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■オープニング本文 ある所ある時のノルマン王国パリ。剣と魔法が象徴の世界である。 この石造りの建物が並ぶ街には様々な問題を解決する施設があった。その名は冒険者ギルド。 デビルやモンスターと戦う場合もあるが、日常の生活に関わるのんびりとした依頼もそれなりに多い。 そんなのんびりとした依頼を扱っていたのが受付のシーナ・クロウル。現在十八歳の笑顔が似合う女性であった。 昼下がりの冒険者ギルド。シーナが昼食をとっていると休憩室のドアがゆっくりと開いた。 「あ、ゾフィー先輩なのです。こんにちは〜」 「シーナ、元気にしてた? でもそろそろ先輩はやめてね」 「わたしにとってゾフィー先輩はずっとセンパイなのですよ☆」 「もう、シーナったら」 ゾフィーは元冒険者ギルド嬢でシーナの先輩にあたる人物だ。今は騎士のレウリーと結婚して幸せな生活を送っていた。懐かしくなるのか、たまにこうやって冒険者ギルドを訪れる。 「やけにうれしそうね。いいことあった?」 「もうすぐなのですよ〜♪ ほら新しい月道が開通していろんなものが送られてくるでしょ? それらを扱った市がようやくパリで開かれるのです〜」 シーナは口に含んだパンをゴクリと飲み込んだ後で矢継ぎ早に答える。月道とは一瞬で長距離を飛び越えられる不思議な出入り口の事だ。 「そうなのね。前に外洋を目指した船、どこまでいっても地平線ばかりの大陸に辿り着いたとか。着いた先でパリに繋がる月道が見つかるなんてすごいわね」 「噂では元々天使様のお告げがあったみたいなのですよ。月道が向こうにあるから何とかしなさいって。船を建造して旅立たせたルーアンの領主、ラルフ様が夢で見たとか。でも辿り着くには荒波にもまれて大変だったと思うのです〜」 「そういえばレウリーもそんな事いってたような‥‥。それにしても興味引かれるわ。新大陸の品々なんて」 「そうなのですよ。ゾフィー先輩! ぜ〜ったいに美味しいものがあるのですよ♪」 「‥‥‥‥シーナ。やっぱり注目するのは食べ物なのね」 嬉々としているシーナの姿にゾフィーがため息をついた。 「これでいいのですよ♪」 ギルドの仕事が終わって帰宅したシーナは家の外壁に張り紙をする。それは『市で手に入れた新大陸の食材を使って料理を作りましょう会』の募集であった。 |
■参加者一覧
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
日御碕・神音(ib0037)
18歳・女・吟
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
ハティ(ib5270)
24歳・女・吟
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●ぽかぽか日和 快晴のパリ。 シーナ・クロウル宅に集まった一同はさっそく出かける。市が開かれたコンコルド城前の広場はたくさんの人々で賑わっていた。 「はう〜、人でいっぱいなのですよ〜」 「迷子になったら大変なのです☆」 日御碕・神音(ib0037)のもう一つの姿、リアエンデはシーナの前でキョロキョロと辺りを見回す。パリの民はもちろん遠方からも人が集まっているらしい。 「私もお料理に挑戦するつもりなのですよ〜」 「おおっ! 負けられないのです〜」 リアとシーナは互いの細い腕を絡ませて健闘を称え合う。 「色々、変わった物があるのですねぇ‥‥。これなんかは毛むくじゃらで、食べ物にも見えませんね」 「どれどれ‥‥ホントなのですよ。ふむ‥‥似合うのです?」 