芸の前におせち料理を振る舞う広間で光奈と再会する。互いに照れ笑いをしたところで光奈が空いた近くの座布団にラムセスを座らせた。 「ちょっとこの煮っ転がしと焼き魚を食べてみるといいのですよ♪」 光奈がラムセスとらいよん丸に耳打ちをする。 美味しいおせち料理はたくさんあったが、光奈が特に評価したのが芋の煮っ転がしと南瓜の煮物、そして青魚の塩焼き。何となく懐かしい味がしたのだと。 光奈は知らなかったが春陽が作った料理であった。 ●大騒ぎ 「五回で勝負するなりよっ! 負けたら墨でばってんなのだっ!」 庭で興志王を見つけた瞬間に平野譲治は持っていた羽子板を突きつけて戦いを申し込んだ。 「丁度身体を動かしたいと考えていたところだ。わかった。負けたらバッテンだな!」 不敵な笑みを浮かべた興志王。衆人環視の中、さっそく勝負は始まる。 「いっくなりよっー! たぁあ!」 背が大きく沈むほどに深く片足を踏み込んで宙の羽根に羽子板を叩きつける平野譲治。弧はほとんど描かず一直線に羽根が興志王に迫る。 「これでどうだ!!」 平野譲治を志体持ちの開拓者と判断した興志王は全力で迎える。身体を捻って打ち返す姿はもはや誰もが知る羽根突きではない。 激しい打ち合いの末、興志王の勝ち四、平野譲治の勝ち一で終わった。 「お、おい。一回でこれはねぇんじゃねえか」 「これでいいなりっ!」 平野譲治は非常に大きなばってんを一つ、興志王の顔に筆で描く。顔中に小さなばってんをつけた平野譲治は大喜びだ。 そんな平野譲治と興志王の羽根突き勝負を見学していた観客の中にはリエットの姿もあった。 「シータルねー、シータルねー。独楽回しとたこ揚げの次は羽根突きで遊ぼ遊ぼ♪ リア、リア。リアも遊ぼー?」 リエットは長椅子に腰掛けて休んでいたシータルとリアに駆け寄って二人を羽根突きに誘う。 (「‥‥時々。いや、昔からあの子の考えていることは、よくわからない‥‥」) ちなみにリアはつい先程、姪のリエットがたこ揚げをしながら木に登って枝から枝へと八艘跳びする様子を目撃して少々お疲れ気味である。 「この板でどんな風に遊びますの!?」 リエットの羽根突きにつき合おうとしたのはシータルだ。 「この羽根を打ち返せばいいみたいなのっ! それにほらっ!」 シータルからの質問にリエットが顔に墨を塗られた興志王を指差した。 「負けた人は、墨を塗られる遊びなのですね♪ ‥‥勝った人はどうされるんですの?」 「う? たくさんお餅食べてもいいんだじぇ〜♪ ほら!」 再度のシータルの質問にリエットは平野譲治を指差した。真っ黒な顔をしながら磯辺焼きの餅を頬張っていた。 (「羽根突きなら大事は起こらないだろう‥‥」) リアは長椅子に腰掛けたまま、シータルとリエットの羽根突きを見守る。こうしてみると無邪気に遊ぶ普通の女の子のようだ。 と考えていた矢先、リエットが打った羽根があり得ない勢いでリアの元に飛んできた。長椅子に深く腰掛けていたせいでリアは素早い動きが取れない。 「大丈夫ですか?」 リアに当たると思われた羽根を掴んで防いでくれたのは和奏。 「だ、大丈夫だ。ありがとう」 「それはよかったです」 和奏はしばらくリアと話した後でリエットに誘われて羽根突きで遊んだ。それはかつて子供の頃、遠くから眺めるだけで憧れていた遊びの一つ。それに触れることが出来てとてもゴキゲンな時を過ごした和奏だ。 羽根突きが行われた場所からすぐ近くに人だかりがある。 「これを楽しみにしてたんです」 春陽は女中に案内されて庭に用意された卓前の椅子へと腰掛けた。春陽を含めて七人が卓の前には並んでいた。 ここはわんこそばの会場。蕎麦を茹でる大釜からはモクモクと湯気が立ちのぼる。 