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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。李鳳もその中の一人である。 「ゆっくりと適量を味わうのならこのお菓子、とっても美味しい。人気でそうよね」 「三日前に店先を通り過ぎたんだけど混んでいたよ。口コミでお客さんが増えてるようだね」 昼下がりの朱藩の首都、安州。飛空船基地の一角で昇徳商会の中型飛空船『翔速号』は未だ泰国に戻らずに船体を休めていた。当然、若き女社長『李鳳』と従業員の青年『王輝風』も滞在中である。 二人が操縦室でおやつとして食べているのは菓子店『るみてあ』のもの。 店主で菓子職人『貴世』の自信作である樹糖とチョコレートを使ったクッキーだ。独特の甘味とほろりと崩れる歯ごたえがなんともいえない逸品に仕上がっている。 「どうしたハッピー?」 王輝風は足下にじゃれついてくる黒い子猫のハッピーを見下ろす。クッキーが食べたいのかと少しだけ千切ってあげようとしたが食べなかった。何かを懸命に教えようとしている様子だ。 その時、伝声管から微かな物音が伝わってきて李鳳と王輝風は顔を見合わせる。二人は立ち上がり、操縦室に鍵をかけてから船倉へと向かった。 「誰? 撃たれたくなかったら両手を挙げてからゆっくりと立ち上がりなさい!」 最近手に入れたばかりの朱藩銃を構えながら李鳳が物影で蠢く何者かに命じる。 「う、撃たないで。怪しい者じゃないです!」 「勝手に人様の飛空船に潜り込んでおいて、どこが怪しくないのよ。あーあ、扉の鍵穴をこんなにしてくれて。しかし鮮やかな手口。筋金入りの泥棒みたいね」 「誤解です!」 「動くなっていってるでしょ!」 隠れていたのは三十歳前後の男性であった。王輝風が身体検査をし、後ろ手にして縄で縛り上げる。それから事情を聞いた。 男性の名前は矢吹哲善。彼の言葉を信じるのなら宝珠加工を天儀王朝から伝授された武天・氏族『矢吹家』の者らしい。 約半年前に武天から朱藩の地へまで誘拐されたのだという。宝珠加工の技術を欲した朱藩の地方氏族による仕業のようだ。 命からがら逃げだし、安州まで辿り着いたのが昨日の事。そして二時間程前、追っ手を巻く為に翔速号へと逃げ込んだというのが彼の主張であった。 「で、勝手に入り込んでおいて、自分を武天まで逃がして欲しいと。でも払えるような金目のものは一切持っていないと。お話しにならないわね。旅泰をなめると痛い目に遭うわよ」 「今はないだけです! そ、そうです。胸元に小袋に入っている矢吹家の免許皆伝があれば『友友』でいくらか用立てられます! た、助けてください!!」 李鳳は銃口を矢吹哲善のこめかみに突きつけながら話す。彼が口にした友友とは武天内にある有名な旅泰の街である。金融がとても発展した街で、泰国内を除けば旅泰にとって最大の同胞が集まる土地といってよい。 李鳳は完全にではないが矢吹哲善を信じ、武天まで連れて行く約束した。追っ手も警戒し、さっそく護衛として開拓者を雇うのであった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
秋月 紅夜(ia8314)
16歳・女・陰
西中島 導仁(ia9595)
25歳・男・サ
壬護 蒼樹(ib0423)
29歳・男・志
将門(ib1770)
25歳・男・サ
