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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「すっ、すみません!」 満腹屋の飯処で給仕をしていた智塚光奈は裏口から聞こえてきた声で振り返る。 「気になるのでちょっと見てくるのですよ〜」 「わかりましたわ。ここは任せてちょうだい」 姉の鏡子に一言かけて光奈は店の奥を通り抜けて裏口の戸を開ける。 「うわぁ‥‥。これなんなのです?」 光奈が見上げたのはたくさんの麻袋。店の裏に堆く積まれていた。板前の智三と見習いの真吉の姿もある。先程の声は真吉が発したようだ。 「光奈嬢ちゃん、すまねぇ。実はよぉ――」 智三が真吉に頭を下げさせながら光奈に説明する。 どうやら真吉が発注を間違えて大量の小麦粉が問屋から運ばれてきたらしい。問屋に事情を説明したが、あちらも商売なので損をする訳にはいかなかった。そこで注文した量の半分を引き取ったのだという。 「すいません! ごめんなさい!」 何度も真吉は光奈に頭を下げる。 「お父さんには私からもいっておくので大丈夫なのですよ♪ 真吉さん、頭をあげて欲しいのです」 微笑みながら光奈は涙目の真吉に頷く。 「天ぷらやうどんにするにしても、こんなには必要ねぇ‥‥。挽かれちまった粉なんで、そんなには持たねぇし。まさか捨てる訳にもいかねぇ。参ったぜ」 唸りながら智三が袋の山を掌で軽く叩いた。 「この小麦粉で新しい料理を考える‥‥なんてのはどうなのです? この間の『そ〜すぅ』の料理みたいに」 「うむ‥‥それしかねぇな。真吉、おめぇも何か考えてこい!」 光奈と智三は相談し、ソースの時と同じく開拓者に解決を頼む事にした。 「行って来るのですよ〜」 時間が空くと光奈は開拓者ギルドへ向かう。小麦粉を主とした新しい料理作りを手伝ってもらう為に。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
木下 由花(ia9509)
15歳・女・巫
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟
カーター・ヘイウッド(ib0469)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●相談 早朝の満腹屋。智塚光奈は訪れて早々の開拓者達を食材置き場へと案内する。 「このたくさんの小麦粉を使うお料理を考えて欲しいのですよ〜」 光奈が小麦粉が入った麻袋の山を前にして事情を説明した。 「粉が沢山デス〜」 ラムセス(ib0417)は袋を数えてみたがすぐにあきらめる。薄暗いせいもあるが、それだけたくさんの袋であった。 「おーこりゃすげえなぁ‥‥。こんだけあれば当分食うのにはこまらねえだろうなぁ‥」 ぐるりと仰ぎながらルオウ(ia2445)は眺め、さらにもう一度回る。店の規模から考えたのならとんでもない量だ。 「小麦粉の料理‥‥うーん、何かいいの思い浮かばないかなぁ」 考えがまとまらないカーター・ヘイウッド(ib0469)は腕を組む。見上げてみても、見下ろしてみても、また横を向いても小麦粉の袋だらけである。 「満腹屋を陰から見守る謎の美人弓使い設楽万理推参! 任せてね!」 どう好意的に見ても陰からじゃないという仲間達からの突っ込み視線を浴びながら設楽 万理(ia5443)は自信ありげだ。 食材置き場から一旦店内に戻る。そして光奈は開拓者達から料理の案を聞いた。まだ思案中の者とはあらためての挨拶を交わす。 「では、あたしは麺をうってそれをソースで炒める料理を作ることにしましょう。頑張ります!」 「おぉ! なんか美味しそうなのですよ」 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)はすでに作る料理を決めていた。光奈は頭の中でソースが絡まった麺料理を思い浮かべる。 「私の国では小麦粉を使った料理は一般的なもので、主食であるパンの他にもお菓子であるクッキーやパンケーキなども小麦粉から作っておりますのよ」 フレイア(ib0257)はスカートの端を軽く摘んで少し持ち上げながら光奈に挨拶する。 