湯煙と雪煙 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/11 20:41



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


「ゆきぃ〜♪ 雪は久しぶりなのてすよ」
 閉店後の満腹屋。給仕の智塚光奈は卓を雑巾で拭いていた。行灯の薄暗さの中、とても機嫌良く。
「光奈さん、お祖父様とお祖母様のお家ではくれぐれもおとなしくね」
「ふっふふ〜。大丈夫なのです〜☆」
 姉の鏡子の言葉にも光奈は上の空。すべては両親から言付かった海産の乾物を届けるお使いにあった。
 届け先は祖父と祖母が経営する山奥の宿『ぽかぽか屋』。その地は温泉で有名で、ぽかぽか屋にも大きな露天風呂がある。
 祖母から昨日届いた文によればすでに雪景色だという。温泉に加えて雪遊びが出来ると知って光奈は浮かれ気味であったのだ。
「山の麓までのもふらさま付き荷車は頼んだし、荷物を担いでくれる開拓者の手配も今日ギルドでしてきたのですよ♪」
 光奈は天井を見上げながら指折り数える。そして温泉とソリで楽しむ自分を思い浮かべるのだった。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
雲母(ia6295
20歳・女・陰
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志


■リプレイ本文

●登山
 朱藩の首都、安州からもふらが牽く荷車で旅をして三日目の朝。智塚光奈と開拓者八名の眼前には白銀の斜面が広がっていた。
 これから一行が徒歩で目指すのは山の中腹の集落。温泉で有名で光奈の祖父母が営む宿にも露天風呂があるという。
「これで大丈夫。コドモヨウノショイコアッテヨカッタヨ」
 蒼井 御子(ib4444)はカンジキを履いた足で雪を踏みしめる。担ぐ背負子は小振りな子供用だが、追加で添えた補助の支え棒のおかげで縦に長くなっていた。
 手で運ぼうと考えていた蒼井御子だが滑る雪道は非常に危ない。そこで光奈が途中の宿で手配したのである。高く積めたおかげで仲間が運ぶ量と比べても見劣りしていない。その分バランスに注意しなければならなかったが。
「寒い‥‥寒すぎる‥‥。覇王だからとか言う奴は撃ってやるぞ‥‥。麓まで来る間にいたもふらは温かかった‥‥」
 ぶつぶついいながらも雲母(ia6295)は先頭を歩いて雪をかき分ける。それでも口元には煙管をくわえたままだ。寒さが深刻になるに従って口数も多くなってゆく。
「早く遊びたいのですよー‥‥」
 慎重な足運びで進むネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の心の中は躍っていた。宿に辿り着けば雪でいっぱい遊ぶのだと、喜びがうずうずと顔に出てしまう。
「まゆちゃん、後ろを歩くと少しは楽なのだぁ〜」
「は、はうぅ狸さぁん‥‥だ、大丈夫です、力の限り遂行しますです!」
 玄間 北斗(ib0342)は礼野 真夢紀(ia1144)を気遣いながら山を登った。ちなみに背負子を担ぐ為にいつもの狸の着ぐるみは封印してある。背負子を担ぎにくいし、もしも足を滑らせたのなら巨大な雪玉となって麓まで転げてしまうかも知れないからだ。
(「よく読まずに入っちゃったです‥‥」)
 礼野は料理関連の依頼と勘違いして参加してしまったらしい。それでも頭を切り替えて頑張っていた。故郷があるのは暖かい場所なのでカンジキの感触はとても新鮮だし、雪遊びでやりたいこともある。背負子の一番上にちょこんと載せてある私物の袋はその為のものだ。
「こういうのも偶には良いものですね。最近はアヤカシと戦う事ばかりでしたし」
「ボクはいっぱい雪遊びをしたいな。そうだ、うっちゃん。一緒にスキーをしてみない?」
「それは良いですね。板は貸してもらえると智塚さんがいっていましたし」
「ふふっ、楽しみだな」
 えっちゃん、うっちゃんと呼び合う朝比奈 空(ia0086)と水鏡 絵梨乃(ia0191)は仲良く並んで登り続けた。
 その朝比奈空と水鏡の前を歩いていたのが光奈である。
「に、荷物があると山登りは一気に大変になるのです〜」
 開拓者達に遠く及ばないものの光奈も乾物を載せた背負子を担いでいた。
「少しこちらに。お持ちしましょう」
「た、助かるのですよ」
 休憩の際、朝比奈空が光奈の荷物の一部を引き受ける。
「ボクも持ってあげる」
「ありがたいのです〜〜」
 水鏡も朝比奈空と同じく持ってくれた。背負子が軽くなって胸をなで下ろす光奈であった。
「疲れてないか? よかったらこれを飲むといい」
「東條さん、やさしいのですよ。ゴクッゴクッ‥‥‥‥。ふぅ〜人心地なのです☆」
 心配になったベルナデット東條(ib5223)は光奈に持っていた石清水をあげる。とても美味しそうに飲み干す光奈だ。
 山登りの間、昼食の時だけでなく何度か休憩時間はとられた。
「あ、あれがそうなのですよ〜」
 暮れなずむ頃、光奈が峡谷の向こうを指差す。そこは湯気が立ちのぼる目的の集落地であった。