久悠(ib2432)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●離陸 「すぐ飛ぶわよ! 早く乗って!!」 真夜中に飛空船基地を訪れたばかりの開拓者達であったが、手招く李鳳に応じて急ぎ足で中型飛空船『翔速号』に近づき、タラップを駆け上る。 うち龍を連れてきた開拓者四名は扉が解放されていた船倉へ相棒ごと飛び込んだ。 最後尾の者が乗降用扉の取っ手に掴まった時、すでに翔速号は地表から浮かび上がっていた。上昇しながら乗降用扉と船倉扉が閉じられる。 「護衛任務とは聞いていたが‥‥これは大忙しだな」 「あ、ありがとうございます。もう転ばないと思います。大丈夫ですので」 西中島 導仁(ia9595)は支えていた柊沢 霞澄(ia0067)の肩から手を離しながら李鳳へと振り向く。 「暗くてはっきりとはわからないけど‥‥即座に追ってくるような輩はいないようだわ。詳しい事は操縦室で話すわね。当事者もいることだし」 李鳳は小窓から地表の様子を確認してから開拓者達を連れて操縦室へと向かう。 操縦室にいたのは操縦士の王輝風と黒い子猫のハッピー。そして矢吹哲善という名の男であった。 「武天で宝珠の加工をしていました矢吹家の哲善と申します。半年程前、朱藩の地方氏族『田道家』に拉致されまして――」 依頼書で大まかな事情を知っていた開拓者達だが、あらためて矢吹哲善の口から説明を受ける。 (「宝珠加工の技術の為に武天の技術者を朱藩に拉致か」) 将門(ib1770)は耳を傾けながら心の中で呟く。そして片目を細めながら心配する。本人にはいえないが、お金を持っていなさそうな風体だ。誘拐されていた身であったのを差し引いたとしてもである。 「つかぬ事をお聞きしますが、武天にご家族はいるのでしょうか?」 「はい‥‥。妻と娘が一人。あの日からどうしているのやら」 心配げに質問をした壬護 蒼樹(ib0423)に矢吹哲善が頷きながら答えた。それを聞いた壬護蒼樹は沸々とした憤りと悲しみを覚えるのだった。 「一通りお聞きしましたので、私は船倉で待機させてもらいます」 玲璃(ia1114)が急いで船倉へ戻ったのには訳がある。連れてきた駿龍・夏香の様子が気になったからだ。武天への空路に際し、夏香を含む四体の龍にはいろいろと活躍してもらわなければならなかった。 「鳳殿、鳳殿。今日の夕食はなんでござるか?」 「朝もまだなのに気が早いわね。えっと気流次第かな。揺れる状態だと危なくて火は使えないしね。穏やかなら乾麺を戻した麺料理。荒れてたら保存食で我慢かな」 泰国出身の旅泰からの依頼なので、なまこ料理が食べられるのではと期待していた四方山 連徳(ia1719)の企みはどこか遠くへ消え去ってしまう。 以前に食べた時の美味しさが舌の上で蘇り、李鳳の顔がどうしてもなまこ料理に見える四方山であった。 「それはそうと出来るだけ高い高度を維持してもらえるか? 追っ手の飛空船が来たとして、高度があれば維持、追跡を両立するために動きが単調になる。そうなれはこちらにとって迎撃しやすくて都合が良いからな」 「それがよさそうね。輝風、聞いていたわね。なるべく高度を維持して飛んでちょうだい」 秋月 紅夜(ia8314)の意見を採り入れた李鳳は翔速号を操る王輝風に指示を出すと次に船の案内を始めた。初めて翔速号に乗船した者が多かったからだ。 「ここが動力室か」 船内を色々見て歩きたかった久悠(ib2432)は、これこそ渡りに船と興味津々に観察する。 浮遊用の宝珠は器具によって頑丈に船体へと固定されていた。風を起こす宝珠については稼働中にいじると気流が乱れる可能性があるので器機内に密封済みである。 その他に上下の展望室など、いざというときに迷う事がないよう案内が行われるのであった。 ●官憲か追っ手か 李鳳は少々拍子抜けをしていた。 矢吹哲善の言葉を信じ、隠密に手配を急いで翔速号を離陸させたものの追っ手らしき姿が一向に現れなかったからである。 (「騙された? ただ武天に帰りたいだけの男?」) 李鳳の矢吹哲善に対する疑心暗鬼は消えなかった。とはいえ単にすでに飛び立った安州の飛空船基地で追っ手を探し当てるのは困難であったろう。 開拓者達はよくやってくれていた。二つの班に分かれて順番で展望室などで見張りを行い、龍に乗って翔速号と一緒に飛行し、警戒している。 警備を司る船内班が柊沢霞澄、秋月紅夜、壬護蒼樹、将門。 