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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。李鳳もその中の一人である。 夜、朱春近郊にある飛空船基地のボロ格納庫。そこに設置された休憩室で青年『王輝風』は布団にくるまって横になっていた。 昇徳商会の若き女社長『李鳳』が王輝風の額に右手を添える。王輝風は昨日から風邪をひいて寝込んでいた。 「熱は‥‥まだあるわね」 ここのところ忙しすぎた感もあって李鳳は今朝方一週間の休みを従業員達に言い渡す。突然であったが見習いの響鈴も喜んでくれたので問題はなかった。 「僕は大丈夫だから‥‥。明日はどこか遊びに行ってきなよ。せっかくの休みだし」 「病人は余計なこと考えないの! それよりも何か食べたいものある? あれ、誰だろ?」 李鳳は布を濡らして王輝風のオデコにのせると扉を叩く音がする。開けると黒い子猫ハッピーを肩に乗せた響鈴が立っていた。手には温かい肉まんが入った袋を持って。 「風邪を治すにはお腹いっぱいに食べるのが一番なのですよ〜♪ 温かいうちにどうぞ☆」 「あ、ありがとう」 響鈴の気持ちも嬉しかった王輝風だ。食欲はあまりなかったが、せっかくの好意なので割った半分の肉まんを頂く。 「でも、どうしようか‥‥。格納庫や翔速号の大掃除しなくちゃいけなかったのにこんな調子じゃ‥‥」 「だから! 余計な心配はしないの!」 心配性の王輝風にあきれる李鳳だが、そこが彼らしいとも感じていた。 「そこまでいうのなら大掃除はするわ。ただ今年は開拓者に頼みましょう。もう昇徳商会は休みだから、それを今更ひっくり返すのも野暮でしょ?」 「そうか‥‥僕のせいで休みにしたんだっけ」。 翌日、李鳳は開拓者ギルドに赴いて募集をかける。それは格納庫と中型飛空船『翔速号』を綺麗にする大掃除依頼であった。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
壬護 蒼樹(ib0423)
29歳・男・志
朱華(ib1944)
19歳・男・志
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
ラッチ・コンルレラ(ib3334)
14歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
藤吉 湊(ib4741)
16歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●開始 寒風が身に凍みる冬の朝。 「それではお願いね。あたしは輝風を看てくるから」 互いの挨拶の後、依頼主の李鳳から格納庫と飛空船についての説明を聞いた開拓者達はさっそく大掃除を開始する。 「寒いのは仕方ないけど少しでも暖かくしないと。手は荒れるけど、手がかじかんでちゃ掃除が進まないしね」 明王院 月与(ib0343)は炭入りの火鉢を格納庫内の各所に運び入れて暖を用意する。邪魔にならないようなるべく端に、それと注意書きも忘れなかった。 「先程挨拶したとき宣言したように精一杯頑張りましょう。まずは――」 壬護 蒼樹(ib0423)はぐるりと格納庫内を見回した後で腕を組みしばし考える。そして何をしようかと近くで悩んでいた朱華(ib1944)に応援を頼んだ。 「大掃除‥‥。実家でも駆り出されたな、そういえば‥‥」 「せいのお〜でぇ!」 朱華が遠い目をしながら壬護蒼樹のかけ声に合わせて棚を同時に持ち上げる。まずは邪魔な物品を退かす作業だ。天井や内壁の清掃作業が終わったところで溜まったゴミを箒で掻きだすつもりである。 