「今のところは‥‥三百二十四杯ですか」 春陽は立て看板に張られた今日のわんこそば記録を眺めた。参加することに意義があり、記録は特に気にしてなかったが、とりあえずの基準として参考にする。 すぐにわんこそばは開始された。 「はい! じゃん! じゃん! じゃ――」 春陽が啜って食べる度に横にいる女中が蕎麦を椀の中へと移してくれる。早すぎず、遅すぎず、春陽は一定の間隔で食べ続けた。 そのうち六人は終了。春陽一人のみになる。結果、春陽が食べたのは四百二杯であった。 その後何十人もの挑戦者が現れたものの、誰も敗れなかった。ちなみに光奈も挑戦したのだが二十一杯の記録に留まったようだ。 ●華やかなる演芸 大勢の人々の歓喜で盛り上がる演舞場。舞台そのものはそれほどの広さはなかったものの、観客席の方は違っていた。座布団が敷かれた区画席や二階から眺められる席もあった。 昼過ぎから始まった演目は終局を迎えようとしていた。いろいろと忙しく途中からであったようだが、興志王も中央の客席に陣取っていた。 「よろしくお願いするのです☆」 一般からの最後の参加者として光奈が舞台中央に現れる。いつものおてんばな様子はどこへやら。振り袖の艶姿のまま傘の上で升を回す。 (「落としては駄目よ。光奈さん」) 観客席の姉、鏡子は祈るように手を合わせて妹の光奈を見守る。 動きづらくなる袖もなんのその、光奈は見事芸をやり遂げた。万雷の拍手を浴びながら舞台袖へと引っ込んだ光奈であった。 ここからの出番は開拓者からの演芸参加者になる。 開拓者の一番を飾ったのはラムセスだ。演目台が捲られて現れたのは『ことほぐ もふらさまと新しい年のお祝い』の筆文字である。 トコトコっとラムセスは、らいよん丸と一緒に舞台中央に現れた。 「あたらしいとしのはじまりです」 「もふ〜〜」 ラムセスの言葉に続いて、らいよん丸が合いの手を入れる。 「あらたなはるをむかえましょう」 「もふもふ〜〜〜」 「ふるいともだち、したしいかぞく」 「はるのあしおときくでもふ」 「ふるいえにしはつよくよく、あらたなえにしもあるでしょう」 「はるはすぐそこめぶくこえ」 交わされるラムセスと、らいよん丸の息はぴったりである。 「ねがうこころでいのりましょう。いのるきもちでつとめましょう」 ラムセスはここ一番に声を張り上げる。そして、 「あらたなときよよくなりますよう」 ラムセスと、らいよん丸は合唱で締めくくった。 拍手とかけ声が鳴り響く中、ラムセスとらいよん丸はお辞儀をして舞台を去る。 余韻を残したまま黒子が次の演目が示す。それは慄罹による『料理演舞 蛇剣・鮪捌きと泰術棍・麺打ちの舞い』だ。 (「俺の出番が来たのかもしれねぇ」) 巨大鮪が乗った台と共に現れた慄罹のそれぞれの手には蛇剣が握られていた。 「いくぜっ! 双蛇清流・美味棒勇壮の舞!」 最初こそ呼吸を整える為の間をとったが、鮪解体が始まってからの慄罹は電光石火であった。二振りの蛇剣で巨大鮪を卸してゆく。 ただ単に斬るのではなくわざと波打たせて漣のような切り口を作り上げる。これは醤油漬けをするのを前提としたやり方だ。 赤身を漬け終わると次は棍による麺打ちだ。青と白を基調とした服裾をなびかせながら、激しい雅楽の調べに合わせて。 打ちあがった麺生地は包丁を使うことなく手延べで細く細く。麺に仕上がったところで慄罹の調理演舞は終わった。 料理として完成させるのには、まだ少々の時間が必要である。奥に用意した簡易な調理場で仕上げに取りかかる慄罹だ。 開拓者三番目はエルディン。演目は『もふにぎり』。 「さて皆様、もふらを愛する神父が披露するのは、簡単に出来る『もふにぎり』で御座います」 エルディンはもふらのパウロを連れて舞台中央に立つ。するすると黒子によって運ばれてきた机には様々な道具類と炊かれたご飯。 