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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「美奈さん、今日はシャキッとしていますのね」 茹だるような暑さの晩。智塚鏡子は妹の光奈の後ろ姿に声をかけた。 いつもなら仕事が終わってぐでんとだらけているはずの光奈が部屋の片隅で懸命に何かをしている。ひょいと覗いてみるとどうやら荷造りをしているようだ。 「ちょうどよいところに来たのですよ。お姉ちゃんも旅の用意をしてくださいです☆」 「え? どういうことかしら?」 鏡子が側に座ると光奈は身体ごと振り向いて説明を始めた。 今日の昼、手回し式かき氷削り器を手がけている鍛冶屋の元に予備を注文しにいったのだという。店の常連である呂から職人が安州に戻ってきていると聞かされたからだ。 情報は確かで鍛冶屋に職人の姿はあった。地方を回っていたのは新たに手伝ってくれる他の職人を探していたらしい。すべては製造が面倒な手回し式かき氷削り器を数多く仕上げる為だ。 近頃、氷霊結が使える巫女の間で手回し式かき氷削り器が評判になって注文がかなり舞い込んだと職人は笑顔で話してくれた。 「南志島にある何軒もの浜茶屋からも、手回し式かき氷削り器の大量発注があったと職人さんがいってまして」 光奈はかき氷削り器のハンドルを回す仕草をする。 「南志島って興志王の直轄地よね。海水浴で有名な。それと旅の用意と光奈さんとどう関係あるのかしら?」 「かなり重いので南志島の浜茶屋まで届けるのに開拓者さん達にお願いしたいって職人さんが。でも開拓者ギルドでのやり取りはよくわからないっていうので、慣れているわたしが引き受けたのです。削り器の予備を何台か格安で譲ってもらう約束なのですよ〜♪ 島での納品確認までお願いしたいって頼まれたので、さっきお父さんとお母さんに相談したら、お姉ちゃんも連れてついでに海で遊んできなさいって」 「え!! 嬉しいけれど‥‥それでは満腹屋の飯処が回らなくなってしまうわ」 「いつもは二階の宿屋を切り盛りしているお母さんが一階の給仕をしてくれるっていっていたので大丈夫なのですよ♪」 言葉では困ったといいながら鏡子も乗り気である。姉妹の心はすでに南志島へと飛んでいたのだった。 |
■参加者一覧
鶴嘴・毬(ia0680)
24歳・女・泰
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
鷺那(ib3479)
28歳・男・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●到着 「安州とは違う暑さなのですよ」 旅客飛空船から降りたばかりの智塚光奈はさっそく辺りを見回した。空気が澄んでいて遠くを見渡せばすべてが海である。 「日差しの強さも何故か許せてしまいますわね」 姉の鏡子は光奈と一緒に深呼吸をする。 智塚姉妹は開拓者達と旅客飛空船へと乗り込み、朱藩の首都、安州を離れて大海に浮かぶ南志島を訪れていた。 「ふふっ。鏡子さんに光奈さん、まずはお仕事ですよ」 「そ、そうなのですよ。お姉ちゃん急ぐのです〜」 フレイア(ib0257)に呼ばれた智塚姉妹は急いで旅客飛空船の貨物用船倉扉へと回る。島に来た目的は手回し式かき氷削り器を浜茶屋四軒に届ける事。海で遊ぶのはそれをこなしてからだ。 「お仕事、お仕事っと。あ、光奈ちゃんに鏡子ちゃん」 飛空船から降ろしたばかりの木箱をアルマ・ムリフェイン(ib3629)が背負子に縄でくくりつけていた。それを智塚姉妹が手伝う。 旅客飛空船が着陸している一帯はしっかりした土地だが運び先の浜茶屋は砂浜にあるという。出来るのならば車輪付きの台車で運びたいものの砂地では無理だ。担ぐより方法はなかった。 「これで最後だな」 両肩に一つずつ木箱を担いで鶴嘴・毬(ia0680)が船倉から下りてきた。一旦旅客飛空船から少し離れた木々の根本まで荷物全部を移動させる。 浜茶屋の四軒はそれぞれが離れて建っていた。 