「ほら。たまには自分の食い扶持くらい稼げ」 「わし一匹養えぬとは、甲斐性無しも良いとこじゃぞ? はー坊」 朱華は猫又・胡蘭を手が届きにくい隙間へと潜らせたり高所へ登らせたりもさせた。ゴミに紛れる前に行方不明になっている昇徳商会の貴重品がないかを探させる為に。 「外からがよいのか、内からがよいのか‥‥」 朽葉・生(ib2229)は飛空船・翔速号船内の梯子を登りながらどこから手をつけようと考えていた。途中で汚れた廊下を目にして決断する。拭き掃除の前に掃いてゴミを集め、外へと運び始める。 「お掃除、頑張らないとね」 ラッチ・コンルレラ(ib3334)はブラシを背負いながら格納庫内の骨組みに手をかけ足を伸ばしてよじ登る。常に物事を後回しにしないラッチにとって掃除は日常の一つ。暮れの時期に大掃除をする習慣はなかったものの新年を祝う気持ちは持ち合わせている。 そのラッチへと近づく飛翔する翼。 「さ〜てと、とっとと終わらせて宴会宴会っと。ここに置いとくわ」 高所のラッチに水が入ったバケツを届けた藤吉 湊(ib4741)は甲龍・煉角の背中に乗ったまま格納庫の壁の掃除を始めた。竹製の大きなハタキで壁の埃をはじき飛ばす。 「高いけど‥‥よし!」 月与も格納庫の骨組みを登って大きなハタキで埃を叩き落とし始めた。 格納庫上部の埃落としは大まかで構わず、またブラシでこする部分も余程酷い汚れのみに限定して行う。手間をかけるべきは目が届く範囲と決めていたからである。 「さて、飛行船掃除は初めてですが、張り切っていきますかね。大変そうな甲板掃除は一気にやってしまいましょう」 長谷部 円秀(ib4529)は駿龍・韋駄天に乗って格納庫内の翔速号の上を飛んだ。バケツ八杯をひっくり返して甲板へ水を撒き終わると、開け放たれている格納庫扉から外へと出る。 「こっちですよ〜♪」 井戸の近くでは見習いの響鈴が水を汲んでくれた大きめのバケツが並ぶ。空のバケツと交換して何度も水をかけに戻る長谷部だ。 そんな頃、箒を放り出して帽子をとった頭を片手でかく開拓者が一人。鴇ノ宮 風葉(ia0799)である。 「あー、もう、飽きた! すっごく飽きた! 次!!」 ゴミを掃く行為に飽きた鴇ノ宮は今度は雑巾を手にするのだった。 掃除する様々な音や声は休憩室で休む王輝風に伝わっていた。 「‥‥みんな頑張ってくれているんだね」 「きっと次に部屋を出る時には格納庫も翔速号もピカピカよ!」 粥を作ってきた李鳳は布団で横になっている王輝風に微笑むのだった。 ●掃除 昇徳商会の大掃除は広さ故に二日がかりである。 集められたゴミを焼却する役目は李鳳と響鈴が担当してくれる。 長谷部によって翔速号の甲板に十分に水が撒かれたところで磨き上げの作業が行われた。 甲板へと集まったのは長谷部、壬護蒼樹、朱華、朽葉生の四人。 「水蓮君、あの辺りもお願いしますね」 壬護蒼樹がミヅチ・水蓮にまだ乾いていたわずかな部分を水柱で濡らしてもらう。そして四人はブラシを持って一列に並んだ。 長谷部の朋友である駿龍・韋駄天の鳴き声を合図にして開始である。一人あたり甲板に張られた木板十列分を磨くのが約束であった。真っ直ぐにやったとすると五往復で終わる計算になる。 (「濡れた甲板はやはり普段より滑りやすいですね。慎重に慎重に‥‥」) 壬護蒼樹ははやる気持ちを抑えて真っ直ぐ走るのを心がける。 「邪魔をするな、胡蘭」 「わざわざ監視してやっているのだ。ここは感謝するところじゃぞ」 朱華は横に並んで追走してくる猫又・胡蘭とやり合いながら床を磨く。 「これならすぐに終わりそうです」 たまに志士たる足運びを試しながら長谷部は甲板を駆け抜ける。 「まだ落としきれていない汚れがありますね」 甲板を一通り磨いたところで朽葉生の出番だ。