花火師
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/06/30 16:26



■オープニング本文

 神楽の都から歩いて一日の場所に『安神』という武天の町がある。交通の要所として賑わう安神ではたくさんの商売、職業が成り立つ。
 その中の一つが花火師だ。
 町中では危ないので、花火師の作業小屋は安神の郊外に建てられていた。ある程度離れて位置に点々と存在する。
「夏にはでっけぇのを打ち上げて、みんなの度肝を抜きてぇもんだ‥‥」
 青年花火師『徳郎』は作業小屋の中で腕組みをして呻る。
 徳郎は若いながら腕がよいと評判で、安神の庄屋から花火の注文を受けていた。夏の祭りに打ち上げるのだが、ここは一つ、目玉となる花火が欲しかった。
「どんなのにしようか‥‥。それにしても、ちと手が足りねえか」
 着想はまだだが居ても立ってもいられない。徳郎は膝を叩いて立ち上がる。
 さっそく徒歩で神楽の都の開拓者ギルドを訪れた徳郎は受付に説明した。
「打ち上げの花火玉は和紙を張り合わせて作るんだけどよ。それって結構てぇへんなんだよ。夏まであまり時間がねぇことだしよ。それに火薬の配合も大量になるだろうから手伝ってもらいてぇことは山ほどあるんだ」
 徳郎は打ち上げ花火作りを手伝ってくれる開拓者を募集するのだった。


■参加者一覧
月夜魅(ia0030
20歳・女・陰
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
月村 梓(ia0164
20歳・女・志
紅(ia0165
20歳・女・志
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
喪越(ia1670
33歳・男・陰