セシル・ディフィール(ia9368)から受け取った食物をシーナは口元に当ててみた。すると教会で語られているサンタクロースのようにも見える。 「シーナさんは相変わらずですね。では私も」 「おお、一緒にサンタさんなのです♪」 セシルもシーナと同じように毛むくじゃらの部分で口を被う。思わず吹きだして笑うセシルとシーナ。店主に聞いて初めて判明するが、それは『トウモロコシ』という食べ物であった。 「はじめてみる食材ですね‥‥はう、これなんか真っ赤です。これホントにお野菜なんですか?」 「うぉ〜まっかっかなのですよ〜」 日御碕・かがり(ia9519)のもう一つの姿、鳳双樹は真っ赤に熟したこぶし大の実をシーナと一緒に眺める。 (「もしかして生でもいけるかも?」) アーシャ・エルダー(ib0054)も真っ赤な実が非常に気になっていた。興味は一気に膨れあがり、店主に代金を支払って真っ赤な実を囓ってみる。 「はう?! アーシャさんいきなりかぶりついたりして大丈夫なんですか?」 「すすすっ‥‥すっぱいです!」 鳳双樹に答えるアーシャは眉間にしわをよせて目を閉じる。とはいえ独特の味に惹かれたのも確かだ。強烈な酸味を知りながらも、もう一口と食べずにはいられなかったアーシャである。 「これ、なんていうのです?」 「赤いそれは‥‥誰がいっていたか忘れたが確か『トマト』っていうらしいぞ」 シーナに店主があやふやな知識で返答した。新大陸からやってきたばかりの食材なので所によって呼び名が違うという。いずれしっくりとこないものは淘汰されるのだろう。どう使うかは深く考えずにまずは購入してみる。 「これと‥‥これですね。うっ‥‥」 「重いので一人では大変ですよ。さあ、こっち側は私が持つので。せいのぉ〜でぇ!」 購入した品物が詰まった袋を秋霜夜(ia0979)は一人で担ごうとした。アーシャが手伝ってシーナの愛馬『トランキル』の背へとくくりつけられる。 (「よい香りと甘みがあるものはどれかしら? 甘さと合わさるとよい感じになるものでも‥‥」) シーラ・シャトールノー(ib5285)は棚に収まった食材を前屈みで覗き込む。お菓子屋『ノワール』をより繁盛に導くべく食材を探し求めた。 「もしかしてバニラビーンズとカカオ豆?」 「お客さん、いい眼力しているね。いや、いい鼻かな」 シーラの目に留まったのが二種類の豆。店主が話す豆の特徴はアトランティス経由でやってきた天界人から聞いた話に酷似していた。さすがに店主は使い方まで知らなかったようだが、シーラのメモにはレシピが残っている。 「よい香りがする‥‥」 明王院 月与(ib0343)もバニラビーンズに興味を持つ。そこで多めに買い求める。 「あれ? これとこれってお芋かな?」 月与は別の屋台で見知らぬ芋を手にとった。屋台の棚には白黄色と紅色の二種類が並べられていた。 「通りすがりのジャパンの人がジャガイモとサツマイモとかいってたな。ま、イモに違いはないだろう」 ここの店主も絶好調のいい加減さである。 「構わず買い物を楽しんでください」 買い物袋は十野間 修(ib3415)が担いでくれる。頷いた月与は十野間修に寄り添いながら仲間達へ追いついた。 (「新大陸の食材も大切だけど、やっぱりシーナといえばお肉よね♪」) ファリルローゼ(ib0401)のもう一つの姿、ルネ・シュストは肉屋を探す。いくら新大陸の品々が並ぶ市とはいえ地産食材も扱っているはずだと。 「あの角を曲がった辺りだ」 フェンリエッタ(ib0018)のもう一つの姿、ラルフェン・シュストは妻ルネの手を取って肉屋までを道案内した。いわずにわかるラルフェンに少々びっくりしたルネである。 (「あのトマトとかいう食材‥‥」) そんなシュスト夫婦の様子を目の端に置きながらハティ(ib5270)はレストラン・ジョワーズに勤めているティリアを思い出す。