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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 ここは朱藩の首都、安州にあるジルベリア風茶屋『小波』。 満腹屋の娘、智塚光奈は幼なじみで茶屋小波の一人娘『カモメ』の元を訪ねていた。 炊事場の卓上で光奈が持ち込んだ品々を広げる。 「これが珈琲っていうの? 面白い香りね」 「この間、牛丼っていう餡かけ丼を作ったのですけど、開拓者に教えてもらって隠し味にこの珈琲の搾り滓を使ったのですよ。それで気になって神楽の都でそ〜すぅ料理の屋台を兄弟姉妹で営んでいる楢崎の美世さんに連絡をして手に入れてもらったのです〜。神楽の都だと結構はやっているみたい」 竹筒に紙袋をはめ込んで湯飲みの上に乗せる。さらに黒い粉を紙袋に移した後でお湯を注いだ。湯飲みに二杯分の珈琲を煎れ終わると一緒に頂いた。 香りはとても魅力的だったが、光奈にはとても苦く感じられる。珈琲セットと一緒に入っていた美世の走り書きの通りに黒砂糖を入れてみるとちょうどよい味になった。茶屋小波のカステラともとても合ってほくほく顔で頂く。しかしカモメの浮かない顔に気がつくと首を傾げる。 「カモメさん、どうしたのです?」 「いや‥‥小波の売りはこのカステラと‥‥紅茶でしょ? でも最近お客様の入りがとても悪いの。やっぱりこの安州でジルベリア風のお店は無理なのかなって。この珈琲は泰国のものと聞いたけど、紅茶と同じくらいカステラと合うのね。珈琲と紅茶の二本立てになればお店立て直せるかなってちょっと思ったりしたのだけど‥‥無理かしら?」 「やってみなければわからないのですよ。お店で出せるぐらいの珈琲が欲しければ、心当たりがあるのでちょっとだけ時間が欲しいのです」 「ありがとう〜。光奈ちゃん」 それから三日後。光奈は満腹屋へ食べに来た『呂』に相談する。 呂は満腹屋にソースを卸している広域商人の旅泰だ。珈琲を手に入れたいと光奈が相談すると『わかったアルよ』といつもの調子で引き受けてくれる。 しばらくして麻袋に入った珈琲が満腹屋に卸される。光奈は満腹屋の料理人見習いである真吉に力を貸してもらって茶屋小波に運ぶ。さっそく麻袋を開けてみると、以前に見た珈琲とは別物が詰まっていた。 それはまだ焙煎前の珈琲豆。煎った上で粉にして使うと麻袋の中に入っていた紙には書かれてある。しかし試しにやってみたもののうまくはいかない。 悩んだ末、光奈は開拓者ギルドに駆け込むのであった。 |
■参加者一覧
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
春陽(ib4353)
24歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●始まり 「うんしょっと‥‥」 「ゆっくりね」 昼下がりのジルベリア風茶屋『小波』。お手伝いとして出張中の智塚光奈が店の一人娘カモメと一緒に奥から運んできたのは重たそうな麻の大袋である。 「せっかく光奈ちゃんが手に入れてくれた珈琲の豆なんですけど、このままでは使えないのです。みなさんがいる神楽の都ではよく珈琲が飲まれているとか。どうか御指南下さいませ」 カモメは開拓者達に深々と頭を下げる。 「珈琲はうちのかみさんがやたらと凝ってたことあるからなぁ」 「流行る前から知ってたなんてすごいのですよ」 腕を胸の前で組んだ斉藤晃(ia3071)と並んで光奈も麻の大袋を覗き込んだ。 「ジルベリアに遊びに行ったとき初めて飲みましたけど、とても香りがよいお茶でした。そのままでは苦いですが黒糖や牛乳を入れたりして美味しかったです」 「ジルベリアは天儀本島や泰国から紅茶を輸入していると聞いているのです♪ きっと一緒に珈琲も運ばれているのですね〜」 春陽(ib4353)と光奈は、砂糖や牛乳で柔らかい味にした珈琲のおいしさで意気投合する。ちなみにその後、重たい品物を運ぶときは春陽が頑張ってくれた。