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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。李鳳もその中の一人である。 今はもう冬。秋は過ぎ去った頃。 だからといって収穫された実りのすべてが食べ尽くされた訳ではない。一部は保存食へと形を変え、また日持ちする物は人々の胃袋を満たすだろう。 それらの食料品を届ける為、空の運送を担う昇徳商会は大忙しである。 中型飛空船『翔速号』で遠方の地へと物資を運び入れる。帰りに立ち寄った土地で新たな品を預かり、泰国の帝都、朱春に戻る頃には船倉が一杯。などということは、ここのところ普通になっていた。 「昨日は栗ご飯〜。今日はマツタケご飯〜。明日はなんでしょ、なんでしょ♪」 丼を片手に見習いの猫族娘の響鈴は嬉しそうである。 日没後、昇徳商会の一同が船内の一室で食卓を囲む。翔速号は久しぶりに朱春近郊の格納庫内にあった。 「依頼の関係者がおまけでくれる食材でここしばらくは経費も浮いて万々歳ね。しかもどれも美味しいものばかりだし♪」 若き女社長『李鳳』も満足げである。ただ調理担当の響鈴の好みによって天儀本島寄りのメニューなのは気になっていたが。 「ここ最近は特に食べ物関連が多いね。明日はジャガイモだし」 青年『王輝風』もがっつりと頂いてた。 「そうそう明日から三日間の輸送作業、手伝えなくなったの。あたしがここに残って残務を処理しないとならなくて。緊急のお手伝い、雇わなくても平気?」 「依頼は大家族の農家だから現地での積み卸しも手伝ってくれると思う。ま、響鈴もいるし、一人じゃないしね。いざとなっても何とかなると思う」 振り向いた王輝風が李鳳に微笑む。 「そう、ごめんね。二人には手当弾むから」 「やった〜♪」 李鳳と王輝風の会話を耳にした響鈴が両手を挙げて大喜びである。足下にいた黒い子猫のハッピーにお魚を奢ることを約束する程に。 翌朝、翔速号は飛空船基地を飛び立ってゆく。李鳳は残務を解消すべく、机の上で書類と格闘する。 (「いくらなんでも帰って来ないとおかしいわ‥‥災難にでも巻き込まれたのかも」) 翔速号が飛び立ってから五日目の早朝。李鳳は朱藩の開拓者ギルドへと足を運んだ。三日目に戻るはずの翔速号が未だ姿を見せていなかったのである。 遭難したと考えられる翔速号の捜索依頼が貼りだされたのは、それからまもなくの事であった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
壬護 蒼樹(ib0423)
29歳・男・志
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
ラッチ・コンルレラ(ib3334)
14歳・男・シ
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●焦燥 右に流れたかと思えば左に。突然ストンと落下してはジリジリと上昇して持ち直す。 快晴の無風に近い天候に関わらず、李鳳と開拓者八名を乗せたオンボロ中型飛空船・鼠の尻尾号の飛行は危うかった。行方不明の中型飛空船・翔速号と同じ空路で預かり先であったジャガイモ農家を目指している途中である。 乗船の一同は相談の為に狭い操縦室へと集まっていた。 「李さんから教えてもらった旅泰がひいきしている飲み屋で聞いたんだが――」 開拓者の何名かは離陸前に朱春で情報を仕入れてある。羅喉丸(ia0347)によれば、豊穣の季節を狙って食料を奪おうとする空賊も少なからず存在するという。 「僕が各飯店で商人や飛空船乗りに聞いた話によると――」 壬護 蒼樹(ib0423)もつい最近発生した空賊関連の事件を説明する。翔速号が辿ったかも知れない航空路付近のものを抜粋して。 出発の朱春、預かり先の農家、届け先の商家を基点として地図に航空路を書き足す。そこに二人が調べてきた事件のあらましを追加した。 