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■オープニング本文 武天の地。 向日葵の栽培を主とする村があった。 今はまだ蕾だが、夏になればたくさんの黄色い大輪を咲かせるであろう畑。 その畑に危機が訪れていた。 「今のうち何とかせにゃあ全滅だぜ。こりゃあ」 「そうはいってもよ。奴らが現れるんじゃ、おちおち捕ってもおられんで」 村人達は畑を前にして悩む。 よく見れば緑色の茎や葉にバッタが飛び交う。 バッタは葉や茎を食べてしまう向日葵の害虫だ。村人達はバッタ捕りをして向日葵を守ろうとしていたが、大きな問題が立ちふさがっていた。 それはアヤカシの小鬼の存在である。 畑内にひょっこりと現れては村人を襲おうとする。正確な数はわからないが、どうやら何体かいるようだ。 村人達でも大勢で戦えば何とかなるのだが、神出鬼没でいざとなると手に負えなかった。向日葵は高さがあるので、身長の低い小鬼は遠くから確認出来ないのも災いする。 村人達は相談をし、神楽の都にある開拓者ギルドで小鬼退治の依頼を出す事にした。 村の代表者が此隅へと向かい、門番に頼んで精霊門を使わせてもらう。依頼をしに行く為なら簡単に許可が下りた。 代表者はさっそくギルドで依頼を頼んだ。 向日葵の畑に現れる小鬼退治の募集であった。 |
■参加者一覧
星鈴(ia0087)
18歳・女・志
十六夜 美羽(ia0178)
20歳・女・陰
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
氏池 鳩子(ia0641)
19歳・女・泰
鶴嘴・毬(ia0680)
24歳・女・泰
暁(ia0968)
14歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●道中 昼の最中を駆ける荷馬車。 御者台に座って手綱で馬を操るは開拓者ギルドで依頼を行った村の代表者。出発前に吉之介と名乗ったある農家の青年である。 後部の荷台で様々に時間を過ごすのは依頼を引き受けた開拓者達だ。 「受けて頂いて本当に助かりました。向日葵についたバッタを捕ろうにも小鬼が出る始末で――」 吉之介は一瞬だけ振り返り、肩越しに開拓者達を見る。 「向日葵の畑、か。想像しかできぬが、すべてが咲いたのなら、さぞかしよい光景なのだろうな」 氏池 鳩子(ia0641)は敷かれた藁の上に仰向けで寝転がりながら青空を見上げていた。 「畑一面の咲いた向日葵は、それはもう見事で。向日葵農家に生まれてよかったと、これまでに何度思ったのか数え切れません」 氏池に答える吉之介の背中を皇 りょう(ia1673)が見つめた。握り飯を頬張りながら考えていたのはアヤカシと、もう一つ。向日葵から採れる油についてだ。 (「胡麻油の天麩羅も美味しいが、向日葵油はどうなのだろう‥‥」) 食べ物に目がない皇である。 「それにしても背丈の低さを利用して悪さするなんて姑癪な小鬼ね‥」 肩をはだけさせて座る朱璃阿(ia0464)は曲げた右膝に右肘を乗せて頬杖をつく。 「畑に害虫が発生したってだけでも被害が大きいだろうに。その上に小鬼か‥‥」 鶴嘴・毬(ia0680)は腕を組んで頷く。そしてバッタ退治も手伝おうと豪快に笑いながら吉之介に告げた。 (「村はひまわり、僕らはアヤカシ狩りか」) そよぐ風に赤い髪を揺らせながら、暁(ia0968)も小鬼退治が終わったらバッタ捕りを手伝おうと考えていた。 「難儀やね。向日葵ぃいうんはこれから咲くんやし‥今んうちから傷つけるわけにはいかへんなぁ」 星鈴(ia0087)は小さくため息をつく。 仲間達とすでに作戦の概要を練ってきたが、さらにもっとよい方法がないかを頭の中で模索する。すべては向日葵畑を守る為だ。 (「向日葵畑で戯れる小鬼‥。何だか一度見てみたいわ」) クスリと笑う十六夜 美羽(ia0178)は小鬼の生態に興味があった。瞳の輝きがそれを物語る。 「討伐はがんばらせていただきます。ところで向日葵を食べてしまうバッタはどのような種類のものですか?」 「一般にオンブバッタっていわれている小さなバッタですね」 吉之介の答えに紙木城 遥平(ia0562)は少々残念がる。これが蝗であれば食用に出来たのにと。 荷馬車での旅は続いた。 数日後の宵の口に村へ到着した開拓者は吉之介の家に泊めてもらうのだった。 ●向日葵 「これは‥‥」 翌朝、吉之介の家から一番に外へ出た皇が呟く。 