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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。李鳳もその中の一人である。 「安州よ! 待ってなさいね〜!」 泰国の帝都、朱春の郊外にある飛空船基地。一角にあるボロ格納庫で甲高い声が響き渡った。昇徳商会の若き女社長『李鳳』のものだ。 今は亡き両親の跡を継いで再開した昇徳商会であったが、修理を終えた中型飛空船『翔速号』の調子を計る為に泰国内のみの仕事に甘んじてきた。 別に泰国だと儲からない訳ではないのだが、制限があるのは精神衛生上よろしくない。 しかしそれもようやく終わる。次の仕事は朱藩の首都、安州の菓子店に注文の品を届けるものだ。 その品とはチョコレート。 泰国内で栽培されているカカオを使って作られたお菓子である。 チョコレートそのものを食べても美味しいが、発注してきた菓子店はさらに工夫を凝らして新作菓子を作るつもりのようだ。 運んで単に戻ってきただけでは旅泰の商魂が廃る。帰りは海産物の豊富な安州なので、干物、乾物を持ち帰って朱春で売りさばくつもりでいた。出来れば高級なフカヒレを手に入れたいと李鳳は考える。 「一番の難関はやっぱり嵐の壁だった辺りの航空路だよね‥‥」 浮かれる李鳳に背を向けて、王輝風は翔速号の整備中だ。昇徳商会の整備士、操縦士、その他諸々兼任の青年である。 「なあ、ハッピーもそう思うだろ?」 王輝風が声をかけたのは足下にいた黒い子猫のハッピー。飼い主である王輝風に答えるようにハッピーは元気にニャーと鳴いた。 未だ新しい従業員は集まっておらず、李鳳は朱春の開拓者ギルド支部に駆け込んだ。飛行中の護衛を開拓者に期待する李鳳であった。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
朧月夜(ia5094)
18歳・女・サ
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
クォル・T(ia8800)
25歳・男・シ
一ノ瀬 彩(ib1213)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●泰国上空 白雲を眼下にして飛行するのは昇徳商会の中型飛空船・翔速号。 早朝、泰国朱春郊外の飛空船基地に開拓者八名が集まってくれたところで離陸し、ようやく落ち着いてきた。 向かう先は天儀本島にある朱藩の首都、安州。空中輸送は始まったばかりである。 「依頼書にあったと思うけど、今回運ぶのはチョコレートっていうお菓子。それなりに貴重みたいよ。だって泰国でもあまり見かけないもの」 操縦室の李鳳は思いだしたように貨物についてを話し始めた。そして試供としてもらったチョコレートの入った器を取り出す。 「ほう、チョコレートか。ジルベリアの甘味じゃな。面白いな、少し貰っていいかのう?」 「どうぞ、食べてみて。苦さと甘さがちょうどよいって感じよ」 「口に広がる風味。なかなかのものじゃな」 「密かな人気があるのも頷けるよね」 小野 咬竜(ia0038)がチョコレートの感想を口にすると、他の開拓者達も李鳳が持つ器から摘んでいった。 「まだもらっていない人? よいしょっと、とってね〜」 「さっそくチョコが食べられるなんて‥‥」 箕祭 晄(ia5324)は朧月夜(ia5094)の分も合わせて李鳳の器からチョコレートを手に取る。そして大事そうに口へと運んだ。 「貴重であるチョコレートを奪おうとする輩がいるなら、俺が取っ捕まえてやる!」 チョコレートを味わいながら宣言する箕祭晄である。 「チョコレートはなかなか面白いお菓子だね。泰国の食文化、是非とも天儀にも伝えないと」 「この依頼をしてきたお店、このままでも美味しいのにさらに手を加えるんだって」 天儀本島の中でも長く鎖国をしてきた朱藩なのでより珍しいのであろう。浅井 灰音(ia7439)はほくほく顔で李鳳とチョコレート談義を交わす。 「安州についたらみんなでご飯を食べたいね〜」 「いいわね。