武神島に繋がる精霊門
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/26 16:52



■オープニング本文

 天儀本島より北西遠方に位置する独立した浮遊大陸の中央部分を占めるのが武神島である。
 ちょうど天儀本島とジルベリアの中間に位置し、各地への飛空船による移動において重要な役割を果たしていた。事実、天儀歴926年に始まった第二次大規模探索計画では嵐の壁突破に際しての前線基地として活用されている。この第二次大規模探索計画の成果によって発見されたのがジルベリアの浮遊大陸である。
 気候はジルベリアほどではないにしろ寒冷の地。十二月から二月にかけては一メートル前後の積雪に覆われる。
 北の海岸線に面する武神島唯一の街の名は『広地平』。島内でよい粘土が採取されるおかげか煉瓦を使ったジルベリア風の建築物が多くを占めていた。
 古くからの民は島人口の半数弱にあたる五百人前後。移住者として天儀本島、泰国、ジルベリア出身者の合計が残る半数弱を占め、残りは商人などの流動的な一時滞在者だ。
 ちなみにこの地の獣人は『緋ノ衣衆』と呼ばれていた。現地の伝統としては緋色に染められた手や足が完全に隠れるほど袖や裾が長い民族服が名の由来のようである。


 武神島の街『広地平』。
 雪化粧が施された煉瓦造りの建物が建ち並ぶこの街には開拓者ギルドの出張所がある。
 普段はゆっくりとした時間が流れる武神島・ギルド出張所だが今は違う。併設予定の精霊門の落成式に向けて大忙しだ。
「幕が届いていないんだけど!」
「施工がまだ残っているって何の冗談よ」
 多くのギルド職員は出張所内で慌てふためいていたが、中には要領よく過ごしている姿もあった。
「つまり〜、精霊門を使って開拓者を簡単に呼べるようにしなければならないくらい、アヤカシの被害が増えてきたってこと?」
「なに今更なこといっているのよ。事件がある度にいちいち飛空船で開拓者を連れてくるのは大変だってずっと前から話していたじゃない」
 ギルド職員の文美嬢と封美嬢は休憩時間にお喋りをしながらお弁当である。ちなみに『ふみ』と『ふーみ』と読むので発音すると二人の名前はよく似ていた。
 懸念されるケモノやアヤカシの事件はひとまず横に置いておくとして、目下に迫った落成式を成功に導かなければならない。
 その為に出張所自らが依頼を出す。その内容は風信器によって神楽の都の開拓者ギルドへと伝わって貼りだされる。
 望まれたのは精霊門落成式での警備。
 落成式は夕方から始まり、祝辞や魔を払う為の神楽舞などが執り行われる予定だ。最後は真夜中の零時に精霊門が発動するのを確認して終了となる。
 その間、つつがなく式が進むようにするのが開拓者達に課せられた役目であった。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
鬼啼里 鎮璃(ia0871
18歳・男・志
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰


■リプレイ本文

●師匠と弟子
 雪が積もった白く染まる武神島の街『広地平』。
 朝から打ち上げられている花火は武神島・開拓者ギルド出張所へと新たに併設される精霊門の落成式を祝うものだ。
 開拓者達は前日の暮れなずむ頃に飛空船で到着済みである。落成式が始まるのは夕方。しかし夜明け前から会場で警戒を強めていた。
「精霊門の開通を快く思っていない集団がいるようなのです。エルディンせんせ」
 秋霜夜(ia0979)は白い息をはきながらギルド出張所で手に入れた新しい情報を土産にエルディン・バウアー(ib0066)へと小走りに近づく。
 具体的な組織名や目的は判明していないものの、これまでにも工事の妨害や破壊工作をしようとした集団は存在するという。
「それは困りましたね。世の中には自分達の領分を侵されることを嫌う者がいるのは確かですが‥‥」
 ここのところ愛弟子の秋霜夜にかっこいいところを見せていないエルディンである。オマヌケな姿ならかなりの数にのぼるのだが。心機一転し、威厳を取り戻そうと考えていた。
 侵入者がいたとして狙いは精霊門に違いないとエルディンと秋霜夜の意見は一致する。舞いが行われる舞台となる内部には多くの仲間が待機する予定なので、二人は精霊門と客席の周辺を見回ることにした。
(「慌ただしいですね‥‥。あ、飾りで小鳥を彫っている。鶯かな?」)
 宮大工の何人かが未だに精霊門へ手を加えている。おそらくこだわりがあるのだろうが、妨害者がこのような人々とすり替わっている可能性もある。油断は禁物だ。
 秋霜夜は常にエルディンを視界の隅におき、定期的に問題がない合図として耳を動かす。
(「無理ですって!」)
 両手をぶらりと垂らし、ぜーはーとエルディンは息を吐く。互いに耳をぴくぴくと動かすのが霜夜と約束した合図。そのときは安請け合いしてしまったのが実際にやってみるとこれが辛い。というよりもほとんどエルディンの耳は動きはしなかった。
 仕方なく代わりの合図を送る。その他にもメモを渡したい時や怪しい人物の発見時の合図なども耳を手で触る様々な仕草で代用する。
「えっ?‥‥」
 秋霜夜にクスッと笑われたような気がしたエルディンであった。

