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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 朱藩国安州は各地の品々が集まる王都である。 カブキ者として有名な王『興志宗末』は奇妙奇天烈な品々に造形が深かった。希儀で獲れるチョウザメ卵の塩漬け『キャビア』を流行らせたのも興志王の仕業だと噂されている。 時は数ヶ月前に遡る。 興志王は近年安州近郊に建てられた酒蔵を見学した。その酒蔵ではジルベリアの製法を用いて発泡酒の醸造が行われていた。 「んっ? 何だ、口の中で弾けるぞ」 「す、すみません。興志王様。そちらの水は昨晩天井裏に置いたものでして」 喉が渇いた興志王が水瓶に満たされた水を柄杓で飲んだところ妙な食感を味わう。無味無臭の水なのに口の中で泡が弾けていた。 酒蔵の主によれば醸造の過程で発生した泡の空気が天井裏に溜まり、それが水瓶の水へと移ったのだという。 泡が弾ける水を『炭酸水』と呼ぶ。ちなみに天儀酒の醸造過程でも似たような泡は発生するようだ。 「こんな感じの湧き水を知ってはいるが‥‥こうして人の手で作ることもできるのか。世の中、知らねぇことがまだまだあるもんだな」 「ジルベリアには酒を造らずにこの空気の泡を発生させられる技術があると聞き及んでいます。いやアル=カマルだったか‥‥」 「そいつは面白えな。任せるから再現してみろ。それとこの水、えっと炭酸水だっけ? 冷てぇとうまそうだな。氷室を‥‥いやさすがにこの時期からじゃ氷や雪の入手が難しいか。氷霊結が使える巫女を何人か雇え。資金はすべて俺が出してやるからよ」 「わ、わたしがですか? ‥‥い、いえ、やらせて頂きます」 酒蔵の主は興志王の強引さに面食らいながらも炭酸水の製造を引き受ける。生石灰やら様々な材料の入手に手間取りながらも何とか形にした。 残念ながら炭酸水には持続性がほとんどない。厳重に蓋をしてもしばらく経つと炭酸水から泡が抜けでてしまう。そこで造りたての炭酸水が提供できるよう製造所兼販売所は安州内に建てられた。 「このままでも物珍しさで買ってくれる客はいるだろう。しかし最初だけでは‥‥」 酒蔵の主から転じて炭酸水販売の主となった『倉田野助』は悩んでいた。 多くの客数が見込めれば単価はもう少し下げられる。しかし今のところ、材料費からいって大湯飲み一杯百文にしないと商売として成立しない。 とはいえ、ただの泡が弾ける水は売れるだろうか。それならば発泡酒のほうが余程よいとはならないだろうか。そういった不安が脳裏に次々と浮かびあがってきた。 「‥‥そうか。この炭酸水に味をつければいい」 興志王と約束した開店までの残り日数は少ない。倉田野助は見聞が広いと噂される開拓者を思いだす。 炭酸水をどうすれば美味しい飲料に変えられるのか。その内容で開拓者ギルドに募集がかけられるのであった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
十 砂魚(ib5408)
16歳・女・砲
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●驚き 深夜、朱藩安州に到着した開拓者一行は依頼者の店舗に向かう。 裏手に回って勝手口の戸板を叩くと住み込みの店員が中へ入れてくれた。通された部屋で待っていると依頼主が現れる。 「興志王様との縁で炭酸水を商うこととなった倉田野助と申します」 倉田野助と開拓者達は挨拶を交わす。それが済むと先程の店員が車輪付きの台で大湯飲みなどを運んできた。 