そうしましょ♪」 クォル・T(ia8800)は到着先の安州の特産についてを李鳳に訊ねる。 「海産物が有名なのかー。‥‥海老食べたいな」 安州が海辺の街だと聞いてぼそっと呟いてみるクォルであった。 「乱気流の為、それほど長い時間、龍は飛ばせないと聞きました」 「そうなんですよね。風が吹いていても一方向なら対処しやすいんですけど、しっちゃかめっちゃかだとどうなることやら」 玲璃(ia1114)は操縦席の王輝風とかつて嵐の壁であった空域の状況を話題にする。どうやらな大変な航空路のようだ。 「なにも問題が起きなければいいのだがな」 箕祭晄から受け取ったチョコレートを口へ放り込んだ朧月夜は、小さな窓から空の景色を眺めた。 翔速号だと朱春を出発して二日弱で嵐の壁であった空に突入する。そこを抜けるまでがこの旅の中で一番の難関になるはずである。 「美味しいものも頂いた事ですし、頑張りましょう」 「頼んだわね。期待しているわよ‥‥。どうしてそっちに?」 一ノ瀬 彩(ib1213)は李鳳からチョコレートをもらうと操縦室の隅へと収まる。女性の李鳳は関係ないのだが、どうにも男性陣が苦手であるようだ。 「チョコレートです‥。今回は、貴方も大変なようです‥頑張りましょう、帝陽‥」 那木 照日(ia0623)は船倉へと移動し、龍の帝陽にもお裾分けして一緒に食べる。口の中に甘みと苦みが広がるのだった。 ●かつての嵐の壁 離陸から二日目。景色が朝焼けに染まる頃、寝ていた翔速号の乗員が全員目を覚ます。 朝だから起きたのではなく、また綺麗な風景を観る為でもない。船体の揺れが酷いせいで叩き起こされたのである。 「鳳、交代する」 「お願いね、輝風」 操縦室に現れた王輝風が李鳳と席を代わって操船を受け持つ。嵐の壁であった航空路を任せる為に王輝風が眠る間、翔速号を操っていたのは李鳳だった。 その頃、船倉でも交代が行われる。 艙口が開いて龍二体が翔速号内へ収納される。護衛として翔速号と一緒に飛び続けていた開拓者が騎乗する龍二体だ。 「思わぬ方向から風が吹いてきます」 駿龍の夏香から降りた玲璃が仲間に状況を伝える。 「大変でした‥お気をつけて‥‥」 炎龍・帝陽の傍らで那木照日はこれから出ようとする仲間を気遣う。 「朧月夜にいいところを見せて、俺が頼りになるところを見せてやるぞぉ!」 張り切った様子で駿龍の虹霓に跨り、船倉から飛びだしていったのは箕祭晄。加速して翔速号に追いつくと操縦室の窓へと手を振った。 「甲板へと降りるよ。ロート」 船外の空へ出てすぐに那木照日は炎龍・ロートリッターと共に甲板へと降りた。乱気流を考えて体力の温存を図る為だ。敵襲があってもすぐに対処出来るし、見晴らしもよい。適時、箕祭晄と入れ替わるつもりである。 「突破するまで鳳が一日弱かかるといっておったのう。それまでこれが続くのか」 小野咬竜は揺れをものともせず、まるで吸い付いているかのように船倉下展望室に立っていた。さすがは志体持ちである。 「交代しよう。この揺れの中で眠るのは難しいかも知れないがな」 朧月夜は船倉下展望室の小野咬竜に声をかけてから船倉に戻る。チョコレートの木箱が積まれている船倉を中心に警備するつもりだ。 「い、椅子に座っていると揺れてても楽です! で、では」 甲板近くの展望室にいた一ノ瀬彩は交代のクォルがやってくると急いで退室した。 「あそこまで男性恐怖症なのか。自分、悪いことしてないよな」 クォルは一ノ瀬彩が去っていった扉をしばらく見つめる。前方の窓から見える甲板には那木照日が待機していたので、後方が眺めやすい席に座って監視を始めた。 それからの翔速号は乱気流との闘い続けた。揺れるせいで火は使えず、あらかじめ作っておいた冷たい饅頭を頬張るしかない。 他の飛空船とすれ違う時にはぶつからないように細心の注意が払われる。空賊などの敵ならば無茶を承知で接近してくるかも知れないので可能な限り船間距離を開ける。 日が暮れると王輝風はほとんど話さずに操縦桿を握る。その間、子猫のハッピーの世話は李鳳の役目である。 夜が明けた頃、ちょうど一日が経過してようやく乱気流がおさまってきた。嵐の壁であった空域を抜けるのはまもなくである。 