敵、現る 〜劉心〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/08 23:13



■オープニング本文

 神楽の都から歩いて一日の場所にある武天の町、安神。
 道端に停められた屋台の深い鍋から湯気が立ちのぼる。
 取りつけられた幟には拉麺の文字。屋台を営む主人の名は劉心という。
 夕方客からの注文を受けて劉心は麺を茹でる。その間にタレを丼に入れて汁を注いだ。
 茹で上がった麺を湯切りしてから丼に合わせ、具を乗せる。
「おまちどお」
 劉心は拉麺の丼を客の前に置く。台の上には客の好みで追加出来るように様々な薬味が用意されていた。
(「まあいいか‥‥」)
 客が食べ始めたのを確認した後で、劉心は道の向かいに視線を向ける。
 今朝から知らない拉麺屋台が陣取って商売を始めていた。とはいえ劉心の拉麺は醤油の汁が基本。向かい側の拉麺屋台は豚骨の汁である。
 挨拶の一つもない事にいい印象を持っていなかった劉心だが、怒っている訳ではなかった。一時的に売り上げが落ちるかも知れないが問題はない。同じ拉麺とはいえ、大きく味の違うものならば相乗効果で客の集まりが増えるかも知れない。その可能性は非常に高かった。
 宵の口も過ぎ、銭湯帰りの客もひいて店じまいの刻となる。
「よお」
 火を落として寸胴鍋の湯を流している最中に劉心は声をかけられる。向かいの豚骨拉麺を出す屋台の主人に。快焼と名乗ったその男は劉心に酷い言葉を吐きかけた。
「突然やってきて‥‥邪魔だからここを退いて他に行けと。そういうのか?」
「それ以外にどう聞こえるってんだ? 出している拉麺だけでなく、頭も耳も腐ってんじゃねぇのか?」
 快焼の一方的で理不尽な要求に劉心は拳を握る。どうやら相手はこの近辺に集まってくる客を独り占めしたいらしい。
「はい、そうですか。というとでも思うのか?」
「おうおう、いってくれるねぇ。それじゃあ勝負と行くかい?」
 劉心と快焼は一つの約束を交わす。数日後から三日間、どれだけ拉麺が売れたかで勝敗を決めようと。負けた方がこの辺りから一キロメートルは離れる決まりである。
(「とはいえ、どうにも正々堂々と勝負するとは思えない‥‥」)
 一計を案じた劉心はギルドに応援を頼んだ。開拓者達に護衛と拉麺作りの手伝いをしてもらう為に。


■参加者一覧
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
叢雲・なりな(ia7729
13歳・女・シ
利穏(ia9760
14歳・男・陰


