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■オープニング本文 真っ赤に焼けた炭火の上で転がされるは鳥の肉。 鶏、水鳥など様々であったが、葱と交互に串へ刺された焼き鳥である。 武天は肉食が盛んな国。その都、此隅では人々を様々な肉料理で持て成す店が並んでいた。焼き鳥を生業とする『鳥華』も、そのうちの一軒だ。 「もうこの店もお終いかね‥‥」 店先にかけていた暖簾を鳥華の女将『野花』が外す。宵の口も過ぎて確かに店じまいの刻ではある。とはいえ本日の客はたったの三人。とても商売が成り立つ客数ではなかった。 屋台で長く頑張り、店を構えてから三年が経つ。 開店当初は屋台の頃の客も来てくれて賑わっていたが今では閑古鳥だ。おかしくなったのは約一年前に主人の千吉が亡くなってから。 千吉の手さばきを思い浮かべながら野花が鳥を焼いたものの、客足は遠のいてしまった。焼き加減だけでなくタレが変わってしまったのがとても大きい。 こればかりは家族でも駄目だと野花は千吉から秘伝のタレの作り方を教えてもらっていなかった。亡くなった後、家中を探したものの書き置きも見つからない。味が変わってしまっては客が来なくなるのも当たり前である。 (「野吉さえ、しゃんとしてくれればねぇ‥‥」) 一人息子の野吉は遊び人で店を兼ねた家には寄りつかなかった。あるとすれば金をせびりにくるときだけだ。 今は十六歳の野吉だが幼い頃は親思いのいい子だった。屋台を一緒に引っ張ってくれてた姿を野花は思いだす。 「あきらめるか、どうしようか‥‥」 家に戻った野花は残り少ない資金をちゃぶ台の上に広げて溜息をつく。そして長い葛藤の後で決断を下す。開拓者ギルドに頼んでみようと。 依頼は此隅のどこかにいるはずの野吉を探してもらい、連れてきてもらう内容だ。 息子の説得については母親である野花自身が行う。こればかりは他人に任せてはいられなかった。 千吉が死ぬ間際、野吉は二人きりになっている。野吉はもしかすると秘伝のタレの作り方を教えてもらっているかも知れない。 翌日、一縷の望みにかけて野花は開拓者ギルドを訪れるのであった。 |
■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291)
23歳・男・サ
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
グロリア(ib0035)
16歳・女・吟
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
来島剛禅(ib0128)
32歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●鳥華 夜明け前の武天の都、此隅。 普段なら静寂に包まれているはずの焼き鳥屋『鳥華』に今日は明かりが灯っていた。 鳥華の女将『野花』が真っ赤に燃える炭火の上で串刺しの鶏肉を転がす。 鶏は新鮮な朝挽き。開け放たれた天窓まで立ちのぼる煙。早朝だというのに胃袋を揺さぶる匂いが店内に充満する。やがて皿に盛られた焼き鳥が開拓者達の前に並べられた。 「こんなに美味しいのに‥お客さん来ないのかー」 もぐもぐとタレのモモを頂いたのは秋霜夜(ia0979)。さらにもう一本と手を伸ばし、今度はつくねに挑戦する。 「秘伝のタレって千吉さん一代で作った物なんです?」 「ここは亡くなったあの人とあたしとで始めたお店。よそで暖簾分けしてもらったのではなくてね」 秋霜夜は野花から以前の常連が通っていそうなお店を教えてもらう。 「よ〜し! 焼き鳥の為、もとい野花さんの為、野吉を連れ戻します!」 秋霜夜と野吉の会話を隣で聞いていたグロリア(ib0035)は、目の前にあった焼き鳥をすべて平らげた。これよりもっと美味しい焼き鳥を食べられるようにと願いながら。 「焼き鳥はよいよなぁ。大丈夫、野吉さんはしっかりと連れてくるから安心されよ」 「よろしくお願い致しますね。野吉のやつ、この街からは出てないと思うんですが」 紬 柳斎(ia1231)も焼き鳥の味を確かめながら野花と話す。そして持ち出せるようにと焼き鳥を詰めた笹折の用意を頼んだ。 