彼女ならこれらの新食材を使って素晴らしい料理が作れるのではないかと。 ジョワーズに寄ってみよう考えるハティだが、ふと振り向くと見覚えがある背中に釘付けとなる。 「もしかして‥‥」 「ん? あ、ハティさん!」 石のベンチに座っていた背中の持ち主は少年ベリムート・シャイエ。ベリムートは新大陸発見を成し遂げた船乗りの一人である。彼を知るシーナの知人友人は多く、久しぶりの再会に涙ぐむ者までいた。 「元気にしていた? け、怪我はどこもない?」 「平気、平気。もうこっちに戻ってきて何ヶ月も経っているし。心配性だな、ルネさんは」 特にルネはベリムートに抱きついて離れない程である。 「ラルフェンさん、ただいま」 「お帰り、ベリムート」 見上げるベリムートにラルフェンは頷く。 長い航海を経てきただけあってベリムートは初冬だというのに日焼けを残して黒々としていた。少年と青年の狭間といった印象で以前よりたくましい姿である。 「新しい食材が手に入ったのもベリムートさんのおかげなのですよ♪」 シーナが屈み、ルネに抱きつかれたままのベリムートに笑顔を近づける。 「船で頑張ったみんなのおかげさ。俺一人じゃ何にも出来なかったし」 新大陸の食材を使った料理パーティにシーナが誘うとベリムートは二つ返事だ。話題がコリル、クヌット、アウストの三人に及ぶとリアと月与の口が同時に開く。 「今日の会のこと、アロワイヨー様宛にお手紙をだしておいたのですよ〜」 「アロワイヨーさんとミラお姉ちゃんの護衛としてアウストさんとコリルさんなら‥‥。来て欲しいなって手紙に書いておいたし♪」 リアと月与の言葉にベリムートは拳を握りしめて喜んだ。港町オーステンデのクヌットとは再会を果たしていたのだが、コリルとアウストとはまだであった。 「クヌット、槍の腕がものすごくあがってたんだ。俺も剣の腕で負けていないけどね」 幼なじみについてベリムートはとてもうれしそうに話す。 さらに食材を買い集めた一同はシーナ宅へと戻る。準備をしている間にも新たな顔が増えた。 「お言葉に甘えてきちゃいました♪」 ジョワーズに寄ったハティが料理人のティリアを連れてきた。 「お久しぶりです。必要かも知れないと思ってこちらを」 川口花も訪れる。馬トランキルを再び預かってもらう際にシーナと月与が誘ったのである。 夕方のパーティに向けて本格的な調理が始まるのだった。 ●腕まくりのセシル 「なんていうのです? この濃いオレンジの大きな実」 「シーナさんが他の人と話している間に、こっそりと買ったものですよ。店主は『カボチャ』とかいっていたような」 セシルの目の前に置かれたカボチャをシーナがノックをするように叩いてみる。すると硬質な音が返ってきた。 「さて、硬そうなので腕の見せ所です。危ないですからシーナさんは少し下がっていてくださいね」 包丁を手にしたセシルは腕まくりをしてカボチャに対する。エイッとかけ声と共に真っ二つだ。 「中は黄色いのですよ〜。種もたくさんあるのです〜」 「中身は柔らかそうですね。これなら考えていたパンが作れそう」 シーナもスプーンを使って種取りを手伝う。セシルは適当な大きさまでカボチャを切り分けると茹で始めた。十分な柔らかさになったところで取り出す。 「綺麗な黄色‥‥うん。甘みがあっていけそうですね」 「これは面白い食感なのです〜♪」 味見を終えたところで皮をそいで中身を潰して練状にする。続いて小麦粉などの食材を混ぜて器に収める。まずは一つだけ蒸してみてシーナと試食だ。 「しっとりと舌触りがとてもよいですね」 「あ‥‥もうなくなっちゃったのです」 二人で分けたのでそれぞれ一口か二口で食べ終わってしまう。