■リプレイ本文

●相談
 早朝の長屋。狭い一間で九人が肩をすぼめて食卓を囲んでいた。劉心と依頼を引き受けた開拓者八人である。
 まずは劉心が用意してくれた醤油拉麺をみんなで頂く。朝から重たいと感じる者もいたが、味は確かで食は進んだ。一杯では物足りなくて替え玉を頼んだ者さえいる。
「集まってくれて助かるよ。依頼書にも書いてあったと思うが――」
 腹ごしらえが済んだところで、あらためて劉心の口から事情が話される。
 快焼という男との拉麺対決を手伝ってもらいたいと開拓者達は告げられるのであった。
「得意客としては、この店を潰させる訳にはいかないわね」
 空になった丼を眺めながら嵩山 薫(ia1747)は両手で持った湯気が立つ湯飲みに唇をあてる。
「以前に手伝いましたので、劉心さんの屋台の味付けは分かっているつもりです‥」
 二台の屋台で拉麺勝負に挑むと劉心から聞かされた水津(ia2177)は、片方を任せて欲しいと名乗り出た。
「是非お願いを。特に麺の茹で方を後で詳しく」
 劉心が水津に頭を下げる。客引きとして大食い大会を催したらどうだという水津の意見は残念ながら通らなかった。それをすれば快焼がいちゃもんをつけてくるに違いないというのが理由だ。水津と一緒に嵩山薫も二台目の屋台を任される。
「しかっし、敵の快焼って野郎。ドサンピンぽいやっちゃな。ちょいと買い出しのついでに寄ってみるのもええかもしれんな。勝負の前に挑発しといたるわ」
「それが今日の昼からなのですよ。勝負は」
 斉藤晃(ia3071)は劉心の突っ込みに『まあ、ええ』と腕を組む。三日間のうちに訪ねる機会もあるだろうと。
「挨拶が遅れたけど、俺はサムライのルオウ。よろしくなー。拉麺うまかったぜ! また食わせてくれよな!」
 太陽の輝きのように元気よく挨拶したのはルオウ(ia2445)。
「あたし、なりな。よっろしくー」
 もう一人、ルオウに負けず劣らずなのが、なりな(ia7729)だ。
「勝負は正々堂々と勝たないとね」
「その通りだぜ!」
 なりなとルオウの迫力は劉心もたじろぐ程であった。
「先にいわれてしまったが、正々堂々こそが勝負の鉄則。故に、卑怯な真似は断じて許さない。妨害工作には力で対抗しよう」
 昼から勝負が始まるのなら急がなくてはと千王寺 焔(ia1839)はさっそく宣伝用チラシの案を練り始める。
「焔君、ここの文字はもっと大きくしたほうがいいかもねぇ」
 星風 珠光(ia2391)は夫の千王寺焔に寄り添ってチラシ作りを手伝う。一緒に醤油拉麺の宣伝をするつもりでいたのだ。
「ああ、そうだ。互いに相手の屋台へ監視役を送らなくてはならないんだが。誰かお願いできないだろうか?」
「ぇと‥‥僕が快焼さんの監視役をさせて頂きます」
 そっと手を挙げた利穏(ia9760)が劉心の頼みを引き受けてくれる。
 今日の対決用として普段よりかなり多めの麺、タレ、汁、具は揃っていた。
 昨日はかなりの無理をしたようで目の下に隈が出来ていた劉心だが、動きはまったく鈍っていない。それだけ気合いが入っていた。とはいえ倒れられては困ると明日からの用意を開拓者達が手伝ってくれる。
「そりゃあ!!」
 斉藤晃は麺打ちを豪快に行う。その迫力は凄まじく、長屋が揺れる程である。
 他に食材の買い物に出かける者、屋台をきれいに磨き上げる者など様々だ。なりなは作り方を教えてもらいながら魚介を使った出汁を仕上げる。
 それぞれに役割を果たしながら午前の時間は過ぎてゆく。
 一同は二台の屋台を牽いて戦いの場へと向かう。
 まもなく拉麺勝負の開始であった。

●その戦い、拉麺
「逃げずにやってきたか。それだけは誉めてやらぁ。それだけだけどなぁ」
「減らず口だけは達者だな」
 道の中央で劉心は快焼と睨み合う。鐘の音が鳴り響き、戦いの火蓋は開かれた。
 道を挟んで西に劉心の屋台が二台。向かい合わせの東には快焼の屋台二台が並んでいた。
「向こうの丼の数と大きさには気をつけてね。特に後者は」
「‥‥他の皆さんもそう仰っていました。僕もそう思います」
 嵩山薫が利穏に耳打ちしてから敵の陣地へ送り出す。
「あ‥‥あの、よろしくお願いします。劉心さんのところから来た監視役の利穏といいます」
 利穏が快焼をはじめとした豚骨拉麺屋台の一同に挨拶をするが返事は返ってこない。軽いため息をついた後で、二台の豚骨拉麺屋台が眺めやすい位置に持ってきた椅子を置いて座る。
(「少なくとも快焼は『器の小さい男』ではなかったようですね‥‥」)
 心配していた丼の大きさは極普通。劉心が使っているものと大差はなかった。
 しかし初めての客に拉麺の丼が出された時、利穏は激しく驚いた。具が半端ではなかったのである。叉焼が丼を覆うほどにのっていた。
「いらっしゃいー」
 劉心の屋台にも魚介の香りに惹かれて客が集まりだす。
 手際よい作業で劉心が醤油拉麺を仕上げてゆく。
 その様子を目つきの悪い男が睨みつけていた。快焼が送った監視役である。
「俺、あっちで豚骨一杯食ってくるから、こっちで醤油一杯食ってもおあいこだぜ。後で文句はつけないでくれよな」
 ルオウは快焼側の監視役に顔を近づける。ニカッと笑うと斉藤晃となりなに監視役の見張りを頼んで快焼の屋台へと向かった。そして怪訝そうな顔をしながら快焼が出した豚骨拉麺をさっそく食べ始めた。
「チャーシュー、でけぇなー!」
 箸で摘んだ叉焼の端を一囓りしてから麺をすする。調理した人物の評価は別にして、豚骨拉麺そのものは本物の味だ。ほくほくしながら食べたルオウである。
 その頃、なりなは快焼側の監視員の前で椅子に座る。椅子の後ろ前を入れ替えて、両手で背もたれへ抱きつくように。
「監視を邪魔するのは約束破りだろ」
「何いってるのさ。あんたの方が背が高いんだから十分に見られるでしょ。何ならずっと立っていれば? それに監視が役目だからって、こっちの客を睨みつけて追い返すのよう真似は困るのよね」
「威勢のいい姉ちゃんよ。夜道に気をつけるんだな。この町も最近は物騒だと聞くぜ」
「シノビをなめるんじゃないってのさ。それに夜道を気をつけるのはあんたの方。あたし、3日くらい寝ないでも大丈夫なんだから!」
 なりなと快焼側の監視役との丁々発止は続く。
(「こりゃ当分続きそうやな」)
 様子を眺めていた斉藤晃が心の中で呟いた。しばらくして『食った食った。んじゃもう一杯』といいながら戻ってきたルオウと交代して豚骨拉麺を食べに行く。勝負の間に食べたくなかったが仕方がなかった。ルオウと同じく醤油拉麺も食べて数を相殺をするつもりである。
「またあっちの奴か。余程暇らしいな」
「これでもう食べれんようになるかと思うと一回ぐらいは食べておかんといかんやろ? ご託はええからはよ出せや」
 どっしりと椅子に座った斉藤晃はズズッと一口だけ食べ、金を置いて劉心の屋台へ戻る。
「薫、くれぐれも水津の監視を頼むで」
 斉藤晃は嵩山薫に近づいて囁いた。どうにも激辛する傾向が水津にはあるようだ。今回は心得ているといっていたので、おそらく大丈夫だと思われるが。
「この屋台の中に入るのも久しぶりね‥。私はやっぱり食べる側のほうが好きだけれど」
 便宜的に『二号店』と名付けた屋台に入った嵩山薫は麺を茹で始める。水津は隣でたくさんの丼にタレを入れて出汁を注ぐ。
 醤油拉麺が出来上がり、客へ出す前に水津が何も持っていない手を前に突きだす。
「くくく‥‥私の焔の前にすくみあがりなさい‥‥」
「だめよ、こんなところで。はい、おまちどおさまです」
 客の前で炎を出現させた水津を嵩山薫がたしなめる。客には引かれてしまったが、本人としては芸事のサプライズだったらしい。即座にやめるところはとても素直な水津であった。