「前提、当然野吉を連れてくるのであれば先ずは場所を探さなくてはなるまい」 ハイネル(ia9965)は焼き鳥を一串食べると野花から野吉の人相を聞いて書き留める。 「これはこれでなかなかイケますが‥‥あ! ぐむっ‥‥。わ、私もお訊きしたいです。野吉さんの特徴!」 口に入っていた焼き鳥を慌てて呑み込んだアーシャ・エルダー(ib0054)は、野花が話す野吉の特徴を紙に記した。特徴的なのは顎にある大きな黒子だ。他にも野吉の人柄について訊いたのだが、これは親の贔屓目が入っていてあまり役に立ちそうもない。 細かな情報が手に入ったところで、開拓者達は相談を突き詰める。 「真面目な努力が馬鹿馬鹿しくなる時期と、反抗期が重なってしまったんですかねえ。尊敬する父親のあっけない死で、努力することが面倒になったのかもしれません」 来島剛禅(ib0128)は野吉が家を飛びだした理由を類推する。それがわかれば呼び戻す大きな鍵になるからだ。 (「そうだとするならば、野吉、武家の掟が嫌で逃げ出した幼い頃の拙者に、少々似ているな‥‥」) 北条氏祗(ia0573)は仲間達のやり取りを聞きながら心の中で呟いた。 野吉は賭け事が好きらしいので、まずは手分けして賭場を探す。他に行きそうなのは酒が呑める店だが、その中に他の焼鳥屋も含めるのだった。 ●野吉はいずこへ 開拓者達は此隅内に散らばって野吉の捜索を開始する。一人で動く者、何人か一緒に行動する者など様々だ。 とはいえ今はまだ日が高かった。開いている酒場や焼き鳥屋、賭場は少ない。暮れなずむ頃からが本番である。 頃合いをみて、秋霜夜、アーシャ、ハイネルの三人はある焼き鳥屋の暖簾を潜った。 「たくさんいますね‥‥」 「大丈夫ですよ。あっちに行ってみましょう」 慣れない大人の社交場で、秋霜夜はアーシャにぴったりと寄り添いながら歩く。 「作戦、まずは適当に訊いてみるか。邪魔するぞ」 そういってハイネルはすでに客がいる卓へと座った。 「前提、鳥華、野吉、野花。これらについて知っていたら教えてもらえるか」 「唐突だねぇ、旦那。まあいいや。どこかで聞いた事があるな。旦那達とはどういう関係なんだい?」 酔っぱらっているせいか先客の男は陽気に受け答えしてくれる。 「実は私が野吉さんに賭け事で負けたんです。その分を払いたくて。どちらにいるか知っていますか?」 アーシャも秋霜夜と一緒に卓へついて先客に話しかけた。自分ではわからないといって先客は店内にいた知人を紹介してくれる。 「ここの通りを西にいった所に――」 ハイネルは先客の知人から賭場の位置を教えてもらった。 「あの、野吉さんを知っているということは、お店の鳥華さんも知っているのですよね?」 「ああ、以前は通っていたよ。ここよりも断然うまかったからな。特にタレが」 秋霜夜も考えてきた質問を始める。 ハイネルとアーシャは秋霜夜の分も焼き鳥を注文し、鳥華の競合店の味を確かめながら耳を傾ける。 「味が戻らないと、鳥華さんへは行かないんです?」 「そうだなあ〜。ようは味が変わりすぎちまったのさ。最初から今の味なら文句はなかったのかも知れねぇ。家もちけーし。俺の好みだとここより少し落ちるぐらいだからな。だが昔の味を知ってるもんからしたら、裏切られた気分になっちまうのよ。それで足が遠のいたってやつかな」 「野吉さんじゃ、店の切り盛りは駄目そうなんです?」 「どうだろうな。そういや、一人で店に立ったところは見たことないな」 一通り話し終わると秋霜夜もこの店の焼き鳥の味を確かめる。秋霜夜、アーシャ、ハイネルの三人は店を出て教えてもらった賭場に歩を進めるのだった。 (「ここにはいないようですね」) 来島剛禅は丁半博打の賭場を訪れて室内を見回す。紫煙が充満する中、野吉に似た人物を探したがそれらしき人物は見つからなかった。 すぐに立ち去ってもよかったが博徒の何人かに野吉の事を訊ねてみる。 「野吉? ああ、あの小生意気な若造か」 一人の博徒が来島剛禅に野吉について知っている事を話してくれた。 野吉は青年に近づくにつれて父親の生き方に疑問を感じ始めていたようだ。父親の千吉はとても真面目であったが、人に騙された経験も多い。もう少しのところで鳥華のすべてを奪われそうになった事件もあったらしい。どれもが酒が入ると決まって野吉が喋りだす愚痴だという。