失踪 〜儀弐王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/28 22:34



■オープニング本文

 理穴の首都、奏生にそびえる城。
 城内の庭で一本の矢が的の中央に当たる。
 手にする弓に新たな矢をかけたのは、理穴を統べる儀弐王。本名は儀弐重音。年齢は二十八歳の女性である。
(「雪絵‥‥」)
 的に浮かんだ顔は幼い頃から姉妹のように育ってきた波路雪絵のもの。儀弐王が放った矢は大きく外れて木の幹へと刺さった。
 雪絵は儀弐王の遠縁の血筋にあたり、文武を一緒に学ぶ友として長く暮らしてきた。雪絵の年齢は儀弐王よりも四歳年下である。
 一緒だったのは儀弐王が二十歳になるまでだが、それ以後も雪絵はよく城を訪れていた。
 つい先日良縁があって雪絵は嫁ぐ事となる。ところが道中で泊まった宿で姿を消してしまった。
 アヤカシに連れ去られた、いや神隠しにあったのだと人々は噂するが真相は謎のままだ。
 自ら駆けつけて雪絵を探したい気持ちを儀弐王は心の奥に隠す。淡々とした表情を浮かべながら。
 先頃、様々な方面から力を借りて魔の森を縮小させたものの、アヤカシがいなくなった訳ではなかった。臣下への指示。アヤカシとの戦に備えていなければならないのが王たる者。個人的な事情で放り出せるはずもない。
 そこで事を秘密裏に運ぶために儀弐王が選んだのは開拓者ギルド。志体を持つ開拓者ならば、解決してくれるだろうと踏んだのである。
 雪絵の失踪理由がはっきりするまでは大げさにするつもりはなかった。
 今はただ、雪絵の無事を願う儀弐王であった。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓


■リプレイ本文

●到着
 開拓者一行は馬車に揺られながら宿場町へと向かう。理穴の首都、奏生から馬車に乗って約二日。
 依頼は理穴の儀弐王の望みで秘密裏に受けたもの。幼なじみでもある親友の女性『波路雪絵』の失踪を調べる内容だ。
 雪絵は嫁ぎ先に向かう途中で姿を消したという。その時に泊まったのが宿場町の『つるぎ屋』であった。
 開拓者達は二人一組になって調査を開始する。宿場町へ入る直前で馬車を降り、一旦解散するのであった。

●女二人旅
「ようやく重音様のお役に立てそうな仕事ができるわね。波路雪絵様、国元で名前だけは聞いたことがあるわ。事件性のものでなければよいのだけど」
 理穴出身の弓術士である設楽 万理(ia5443)にとって儀弐王は特別な意味を持っていた。
「はてさて‥」
 北條 黯羽(ia0072)は設楽万理と共に歩きながら宿場町の様子を眺める。とても活気があって賑やかな町だ。少なくともがらの悪い町ではない。だからといって悪人がいない証拠にはなり得ないのだが。
「ここだな。嫁ぐ前に失踪とは穏やかじゃないさね」
 北條黯羽が軒に下がる看板に書かれた屋号を見て立ち止まる。雪絵が消えたという宿屋が、この『つるぎ屋』であった。
「お二人様、ご案内〜♪」
 二人は客引きに不意をつかれて腕を引っ張られて宿内へ。志体持ちの自分達を手玉に取るとは見上げた商魂だと感じながら北條黯羽と設楽万理は抵抗しなかった。元々、この『つるぎ屋』へ泊まるつもりであったからだ。
「ちょっと噂を耳にしたのさね」
「そうそう、私も聞いたわ。神隠しのお話」
 北條黯羽と設楽万理は部屋する女中にそれとなく雪絵が泊まった部屋を訊ねる。そして興味本位のふりをして心付けを渡し、問題の部屋へ通してもらう。
 自分達以外に誰もいなくなったところで部屋の探索である。
 これといって室内におかしな点は見つからなかった。ただ一つ、外が望める窓の枠に刻まれた真新しい傷を除いて。
 就寝時、北條黯羽と設楽万理は鈎の痕ではないかとそれぞれの布団で横になりながら話し合う。
 翌日も雪絵の失踪につるぎ屋そのものが関与していないかを調査した。
 北條黯羽は人魂を使って屋根裏など人目につきにくい周辺を探る。設楽万理は周囲の注意を怠らず、忍ばせたダガーを懐で握ってもしもの敵に備えるのだった。