「アニー、アヤカシや乱気流等で不時着したならば、地上の樹が倒れるなと被害が確認できる筈」 腰を下ろしたモハメド・アルハムディ(ib1210)は床下にある小窓から外を眺めながら話し合いに参加する。 「事故、故障、アヤカシや空賊による襲撃のどれかだな‥‥。または李鳳も知らない事情が出来たのかもしれないが。何にせよ無事でいてくれれば良いのだがな」 「そうね。今の時点ではあらゆる可能性を捨ててはいけないわね」 将門(ib1770)の考えに操縦桿を握る李鳳がこくりと頷いた。 「連絡が取れないだけならいいのじゃが‥‥」 左舷にある椅子にどっしりと腰掛けて遠くを眺めていたのが朱鳳院 龍影(ib3148)。有用な情報が手に入るまでは翔速号の航空路をなぞりながら周囲の確認を行うしか手はなかった。 「地上に降りて探す時に合図を決めておこう」 鉄龍(ib3794)は狼煙銃を全員に手渡す。事前に自分の狼煙銃を見せながら役立つと李鳳を説得したのである。代金は李鳳持ちなので使わなければそのまま翔速号の備品になる。ちなみに羅喉丸が望んだ望遠鏡も買い求められていた。そちらも今後、翔速号の備品になるはずだ。 「しばらく晴れね。といってもここら辺だけだから遠くはどうだかわからないけど」 あまよみで知った天候を報告すると、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は上半身を卓に突っ伏させた。 「それじゃあボクは外で確認するね」 ラッチ・コンルレラ(ib3334)は見晴らしのよい甲板へ向かうために梯子を登り始める。 「めんどーな話よね、消息不明なんて。‥おまけにこんな船しか用意してくれないし‥」 卓に片頬をくっつけながら鴇ノ宮はポツリと呟く。 依頼提示の時点からわかっていたとはいえ、鼠の尻尾号の性能は非常に低かった。遅い上に姿勢制御は非常にデリケートで扱いにくい。輸送で忙しいこの時期、まともな飛空船はすべて出払っていてこれしか借りれなかったのである。 鼠の尻尾号に無理させるのは無謀の極まりで、二重遭難を防ぐ意味でも夜は飛ばせられなかった。 近くに人家がある町や村付近に着陸し、数人の開拓者は調査に向かう。空賊やアヤカシに関するこれといった情報は手に入らない。わかったのは翔速号が上空を通過したと思われる日、風が強かった事ぐらいだ。 李鳳が町の風信器で朱春の知り合いと連絡をとってみたが、やはり翔速号は格納庫に戻っていなかった。 夜が明けて二日目。 離陸した鼠の尻尾号はよろよろと飛び続ける。翔速号が不時着していないか地表を見張り続けながら。 「ほら差し入れ。これなら操縦しながらでも食べられるだろ」 「ありがとう」 鉄龍は温めた肉まんを寝不足気味の李鳳に差し入れる。目の下のクマがそれを物語っていた。 「お腹空かせていないかな。みんな‥‥」 「予備の食料は載せていなかったのか?」 「まだ大丈夫だと思うけど‥‥。ただぎりぎりであるのは間違いないわ」 少しの間、鉄龍は李鳳の話し相手となる。 これといった状況を発見できずに太陽は沈む。再び降りて一晩を過ごし、朝を待って上昇する。 三日目の暮れなずむ頃、鼠の尻尾号はジャガイモ農家の敷地に着陸するのだった。 ●手がかり 「うちのジャガイモは兄ちゃんと猫耳の姉ちゃんが受け取っていったよ。そうかい、そんなことになっとったのかい」 「仕事を受けておきながらすみません。受け取った品に何かあった場合はこちらで保証しますので――」 ジャガイモ農家の家に向かった李鳳は平謝りで主人に事情を説明する。その上で翔速号の行方に関連する情報がないかを訊ねた。 「う〜ん。この近辺じゃアヤカシの話はあんま聞かねぇな。もっとも飛空船ってのはひとっ飛びで遠くへ行くもんだから参考になるかはわからんけど。空賊はたまに耳にするがな。不作で食い扶持にあぶれたもんがやっとるらしいぞ」 主人はあまり李鳳を責め立てる事はせずに情報を提供してくれる。開拓者達は少し離れた場所で李鳳と主人のやり取りを聞いていた。 (「事故、事件が起きたとすればここから先ですね。