来島剛禅が野吉に対して想像していた過去は当たらずとも遠からずであった。 (「理由は別でしたが、努力することが面倒になったのは想像していた通り。それは勘違いなのですけどね。技術は繰り返す毎により早くより正確になるもので、才能と思われているセンスもまた、繰り返して身に着く比較の技術なのですから」) 通りの人波の中、歩きながら野吉の事を考える来島剛禅であった。 グロリアが最初に調査へ向かったのは焼き鳥が置いていない酒場である。焼き鳥を遠ざけて生活しているかも知れなかったからだ。 「前に焼き鳥は『鳥華』美味しいって聞いて此隅に来たんだけど、食べに行く前に聞きたくて」 グロリアはお酒を奢りながら何人かの客に声をかけてみた。 焼き鳥屋『鳥華』の屋号はそれなりに浸透していた。そして評価は大抵同じ。千吉が亡くなってから鳥華は駄目になり、息子の野吉はろくでなしだというものである。 「野吉を一度見かけた事があるな。確か丁半博打の賭場だった」 「そこを教えてもらえるでしょうか? お願いします」 グロリアはお礼をいって教えてもらった賭場に向かう。そこにはいなかったものの、野吉をよく知っている人物と接触する。 「丁半博打が好きなのですね。野吉さんは、いくつかの賭場に顔を出していると」 グロリアは野吉が渡り歩く賭場の情報を手に入れるのだった。 笹折をぶら下げながら紬柳斎は酒場が多く集まる界隈を歩く。そういう場所には賭場も隠れて存在する。仲間達もこの辺りで野吉を探しているはずであった。 賭場といってもいろいろなものがある。その中でも野吉は丁半博打が好きだとすれ違ったグロリアから教えてもらう。 紬柳斎も丁半博打の賭場に絞って回る事にした。 (「あれは‥‥」) 賭場の部屋へ入った瞬間、紬柳斎は気がついた。顎にある大きな黒子。容姿からいってもまず間違いなく野吉である。 すぐに声をかけるかどうか悩んだ紬柳斎だが止めておく。博打に興じている今を邪魔すれば、へそを曲げてしまうだろうと。 「どうした? こんなところで」 「野吉を見つけたが、今は目の色を変えて博打にご執心だ。相当な天邪鬼のようであるし、終わるまで待とうと思ってな。それにこうやって仲間と会えると期待していた」 紬柳斎が賭場の出入り口で待機していると北条氏祗が現れた。北条氏祗もこの賭場を調べようとしていたのである。 事情を話して北条氏祗に野吉の監視をしてもらい、紬柳斎は他の仲間達を探す。集めて賭場を訪れた時には北条氏祗の姿はなかった。賭場内にいた野吉も消えている。 待機場所の壁板に挟まった北条氏祗からの書き置きを読んで向かった先は、野吉が住む長屋。 「お目に掛かれて光栄、拙者も賭け事には自身がある」 「七以下なら俺が実家に戻る‥‥だな」 北条氏祗と野吉が対決するその瞬間、ちょうど開拓者六名が訪れた。賽子の合計は九。野吉の勝ちである。 「頂くぜ。こいつは」 野吉は北条氏祗が板間に置いた掛け金を懐に仕舞う。 「さっきしてくれた侍の道を棄てて逃げた話。なかなかおもしろかったぜ。まあ、俺が博打に明け暮れる理由は特にないのさ」 北条氏祗に語る野吉は嘯いているのがありありだ。この場にいる誰もがそう感じていた。 野吉を知る博徒から話を聞いた来島剛禅は大体を知っていたが今は黙っておく。ばらしたところでとぼけるだけであろうと。一番大切なのは本人の自覚だ。 「あんたらも俺を鳥華に連れ戻そうとしている輩かい? よってたかってじゃ、俺の体が持たねぇ。せいぜいあと一回だな」 「なら拙者が勝負をさせてもらおう。とはいえ賭け事ではなく酒の呑み比べでどうだ? よもや大の男が女一人に酒で勝てぬということもなかろう?」 紬柳斎は野吉を挑発して酒の勝負に持ち込んだ。そして笹折を開いて出したのは鳥華の焼き鳥。すっかり冷めていたが、野吉の母である野花が焼いたものだ。 「こりゃ‥‥」 焼き鳥を見た野吉に動揺が見て取れる。 (「やる前から勝負は決まったな」) ハイネルは野吉の様子を見て黙って見届ける事にする。 「あ、凄い凄〜い♪ これからこれから〜♪♪ もう一杯♪」 グロリアは偶像の歌で野吉の心を熱くさせてゆく。 三十分ほどで勝負はついた。紬柳斎の圧倒的な勝ちである。 「千吉さんが一代でタレを極めたのでしたら、野吉さんもきっと出来ます! 