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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 梅雨で湿る日の満腹屋。 客が少ない時間に智塚光奈は試食を繰り返していた。 「あら光奈さん、またそんな顔をして。お嫁の貰い手がなくなってしまいますわ」 お盆を胸元で抱えながら姉の鏡子が見下ろしていたのは、椅子に座ってもがく妹の光奈。卓の上には食べかけのかき氷。 「だって頭の奥がキ〜ン!ってするのですよ〜」 「それはそうでしょうね。いくら銀政さんが氷を作ってくれるからって、もう五杯目ですもの。よく今まで平気だったと感心するぐらいですわ」 涙目の光奈の姿を見て鏡子は軽いため息をついた。 先日、光奈が連れてきた住み込みの銀政は『氷霊結』が使える巫女だ。ちなみに巫女といっても男性である。 水を凍らせられる氷霊結はこれから迎える夏場にうってつけの技といえる。光奈と銀政は満腹屋で出すかき氷の試作中であった。 「宇治金時のかき氷でいいんじゃねぇか。そんなに凝らなくてもよ」 「ダメなのですよ。宇治金時は美味しいですけど人の好みはたくさんなのです。うっ‥‥マタ、イタイ‥ノ‥デス」 素のかき氷を器に入れて運んでくる銀政。店の隅の卓で試作のタレをかき氷にかけてキーンとしている光奈。その繰り返しが続く。 銀政が作る氷の大きさに合わせて専用のかき氷の削り器は用意されている。後はかけるタレを用意するだけであったのだが。 「かき氷として美味しく、それでいて作り置きをしても数日は大丈夫なタレ‥‥ね」 「そ、そういうのを目指しているのですけど‥‥なかなかうまくいかないのです」 ついに卓へと突っ伏して光奈はバタンキュー状態になっていた。そんな光奈に鏡子は話しかける。 翌日、光奈は開拓者ギルドへと駆け込んだ。美味しいかき氷のタレを一緒に開発してくれる仲間を探す為に。 |
■参加者一覧
樹(ia0539)
21歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
花三札・猪乃介(ib2291)
15歳・男・騎
無明 縁慈(ib3091)
23歳・男・泰
マナカ(ib3114)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●夏間近 「よ、よく来てくれたのです‥‥。待っていたのですよ」 早朝の満腹屋。開拓者達が店内に入ると智塚光奈がふらふらとした足取りで近づいてくる。彼女がへばり気味なのは蒸し暑いせいだ。じっとりと汗がまとわりつく気候に光奈だけでなく訪れている客達も不機嫌そうである。 「とにかくかき氷のタレ作りをお願いしたいのですよ。お姉ちゃん、お店をお願いするのです」 「光奈さん、がんばってね」 光奈は開拓者達との挨拶を済ませると給仕を姉の鏡子に任せて裏庭へと移動する。すでに氷霊結が使える銀政が待機していた。 「氷なら任せてくんな!」 「銀政さん、タレが出来てからの方がいいのですよ」 張り切る銀政の腕を光奈が掴んで止める。 「腕の見せ所なんだがな。なら宇治金時のかき氷を振る舞っちゃどうだ? 夏はまだだってぇのに蒸し暑いしよぉ」 「それはいい考えなのですよ☆」 銀政に光奈が大きく頷く。 「これはとても便利なものですの」 礼野 真夢紀(ia1144)が見つめたのは銀政が扱っていた器機だ。氷霊結で作り出した氷を固定してハンドルを回すと削れる仕組みである。 「一々鉋で削らなくても良いし‥‥」 礼野に手招きされた明王院 月与(ib0343)も器機を一緒に眺めた。 器機の名は『手回し式かき氷削り器』。光奈が方々をかけずり回って手に入れたものである。 「はぁ‥‥すっごく幸せだよねぇ」 樹(ia0539)は裏庭にあった長椅子に座って宇治金時のかき氷を食べる。キンと冷たい氷が口の中ですっと解けてと一口ごと余韻に浸った。 「もっとたくさんの種類があるといいと思うのですよ」 光奈も座り、宇治金時のかき氷を頂くのだった。 「銀政のにーちゃんの練力が尽きるのが先か、皆のネタが尽きるのが先か、俺が倒れるのが先か。