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■オープニング本文 ここは武天の地。水田が広がる農耕地帯にある天儀酒の蔵元『葉滴』。 冬の間、雇うつもりの農家の人々を川向こうの蔵元に引き抜かれたりしたものの、開拓者達の手助けによって寒造りの天儀酒はよい出来に仕上がる。 時はうららかな春。 それは武天の都、此隅で天儀酒の品評会が開かれる季節。 武天の王、巨勢王の誕生日である四月十五日を迎えるにあたって開催される。今年こそは金賞をと葉滴も出品する予定だ。 「やはり‥‥万全を期した方がいいのだろうね」 膨らんだ桜の蕾を見上げながら葉滴の女主人『竹見 菊代』は呟く。 川向こうの蔵元『友花』も天儀酒品評会に参加する。また妨害を仕掛けてくるかも知れず、ここは先手を打つべきだと菊代は考えた。 菊代と杜氏の仲代が此隅に出向くのは決まっている。 本来ならば将来有望な住み込みの蔵人も連れてゆくべきなのだろうが、葉滴の敷地を空ける訳にもいなかった。仕方なく蔵人達には留守番をしてもらう。 菊代は仲代に相談した上で此隅の開拓者ギルドに使いを送った。天儀酒品評会への参加が無事に終わるよう護衛を頼む為に。 |
■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073)
20歳・女・巫
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
難波江 紅葉(ia6029)
22歳・女・巫
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ヴェニー・ブリッド(ib0077)
25歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●野営 暗闇に灯る焚き火の輝き。 開拓者八名は武天の水耕地帯にある天儀酒の蔵元『葉滴』に出向いた上で此隅を目指していた。今は野営で身体を休める時間である。 依頼の内容は此隅で行われる天儀酒品評会における葉滴の出品に際し、もしも妨害があった場合は阻止、排除する事。第一に守るべきは荷車に載せて運んでいる天儀酒で満たされた三樽。第二に同行する蔵元の女主人『竹見菊代』。第三に同じく同行の杜氏『仲代』だ。 「昼間はがんばってくれてありがとうね。あたしも見張るけど夜もよろしくね」 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は他のもふらさまと一緒に荷車を牽いてくれたもふ龍ちゃんの頭を撫でる。『そんなのに負けないもふ!』と、もふ龍はまだまだ元気だ。 「今晩この周辺の天気が崩れることはなさそうですね‥‥」 あまよみで先の天候を確認した鷺ノ宮 月夜(ia0073)は、三樽が載せられている荷車を確認する。なるべく寒暖に晒されないように荷車には屋根があった。 「この先に崖などの障害になりそうな場所はあるでしょうか?」 「平坦な道が続くと思うが、強いていえば――」 菊代と共に焚き火にあたり、鷺ノ宮は明日の道のりを相談する。 「うちらが直接こさえたもんやあらへんちゅうても、やっぱ知っとるとこが一番になると嬉しいもんどすから、気ぃ張って護衛しますえ」 「護衛の方、期待しているからよろしくな。特に城についてからが危ねぇと踏んでいるんだが」 雲母坂 優羽華(ia0792)は菊代達とは別の焚き火で仲代と一緒にいた。二カ所に焚き火を用意したのは周囲からの死角を無くす意味が大きい。 此隅に着いたのなら酒場などで過去の品評会の噂を調べるつもりの雲母坂だが、まずは仲代から聞いた。仲代は以前の品評会に参加していたからだ。 (「もしもの為ね‥‥」) 設楽 万理(ia5443)は木々の間に布を張ってつくった簡易の小屋で休む。枕代わりの枯れ草の傍らには瓶が二つ。酒樽に何かがあった時に確保しておこうという考えである。 