だが味は確かであった。自信を持ったセシルは軽やかに調理を続ける。 「こちらはひとまず置いといて飾り付けをしましょうか、シーナさん」 「聖夜祭に負けないぐらいにするのですよ☆」 残りの全部を蒸すつもりのセシルだが夕食まではまだ余裕がある。シーナと共に部屋の飾り付けや仲間の作業を手伝うセシルであった。 ●笑顔のリア 「むむむ〜、けっこう大変なのです〜。はう〜〜」 炊事場の片隅でリアが懸命に回していたのが石臼。購入した天日干しのトウモロコシの粒を粉にしようと奮闘である。 「お手伝いするのです☆」 「し、シーナ様、助かるのですよ〜」 シーナが交代するとバタンキュ〜と壁に寄りかかるリア。とはいえ少し休むとシーナと一緒に石臼を回し続けた。 「これで何を作るつもりなのです?」 「このトウモロコシの粉を使ってパンを焼いてみたいと思うのです〜。き〜っと美味しいのができるのです〜♪」 ようやく使う分の粉が挽き終わったところで本番の調理が始まる。 「小麦粉ととうもろこしの粉と〜その他いろいろ合わせて〜牛乳を入れて〜♪」 「はいはい〜♪」 歌いながら混ぜてゆくリア。それに合わせてシーナが材料を器に入れてくれた。 「あとはオーブンに入れて焼くのです〜」 リアは自信満々でトウモロコシパンの生地をトレイに並べた。そこに根拠はないのだが‥‥。器に入れたり皮状にしたものなど形は様々だ。 「熱はもう充分なのですよ〜」 「ありがとなのですよ、シーナ様」 シーナがオーブンの余熱状態を確認してくれる。熱さに負けずにリアが次々とトレイをオーブンの中に入れてゆく。 「双樹ちゃん、私にも味見させて下さいなのです〜♪」 焼けるまでの間、リアは鳳双樹の側に寄り添う。味見をしたり手伝ったりしながら。その時間はリアにとって至福なものであった。 ●ジャパンの鳳双樹 (「やはりジャパン人ですし、お味噌汁やお漬物に合う何かを‥‥」) 卓に並べられた新大陸の食材を前に鳳双樹は口元に指を当てて悩む。多めに購入していたのでどの食材を選んでも仲間に迷惑をかける事はないのだが、問題はジャパンの代表的な調味料である味噌や醤油に合うかどうかである。 「根野菜なら煮込んでみても大丈夫‥‥かな?」 まずはジャガイモやサツマイモの皮を剥いて味噌を基本に煮てみる。火が通るとリアに頼んで味見をしてもらった。 「と〜っても美味しいのですよ〜♪♪ ジャパン風なのですね。ホクホクするのです〜」 「ホント? よかった♪」 さらに詳しく味の感想をリアから聞いた鳳双樹は、もう一度買い物に出かけた。イモ類と合いそうな鮭を購入するとシーナ宅に戻って本格的な鍋作りに挑戦する。 途中、リアが焼き上がったばかりのパーティ本番用のトウモロコシパンを鳳双樹に持ってきた。 「このパン、甘くてとっても美味しい。どんな風に作ったのですか?」 「トウモロコシなのです〜。牛乳も入れたりしたのです〜」 鳳双樹とリアは微笑みながらパンを楽しむ。 「お漬け物に出来そうなものは‥‥」 鍋はよい感じに仕上がりそうだが、どうにも漬け物によさそうな食材は見つからなかった。その代わりに鳳双樹は生野菜の盛りつけを考える。 「そうだ!」 リアがパンをトウモロコシから作ったのをヒントにして鳳双樹は閃く。生のトウモロコシを茹でて甘みを出して粒をはがして盛ってみる。トマトも丸ごとでなく他の食材と一緒なら美味しさが引き出せそうだ。生でも苦くない葉野菜も足してみる。 かける調味ダレは醤油に酢を足して胡椒も入れておく。ゴマ油も足して出来上がりである。 「きっとみ〜んな大喜びなのですよ〜♪ う〜ん、美味しいのです〜♪」 「よかった♪ たくさん作っておこうっと」 試食してくれたリアに手を合わせて喜ぶ鳳双樹。調理が終わると部屋の飾り付けをしていたシーナとセシルを手伝う二人であった。 ●アーシャ一直線 秋霜夜 「霜夜さんのお母さん、元気にしてます? あとで遊びに行きますからね」 「とっても元気です。きっと喜びます」 アーシャと秋霜夜は卓に並べられた食材を眺めていた。 「これは‥‥生ではむりそう」 どの食材も一通り生で囓ってみて調理法を考えるアーシャ。酸っぱいとはいえ切り分ける大きさとかける調味タレのいかんによってトマトは生でも食べられそうである。だが殆どの食材はそうはいかなかった。 「う〜ん‥‥‥‥」 アーシャは腕を組んで一所を回り続けた。その様子を秋霜夜はおとなしく眺め続ける。 「焼きましょう! とりあえず焼いてみるのが一番です!」 調理法が決まったところでアーシャは新大陸の食材を洗う。秋霜夜は暖炉に火を熾す。焼きやすいように網も用意して。 「野菜切るなら包丁よりも剣のほうが‥‥」 「ええっ!」 大きすぎるサツマイモを前にアーシャが剣を抜くと、秋霜夜が出した両手を上下させながらあたふたする。 「冗談ですよ〜」 「ほっ‥‥」 アーシャが剣を仕舞って包丁を手に取ると胸をなで下ろす秋霜夜である。 網の上に切った新大陸の食材がのせられてゆく。さすがにそのままでは味気ないので様々な調味料も用意されていた。 「強すぎてまっくろこげにならないように‥‥」 秋霜夜はパタパタと団扇で風を送りながら火力を調節する。 「うわぁ、美味しそうな匂いがしてきましたよ。醤油を塗りこんでみましょうか」 アーシャは花が持ってきてくれた醤油をトウモロコシに塗ってみる。すると醤油が焦げる香りが室内に漂い始めた。 「な、何なのです〜。こ、こここここの美味しそうな匂いは?」 ドタバタと駆けつけたシーナが唾を飲み込んだ。しばらくしてトウモロコシが焼き上がる。 「この甘みはクセになりそうです。アタリですね!」 「本当に美味しい‥‥。さらにバターをのせてもいいですね」 アーシャと秋霜夜は焼きトウモロコシの甘みに自らの頬を押さえて笑みを浮かべる。 「と〜っても美味しいのです〜」 シーナは瞳をまん丸くして一気に食べ終わった。 その後、焼き上がったサツマイモにはバターが合うのがわかる。焼くと美味しいものを厳選し、パーティに間に合うように頑張るアーシャと秋霜夜であった。 ●シーラのお菓子 秋霜夜 (「明王院さんが使う分もまとめて作っておくわ」) ナイフを手にしたシーラはバニラビーンズの鞘に切れ目を入れる。まずは小さな実を取り出した後で牛乳に漬けた。 天界にあるという真っ白な砂糖はさすがに手に入らなかったので、独自に精製した茶色味がある程度薄くなったものを使用する。砂糖を加えて牛乳を煮込むのだが沸騰させないように気をつけた。最後に濾しとって上品なバニラの香りを持つ牛乳の出来上がりである。 「この牛乳を使えば本物が完成するわ」 ワクワク感を胸に秘めるシーラは、バニラ牛乳の一部に卵白と適量の小麦粉を混ぜながらじっくりと煮込んだ。そして出来上がったのがクレーム・パティシエだ。 (「いい感じだわ」) 試食してみたシーラは手応えを感じる。甘みと食感、何より突き抜けてゆくようなバニラの香り。ついに手に入れたとシーラは手のひらを握る。 先に用意した生地が膨らんだ形で焼き上がった。ここでアーシャのところが一段落した秋霜夜が手伝いに入る。 シーラは焼き上がった生地の一部を切り取り、さらに生クリームを用意する。秋霜夜は袋に詰められたクレーム・パティシエを手に取った。 (「とてもいい香りが立ちのぼってきます‥‥」) 秋霜夜は涎を垂らさないように気をつけながら適量のクレーム・パティシエを生地の中に詰めてゆく。さらに生クリームも加えられてシュークリームの完成だ。 「あと少しだけ待ってね」 瞳をうるうるさせてシュークリームを眺めている秋霜夜にシーラは一声かける。