二キロほど先にある浜茶屋の担当は鷺那(ib3479)とルーディ・ガーランド(ib0966)。 四キロ先のはラムセス(ib0417)とアルマ。 六キロ先のは十野間 修(ib3415)と明王院 月与(ib0343)。 一番遠い十キロ先は鶴嘴毬とフレイアである。 体力を考えて旅客飛空船内で決めた担当だ。短い距離の担当は早くに終わりそうなので、その時は長距離の仲間を手伝う約束である。ちなみに智塚姉妹はこの場で未配達の木箱や開拓者達の荷物の見張り役を務める。 「お願いしますです〜♪」 「ありがとう。ゆっくりと行って来ますね」 光奈から受け取った瓢箪の水筒を腰にぶら下げると鷺那は背負子を担いだ。無理をせず丁寧に運ぶためにまずは一箱が括られている。 「さて、こいつを片付けなきゃ。暑さ対策に帽子を」 「ルーディさんもどうぞ」 帽子を被ったルーディに鏡子が瓢箪の水入れを手渡す。鶴嘴毬とルーディの組は智塚姉妹に見送られながら出発した。 「ラムセスさんの担当は『涼風屋』なのです☆」 「わかりましたデス〜。がんばるデス!」 光奈に送り先を再確認をしたラムセスは忘れないように手の甲へと炭で浜茶屋の名を書いておく。 「これだけの量なら一箱ずつ運んでも夕方までには運べるよねっ。それでは!」 ルーディが元気よく跳ねるように背負子を担いで出発する。その後をテクテクとラムセスはついていった。 仲間よりも先に出発していた恋人同士の十野間修と月与はこの時すでに砂浜を歩いていた。 「焦るのは禁物です。少し休みましょう」 木陰を見つけた十野間修は月与に声をかけて涼む事にした。被っていた笠を外して竹水筒を取り出す。中身の水には一撮みの塩と柑橘の果汁が入っている。月与と一緒に用意したものだ。 「海に入ったら気持ちよさそうだね」 月与も笠をとって額にかいた汗を持ってきた手ぬぐいで拭う。十野間修の分の手ぬぐいもちゃんと用意してある。水を補給すると仲良く並んで砂浜に足跡をつけてゆく二人だ。 十野間修と月与とは反対方向の砂浜を歩いていたのが鶴嘴毬とフレイアである。 「海を眺めながら歩くのもいいもんだ」 鶴嘴毬はフレイアと一緒にさざ波を聞きながら砂浜を歩き続ける。かなり遠くなので焦っても仕方がなかった。 「この暑さならかき氷は飛ぶように売れるのでしょうね」 フレイアは運んでいる手回し式かき氷削り器が浜茶屋で大活躍している様子を想像する。おそらくは氷室の氷だけでは足りずに氷霊結が使える巫女も雇っているのだろう。 魔術師のフレイアもフローズという冷却系の技が使えるものの、攻撃に特化したものなので拳大の水を凍らせるのがせいぜいだ。それでも回数を重ねれば家庭料理の分くらいは何とかなるのだが。 全員が協力し合ってすべての手回し式かき氷削り器は到着初日のうちに配達される。 その日の夕食は智塚姉妹が用意した。普段は給仕とはいえ二人とも食事処を営む一家の娘。料理の腕はそれなりに持っている。ちなみに光奈が作ったのはお好み焼きだ。 借りたてぇんとは四人用なので男女で分散して休む事となる。智塚姉妹が一つ。女性陣が一つ。男性陣はさらに二手に分かれるのだった。 ●南の楽園 一晩が過ぎて新たな太陽が昇る。今日から明日一杯までは自由時間である。 「海は冷たくて気持ちいいのです〜」 「光奈さん、あまり遠くにいっては駄目ですわ」 智塚姉妹はさっそく海に入って泳ぎ始める。光奈は上下が繋がった朱色のワンピーススタイル。鏡子は青いビキニスタイルだ。 「修君‥‥新調した水着、どうかな?」 着替えた月与はてぇんとから飛びだして十野間修の元へと駆け寄る。気恥ずかしかったものの真っ先に観てもらいたかったからだ。 月与の大胆な胸元が開いた水着に十野間修はしばらく言葉を失ったが、意趣返しをしようと悪戯心が騒ぐ。 「余り無防備に周囲に魅力を振り撒かないで下さいね。二人っきりの時に、いくらでも見てあげますから」 十野間修に片寄せられて耳元で囁かれた月与は頬をぽっと赤く染めるのだった。 (「お母さんのようにおひねりをもらえるようにがんばるのデス!」) 遊ぶ前にラムセスがしたのは三味線を鳴らしながら海辺で唄う事。母親曰く、失恋の歌が海には似合うと聞いて試してみる吟遊詩人のラムセスだ。 