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■オープニング本文 朱藩の首都、安州沖の海に漂う一隻の中型飛空船『白吹雪』丸。 漁業飛空船と造られた白吹雪丸には特徴があった。 船体形状は一般のものより平べったく、また甲板側面部には釣り人が座れるように収納式の椅子が多数用意されている。加えて網漁にも対応出来るようになっていたものの、釣り竿での漁が主だ。魚市場へ卸さずに新鮮な海産物を直接遠方内陸部の得意客に届ける商売を行っていたからである。故に白吹雪丸には他種少量の魚が求められ、鮮度を保つ為に氷霊結が使える巫女も二人雇い入れられていた。 そんな白吹雪丸だが稀に通常の商売とは違う依頼が舞い込む事もある。 「釣り船として‥‥ですかい」 「そう、頼まれてくれ。費用は全部俺が払う」 白吹雪丸の船長に安州港で話しかけていたのは、やけに派手な格好をした氏族の男。そこらの着飾った女性達よりも派手な傾奇者だ。 「大抵の相手なら断りますが、あんた、いや貴方様からなら断れるはずがねぇ。わかりやした。引き受けましょうや。ただ、予定が入ってすぐって訳にはいかないんで」 「それでも構わんぞ。助かる。あいつらにはいろいろと世話になっているからな。それと俺が手配したのは絶対内緒だぜ」 白吹雪丸の船長は傾奇者の頼みを引き受けた。 やり取りがあったのは約一ヶ月前。長い間を置いてようやく開拓者ギルドに依頼といえるかどうかわからない奇妙な依頼書が張り出される。 それは開拓者限定の白吹雪丸での釣り遊覧の案内。 日がな一日、白吹雪丸に乗船して釣りを楽しめばよいとされている。釣った魚は調理されてその場で振る舞われる予定となっていた。 |
■参加者一覧 / 鈴代 雅輝(ia0300) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 平野 拾(ia3527) / 慄罹(ia3634) / 平野 譲治(ia5226) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / セシル・ディフィール(ia9368) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 未楡(ib0349) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / 久悠(ib2432) / マナカ(ib3114) / 風間雪姫(ib3193) / 月影 照(ib3253) / 東雲 雷蔵(ib3471) / リリア・ローラント(ib3628) / 御影 銀藍(ib3683) |
■リプレイ本文 ●夜明け前後 まだ暗闇の朱藩の首都、安州。 港から沖へと波飛沫を散らしながら海上を走る船がゆっくりと浮かび上がる。白吹雪丸はただの漁船ではなく飛空船として設計されていた。 乗船していたのは船長と漁師五名、そして釣り客である開拓者二十四名だ。残念ながら開拓者の一人は急用で来られなかったようである。 目指していたのが近場のようで白吹雪丸は約十分後に着水する。 「おおっ! おっさかなっおっさかなっ♪」 「おさかな、なのですっ!」 ご機嫌な平野 譲治(ia5226)と拾(ia3527)は船尾に立ち、呼吸を合わせて網を海面に投げ入れる。 船長から許可をもらって漁場に辿り着くまで網を引かせてもらった。これでいくらかの魚が入れば儲けものである。着水時の衝撃のせいでおそらく近くの魚は逃げているだろうが、移動するにつれて網にかかるものもいるだろう。 白吹雪丸はゆっくりと海上を移動し魚礁へと辿り着く。引き揚げられた網には小アジ桶五杯分とその他の魚が少々かかっていた。 「ここん海ぃ底は岩場で魚が根付いておる。まずぁ夜明けを境にしばらく釣りの時間じゃて」 船長が合図を出してさっそく釣りの開始である。 「酔い止めの薬草茶があるが飲む者?」 