すでに炒られたカカオ豆を挽く作業を秋霜夜に頼んだ。粉状のカカオをバニラビーンズ入りの牛乳と合わせて煮詰めて砂糖で甘みを調節する。こうして出来上がったのが飲むチョコレートである。 「さてお味は‥‥」 「いっただきますー」 シュークリームと飲むチョコレートをシーラと秋霜夜は試食する。それは甘味のパラダイス。まるで天使が体中を駆けめぐるような。 少々の修正を加えながらシーラはパーティ用の本番を作り始めた。シュークリームと飲むチョコレート、それにノワール定番のシフォンケーキも。ついでにトウモロコシを使ったスープも考えつく。 秋霜夜はシーラとアーシャの二人を手伝うのだった。 ●創意工夫の月与 十野間修 「何に似ているかといえば‥‥里芋かな? やっぱり」 月与はとりあえずジャガイモの皮を包丁で剥いてみる。考えていたのは里芋の煮っ転がしのジャガイモ版。甘辛い醤油を基本とした汁が染みこめばそれなりの味になるだろうと踏んだのである。 「どう?」 「悪くはないけど足りない気も。それが何かと聞かれるとわからないのだけど」 十野間修の試食の意見を聞いて月与は首を傾げながら鍋の中を覗き込んだ。 「よし! こうなったらシーナさん好物の豚肉も入れちゃえ」 醤油味に豚肉がよく合うのは以前の体験からわかっている。月与は豚肉を適当な大きさに切って作り直す。 「今度のはとても美味しいです。何故か郷愁を誘いますね。特に男性が好みそうな味に仕上がっていますよ」 「ホント! よかったぁ〜」 十野間修の笑みに月与は嬉しそうに手を胸の前で合わせた。 さらに月与の挑戦は続く。 ティリアからもらったジョワーズで使われているチーズで作ったのがジャガイモ入りのグラタンである。とろけたチーズにホクホクとしたジャガイモがとても合っていた。 もう一つ月与が考えたのは卵と牛乳を基本としたプリンだ。牛乳にはシーラがくれたバニラ風味のものを使用する。砂糖を煮詰めたカラメルとプリン液を型に入れてオーブンへ。 「とっても助かるよ。ありがとう、修」 仕上げとして使った保存庫は冷却の魔法で十野間修が用意してくれたものだ。最後に冷やして完成。バニラの香り高い逸品のプリンに仕上がる。 (「アロワイヨーさんとミラお姉ちゃん、来てくれるかな? それにデュカスさん達も」) 月与は事前にエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』の店長ワンバにも連絡済みであった。 ●和気藹々 ハティ ルネ ラルフェン 「シーナにはやっぱり特大の丸焼肉よね♪」 ルネが用意したのは豚の丸焼き。切り取った脂を各部に詰め直し、塩と胡椒をよく擦り込む。 豚を回転させる軸として鉄棒を刺してくれたのはハティとラルフェン。熱がよく通るようにそれ軸以外にも何本か鉄棒が通される。 ハティがシーナ宅の庭で薪を組んで火を熾す。豚は火を跨いで地面に刺された二本の杭の間に取り付けられる。回す作業はラルフェンが引き受けてくれる。 「お子達にお土産? では張り切りませんと」 「さっき調理場を覗いたら、みんなすごいの。目移りしちゃうほど」 ハティとルネは使い終わった調理道具の片づけをする。 後は焼くだけの豚の丸焼き肉はルネとラルフェンに任せ、ハティはティリアがいる調理場へと向かう。まもなくハティと入れ替わるように肉の匂いに誘われたシーナがルネとラルフェンの元を訪れたという。 「どうかしましたか?」 「ちょうどよかった。一緒に悩んでくれる?」 新大陸の食材を使ってスパゲッティを作るつもりのティリアだが、まだ具体的にどうするのか考え中であった。ハティはティリアと一緒に生と茹でた状態の新大陸の食材の味を確かめる。 