●淡々とした時間の中で
(「飛空船や龍での空の警戒もすごいのだぁ〜」)
 青空をしばらく見上げていた玄間 北斗(ib0342)は思い出したように地上の周囲を見回す。
 列席者はまだ来場しておらず、落成式の飾り付けの追い込みがギルド職員によって行われている。
 玄間北斗が待機する位置から見ると並べられた席は右側。精霊門は左側だ。開け放たれた精霊門の中では舞いの予行練習が行われていた。
(「万が一、手勢が控え門に繋げる術があるとか言う事になったら厄介だなぁ〜って思ったけど、簡単に出来るものではないようで安心したのだ」)
 精霊門内に描かれた文様に細工が施されていないか、ギルド職員に確認をとった玄間北斗である。確かに文様は関係するようだが、ちょちょいと描き換えられるものではないらしい。
 その他にも玄間北斗は黒糸で精霊門内に工夫を凝らしておくのだった。

●すべての真ん中
「アタシ、人ごみは苦手なんだけどなぁ‥‥」
 ポツリと呟いた鴇ノ宮 風葉(ia0799)がいた場所は岩の上。広間の端にあって、それでいて地面より一メートルほど高い。観客席から離れているのであまり目立たず、仲間達が待機する多くの場所から望めやすいのがとても好都合である。
 おかげで人はたくさんいたものの、岩の上にいれば人波にもまれることもなかった。来場してくる客をそれとなく目で追う。
 鴇ノ宮は情報を中継する役目を担当する。混乱、またはそうなりそうな事象が起きたら何かしらの方法で鴇ノ宮に連絡。そして鴇ノ宮から別所にいる仲間達に伝えられる段取りになっていた。

●塔の二階から
 広地平にそびえる精霊門はこの地に珍しい五重塔の外見形状をしていた。
「式典の邪魔ねぇ‥‥」
 雲母(ia6295)は二階の窓から列席を見下ろす。開催の時は刻々と近づいてすでに半数以上の席は埋まっている。
 待機場所を模索したところ、寿々丸(ib3788)と一緒にこの場所へ落ち着いた雲母だ。いざとなれば雪かきが終わった瓦葺き屋根を足場にして飛び降りるつもりである。
「どのような理由でも、大事な式典の邪魔をするのは許せませんな」
 掌を庇にした寿々丸は雲母とは別の方角を監視していた。視界の範囲には庭の片隅に待機している鴇ノ宮の姿があった。
 列席者の誰もがきちんとした正装姿。席の周囲には暖をとるためにかなり大きめの篝火がいくつも用意されている。宮大工などの職人の姿はすでになかった。
 会場にいるのは招待客、会場を取り仕切るギルド出張所の職員、警備の開拓者、そして舞いを踊る巫女の関係者。
 落成式の開始はまもなくであった。