「じ、じるルベリアの料理はあまり食べたことがない、ないのですよ」 光奈は何度もお辞儀をしながらフレイアに答えた。異国の文化を前にしてあたふたしてまう光奈である。 「ふつつかものですがよろしくお願いいたします」 「こちらこそお願いするのです〜」 お行儀よくぺこりと光奈に挨拶したのが白拍子青楼(ia0730)。光奈はお願いされた割烹着を白拍子に貸しだす。 「この間はお料理しなかったけれど、今回はがんばりますよ〜♪」 「わたしとしてはそ〜すぅも使って嬉しいのです〜」 木下 由花(ia9509)は軽く首を傾げて光奈に頬笑んだ。 「ここでいいか?」 一度、食材置き場に戻ったルオウは小麦粉の袋を抱えてくる。かなりの量があるので全員が試作するには十分な量だ。 「って、これをどう料理にすっかって依頼だったよな」 そう呟くとルオウは智三と真吉の元へと向かう。 「もふら様と一緒に暮らすために頑張ってるデス、よろしくお願いするデス。僕も頑張って作るデス〜」 「期待しているのですよ〜♪ どんなの作ってくれるのかな?」 ラムセスは光奈と一緒に作業用の卓を拭いて綺麗にする。 「‥‥小麦粉ね」 皿に盛られた小麦粉を眺めながら設楽万理は思索し続けた。様々な料理が脳裏に浮かんでは消えてゆく。 設楽万理の横で行き詰まってしまったカーターは小麦粉を讃える偶像の歌を詠い始める。 「――こー、こー、こーむーぎーこーすっごいぞっ、すっごいぞっ、美味しいぞっ♪ ――」 しばらくしてカーターのしんなりとしていたモヒカン髪がフサフサと生き返る。目の錯覚かも知れないが何か閃いたようだ。その様子にラムセスが目を丸くする。 調理場と繋がる小部屋でさっそく料理の試作を始める者。満腹屋にはない食材を集めに街へ繰り出すの者など様々であった。 ●ジルベリアの味 きゅっと頭にずきん。割烹着を、んしょんしょ♪とつけた白拍子はくるりと回ってみる。 「どうですかしら♪?」 「とても似合っているのですよ♪」 白拍子は光奈にお披露目したところで小麦粉と向かい合った。 (「どうしましたらよろしいのかしら‥‥?」) 口元に手を隠しながらキョロキョロとし始める白拍子。作りたい料理は頭の中にあるのだが具体的にどう形したらいいのかがわからない。 ぱたぱた♪と足音を立てながらフレイアに近づく。裾を引っ張って振り向かせると白拍子はぺこりんと頭を下げた。『教えてくださいまし』と言葉を続けて。 「あのねあのね、果物をお砂糖で煮詰めましたものも作ってみたいですの‥‥」 「それをパンに入れてみたいと」 白拍子の頼みを引き受けたフレイアは一緒に食材探しへ出かけた。 この時期、市場にある果物といえば柑橘系が主だ。金柑を買い求めてそれを砂糖漬けにする事にした。 「こ、これでいいですかしら?」 「後はゆっくりと煮込みましょう」 初日の作業はジャム作りで終わる。 (「こうして台所に立つと離れた家族のことを思い出しますのよ‥‥」) 店仕舞いの頃、フレイアは小麦粉を溶き始めた。 「お召しあがれ。理穴産の樹糖が市場で手に入りましたし、バターも作りましたのよ」 フレイアは一同にパンケーキを振る舞った。ちなみに樹糖とは楓の樹液を集めて煮詰めたとても甘い汁だ。 「うわぁ‥‥」 光奈はその優しい味の虜になる。甘さと柔らかさ、そしてバターの風味。 「光奈さん、それもらってもよいかしら?」 「あう! ダメなのですよ」 姉の鏡子は妹の光奈以上にパンケーキを気に入ったのであった。 ●麺とソース 麺棒を振るっていたのは紗耶香。 まずは拉麺に使うような麺を打つ。 「これは‥‥ボソボソしてますね」 何種類かの麺を作って初日は終わる。 (「ああしたほうがよさそうですね‥‥」) 夜、満腹屋二階の宿で布団にくるまれながらいろいろと考えた。 翌日、さらに工夫を凝らして麺は一度茹でたものを使う。蒸し麺でもよかったのだが、食感が紗耶香の好みであった為だ。 よい感触を得た紗耶香は麺にソースを絡めて炒めてみた。 「どう?」 「すごくいいのですよぉ〜☆ そ〜すぅの香りが口いっぱいに広がるのです〜」 試食の光奈が満面の笑みを浮かべたのに自信を持った紗耶香はさらに工夫を重ねた。 