ただ残念ながら品評会に出品するには一樽分は必要であった。それが最低限であり、振る舞う事を考えれば二樽が通常。三樽は余裕をみて運ばれる量だ。設楽万理の手元にある量だけでは品評会への出品は難しい。それでも瓶二つ分があれば参考出品は出来るかも知れない。 「あたしは夜明け前からね。さて寝ようっと」 ヴェニー・ブリッド(ib0077)も設楽万理の横で布団代わりの毛皮をかぶって横になった。見張りの順番は決まっており、ヴェニーは設楽万理と一緒の最後の組だ。 「この酒なら結構なところまでいきそうさね」 難波江 紅葉(ia6029)は二股に分かれている巨木の幹に座り、出発前にもらった天儀酒をひっかけた。眼下には酒樽が載っている荷車。縄で身体を固定して上から見張る。 (「酒は好まぬ。だが、やるべき事はやらねば‥な‥‥」) 谷 松之助(ia7271)はもふらさまが転がる草むら周辺で休む。 日中の移動の際にも、もふらさまの安全を気にかけていた谷松之助である。 何者かに罠を仕掛けられ、もしも、もふらさまが暴走でもしたら酒樽が危険に晒される。そうなる前の策である。 「天儀酒か。良いねぇ、一杯頂きたいもんだぜ」 荷車内で腰を下ろしていたシュヴァリエ(ia9958)は、藁が巻かれた樽を右の拳で軽く叩いた。呑みたいと口にしたシュヴァリエだが、仕事が終わるまではそのつもりはない。酒のせいで失敗したくないというのがその理由だ。 開拓者達が注意してくれたおかげか、葉滴の屋敷から此隅までの道のりでは何事も起こらなかった。 だが開拓者達は気づいていなかった。道のりの途中から葉滴一行を監視し、追跡する集団がいた事を。 ●城 武天の都、此隅にそびえる巨勢王の城での待遇はとてもよいものであった。 出品の天儀酒に関しては地下蔵での保管が義務づけられる。そこでの監視、監督は各蔵元に任された。城側は基本的な警備のみである。 シュヴァリエ、谷松之助、難波江は交代で葉滴の酒樽を守る。その他の開拓者も手伝ったが別の調査などで留守にする場合もあった。 葉滴以外にも蔵元のほとんどが見張りを置いていた。さすがに葉滴のように志体持ちの開拓者ではなく、蔵人の何人かを立たせておく程度であったが。 「この酒の礼にちょっと舞ってみるさね」 「いいねぇ。こんなに地下で美人の踊りが観られるなんて思ってもなかったさ」 難波江は他の蔵元の蔵人の元に行って酒を酌み交わす。 その時、前の品評会の際にもおかしな事件があったのを教えてもらう。菊代や仲代が知らなかったのは、前の品評会が終わってから事実が発覚したからだ。出品されたいくつかの銘柄の酒の味が酷く変わっていた事件があったという。 「そこからは一歩も近づくな。酒の死守、それが仕事なんでね」 「そ、そんなに怖い顔するな。いや、顔は仮面で見えないんだがなんとなくね‥‥。どこかに行けばいいんだろ」 シュヴァリエは葉滴の酒樽が仕舞われている区画前に陣取って関係者以外を近づけさせない。唯一、城内の見回りのみは通したが目を離しはしなかった。 (「この暗さと涼しさがきっと天儀酒の保存にいいのだろうが、しかし‥‥」) 谷松之助にとって我慢出来る範囲であったが地下蔵はそれなりに寒い。日がまったく射し込まず、灯火もわずかで暗かった。 地下蔵内の者達が酒を呑むのは中から身体を温める意味もある。だが呑めば二日酔いになるので控える谷松之助だった。 ●企み 「去年の上位が怪しいの間違いねぇだろ? 証拠は何もねぇけどよ」 「さっきいってた蔵元を疑っているのかなっ?」 ヴェニーは束ねた紙を手に各酒蔵の関係者を回っていた。 天儀本島最大の国『武天』最上級の酒を示す金賞は各蔵元にとって非常に魅力的である。それゆえに裏での取引、策謀があってもおかしくはない。とはいえ最後の選考は巨勢王自らが行う習わしだ。そこで不正が働くとは考えにくい。あり得るとすれば、それ以前。特に予選で五つの銘柄に絞られる段階が怪しかった。 (「正直この御威光の下、派手な妨害はやって来そうにないのだけど。