「ジャガイモやサツマイモは土付き‥‥根菜だろうか。トマトは果物のようで綺麗だな‥‥」 ハティとティリアは試食に勤しむ。ちなみにカボチャを切ろうとした時、ハティはかなりの苦労をする。息が途切れるほどに。 結果、ハティとティリアが選んだのは熱を通したトマト。とはいえ餡として麺に絡める方法はたくさんある。何通りかが試された。 「助かるわ」 「ありがとう‥ございます」 ハティはティリアにお礼をいわれて仏頂面ながら頬を紅潮させる。 試行錯誤の甲斐あって鶏肉入りのトマト・スパゲッティが完成した。ハティとティリアが協力して作り上げたものだ。その他にジャガイモとベーコン、玉葱のバター醤油風味炒め。さつま芋と林檎のパイも完成する。 時は夕暮れ。 アロワイヨー夫妻の護衛としてコリルとアウストがシーナ宅を訪問する。少し遅れてベリムート。レウリーとゾフィー夫妻も。デュカスを含めた四つ葉のクローバーの一同も姿を現すのだった。 ●続く語らい 「それでは〜『市で手に入れた新大陸の食材を使って料理を作りましょう会』のパーティ、始まりなのです☆」 コホンと咳払いから続くシーナの言葉で晩餐会の時は動き出した。 球転がしのケーゲルシュタットが出来るぐらいの広さがあるシーナ宅だが、さすがに一室に全員は収まりきれない。片づけた広間と寝室、調理場のドアを開け放っての開催となる。 暖炉と吊されたランタンのやわらかい灯火の中、それぞれにお祈りがし終わる。並べられていた料理は新大陸の食材を使っただけあって斬新なものが多かった。 カボチャパン、トウモロコシパン。鮭とジャガイモの味噌風味の鍋。トマトとトウモロコシのサラダ。焼きイモに焼きトウモロコシ。バニラ風味シュークリームに飲むチョコレート。トウモロコシのスープ。ノワール定番のシフォンケーキ。肉じゃがにジャガイモ入りのグラタン。鶏卵と牛乳のバニラプリン。ジャガイモとベーコン、玉葱のバター醤油風味炒め。さつま芋と林檎のパイ。トマトソースのスパゲッティ。シーナ用に豚の丸焼き。飲み物としてはラルフェンが持ってきてくれた紅茶、当然ワインもある。 「ベリムートはこの粒々の野菜を使った料理は食べたの?」 「食べたけどこんなにちゃんと料理されてなかったな。どんな味だろ‥‥」 アウストとベリムートは手に取った焼きトウモロコシにかぶりつく。その後、一本を食べ尽くすまで無言だったのはいうまでもない。 しばらくの間、アウストはベリムートに新大陸がどんなところかを質問する。ちなみにベリムートは二日後に城内にある黒分隊詰め所へ赴く予定である。 「あらためていわせてね。ゾフィーとレウリー、結婚おめでとう!」 「ありがとう。なんだか照れるわね。ね、レウリー」 ルネはレウリーとゾフィー夫妻の隣に座ってお喋りを楽しんだ。 「そちらもとても仲良しで‥‥。らぶらぶ熱々ね」 「そ、それは、その‥‥思いやりとスキンシップを忘れない事、かしら」 ラルフェンに視線を移すルネは顔を真っ赤に染めるのだった。 シーナの結婚相手を心配するゾフィーの話が一段落したところでラルフェンはコリルの側へと近づく。そしてアロワイヨー夫妻に挨拶をした後でコリルに訊ねた。双子の弟妹についてどんな風に思っているかを。 「そうだなぁ〜、まだ実感がないの。もう少し一緒にいられたらと思うけど、まだまだ半人前だから。でもトーマ領に帰る前に家に寄れると思うから待っててね」 修行に明け暮れる毎日で弟妹について考える余裕がなかったコリルだ。ラルフェンは話すコリルの瞳の奥に精悍さを感じ取った。 「コリル、またトーマ領まで会いにいくから。それにしても綺麗になったわね」 ルネはラルフェンとコリルを挟むようにして席を移動する。ハティがベリムートとアウストを連れてきて昔話に花が咲いた。 