●舞台
 篝火で照らされる精霊門の内部。すでに日は傾き、夜の帳はもうすぐ降りようとしていた。逆に精霊門開通を祝う神楽の舞いはこれからである。
「舞いはこれからですが、今のところ順調ですね」
 鈴木 透子(ia5664)は鬼啼里 鎮璃(ia0871)に話しかけながら自らの襟元を触る。変装の為に舞いを踊る巫女から予備を借りたのだが、着慣れないせいかどこか落ち着かなかった。
「せっかくのおめでたい席ですから、恙無く終了させたいですね」
 一方の鬼啼里は雅楽専属の大道具係の格好だ。武器は道具類に紛れ込ませて、簡単に取り出せるようにしてある。
 鈴木透子と鬼啼里が待機するのは舞台の上手。下手周辺で見張っていたのはヘラルディア(ia0397)とロウザ(ia1065)だ。
「なだこれ? はなび におい?」
 巫女達の舞いの練習を見て跳び上がって喜んでいたロウザだが、突然外に置いてあった木箱に近づいた。
「へらるでぃあ! みてみて! ろうざ ちからもち! すごい?」
「わたくしではとても。しばらくそのままでお願いしますね」
 ロウザが木箱を持ち上げている間にヘラルディアが腰を屈めて丹念に調べあげる。
 そして木箱の裏から火薬の粉と布の切れ端を発見した。火薬はほんのわずかで爆発の危険はなかった。
「花火の‥‥でしょうか。それとも‥‥」
「はなび! せいれーもん たんじょーび! おいわい?」
 ヘラルディアとロウザが大道具係に聞いてみると、広場に入る前の検査時に花火が詰められた袋が発見されたという。おそらく火薬の粉と布の切れ端はその名残に違いなかった。舞いに花火は必要なく誰もが訝しんだものの、どうして紛れ込んだのかまでは判明していない。この情報は鴇ノ宮を中継して全員に伝えられる。
「何があっても舞い続ける所存。祝いに中断はあり得ないのです。もしも止まってしまったのなら、それは妨害者の思うつぼ。どうかご協力をお願いします」
 舞いを踊る巫女二人が側にいた鈴木透子、鬼啼里、ヘラルディア、ロウザに協力を求める。たとえ命を狙われようとも逃げ出すつもりはないと。
 まもなくして夕闇の中、落成式は始まるのだった。

