煙のように 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/26 14:50



■オープニング本文

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 その日、武天の王『巨勢宗禅』は此隅のある金物問屋の奥にいた。
 心地よい将棋盤の榧の響き。
 巨勢王がお忍びで主人と将棋を指しに来ていたのである。普段は主人が城へと出向くものの、たまの気分転換として。
「贋の小判?」
「そうなのです、あくまで噂なのですが。パッと消えてしまうとの事。市中では持ちきりのようで。狸か狐に化かされたのだろうともいわれておりますが、やはりアヤカシかとも」
 将棋盤を挟んで膝を交える主人が話す街の噂に巨勢王が眉をひそめる。黄金で出来た小判が突然煙のように消え去ってしまうという。それも多くの者が被害に遭ったらしい。
「以前に偶然アヤカシ退治を見かけた者によれば、その時の消え去る様子にそっくりだとか。しかし小判の形をしたアヤカシとは思えませんし、それが人を食ったとも聞き及んでおりませぬ」
「うむ‥‥。何事であろうな」
「そうそう。食われた者はいないと申しましたが小判の持ち主を遡ったところ、ぷっつりと行方が途切れてしまうそうで」
「その者がアヤカシであるのかもな。それとも――」
 将棋が終わって城に戻った後でも小判が消え去る街の話は巨勢王の心に残る。
 今はまだ噂で済んでいるが真実ならば武天の経済は大打撃を受けてしまう。重罪である偽金作り以上の危機かも知れなかった。
 放っておく訳にはいかず、巨勢王は秘密裏に開拓者ギルドに協力を要請した。小判が煙のように消え去ってしまう真相を探るために。


■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074
16歳・男・サ
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
水波(ia1360
18歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
物部 義護(ia9764
24歳・男・志
将門(ib1770
25歳・男・サ
朱華(ib1944
19歳・男・志


■リプレイ本文

●始まり
 真夜中に神楽の都に建つ精霊門を潜り抜け、武天の都、此隅へと訪れた開拓者十名。城で待機し、巨勢王と目通りをした後で賑わう街中へと出向いた。
 分かっているのは小判が消えてしまうという噂のみ。此隅の隅々まで探る為に開拓者達は二人一組の五班に分かれる。
 壱班は雪ノ下・悪食丸(ia0074)と無月 幻十郎(ia0102)。
 弐班は紙木城 遥平(ia0562)と水波(ia1360)。
 参班はルオウ(ia2445)と西中島 導仁(ia9595)。
 肆班は宿奈 芳純(ia9695)と物部 義護(ia9764)。
 伍班は将門(ib1770)と朱華(ib1944)。
 壱班と伍班には事件の共通点を探る役目が任された。小判の出所を探るのは弐班、参班、肆班だ。
 事前に決めた飯処兼宿屋で定期に落ち合う約束をして人混みに散る開拓者達であった。

●共通点 壱班の調査
 雪ノ下と無月が向かったのは歓楽の店が建ち並ぶ界隈。
 金回りがよくて大抵の者が酒のおかげで口の滑りがよくなっているのではと考えたせいもある。
 再会の場所と集合合図の時を示すのがどの鐘音なのをかを話し合うと二人はそれぞれ別の店に入った。
「兄さん方、面白い話は聞かないかね?」
「ん? なんだぁ? お、奢ってもらって悪いね」
 無月が入ったのは大酒飲みが集う小料理屋。酒の入った徳利を片手に陽気な野郎共へ話しかける。
「ちらっと聞いたがパッと小判が消えるなんざ、摩訶不思議だねぇ。半信半疑なんだが本当なのかねぇ」
「それがよぉ。ホントのとこはオイラにも分からねぇんだが、たくさんのヨタ話があらぁな――」
 通い詰めている間に酔っぱらい達から無月が聞いた噂話は大別して三種類。
 一つ目は凄腕のスリの仕業という噂だ。名前、性別、年齢は様々だが、そいつらがすれ違いざまに目にも留まらぬ早業で小判をかすめ取ってしまうらしい。小判が煙のように消えてしまうという部分は比喩として扱われている。
 二つ目はスリではなく詐欺師というもの。ご禁制の薬を使って相手に幻覚を見せてる間に小判を奪ってしまうというものだ。こちらも小判が消えてしまう部分は比喩だ。
 三つ目はアヤカシの仕業。とはいえ、少しでも不思議な現象に出くわすとアヤカシのせいにしてしまう輩はとても多い。
 三つの中に真実があるのか、それともまったく別の理由があるのかまでは仲間からの情報も含めてこれからの調べ次第である。
「なるほど‥‥そういうことがあったのですね」
 日中、雪ノ下は通りにいる女性達に声をかけて噂を集める。おばあさんから女の子までその範囲はとても広かった。
 日が暮れると酒と共に女性が寄り添う場を場所に雪ノ下は足を運ぶ。ちなみに必要以上の経費として一部は自腹となる。
 口説き文句の前に雪ノ下は消える小判についていくつか訊ねてみた。
「この辺りの大旦那‥‥が多いと?」
「消える小判を握らされたのは、この歓楽の花街を営む旦那さんのところが多いらしいですよ。もっとも直接勘定する旦那さんは稀ですんで、実際には番頭さんあたりでしょうけど。旦那さんに盗んだのだろうと信じてもらえなくて川に身投げをしようとして、それを誰かに助けられたとかそんな話も耳にします。逆にこの噂を利用して店の金をがめようとするこすい奴がいるとかいないとか」
「この店では‥‥どうなのです?」
「皆の噂ではお代が消えたとも聞きましたが本当かどうかまては。騙されたのが恥になると考えて隠しているのかも知れませんね。あたしなら大騒ぎをするでしょうけど」
 店を後にした雪ノ下は得られた情報を交換する為に無月と会う。さらに仲間へと情報を伝えた上で調査を続けるのだった。