試してやるッ!」 「俺も光奈に釘を刺されたが、がんばるのはタレが出来てからにしてくれな。ほら、まずは宇治金時だぜ」 花三札・猪乃介(ib2291)は銀政から受け取ったかき氷をさっそく賞味する。 「うめぇ〜」 一杯をペロリと平らげて二杯目をおかわりする花三札だ。 「かき氷のタレにゃ」 ひとまず宇治金時を食べてからそそっと光奈に近づいたのが猫獣人のマナカ(ib3114)である。 「今の季節だと、飲んべえは麦酒とか梅酒とか葡萄酒とか天儀酒なんかを掛けて食べると美味しいかもにゃね〜☆」 「大人向けにお酒なのですか」 光奈に顔を急接近させて頷くマナカであった。 (「オイラはどんなタレを作ろうかなぁ‥‥」) 無明 縁慈(ib3091)はいろいろと考えるものの、よいタレが浮かばない。そこで満腹屋の調理場を見学させてもらえないかと光奈に相談する。 「後でわたしからもいっておくので大丈夫なのです♪」 笑顔で承諾してくれる光奈だ。 「ところで調理場は貸して頂けるのでしょうか?」 「調理場でのタレ作りは店仕舞いの後がいいのです。簡単なものならここや裏方の隅なら問題ないのですよ」 夏 麗華(ia9430)は光奈から確認をとる。調理そのものは日が暮れてからが勝負のようだ。 「陛下御用達開拓者とか‥無理ですか‥というかっ! 折角王様と顔合わす機会があったのにG布教が進んでいないじゃありませんか‥」 かき氷を掻き込みながら一人ぼやいたのが剣桜花(ia1851)である。キーンとした頭痛に襲われた後で銀政に告げた。『氷作り手伝います。二十回程度なら氷霊結使えますから』と。 剣桜花の他に礼野も氷霊結が使えるので銀政と合わせてかなりの氷が用意出来そうである。 かき氷を食べ終えたところで、それぞれに行動開始であった。 ●礼野と月与 「まゆちゃん。トッピングに白玉やミニミニ大福はどう?」 宵の口。薄絹の単衣の上からエプロンをつけた姿に着替えた月与は礼野と一緒に満腹屋の調理場でタレ作りを始める。他の開拓者と範囲を分け合って。 「まずお湯に甘味を溶かして冷やすですの」 割烹着姿の礼野は昼間に月与と一緒に買ってきた様々な食材に手をかけた。緑茶や黒砂糖、それに紫蘇などいろいろだ。 二人とも考えついたすべてのタレに挑戦する。 「冷たくて甘い中に、ピリッとした辛さがさっぱりしてて良くないかな?」 月与は生姜をすりつぶし、お湯に黒砂糖を溶かして煮詰めたものに加えたりした。他に黒ゴマを摺って甘辛い醤油と合わせてみる。手に入れた果実酒にハチミツを入れたりもして試した。 「そのままで保存できますの。かき氷にいい濃さを調べませんと」 礼野は紫蘇の葉を煮出して灰汁をとり、黒砂糖や蜂蜜、お酢で味を調える。そして出来上がったのが真っ赤な紫蘇ジュースである。 他に梅シロップや栗の実の甘煮の汁、濃さを調節した梅酒などもかき氷のタレとして持ってきた礼野だ。 二人はさっそく味見を行う。氷は礼野の自前である。削ったのは月与だ。 「甘いのと甘くないの、二種類用意したらどうでしょう?」 「乾燥した果実もあるといいよね」 タレの完成度を高める為にさらに案を出し合う二人であった。 ●マナカ 「市場を回ったらたくさん手に入ったニャ☆」 閉店後の卓上にたくさんのお酒を並べたのはマナカである。 「こりゃホントにたくさんだな」 素のかき氷を盛った器を運んできた銀政も一緒に席へとついた。お酒をかけたかき氷の試食を手伝ってくれるという。 「そのままだとダメのようにゃね〜。梅酒や葡萄酒は煮詰めたら美味しいかもニャ☆ 後でやってみるニャ。麦酒は薄まってもいいって言う人だけニャね‥‥」 「そのままかけただけだと一体感がねぇな」 一通りを試し終えたところで銀政が天儀酒を凍らせてくれる。それをかき氷にして出来上がったのが天儀酒かき氷である。 「美味いニャ☆」 「こりゃうめぇ!」 飲んべえにはぴったりのかき氷にマナカと銀政は大喜びだ。 ただ天儀酒かき氷を店に出すのには問題がある。一日に使える氷霊結の回数には限度があるので、一度にまとめての注文がなければ対応が難しかった。 