●ほんわか
「ふぃ〜。いいお湯だにゃ〜」
 宿場町到着の夜。パラーリア・ゲラー(ia9712)は温泉に浸かっていた。口元までを湯に沈めて、プクプクとのんびりとした雰囲気で。
 井伊 貴政(ia0213)と共に宿泊したのは『つるぎ屋』。他の仲間達も泊まっているが、大事が起こらない限りは顔を合わせても今は知らないふりである。
「さてどうしましょうかねぇ‥‥」
 手ぬぐいを頭にのせた井伊貴政は男湯の湯船に浸かりながら星空を見上げる。そして出発時にパラーリアと一緒に奏生で得た情報を思い出す。
 残念ながら儀弐王との面会は叶わなかったが、ギルド経由で雪絵の似顔絵は手に入った。道中の間に絵を写して仲間にも渡してある。
 縁談は両家共に乗り気であったが、結婚する両人に不満があったかどうかは定かではないらしい。
(「偉い人になると本人の意志も関係なく政略結婚‥‥ってあたりか」)
 今一度、井伊貴政は情報を整理する。
「不思議だにゃ〜」
 夕食時、パラーリアは雪絵の失踪に関して女中に訊ねた。一応は話してくれたものの、あまりよい顔はされない。どうもこの宿に泊まっている間に雪絵は消えたようだ。もっとも宿から離れている間に拐かされたかも知れないので、はっきりとした事はわからなかったのだが。
 雪絵が失踪した夜に、この宿場町で火事が起きた事も判明する。
 翌日、二人は日が高いうちに火事となった家屋を確認しに向かった。つるぎ屋とは少し離れていて、すでに集められた大工によって再建中である。
 それから井伊貴政とパラーリアは火事になった家屋の主とつるぎ屋の繋がりを詳しく調べたものの、因果関係は見つらなかった。

●おふざけ
「ったく、もう‥‥アタシ、捜索とか情報収集って苦手なのよねー」
 鴇ノ宮 風葉(ia0799)はバタリと布団に倒れ込む。
 泊まったのは、つるぎ屋ではなく別の宿。相棒の剣桜花(ia1851)と共に夕べの町で聞き込みをして宿に戻ったばかりだ。
 次の日に鴇ノ宮と剣桜花も雪絵が失踪した夜に火事があった事実を突き止める。ただ火事の現場には深く関与せずに広く宿場町の人々から話を聞く事に徹した。
 どうも火事が起きた際、騒ぎを大きくした者がいたようだ。そのおかげで火災の事実が早くに伝わって周囲へ広がる前に消火されたようだが。
 この宿場町に住む者の証言では見かけない顔だったという。
「風葉様は貧乳とか微乳とか言うより無乳ですよねー」
「うわぁ!」
 突然俯せで横になっている鴇ノ宮の背中に剣桜花が被さる。
「というかちっちゃい男の子? 揉めば少しは大きくなると言いますから今夜一晩揉みしだいて差し上げましょうか?」
 いいたい事はそれだけかという感じでするりと仰向けになった鴇ノ宮が、剣桜花の顎に膝蹴りを食らわす。
 志体持ち同士のじゃれ合いは冗談ではすまされない危険を引き起こしてしまう。ましてや他人が所有する宿の部屋。立ち上がってお互いに睨み合ったところでお互いに柔和な表情をして剣呑な雰囲気を吹き飛ばした。
 翌日も町での聞き込みを続けた鴇ノ宮と剣桜花であった。

●ある品物
「今のところ何も起きてなさそうだね」
 宿場町に到着したその日の夜。各務原 義視(ia4917)は窓の戸板をずらしてつるぎ屋を観察する。神鷹 弦一郎(ia5349)と一緒に、つるぎ屋近くの宿へ泊まっていた。
「‥‥何が理由でも‥無事なら、何でもいい」
 神鷹は行灯の近くで解散する前に井伊貴政からもらった雪絵の似顔絵を眺める。小柄な女性でおとなしい印象が絵から感じられる。ギルドで聞いた話では雪絵を知る多くの者の評価も同じであるようだ。
「北方に旺盛な気あり。将星の輝きも眩い限り。人智を尽くして天命を待つか‥‥」
 各務原は出発前に視た天文を今一度思い出して呟く。
 その日の夜、二人は交代しながらつるぎ屋を見張る。
 無差別の誘拐なら、またつるぎ屋で騒動が起きてもおかしくはない。ただ、翌日にはその疑いは薄れた。ここ一年の間に雪絵失踪以外の騒動は起こっていなかったからである。それにつるぎ屋が創業してから五年。一番大きな事件が雪絵の一件のようだ。
「それほどに酷いのかな?」
「らしい。くれぐれも用心しろと宿の主人にもいわれた」
 各務原と神鷹は雪絵の目撃者を探す最中に宿場町で一番の問題事を耳にする。それは往来の人々の持ち物を盗るスリである。
 日に五件は起きており、特に旅人が狙われているという。複数のスリは組織だって動いていると考えられていた。
 二人はどうにもスリの組織が心の隅に引っかかって追ってみた。物事にはすべて表と裏がある。スリならば宿場町の裏の事情を知っていると踏んだからだ。
 一人を捕まえて二人は元締めまで辿り着く。
 スリの組織は雪絵の失踪とは関わりがなかった。そして火事が起きた際、非常に騒いでいた者からすりとられた品物を二人は手に入れるのだった。