からす(ia6525)は離陸前から声をかけて自分で煎じた特別な茶を振る舞っていた。 「念のために飲んでおこうか‥‥苦いな、これ」 からすからもらった一杯を飲み干した慄罹(ia3634)は苦虫を潰したように口をへの字に曲げる。 「まっ旨い魚が食えればいいか」 慄罹は麦藁帽子の下から瞳をのぞかせるからすに礼をいった後で、さっそく竿を持って釣り糸を垂らした。欲するイカは夜に狙った方がよいと船長から聞かされたので、今のところは何か適当な魚を狙う。 白吹雪丸の船縁から次々と釣り竿が飛びだす。空は徐々に白み、夜明けが近づいていた。 (「ああすればいいのですね」) 周囲の仲間達が行う釣りの様子をしばらく眺めていたのが和奏(ia8807)。 「竿と糸でどうやって魚が釣れるのか不思議だったのですが、こんな風になっているのですね〜」 和奏は見よう見まねで釣り針に餌をつけて、ぎこちない様子で海面に放り投げる。隣にに座る人妖の光華は不思議そうに半身を乗り出して海面を眺めていた。 「釣りの極意は『焦らずじっくり』だとどなたかがいっていましたよ。ですのでこうしてゆっくりしていてればよいはずです」 魚に餌ばかりを盗られ続けてどうすればかかったのかわからなかった和奏だが、しばらくして通りがかりの漁師にアタリの判断の仕方を教えてもらう。飽き気味だった人妖の光華は和奏がスズキを釣り上げると背中をバンバン叩きながら大喜びする。 「なんでもいいから釣れるといいですね」 黒い神父服をまとうエルディン・バウアー(ib0066)は薄暗闇の中に溶け込みながらも釣り糸を垂れていた。隣に寝転がるのはもふらのパウロ。 エルディンは小アジを立て続けに釣り上げると器用にナイフで刺身へと捌いた。わさびを利かせた醤油をつけて喉を鳴らせながら口に運ぼうとすると何故か消え去る。犯人はパウロ。横からかっさらわれたのであった。 「パウロ、ちゃんとあげますから」 軽く諫めるとあらためて皿から刺身を頂くエルディンだ。船に備え付けの樽から頂いた辛口の天儀酒も一緒に頂くと空きっ腹に染み渡る。 「そろそろ夜明けか」 琥龍 蒼羅(ib0214)は釣り糸を垂らしながら日の出の方角を眺める。 「おっと」 するとじっくりと観る暇もなく竿に手応えを感じ、少々手こずりながら引きあげてみると七十センチ程度のスズキであった。 「一食分ぐらいの価値はあるだろう」 琥龍蒼羅は呟いてから調理が得意な仲間にスズキを預けて朝用の食材にしてもらう。茶、ご飯と一緒にスズキの塩焼きを頂く事になるのだが、それはもうしばらくしてからの出来事だ。 「これで酒の肴を頼めるだろうか」 「任せてくれ。みんなが釣った魚も一緒に皿満載の盛り合わせを作ってやるぜ」 潮風を肌に感じながら久悠(ib2432)も釣った魚を漁師の元に届ける。ちなみに久悠が釣ったのは中くらいのスズキとカレイを一尾ずつである。 「どれも美味い‥‥♪」 久悠は升酒を頂きながら刺身の盛り合わせを楽しんだ。醤油をちょろっとつけてパクリと口の中へ。船員によれば昼にはカツオが釣れそうな漁場に連れて行ってくれるらしい。 「大漁だにゃ〜☆」 マナカ(ib3114)が勢いよく釣り竿をあげると、キラキラと飛沫をまといながらスズキが宙を舞う。がしっと片腕で抱えるように掴まえて桶に入れようとしたものの、もう満杯であった。 「美味しく料理するにゃよ☆ お味噌と葱と茗荷っと♪」 頃合いだと感じたマナカは一旦釣りを止めてまな板の前に立つ。自分が釣った魚も含めて調理を開始した。 まずはお酒に合うような肴作り。漁師が作ったものに負けないように。まず出来上がったのがアジのなめろうとたたきである。わずかに釣れたイカは塩辛ととして壺の中へ。何枚かは干してスルメにする。 「お魚美味しいニャ〜☆」 並べたたくさんの魚料理の前で舌鼓を打ったマナカであった。 「これは何というお魚でしょうか? 川の魚なら少しはわかるのですけど、海のは全然駄目で」 「キスだな。こっちの釣り針がたくさんついている竿でやってみな。