●共通点 伍班の調査
「煙の様に消える贋金、ね。やり様によってはアヤカシの軍団よりも武天に打撃を与えられるな」
「小判に足が生えて逃げてったてのなら、面白いのにな」
 将門と朱華は話しながら賑やかな通りを歩く。
 いくつかの店舗で事情を聞いているうちに共通して出てくる屋号があった。初日最後に訪れたのはその屋号を冠する此隅・両替屋。
 泰国は紙幣が流通し、天儀本島は小判を含めた硬貨が主に使用されている。商売の成り立ちとして間を取り持つのが泰国の銀行が営む各地の両替屋であり、当然ながら此隅にも存在していた。
「武天の金の流れについてはここが一番詳しいと聞いたんだ。何か教えてくれないか?」
「そう仰られても――」
 朱華が話を聞かせてくれと受付に頼んでも最初は無下に断られる。頭をひねった朱華が巨勢王の命だと受付の耳元で囁くとようやく奥の部屋へと通してくれた。
 泰国風の朱色で彩られた卓と椅子がある部屋で将門と朱華は此隅・両替屋の担当者に噂が真実かどうかを訊ねた。此隅・両替屋でも小判の紛失事件が徐々に増えているという。そこで交換した小判と相手の記録を数日間は取っておいているらしい。
「資料を是非見せて欲しいのだがな」
「それには応えられません」
 記録の結果を教えて欲しいと頼んだ将門だが、話せるのはここまでと担当者は首を横に振る。それでも将門は食いついて巨勢王からの正式な書状があれば考えるとの言葉を引きだす。
 二人が城を再来訪して巨勢王に相談し、書状を用意するまでには少々の時間を要した。
 此隅・両替屋の小判紛失の全記録を将門と将門が受け取ったのは三日目の夕方であった。

●出所 弐班の調査
「不思議なこともあるものですね」
「霧消する小判。雰囲気的にはアヤカシか陰陽術の副産物で、効果時間が終了した感じですかね」
 水波と紙木城は噂を辿って消失した小判の出所を探る。壱班と伍班によって得られた大まかな情報を精査する作業ともいえた。城に小判による実害を報告した者は今のところ皆無で名簿などの資料は存在していなかったのが残念であったのだが。
 紙木城が最初に目指したのは巨勢王と懇意の金物問屋である。問屋の主人は丁寧に対応してくれたのだが、判明している以上の情報は得られなかった。
 次に目指したのが問屋の主人が噂を耳にしたという団子屋だ。売り子の娘や団子屋の主人に訊ねてみたが、こちらでも噂以上の情報は得られない。
 紙木城と水波は黙って長椅子に腰掛け、団子と茶を頂いて耳を澄ます。そして消える小判にまつわる具体的な話題を交わしている者達へと声をかけた。
 噂を遡る度に水波が此隅の地図へと印を残す。
 二人は二日目の暮れなずむ頃に一人の男と接触する。正確にいえば探しだして袋小路に追いつめたというのが真実である。
 世間に尻尾こそ出さないものの、この男にはスリだという疑いが常につきまとっていた。巷の噂では男が郭で支払いを済ませようとした時に小判が消えてしまったのだという。
 腰を抜かして尻餅をつきながらも知らぬ存じぜぬを貫き通す男。
 埒があかないので、紙木城と水波はどうやってその小判を手に入れたかの問いつめはしない事を男に告げる。それでようやくまともな会話が成立し始めた。
「消えたのはマジさ。持っていた六枚が煙のように消えちまったのさ」
 男によれば小判の形状、重さなど本物そっくりであったらしい。唯一気になったのは綺麗すぎた点だという。どれも仕上がったばかりのような非常に煌びやかな小判であったと。
 紙木城はさらなる協力を求めたが男は頑としてはね除けた。
 最後に男がもう一つだけ教えてくれる。それは賭場が怪しいとの一言であった。