●断片的な情報
「それはいいですね。一緒に呑みましょうか」
 宿場町の酒場で笑顔を浮かべたのは只木 岑(ia6834)。
「それでは出会えたのを祝して」
 真向かいの席に座っていたのはルエラ・ファールバルト(ia9645)。
 二人は仲間達より一番最後に宿場町へ入り、酒場で偶然に意気投合した風を装う。
 酒場は二階で宿を営んでいたので、ひとまず予約して寝床の安心を得る。到着した日の夜は酒場で酔っぱらい達の話題に耳を傾ける事にした。
 しばらくしてルエラが酒場の丁稚に雪絵の失踪についてを訊ねる。客のほとんどは旅人で、おそらく雪絵失踪の一件を知らない。そこで宿場町に根付いている丁稚に聞いたのだった。
 雪絵の特徴を告げ、さらに井伊貴政からもらった似顔絵も見せる。
 話したがらない丁稚を説き伏せる為に、ルエラは少々の金子を相手の袖の下へ忍ばせた。
 ようやく丁稚は宿場町での噂を教えてくれる。
 儀弐王と懇意である雪絵を誘拐する為に火付けが行われたのだというのがまことしやかに伝えられていた。
 雪絵の失踪がはっきりとわかったのは火事が発生した翌日の朝。だが火事の騒ぎの間に雪絵は攫われたに違いないと宿場町の人々は噂したという。
「ほら。こんなのはどうだい?」
 翌日、只木岑は裏道で遊んでいた子供達に声をかけた。適当な枝を削っておもちゃの小弓を作ってあげる。
 一緒に的当てをして遊びながら、火事のあった当日を子供達にそれとなく訊いてみた。中には親と一緒に火事場を見に行った子供もいた。しかし重要な情報は寝ぼけて行き先を間違えた子供からもたらせられる。
「つるぎ屋の壁をよじ登っていたんだよ。そいつら」
 子供はおしっこがしたくなって空き地の奥に入ったらしい。そこからちょうどつるぎ屋が見えたという。月のない夜であったが、火事のせいで壁が照らされてよじ登る人がはっきりと見えたと子供は断言する。
 雪絵が拐かされる瞬間を子供は見た訳ではなかった。しかし後に仲間達から得た情報と合わせて、只木岑とルエラは確信を得るのであった。