ちょうど船の下にたくさんいるんだろうさ」 風間雪姫(ib3193)は漁師にいわれた通りに針がたくさんついた竿で釣り始める。すぐにアタリが何度もあって引きあげてみるとたくさんのキスが連なっていた。 「‥‥面白いですね」 さらなる興味が湧いた風間雪姫は陣笠と外套という出で立ちである。これから日差しが強くなるので日焼けを避ける為だ。キスは天ぷらが美味しいと聞いたので、まずはたくさん釣り上げようともう一頑張りする。 (「釣りは根気と集中力が重要です‥‥」) そう心の中で何度も呟いていた一心(ia8409)は未だ釣果がなかった。周囲の者達が次々と釣り上げる中、正常心を保ちつつ狙っていたのはカレイ。 ハッと気がつくといつのまにやら夜が明けていた。しかもカンカン照りで自分は屋根から外れている。つまり直射日光サンサンである。 「‥‥‥‥‥‥‥‥暑い」 そう呟いた瞬間、竿に手応えを感じて引きあげてみると、ヒラヒラと身をくねらせた大きなカレイが糸の先にぶら下がっていた。一心はさっそく漁師の元に向かって刺身にしてもらう。その時、理穴産の激辛唐辛子の調味料を残しておいたのは内緒である。 少しだけ赤く日に焼けた一心は自分が釣り上げたカレイの刺身を平らげるのだった。 「海風が心地よいのだぁ〜」 船首には釣り竿を構える、日よけの笠を被った、たれたぬき柄の甚平男が一人。釣り竿とは反対の手で持ったおにぎりをむしゃむしゃと食べていたのは玄間 北斗(ib0342)だ。 海鳥の鳴き声が頭上を通り過ぎてゆく。止まっているように思えてもじっくりと見れば目の前に広がる景色の雲はゆっくりと動いていた。 玄間北斗は平穏な様子に陸の人々の生活を思い浮かべる。 「真夢紀さん、おにぎりありがとうなのだ。梅干し入りのも味噌焼きのもどっちもうまいのだぁ」 「冷たいお茶もどうぞです」 玄間北斗の隣に座った礼野 真夢紀(ia1144)は竹筒から蓋にお茶を移す。出発前に氷霊結で半分凍らせておいたものである。 「イカはほんの少ししか釣れませんでした。夜がとてもよい機会と先程漁師様からお聞きしましたが」 「オイラも頑張ってイカを釣るのだぁ〜」 細い目をさらに糸のようにして真夢紀に頬笑む玄間北斗である。 「まゆちゃん。そろそろ日差しも強くなってきましたし、用意を致しましょうか」 明王院 未楡(ib0349)は玄間北斗に水羊羹を届けながら真夢紀を誘う。二人でかき氷を作って振る舞おうと以前から約束していたのだ。 「かき氷器と甘酒と砂糖を入れた夏蜜柑果汁はちゃんと持ってきました」 真夢紀は未楡に連れられて甲板室の調理場へと向かった。 夜が明ければあっという間に暑くなる。残暑の季節とはいえまだまだかき氷は人気があった。 「はい、どうぞ〜」 「次のが出来上がりました」 未楡と礼野は最初に玄間北斗へかき氷を届け、余分に出来た分については他の乗船者にも振る舞う。もちろん二人も玄間北斗と一緒にかき氷を楽しむのだった。 左舷の船縁後方に並んで座っていたのが鴇ノ宮 風葉(ia0799)と雪斗(ia5470)。 「自分でよかったな。最初から釣られないのが一番だろうが」 雪斗はかかった小魚を釣り針から外すと海へと帰した。 「まぁ、こういうのも趣があるとは思うが‥‥楽しめれば重畳、だな」 「雪斗くん、目一杯楽しんじゃってよ、アタシの分も!」 雪斗の隣に座っていた鴇ノ宮だが、始めてからかなり経つのに一匹も釣れていなかった。 それもそのはず、餌をつけていないばかりか糸の先にあるのは真っ直ぐな針。鴇ノ宮は殺生を厳禁としていたのである。何故この釣り船に乗っているのかといえば雪斗と一緒にいたいからであり、また楽しんでもらいたいとも考えていた。 雪斗は大きめのカレイを釣り上げると甲板室にある調理場へと向かう。釣った魚は仲間に提供し、自らはマイタケとホウレン草のバターで炒めた料理を用意した。鴇ノ宮が食せる品をさりげなく増やしておく雪斗だ。 ほとんどの開拓者は甲板にいたが何人かは船内を見学していた。