「炭酸水がどのようなものか、飲んで頂けるのが一番と考えまして」 倉田野助に勧められた開拓者達は炭酸水で満たされた大湯飲みを手にする。 真っ先に口にしたのがルオウ(ia2445)だ。 「おーほんとに口の中がシュワーってすんなあ。しっかし興志王のおっちゃんは新しくて面白いもん見つけてくるよな」 一口飲んで感心したルオウは一気に飲み干してしまう。 「たんさんすいって美味しいんですの?」 依頼書に書かれていたことしか知らない十 砂魚(ib5408)は恐る恐る味見をしてみた。最初は唇に触れる程度。次には軽い一口といった具合に。 「口の中で、ぱちぱちと。不思議な感覚です」 味はないと聞いていたがほのかに辛く感じた十砂魚である。 「炭酸水か」 竜哉(ia8037)は炭酸水を口に含んで食感を確かめる。これに合うのは果実だろうかと考えながら。 フェンリエッタ(ib0018)は大湯飲みに両手を添えながらぐいっと頂く。 「暑い夏に向けて良さそうよね♪ 手軽に飲めるようになると嬉しいんだけど♪」 よく冷えていたおかげで喉ごしがとてもよかった。 「炭酸水とはどないなもんやろか」 芦屋 璃凛(ia0303)は大湯飲みを無造作に掴んでぐいっと呷る。 (「こ、この感じはなんや?!」) 一杯目を瞬く間に飲み干し、おかわりした二杯目はゆっくりと味わう。芦屋璃凛は一口飲むごとに惹かれていき、二杯目が飲み終わる頃には魅了されてしまう。 フィーネ・オレアリス(ib0409)は大湯飲みの半分を飲んだところで一息ついた。 「依頼書にしゅわしゅわと表現されていましたが、まさにその通りですね」 フィーネも気に入ったようである。 「炭酸水は美味しいね♪ これで甘くなったら流行ると思うよ♪」 リィムナ・ピサレット(ib5201)はまん丸笑顔で炭酸水をゴクゴクと飲んだ。 「この刺激的な泡に合うもの‥‥甘いシロップはどうだろか?」 篠崎早矢(ic0072)は炭酸水に加えたら美味しそうな食材を想像する。 夜明けまでにはまだ時間がある。開拓者の多くは仮眠をとるのであった。 ●お手伝い 陽が昇り、開拓者達は本格的に動き始めた。 「苺は任せてな」 「よろしくね♪」 鋼龍・風絶で大空に飛び立とうとする芦屋璃凛をフェンリエッタが見送る。 「路地メロンは任せてくださいですの」 「お願いね〜♪」 轟龍・風月に乗った十砂魚にリィムナが手を振った。 「買ってくるのはこれで全部かなあ?」 ルオウは輝鷹・ヴァイス・シュベールトと大空の翼による同化を果たした。背中に生えた光の翼があれば市中の移動は一瞬で済む。 「さてっと、氷の確保をがんばらないとね!」 「お手伝いするわね」 リィムナとフェンリエッタは足りていない氷作りを手伝う。 氷霊結が使える巫女三名が雇われてから三日しか経っておらず、氷室にはわずかな氷しか保存されていなかった。 湧き水を汲んできた小型飛空船が裏庭に着陸すると、フィーネはアーマー「人狼」・ロートリッターを稼働させた。船倉扉の中から大樽を取りだして建物の出入り口付近まで運ぶ。 そこから先は竜哉と天妖・鶴祇の出番だ。樽を台車に乗せて板場や氷室に持って行く。 樽の湧き水は木箱に注がれてから氷霊結で凍らされる。 竜哉には考えがあり、木箱の湧き水の中へと皮を剥いた晩柑のザボンをいくつも沈めた。 「これをかき氷みたいにして使うつもりなんだが頼めるか?」 「私が凍らせるわね」 竜哉に頼まれたフェンリエッタが氷霊結を施す。あっという間にザボン入りの氷のできあがりである。 「それじゃちょっと郊外に行ってくるね〜。サジ太、こっちきて〜♪」 リィムナは練力の残りが少なくなったところで上級迅鷹・サジタリオと韋駄天脚で同化した。 足から伸びた翼でわずかに浮かびながら郊外まで疾走。瘴気が比較的濃いところで存分に瘴気回収を繰り返す。