巨体と頭に生える角ゆえに周囲の物を巻き込んで壊さないようにゆっくりと。 「じゃーん、これはお手伝いした店でいただいたのですよ」 「おーーー!! ‥‥ってこれ何です?」 ふふふっとアーシャ・エルダー(ib0054)が取り出したる品を眺める光奈だが、最後に首を傾げた。お約束でステンッとすっ転んでみたアーシャは立ち上がりながら説明を始めた。これこそは自家製用珈琲一式だと。つまりは焙煎済みのちゃんとした珈琲豆も付属しているものだ。明王院 月与(ib0343)も持っている分も含めて、一般の珈琲がどんなものなのかの試金石として自家製用珈琲一式は使われる事となる。 「今まで余り関心を持っていなかったけど、眠気が飛ぶとか色々な薬効の噂も聞くし‥‥実体験してみようかな。医師の立場で」 御鏡 雫(ib3793)は自家製用珈琲一式に顔を近づけて立ちのぼる香りをかぐ。 二セットで煎れられるのは約二十杯分。これを消費する前に目処をつけなければならない。とはいえ指標が出来た事でかなり楽になったのは確かだ。 「光奈さんの幼馴染が困って居るなら、調理の腕を活かして頑張らなきゃね」 月与はさっそくカモメに案内してもらって調理場を確認する。珈琲作りに使えそうな調理道具の品定めである。 その間に光奈がお湯を沸かした。 挽かれた粉の色や香り、細かさを確かめた後で珈琲が煎れられる。吟味したところで試作開始なのだがそれぞれに試したい方法がある。そこで各自の考えを具現化した珈琲を持ち寄る事となった。 ●斉藤晃 「茶こしや和紙なんかもあれば欲しいの。お、こいつは掘り出し物やな」 安州の市場へと出かけた斉藤晃は様々な一つ一つを手にとって吟味する。 炒るための焙烙。挽くための乳鉢や磨石。濾すための綿布、絹布、白布などなど。必要だと思われる道具はいくつもある。 「おー、これやこれや」 正確な時間を計る為に斉藤晃が購入したのは砂時計だ。どれがちょうどよいのかわからないので、砂の落ちる速さが違う品を十個購入する。 茶屋・小波に戻ると取りかかったのが焙煎。七輪で炭に火を熾して焙烙で珈琲豆を焙る。炭火を使ったのは火力を一定にするためである。 炒るうちにとてもよい香りが立ちのぼってくる。つい長く炎にかけたくなるのを我慢して砂時計通りに七輪から下ろす。 「人の好みもあるから一概にはいえんば毎回一定の味を出せるんが大切やからなぁ」 斉藤晃は砂時計の時間に合わせて焙り方の違う十種類の焙煎豆を用意した。 挽く作業で使ったのは乳鉢と磨石だ。仕上がった珈琲の粉を確認するとメモを残しておく。 次の濾す作業に入る前に購入してきた木片をノミで削り始める。丁寧にヤスリをかけ、よく洗って乾燥させる。やがて出来上がったのが桐製の木製漏斗。 「うぉ! 器用なのですよ。木なのにピカピカなのです〜」 「もしこいつがいい案配なら、ぎょうさん作らなあかんなぁ。でも試したい他の方法もあるんや」 通りがかった光奈が斉藤晃が作った木製漏斗を見て仰天する。 濾す為の布や紙は何種類か用意してあり、それぞれに試してみた。 その他にも工夫を凝らして仲間に披露する機会まで試行錯誤を続けた斉藤晃であった。 ●アーシャ 「これなら豆を通さない網の目でいい感じです! でも取っ手の形はこっちのがよさそう‥‥。う〜ん。悩みますね」 金網を片手に市場で悩んでいたのがアーシャ。日常で使う調理道具の中からよさそうな品を物色する。 手に入れたのは二つの網製器具。木製の取っ手も含めて上下に合わさるような形を選んだ。他にも豆挽きのために鉢とスリコギも購入する。 「これでよ〜し」 足取り軽く小波に戻ってきたアーシャはさっそく焙煎を始めた。買ってきた網製器具の片方に珈琲豆を入れてもう一つを重ねて今日のところは針金でくっつける。うまくいけばよい金属製留め具をあらためて探してくるつもりであった。 「いきますよ〜♪」 珈琲豆を入れた網をシャカシャカと火の上で焙る。その音を聞きつけた光奈が不思議そうに眺めていた。 「光奈さんもどうです?」 「楽しいそうなのですよ〜♪」 その言葉を待ってましたとばかりにアーシャから受け取った網を光奈が振る。 