天河 ふしぎ(ia1037)と月影 照(ib3253)もそんな二人である。 「なんでも聞いてよ、教えてあげる」 「そうですね。この出っ張りはなんでしょう?」 振り返った天河は微笑みながら月影照の質問に答える。 漁業飛空船という変わり種と聞いてはじっとしてはいられなかった天河だ。基本的な構造こそ他の飛空船と変わりないが独自の工夫もなされている。特に獲れた魚を保存しておく魚槽は珍しかった。他品種少量を旨としているので小さめではあるが、乗船する巫女二人が氷霊結で作り出す氷を利用する構造になっている。藁などで氷が溶けにくいようにされていて、常に冷たい状態が確保されていた。ちなみに今日は釣りたてを頂く趣旨なので活用されていない。各自の判断で氷霊結を活用している例を除けばだが。 「中型にしては浮遊石も多いけど、風宝珠はもっと凄い‥‥」 「それはどういう意味になるのでしょう? ふしぎ殿」 「やっぱり内陸部へと早く届ける為だと思うよ。いくら氷で冷やしていても限界はあるからね」 「なるほど。ふしぎ殿は物知りです」 月影照の言葉に顔を赤くして照れる天河であった。 ●日中 太陽が水平線から昇りきり、朝食の時間が終わると白吹雪丸は離水して飛び立つ。 甲板室の屋根に座った久悠は横笛を奏でた。やがて楽器を持つ者達が次々と参加しての演奏会が始まった。 次の漁場までは時間があるので昼食は空を飛びながらとなる。風が穏やかで船体が安定していたので深い鉄鍋での天ぷら料理が振る舞われた。 朱藩特産の塩を、または醤油をつけて開拓者達は天ぷらを楽しむ。 「のんびり、美味しく気分転換か! 第三次開拓の合間にゃあもってこいってもんよ! 釣りまくるぜ!」 天を仰ぐように仰け反って笑うのは鈴代 雅輝(ia0300)。朝釣りでは考えていたような釣果が得られなかったので仕切り直しである。着水すると人魂で符を小魚に変えて水中を探ってみた。今のところ魚影は見あたらない。 「これから向かう先はカツオなどの大物が釣れるとか。スズキやキスなら朝のように何とかなるんだけどなぁ」 ルーディ・ガーランド(ib0966)は海中を実況する鈴代雅輝の隣で釣りの仕掛けを用意していた。元々海釣りが趣味のルーディは、普段、港の桟橋から釣り糸を垂らして過ごす時間が多かった。せっかくの沖釣りなので張り切りまくる。 そんな釣りに夢中の鈴代雅輝とルーディをじっと背後から見つめるいくつかの瞳。やがて瞳の持ち主の一人が近づいて釣りに夢中な二人の背中をドンッと押してしまう。 完全に不意を突かれた鈴代雅輝は真っ逆様に海の中へドボン。ルーディは両手を回しながらギリギリのところで踏みとどまった。 「私達とお魚、どっちが大切なんですか‥っ?」 押した張本人であるリリア・ローラント(ib3628)は両の頬をぷくっと膨らませながら両手をブンブンと振り回す。どうやらほっとかれたせいで、すねたらしい。 「海に落とされるのは好きじゃないな。折角ここまで来たんだ。釣りに挑戦してけ」 振り返ったルーディは釣り竿をリリアに差し出す。 「まだ沈んでいる。火でも吹いたら浮かんでくるかな? 冗談だけど」 東雲 雷蔵(ib3471)が海面を眺めていると、しばらくして鈴代雅輝が海面から顔を出す。 「楽しそうにみえないこともないですね」 御影 銀藍(ib3683)は波に漂う鈴代雅輝に縄を投げる。 「風を浴びていればこんなことになっていたとは。手を貸そう」 御影銀藍と一緒にキース・グレイン(ia1248)が縄を引っ張って鈴代雅輝を甲板にあげた。 「釣れたー」 御影銀藍がそう叫んだのには訳がある。 縄で引き揚げたのを釣りに喩えたのが一つ。もう一つは鈴代雅輝の襟元から釣り糸が伸びていたせいだ。ついさっきルーディから受け取った釣り竿をリリアが「えいっ!」と投げて、たまたま救出中の鈴代雅輝に釣り針が引っかかったのである。 「おう、おてんば娘! さすがだな、こんな獲物を釣り上げるたぁ!」 まったく気にしていない様子の鈴代雅輝はかんらかんらと笑い飛ばす。 「‥‥あら。鈴代さん?」 