練力が回復したところで店の氷室に戻り、氷を作り続けた。 篠崎早矢は翔馬・夜空に小さな荷車を牽かせて市場を歩き回る。 「メープルシロップの原木のサトウカエデってジルベリアになかったか?」 市場の売り子にメープルシロップを聞いてみたところ、理穴産の樹糖が同じものだという。甘い液体なので蜂蜜同様に飲み物用の甘味として扱いやすい。仲間の分も含めて多めに購入しておく。 (「アル=カマルの食材を扱う店はないのかな?」) 篠崎早矢は知識を総動員して変わった食材を探し回る。 「あった! あったぞ夜空!」 篠崎早矢は探していた興奮作用のある食材を一種類だけ発見した。 ●ルオウ 倉田野助から開拓者達に一つのお願いがされる。 味付き炭酸水ができたとしても再現できなければ無意味である。それを未然に防ぐために食材の量りと記帳が行われていた。 「魔術師の実験みたいだなー」 板場のルオウは慣れない手つきで梅の汁が入った容器を天秤で計る。 「生のリンゴはなかったけど、砂糖漬けがあったからこれで。甘いからちょうどいいよな。イチゴとウメは潰して布で漉してっと。お、めろぉんもどうかな?」 始めると楽しいもので食事を忘れるほどに没頭した。試飲を重ねていたのでお腹がふくれていたせいもある。 「炭酸水を使うと後味がスッキリするよな。料理を出しているどこかと提携するのもありかなあ」 ルオウはふと安州内で営んでいる満腹屋を思いだす。 「炭酸にウメと砂糖足したやつ、うめぇな。ヴァイスも呑んでみっかー?」 梁に留まっていた輝鷹・ヴァイスを片腕に呼び寄せて飲ませてみた。水だと思ったらしく、ヴァイスは躊躇なく嘴で啄んだ。その途端、翼をばたつかせて驚いていた。 「美味しくないか。なら仕方がないよなー」 その後、ルオウは肉を食べさせてヴァイスの機嫌をとっておくのであった。 ●芦屋璃凛 「生姜が手に入ればこっちのもんや」 芦屋璃凛は自信満々で生姜入り炭酸水を作ろうとするが早い段階で躓いてしまう。 「うまくいかへんで。もっとこう、甘さの中にぴりっとした感じにできんやろか」 悩んだ芦屋璃凛はジルベリア出身のフェンリエッタに相談を持ちかける。 「生姜と甘味で作った汁をお湯割りで飲んだりするわ」 「そ、それや! どないして作るん?」 芦屋璃凛はフェンリエッタの協力を得てジンジャーシロップを作り上げる。 薄く切った生姜に黒糖をまぶしておく。水分が出てくるぐらいに時間を置いてから煮詰めればできあがりである。 「あとは炭酸水と甘みのバランスさえとれたらええねん」 芦屋璃凛は配合を変えた五種類の生姜入り炭酸水を用意した。それらを開拓者仲間や店の者達に飲んでもらう。 炭酸の強弱でも味が変わるので苦労したが、ようやく納得の生姜入り炭酸水が完成する。 「ゲプッ、飲み過ぎたかも知れへん。しかしまぁこれでええ名前がさえあれば‥‥。ジルベリアだと生姜はジンジャーやったな」 芦屋璃凛は腹ごなしも兼ねて氷問屋を訪ねる。 氷問屋は夏場でも独自の氷入手方法を確保しているようだ。餅は餅屋といったところで、いくらかの氷を売ってもらう。 氷は不思議なもので多く集まるほど溶けにくくなる傾向がある。大量とはいなかったが、それでも氷室の足しになるのであった。 ●竜哉 「よし。うまくいきそうだ」 竜哉も板場で味付き炭酸水作りに没頭していた。 ザボン入りの氷を削ってかき氷状にし、濃い甘味をつけた炭酸水へと投入する。氷の粒と果肉の食感、そして炭酸の泡が口内で踊りだす。 初めから手応えはよかった。ただ一番よい配合を見つけるために時間が費やされる。 たまたまザボンを使ったが別に他の果実でも構わない。季節に合わせて手に入りやすい果実で充分だ。 「鶴祇も飲んでみるか?」 竜哉から大湯飲みを受け取った天妖・鶴祇は氷粒入りザボン炭酸水を口にする。