その後、マナカは梅酒の梅に手を加えたりといろいろとタレを作った。特にジャム風のタレにこだわりをみせるのだった。 ●樹 「日持ちさせるというのであれば‥‥甘酒がよいかも」 案を思いついた樹はさっそく実行に移す。 市場で甘酒を手に入れて銀政に作ってもらった素のかき氷にかける。光奈を見かけたので樹は誘って裏庭の木陰で一緒に食べてみた。 「このままでも美味しいよね」 「イケるのですよ。かけるだけでなく、氷の底に敷いておくともっといいかも」 手を加えずともかなりの美味しさだと樹と光奈は意見が一致する。 ただ味に関しては問題ないものの、見かけが気にかかる。甘酒は白いので半透明な氷と大差がなくて非常に地味であった。 「水と一緒に果物を凍らせちゃうのはどうかな? 味とか食感とか面白いと思うんだけど」 「それだと特別なかき氷になってしまうのですよ。銀政さんが作り出せる氷の回数には限度があるのです〜」 銀政には毎回最大の大きさで氷を作ってもらわなければならないと光奈は樹に告げる。一日のうちに使える氷霊結の回数が限られているからだ。まとめての注文があれば別だが小分けで作るのは商売としては難しかった。それに腐りやすい果物を常備しておかなければならない危険もある。 「そうだよね」 甘酒のかき氷をよくする他の案を考える樹であった。 ●夏麗華 「さてと食材は揃いましたし、作り始めましょう」 夏麗華が取り組んだのは練乳である。牛乳と砂糖を煮詰めて作り上げるものだ。仕上がったものを素のかき氷にかけてみると思い通りの味になる。 「あの、そちらのタレを少々頂けますか?」 開拓者仲間が作ったタレを少しもらい、試しに混ぜてみる夏麗華であった。 ●無明縁慈 (「オイラはどんなタレを作ろうかなぁ」) 日中、無明縁慈は調理場の片隅で棚を眺めていた。並んでいる調味料からヒントを得ようとしていたのである。 ふと目に留まったのが酢。 (「酢といえば‥‥」) 無明縁慈は思いだす。故郷の村にあった珍しいタレの事を。 「面白そうなのですよ。酢は各地で味が違うので気に入ったのを探してくるといいのです〜」 光奈に相談した後で無明縁慈はひとっ走り市場へと出向く。いくつか購入して宵の口を迎えた。仲間達と並んで調理場でのタレ作り開始である。 必要なのは酢、醤油、砂糖の三つ。 酢だけではなく醤油と砂糖もなるべく記憶にある故郷の村の味を選んだ。 「この甘酸っぱさ‥‥」 小指につけて舐めて味を確認した無明縁慈は、銀政からもらった素のかき氷にかけてみる。 味見をしながら久しぶりに故郷の味を噛みしめた無明縁慈であった。 ●剣桜花 「開拓者を引退したら氷屋やろうかなと思ってるんですよ。向いているかなとか思いまして」 「これはなんなのです?」 「みぞれ‥要するにただの砂糖水ですね」 「いろいろあるのです〜」 剣桜花は手回し式かき氷削り器で氷を削りながら光奈に話しかけた。 素のかき氷の器が並べられるとさっそく試食開始である。 「これは試作品なので今年商品化というわけにはいかないのですが‥‥いろいろ混ぜたジルベリアのジャムです。そのままでは濃いので少し伸ばして‥‥保存に関しては元がジャムなので無問題かと。味はレモン味ですね」 いくつかの試食の後、にこやかな剣桜花が出してきたかき氷を光奈は見つめる。 「何か‥‥変わった香りがするのですけど‥‥」 「そ、そうですか。きっとレモンですよ。ささっ、溶けない間に」 ドキッと冷や汗をかきながらも剣桜花は訝しむ光奈に新作かき氷を勧めた。 「いや‥‥さすがにおかしいのですよ」 光奈が問いつめると剣桜花は白状する。実はG様が大量に含まれているタレのかき氷だと。 光奈はだまし討ちはよくないと剣桜花に注意する。ちゃんと説明した上で誰かが食べるのなら、それはそれとしてだが。 お詫びの印として調理場に潜むGを退治してくれた剣桜花であった。 ●花三札の味見 数日経ち、それぞれにタレが完成する。そして試食の機会が訪れた。 参加者全員で試食を行ったが一番張り切っていたのは花三札である。よいタレが思いつかなかった分、頑張るつもりのようだ。 光奈は当然として鏡子も加わっていた。 