最初はお父さんの真似で良いじゃないですか。『鳥華』を慕う皆さんは『鶏肉の友』ですよ」 床でへばる野吉を説得するのは秋霜夜。無表情の野吉は聞いているのかどうか定かではなかった。それでも懸命に声をかけ続ける。 「このままうやむやはいけません。美味しい焼き鳥のためにわざわざジルベリアから来た私なのですから」 指をゴキゴキと鳴らしながらアーシャが野吉に近づく。こうなったら担いででも連れて行こうと。 「‥‥違う。約束は守ってやる。土間に瓶があるからそれを誰か運んでくれ」 顔を真っ赤して酔っぱらっている野吉が上半身を起きあがらせて土間を指さす。 「これは‥‥タレか。拙者が運ぼう」 北条氏祗が瓶の蓋を開けて確かめてから軽々と持ち上げる。 野吉は自分で歩くと強情を張ったが千鳥足で非常に危なっかしい。面倒だといってアーシャが背中に担ぐ。 一同はそのまま野吉の住処を出て鳥華へと向かった。すでに日が暮れた真っ暗な道を。 ●親子 「野吉、どうか戻ってくれやしないかい?」 二階の部屋では湯飲みの水を飲み干した野吉に野花が話しかける。 開拓者達は一階の店内で待機していた。親子二人で話させる為だが、声は階段から筒抜けである。 「前にもいっただろ。この店を継ぐつもりはねぇ。親父と同じ生き方はしたくねぇんだよ」 「父さんは立派な人だったじゃないか」 「立派かも知れねぇが騙されてばっかりだったじゃねぇかよ。あげくの果てにこの店まで乗っ取られそうになってよ‥‥」 「野吉‥‥」 野吉が運んでもらったタレが入った瓶を触る。 「死に際に親父が俺にタレの作り方を教えてくれたのさ。そん時、何ていったと思う? 『真面目に生きろ』だとさ。酷い目に遭わされてなお、そんな事‥‥。さらに俺に同じ道を歩めなんてよくいえたもんだよ」 野吉は野花の前に紙を置いた。 「それに継ぎ足すタレの作り方は書いてあらぁ。この瓶のタレも元はこの鳥華にあったもの。日に一度は飯代わりに鳥を焼いて使ってきた‥‥。腐ってはいねぇはずだ。それじゃあな」 「野吉よ、待っておくれ!」 野吉が野花を振り切って階段を下り始める。 「退いてくれよ。ここで俺を止めてもいつまでも監視している程、暇はねぇだろ。結局は出てゆくぜ、俺は」 来島剛禅を先頭にして開拓者達が階段下で野吉を阻んだ。 「大事なのは表の味であるタレ。ですがそれだけではありません。甘さを引き立てる対比の塩味、くどさを打ち消す酸味、味わい深さをもたらす苦味。それらを、ほど良く配合する『人』こそが最も重要な宝なのですよ。つまり野吉君が必要なんです」 来島剛禅が階段の途中で立ち止まる野吉を見上げた。 しばらくして野吉は心配そうな顔をして二階から見下ろしている野花へ振り返る。そして一度だけ実際に作ってみせると呟いた。 炭が起こされ、野吉が大事にしてきた瓶のタレを使って串の鶏が焼かれる。 野吉が焼いた焼き鳥の味に開拓者達は度肝を抜かれた。今朝方食べたものとは比較にならない深い味わいだったからだ。 「芳醇、これほどの‥‥いや。後は野花に任せるのであったな」 ハイネルはすべてをいわずに焼き鳥を頂いた。 野吉が調理場の奥で継ぎ足しのタレの作り方を野花に教える。 「それじゃあ俺は‥‥」 「鶏肉の友よ! 美味しいです!」 アーシャはあまりのおいしさに帰ろうとした野吉の腕を両手で握って感謝を表す。 「きっとこれを食べれば常連の皆さんも喜びますよ。食べたら『鳥華』が大好きな『鶏肉の友』です」 秋霜夜は野吉へにっこりと笑いかけた。 「野吉、歳をとったせいか、覚えが悪くなっちまってね。もう少しだけいて教えてくれないかい?」 焼き鳥を一口食べて味を確かめた野花が涙を流しながら野吉を今一度引き留めた。 「‥‥わかった。十日ぐらいはいてやるよ」 「そ、そうかい。それじゃ布団の用意をしないとねぇ」 野花に答える野吉の表情が和らいだのを開拓者達は見逃さない。野吉はもう出てゆくことはないだろう。素直になれないだけで野吉もこの鳥華が好きに違いないのだから。そうでなければタレを大切にするはずがなかった。 「やっぱり焼き鳥最高!」 グロリアが元気に叫んで一気に一串を食べきった。 最後に野花がかかった費用分を手渡してくれる。その中には野吉が賭で勝った分も含まれていた。 開拓者達はよかったと口にしながら鳥華を後にするのだった。 |