龍を操る対空班が玲璃、四方山、西中島、久悠。 翔速号は王輝風が高度を保たせながら武天の友友を目指す。 矢吹哲善本人といえば操縦室内で子猫のハッピーをじゃらして遊んでいる。壬護蒼樹の意見にそって旅泰風の格好に変装はしていたが。お気楽だと李鳳は目前の机に頬杖をついて呆れ顔を浮かべる。 誰もが一つの目安としていたのが朱藩と武天の国境である。空に関所はないので移った瞬間に何かがある訳ではない。ただ領内を飛空船で臨検している氏族もいると聞き及んでいた。 「あれは‥‥?!」 炎龍・獅皇吼烈で空を駆けていた西中島は北の方角に中型飛空船を発見する。即座に戻って翔速号の操縦室窓から見える位置で合図の手をあげた。 「何? 接近してくる中型飛空船が?」 「大変でござる! がんばるでござるよ〜」 李鳳が伝声管で状況を伝えると、船倉で待機していた久悠と四方山が相棒の龍に乗って外へと飛びだす。 「反対の方角で発見されましたか」 駿龍・夏香を駆る玲璃は西中島の笛の音によって翔速号の近くに戻って合流する。 「敵なら乗り込まれないようにしませんと」 「一見しただけでは空賊とは思えませんが安心は出来ませんね。そういう名目で騙してくる賊はいますので」 甲板後部展望室に待機していた柊沢霞澄と壬護蒼樹は伝声管で操縦室に逐一の状況を伝えた。 「国境は間近だと先程李殿がいっていたな。戦いになるなら逃げ切った方がよさそうだ」 「そうなったら私は甲板へと移動するつもりだ。地縛霊を仕掛けなくてはな」 将門と秋月紅夜は船倉下展望室で待機していた。他に近づこうとする飛空船がいないかを確認しながら。 「空賊の偽装でないのなら氏族の中型飛空船っぽいわね。家紋はよく知らないけど」 「現在の状況だと安心できないわけか。なんせ追っ手が氏族だっていうんだから」 李鳳と王輝風が会話する側で矢吹哲善は窓向こうを凝視する。宝珠加工の技術を欲するが為に誘拐を実行した朱藩の地方氏族『田道家』。飛空船に記されている家紋は田道家のものではない。しかし引っかかるものを感じる矢吹哲善だ。 「安定翼部分の家紋。うまく加工してありますが、後付で板を張っているように見えるのです。そうであるなら多分に偽っている可能性があります」 「そうかも知れないわね‥‥」 矢吹哲善の言葉に李鳳が一考する。一呼吸置いてから伝声管で甲板後部展望室に連絡を送った。 「集まる合図は二回吹いて、一呼吸でしたよね」 柊沢霞澄が笛で合図を出すと開拓者を乗せた龍が次々と甲板に着地する。そして壬護蒼樹が李鳳からの伝言を伝えてゆく。 氏族らしき中型飛空船が出してきた臨検の合図を李鳳は受け入れた。接舷しようとゆっくりと相手側から近づいてくる。 吊り橋のような縄梯子が互いの乗降用扉下部に取り付けられる。上空の強い風に煽られながら氏族側の者達が翔速号へと乗り込もうとする。 「‥‥頼むぞ、白月」 その時、風を上回る速さで久悠が駆る駿龍・白月が氏族らしき中型飛空船へと急接近した。狙うは後部安定翼の表面。留めている鋲の一部を爪で弾くと家紋の図版が風で捲り上がる。すると隠れていた部分が露わになった。 「船体に直接描かれているのは田道家の家紋です! あの飛空船は追っ手に違いありません!!」 「みんな! 急速離脱用意!!」 矢吹哲善の確認を耳にした李鳳は伝声管に向かって大声を張り上げた。 「行かせる訳にはいかないな」 将門が抜いた刀の峰で一人の氏族を翔速号から押し出す。さらにわざと大降りをして相手を牽制する。 「作戦は変わってしまったが。運が悪ければ落下死だな。ま、相手も覚悟の上だろう」 秋月紅夜は縄梯子に呪縛符によって罠を仕掛けた。無理をしてもう一度翔速号に乗り込もうとした者が中途のところで動けなくなる。 将門が翔速号寄りの縄梯子を刀で切り落とすと何人かの田道家の者が宙ぶらりん状態となった。 「今が機会だ!」 秋月紅夜の声が伝声管を伝わって王輝風の耳に届く。 「行くよ!!」 