●宣伝
 通りの両側で拉麺による激戦が繰り広げられていた頃、千王寺焔と星風珠光はチラシ配りをしていた。
「はい。劉心の醤油拉麺をよろしくねぇ。この印があるところだからねぇ」
 自然な笑顔を絶やさず星風珠光は手渡してゆく。
「どうぞ、王道の醤油拉麺、劉心の醤油拉麺。食べればそのおいしさがわかる」
 少々ぎこちない笑顔でチラシを渡していたのは千王寺焔だ。
 『改心の一品。劉心の醤油拉麺!』と大きな見出しがあり、安神の地図と共に劉心の屋台がある位置が描き込まれていた。これらは千王寺焔のアイデアである。
 今は離れすぎているので無理だが、そこそこの距離ならば星風珠光は炎をまとった小鳥の形をした人魂を飛ばして屋台の状況を確認していた。混んでいる時にお客を呼び込んでも逆効果になるからだ。
 チラシが終わりかけた頃、大きな声が聞こえてきて千王寺焔と星風珠光は振り向く。
 快焼の側も人を雇ってチラシによる宣伝を始めたのである。今から始めるところして劉心側の真似であろう。しかも屋台と同じく、こちらが配っている場所を狙ってくるのがいやらしい。
 千王寺焔と星風珠光は急いで劉心が住む長屋に戻り、新たなチラシを刷った。簡易であるが彫った版画があるので、二人で共同して墨をつけてはバレンでチラシを擦る。
 宣伝合戦も初日から熱を帯びていた。

●相談
 対決初日が終わり、全員で劉心の住む長屋へと屋台二台を牽いて戻る。
 客が頼んだ丼の数はほぼ互角。劉心側が百七十一杯。快焼側が百七十三杯である。
「チャーシューがめちゃくちゃ大きかったぜ」
「味は普通だったがの」
 快焼の豚骨拉麺を食べたルオウと斉藤晃が感想を口にする。
「すべての豚骨拉麺に大きな叉焼がのっていました‥‥」
 ずっと快焼側の屋台を確認していた監視役の利穏も教えてくれる。
 拉麺を出す多くの店では叉焼を作る際に出る豚肉の煮込み汁をタレの元として使用する。その為、厳密にいえば拉麺屋の叉焼は叉焼ではあり得ない。煮豚と表現した方が近い。劉心の拉麺作りもそうだ。それでもやり方によっては味が抜けた代物ではなく、非常に美味しい肉となり得るのだが。
「採算度外視の一杯に仕上げてきたということか」
 劉心は協定で決めた拉麺一杯の値段では回収出来ない程の原価で快焼側が調理しているのではないかと想像する。
 武天は肉食が日常的な国。この点でも快焼側は有利である。豚骨の出汁特有の臭いもかなり抑えられていて武天の人々に受け入れやすい味に仕上がっていると劉心も聞いていた。
「快焼側が有利なのはわかりましたが、実際に出た丼の数はほとんど変わっていませんね。ここががんばりどきですよ」
 嵩山薫が劉心を励ます。
 劉心も明日から原価を越えない範囲で叉焼をこれまでよりも大きくする事に決めた。魚介の風味もくどくならない範囲で強めにしてみるという。
 戦いは残り二日であった。