「お待ちどうです」 ガリガリと氷を削る音が聞こえる中、樹が自ら発案したかき氷を運んでくる。 「桃の砂糖漬けがのっているのですよ」 樹が用意した甘酒のかき氷を光奈が観察する。色づけをあきらめたかわりに桃の砂糖漬けが添えられていた。 「へぇ〜、甘酒のかき氷ってイケルな。それにこの甘い桃もうまいぜ」 一気に食べ終わると笑顔を浮かべた花三札だ。 「季節が外れた果物でも砂糖煮とか保存する方法で、こうやって夏まで取っておいたらどうかな? 週一回、週代わりでご提供とか」 「なるほどなのです〜。参考にさせてもらうのですよ」 樹の意見を細かくメモした光奈である。 次は礼野と月与の二人がたくさんのかき氷を卓に並べた。 「これは‥‥すっぱ甘いのですよ。梅干しに使う紫蘇のタレなのですね」 光奈は綺麗な赤いかき氷にまず手をつけた。 「これは梅そのものだぜ!」 花三札が食べたのは短い期間で青梅を甘く漬けたものを使ったタレである。礼野曰く、残念ながらこの時期にしか出すのは難しいので参考の出品だ。 梅関連としては梅酒を使ったものも用意される。 「こちらは栗の甘煮が入ったかき氷なのですね。美味しいですわ」 鏡子は保存の栗が使われたかき氷をとても気に入る。 「はいどうぞ♪」 「口の中にゴマの香りが広がるのですよ☆」 月与が出した黒ゴマかき氷をあっという間に食べ終えた光奈である。 「これもさっぱりしていていいなぁ!」 すり生姜に甘味を加えて作ったタレのかき氷に花三札がむしゃぶりつく。 「氷に合わなくても菓子やお茶に使えるし、余力があったらどうかなって思って」 月与もまた樹と同じく乾燥させたり甘漬けした保存の効く果物を使ったらよいのではと光奈に提案する。 「たくさんお召しあがれ」 「練乳も宇治金時と同じように人気になりそうなのです☆」 光奈はいつの間にか夏麗華が用意した練乳かき氷を平らげていた。 「こっちはスイカの果汁に砂糖を混ぜたもの。‥‥何か柑橘類で味を整えると美味しいです」 剣桜花はスイカを使ったタレのかき氷だ。少し早いが夏といえばスイカは定番である。他に生の桃を使ったタレのかき氷も卓に並べるのだった。 「なんか変わった味だな」 「わたしは結構イケるのですよ」 無明縁慈が出した酢だまり氷というかき氷は賛否両論となる。 「この甘酸っぱさが何とも言えない独特の味を出してて意外と美味しいんだ」 作った本人である無明縁慈は美味しそうにさじでかき氷を口に運んだ。日持ちして作りやすいので、好みの客がいればお品書きにかけると鏡子は評価してくれる。 最後に出されたのはマナカが作ったかき氷である。 「葡萄酒を使ったかき氷は大人の味なのです〜♪」 光奈は葡萄酒のかき氷が気に入ったようである。 「そこに乗っているのはジャムってやつか。これいいな!」 花三札も葡萄酒のかき氷をとても評価する。 ちなみにここまでくると、さすがに何度もキ〜ン!と頭が痛くなっていた光奈と花三札だが根性で乗り切っていた。 「このかき氷の付け合わせには、キュウリと人参のぬか漬けなんか合いそうニャ☆」 マナカは自分が作ったかき氷を満足そうに食べ終わる。 他の仲間のものと重なったものもあったが、それぞれに風味が違うものに仕上がっていた。 すべての試食が終わった。保存が効くタレに関しては全面的に採用するつもりの光奈である。 「タレ、少し持って帰ってもいーかな‥‥巫女の姉ちゃんがいるから、かき氷は出来そうだしよ」 「わたしは構わないのです〜。作った人がいいのなら、どうぞなのです♪」 花三札は光奈のいう通りお願いすると誰もが快く譲ってくれる。また互いにタレを交換する姿も見受けられた。 「氷削り器作った職人さん教えて頂けません?」 「今は安州にいないのですよ」 手回し式かき氷削り器については紹介出来るように準備をしておくと光奈は礼野に伝える。 「それぞれ個性があって、味は全部美味かったぞ♪ でもオイラ、光奈と銀政が作った宇治金時がやっぱり一番美味かったな♪」 「えへへっ♪ たくさんのタレが揃って助かったのです☆」 帰り際、光奈に無明縁慈が話しかける。 「ありがとうなのです〜♪」 光奈はタレのレシピを抱えながら鏡子、銀政と一緒に帰り路の開拓者達を見送るのだった。 |