「負けずにじゃんじゃかやりましょう!」 アーシャは網での作業は光奈に任せると自分は浅い半球状の鍋で珈琲豆を煎った。こちらも蓋をして思いっきり振りながら。 煎った時間は九分前後。これを基準にして浅くか深くかを後で決めるつもりでいた。 「騎士パワー全開! この攻撃をくらえーー!」 焙煎が終わった珈琲豆を鉢に移すとアーシャは気合いをいれてスリコギを回す。その他に大根おろしにつかうスリがねも使ってみる。 「どれどれ‥‥香りはいいですね」 アーシャは出来上がった粉を湯で濾して珈琲の味と香りを確かめる。自家製用珈琲一式で煎れたものと比べたりしながら珈琲道に邁進するのだった。 ●月与 「こうするのですか‥‥」 「煎れる際の蒸らしが大切なようですね」 月与がまずアーシャから南那亭仕込みの珈琲の淹れ方を教わるところから始めた。茶屋・小波の片隅で勉強してから買い物へと出かける。後学のためにと光奈も一緒についてきた。 「店にあったボロボロのより小さいのですよ」 「豆は煎れる直前に挽いた方がいいみたいなの。だからこれぐらいでちょうどいいかなって」 月与が買った小振りの石臼を光奈がしげしげと眺める。軸の調整と回す速さによってある程度なら粒の大きさを変えられるようだ。 その他に買い求めたのは銅製の卵焼き鍋と泰国で使われている底の浅い広めの球形を切り取ったような鍋、銅製の漏斗、抽出袋作り用の木綿布を何種類か。 「香草類の焦がし具合一つで大きく風味が変わるし、ハーブティ類も同様である事から――」 月与は額に汗をかきながら一つ一つを確かめてゆく。焙煎は半生からやや焦がし気味まで五段階。火にかけた銅製の卵焼き鍋の上で珈琲豆を箸で転がす。もう一つの方法は遠火で熱した泰国の鍋でじんわりと焙る。 「蕎麦粉の香りを飛ばさぬよう挽く要領で熱を持たないようゆっくりと、ゆっくりと‥‥」 挽きは三段階の組み合わせ。粗いのから細かい状態まで。 買ってきた木綿布で袋を縫い、銅製の漏斗で珈琲を次々と煎れてみた。 月与自身も飲むが春陽と光奈も試飲を手伝ってくれる。 「ジルベリアのお店にあったコーヒー豆はもっと違う色で匂いも凄かったですよねぇ」 湯飲みの前に置かれた焙煎済みの豆を眺めながら春陽は珈琲を飲み干す。最初はブラックで、その後に黒砂糖を入れたり牛乳を足して一通りを試した。 「この薄いのならお砂糖を少し入れれば美味しく飲めるのです〜♪」 光奈も珈琲を賞味して意見を告げる。 月与はやり残しがないか考えながら珈琲の追求を続けた。 ●試飲係の御鏡雫と春陽 茶屋・小波での依頼の日々。御鏡雫と春陽は陽光が射し込む卓の前で並び座っていた。 二人の主な仕事は珈琲の試飲。 仲間達が意見を聞きたいと持ってきた珈琲を口にして感想を述べる。たまに荷物運びや石臼での挽き作業も手伝う。 「少しは身体を動かさないと。さすがに座りっぱなしで飲み続けるのはつらいです」 「たくさんの種類を試しているから大忙しなの」 御鏡雫は月与に頼まれた通りにゆっくりと小振りの石臼を回す。たくさんの組み合わせを試しているようなので手はいくらでも欲しかったようだ。 「あ、そうだ、前のときはどのくらいの火加減と長さだったんですか?」 「どのくらいだったかなあ〜? 十五分ぐらいだったかな。ガンガンの炎でやったような」 春陽に答える光奈。あらためて珈琲作りに挑戦している光奈とカモメに春陽は手を貸していた。家から持ってきたしゃもじで鍋の中の珈琲豆を中火で煎る。 もちろん試飲が主なので声がかかれば御鏡雫と春陽はすぐに卓へと戻った。 「これ、どうやろ?」 「ほのかな珈琲の味がおもしろいです。もう少しもらえますか」 斉藤晃が持ってきた珈琲を寒天で固めたものを春陽は気に入る。口の中で転がすと何ともいえなかった。後に寒天珈琲を全員に試してもらった斉藤晃だ。 「これ試してみてもらえますかー!」 元気印のアーシャは大きな容器卓に置く。たくさん一度に煎れた場合の珈琲の味を確かめるために。 「一杯、頂きますね‥‥。味はよいのですが香りが少々飛んでいるように感じられるかな?」 「そこは改良しないといけませんですね。