様々な野菜を試したが一番相性のよいのは甘藍だと判断する。脂気も欲しいので甘い脂身の豚肉も加えた。 滞在の期間、紗耶香はソースを使った麺料理作りに勤しむのだった。 ●親父の料理 「真吉、あれと同じの頼むぜ」 お腹が空いたルオウは野菜と魚介のソース炒めを頼んでさっそくかき込んだ。 「ふぅ、うまかったぜ。そういやぁ、俺の親父が昔、小麦粉を練った生地に味付けした肉とか野菜とかとにかく色々なもんを包んで脂で揚げたのとか美味かったなー」 「どんな味だったのです?」 お茶を持ってきた光奈とルオウはしばし歓談する。考えがまとまったところでさっそく作ってみることにした。 まずは餡作りだ。適当な野菜と肉をとにかく切って捏ねてみる。皮はいろいろな形にして餡を包む。 「焼いたり揚げたりと色々試してみんのがいいよな」 茹でたり、焼いたり、揚げたりといろいろな方法で熱を通す。それらを仲間や満腹屋の人々に食べてもらう。 「任せておけって!」 ルオウはこれだという一品が出来上がると残る時間を満腹屋の手伝いに費やすのだった。 ●ほっかほか 「よし! これでいいわ」 設楽万理は小麦粉で皮を作り、様々な食材を合わせて餡を用意する。 ルオウが作るものと似ていたが、実は似て非なるもの。泰国名物の包子だ。 設楽万理はソースを使って味付けをしようと考える。餡に混ぜて一体感を狙う。 具は玉葱、キャベツ、タケノコ。後は肉を加えるつもりなのだが、その種類と方法が悩みどころだ。 肉は豚のひき肉と決まる。餡と共に皮の中へ閉じ込める汁には豚肉の脂身の甘さが必要だったからだ。 「いくつか作って試食で評判が良かったものを拾い上げるのがいいわね」 設楽万理は豚肉の塊をソースへ漬け込んでみたが味がきつくなってしまう。そこで炒める際に塩胡椒を控えめにしてソースで補うようにしてみた。 蒸籠で蒸し、出来上がった料理を仲間達に食べてもらう。 「こんな味付けの包子、食べたことないのですよ♪」 光奈もとても喜んでくれるのだった。 ●ノリでいこう 「小麦粉は使うんですね。ソースも使って欲しいと光奈さんが――」 木下由花は桜餅を口に運ぶ。 思案していたのはこれから作る料理。小麦粉とソースを使ってよい料理は出来ないものかと考える。 最後にお茶をすすった後で木下由花の表情が変わった。 「はっ、薄い小麦粉で作った生地にソース味の何かを包みましょう!!」 目指すものが決まったところで行動開始である。急いで市場で食材を買い求めて戻ってきた。 「肉は豚肉が好きなので、豚肉。野菜は、根野菜だと作るのに時間がかかるので、葉物。豚肉にはキャベツが合いますから〜」 さっそく野菜炒めにしてみたが食材の切り方がとても大きすぎた。また鉄板の上で作った皮も同じく巨大であった。 「‥具が多すぎて包めない‥。生地の上に乗っけるだけにしちゃいましょうか!!」 ノリで生きる木下由花。失敗は成功の元といわんばかりに様々な試行を繰り返す。 「なんだか寂しいので、目玉焼きでも乗っけようかしら。キャベツももっと入れてみたら――」 調理場を探し回ってはもらい、それらを付け加えてみる。 試食で毎日満腹で過ごした木下由花であった。 ●失敗とは 「てぃ、てぃ、てぃ、たぁー!!」 カーターがしていたの小麦粉をコネコネする事。美味しい麺を作るために叩いたりもする。 「あれ、上手く切れないな」 それが終わったのなら生地を麺状に切った。少々手間取ったもののそれなりにはなる。 「でけた‥‥こーゆーのってパンと一緒で寝かした方が良さそうな気もするけど‥‥そのくらい寝かした方が良さそうかな? あ、もしかして生地のままで寝かせたほうが――」 麺を前にしてカーターのモヒカンが少々しんなりとした。悩んでいても仕方ないので、もう一度生地を練って二通りを用意する。結果、少しだけ生地の状態で寝かしてから切るとよい感じである。 「これ、そーすぅ、だっけ?」 次の段階に入る前にカーターの目の前へ飛び込んできたのがソースの入った瓶。悩んだ末に焼く際に混ぜてみた。 「ぇー…これ焼くのは勇気居るなあ。まぁ、あれだよね。鍛冶屋さんも挑戦はしてみるべきだって言うしね、やってみよっか。