王輝風は翔速号を急加速させ、田道家の中型飛空船から遠ざかる。 しかしこれで終わった訳ではなかった。ぶら下がった者達を回収すると田道家の中型飛空船は追ってくる。さらに遠くの雲の中に隠れていたと思われる中型飛空船二隻も急速接近してきた。 便宜的に最初の中型飛空船を田道家飛空船・壱と李鳳が名付ける。残りの二隻は弐と参だ。 「あの飛空船三隻とも、いい宝珠を使っているようだよ。数も船体の大きさに対して多めに積んでいるんじゃないかな。確実に翔速号よりも速い」 「こっちはもっと稼がないと翔速号の改修は難しいっていうのに‥‥。まったく不公平よね」 李鳳と王輝風は今後の指示を相談する。そして伝声管で秋月紅夜に伝えて笛で合図を出してもらう。笛の音を聞いたそれぞれに龍に乗る開拓者四名は散開した。 「臆面もなく他人の物を奪おうと襲い来る者どもよ! 貴様らの行為を恥と知れ! そのような卑劣な行為を、例え天が見落としたとしても、正しき心身のある者が必ずその報いを与えに来る‥‥人それを『人誅』という‥‥」 西中島は近づく田道家中型飛空船・壱を睨みながら炎龍・獅皇吼烈に力を蓄えさせる。そして上昇した上で強烈な一撃を喰らわす。姿勢を崩した飛空船・壱は大きく軌道を逸らした。 「真っ直ぐ速く飛ぶだけが取り柄のようですね」 駿龍・夏香の背に乗る玲璃は田道家中型飛空船・弐へと並ぶように飛んだ。銃による攻撃はあったものの、あまりの速度に狙いが定まっておらず恐るるに足りない。速度が出せなくなるように飛空船・弐の翼部分を攻撃していった。 「ほれほれ、喰ってしまうでござるよ!」 田道家中型飛空船・参に近づいた炎龍・きしゃー丸に乗る四方山は、前方窓の奥にいる操縦士らしき者に向かって大龍符を打った。まもなく宙返りを始めた飛空船・参である。龍の幻影を見たのであろう。 久悠は駿龍・白月が速いのを活かし、斥候の意味も含めて翔速号の前方を先行する。 「国境を越えました。眼下はもう武天のはずですよ」 周囲の地形を確認した壬護蒼樹が伝声管で李鳳に報告をいれる。 それから三十分も経たないうちに田道家中型飛空船の三隻は追跡を完全にあきらめるのだった。 ●友友 追っ手と接触した日のうちに翔速号は友友に隣接する飛空船基地へ着陸した。 すでに日が暮れかかっていたのでそのまま翔速号内で一晩を過ごし、翌朝になってから動き始める。 街の中心にある両替屋を訪れたのは李鳳と矢吹哲善。もしもに備えての護衛として壬護蒼樹と四方山が同行する。 他の者達は翔速号で留守番だ。 ちなみに翔速号が停まる基地の待機区域では飛空船を店舗に見立てて市が開かれていた。さすが商売に長けた旅泰の街だといって感心する開拓者もいる。 念の為に警戒を忘れない開拓者達であった。 「これで商談成立ね」 約束通りに矢吹哲善から成功報酬を受け取った李鳳は、ほくほく顔で翔速号までの道のりを歩く。 両替屋での信用貸しは大した手間をとらずに成立する。つまり矢吹哲善は紛れもなく武天の宝珠加工職人で免許皆伝も本物であった。家に戻るまでの資金も矢吹哲善の手元にはたくさん残っているようだ。 翔速号が飛び立つ明日までは矢吹哲善も一緒である。四人は基地の待機区域で開かれている市を覗きながら翔速号へと戻る。 「両替屋で借りた風信機でご家族と連絡がとれてよかったですね。それはそうとさすがに武天で旅泰の格好は目立ちますし、あのお店で服を買われては?」 「それはいいですね。いつまでも輝風さんの服を借りている訳にはいきませんし」 壬護蒼樹の意見を聞き入れた矢吹哲善は新たな服を手に入れる。身を守る為の刀も一緒に購入するのだった。 「鳳殿、鳳殿! おいしそうな、なまこでござるよ!!」 「乾物のなまこを買って自分達で調理するより、食べに行ったほうがいいんじゃないの?」 泰国料理店で夕食をとる約束を李鳳と交わした四方山は大喜びだ。 すべては丸く収まった。 翌朝、矢吹哲善に見送られながら友友の飛空船基地を飛び立つ翔速号であった。 |