●正念場
「なんぞ臭うの。ぷんぷん臭わんか?」
 勝負二日目。そう一言告げて斉藤晃は快焼側の屋台から引き上げる。
 昨晩、劉心の屋台が置かれた空き地に怪しい者達が忍び込んだ。ただ斉藤晃が事前に用意しておいた腐りかけた食材が盗まれたのみだ。臭いについて斉藤晃が告げた理由はここにある。
(「あたしの目から隠れられるわけがないのに」)
(「何ともわかりやすい奴らだな」)
 なりなと千王寺焔は怪しい者達の様子を眺めながらこのように思ったようだ。怪しい奴らが屋台を怖そうとしたところで二人は牽制する。捕まえる案もあったが、今回は偽の食材を盗ませるだけで見逃す。
 昨晩の一件で快焼側の屋台はピリピリとしていた。
 そしてやはりと誰もが思う事件が起こり始める。雰囲気を悪くしようと劉心側の屋台にゴロツキ共が現れたのだ。
「いらっしゃい‥‥」
「お、おー。おまえら――」
 二号店には水津によってごつい武器が飾られていた。それらに怯みながらもゴロツキ共は因縁をつけ始める。
 嵩山薫は屋台を水津に任せて笑顔でゴロツキ共を連れだす。裏路地に入った瞬間、壁に寄りかかっていた板を鉄扇で真っ二つする。その鉄扇をゴロツキ一人の顎に当てて嵩山薫は呟いた。
「料理人なら食材を叩くだけだけれど‥‥。私は武術家だから、人を叩く事に手加減なんてしなくてよ?」
 嵩山薫の微笑みに慌てて逃げてゆくゴロツキ共である。
「うりゃあ!」
 一号店の裏ではルオウが拳で軽々と薪割りをしていた。事前に力を見せつける為である。
 さらに斉藤晃となりなによる護りによってゴロツキ共を寄せ付けなかった。
 この頃、快焼側の屋台で変化がある。
(「何だかすごいです‥‥」)
 快焼側で監視をしていた利穏は、さらに増えてゆく豚骨拉麺の叉焼に目を丸くする。さすがに多すぎて客も困惑しているようだ。
 不利だと知った快焼が迷走していると利穏は感じとった。
 宣伝する星風珠光と千王寺焔もがんばっていた。少々足を伸ばして郊外から安神の大通りへと入る辺りでチラシを手渡す。
「劉心の醤油拉麺、よろしくねぇ。鰹節の香りが一本通った拉麺ですよぉ」
「そろそろ食事にしよう。昼は劉心の醤油を食べたから次は快焼の豚骨だな」
 千王寺焔は着ていた上着を脱いで星風珠光の肩にかけてあげる。宣伝の為にと浴衣姿の星風珠光だが、まだまだ寒い季節だ。
 二人で食べた豚骨拉麺は美味しかった。多すぎる叉焼は千王寺焔が引き受ける。
 二日目が終わった時点で劉心側の通算は三百五十一杯。快焼側の通算は三百四十九杯であった。

●そして
 三日目はこれまでの宣伝の効果、そして拉麺勝負の噂が安神の人々に伝わって凄まじい込み合いとなる。
 宵の口も過ぎて終わりの時間。
 劉心側、五百八十一杯。快焼側、五百三十九杯。劉心の勝ちで決まった。
 双方を仲良くさせたいと考えていた開拓者は多くいる。だが勝負の間に互いの溝が埋まる事はなかった。
 それでも劉心は快焼に邪魔しない約束をさせただけで今の場所から追い出さなかった。最後に食べた豚骨拉麺の旨さが劉心の心を優しくしたようである。
「さあ、みなさん思う存分食べていってくれ!」
 勝った日の深夜、劉心は開拓者達に醤油拉麺を腹一杯に振る舞った。
 酒を頂きながら食す者。食べ続けて丼を堆く重ねる者など様々だ。
 翌朝、劉心に見送られながら神楽の都への帰路についた開拓者達であった。