●巫女の舞い
 長々とした祝辞の後、ようやく巫女達による祝いが始まる。
 裾の靡きが風を思わせ、描く軌跡が精霊の輝きを感じさせた。この舞いを観る為に招待客の多くはこの地まで足を運んだのだろう。それだけの価値があると多くの開拓者は心の中で呟く。中には無関心な者もいたようだが。
 夜の闇に揺れる篝火。
 拍を連ならせる雅楽。
 舞いによって織りなされる別世界。
 酔いしれて凝視する観客達。
 そのような最中、開拓者達は周囲に目を光らせた。花火に擬装して火薬が持ち込まれようとしていたのはわかっている。そこであきらめてくれればよいが、おそらくはそうではないだろうと。
 招待状と共に事前配布された精巧な割り符がなければ、どのような地位にある人物でも入場は拒否されている。
 さらに専門官によって各重鎮の人相を厳重に確認。ただ身体検査については失礼を考えて極簡単にしか行われていない。割り符を手に入れた上で該当する人物にそっくりな変装を施した者がいたのならば侵入の可能性が残っていた。
(「警備体制からいって今から侵入するのは不可能に近いのだぁ。いるとすればすでにこの中に‥‥」)
 玄間北斗は細い目の奥を輝かせて観客席を見渡す。
 サムライ風の男性が立ち上がろうとして超越聴覚で耳を澄ます。席に残った女性へと残した言葉は『紅葉』であった。
(「変なのだぁ‥‥」)
 暗号ではないかと不審に感じた玄間北斗は男性の後をつける。その様子を知った鴇ノ宮が人魂の虫を飛ばして玄間北斗と確認をとった。一連の情報は観客席に近いエルディンと秋霜夜へと真っ先に伝えられる。
(「残ったあの女性も怪しいということですか」)
 エルディンは席に残った女性を注視する。毛皮コートを羽織る厚着ながらところどころに女性の曲線美が感じられる服装。男性を誘惑するのに十分だ。
 しかしエルディンは惑わされない。女性の監視を秋霜夜に任せて自らは全体を見渡す。色仕掛けで目立つのは陽動の基本。玄間北斗が追う男を支援しているのかも知れないが、他の仲間がいる可能性も考慮にいれなければならない。むしろ席を立った男も陽動ではないかとエルディンは考えを巡らす。
(「もう少しこっちの方が」)
 秋霜夜は耳でピクピクとエルディンに合図を送りつつ、毛皮のコートを羽織る女性へと近づいた。羽織っている水姫の外套の下で手甲に覆われた拳を握る。もしもがあればすぐにでも拘束するつもりで。
 舞いが佳境に入ろうとした頃、突然客席で数人が立ち上がった。それらの者達は座席の背もたれや他の客達の肩や頭天を足場にして精霊門へと一直線に跳び続ける。客達は驚き慌て、混乱が発生した。
(「この状況じゃこれがいいか」)
 全力で阻止するのを示す鴇ノ宮の呼子笛の音が鳴り響いた。
「ダメですよ」
 秋霜夜はコートを羽織る女が取り出した何かを拳ではじき飛ばす。すでに混乱の状況なので演技はせずに本人をそのまま確保する。後に判明するのだが女が投げようとしていたのは煙幕の筒であった。
「よく‥‥見えない!」
 逃げまどう客のせいで席上を駆ける敵を目視するのは困難。エルディンはアムルリープではなくアクセラレートを自らに使って敵達と併走する。
 敵の一人が観客席内から飛び出す前に巫女を狙って手裏剣を放った。
「うっ!」
 先回りに成功したエルディンは背中で手裏剣を受け止めながら土煙をあげて大地へと転倒する。その側に二階から飛び降りた寿々丸と雲母が着地した。
「こうなったら早めに沈めるべきですな」
 寿々丸は一番接近していた敵に向かって呪縛符を打った動きを鈍らせた。もちろん可能な限り他の敵にも符を打つ。
「最近の悪党は馬鹿が増えたようだ、何とも理解しがたいな」
 煙管を懐に仕舞った雲母は弓を構え、動きが鈍った敵を矢で狙った。跳ねた瞬間を狙ったのは他の客に被害が及ばないようにする為だ。
「入れるわけにはいきませんよ」
 すり抜けてきた敵の進路を防いだのが鬼啼里。精霊門に立ち入らせないことが第一として峰打ちを狙う。
「痺れてもらいます。舞いは邪魔させません」
 鬼啼里が戦っていた敵に鈴木透子が毒蟲の式を打つ。動きを鈍らせている敵のみぞうちに鬼啼里が振るう刀の峰がくい込む。
「がるぅぅ!」
「後背はわたくしが」
 ロウザとヘラルディアは共に巫女達の最後の砦となっていた。門の枠と舞いを踊る巫女達の間まで前に出たロウザは発気で近づこうとする敵を牽制する。
 仲間達の攻撃を潜り抜けてきた敵の手裏剣。ロウザは力任せに薙刀を振るう。おおざっぱではあったもののその勢いに敵が一旦足を止める。ここぞとばかりに前進し、腕っ節で敵を押さえ込んだロウザだ。
(「舞いの関係者に敵は潜んでいなかったようですね」)
 ヘラルディアは舞いの進行が続いているのを確認してホッとする。事態が収拾してから敵味方関係なく治療を行うつもりだが、舞いが終わるまではこの場を離れられなかった。
 騒ぎに臆せず、舞いを続ける巫女達に感心するヘラルディアだ。
 その頃、鴇ノ宮は敵の一人を助けようとしていた。
「ねぇ、アンタ‥アンタにも家族がいるんでしょ?」
 死には至っていなかったので生死流転は使わずに済んだ。言葉を発せられない敵は鴇ノ宮へと頷いてみせる。
「なら、簡単に死なないで。アタシは何度だってアンタを救ってみせる」
 鴇ノ宮は必死に治療を試みた。
「エルディンせんせ、大丈夫ですか!」
「あ、揺らさないで‥‥」
 エルディンの治療をしたのは秋霜夜である。幸いに急所は外れていた。
「た、大変だったのだぁ〜」
 舞いが終わろうとしていた頃、玄間北斗が縄で縛った気絶している敵を運んでくる。
 敵達は火薬を小分けにして持ち込んでいたという。玄間北斗が捕らえた男はその火薬をまとめて精霊門を爆発させる役目を任されていた。
 なかなか尻尾を出さない敵を玄間北斗は超越聴覚を駆使しながら追ったようだ。
 騒動が起こると男は覚悟を決めたのか隠し場所から火薬を掴み、逃げまどう観客達の中へと飛び込もうとした。それを打剣を活用して手裏剣を放ち、火薬の入った袋を破って役に立たなくしたのは玄間北斗である。
 騒ぎがあっても巫女達によって舞いは最後まで踊られた。ここに武神島・精霊門の稼働儀式は完了したのだった。

●そして
 開拓者達によって混乱をもたらした七名全員が生きたまま捕縛される。『真黙の会』と名乗ったがこれまでに目立った行動は確認されていない。
 真黙の会が精霊門を襲った理由は開拓者ギルド出張所の権威を失墜させる事。武神島の街『広地平』の実権をギルド側にとられるのを嫌った集団のようだが、特に自治を任されている賢人集会との繋がりは見つからなかった。
 資金はある商人からもたらされたとの自白がとれる。しかし隠れ家はもぬけの殻でそれ以上の足取りは掴めずに終わった。ちなみに七名の全員が思想で行動したというよりも傭兵として雇われたようである。
 落成式の翌日。十分に休んだ開拓者達は真夜中に精霊門の文様の上に立つ。
「かえり らく せいれーもん すごい!」
 やがて真夜中の零時。ロウザがはしゃいでいるうちに目前の景色は変わって、あっという間に神楽の都に設置されている精霊門へと移動する。
 ここに警備依頼は終了するのだった。