初めての味に驚きつつもすべてを飲み干した。 「気に入ってくれたようだな。店が開いたら頑張ってもらうぞ。呼び込みに甘上手を使えば特に困らんだろう。それとも空から告知というのも目新しい‥‥ん、もしかしてお替わりが欲しいのか?」 天妖・鶴祇の見上げる態度から察した竜哉は氷粒入りザボン炭酸水を用意する。今度は自分の含めて二杯分を。 「前祝いだ」 竜哉と鶴祇がジルベリア式に杯を交わす。 翌日、竜哉はもう一つの案を試してみた。 「いけるじゃないか」 それは梅酒を炭酸で割ったもの。依頼主の倉田野助が元々酒蔵の主なので興味があると考えたのである。 「酒造屋としては酒で勝負もしたいだろ?」 「面白い味ですね。とても飲みやすいです」 倉田野助に梅酒の炭酸水割りを提案したところ好感触が得られるのであった。 ●フェンリエッタ 「イチゴは定番よね。今の季節ならメロン、びわ、さくらんぼもあるわ」 フェンリエッタは板場にあった果実の在庫を確かめる。 「凍らせた果肉や果汁を入れるのはよさそうよね。旬に合せて月替りなら飽きも来ないし」 まずは一通りの果物を使って味付き炭酸水を作ってみた。 『ウィナも飲んでいい?』 「もちろん♪ 感想を聞かせてね」 フェンリエッタと上級人妖・ウィナフレッドは試飲を続けた。 (「炭酸が苦手な人もいそうよね。口の中で弾けるのって独特だし、刺激が痛みにも似ているから‥‥。そういう人にはミルク割りはどうかしら」) フェンリエッタは紙の上に箇条書きをしながら頭の中を整理させる。 改めて作ったのは炭酸水と牛乳を割ったものだ。果汁と果肉、それに砂糖水を煮詰めて作ったシロップも加えてみる。 「ミルクと果実は相性がいいものが多いし、微炭酸ならぴったりね。それにイチゴはとても合う♪」 『ウィナも好き』 「開店のお手伝いもお願いね」 『頑張る』 フェンリエッタはイチゴといえばとある人物を思い浮かべた。 その後、仲間達にも試飲してもらう。 他にも健康によさそうなリンゴ酢を炭酸水で割った飲み物も作ってみた。酸っぱいがシロップを足せば誰でも飲めそうである。 変わり種として炭酸水に果肉を入れて寒天で固めてみた。 「ぷるるんしゅわっ! って感じだと思うけど」 『ウィナ、ぷるるんしゅわっ!』 果肉と炭酸入り寒天を食べたウィナフレッドの嬉しそうな様子を見て、フェンリエッタは微笑むのであった。 ●フィーネ フィーネが考えていた味付き炭酸水は芦屋璃凛と同様に生姜を使ったものであった。但し甘味の扱い方は違った。カラメルを利用したのである。 (「普通のお砂糖でもよいのですけれど、色付きの方が見栄えが良くていいですよね」) フィーネは生姜の炭酸水を飲んで頷く。仕上がったところで別の作業に取りかかる。 倉田野助から許可を得て作り始めたのは氷菓だ。 仲間達や店の巫女、さらに問屋からの購入によって氷室は氷で満たされつつある。 そこで牛乳に砂糖を混ぜて仕切りありの金属容器で凍らせてみた。氷一つは親指の先ぐらいの大きさ。それを果実系の味付き炭酸水に追加で入れてみる。 「これなら喜んで頂けてるのではないでしょうか」 氷が溶けることによる味の変化が面白い。 この氷は仲間達にも好評になる。倉田野助の指示で開店から三日間はわずかな金額で追加可能となった。 ●リィムナ 「甘い下味をつけてっと♪」 リィムナは美味しく、かつ安く提供できるよう味付き炭酸水を考える。 炭酸水の原価については今後消費量が増えてくれば材料輸送面の改善において劇的に安くなる。ただ果実類はそうはいかない。季節や収穫量に価格が大きく依存するからだ。 砂糖や樹糖の購入は近いうちに問屋との直接取引に移行する。倉田野助が現在交渉中だといっていた。 