「♪あなたはほほえみでした、 ぼくはしあわせでした、 ぼくらですべてはみちたりて、 ひるはひかりみちて、 よるにあいはみちて、 やさしいねいろがふっていました。 いつからでしょう、 やまないあめは。 いつになるでしょう、 おもいでがやさしいのは。 きっとあめはとかしてくれます、 すべてすべてを、 いつかいつかは、 やさしくあまいあまだれのうたが♪」 拍手と共に聴き入った者達からいくらかのおひねりをもらったラムセスは、昨日かき氷削り器を届けた先の浜茶屋の涼風屋を再び訪れる。 「お、坊主。よく来たな」 「また来たのデス〜」 おひねりで夏ミカン味のかき氷を注文する。口に頬張ると冷たくて酸っぱくて甘かった。他にあった西瓜味も頼んでみる。 (「食べ過ぎてお父さんみたくならないように注意するのデス」) ラムセスは風鈴の音を聞きながら木陰でかき氷を食べ続ける。その後、砂浜で遊んでいた智塚姉妹と合流して夕方までを楽しく過ごすのであった。 「これが、かき氷とかいう食べ物か。あたしも頼んでみようかな」 「お勧めは黒蜜かき氷なのですよ♪」 一泳ぎした鶴嘴毬は浜茶屋でくつろいでいた光奈と同じ野外の卓へとついた。光奈のお勧め通りに注文し、さっそく食べてみる。独特の風味が鼻孔を抜けて、舌に残る甘さがなんともいえなかった。 「明日、修と月与さんと、かき氷の食べ歩きをする約束をしたのですよ〜」 「それも面白そうだが明日は板乗りをしてみたいのでね」 鶴嘴毬はかき氷を食べ終わると光奈と別れて再び泳ぎを楽しんだ。豪快な泳ぎは周囲の者達を魅了したのだが本人は気づいていない。 「鶴嘴さんがいらっしゃる間には合わなかったようですわね。何やら板乗りの話題が出ていたようですけれど」 「泳いでいるようだな。ここからでもよく見える」 苺のピューレを凍らせたシャーベット入りの器を持ってフレイアとルーディが光奈の元を訪れる。 今居る浜茶屋はかき氷削り器を届けたうちの一軒なので融通が利く。そこで調理場を少し貸してもらってフレイアはシャーベットを作り上げたのである。フローズが使えるルーディはその手伝いをしたばかりだ。 鶴嘴毬には夕食時にでも食べてもらう事にして溶けないうちにシャーベットを頂いた。鏡子とラムセスもやって来てしばらくお喋りの時間が続いた。 「菓子作りの類は余りやったことない‥‥というか、こういうのに魔法を使うのは面白い発想だよな」 「どんな風に作ったのです?」 ルーディがフレイアから教えてもらったばかりのシャーベットの作り方を光奈にも伝える。 「冷たいものばかりではなくこちらはどうでしょうか、お嬢さん方」 「あら、鷺那さんもこちらに?」 たくさんのイカ焼きがのった皿を手に持って鷺那が現れる。隣の浜茶屋でお手伝いをしていると鏡子に頬笑んだ。日向で遊ぶのが苦手だと話しを続けて。 「美味しそうなのですよ♪」 さっそくイカ焼きを両手に持って頂く光奈である。 「あ、ここにいたっ! ルディちゃんから今日は釣りだっていってたのにっ」 釣り道具を抱えて駆け寄ってきたアルマがルーディに迫る。 「料理作りにもちょっと興味があって。それではいこっか」 ルーディはアルマと一緒に魚釣りへと出かける。ちなみに板での波乗りに元々興味があったアルマも明日一緒に参加するようだ。 「こちらで遊びましょう〜」 「光奈さんたち〜」 十野間修と月与の声が聞こえて光奈が後ろを振り向いた。十野間修が球を大きく掲げている。 「きっとあれで遊ぼうって意味なのですよ。お姉ちゃん」 「そうね」 その場の仲間達を誘って光奈は十野間修と月与と球遊びに興じる。強い日差しの中、球が砂浜を飛び交った。 夕食にはルーディはアルマが釣った魚が並ぶ。中でも真鯛を釣り上げたアルマは意気揚々としていた。 ●かき氷と波乗り 到着三日目の午前中はかき氷の食べ巡りをし、午後から全員で波の荒い海岸へと向かう事となる。 「いろいろとあるものですね。見たこともない果物を使ったものもありますし」 十野間修はかき氷の多様性に感心する。それぞれの浜茶屋で創意工夫がなされていたからだ。 「どうぞ食べて。美味しいから」 「これは酸っぱいのですね〜♪」 月与が差し出した器から光奈がサジでかき氷を掬う。