吹雪の中へ 〜鳳〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/23 04:14



■オープニング本文

 今日は東の空へ。明日は西。明後日には北と南を行ったり来たり。とゆきたいところだが、それが出来ない悩めるお年頃の昇徳商会・女社長『李鳳』十六歳。
 近くにいる彼女の味方といえば整備士、操縦士、その他諸々兼任の青年『王輝風』十六歳。そして修理して間もない中型飛空船『翔速号』。
 なぜ李鳳が旅泰として商売に勤しむ事が出来ないのか。
 それは人手不足であったからだ。
 この前の仕事は開拓者達に手伝ってもらったおかげで何とかなる。しかし小さい仕事の度に開拓者を雇っていては大赤字になってしまう。以前に働いてくれていた者達に連絡をとってみたが梨の礫だ。募集をかけても弱小の昇徳商会に来てくれる者は今のところいなかった。
「‥‥こうなったら!」
 朱春郊外のボロ格納庫内。翔速号の船首上部天版で胡座をかいて考えていた李鳳は覚悟を決める。小さい仕事が無理ならば大ざっぱな、もとい、大きな仕事で稼ごうと。
「またそんなことをいっている。だから無理だってば。翔速号の調子がわからないっていうのに――」
 李鳳は船内に移動して王輝風に事情を説明するものの、なかなか納得はしてくれなかった。李鳳も王輝風のいうことはもっともだと思うのだが、ここは引き下がれない。
 李鳳と王輝風が折り合いをつけたのは約三時間半後。ちょうど腹が減った頃だ。
 もう一回、泰国内のなるべく大きな仕事をこなして翔速号の慣らし運転は終わりとする。それ以降は泰国だけでなく、外の国も含めての仕事を引き受ける事とした。
「いい仕事あったわよ〜。稼げそうなやつ♪」
 旅泰の寄り合いから戻ってきた李鳳はさっそく王輝風に仕事の内容を説明した。
 山岳部の採掘現場で玉石を受け取り、職人が多く住む村まで運ぶ仕事であった。色鮮やかな玉は細工が加えられてより素晴らしい工芸品となる。
 高価な品を扱うだけあって割りのよい仕事だが、王輝風はどうにも引っかかった。再開して間もない昇徳商会に何故このような簡単に稼げそうな仕事が回ってきたのだろうと。
「実は発掘現場に至る山間の途中でアヤカシが出るらしいのよ。それでみんな後込みしちゃっていてね。お鉢が回ってきたわけ♪ 大丈夫だって。アヤカシが出るのはたまにって話だから――」
 笑顔で説明する李鳳とは逆に王輝風が大きくため息をつく。
 玉運びの仕事を引き受けた翌日、王輝風が開拓者ギルドに出向いて募集をかけた。重くて繊細な玉石の積み込みと、もしものアヤカシ襲来に備えて。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
水津(ia2177
17歳・女・ジ
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
クォル・T(ia8800
25歳・男・シ
ザザ・デュブルデュー(ib0034
26歳・女・騎
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔


■リプレイ本文

●離陸
 薄暗い夜明け前。中型飛空船『翔速号』は安州の飛空船基地から離陸する。やがて安定した水平飛行へと移った。
「集まってくれてありがとうね」
 全員が集まっていたのは操縦室。お茶を淹れながらのリラックスムードで李鳳は語る。
 翔速号で山間の採掘地に向かい、玉石を受け取る。それを少し離れた平地の職人が住む村まで運ぶのが今回の仕事だ。
「依頼書にもある通り、アヤカシが出るかも知れないのよ。ま、いつもじゃないらしいんだけど‥‥」
「アヤカシ出るのですか‥。今回は危なっかしい仕事に手を出しましたねー。でも美味しい料理が出てくる限りお仕事がんばりますからっ!」
 張り切る剣桜花(ia1851)は突きだした指先で合図をだしながら李鳳にウィンクをする。当然ながら一番重要なのは美味しい料理である。
「ふふふ‥私に燃やされたいアヤカシはいるかしら‥?」
 危なっかしい笑顔を浮かべていたのは水津(ia2177)。指先の動きもどうも怪しい。その姿を冷や汗をかきながら王輝風が横目で眺めていた。
「積み込み時にはアヤカシが荷物に入り込まないようにしますね」
「そういう心配も必要よね。お願いするわ」
 各務原 義視(ia4917)が李鳳と話した後で外を眺めてみる。窓はとても小さく、極めて視界が悪い。さすがに王輝風が座る操縦席の前面視界は良好だが、側面は注意が必要だ。
「飛空船護衛、引き受けた。空で龍無しというのも心細いが、全力を尽くそう。昔、ジルベリアでも商船の護衛をしたことがあってな‥‥」
「経験がある人がいると助かるわ」
 昔話を始めたエメラルド・シルフィユ(ia8476)は続けて自分が担当したいのは上空の監視だと説明する。それならばと李鳳が甲板近くの展望室を教えてくれた。
「前も手伝わせていただいたけど、今回もよろしくね〜。積み荷を運ぶのは現地についてからなんだね」
「そうなるわね。採掘地と加工を担当する村まで、そんなに距離は離れていないのよ」
 白い歯を覗かせながらクォル・T(ia8800)は李鳳に挨拶した。席は一番後方の隅の位置。ここからだと操縦室全体が見渡せるからだ。
「現地についての積み込みですが、台帳記入を手伝わせてもらえますか?」
「いいわよ。高価な品だから一つ一つ木箱の中を確認してから運び込むのでよろしくね」
 玲璃(ia1114)は李鳳と仕事についてを相談する。
「ザザ・デュブルデューと言う、よろしく。人が集まらないって聞いたが大変そうだねぇ」
「そうなのよ。多すぎてもうちの屋台骨じゃ無理なんだけど‥‥。だからといってあたしと輝風だけじゃあね」
 ザザ・デュブルデュー(ib0034)は、おそらく社長の李鳳が若い故に経験不足と思われて敬遠されているのだろうと想像する。その辺りの誤解を解く切っ掛けを作ってあげられたのならと心の中で呟くザザである。
「玉ですか? 加工された品を見ることはありますけれど、原石を見る機会は滅多にあるものでは御座いませんし」
「あたしも初めて。やっぱり綺麗なのかな? どんな風なのか楽しみよね♪」
 ジークリンデ(ib0258)は玉石についてを李鳳に訊ねる。王輝風にも話しを振りながら。
 玉石は翡翠とも呼ばれ、さらに硬玉と軟玉に判別される。一般に高価なのは硬玉。軟玉には安物が多いものの、羊脂玉のような高価なものも存在する。
 目的の山地で採掘される玉石は硬玉であるようだ。そして極稀にだが宝珠も採掘されるらしい。
 翔速号は飛び続け、二昼夜のうちにアヤカシが出没するという山間に差し掛かる。三月に入った今頃ならば雪の心配はないと思われていたが、そうではなかった。
 吹雪が阻む行く手を翔速号は突き進んだ。若く、それでいて飛行経験の少ない操縦士の王輝風だが腕は確かだ。幸いな事にアヤカシは出没しない。多少揺れはしたものの、無事に斜面ばかりが目に付く採掘地の非常に狭い平らな地へと着陸するのだった。

●積み込み
 李鳳は開拓者達を連れて採掘場の責任者の元を訪ねる。そこから厳重な倉庫を案内されて玉石が納められた木箱を確認した。
「結構あるけど‥‥、中はスカスカなのね」
「それをいうのなら『丁寧な梱包がされている』だよ」
 薄暗い倉庫の中で李鳳と王輝風は灯籠を手に木箱の中をのぞき込む。そこには丁寧に布にくるまれた玉石が並んでいた。間には緩衝用として枯れたシロツメクサが詰められている。それだけ高価な品という事だ。
「それでは数えましょう」
 玲璃は王輝風と共に玉石の数や大きさ、色などを台帳に書き込んでゆく。李鳳は責任者と手続きを行う。
「やはり丁寧な梱包がされていたか。‥‥ふむ。単に釘を打つのも難しいものだな」
 確認が終わった木箱に蓋をしていたのはエメラルド。金槌を手に釘を打ち付ける。ところがなかなか真っ直ぐにとはいかなかった。釘の頭が曲がってしまう。
 エメラルドと同じく釘を打っていたのがザザだ。
「これだけちゃんと詰め物がしてあるのなら大丈夫だろう」
 名の通り『詰め』をするときに重宝するのがシロツメクサだ。ザザはふとシロツメクサの中に四つ葉を見つける。
「だからいったんですよ〜。寒いところに行くらしいので厚着した方がいいって。水津殿は局所的に脂肪が無いですから」
「それでは‥身体のラインがわからないですよ‥。ひんぬーこそ正義‥真実‥」
 剣桜花と水津は言い合いをしながら並んで木箱を翔速号まで運ぶ。
「自分が奥に入れるのでその辺りに積んでおいてね」
 クォルは翔速号まで仲間が運んできてくれた木箱を綺麗に船倉に並べる作業を受け持っていた。運んでいる最中に崩れないように積むのは結構難しいものだ。コツはザザが教えてくれる。最後には縄をかけて固定するつもりである。
「雪の降りがこんなにあると大変です。奇襲の恐れに警戒を‥‥」
 見張りを志願した各務原は翔速号の周囲を回りながら降りしきる雪を見上げる。アヤカシに潜り込まれないように注意する各務原だ。
 ジークリンデは先に戻ってきた李鳳と一緒に翔速号内で調理の腕をふるう。
 明日の早朝には飛び立つので地上にいられる時間はそんなにはない。せっかくなので揺れる航行中には作るのが難しい料理に挑戦していた。仕事はちょうど折り返し地点。もう一踏ん張りしてもらう為に美味しい料理で奮起してもらおうという考えである。それに船倉以外の船内監視も兼ねていた。
「焼きたてのパンは何よりのごちそうといってよいはず。ボルシチもちょうどよい感じに」
「あたしは肉まんよ。寒いときには、これが一番♪」
 ジークリンデと李鳳は和気藹々に料理を作りながら仲間達の帰りを待った。
 帰ってきた開拓者達を最初に『ニャー』と出迎えたのが王輝風のペットになったばかりの子猫だ。ちなみにまだ名前は決まっていない。
 暖かい料理をお腹一杯に食べてから一同は就寝する。交代で見張りをし、警戒を怠らない開拓者達であった。