小高い位置にある吉之介の家から周囲を眺めた開拓者は景色に目を奪われた。 昨日の到着時には暗くてよくわからなかったが、太陽の下だと明瞭だ。村は向日葵畑に包まれるように存在していたのである。 「なるほどな」 氏池は合点がゆく。 これだけ広い向日葵畑だと、村人達が一個所に留まってバッタ捕りをしていられない。必然的に手分けして行う事になる。しかし、そうなったのなら小鬼の思う壺だ。少数の村人相手なら小鬼にも勝機があるからだ。 「一体小鬼はどこにいるのかしら‥‥。これだけ広いとわからないわね」 十六夜はあまりに広い向日葵畑を見て途方に暮れる。 「大丈夫です。今日からみなさんが来てくれたのでバッタ捕りを始めますが、村の衆は全員竹笛を持っています。小鬼が出たら鳴らす約束ですので」 吉之介が笑顔で十六夜に頷いた。 「しかしこれだけ広いと、辿り着くのにも時間がかかるたろう?」 「それも大丈夫。昨日まで乗ってきた荷馬車を用意しておきますので。竹笛が鳴ったらすぐに動かしますよ。みなさんすぐに乗って下さいね」 鶴嘴の疑問に答えながら吉之介は腕まくりをした。 「わかった。それなら」 暁は早速荷馬車へと乗り込んで待機する。 「うちもそうさせてもらいましょかぁ〜」 星鈴も荷馬車の隅へと腰を下ろす。 「私は事が起きるまで、こちらで涼ませてもらいましょう」 朱璃阿は縁側に座って髪を梳かし始める。 「バッタ捕りを手伝いたいところですが、ここは小鬼の討伐後で」 紙木城は荷馬車に繋がれている馬達の鬣を撫でる。 「面白くなるまで少々待つとしよう。どうなるやら‥‥」 氏池は腰に手を当てて、遠くに広がる向日葵畑を見回した。 開拓者は待ち続ける。アヤカシの小鬼が現れるまでひたすらに。 そして到着から二日後の暮れなずむ頃、畑の片隅で竹笛の音が強く鳴り響いた。 ●小鬼 荷馬車が緑輝く畑の間に作られた道を駆ける。 後部の荷台では開拓者達が各々に戦いの準備を始めていた。 時々途切れる竹笛の音は徐々に大きくなってゆく。 「この辺りのはずです!」 吉之介が叫ぶと同時に荷馬車が停まり、開拓者達は荷台から飛び降りた。向日葵畑には荷馬車で通れない細い道もあったからである。 「あれは‥‥」 道の遠くで誰かが向日葵畑から飛びだすのを鶴嘴が視界の隅に入れた。 「た、助けて!」 小さいながら通る声は若い女性のものだ。続いて竹笛の音が今一度響いた。 「こっちだよ!」 真っ先に辿り着いた鶴嘴は娘の手を引いて一緒に逃げ始める。 小鬼の姿は見えなかったが、向日葵がなぎ倒される激しい音が聞こえてきた。誰かに追いかけられているのは間違いない。 鶴嘴は娘と共に向日葵畑を駆け抜けた。なるべく向日葵を傷つけないよう、間隔が広いところを選んで。 「この向こうに待機しとるわ」 逃げる鶴嘴と娘を星鈴が先回りしていた。そして一緒に走り、開拓者仲間が待つ正確な場所へと誘導する。 「もうすぐです。暁殿」 畑の外で待っていた皇は心眼によって鶴嘴、星鈴、娘の到来を予測済みである。追いかけてくる小鬼に対してもだ。 予測を教えてもらった暁は上目遣いに目前の向日葵畑の一点を見つめた。ガサガサと擦れる音が大きくなり、やがて仲間二人と娘が飛びだしてくる。 さらに飛びだしてきた何かを目撃した瞬間、暁は大きく口を開いた。 「ぅぅぅぅぅるおおぉぉぉォォォッ!!!」 暁が放ったのは咆哮である。 向日葵畑から現れた小鬼は辺りを見回した後で暁を睨む。 「悪戯小僧がお出ましね。私の式に魅せられて逝きなさい‥‥」 朱璃阿が打った式は呪縛符である。大地を蹴って暁に飛びかかろうとした小鬼は動けなくなった。 大きく大地を蹴り、氏池は低い体勢のまま小鬼との間合いを詰めて拳を腹へと捻り込んだ。まずは挑発し、小鬼の意識を自分に向けさせる。 「ほらほら、どうした、そこの小鬼。当たらぬぞ?」 氏池はわざと攻撃をせずに小鬼を翻弄するのに徹する。なぜなら皇がもう一匹小鬼がいるのを突き止めていたからだ。 (「僕はここです」) 紙木城はあえて言葉は発さず、三節棍を振り回して向日葵畑から現れた二匹目の小鬼に自分の存在を目立たせる。 「臆せず参りましょう」 二匹目の小鬼が紙木城に近づいて向日葵畑から離れる。見計らった十六夜は呪縛符を打った。簡単には逃走できないようにする為だ。 周辺に他の小鬼がいない事が確認され、開拓者達は一気に反撃へと出る。動かぬ敵ならばアヤカシであっても造作もない。呪縛符で動けなくなった小鬼二匹を開拓者達は仕留めてゆく。 