朽葉生のキュアウォーターによって甲板を濡らしていた水から汚れが消し去られる。つまりブラシ磨きで水に移ったはずの甲板の汚れがなくなったのである。 「これは楽です。もう一度水を撒く必要がありませんし」 キュアウォーターに感心しながら長谷部はブラシ擦りを再開する。今度は汚れの酷い部分を重点的に。もちろん朽葉生、朱華、壬護蒼樹もブラシで擦って甲板はピカピカになってゆく。 格納庫の壁掃除も順調だ。 「うっし、ちょっと右に移動しよか、煉角。ここで最後や」 甲龍・煉角の頭の上にちょこんと乗っかった藤吉湊はハタキを大きく動かす。双方とも大きな布で口元を覆い被した姿だ。 「キュアウォーターのおかげで水を汲みに行く手間が省けましたねぇ」 ラッチは床付近の壁掃除に移っていたのだが、バケツの水が綺麗になったおかげで作業がはかどった。朽葉生が使ったキュアウォーターの範囲は格納庫を余裕で包み込むほどのものだったからだ。 「壁が終わったら床掃除ね。今日のところは落ちているゴミを集めたところで終わりかな?」 月与は雑巾を絞って壁を丁寧に拭いた。掃除の進み具合から明日の予定を立て直す。 長谷部、壬護蒼樹、朱華、朽葉生の四人が船内清掃に移った頃、翔速号の甲板に現れたのが鴇ノ宮だ。 「面白そうだったのに終わってるし!」 格納庫の床にいた鴇ノ宮には、翔速号の甲板から届く声がブラシかけ競争で遊んでいるように感じられたようだ。しかし甲板についた時には後の祭りである。 やけになってすでに綺麗になった甲板をブラシがけしながら走り回るが面白いはずがない。天井から垂れていた縄を掴んで飛び降りて鴇ノ宮は床へと着地する。 大掃除一日目の最後は翔速号の船内と外壁の清掃に分かれての作業となる。 藤吉湊は甲龍・煉角に襟元をくわえさせた状態で外壁にブラシがけをした。 「しっかり咥えとくんやで、落としたらあかんからな‥‥。振りとちゃうからな? 敢えて落とせっちゅうんやないからな!? ああ、返事せんでええで。頷くのは小さくや。おおきゅうしたら――」 絶えず甲龍・煉角に話しかけながら掃除をする藤吉湊であった。 ●終わりの大掃除 一晩翔速号内で休んだ開拓者達は二日目の大掃除に手をつけた。一日目の続きとして行ったのは翔速号内の部屋と格納庫の床掃除である。 「あ、こんなところに〜」 「あによ?」 どちらも滞り無く掃除は進んでいたのだが、格納庫の隅っこでお茶を飲んでいた鴇ノ宮が響鈴によって発見される一幕もあった。 その後、鴇ノ宮は隷役で白狐に尻尾で履き掃除をさせようとするも失敗。挙句の果てに、もふ丸をごろごろと転がして掃除させようとしたものの、逃げられてこちらも失敗してしまう。 にっちもさっちもいかなくなった鴇ノ宮は二日目のキュアウォーター役を渋々引き受けた。綺麗なままの水のおかげで掃除ははかどったものの、最後の最後で李鳳が用意していたおやつの一部を持って遁走。そのまま鴇ノ宮は一同の前から姿を消す。 途中、朽葉生が作った甘酒で一休みをしながら掃除は続いた。 開け放たれた窓から射し込む日が赤く染まる頃、大掃除は終了するのだった。 ●そして ちょうど大掃除の二日目は大晦日にあたる。 王輝風の体調もかなりよくなってきたので行方不明の鴇ノ宮を除いた一同で大晦日を過ごす事となった。 料理は主に朱春の街で営む飯店に注文した品を格納庫の休憩室に運び入れた。飯店で会を開かなかったのはまだ完全に回復していない王輝風を考えてのことだ。 ただいくつか自前で作った料理はある。その中の一つが壬護蒼樹が麺を打って響鈴と月与が汁を作った二八の掛け蕎麦だ。 「やっぱり年越しに蕎麦は欠かせません」 「大晦日といったら蕎麦です♪ 天儀の蕎麦を食べると長生きするって聞きました☆」 壬護蒼樹と響鈴が炊事場から大きなお盆でまとめて湯気のぼる丼を運んでくれた。 