「あの旅立ちの日は、昨日の事のようだが‥‥」 ハティはしみじみと思い出す。子供の成長は早くてあっという間だ。 「あたしにとってはもうすごく昔みたいに感じるよ」 コリルの言葉にベリムートとアウストが賛同する。エルフと人間の寿命の差は別にして、子供と大人の時の流れの感じ方はかなり違うようだ。 シーナ宅の様々な場所で笑い声がわき起こる。ゾフィーとレウリー夫妻の元でも。 「ゾフィーさん、お久しぶりです。とてもお幸せそうで、ふふっ♪」 「セシルさんこそ、お久しぶり」 ゾフィーは挨拶しにやって来たセシルを側の席に座らせる。 「シーナさんはものすごい食べっぷりですね」 自分が作ったカボチャパンをくわえるシーナにセシルは首を傾げて微笑む。 「どれも美味しそうで困っているのです〜。さすがにお腹の限界で全部は楽しめそうもないし‥‥。あ、そうだ。カボチャパンのレシピ、教えて欲しいのです〜」 「もちろんいいですよ♪」 セシルは忘れないうちにと羊皮紙の端切れにカボチャパンのレシピを書いてシーナに渡す。シーナは他の参加者からもレシピを教えてもらっていた。 シーナの隣でトマト・スパゲッティを食べていたのがアーシャである。 「食欲なら誰にも負けませんからね〜。あ、シーナさんには負けるかも!」 とかいいながらアーシャは鮭とジャガイモの鍋物にも挑戦する。どれだけ食べてもシュークリームやプリンを始めとする甘味は別腹だと胸を張るアーシャだ。 「これイスパニアの夫にも食べさせてあげたいな。このジャガイモとか持って帰って育つといいけど。はい、あーんして。ア・ナ・タ♪ なーんてね。ゾフィーさんだってそういうことするでしょ〜!?」 「ごちそうさま。うちは‥‥内緒よ♪」 ゾフィーの言葉にアーシャもごちそうさまと返す。どこもかしこも『ごちそうさま』の応酬である。 月与と十野間修はアロワイヨー夫妻、ジョワーズ一同と団らん中だ。 「ミラお姉ちゃん、赤ちゃんは‥‥どうなの?」 「あのね‥‥。どうやらできたようなの。だけどまだはっきりしていないから内緒よ。アロワイヨー様とバヴェット様にしか話していないの。あ、さっきリアさんにもしたけどこれで終わり♪」 小声でやりとりする月与とミラ。ミラから十野間修とお幸せにと囁かれて月与は照れる。 「これエテルネル村で育つかな?」 「どやろ? うまくいけば大儲けやな」 デュカスとワンバは料理に使われている新大陸の食材の味を確かめていた。 「アロワイヨー様とミラ様、元気でよかったのですよ〜。ゾフィー様とレウリー様もと〜っても幸せそうなのです〜♪」 「よかった♪ 皆が仲良しで本当に。本当に‥‥」 リアとお喋りをする鳳双樹は何度も頷いた。いつまでもこんな時が続くような‥‥そんな気がした鳳双樹である。リアもまた鳳双樹と同じように幸せだと心の中で呟く。 「さてお待ちかねですよ。シーナさん」 「うぁお♪」 シーナの前に秋霜夜が皿とカップを置いた。 秋霜夜がシーナの隣に座って一緒に食べ始めたのはバニラ風味シュークリームと飲むチョコレート。一緒に食べようと約束していたのである。 「お味はどうかしら? シフォンケーキも味わってね」 「も、もう‥‥幸せでどうにかなってしまいそうなのですよ〜。シーラさんが男の方だったら惚れちゃうぐらいなのです☆」 それは困るとシーナに訊ねたシーラは笑う。 「少しもらってもいいでしょうか? 家のみんなに食べさせたいんです」 「遠慮はなしなのですよ。いつもお醤油やお味噌をもらっているのはこっちなのです〜。どうぞ☆」 川口花が気に入ったのは肉じゃがだ。月与から教えてもらったレシピと一緒にシーナは容器に入れた肉じゃがを川口花に手渡した。 パーティは深夜まで続いた。まるでずっと続くが如く長い夢のように。 |