「お前は何を釣り上げるつもりだ」 気づいていなかったリリアは冷静なルーディに突っ込まれてぺろっと舌を出した。 その後、リリアはファイヤーボールで鈴代雅輝の服を乾かそうとするのだが、危ないと漁師に止められるのだった。 漁師が海鳥の群れを見つけると白吹雪丸は進路を変える。海鳥が追っているのはおそらく小魚の群れ。カツオかマグロも嗅ぎつけて集まっているはずである。 「餌が欲しいか?」 からすは絵を描く手をとめて煮干しを甲板に撒いてみる。カモメが現れたので戯れていたのだ。甲板で跳びはねるカモメの姿をササッと紙の上に残しておくが、どちらかといえば戯れる方を優先する。 その頃、からすが連れてきた朋友の人妖・琴音はタコに化けていた。適当な釣り針を見繕うと長靴を引っかけおいたりと悪戯を楽しむ。 「さすがにここまで来ると海底まで深いはずなのですが‥‥。ものすごい海流でもあるのでしょうかね」 長靴を釣り上げた和奏は首を傾げる。 人妖・琴音はからすの釣り針にも長靴を引っかける。だが、からすはカモメと遊ぶのに夢中ですぐに竿を上げしなかった。大分後になって上げた時は重みで落ちてしまって、何もかかってはいなかった。 元の姿に戻った人妖・琴音はからすの横に座る。 「海の景色はどう?」 『魚いっぱい。満足』 人妖・琴音からカツオらしき魚がたくさんいると聞かされたからすは、その事を船長に伝えた。 「やはりカツオか。小魚の魚群に針を落とせばどかどかと釣れるはずだ!」 カツオ釣りの始まりを船長が宣言する。用意されていた疑似餌付きの釣り針が一斉に海へと投げ込まれる。 「カツオこい! よし!!」 竿を使わない手釣りで釣り上げたのが久悠。活きの良いカツオが甲板の上で跳ねる。 「さしみだにゃ〜☆」 マナカはカツオを一本釣り上げるとさっそく料理に取りかかる。大きいのでこれだけでも何人分もの刺身の盛りに化ける。 「大きさといい、相棒のお土産によさそうだな」 慄罹は漁師に釣ったカツオを血抜きしてもらうと氷がたくさん入った箱に仕舞った。氷は開拓者や船乗りの巫女が用意してくれたものだ。 「なるほどです。手応えがすごいですね」 釣り針を投げるだけで簡単に大物が釣れる状況に和奏もびっくりである。 「これはまさか! 辛!!」 一心はかつお釣りの合間に小腹が空いていくつかの皿に手をつける。それがたまたま自分が置いてきた激辛唐辛子で味付けされたものであった。ドタバタと走り、氷の欠片を口に含んでようやく収まる。 「カツオはやっぱりタタキですよね」 カツオ釣りはそこそこにして調理に専念したのが真っ赤に焼けた肌のエルディン。どうやら日光浴をして焼きすぎた様子である。巫女に氷をもらって冷やし、今では何とか落ち着いていたのだが。 「神父様、無理しすぎでふ〜」 「もう大丈夫。ほら、もうすぐカツオのタタキが出来上がるぞ」 もふらのパウロに心配されてエルディンは面目丸つぶれである。ちなみに顔の乗せていた手ぬぐいのせいで顔が縞模様になっていたのは、まだ本人が知らない公然の秘密であった。 「カツオとはまた豪勢な。後の食事が楽しみだ」 琥龍蒼羅はまるで抜刀の勢いの如くカツオを海中から一本釣りする。 「カツオはタタキが美味しいのですか?」 「それもうめぇが、単純にネギと唐辛子の粉をかけただけのもいけるぜ」 風間雪姫は漁師からカツオ料理の手ほどきを受ける。 「捌くのは俺に任せな!」 鈴代雅輝はカツオの血抜きを担当していた。普段捌いているだけあってすぐに覚えてしまう。 「漁師飯って美味いんだよなぁ。魚が一番新鮮なうちに調理して食っちゃうから」 次々と出来上がる料理を離れたところから眺めながらルーディは釣りを続けていた。もう少ししたら頂くつもりである。 「雷で焼きますか? 火で炙りますか?」 リリアは釣ったばかりのカツオを抱えてピョンピョン跳びはねながら御影銀藍に近づいた。 「駄目ですよ。先程も漁師さんに怒られましたし」 御影銀藍はそういいながらも海へ落ちる寸前のカツオに雷火手裏剣を当てて甲板へと留める。