●温泉
 一行は峡谷に架けられた吊り橋を渡って温泉集落へと辿り着いた。集落は大きくないので温泉宿『ぼかぼか屋』はすぐ近くにある。
「雪の山道、大変じゃったの」
「皆さんごくろさんでした」
 ぽかぽか屋に到着すると光奈の祖父と祖母が出迎えてくれた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。お久しぶりなのです〜♪」
「光奈、元気にしとったか?」
 光奈は祖父母に抱きついて再会を喜ぶ。
 まず光奈の祖父の案内で担いできた背負子の貨物を倉庫へと運び入れた。その後、宿泊部屋に通されて少しだけ休むと開拓者達は光奈に温泉を勧められる。
 さすがに日が暮れた冬山の野外は寒かった。
 玄間北斗とネプは脱衣場から出ると、急いで身体を洗って岩に囲まれた露天風呂へと飛び込んだ。
 温泉は混浴なのだが、玄間北斗の願いで男女時間をずらして入る約束になっていた。
「もし一緒に入ったら見ちゃいけないって判ってても、きっと目が離せなくなっちゃうのだぁ〜」
 玄間北斗は頭の上に手ぬぐいをのせながら顔の半分まで沈んでみる。手足の伸ばすとフワリとお湯に身体が浮く。
「ねぇ、どこから来たのです?」
「武天よ。あなたは?」
 ネプは温泉へ浸かっていた若き娘二人組に声をかける。ネプは水着姿で娘二人組は白い着衣姿だ。そもそも光奈と開拓者達以外にも泊まり客はいるので完全に男女を分けることは不可能である。
 こうなったら仕方がないとネプは考えを切り替えた。
 ちなみにネプがつけていた水着は女物。それにネプの顔立ちは女性っぽい。故に娘二人組はネプを女性だと勘違いしていたがやがて気がついた。当然水着についてをネプに訊ねる。
「はぅ? これです? ちゃんとお店の人にかっこいいのを下さいと言ったのですよ‥‥?」
 真っ赤な顔をしてネプは娘二人に背中を向けた。どうやら店員も女性と間違えたようである。当の本人は男性用と思い込んでいた。
 とはいえネプは娘二人と仲良くなる。温泉からあがったネプは鼻歌を唄いながら念入りに尻尾にブラシをかけるのだった。
 男性陣の入浴が終わると次は女性陣の時間である。
「混浴を恥ずかしがるなんて玄間さんもかわいいのですよ〜♪」
 光奈は露天風呂に肩まで浸かる。
「いいお湯です‥‥。温まりますぅ‥‥」
 ゆったりとした着衣で礼野はお湯を楽しんだ。夜空から舞い落ちる雪を眺めながら。
「とっても気持ちいいです‥‥」
「そうなのです〜。でも寝たらダメなのです。昔、ここでうとうとしてしまって茹でダコみたいに湯あたりしてしまったのですよ♪」
 礼野と光奈は顔を見合わせて笑う。重みに耐えられなくなって枝から落ちてきた雪を二人でかぶったのもよい思い出である。
 風よけの壁に囲まれた小振りの温泉の近くで身体を洗っていたのは朝比奈空と水鏡の二人だ。
「温泉に入るのも久しいですが‥‥心地良いものですね」
「やっぱりお風呂入ったら背中の流しっこしないと」
 朝比奈空と水鏡は最後にお互いの背中を流し合う。
「‥‥どうかしましたか?」
「うううん、何でもないよ、えっちゃん」
 温泉に入る朝比奈空の姿につい水鏡は見とれてしまった。誤魔化すために勢いよく飛び込む水鏡であった。
 人の少ない温泉の隅で雪見酒を楽しんでいたのがベルナデットだ。
「またか‥‥」
 ベルナデットは猪口を唇に運ぶ手を止めた。失明しているはずの左目に赤色が広がる。雪を見ていると稀に起こるのだが、ベルナデット自身にもどうしてそうなるのか確かなことはわからなかった。
(「失われた記憶に関係するのかも知れない‥‥」)
 考え込むベルナデットに近づく誰か。
「どうかしたの?」
 側にいた蒼井御子にベルナデットは一瞬だけ目を見開く。
「何でもないよ。それより、いい湯だな。今日ここに来て良かった」
「それならいいけど。あ、良いもの飲んでる! ボクももらっていい?」
 蒼井御子はベルナデットが持っていた猪口のお酒に興味津々である。岩場のお盆の上にのった徳利にも。
「すごく温まるしー。これって雪見酒ってイウンダヨネ?」
 渡された猪口にお酒を注いでもらった蒼井御子がニコニコ顔で頂いた。ベルナデットもまた笑顔であった。
 全員で山の幸の夕食を頂いた後、ゆっくりしたかった雲母は一人で温泉に浸かる。
「温泉はいいなぁ‥‥温かいのがいい」
 雪が落ちた猪口からくいっと飲み干しては酒を楽しむ。しかしだんだんと手持ちぶさたになり、岩場の上の積雪に興味を覚える。
「あーやめやめ」
 試しに雪玉を作ってみるのだが、その冷たさに放り投げて頭の先まで湯船に沈んで温まりなおす雲母であった。