氏池の拳が小鬼の顎をとられ、小鬼が土埃をあげながら転倒した。よろめきながら小鬼は立ち上がると、向日葵畑の中に逃げ込もうとする。 しかし鶴嘴がそうはさせなかった。氏池も使っていた疾風脚の俊敏さを利用して先回りし、小鬼への攻撃を緩めない。 皇が木刀で小鬼の喉元を突き、最後は暁が抜いた刀を上段から振り下ろす。 「大丈夫か?」 「は、はい‥‥。掠り傷程度です。本当に助かりました」 二匹の小鬼退治が終わり、皇が地面に座り込んでいた娘を心配する。 「はぁ‥よぉやく片ぁついたなぁ。ん? あの声は」 「みなさん、大丈夫ですか?」 星鈴が振り向けば、吉之介が御する近づく荷馬車が見える。娘は吉之介に預けられ、念の為に開拓者達は周囲を探った。 すると日が暮れる寸前に、隠れていた三匹目の小鬼を発見する。逃がさぬように倒しきった時にはすでに宵の口であった。 ●バッタ捕り そして 小鬼退治をした時から数日が経過する。開拓者達は滞在を続けたが、小鬼が現れる事はなかった。 軽い怪我も治り、開拓者達はバッタ捕りを手伝う事にする。 「え? この私にバッタ捕りを手伝ってほしい、ですって?」 最初は嫌々だった十六夜も、手伝ってくれたのなら料理をご馳走すると聞いて向日葵畑の中に入ってゆく。 「こんな服もたまにはいいわね」 朱璃阿は助けた娘から動きやすい服を借りてから向日葵畑へと向かった。 「よう見れば結構おるもんやなぁ」 星鈴は向日葵の茎や葉についたバッタを摘んでは村人から預かった袋の中に入れてゆく。 「確かにこれはオンブバッタですね」 紙木城も懸命にバッタを捕ってゆく。やがて午前が終わると袋の中はバッタで一杯になった。 「午後のバッタ捕りもがんばるか。この中の梅干し、いけるな」 昼食として村人からもらったお握りを鶴嘴は木陰で頬張る。 「太陽の恵みを存分に受けた油か‥‥」 皇も鶴嘴の隣りでお握りを食べていたが、その大きさは全然違う。特別に子供の頭程のお握りを作ってもらった皇である。 「‥‥バッタを捕らえるのも、結構面白いものだ。おい、こらそっちはダメだ!」 氏池もバッタを向日葵畑で追いかける。背中に入ったバッタを取りだそうと四苦八苦したのは仲間達には内緒だ。 「あ‥‥」 暁も手伝ったが、バッタ捕りというよりもバッタ潰しとなる。 「‥‥つかんだだけ、なのに」 どうも力の加減が苦手な暁である。 日が暮れ始めてバッタ捕りは終了する。 開拓者達は村の長の屋敷に呼ばれた。そこで料理が振る舞われる。 様々な品が並んだが、一番のご馳走は天麩羅料理だ。海は遠いので川で獲れた魚類が多い。変わった辺りでは野菜類の天麩羅もあった。 「なるほど‥‥このカラッと揚がった感じが向日葵油の特長か。どれ、次はこのドジョウのを――」 皇は汁につけた天麩羅を口に運んだ。 「こっちのカワマスのもかなりのものね。なんにせよ、バッタ捕りで空いたお腹には堪えられない美味しさだ」 鶴嘴はご飯と一緒に天麩羅を頂く。 「今回、一番、うまく立ち回った暁、乾杯といこうか」 「あ、えっ‥‥と、うん‥‥」 氏池が勧めた天儀酒を暁は顔を真っ赤にして呑んだ。それから夕食が終わるまでずっと氏池の隣りに座っていた暁であった。 もう一人、顔を赤くしていたのが星鈴である。 「助かりました。本当に」 「な、なんや‥‥お礼なんか別に‥ええし‥‥」 深くお辞儀する吉之介を目の前にして、星鈴は両手を胸元近くでブンブンと振り続ける。 顔が赤くなったのは用意されていた酒や、お礼をいわれたからではない。どうやら吉之介に手を握られたのが恥ずかしかったようだ。 (「小鬼の生態観察という訳にはいかなかったわね。こんなに向日葵畑が広いなんて誤算だったわ」) 十六夜は考えながら箸を動かす。淡々と食べていたが、あっという間に皿の上の天麩羅がなくなった。鰻の天麩羅が気に入ったらしい。 「そうそう、これを酒の肴にしたかったのよ」 朱璃阿は向日葵の種を煎ったものを村人に用意してもらう。歯で殻を剥き、中身を頂きながら酒がすすんだ。 「ねぇ‥‥紙木城さん‥‥。あまり食べていないようじゃない?」 「あの、腕に抱きつくの止めてもらえますか? 代わりにお酌をさせてもらいますので」 泥酔した朱璃阿の面倒は、最終的に紙木城がみる事となる。 楽しい夕べの翌朝、開拓者達は依頼を終えて神楽の都への帰路につく。ほとんどの村人達が開拓者達を見送ってくれた。 まだ緑に染まる向日葵畑。 夏になれば大輪が咲き乱れる事だろう。 |