■リプレイ本文

●花火師
「集まってくれてありがとうよ。なんせ、頼まれた花火がたくさんあって、一人じゃ手が回らねぇんだよ」
 夕方、武天にある安神の郊外。花火師『徳郎』は作業小屋の板間へと座り、集まってくれた開拓者達に頭を下げた。
「花火は見て楽しみこそすれ、作っているところはついぞ見たことが無い。作り方を知っていれば、また違った楽しみ方があるやもしれん」
 月村 梓(ia0164)は、興味津々の瞳で小屋の中にある道具類を見回す。
「花火は好きだ。その作業を手伝えるというのであれば光栄だな」
 紅(ia0165)は赤い瞳で徳郎を見つめた。
「そうそう、花火を作るだなんて、こんな楽しそうなことを放っておけるわけがない」
 神楽の都からここに来るまでの道中、どの様な花火が出来るのかを考えていた俳沢折々(ia0401)である。
「どんな感じで作るんでしょうか‥‥」
 花火作りがよくわからない鳳・陽媛(ia0920)は、徳郎に教えてもらった手順を書き残して参考にしようと思っていた。
「花火といやあ、爆発! いいねぇ。漢のロマンだねぇ。お、これりゃなんだい?」
 眼鏡のブリッジ部分をクイッと持ち上げながら辺りの品物を興味深げに眺めていたのは喪越(ia1670)である。
「花火作り‥‥ですか、こういうのも良い経験になりそうですけど‥」
 朝比奈 空(ia0086)は花火や火薬に関する事をいろいろと調べてきた。但し、今の所は耳学問である。
「きっと素晴らしい花火を作る事が出来る筈です。頑張りましょう」
 佐久間一(ia0503)がコートの中で拳を強く握りしめる。
「そうそう♪ 夏の夜といえば花火っ! 頑張りましょうっ♪」
 月夜魅(ia0030)は元気いっぱいに右腕を挙げて振る。
「よっしゃ、それじゃまあ、最初に花火作りの流れって奴を説明しておこうか」
 徳郎は大まかな打ち上げ花火を作る工程を語った。
 最初は様々な材料を配合して火薬を作る作業である。当然の事ながら、輝く色によってたくさんの種類を用意しなければならない。出来上がった火薬は色火と呼ばれる。
 同じ火薬でも玉を破裂させる為の割薬は特別だ。一番慎重な作業が求められるようだ。
 続いては色火を使っての『星』作りである。開拓者には徳郎がやる作業を手伝ってもらう。そして作り置きした玉に詰める作業、さらに和紙を貼る作業へと続く。
「まあ、乾燥に時間がかかるんで順番通りにゃいかねぇが、こんなところだ。早速と行きたいところなんだが‥‥」
 徳郎は沈んだ表情を浮かべた。主役となる花火をどのようなものにするのか、未だ決めかねていたのである。
「何でもいいから、どんな花火が見たいかいってくれ。思いつくきっかけになるかも知れねぇからよ」
 徳郎に訊ねられた開拓者達は考えを伝える。
「そうだな‥‥。ここはやはり『菊先』や『やし』がよいのではないか? 色合いを別にしてみると結構面白いのでは? 紅やし、黄金やしとかな」
 紅がいう菊先とは一番よく見る打ち上げ花火だ。円を描くように細かな光点が広がり、金色から様々な色へと変化してゆく花火である。
 やしとは爆発した点を中心に太い光の束が四方八方に周囲へ伸びてゆく花火。色によって様々な種類が存在する。
「基本を抑えておくのも必要だな。確かに‥‥」
 紅の意見に徳郎が頷く。
「大きなやつが良いかな。どこからでも見えるような、ね」
「なら二尺玉を連発だな」
 俳沢折々が徳郎の前で大きく両手を広げた。すると四つん這いになった喪越が徳郎に近づてくる。
「派手なのがいいねぇ! どかんといこうぜ。ところでよぉ、『もふら様』の顔を花火でってのは無理なのかい? 人気あるみてぇだからよ」
「‥‥‥‥もふら様の顔か。難しそうだが、一発ぐらい試してみるのも悪かねぇか‥‥」
 しばらく考えた後で徳郎は喪越に答える。
「もふら様が出来るのなら、お得意様の家紋や店の紋をかたどっては如何でしょう? あまり『粋』とはいえませんけどね」
「注文があったらその時考えるが、今んとこねぇからなあ〜」
 とりあえず佐久間一の案は徳郎によって保留となった。
 徳郎は開拓者達から希望を聞いて仕事を割り振る。
 火薬を作る作業に携わるのは朝比奈空、月村梓、喪越。
 星作りを手伝うのは佐久間一、紅。
 玉を作ったり、和紙を貼る最終的な作業は月夜魅、俳沢折々、鳳陽媛。
 手の空いた者が忙しいところを手伝う形になるが、基本的な配置はこうである。
 明日からの花火作りに備えて、早くに就寝した開拓者達であった。

●配合作業
「話しには聞いていましたけど、これは結構暑いですね」
 作業用の服に着替えた朝比奈空が呟く。
 頭に布を被せ、口にも覆いをつける。そして服は完全に密閉。長袖に手袋もはめられていた。
「致し方あるまい」
 月村梓は煙管などの荷物を作業場とは離れた場所に預ける。火薬をいじるとなれば火気厳禁だからだ。
「こりゃクールだねぇ。まあ、火薬の調合はそれだけ大変って訳だ」
 喪越は身体を捻って自分の各所を眺めてみた。
「それじゃ始めようかい」
 徳郎も同じ格好をしてさっそく作業が開始される。まずは材料を篩にかけて火薬の材料から異物を取りだす作業である。
 色火というのは主に二種類に分けられる。燃やすのを促進させる薬品と、色そのものを発光させる薬品だ。
「こりゃ、なんだか楽しい気分になってきたぜ!」
 喪越は篩をちょっと変わった動きで振っていた。ぐるぐると回したり、突然止めて短く振ってみたりなど。
 作業そのものは出来ていたので徳郎は黙って様子を見る。
 篩の作業が一段落すると量りの作業となる。
「匙、半分入れますね」
「さらにもう四分の一入れてくれ‥‥。よしここだ!」
 朝比奈空が薬品を天秤にのせてゆき、月村梓が目盛りを見つめていた。徳郎がいった通りに薬品の重さを分けてゆく。
「玄人なら感触や色でわかるのかもしれんが、我々素人はこのぐらいしておかんとな」
 量り終わった容器には月村梓が札を貼ってゆく。一目でどれが何かがわかるように目印が書かれてあった。
「皆さーん、お茶デスYo−」
 裏返った無理矢理な女声が突然聞こえてきて、月村梓と朝比奈空は背筋を震えさせる。喪越の仕業であった。
「やだぁ、そんなに見つめちゃ‥‥って、冗談はここら辺にして、あまり根詰めるのも失敗の元だぜ。休憩にしようじゃねぇか」
「そうだな。つい作業が進むのが嬉しくて、時間を忘れちまったようだ」
 喪越の案を徳郎は了解する。他の仲間達も呼んで休憩の時間となった。
 見かけによらず徳郎は甘いもの好きのようで、買ってあった饅頭が並べられる。同じ甘い物好きな月夜魅と喪越は饅頭談義に花を咲かせた。
 小一時間の後、作業は再開される。
 次に行われたのは配合の作業だ。
「静かにゆっくりと均一にですね‥‥」
 分量通りに薬品が入れられた器の中を朝比奈空がかき回す。そしてさらに均一にする為に篩にかけられる。
 配合された色火は星を作る仲間達に引き継がれるのであった。