●雪遊び
 到着の翌日。夜が明けるとそれぞれに道具を抱えて外へと飛び出した。
「これがしたかったのですよ〜♪」
 集落のすぐ近くには雪滑りに適した斜面がある。光奈は上まであがるとさっそく雪ソリに跨った。
「ここは競争です!」
 ネプが光奈の隣で雪ソリに座る。用意ドンで滑り始めて競争が始まった。
 雪煙を舞いあげながら光奈とネプの雪ソリがジャンプ。交差しながら二人が目指すは始まる直前に決めた大木の間のゴール。
 二人ともすごい勢いで突入したものの勝敗はつかなかった。
「あれ?」
「と、止まらないですー!」
 制止した光奈が勢いのまま森の中に突入するネプを目で追いかける。その後、遠くから小さく聞こえるネプの大丈夫の声に光奈は安心する。しかしネプが戻ってきたのは日が暮れてからであった。
 朝比奈空と水鏡は同じ斜面でスキーに挑戦していた。
「まずは傾斜が緩やかところでやってみますね。確か‥‥こうでしたか、中々難しい物ですね」
 朝比奈空は昔を思い出しつつ滑ってみる。板の形をハの字にしてゆっくりと。
「ボクも最初は慣れるようにしないとね。あれ? 止まらない‥‥うっちゃ‥‥‥‥」
 水鏡は一気に滑ってしまったが最後まで転げず済んだ。必死にがんばったおかげでコツが掴めたような気がする。その辺りはさすが志体持ちの開拓者である。
 ベルナデットは『すのーぼーど』と呼ばれる新しめの雪滑りを試していた。
「これはいざとなった時に危なそうだな。どれ」
 ベルナデットは滑りながらわざと転んでみる。
 不慮の事態は開拓者であっても起こりうるものだ。腕や足を折ったら目も当てられないので着地の練習をする。
「丸まって手を付かないようにするのがよさそうだ」
 感じをつかみ取ってから本格的に滑り始めた。
「なかなかのスピード感だ。これは思ったよりも楽しい」
 ベルナデットはわざと体重移動をさせて雪煙を立ててみた。盛り上がった箇所で跳び、一回転して着地をする。次は捻りを加えてみようかと考えていると二人のスキーヤーが追いついて併走を始めた。よく見れば朝比奈空と水鏡である。
 水鏡も迫り上がった雪面を利用して宙に跳ぶ。くるりと捻りをくわえながら見事着地すると、水鏡が笑みを浮かべながら頷いた。
 ベルナデットも次のチャンスに捻りをくわえて空中回転。図らずも回転捻りの競演となった。
 スキーで滑走していた開拓者がもう一人。それは雲母だ。
「さ‥‥寒い‥‥寒いが‥‥遊ぶ‥‥でも寒い‥‥」
 凍えてもスキーで遊ぶのは楽しいのでやめるにやめられない。その解として動けば温かくなると直滑降で滑り続けた。
 一陣の風になって斜面を滑り降りると志体持ちの能力にものをいわせて駆け上る。一番の本気で遊んだのは雲母かも知れなかった。
 別の遊びをしていた開拓者もいる。玄間北斗、礼野、蒼井御子の三人だ。
「さって、今日こそ雪だーっ!」
 蒼井御子は張り切って雪玉を転がして徐々に大きくする。数を用意して組み合わせると雪の彫刻を作り始めた。
「切るべし削るべし彫るべし彫るべしー!」
 蒼井御子はシーマンズナイフを手にして一心不乱に削ってゆく。
「オイラも頑張るのだぁ〜」
 蒼井御子の手さばきを目にした玄間北斗は俄然張り切って雪を転がす。そして完成したのが、タヌキの雪だるま『たれたぬ雪だるま』である。目の回りなどは炭をつかってうまく色分けをする。白黒の垂れ目タヌキの完成だ。
「出来たのだぁ〜」
「狸さぁ〜ん‥‥」
 玄間北斗がもう一つ雪の芝わんこを作り上げた頃、泣きそうな礼野の声が聞こえてきた。
「どうしたのだぁ?」
「かまくらというものを作りたいです。でも雪が足りないんです。中に入っておやつを食べたいんです」
 玄間北斗は真摯に礼野の話しを聞いてあげる。腕を組んで考え込み、しばらくして軒から落ちた雪に振り向いた。
「そうなのだぁ〜。御子ちゃんにも手伝ってもらうのだぁ〜」
「え?」
 意味が分からず玄間北斗を見守る礼野。
 玄間北斗は蒼井御子に話しかけると二人で姿を消してしまう。
 残された礼野は再び泣きそうになるが、玄間北斗と蒼井御子が屋根の雪下ろしを始めるとすぐに理解する。
 落ちてきた雪を礼野は板でパンパンと叩いて強く固めた。そして玄間北斗と蒼井御子が新たな雪を落としてくれる。それを繰り返すうちに大きな雪山が出来上がった。
 玄間北斗と蒼井御子は急いで残りの雪下ろしを終えるとカマクラを作る礼野を手伝う。入り口はなるべく小さめに掻きだして中を空洞にする。
 八割方が終わると蒼井御子は自らの雪像の仕上げをした。柄杓で水を少しずつかけては自然の冷気で凍らせて表面を強固にする。
「ふむー、もふもふ出来ないのが残念‥‥」
 蒼井御子渾身の傑作『もふら像』の出来上がりであった。