発覚したら打ち首獄門されそうだもの‥‥」) そっとある部屋を監視をしていたのが設楽万理。その部屋は葉滴を妨害した事がある蔵元『友花』に割り当てられていた。 予選審査は武天の有力氏族の中で巨勢王が選んだ者五名。天儀酒に絡む重職者五名。さらに巨勢王直属の配下一名。計十一名で行われる。 (「審査員の買収があるとすれば――」) 火落ちの酒を葉滴の樽に混ぜられる危険については仲間に任せ、設楽万理は天儀酒に絡む重職者五名に的を絞る。特にお金に困っている者を探して張り付いた。 「町ではどのようだったのかい?」 「町の人らの注目もたこうおましたな。酒を呑まんもんも知っておりましたえ。なんやの? この声は」 「これは‥‥仲代のもの?」 「急ぎますえ!」 廊下の途中で菊代と会った雲母坂は一緒に葉滴に割り当てられた部屋へと戻ろうとしていた。その途中、仲代の叫びが聞こえて大急ぎで駆けつける。 戸を開けた瞬間、倒れた家具の下敷きになっている仲代の姿が飛び込んできた。 「大丈夫どすか?」 「変な奴らが突然やってきてよ。あの窓穴から‥‥」 一瞬悩んだものの雲母坂は犯人を追うよりも仲代の救出を優先する。雲母坂が家具を持ち上げている間に菊代が仲代を引き出す。 大した傷ではなかったものの、雲母坂は念のために閃癒を使って仲代を治療する。 「面目ねぇ‥‥」 仲代が用足しから戻ると見知らぬ二人組が部屋にいたのだという。突きつけられた小刀にも怯まずに挑んだのだが、取っ組み合いをしている間に家具の下敷きになってしまったらしい。 仲代が襲われた事実は仲間達にも伝えられる。この時から菊代と仲代にも誰かしら護衛がつく事となった。 「あたしが二人を守ります。任せて下さいね」 主に紗耶香が二人の護衛を引き受けてくれる。審査員への贈賄疑惑については設楽万理に一任された。 事件後、菊代と仲代は室内で多くの時間を過ごす。紗耶香も大抵一緒だ。 「襲って脅迫なんて、敵もけっこうせっぱ詰まっていると思いますね」 紗耶香は腕を振るって作った泰国料理を菊代と仲代にご馳走する。 「城内に忍び込んでまでするとは」 「まったくですな」 菊代と仲代も紗耶香に同意するのだった。 ●地下蔵での災い 「地下蔵なら大丈夫でしょう」 与えられた酒樽保存の区画部分を鷺ノ宮は掃除する。水を撒いて埃が立たないようにして、備え付けの箒でゴミを集めた。 「‥‥この匂い‥‥」 鷺ノ宮は焦げ臭さに気づいて振り向いた。区画が面する通路の奥から煙が漂っている。 この時、地下蔵にいた開拓者は鷺ノ宮、ヴェニー、シュヴァリエの三人であった。 「任せてね」 緊急な状況だと感じたヴェニーは念のために区画の一部をストーンウォールで塞いだ。とはいえ逃げ出す状況になったのなら邪魔にもなりかねない。一部は開けたままでしばらくは様子見である。 即座の相談をし、ヴェニーとシュヴァリエが残り、真っ先に気づいた鷺ノ宮が確認しに向かう事となる。 「酒樽は任せろ」 「確認してきますので」 シュヴァリエに送り出されて鷺ノ宮は煙の元へと駆けた。 火の手があがっていたのは確かだが、酷い状況ではなかった。空樽のいくつかが燃えていたのみだ。城の見回りによる消火活動も始まっていたが、それよりも野次馬の数がものすごい。 「逃げ出す必要はありません。ですが不審な火ですね」 鷺ノ宮はすぐに戻ってシュヴァリエとヴェニーに状況を伝えた。 しばらくして火事は完全に収まったが真の災いはその後に発覚した。不用意に全員が場を離れた蔵元の樽に細工が仕込まれたのである。 ある樽には小さな穴が空けられており、中の酒が漏れていた。別の樽では栓が開けられた形跡が残っている。 不審者は見かけられていたものの、思いだしてみればという話だ。当然、捕縛はされずに行方不明であった。 ●予選 予選当日。集まったうちの約三分の一の蔵元が参加をあきらめる異常事態が引き起こる。すべては火事においての不審者のせいである。 出品されるすべての天儀酒は事前に毒味が行われたものの、今年は特に厳しい沙汰となった。 