「果実や果汁を風味や香りをつけるためのフレーバーとして使えば、きっと仕入れ量を少なくできるよね」 リィムナが迅鷹・サジタリオに話しかける。果実の味付き炭酸水の開発は仲間達が頑張っているので別の角度から美味しさを探った。 「フレーバーには桑の実とビワ、それにチョコがいいかな」 桑の実とビワのフレーバーは苦労せず完成する。 ただチョコレートの炭酸水は非常に困難を極めた。ようは油分のせいで溶けないのである。 リィムナは試行錯誤の末、ココアの粉を使うのに行き着いた。 カカオ豆を分離するとココアバターとココアの粉になる。 大雑把にいえばココアバターに甘味を足したのがチョコレートだ。ココアの粉には油分が殆どないので水に溶けやすい。 本当はスパークリングココアと呼ぶべきなのだろうが、追加する甘味や牛乳の工夫でチョコレート風味に仕上げられた。 「これなら大丈夫♪」 リィムナは冷たいスパークリングチョコレートを勢いよく飲み干す。 笑顔でもう一杯飲もうとしたところで、サジタリオの視線に気がつく。 「な、なに? あ‥‥だ、大丈夫だよ。飲み過ぎないし。ちゃんと寝る前に厠行くから!」 顔を真っ赤にして両手をブンブンと振り回すリィムナであった。 ●十砂魚 十砂魚は味だけでなく見た目の工夫にも気を配る。 「柑橘系はさっぱりしていますの。薄く切った果実を浮かべたりすれば、見た目も良いと思いますの」 ミカンの輪切りを果実入り炭酸水に浮かべてみた。窓向こうの裏庭で休んでいる轟龍・風月にも見せてあげる。 「甘みが足りないような‥‥」 酸味と甘味がせめぎ合う。少々傾いても許容に収まるようぴったりの配合を探らなければならなかった。 十砂魚はメロン入り炭酸水にも挑戦する。 果汁を搾って混ぜるだけでも非常に美味しい。実の部分も追加して完成をみた。 「炭酸水がそう簡単には作れない以上、ライバル店ができる心配も少ないですの」 試飲した十砂魚は満足げな表情を浮かべる。仲間達にも飲んでもらおうと用意し始めたところで風月が欠伸をした。 「昨日、頑張ってくれましたからご褒美ですの」 風月にメロン入り炭酸水を舐めさせてあげる。しかし気に入らなかったようでそっぽを向かれてしまった。 「風月はお気に召しませんの? 私は結構、気に入ってるのですけど」 こればかりは仕方がないと諦める。十砂魚は夕食にお肉をあげると風月に伝えてから仲間達にメロン入り炭酸水を持って行くのだった。 ●篠崎早矢 篠崎早矢が手に入れたアル=カマル産の食材はコーラの実である。これは珈琲豆と同じく目が覚める効果が確認されていた。 「珈琲と似たようなものなら、同じようにやってみるか」 コーラの実を煎ってから粉状にし、丈夫な和紙と湯で抽出してみる。飲んでみると凄まじく苦い。とはいえ珈琲もそのまま飲めば苦いので樹糖を足してみた。 「結構いけるな。珈琲とは違う味わいだ」 そこで冷たい飲み物を二つ用意する。甘い珈琲の炭酸水。もう一つは甘いコーラの炭酸水。両方を飲み比べてみるとコーラの方が炭酸に合っていた。 「ちょっと物足りない気もするけど、今後の研究次第かな。もっと甘味が強ければいいような」 篠崎早矢はコーラ炭酸水を完成させる。 他にも梅酒で割った疲労回復炭酸水を考えつく。 「普通に出回ってる果物はほかの店にすぐマネされるだろう。アケビとかノイチゴとか、少し味は劣るが野生種に近いようなので作れないかな?」 「量が確保できればよいのですが。さすがに数杯の用意だけではお客様にも不満が溜まるでしょうし」 篠崎早矢は倉田野助に相談してみた。案としては面白いのだが、残念ながら商売としては不確定要素が多すぎるとのことであった。 ●大繁盛 宙に浮かぶ天妖・鶴祇が道行く人々にチラシを手渡す。 チラシそのものを作ったのはリィムナだ。