●そして
「ありがとうですの♪」
 礼野はカマクラ内の中央に置いた七輪で餅や干し芋、干し魚を焼いて玄間北斗と蒼井御子に振る舞った。甘酒や海と山の幸による鍋物などまだまだある。
「智塚さんのおじいさんが、置いたままにしていいって」
 蒼井御子は餅をくわえてビニョーンと伸ばしながらカマクラの中からもふらの雪像を眺めた。
「後でお爺さんの背中をお風呂で流してお礼をするのだぁ〜」
 玄間北斗は甘酒を頂きながら、たれたぬ雪だるまと雪の芝わんこを鑑賞する。夜の篝火に照らされる雪像は何ともいえない風情があった。
「はい、どうぞですの♪」
「ありがとなのです〜」
 匂いをかぎつけた光奈もカマクラの中で礼野からご相伴に預かる。
「嫁と来たかったな」
 雲母は肩まで温泉に浸かって日中のスキーを思い出していた。
「女将殿、スキーはどうでした? 私はまた今度、知人を呼んで滑りたいな」
「寒いのは嫌いだが、滑るのは楽しかったな」
 雲母に声をかけたベルナデットは一緒に雪見酒を楽しんだ。
「来てよかったですね」
「温泉にスキー、楽しんだよね」
 朝比奈空と水鏡は先に布団を並べて部屋で横になっていた。先に眠った静かに吐息をたてる朝比奈空をしばらく眺めた水鏡である。
 やがて帰りの朝が訪れた。
「連れて帰るのです! 友達なのです!」
 ネプは昨晩のうちに森で仲良くなった狐や狸、兎をこっそりと連れてきていた。とはいえ人の世界では窮屈だからと説得されて置いてゆく事となる。一行が吊り橋を渡る途中、様々な動物の遠吠えが峡谷に響き渡った。ネプへの別れの挨拶なのだろう。
 それから三日目の夕方、一行は無事に安州へと戻るのであった。