毒を盛られたのではないが、味が大きく変わってしまった天儀酒も多い。火落ちして酸っぱくなってしまったのか、それともそうなる何かを混ぜられてしまったのか。どちらにせよ品評会はあきらめなくてはならなかった。 幸い開拓者達のおかげで葉滴の天儀酒は何も問題はなかった。地元から運んできたままの味が保たれていた。 「例年に比べれば少ないが、それでも有力どころは残っている。よい蔵元は管理もしっかりしているという証左ともいえるが――」 審査の最中、仲代が葉滴の好敵手となる蔵元を開拓者達に教えてくれる。 予選においての呑む順番などを心配した開拓者もいたが、それについては不利な状況には陥ることはなかった。人目のあるところでは敵も静かなようだ。 仲代の見立て通りに五つの蔵元の天儀酒が予選を通過する。 まず葉滴の天儀酒が無事に通過してほっと胸をなで下ろす一同である。 残る通過した天儀酒は蔵元『風昇』、蔵元『観花』、蔵元『鬼打』のもの。そして蔵元『友花』も本選に残った。果たして審査員の買収があったのかは謎のままだ。 選抜が終わった後では各蔵元の酒の呑み比べが自由となる。 「どれもいける。こいつは特に香りがいいさね」 さっそく難波江は呑みに走った。 「あたしはこの天儀酒が好きかな」 ヴェニーも酔わない程度に呑み比べた。 他の開拓者も呑まずを心に決めた者を除いて少しずつ嗜んだ。どれも辛口だが味わいは違う。特に予選を通過した天儀酒はどれも甲乙つけがたいものがある。 「こりゃ、葉滴の竹見さんじゃありませんか」 坊主頭の太った男が菊代に近づいた。この男こそ友花の主人『上田富之助』である。 「ここで会うとは思いませんでしたよ‥‥」 菊代は言葉少なに挨拶を富之助と交わす。にやけた様子が菊代の癇に障さわる。 「これは‥‥」 仲代は友花の天儀酒の味を確かめて目を見開く。その味わいは葉滴とよく似たもの。友花が葉滴から蔵人の多くを引き抜いた理由がはっきりとわかる。 開拓者達は敵として富之助の顔を脳裏に焼き付けるのだった。 ●本選 予選の翌日、武天一の天儀酒を決める本選が行われる。 巨勢王が審査するとなれば、各蔵元は緊張して待つのみである。すでにまな板の上の鯉といってよかった。 「ふむ‥‥」 くじ引きで決められた順番通りに広間中央の座す巨勢王の元へ天儀酒が運ばれる。葉滴は三番目だ。 五つの天儀酒を確かめた後で、巨勢王はお気に入りの盃を手に取った。その盃に手酌をした天儀酒こそが今年の金賞だ。銀賞に関しては口頭のみである。 「この酒に銘を授けよう。『武烈』と呼ぶがよい」 金賞に選ばれたのは葉滴の天儀酒。 銀賞には蔵元『鬼打』の天儀酒が選ばれる。 「こ、巨勢王さま、新酒のコメント、頂けますか?」 護衛に止められたもののヴェニーは巨勢王に声をかけた。機嫌の良い巨勢王はヴェニーを呼び寄せて答えてくれる。 金賞、銀賞を逃した天儀酒についても訊ねた。どうやら五つの中での最下位は友花のようだ。やんわりとした表現であったが、どこか偽物の味がしたという。 「褒めて頂けると、弟や妹が褒められる様に‥嬉しいものです」 頬笑んだ鷺ノ宮が呟いた。 「此隅を出る前に何かお祝いをしましょう☆」 紗耶香は滞在中に見つけた此隅にある美味しい飯店を頭の中で浮かべる。 「めでたいのはいい事どすな」 雲母坂は目を細めてこくりと頷く。 「桜を観ながら頂きましょうか」 予備としてとっておいた瓶を設楽万理は取り出して仲間達に見せた。 「祝い酒といこうさね」 さらにお酒を頂くつもりの難波江だ。 「せっかくなので最後の最後で少しだけ頂くとするか」 二日酔いが心配なものの、祝いでほんの少しだけ呑むのを決めた谷松之助である。 「それにしても、酒ってのはもっと楽しんで呑むものだと思うがねぇ」 シュヴァリエは競い合いが引き起こした一連の事件について一家言ありそうだ。 品評会後、開拓者達は数日をかけて菊代と仲代を地元に送り届ける。そして別れ際に金賞を得た天儀酒「武烈」を土産としてもらうのであった。 |