●吹雪に紛れて
 夜が明け、どんよりとした曇り空に向かって翔速号は飛び立つ。昨晩は酷い吹雪になったものの、今はかなり収まっていた。
「嫌な予感がするな‥‥」
 操縦桿を握る王輝風は、両側に迫る崖を眺めながら呟く。少しでも間違えば風に押されて壁に激突してしまう状況だ。とはいえ気をつけさえすれば何とかなる。問題なのはこれ以上の不測の事態だ。つまり今アヤカシに襲われたのなら非常に危うい状況であった。
 開拓者達は行きと同じくそれぞれの持ち場で警戒をしていた。最大の難関である山間空域さえ抜ければ大分気が楽になる。
 操縦室には王輝風と李鳳、ジークリンデ、水津が待機。おまけは子猫。
 甲板部にある展望室にはザザ、エメラルド、各務原、剣桜花、玲璃。
 船倉下部にある展望室にはクォル。
 開拓者の多くはアヤカシに襲われるとすれば船体上部の甲板付近と睨んだようである。
「おとなしくしているのよ」
 李鳳は後部の席に座りながら固定具で寝そべっている子猫に声をかける。窮屈そうだがこうでもしないと船体が揺れた時、蹴鞠のように船内を跳ね回ってしまうからだ。
「‥‥それにしても寒いな。空は寒いものだがここは格別だ」
 甲板の展望室でエメラルドは震える身体を掌で擦る。壁があるとはいえ、外気から冷気が伝わってくる。仲間にそんなそんな格好してるからだと突っ込まれて『う、うるさい!』と頬を真っ赤にしたエメラルドは外套を羽織るのだった。
 その頃、船倉下の展望室にいたクォルは小さな窓を覗き込みながら何度も目を凝らしていた。ジークリンデの案によって用意された灯籠の光を鏡で反射させて様子をうかがう。
「やっぱりあの辺り動いている!」
 船体にこびりついた雪の何カ所かが動いたのをクォルは目撃する。そして伝声管に顔を近づけて声を張り上げた。船底の右舷後方にアヤカシらしきものが取り憑いていると。
 クォルの声は船内すべてに伝わる。もちろん李鳳の耳にもだ。
「船底じゃきっと戦えないわ!」
 李鳳はアヤカシを引き剥がす為に宙返りをして欲しいと王輝風に指示を出す。頑丈に固定してあるものの繊細な玉石の入った木箱を運んでいる都合上、やれるのは一度のみだと付け加えて。
「みんな、何かに掴まれ! 行くよ!」
 王輝風は最高速まであげて無理矢理に宙返りを敢行する。ひっくり返った瞬間は落下気味だが、何とか通常の姿勢を取り戻す。
「こちらにいな‥‥いや一体だけ。残りは振り落とされたかも」
「どうやら大部分は一旦離れた上で甲板に落ちてしがみついたようだねぇ」
 伝声管を使ってクォルとザザが報告しあう。
「積み荷は大丈夫でしょうか?」
 玲璃は船倉の様子をクォルに訊ねる。今のところ、潜入しようとしている雪のようなアヤカシは一体のみだ。船倉には操縦室にいるジークリンデと水津が向かう事となる。
 そして戦いの前に玲璃が仲間達に「速」と「防」の神楽舞を踊った。
「李鳳と王輝風はそのまま。アヤカシはなんとかしよう」
 そう伝声管に投げかけてからエメラルドは甲板へと出た。吹雪に近い状況でさらに空中の飛空船上。屈強な開拓者といえども気を抜けば吹き飛ばされるのは必至だ。
 敵の位置を心眼で見極めると炎をまとわせた剣を手にエメラルドが駆ける。状況故に短期決戦を望んでいた。刃で白い雪像のようなアヤカシの横腹をえぐり取った。