その頃、急速に近づいてくる飛空船の存在を翔速号側の誰もが知らなかった。 ●戦闘 翔速号と同じ中型飛空船二隻。船名や所属を示す紋はなかったものの、どちらにも髑髏の旗がはためいていた。空賊である。太陽を背にして飛来してきたせいで、さすがの開拓者達も確認が遅れた。 「嵐の壁だった空域を抜ける飛空船の乗員は誰でも疲弊している。あいつら、それを狙って襲ってきたって訳か‥‥。輝風!」 「わかっているよ。残る龍が飛びだしたら全速を出す。席に身体を固定して待機して!!」 操縦室の李鳳は王輝風と相談してから伝声管で船内全体に非常事態を宣言した。そして革のベルトで身体を席に固定する。 箕祭晄と浅井灰音がそれぞれの龍に跨って艙口から空へ飛びだす。すでに玲璃と那木照日は空中警護中だ。 「聞いてくれ! 緑い筋が船体に入っているのを空賊・壱。ないのが空賊・弐だぁ!!」 箕祭晄は駆る駿龍・虹霓を仲間の龍へ近づけて李鳳からの伝言を叫んだ。玲璃と那木照日が頷き、これで全員に敵の識別が伝わる。 先頭の空賊・壱から射撃による遠隔攻撃が始まった。弾はすべて大きく外れている。まだ残る乱気流のせいで狙いが定まらないのであろう。 「これで有利に戦えるでしょう」 玲璃は那木照日と自分に神楽舞の「速」と「防」を施した。そして空賊の二隻に向かう仲間達の後方支援に回る。閃癒によっていつでも癒せる状況を整えて。 那木照日が目標にしたのが空賊・弐。 空賊・壱の後ろに隠れながら飛んでいた空賊・弐が突然に旋回する。 「帝陽、頑張って‥‥」 那木照日は炎龍・帝陽に言い聞かせながら空賊・弐を追いかけた。空賊・壱は箕祭晄と浅井灰音に任せる。 さらに帝陽のすぐ後ろを駿龍・夏香に乗った玲璃がついてゆく。 空賊はやはり襲撃に慣れていた。翔速号に近づくやいなや鈎のついた縄を飛ばして甲板の凹凸に引っかける。そして滑車を縄にかけると一気に滑り落ちて翔速号の甲板に着地する。 「刀でも‥当てられるのです‥‥!」 狙い澄ませた那木照日は刀を構え、真空刃を飛ばす。見事、縄を斬ってそれ以上の侵入を食い止める。 それからは空賊・弐に対して帝陽の牙で重要な箇所を狙う。特に推力となる宝珠設置部分と姿勢を保つ為の小翼を。 一番重要なのは再び空賊等を翔速号の船内に侵入させない事。しつこく鈎付きの縄を放る空賊・弐だが、それらをすべて翔速号側で弾いてくれたのがクォルである。時には外壁に掴まっての行動だ。 「ここを乗り越えれば安州に着いたもの同じ。みんなで一緒にご飯を食べる約束もしたしね〜」 ニヤけながらも身軽なクォルは阻止を続ける。 「すぐに治します。お待ちを」 「帝陽‥もう少しだけ‥‥がんばってね」 さすがに接近すれば空賊の弾も当たりやすくなる。玲璃は傷ついた玲璃達を癒し、再び戦いに赴かせる。 同時期、箕祭晄と浅井灰音は空賊・壱と対峙していた。 「ここから先には行かせないよ。‥ま、行けた所でが穴が開くだけだろうけど」 炎龍・ロートリッターを駆る浅井灰音は空賊・壱へ接近と離脱を繰り返す。 敵の攻撃は砲撃と弓術。どうやら空を飛ぶ方法は二隻の飛空船以外に持ち合わせていないようだ。 「避けられると思うなよ! 俺は必中男の箕祭さんだぞぉ!」 浅井灰音が空賊・弐から離れた瞬間を狙って箕祭晄が一瞬のうちに矢を放つ。弦が唸る音は強風にかき消されてしまったが、矢の勢いは衰えない。 狙うは翼の付け根。 飛空船は複数の宝珠の力によって強制的に浮かび、そして推進していた。翼によって浮かんでいるのではないのだが、剥がれれば姿勢が保てなくなる。少なくともまともな運用は難しくなるに違いなかった。 敵の大きな隙をついて箕祭晄は三本の矢を連続で飛ばす。そのうちの二射が効き、空賊・壱の左翼が剥がれて宙で踊る。 空賊・壱の船体は大きく暴れだすのだった。 ●船内 少し時を遡った翔速号内。 甲板近くの展望室から船内に侵入した空賊は五名であった。煙玉を船内で使って煙に巻きながら空賊達が奥へと進む。翔速号内の通路は狭くて一本道なので、砲術による威嚇が効力を発した。 さらに移動しようと空賊達が歩んだところで通路の奥から声が届く。 「おまえらが何者であるか、是非は問わない。