●儀弐王との謁見
 宿場町で約三日を過ごした開拓者一行は奏生へと戻った。
 開拓者ギルドでは儀弐王からの使者が待っていて城へ招かれる。通されたのは謁見の間ではなく庭園内に造られた茶会用の建物内。
「あー、えーと、ほら。アタシは遠慮しとくわ。間違いなく燃やしちゃうだろうし。王に宜しくね?」
 鴇ノ宮だけは苦手だといって門近くの小部屋に残ってこの場にはいなかった。彼女の報告はすべて剣桜花に任せられる。
 ジルベリア風な椅子とテーブルについて、しばし待っていると儀弐王が現れる。床に座して挨拶をしようとする開拓者もいたが、それを儀弐王は止めた。今日は堅苦しいやり取りはなしにしないかと。
「この度はいろいろとご苦労をかけました。些細な事でも構いませんので、得た雪絵の失踪に関わるすべてをお話してもらえますか?」
 儀弐王が席につくとお付きの者がすぐに茶をテーブルに運んでくる。すでに開拓者にはお茶が用意されていたが、新たに淹れられたものが用意される。
 まず報告したのが井伊貴政とパラーリアである。
「雪絵さんが失踪した夜にあの宿場町では火事が発生していました。その原因は何者かの故意によるものかと――」
 井伊貴政は火災と雪絵の失踪の繋がりの可能性を語る。結論については仲間の話があってから補足するつもりでいた。
「雪絵さんぽい人の目撃はなかったにゃ〜。つるぎ屋の人も調べてみたけど、怪しくなかったよ〜」
 パラーリアは話し終わるとお菓子を口に運ぶ。さっき食べた時の甘さが忘れらなかったのである。
 その次は設楽万理と北條黯羽だ。
「雪絵様がお泊まりになった部屋に何者かの進入の跡が御座いました」
 非常に畏まった様子の設楽万理は、窓枠に残っていた鈎跡についてを語った。まとめてきた報告書を儀弐王に渡す際、非常に幸せな気分になった設楽万理だ。
「その他に関して部屋には何も残っていない様子でしたねぇ。鈎の跡といってもほんのわずか。相当の手練れと考えてよろしいさね」
 北條黯羽は部屋に関する細かな箇所についてを説明しながら儀弐王の立ち振る舞いを観察する。茶を飲む動作一つとっても堂に入っていた。一国の王とはこういうものかと感心するのだった。
 次は只木岑とルエラが話す事となる。北條黯羽と設楽万理の報告に直接繋がる内容だったからだ。
「雪絵さんはおそらく、その鈎を使って壁をよじ登った者達によって拐かされたのだと思われます。雪絵さんが連れ去られる瞬間ではありませんが、賊がつるぎ屋に進入する様子を目撃した子供がいます」
 北條黯羽は子供達から聞いた話を儀弐王に伝える。
「宿場町の人々も、今只木さんが話したものと似たような噂話をしていました。少なくとも今回に限ってはアヤカシではなく、人の仕業ではないかと」
 ルエラの意見に異論を挟む者はいなかった。また誘拐の犯人が志体持ちではない点も指摘される。志体持ちなら雪絵が泊まっていた三階まで鈎や縄など使わずにたどり着けるはずだからだ。
 剣桜花が話す番になった時、只木岑は身構える。
「先日温泉で拝謁させて頂きましたが正式に挨拶するのは初かと。G――」
 剣桜花が話す途中で只木岑はテーブルの下でねこのてと呼ばれる孫の手を伸ばした。そして剣桜花の太股辺りをくすぐる。すべてを台無しにしかねないG教団の話題を阻止する為に。
「そこの覗き魔。何をするのです?」
 剣桜花が只木岑を睨んだ。
「この者は市中引き回しのうえ打ち首獄門さらし首で構いませんので。国王陛下の玉体を覗こうとするとは不敬の極みです」
 冗談めかした剣桜花の訴えに対し、儀弐王は『温泉での出来事だっただけに水に流しましたから』と答えた。どぎまぎとした只木岑だが、話がそれたと安堵する。
 各務原と神鷹も剣桜花の言動に注意を払っていたのだが、只木岑のおかげで事態が収束したので黙っておく事にした。
 話題は雪絵の失踪へと戻る。
 剣桜花は火事が起きた際に宿場町中を駆け回って叫び、騒ぎを大きくした人物がいた事を儀弐王に伝えた。
 最後は各務原と神鷹である。
「国王陛下におかせられましてはご機嫌麗しゅう存じます。さて、ご依頼の件ですが――」
 各務原は独自にまとめた報告書を儀弐王に提出する。設楽万理から受け取った資料と共に儀弐王は目を通す。
「ここに書かれてあるスリから手に入れた品物とは?」
「はい。こちらに御座います」
 報告書から儀弐王が顔をあげる。神鷹は普段とは違う丁寧な言葉遣いで答えながらテーブルに包みを置いた。そしてゆっくりと開く。
「火事の発生を宿場町中に伝えていた者がこの鏃と矢羽根を持っていたようです。報告書にもありますように、その者は宿場町の住人ではありません」
 神鷹が包みごと儀弐王に差し出す。儀弐王は手にとって眺めるとわずかに瞳を見開いた。何かに気づいたようだ。
 儀弐王はこの場だけの秘密だといって開拓者達に鏃と矢羽根の素性を話してくれた。この鏃と矢羽根は、ある理穴の有力氏族が使う矢の特徴にそっくりだという。
 非常に儀弐王への忠誠心が厚い氏族である。まさかという気持ちが心の中に広がるものの、それを表に出す儀弐王ではなかった。
 しばし儀弐王と歓談してから開拓者達は城を後にする。
 雪絵はいずこか、果たして生きているのかどうかさえ今はまだ謎のままだった。