気を引き締めていかないと」) 壬護蒼樹は腰に下げた小さな袋を触る。遭難した二人と一匹がお腹を空かせているといけないと思い、お粥用の米が入った袋を肌身離さず持っていたのである。 夕食時、李鳳と開拓者達は農家主人の妻が持ってきてくれたジャガイモ料理をつつきながら明日からの捜索をどうするか相談した。 少なくても朱春からジャガイモ農家に至る航空路で翔速号は墜落していないと考えてよかった。問題なのはここから届け先となる商家へ向かう航空路途中である。途中で大きく逸れてなければの条件付きではあるが。 「アヤカシも引き続き警戒するとして、空賊に翔速号が襲われた可能性が高まっているな。このボロボロな飛空船で捕捉されると何かと厄介だ。これまでよりも空の警戒を強める必要がありそうだ」 将門の意見に反対する者はなく、地表と合わせて空中の監視強化も役目として加えられた。 鼠の尻尾号はわずかに夜空が白んだ時点で飛び立つ。二人と一匹の安否が心配でならなかったからだ。 「空賊が来たら逃げられないね。現れたらすぐに報せないと」 ラッチは腰に命綱をつけて甲板に座りながら雲の向こうを望む。 「遭難した相手が先にこちらを発見する場合もありうる。その時には何かしらの合図を出してくるはずだ‥‥」 羅喉丸は望遠鏡で地表を眺め続けた。 ちなみに鼠の尻尾号の船底には昇徳商会の社章と秋刀魚の絵が描かれた布が張られてある。王輝風や響鈴が見かけた時、即座に救援の飛空船だと気がつくように。 (「猫族の見習いがそわそわしていたとか。農家に辿り着く途中ですれ違った飛空船に嫌な気配を感じたといっていたらしいけど」) 操縦室の片隅で頬杖をつきながら窓の外を眺める鴇ノ宮はジャガイモ農家の子供の話しを思い出す。憶測だが、そのすれ違った相手が一般の飛空船に偽装した空賊ならば非常に筋が通っている。 「アニー、竜巻で倒れた木は見つかりませんね。異常気象の噂もないですし――」 モハメドは窓から身を乗り出して首を大きく振って大地を見渡した。念のために命綱はつけてあるので船が揺れても大丈夫である。何者かから襲撃を受けて待避したのではとモハメドは心の中で呟く。 「故障や事故、災害に巻き込まれたのではなく襲撃されたとすれば‥‥翔速号を操縦していた輝風とやらはどう動くと思うのじゃ? おぬしは」 同じ操縦室にいた朱鳳院は李鳳に訊ねてみる。 「翔速号に戦闘力はないに等しいわ。何丁か護身用の鉄砲を載せている程度だから、本格的な武装をした空賊に対抗出来るはずもない。輝風なら翔速号の速度と機敏さを生かすと思うけど、それが出来ない状況かも知れないし――」 朱鳳院と話す李鳳の目は真っ赤に腫れていた。 ●翔速号 「アーヒ、あれは!」 モハメドは最初、猿が木に登っているのかと勘違いをする。しかし目を凝らして見れば人。猫族の響鈴が高い杉の木の天辺で手を振っていた。 しかし森の上空で辺りに着陸出来そうな空き地は見つからなかった。 「時間が惜しい」 そこで鉄龍が船底から垂らした縄にぶら下がり、響鈴を片腕で掴まえて強引に乗船させる。 「まだ空賊が狙っていて空を徘徊していては危ないんです! は、はやくあっちの方角へ向かってください〜」 操縦室に現れた響鈴は再会の挨拶よりも早く船の移動を李鳳に願う。詳しい話は後回しにして李鳳は響鈴を信じ、鼠の尻尾号を移動させた。 そこは一見しただけでは木々の枝葉が伸びる平坦な森の一部だが、よくよく見れば上部こそ狭いものの底が広い窪地になっていた。 「ここに隠れていたんだね。あれ? 翼が壊れているのかな?」 甲板に座ったままのラッチは降下中に落ち葉などで擬装された翔速号を発見する。 「輝風!」 「鳳!」 着陸して再会した李鳳と王輝風。王輝風は李鳳に抱きつかれたかと思えば怒られたりとどう対処したらいいのかわからない様子だ。 「助けに来てくれてホント〜に助かった‥‥あうっ〜」 ハッピーを抱える響鈴の腹の虫が鳴り響く。 「まずはお腹を何とかしましょう。少しだけ待ってください」 響鈴に微笑んだ壬護蒼樹は翔速号の炊事室でお粥を作り始めた。