「薬味もあるよ。七味は入れすぎると大変だから程々にね」 月与は葱や七味唐辛子、それにかき揚げの天ぷらやお揚げなどたくさんの具を用意していた。 「響鈴は相変わらずの天儀の食べ物好きよね。泰生粋の猫族なのに」 李鳳は半分あきれ顔をしていたが天儀風蕎麦は嫌いではない。掛け蕎麦をずずっと箸で頂く。ちなみに泰国にも麺の蕎麦はあるのだが、手打ちではなく筒にいれての押し出し式が主だ。汁も違うのでまったく別の食べ物といえた。 「醤油と鰹だしの風味がなんとも‥‥。あ、鰹だし! それでなのか。響鈴が天儀の蕎麦を好きなのは」 「えへへへっ☆」 暖かい格好をした王輝風も卓を一緒に囲んでいた。見抜かれた響鈴はひたすらに照れ笑いだ。 「あ、やっばり‥‥。胡蘭! ハッピーをからかったらダメだぞ」 朱華が心配していた通り、猫又・胡蘭が子猫のハッピーの晩ご飯である焼き魚を銜えて室内を走り回る。小さなハッピーは追いつけずに息も絶え絶えだ。 朱華にいわれて胡蘭はようやく焼き魚をハッピーに返すのだった。 「無事に終わってなによりです。泰料理も美味しいですし」 朽葉生は様々な皿に手をつけてみた。今は寒い時期なので香辛料たっぷりの香滋料理がとても美味しかった。 「うまく獲れてよかったです」 「お肉たくさんで豪勢ですね。少し頂きます」 ラッチが掃除が終わってから獲ってきた鹿は具として野菜と一緒に鍋で煮込まれていた。それを壬護蒼樹もご相伴に預かる。ラッチ好みの薄い塩味仕立てである。 「種も仕掛けもありませんこちら! はい、何故か花が!!」 場を盛り上げようと街角で見た芸を見よう見まねでやってみた長谷部。しかし出た花は隠し方が悪かったのか花びらが全部取れた状態。凍えるような寒い空気が漂ったところに響鈴の拍手。しかも転げるように笑いながら。どうやら響鈴の笑いのツボに入ったようである。 「よかったのです♪ これとっておきなんですよ。たくさん食べてください〜」 響鈴が自分用にと頼んであった海老料理の皿を長谷部の前にドデンと置いた。 「きみは優しいんだね」 「みゅ? 優しいの意味はよくわからないけど、とっても面白かったのです。ありがとう〜」 長谷部は海老料理を少しだけもらって残りはすべて響鈴に返した。 「さて、今度はうちの番や! さあさあ、お立ち会い! ここにあるは酌と徳利、さらにまだまだぎょうさん残っとる樽酒やで」 藤吉湊が披露したのは酌で掬った酒を徳利に入れる芸。それだけでは変哲もないが間に小銭を挟んで中央の穴に通すのであれば話は違う。 狙い定めてスルリと。かすかな震えのみで徳利一杯に酒を注ぎきる。 「ま、ほんまは油でやる芸なんやけどな? こっちはさらっとし過ぎて、これはこれで難しかったわ」 「すごいね。ボクも油で練習してみようかな。繊細な操縦をするのに必要な技量だよね」 藤吉湊の見せた芸に一番感心していたのは王輝風だ。微妙な指さばきに感銘しきりであった。 「お餅が売っていたから即席のお雑煮仕立てにしてみたけど。‥‥うん♪ 美味しい」 月与は椀に口をつけて味見をすると微笑んだ。 「そういえば‥‥まだ戻って来てないんだよね?」 「ん? 鴇ノ宮さんのこと?」 月与と李鳳が話題にしていた頃、鴇ノ宮は飛空船基地の片隅で月を眺めていた。 焚き火でお湯を沸かしてお茶を煎れて、くすねてきたお菓子を摘む。お餅もあったので焚き火で焙り焼きにしたのを頬張る。 「寒いけど‥‥月はいいね」 マフラーを巻き直して鴇ノ宮は夜空を見上げた。 「明けましておめでとうございます〜♪」 やがて日が変わり、一月一日が訪れる。開拓者達は元旦を昇徳商会でのんびりと過ごしてから神楽の都へと帰るのであった。 |