ではまたアタックしてきます!」 アーシャとあっという間に調理場のある店の奥へと消え去る。 「それにしても、この感じはなんだろう‥‥」 試飲を続けていた御鏡雫は何ともいえない精神の高揚と同時に胸のむかむかを感じ始めていた。それに用を足す機会が増えているのは珈琲をかなり飲んでいるせいかも知れない。単なる飲み過ぎとは考えられない程に。 「どんな感じ?」 「そうだなぁ。いわれてみればそうかも知れないね」 御鏡雫は春陽にも珈琲を飲んだ上での体調を聞いてみた。同じような変化はあるようだが、その進行は遅いようだ。御鏡雫はよい体格をしているのだが、春陽はさらにその上をいっている。身体の大きさが関係しているようだ。 御鏡雫は珈琲を大量摂取した場合の注意事項をしたためた用紙を光奈に渡す。 「どんなものでも食べ過ぎ、飲み過ぎはよくないですよね。わかったのです☆」 光奈はコクリと頷いた。美味しいからといっても、せいぜい普通は二杯から三杯程度にしておいた方がよさそうだと。ちなみに春陽はいくら飲んでもぐっすりと眠れたようだが、彼は特別なのだろう。 御鏡雫は機会をみて自らも珈琲を煎れてみる。やり方は薬缶で煮出すというものだ。挽いた粉を余裕のある袋に詰めて薬缶の湯へと入れる。そのまま七輪にかけた状態で揺すって抽出する。 「この方法で美味しく煮出せるなら、小さな薬缶と七輪を幾つか用意して、お客の注文に合わせて適時に出せて香りが飛ばないと思うのだけど‥‥上手く行くかな」 ドキドキしながら飲んでみたところ味は悪くなかった。ただ香りは考えていたよりも弱い。お店で出すには少々物足りないようである。 「これは‥‥何か特別なものが入ってるようですねぇ」 「好き嫌いがでそうやけどな。どうやろ?」 春陽は斉藤晃が持ってきた珈琲をそれぞれ一口飲んでみる。どうやら柑橘の果汁入りと香草入りのようだ。好みがはっきりと分かれそうなので、変わった珈琲が飲みたい客用の試案として残されるのだった。 ●そして 試行錯誤が始まってから六日後の暮れなずむ頃。どの珈琲がよいのかを決める場が設けられる。 お品書きには十種類前後を並べる予定だが、中核となる珈琲は必要であった。それは店を代表する味と香りになるだろう。 まずは斉藤晃、アーシャ、月与の自信作が並べられた。 最終的に斉藤晃が選んだ珈琲は水出し式。いくつか思いついたのだが道具がないのであきらめたやり方もある。現実的な方法として深煎りした中挽き珈琲豆を水に浸す方法を採用した。一晩待った上で細かい目の布で濾す。そのままでも美味しいが、大抵の場合は湯煎で温めて出来上がりである。 ちなみに桐製の漏斗はお湯を注いで布で濾す時に使われる。これはこれで将来役に立つだろう。 「酒を入れて飲むとまたうまいねん。珈琲酒やな」 全員が試飲する中、斉藤晃は豪快に笑う。 上品に引き出された唯一無二のコクと香り、酸味は申し分ないものだ。全員で一致である。しかし時間がかかりすぎるのが難点。これは店で出す最高級珈琲とされる。 「香りがとてもいいのですよ」 「香ばしさは一番ですね」 光奈と春陽が誉めるのはアーシャ自慢の珈琲だ。 「網でシャカシャカと珈琲豆の直火焙りが効いたみたいです〜♪」 自分でも一口飲んで頬に片手を当てながらうっとりするアーシャである。 「次はあたいのね。どうぞお召し上がりを♪」 最後は月与の珈琲だ。 丁寧に作り上げられ月与の珈琲は高次元にまとまっていた。酸味やコク、香りなどが。 「気軽に飲めるけど、ちゃんと美味しさも追求されているのね」 「ここにあるメモだと深煎りの粗挽きなのね。これ好きです」 月与の珈琲は御鏡雫とカモメから高評価である。 中核となる珈琲の採用は月与とアーシャの二つに分かれる。 「あの‥‥よろしいでしょうか」 依頼者カモメの意見としてアーシャの直火焙りを採用した月与の珈琲を試してみた。そしてアーシャと月与のよいトコ取りのこの珈琲が標準採用の運びとなる。 「紅茶に加えて珈琲があると最強なのですよ☆」 光奈は笑顔でカステラを頬張ってから珈琲を頂く。 最後には団らんで幕を閉じた一同であった。 |