翔速号の食料は底をつきかけていたが、商品のジャガイモには手をつけずに頑張っていたようだ。その他の食材も鼠の尻尾号から持ってくる。 森でキノコなどの食料探しはしてみたのかと訊ねてみると、その方法があったと響鈴が外へ飛び出そうとした。怪しいキノコがあるかも知れないので、やめたほうがいいと止める壬護蒼樹だ。 王輝風、響鈴、子猫のハッピーが食べ終わるのを待ってから詳しい事情を聞く。 農家からジャガイモを預かった後、空賊の飛空船二隻に狙われたのだと王輝風は説明する。砲撃で安定翼をやられてしまい、何とかこの場所に隠れたのだと。 「修理できるのか? その安定翼は」 「はい。補修用の材料は持ってきて頂いたので、みなさんに手伝って頂ければ半日もかからずに」 将門の質問に王輝風は強い眼差しで答えた。 「とにかく無事でよかった」 「ほんと助かりましたです。ありがとうございます」 羅喉丸に響鈴は何度もお辞儀をする。 「まあ、困った時はお互い様だ」 見張りに出かけるといってその場を後にする羅喉丸だ。 さっそく安定翼の修理が開始された。修理が得意ではない者は周囲の警戒と夕食作りを任される。 二度ほど窪地上空を飛空船が通過した。王輝風によれば空賊の飛空船だという。 まだ翔速号の貨物をあきらめていないのか、もしくはこの空域が奴らの根城なのかも知れなかった。 日が沈む頃には作業は完了する。本来なら試験飛行をしたいところだが、危険地帯なので脱出時のぶっつけ本番となる。 この日、李鳳は久しぶりにぐっすりと眠りに就くのだった。 ●脱出 「いまのところ、邪魔者はいないわね‥‥」 五日目。鴇ノ宮は鼠の尻尾号の甲板に寝ころびながら両手で持った望遠鏡で上空を見渡す。その声は近くの伝声管によって操縦室の李鳳に届いた。 「ここからが大変じゃ」 翔速号へと乗り込んだ朱鳳院は篭手で覆われた右拳で左の掌を叩く。 翔速号は修理されたものの、鼠の尻尾号の遅さは素の性能なのでどうしようもない。そこで翔速号が囮となって先に鼠の尻尾号を逃がす作戦が採られる。 遭難時の二の舞いになりそうだが此度は頼もしい開拓者達がいる。翔速号の運動性能と開拓者達の戦闘力があれば十分な勝算があった。 翔速号と鼠の尻尾号は同時に上昇する。警戒しながら飛んでいると空賊らしき飛空船が視界に入る。 事前の相談通りに鼠の尻尾号は先を急いだ。翔速号はわざと空賊らしき飛空船に近づいてみる。その際、モハメドがブブゼラを吹いて位置を知らせた。 相手から発砲されたのを確認したところで王輝風は空賊飛空船・壱と定める。甲板で待機していた遠隔攻撃の術を持つ一同は一斉に放つ。 壬護蒼樹は白弓。 羅喉丸はレンチボーン。 朱鳳院は弓「緋凰」。 ラッチは鳥銃「遠雷」。 響鈴は翔速号に載せてあった銃。 狙うは空賊飛空船・壱の安定翼。すれ違う頃には空賊飛空船・壱の左舷安定翼が根本から千切れた。同時に姿勢を崩して妙な回転運動を始める。 飛んできた安定翼の破片は将門と鉄龍が刀技で弾いてくれて翔速号に損傷はなかった。 遅れて空賊飛空船・弐が合流するものの、仲間の救出活動を優先して追っては来ない。翔速号は鼠の尻尾号に追いついて危険空域を離脱する。 翔速号はジャガイモの納品の為に商家を目指す。鼠の尻尾号は安全を考えて先に朱春に帰投した。 遅くなりながらもジャガイモを納品した翔速号は危険空域を迂回して農家に立ち寄る。届け終わったと報告すると農家の主人は遅れた件を不問にしてくれるのだった。 ●そして 何名かの開拓者は朱春に戻ると出発前に世話になった店を回った。情報を教えてくれたお返しとして空賊が出現する危険空域の位置を伝えたのである。 鼠の尻尾号は貸し出しの期間を終えて返還。 翔速号は壊されたのが行方不明の原因とはいえ、念のために再整備が行われる。精霊門が稼働する真夜中まで時間があるので、こちらも何名かの開拓者が整備を手伝ってくれた。 「一時はどうなるかと思ったわ。本当に、本当にありがとう」 李鳳は涙目で開拓者達に頭を下げる。 泰国料理の飯店でお腹一杯に遅い夕食を食べてから、開拓者達は神楽の都への帰路に就くのだった。 |