●星
「タライを回してゆくのですね」
「なるほど。粒を揃えるのが肝心なのか」
 佐久間一と紅は星作りに挑戦していた。
 まずはタライの中に湿らせたたくさんの菜種が入れられる。
 色火を水と糊で溶いたものを適量だけ柄杓で掬い、タライの中へと注がれた。そしてタライを回して菜種に絡ませてゆく。
 これが星がけの作業である。
 完全に絡まったところで乾燥が行われ、それが何度も繰り返される。やがて大きくなったものが星と呼ばれる花火の元だ。
「少しずつやらねぇとな、星の大きさが均一にならねぇのよ。均一にならねぇと夜空で火が点いた時にまちまちになっちまうだろ。それじゃ花火は綺麗じゃねぇのよ」
 徳郎が教えてくれた順番にかける色火は変えられる。これによって色の変化が決まるらしい。
「なかなか大きくならないものだな。これは大変な作業だ」
 日陰に広げられる乾燥中のたくさんの小さな粒を見て紅が呟く。
「こうやって丁寧に作られながら、一瞬で夜空に散る‥‥。他のみなさんもいっていましたが、花火とはいいものですね。特に打ち上げ花火は」
「楽しみだな。これがいつか夜空に上がる日が」
 佐久間一と紅はしばし眺めてから作業場に戻ってゆく。
 途中から配合作業が終わった朝比奈空、月村梓、喪越の三人が手伝ってくれる。徳郎は割薬の作業に移った。

●玉作り
「こんな感じでどうでしょう?」
「ああ、いい感じだ。寸玉もたくさんいるからよ。頼んだぜ」
 鳳陽媛がやって来たばかりの徳郎に貼ったばかりの玉皮を見せた。玉皮とは丸い木型に紙を貼り込んで作られる。
「まん丸って、い、意外と大変ですね‥‥がんばります!」
 月夜魅も玉皮作りに汗を流す。
 紙にまとめて糊を塗って急いで貼ってゆく。
 要領よく張り合わせて乾燥させた後、二つの半球形へと切り分けられた。この中に星が詰められる寸法だ。
「なるほどー。奥が深い! 奥が深いよ花火作り!!」
 俳沢折々も最初は小さな玉皮作りを手伝う。割薬で爆発するとはいえ、やはり球の均一さが求められる。
 後で修正する作業があるとはいえ、可能な限りの真球が追求された。
 やがて三人が慣れた頃に二尺の玉皮が作りが始まる。
 二尺玉とは直径で六十センチメートル弱となる。わずかに小さめなのは打ち上げる時の筒の大きさが二尺だからだ。遊びがなければ花火はうまく打ち上がらない。
「はい、つけおわりました♪」
 刷毛を持つ鳳陽媛が次々と紙に糊を塗ってゆく。
「はい、どうぞ」
 月夜魅は紙を拾って鳳陽媛に渡す。
「形よく、貼っていかねば、この型に」
 俳沢折々が大きな丸い木型に紙を貼り込んでゆく。
 休憩を挟むたびに役割を交代する。
 玉皮作りは星作りと平行して行われた。
 やがて二つの作業が大詰めを迎え、玉皮に星が詰められる作業となる。
 そこで花火作りが終わる訳ではなかった。さらに帯状に紙を貼り込んだり、乾燥、転がして空気を抜く作業も行われる。
 次第に打ち上げ花火の玉の完成品が増えてゆく。この時点で二尺玉も二つ出来上がる。
 星と玉皮作りまでが完全に完了したところで、開拓者達の手伝いは終わった。
「残りの完成は俺だけで大丈夫だ。明日にはお別れってことで、今夜、酒盛りと一緒に手持ちの花火でもやろうや」
 徳郎の計らいで花火を楽しむ時間が用意されるのだった。