立ち去れとは言わない。だが、ここは通すつもりはない。それを良しと思わないのであれば互いの立場は明確だな」 その声の主は朧月夜のもの。 「とっとと降参しやがれ!」 空賊の一人が朧月夜に応えるように叫ぶ。 「向かってくるというなら、死力を尽くして来るといい。この身を賭けて、おまえらの挑戦に応えよう!」 次の朧月夜の言葉への返事は砲撃であった。跳弾の跡が近くの壁に残る。 「この船に押し入るとは不届き者が。成敗してくれよう!!」 小野咬竜の声が通路内で轟いた。すると空賊の誰かが叫びながら近づいてくる。咆哮にかかったのである。 空賊四人は咆哮にかかってしまった仲間が邪魔で撃てなくなる。チャンスと考えた一ノ瀬彩と朧月夜は、向かってくる空賊とすれ違うように駆けた。 走りだした瞬間が少々遅くても、そこは志体持ちの開拓者の足の速さ。交差した位置は撃とうか迷っていた空賊四人の側に近い。 「この一撃を!」 一ノ瀬彩が大剣を振りかぶって空賊一人の身体に叩きつける。この戦いの間、一ノ瀬彩は男性への恐怖を忘れていた。 「おまえらも挑戦するのか?」 すでに二人を峰打ちで敵を気絶させた朧月夜は、別の空賊に剣気を浴びせる。戦意を無くした空賊は砲を捨てて降参する。 「るぅぅぅああああ!!」 咆哮にかかって迫ってくる空賊に小野咬竜が太刀を振り下ろす。真っ赤な飛沫を噴きだしながら空賊が床にへばりつく。 しばらくして船内の騒ぎは鎮まる。 離れた場所で鈎落としをしていたクォルもすることがなくなっていた。船外で戦っていた仲間が空賊の飛空船二隻を追い返してくれたからだ。 船内に潜入した空賊のうち、捕縛出来たのは三名。安州に到着してからしかるべき役所へと引き渡すのだった。 ●朱藩の首都、安州 チョコレートが入ったたくさんの木箱は無事依頼主へと届けられる。 最終日の宵の口、一同は様々な料理を扱っている料理店へ立ち寄った。 「輝風、こっちだと海魚は生でも食べるんだって」 「話には聞いたことあるけど‥‥これが寿司っていうんだ」 泰国育ちの李鳳と王輝風は鮪寿司を食べて目を丸くする。 「これは初めて食べます。とても美味しいもので‥‥な、なんでもありません!」 「え、どうかしたの?」 王輝風と目があって大慌てで顔を隠す一ノ瀬彩だ。 「海老は新鮮なのに限るね〜。泰国だとどんな海老料理があるの?」 「そうね。いろいろとあるわよ。あたしは辛味和えのがお気に入りかな」 クォルはエビ天丼を食べた後でさらに海老の刺身を頂きながら李鳳に訊ねる。 「泰国は旅泰ばかりって印象があるかも知れないわね。確かに目立つし。でもそうじゃないわよ」 「知り合いに泰国の商家の御曹司の人が居るんだけど、他の人の話も聞いておくたくて、ね」 浅井灰音も李鳳から様々な話を聞いた。今は一つの泰国だが遙か昔は三つに分かれていたようだ。 「俺の戦い、すごかったぜぇ!」 「見ていなかったからな、俺も戦っていた」 朧月夜のつれない言葉に内心がっくりとする箕祭晄である。実は操縦室にいた李鳳と王輝風から大体の活躍は聞いていた朧月夜だ。 「まあ何だ。これでも食うがよい。‥‥別におまえの為に注文した訳ではないぞ。たまたまだ、たまたま」 「これ俺の好物だぜぇ」 なんだかんだいって仲の良い朧月夜と箕祭晄であった。 「それにしても、嵐の壁だった空域の両端は要注意です」 「そうだね。今度から特に気をつけないと」 玲璃はお吸い物を頂きながら王輝風と航空路の話題に花を咲かす。 「ゆっくり‥食べさせてもらいます‥‥。ありがとう‥‥」 「気にしないでもいいわよ」 チョコレートを購入したいと店に申し出た那木照日だったが、それは残念ながら断られた。代わりに李鳳が試供のチョコレートを少しだけ分けてくれる。それが嬉しかった那木照日だ。 「寿司は粋な食い物じゃ。潔さがいい感じじゃの」 「いい食べっぷりね。あたしも負けてられないわ」 小野咬竜の格好良い食べ方に驚いた李鳳は寿司を追加で頼む。ちなみに王輝風はハッピーのお土産として寿司の折り詰めを買い求めていた。 楽しい晩餐を過ごした後で一同は解散する。 開拓者達は精霊門で神楽の都へ帰ってゆく。李鳳と王輝風はしばらく安州に滞在であった。 |