絵入りの下書きを瓦版屋に頼んで大量に刷ってもらった。 チラシは『清涼倉田屋』の宣伝文。傾いた摩訶不思議な飲料販売をうたっていた。 人妖・ウィナフレッドも道行く人々にチラシを配る。 おかげで清涼倉田屋は初日から大盛況。暖簾を下ろすまで客の行列は続いた。 「よう、すごかったようだな」 裏口からふらりと入ってきたのは興志王である。 「おーおっちゃーん!」 ルオウは手を振りながら興志王の元へと駆け寄った。 「炭酸水って面白い飲み物だよなー。ちょっと待っててくれよ。俺が考えたやつ、持ってくるからさ」 ルオウは興志王のために梅炭酸水とリンゴ炭酸水を運んできた。 「こりゃうめぇな」 「へへっ♪」 興志王の前でルオウが胸を張る。 「うちのも飲んでや。ジンジャースパークいうねん」 「かっこいい名前だな。どれ?」 芦屋璃凛の生姜入り炭酸水は辛味強めの大人の味に仕上がっていた。しばらく興志王と話す機会を得る。その間に自分と興志王を比較してしまい、落ち込んでしまう。 「ま、生きてりゃいろいろあるさ。ほら飲んでみろ。これはお前自身が作った他人に誇れる一つだ。他にもたくさんあるさ」 興志王が大湯飲みに注いでくれたジンジャースパークを芦屋璃凛が口にする。 「このしゅわしゅわした泡のお陰やろか、悩み事が消えていくようや。寮生のみんなにも飲ませたいで」 黄昏れながらも芦屋璃凛は徐々に元気が湧いてきた。 「これは普通。こちらは裏メニューだ」 興志王は竜哉が作った氷粒入りザボン炭酸水と梅酒の炭酸水割りも飲んだ。 「うまい。梅酒のほうは女性に人気がでそうだな」 興志王は酒と炭酸水を合わせる案に感心する。 「こちらはどうです?」 フェンリエッタは数ある考えた中から牛乳入りイチゴ炭酸水を飲んでもらう。 「これを好きそうな人物を俺は知っているぞ」 興志王が高らかに笑いながら自分の膝を叩いた。 機会があれば飲ませてやってくれと興志王はフェンリエッタに頼む。それが誰なのかフェンリエッタにも理解する。 フィーネが持ってきたのも生姜入り炭酸水であったが、芦屋璃凛のものよりも甘めに作られていた。色も濃いめである。 「子供が喜びそうだな。今は高いがそのうち安くなればバカ売れするだろうさ。こっちの氷はいいな。いろいろと応用が利きそうだ」 「お褒め頂いて恐縮です」 フィーネは丁寧な物腰で興志王の前から離れる。 続いて飲み物を運んできたのはリィムナだ。 「これが一番自信作なんだ♪」 「濃い茶色だな」 さっそく飲んだ興志王は驚く。炭酸水からチョコレートの味がしたからだ。 「不思議な飲み物だ‥‥」 「スパークリングチョコっていうんだよ♪」 興志王はしきりに感心していた。 「あたしのはこれですの」 「この薄緑色は?」 十砂魚が興志王の元に運んできたのはメロン炭酸水である。 仲間が出した同様の案を十砂魚が集約させた。果実の食感、甘味の濃さなど細かい調節がなされていた。 味は飛びっきりのうまさ。メロンを安く仕入れられれば大人気になるだろう。 最後の味付き炭酸水は篠崎早矢のものだ。 「コーラ炭酸水といいます。もっと甘味と香りを強くしたいのですが、何とかなったのはここまででした」 「真っ黒な飲み物か。興味がそそられるな」 一口飲んだ興志王は瞳を大きく見開いた。 「可能性の塊のような炭酸水だな‥‥。甘味はもっとあった方がいい。しかしこれはこれでうまい」 興志王に褒められた篠崎早矢は少々照れるのだった。 「おかげさまでどのような物を作ればお客様に喜んで頂けるのか、わかったような気がします。ありがとうございました」 倉田野助はお礼として開拓者達にメロンを配る。 滞在期間が過ぎた開拓者達は帰路に就く。深夜、炭酸水の未来を語り合いながら精霊門で神楽の都へと帰っていくのであった。 |