もちろん危ないと漁師に怒られるのだが。 「これが海の恵みなんだなあ」 東雲雷蔵はカツオを釣りながらつくづく思う。釣りそのものの楽しさに、良い景色と美味い料理。滅多に出来ない体験なので頑張って釣り上げてゆく。 「カツオはさすがに干物とはいかないか。鰹節にするぐらい手間をかければ別だろうが。そのままの方が喜ばれそうだ」 キースも慄罹と同じくカツオを朋友の土産にする。血抜きをしたカツオは氷の入った箱へと仕舞われた。 (「あれは?」) キースは大物が引っかかって苦労していたリリアを見かけて手伝うのだった。 「これで三本か。お終いだな」 雪斗は頃合いを感じて釣り竿を退ける。食べきれない程を釣っても仕方がなく、まだ夜の釣りも残っているので体力の温存もはかる。 「雪斗くん、どれも大きい、ね」 鴇ノ宮は雪斗が釣ったカツオを眺める。そして二人でカツオを漁師に預けると日影でお喋りを楽しんだ。 「おさかな、ばしゃばしゃいっているのです」 礼野は身を乗り出して海面を眺める。今、海中は魚でいっぱいのはずである。 「このかき氷、美味しいのだぁ」 カツオを釣るのに疲れた玄間北斗は礼野が作ってくれたかき氷で頂いた。通算で六杯目。 「冷たいものばかり食べていてはいけませんよ〜」 未楡は焼きおにぎりと魚介の味噌汁を玄間北斗がいる卓に置いておく。 「これどうぞっ」 「のどかわいていたなりっ!」 仲睦まじいのは拾と平野譲治。拾が持ってきた冷たい水を平野譲治がごくりと頂いた。奮起した平野譲治はさらにカツオを釣り上げる。 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、海鳥も魚群もどこかへ。白吹雪丸は茜色に染まりかけた空へと飛び立つ。 「綺麗だね‥‥」 「海で見る夕日は違いますね」 天河と月影照は寄り添う。夕日を観ていたはずの天河はいつの間にか月影照の横顔に釘付けになってしまう。日が完全に暮れるまでのしばしの間の出来事であった。 ●イカ 星空の元、白吹雪丸は目的の海上を漂う。甲板で焚かれている篝火はイカを誘いだす為のもの。頃合いをみてたくさんの釣り針を開拓者達は海へと落とす。引き揚げればたくさんのイカが糸に連なっていた。 「これを待っていたんだぁ!」 慄罹はさっそく釣りたてのイカを捌いて糸状にする。イカそうめんをつるつるっと食べるのは至福。酒も頂いて思わず顔がにやけてしまう慄罹である。 「おてんば娘は年中腹空かせてるな‥‥。もってけ! 皆で食いな!」 鈴代雅輝はイカの身とワタ、嘴でゴロ煮を作る。リリアを呼び寄せて仲の良い者達の元へ運ばせた。しばらくしたら自分も参加するつもりである。 「あら。良い匂い‥‥」 ところがリリアは途中で酒をほんの一口だけだが呑んで轟沈してしまう。当然、鈴代雅輝が現れたときは高いびきである。 しょうがねぇと鈴代雅輝は呟いてリリアを肴にルーディ、御影銀藍、キース、東雲雷蔵とどんちゃん騒ぎを始めた。 「イカはおみやげなのです」 礼野はイカを漁師に頼んで捌いてもらう。ちなみに玄間北斗と協力して釣ったものだ。 イカは酒を主体とした調味料にしばらく漬けてから干されるようである。明日の朝には程良くなっているはずだ。 「干しイカに塩辛にゃ〜☆」 塩辛にも挑戦していたのがマナカだ。手際よく捌いて大量の塩と共に樽へと漬け込む。 その他に漁師達は小さなイカを生きたまま醤油の樽へと漬けている。こちらはお土産用として最後に開拓者全員に手渡された。 ●そして 深夜になる前に白吹雪丸は漁を終えて安州の港へと戻る。 急げば精霊門での移動に間に合いそうだが、多くの開拓者達は一晩を安州の宿で過ごすことにした。帰ったのは新鮮な魚を持ち帰りたいと考えていた一部の開拓者のみだ。ちなみに宿の代金も白吹雪丸を用意してくれた依頼人持ちである。 翌朝、開拓者達は余った魚を干物にした。よい日射しと風が吹いたので夕方には程良い状態になる。 二日目の深夜、開拓者達は精霊門を潜って神楽の都へと戻っていった。 |