味を試すのにいろいろな種類のかき氷を多人数で頼み、みんなで少しずつ楽しんだ。 「南志島の人はすごいのです。銀政さんに教えてあげるのですよ☆」 美味しかったかき氷について感想を書き残す光奈である。 そして波の荒い砂浜へと出向いた。何人かが借りた板をもって次々と海へ飛び込む。 「これは結構‥‥難しいものだな」 そう呟きながら波に乗っていたのは鶴嘴毬。うねる波に合わせて板の上で立ち上がって姿勢を整える。海面を滑る感覚が非常に新鮮であった。 「光奈さんはそれなりですわね。鏡子さんは‥‥、少し手を貸して差し上げましょうか」 智塚姉妹の様子をしばらく観察していたフレイアは鏡子の元へと泳いで向かう。そして板から落ちて沈んだ鏡子を砂浜まで運んであげる。 「光奈には負けられませんわ!」 まだまだ心が折れていない様子の鏡子は海へと戻ってゆく。フレイアはなるべく近くにいて見守る事にした。 「波音が心地いい感じ」 「そうだね‥‥」 月与と十野間修は仲間達から少し離れた場所で過ごす。夜になればもっと二人の距離が近づくに違いない。 「風も水もしょっぱくてタダでお塩が取り放題デス!」 ラムセスは鍋を借りてきて海水でお塩作りに挑戦していた。流木で焚き火をして海水を煮詰めてゆく。 「首飾りによさそうな真っ赤な貝殻を見つけたのデス〜」 焚き火の近くにいると暑いので見える範囲の砂浜でお土産として貝殻を拾う。お塩もお土産の一つだ。 「これは難しい‥‥。うおっ!」 うまく波に乗っていたルーディだが側を通過したアルマに気を取られて転倒してしまう。だが泡立つ海の中から見上げる天上の光は何ともいえず美しかった。 「ルディちゃん、消えちゃった?」 沈んだとも知らずにアルマはキョロキョロと波に乗りながらルーディを探す。その時、巨大な波がやってくるのを知る。 ざりざりぱさぱさするので出来れば尻尾を濡らしたくはなかったアルマだが、千載一遇の機会に胸が躍った。 「!!」 波が作り上げる管の中へ入った瞬間にアルマは転倒する。海面に顔を出したときは偶然にもルーディのすぐ近くであった。 顔を見合わせて笑うアルマとルーディだ。 「はい、光奈のお嬢さん。波乗りうまいんだね」 「乗るのは初めてなのですよ。それに最後コケちゃったのです〜」 砂浜にあがってきた光奈に鷺那が竹水筒を手渡す。仲間達の為にいろいろと用意をしてくれた鷺那であった。 日中思いっきり波に揉まれた一行は、てぇんとのある区域に戻って夕食をとる。 そして南志島最後の月夜を過ごした。 十野間修と月与はどこかへ。 ラムセスは失恋の唄を波音に合わせて唄う。 光奈は鷺那に誘われて夜空の星をしばらく楽しんだ。食べ物を手にしたまま色気がないところが光奈らしいのだが。 フレイアは鏡子と一緒に砂浜を散歩する。 鶴嘴毬はルーディとアルマに誘われて一緒に釣りを楽しんだ。魚はその場で焼いて翌日の弁当となった。 ●そして 早朝、ゴツンという打撃音がてぇんと周辺に響き渡る。 「そんな怒らなくたってイイじゃんっ‥!」 アルマがルーディに殴られたようだが、それには理由があった。どうやらアルマが寝ているルーディの顔に落書きをしたようだ。 「ぐるぐるホッペに額にルの字、顎鬚にまぶたに目を描いただけなのにっ!」 アルマが挙げた両手をグルグルと回す。 すでに洗い落としたようでルーディの顔には何もなかった。さらにもう一発、頭にルーディの拳が落ちる。それでも帰りの旅客飛空船に乗り込む頃には仲直りしていた二人だ。 楽しい時間を南志島で過ごし、安州へ戻ってきた一行は満腹屋へと立ち寄る。すると店の奥に十台もの手回し式かき氷削り器が積まれていた。 留守にしている間に鍛冶職人が届けてくれたのだという。特別に一台分の値段でよいといっていたらしい。 「さすがに置き場にも困るのですよ〜。そうだ☆」 十台も必要ではないので光奈は仕事のお礼として一台ずつ開拓者に贈る。満腹屋は元々ある一台に予備の二台で充分である。 「氷が作れないとあまり意味がないので、よかったら必要な人に譲ってあげて欲しいのですよ〜」 「楽しかったですわ〜」 そして光奈と鏡子は神楽の都へと帰る開拓者達を見送るのであった。 |