流石に鉄くずにはならないでしょ、多分」 どこか恨み節に聞こえる独り言を呟きながらカーターは熱した鉄板の上に油をひいて麺を焼く。ソースを絡めてとりあえず食べてみたのだが‥‥。 「まずい‥‥」 次にカーターは炒める前に麺を蒸してみる。その上でもう一度挑戦。 「あ、案外美味しい。良かった、鉄くずにならなくて」 さらに具も考え、仲間が焼いていたパンにも注目するカーターであった。 ●小さいそ〜すぅ味 「水が多くてデロデロデス」 張り切って小麦粉を溶き始めたラムセスだが最初から配分を間違えてしまう。 「た、卵を入れるとかたまるって聞いたデス!?」 「あ、これ使ってくださいな」 慌てるラムセスに光奈が卵を渡してくれる。 ラムセスはさっそく卵を割って中にいれてみるのだが固まる気配は感じられなかった。もっとトロトロになった感じである。 とはいえフレイアが作ってくれたパンケーキの元に似ている。淡い期待を持ちながらとりあえず生地を鉄板の上で焼いてみた。 「甘い匂いがしないデス〜」 もさもさとした食感にラムセスはがっくりとうつむいてしまう。しかしすぐに立ち直ると、これまでに見たことがある料理を組み合わせてみる。どこかでなめらかな食感になると聞いたので山芋を入れる。さらにキャベツが好きなので茹でたものを混ぜてみた。 いい香りはしたものの、その状態で焼いても味が薄かった。そこで光奈お気に入りのソースを思い出して混ぜてみる。ついでにかき揚げ丼に使われていた茹でた蛸のぶつ切りも投入してみた。 いざ焼こうとした時、ラムセスはそ〜すぅ煎餅の設備に目を留める。試しに煎餅用の鉄型で焼いてみた。小さな枠で煮詰めるようにして焼けばトロトロの生地でも何とかなると考えたのだ。 功を奏してうまくゆき、最後にソースを塗って出来上がりである。 煎餅型の奇妙な塊はとても美味しかった。一口で食べられるぐらいにあとちょっと小さくなればいいと思ったラムセスである。 残り時間は店のお手伝いをした。 「ほかほかおいしいあったかご飯、ぷくぷく満腹おいしいお店、おいしいお料理まっている、楽しい笑顔がまっている、さぁさご飯はこっちデス〜」 偶像の歌にのせて店先で呼び込みを行うラムセスだった。 ●試食会 「あ、もふ龍ちゃん、これ向こうに運んでくれるかしら〜?」 紗耶香が出来上がった料理をもふらのもふ龍ちゃんの背中にくくりつけた盆にのせて卓まで運んでもらう。 滞在最終日の閉店後、試食会が始まった。 「一口になったらもっといいのデス」 ラムセスが作ったそーすぅ味タコ入り焼きは気軽に食べられる一品に仕上がっていた。ただもう少し小さくしたかったので、それには専用の器具が必要になりそうだ。 「私のはこちらに」 フレイアはパンケーキの他にレーズン入りクッキーを振る舞う。その他に仲間へ提供したパンもある。 「試作品です。どうぞお召し上がりください」 木下由花が皿一杯の大きさの皮二枚にキャベツや肉などが挟まれたものだ。たっぷりとソースが塗られている。 「恋人と肩を寄せ合い道々、熱々の包子はいかが? もう冬が終わるのが残念ね」 設楽万理が出したのはそ〜すぅ肉まんである。割ってみると中から湯気と共にソースのよい香りが食欲を刺激する。 「俺が作ったのは丸揚げだぜ」 ルオウの料理は餡を皮で包んだものを油であげたものだ。餃子に似ていたが皮のパリパリとした触感が比べようもなく素晴らしい。 「美味しいですわ♪」 自ら作った金柑ジャム入りパンを食べて幸せそうな表情を浮かべていたのは白拍子。あむあむ♪とちっちゃいお口で仲間の分も含めて試食する。 「この料理には海鮮物を加えても美味しいかもしれませんね」 紗耶香が作ったのはソース味の焼きそばだ。工夫を重ねて仕上がった味はかなりのものである。 「俺のも麺だけど、ちょっと違うんだよね」 カーターの料理は濃いめのソース味の焼きそばをパンに挟んだもの。片手で気軽に食べられるので、お弁当として優れていそうだ。 「どれも美味しいのですけれど‥‥お腹一杯なのです〜♪」 光奈は笑顔でバタンキュ〜♪である。 どの料理を満腹屋で出すかなどは次の機会に回される。ただ、出来る限りすべてを提供したいと光奈は考えていた。 翌朝、開拓者達は笑顔で神楽の都へと戻ってゆくのだった。 |