●花火
「綺麗だね。次はこれにしようーかな」
 鳳陽媛は赤く飛び散る花火が終わり、蝋燭を使って次に火を点けた。
「青いのですか。自分のは‥‥金色ですね。蛇花火もいいですよ。後でやりましょうね」
 青い花火を持つ鳳陽媛の隣りで、佐久間一は明るい輝きの花火を見つめる。
「これだぜ、これ! この勢いある派手なのが俺の好みよ!!」
 喪越が地面に立てられた筒に火を点けると勢いよく火の粉の柱が上がった。
「花火の醍醐味――って、お、押すんじゃねぇぞ!? うぁ!!」
 誰かに押された勢いのまま、喪越は火の粉の中を通過してしまう。仲間全員で身体を叩いて、火の粉を消してあげた。
 押した犯人は紅と月夜魅の二人である。
 月夜魅は足が滑ったと笑顔を零し、紅は押すなといったからと涼しげに告げた。ちなみに押すなといいながら後ろに回した手で招く動作をしていた喪越である。
「大丈夫ですか?」
 念の為、鳳陽媛は喪越に神風恩寵をかけてあげた。
「夏近し‥花火の音、光‥賑やかな声‥酒の肴に困らん季節が来るか。楽しみだ」
 縁側に座っていた月村梓は仲間達の賑やかさを肴に酒を一杯頂いた。
 次々と花火が輝きを放ち、最後は線香花火で締めとなる。
「時期が少し早いかもしれませんが‥‥とても綺麗ですね」
 朝比奈空が最初に線香花火を灯す。小さくパチパチと囁き始めた。
「きれ〜い♪」
 鳳陽媛は円らな瞳を輝かせる。
「いいものだ。花火というのは‥‥」
 紅は感慨深げに呟いた。
「線香花火と人生は似ているな‥‥。ちょっとしたきっかけで終わってしまうかもしれないほどに儚いもの‥‥だが、それがいい。そうだからこそ、一層綺麗に輝こうとするものよ」
 今まで酒を頂いていた月村梓も、最後の線香花火には参加する。
 代わりに縁側へ座っていたのは喪越と佐久間一である。
「セニョリータ達の艶姿を肴に一杯ってぇのも乙だねぇ。アミーゴも一杯どうだい?」
「自分はお酒はちょっと‥‥。でもいいですよね、本当に」
 少し焦げた喪越はぐびりと酒を食らい、佐久間一は置いてあった饅頭を頂く。
「作ったばかりの打ち上げ花火はがまんがまんと。今はこれを楽しもう」
 俳沢折々は線香花火を愛でる。垂らす線香花火の先端に輝く小さな玉。そこから小さな火花が飛び散る。
「炎色の 彼方に滲む 夏の色」
 一句詠んだ『俳沢折折』である。
「一番、線香花火が長持ちしたのは月夜さんのようだな。ん?」
 紅が覗き込むと月夜魅は線香花火を持ちながら寝ていた。
「みんな本当にありがとうよ。これで期日までに何とかならぁ‥‥」
 最後は徳郎の男泣きで花火の時間はお開きとなる。
 そして翌朝、開拓者達は徳郎に見送られながら神楽の都へと帰ってゆくのだった。