●出所 参班の調査
「腹が減っては戦はできねえしな!」
 卓で飯をかき込むルオウの前には重ねた丼の山。休憩がてら西中島と一緒に昼飯を頂いていた。
「小判についての巷の噂、ご存じだろうか?」
 西中島はついでに給仕の娘に消える小判の噂についてを訊ねてみる。
 噂こそ娘も承知していたが大衆の飯店で小判を使おうとする者などいないといって差し支えない。そのかわり新しい街の噂を教えてくれた。ここ最近、日が暮れると何者かが道に小判を落としてゆくというものだ。そのせいか深夜だというのに行灯片手に此隅の街をさまよう輩が増えているという。
「へぇ〜。そりゃいい事聞いたな〜」
 足で情報を稼ごうと考えていたルオウは作戦を修正して西中島の同意を得る。夜に活動して小判を落とすという噂の真実を確かめようというものだ。その為に集合場所となる宿屋へ早めに戻って二人は仮眠をとった。
 夕暮れ時に目を覚ますと宿屋の一階にある飯処で腹を満たす。それからルオウと西中島は行灯片手に出かける。もちろん仲間への書き置きを残して。
 暗い往来を歩きながら二人は耳を澄ます。此隅は広く、どう頑張ってもすべてを見渡すのは不可能だ。それゆえに不審な音に注意を向けたのである。
 小判目当てにさまよう輩が増えたとしてもやはり深夜。日中に比べれば人気はなく、聞こえるのは犬の遠吠えばかり。
 しかし妙な一瞬の歓声を耳にしてルオウと西中島は暗闇の中を駆けた。
 やがて遭遇したのは地面の上で胡座をかいている中年男。酔っぱらっている様子だが身なりとは不釣り合いな小判を手で掲げて笑っていた。
 二人の問いに拾ったと答える中年男だが、次の瞬間に警戒心が芽生えたのか小判を懐にしまって黙り込む。小判二枚と拾ったものを交換すると持ちかけるとようやく口を聞いてくれる。小判を落とした人物は見ていないようだ。
 小判を交換すると中年男はほくほく顔で去ってゆくのだった。

●出所 肆班の調査
 肆班の宿奈芳純と物部義護は客から受け取った小判が消えたという射的屋を探り当てて訪ねていた。
 二人は住み込みの者が使う奥の部屋へと通される。
「客の風体は? それにどのような状況であったか?」
「へぇ、お話致しますがどうかご内密に――」
 物部義護の言葉をきっかけに番頭が話し始めた。
(「これまでの中で一番詳しい証言ですね‥‥」)
 宿奈芳純はメモをとりながら時折自分の質問を番頭に投げかける。
 消えた小判は遊び人風の男が支払ったものだという。どこぞの有閑な奥方を相手にしてぶらりと生きている人物だが、この射的屋にとっては常連のお得意様らしい。
 残念ながら店ではその人物が誰なのかは教えてはくれなかった。事を荒立てたくないというのがその理由だ。そこで宿奈芳純と物部義護は地道な捜索で探し当てる。
「ん? どこで手に入れたかって? どうだっていいだろ。そんなの」
 遊び人はのらりくらりとして二人の質問には答えてくれなかった。だが遊び人が金を手に入れる方法はおそらく有閑な奥方であろうと推察は可能だ。
 有閑な奥方はさるサムライの妻の立場。屋敷を訪問しても門前払いされ、通りで待ち伏せても完全に無視された。
 途方に暮れた二人だが、考えを変えて奥方の旦那であるサムライに注目する。金の流れとしてはサムライの収入からの可能性が非常に高いからだ。
 上から賜る石高に混じっていたとは考えにくかった。調べてゆくうちにサムライが賭け事に夢中なのが判明する。
 賭場を調べるうちにサムライが大勝ちをした四日後に射的屋で小判が消え去ったのが判明した。
 サムライが賭場で儲けた小判が妻に渡り、遊び人が受け取る。遊び人が射的屋での払いで小判を使い、そして消え去った。
 さすがに賭場での金の流れまでは複雑すぎてわからない。しかし非常に賭場が怪しい事を突き止める宿奈芳純と物部義護であった。

●そして
 開拓者達は得た情報を集約し、さらなる調査を行う。
 此隅・両替屋からの情報はとても有力だが、巨勢王の指示で調査をしている事実が世間に広がるとさらなる混乱を引き起こす可能性がある。慎重に事を運ばねばならなかった。
 郭と賭場については複数の情報筋から浮かび上がっているので集中して調査が行われる。ただ場所が場所だけに人々の口が堅かった。もう一押しの作戦が求められたが、時間切れだ。
 深夜に小判が落とし物としてばらまかれている件については犯人を突き止められない。捕まえるどころか姿を見かけた者の証言も得られなかった。これについては此隅が広いせいであって開拓者達に責任はない。ある程度の人数を要して探せば糸口が見つかったかも知れないが、そうすればあまりに目立ちすぎる。巨勢王が調べている案件というのは可能な限り秘匿しておかなければならないので、ここにも秀逸な案が求められる。
 開拓者達は消えた小判を実際にばらまいた誰かにはたどり着けなかったものの、大まかな袖は掴んだ。
 怪しいのは賭場と遊郭の金の流れ。そして真夜中の此隅に徘徊する輩。
 この中のどれか、またはすべてに謎が隠されているのだろうと考えながら神楽の都へと帰ってゆく開拓者達であった。