「天候が悪いので注意してくださいねー」
 剣桜花は特別な大斧を振るって風を巻き起こす。肝心なのは翔速号全体を守る事で敵の殲滅ではない。アヤカシが落ちてくれれば御の字だ。風に煽られて姿勢を崩したアヤカシが後方へと吹き飛んでゆく。
 各務原は迫り来る白いアヤカシを前に唱える。
「南斗北斗三台玉女 左青龍避万兵 右白虎避不詳 前朱雀避口舌 後玄武避万鬼 前後輔翼 急々如律令」
 その瞬間、甲板から伸びる氷柱。その攻撃は心的にアヤカシの腹を貫く。さらに斬撃符で止めを刺してゆく。
「これはあたしが」
 船内へと続く展望室用ハッチ近くにザザは待機していた。甲板前方で戦う仲間達から離れて後方に待機していた理由はただ一つ。展望室からの船内侵入を防ぐ事だ。そのために窓や扉の点検を怠らなかったザザである。
 一体の白いアヤカシが展望室に取り憑いた。ザザはオーラで自らの力を高めて弓を引き、矢を放つ。
 風を切って白いアヤカシの手のような部分を矢が吹き飛ばす。アヤカシが間近へ迫る前に二射目が白いアヤカシの右膝部分に突き刺さる。姿勢を崩した白いアヤカシは風の勢いに負けて飛んでいった。
 船体上部甲板での戦いが激しさを増していた時、船倉近くの格納扉周辺でも同様であった。わずかな船体の隙間をぬってアヤカシ一体が潜入してきたのである。
 船倉には玉石が仕舞われた木箱が積まれている。これらを壊さずに戦わなければならない。
「風上とかいってられないよね‥‥」
 クォルは早駆で瞬時に移動しては手裏剣で白いアヤカシと戦う。今は狼の形状に変化していた。
「くっくっく‥私に焼かれる為にわざわざこちらに来ましたか‥‥いいでしょう‥‥燃えなさい!!」
 水津の放つ浄炎は幸いな事に品物へ引火する事はなかった。手裏剣と炎によって白いアヤカシを木箱から徐々に引き離してゆく。
「お願いしますね!」
 クォルが船倉後部を開く仕掛けに手を伸ばす。すると風の抵抗に煽られて翔速号の船体が大きく揺れ始めた。
「こちらでどうでしょうか。落ちて頂けると助かるのですが」
 ジークリンデが放射したサンダーの輝きが白いアヤカシにまとわりつく。ぐらついた白いアヤカシは乱気流でさらに姿勢を崩してその場に倒れる。そして滑り、船外へと放り出される。
 ジークリンデは再び追いつかれないように、今一度のサンダーを吹雪に舞う白いアヤカシへ放射した。
 クォルと水津が懸命に開閉部を閉めようとする。アヤカシがもう近づけないのを確認したジークリンデも手伝ってようやく完全に閉じた。翔速号の安定も元通りになる。
 上部甲板での戦いも終了して、十分後に翔速号は山間の空域を抜け出す。
 それから玉石が仕舞われた木箱を村に納品したのは約一時間後の出来事であった。

●すべてが終わり
 その後、剣桜花と水津による偽者かどうかの戦いも起こる。アヤカシが化けているのではないかといって胸を基準にけんけんがくがくのやり取りがされる。水津によれば『ひんぬーこそ正義』らしい。剣桜花は船内で食べたボルシチの味が忘れないといってジークリンデに感謝する。
 兎にも角にも玉石の搬入は無事に終わった。積み込みの際に気をつかったおかげで宙返りをした際にも玉石に損傷はしなかった。
 朱春に戻った後も、もう一日滞在する。李鳳と王輝風が馴染みにする飯店でお腹一杯に食べる開拓者一同であった。