「まずご飯をこのもふら型に固めます。赤い部分は梅の果肉をすりつぶしてペーストに。首周りと頭部分に塗りつけます。黒い部分は黒豆を使用――」 一つ目のもふにぎり作りはゆっくりと説明しながら。二つ目からは一気に速度をあげて、まるで無から有を発しているが如くの神業を見せる。感嘆の声が観客席から沸きあがった。 「もふ〜、僕にそっくりでふ〜、可愛いでふ?」 たくさんの、もふにぎりをエルディンが並べるとパウロが口上をつけそえる。どっと笑いが沸きあがったところでエルディンは、子供の観客にもふにぎりを配った。おまけで事前にたくさん作っておいたもふら型も一緒に。 四番目は白仙。演目は『大根の中に眠る目出度きもの』だ。 (「失敗しない‥‥よう‥に」) ぎこちなく舞台中央にまで歩く白仙。しかし黒子によって用意された机の上に載せられた鎌形の薄刃包丁を手にした時に吹っ切れる。 猫族たる耳がピクリと動いた瞬間、かつらむき状態の巨大な大根に包丁の刃が入れられた。 その動きは大胆。削りすぎではないかと観客の多くが心配するのをよそに白仙は豪快に彫ってゆく。巫女の服と白く長い髪を大きく揺らせて。 徐々に大根の中から姿が取り出され、ナイフで細かい部分を仕上げて完成である。 白仙が掲げたのは大根から削られた干支の兎。 目出度きところで歓声を浴びながら退く前に白仙は一礼。その直後に気が抜けたのか白仙は元の調子に戻っていた。 五番目の開拓者は玄間北斗だ。演目は『みんなのたれたぬきさん』。 ヒョコっと姿を現したのはふわもこきぐるみ姿の玄間北斗。ぽてぽてと歩くたれたぬきさんこと玄間北斗はコロンと転げて舞台中央に。 そこへ舞台袖に隠れている光奈がたれたぬきさんに向けて大玉を転がしてくれる。その大玉目がけてたれたぬきさんが跳躍。しかし何故か丸くなったたれたぬきさんの上に大玉が乗る格好に。ここで観客席から笑いがこぼれ出した。 頃合いを感じたたれたぬきさんは大玉を蹴り上げて、挙げた両足でコロコロと回し始める。そのまま続くと思いきやぽんと飛び跳ねて起きあがって大玉の上へ。足だけでなくお腹や尻尾で乗る妙技をみせた。 「たぬきさんは、みんなの笑顔が力の源なのだぁ〜。笑顔が満ちれば何でもできるのだぁ〜」 たれたぬきさんは声をあげると大玉から降りる。そして狸柄の風呂敷を使って壺や花を出したり消したりする手品を披露するのだった。 そして大取の六番目。礼野の出番となった。演目は『甘味の祝い』。 「よろしかったら食べて下さいね〜」 志体持ちの身軽さで次々と小さな紙箱を観客席に配る。中身はお饅頭だがその種類は漉し餡、粒餡、黄身餡、木の実餡、白餡と多彩であった。 「あまい〜」 さっそく食べた女性や子供に大好評である。そこかしこから声があがった。 「これがまゆの芸ですの。おせちに飽きても甘い物は別腹って言いますし」 ぺこりとお辞儀をして、ここに演芸の催しは終了する。 「騙されたと思って食ってみな。旨いんだって」 その頃には演芸場の片隅の卓に丼が並べられていた。慄罹の作った『鮪漬け拉麺』が完成したのである。 鮪の頭やアラを使って出汁をとり、葱やもやし、そして漬けの赤身も添えられたものだ。もちろん打ったばかりの麺も使われている。 「魚介の味、たっぷりって感じだな」 こちらは特に男性から人気がある。帰るのをやめて拉麺を食べてゆく観客は多数にのぼった。興志王もちゃっかりと一杯頂いている。 「最後だし、お腹一杯に食べようかしらん?」 男性達に混じりながらフラウも鮪漬け拉麺を手に取った。 「美味しいのですよ♪ 拉麺もいけるのです☆」 「あれ?」 いつの間にか隣りに光奈がいて驚いたフラウである。 興志王主催の朱藩・新春始めの園は盛況の中、ここに幕を閉じたのであった。 |