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■オープニング本文 武天の都、此隅。 中央にそびえる城の主は天儀本島最大の豪族『巨勢』を率いる巨勢宗禅。巨勢王である。 ざっくばらんな黒い髪。太い眉の下には眼光鋭い黒い瞳。赤褐色の肌をして別名『赤入道』とも呼ばれていた。 「開拓者を何人か連れてまいれ」 ある日、庭で飼う犬達に餌の肉をやりながら巨勢王は配下の者に命じる。 巨勢王自身は志体持ちである。だが志体持ちは非常に稀な存在であり、率いる兵団の者の殆どは普通の人間だ。 アヤカシと戦う際は志体持ちを選抜した隊を前にして後を普通の兵達が支える。 数多くのアヤカシと戦う為には少しでも志体持ちが必要であった。その出身は様々だが、開拓者は全員が志体を有している。 「激しくなってきたアヤカシとの戦い‥‥。こうなれば志体持ちが一人でも多く欲しい。ならば開拓者ギルドから引っ張ってくるのが手っ取り早いと考えた。早々に手続きをしてまいれ」 「はっ!」 巨勢王の言葉に地面に片足をつけて頭を垂れていた配下の一人が半端に立ち上がる。そして腰を屈めながら走り去ってゆく。 (「開拓者が志体持ちなのはわかっておる。だが直接使う者なら、わしのこの目で確かめておかねばな。使えるとわかれば、いろいろとやってもらいたい事がある‥‥」) 巨勢王は最後の肉を犬達に放り投げると豪快に笑いながら城の中へ戻ってゆくのだった。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
喜屋武(ia2651)
21歳・男・サ
鬼限(ia3382)
70歳・男・泰
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
佐竹 利実(ia4177)
23歳・男・志
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
西中島 導仁(ia9595)
25歳・男・サ
物部 義護(ia9764)
24歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●巨勢王 武天の都、此隅。 城を訪れての二日目。開拓者達は試合の為に庭へと出る。 寒くはあったが空は快晴。広い庭には試合場を囲むようにたくさんの見学者がいた。誰もが巨勢王の臣下である。 「存分に戦いを見せてもらおうぞ」 戦の陣のような一角で巨勢王は構えていた。鎧甲姿なのは巨勢王が考える礼儀なのだろう。掛け声に続いて太鼓が鳴らされる。 開拓者達は礼儀として膝を曲げて巨勢王への挨拶を終える。 これから戦う巨勢王の配下であるサムライ十名の姿もあった。どの者も眼光鋭く、戦い慣れた雰囲気をまとう。 「ん? 先が赤く染まっているな」 審判の近くにいた無月 幻十郎(ia0102)が籤を引いて陣地が決まった。開拓者組は南側からだ。陣地は勝敗に関係ないので出発地点に過ぎないが、位置取りには大きな意味があった。 「やるからには手加減などせん。どれ程の強者が揃っているか愉しみだ」 冷ややかな声で呟いたのは柳生 右京(ia0970)。 「地形は先程調べておきました。ご覧下さい」 水波(ia1360)は掘と樹木の位置を記した紙を仲間達の前で広げる。 「何はともあれ、お仕事ですかね」 新しい武器が欲しかった真珠朗(ia3553)だが、ひとまずそれは横に置いておいて相手がいる方向を望んだ。相手陣地の様子は窺えない。相手となるサムライ十名がどのような武器を携帯しているのかは相まみえてみないとわからないようだ。 「むう、巨勢王の求めとあらばやらねば。全力をもって事に当たらせてもらう」 気合いを入れた西中島 導仁(ia9595)は相談の為に仲間達と向き合う。 (「巨勢王の噂はかねがね伺っておるが、実際お会いできるとは光栄だ。とはいえ傘下にあるウチの氏族の面子もあるし、下手な真似はできんな」) 作戦の再確認をしながら喜屋武(ia2651)は遠くの巨勢王を一瞬だけ眺める。 「音に聞く『赤入道』、雑兵の身で会う事が叶うとは‥な。どの様な思惑があられるかは分からぬが、しかし望まれるなればこの技、示そうぞ」 そう呟いた鬼限(ia3382)は借りた手甲を確かめる為に身体を動かす。半日程度の慣れでしっくりとゆくはずもないが、やれる感触は掴み取った。 「相手は手練れで賢い、近接されたら負けだねえ」 佐竹 利実(ia4177)もまた巨勢王を気に入って城を訪れた一人だ。 「これで豪快な一撃を叩き込もう」 瀧鷲 漸(ia8176)は借りた斧槍の柄を肩と首にそわせて回してみせる。自分が普段使っているハルバードとそっくりである。 「俺は水波殿を守ろう。回復の機会こそが勝負の分かれ目にかも知れない」 さらに物部 義護(ia9764)は後方から戦い全体を見渡すつもりでいた。 一時間が過ぎていよいよ準備が終える。 対するは開拓者組と武天組。 開始を告げる大太鼓が城の庭に響き渡った。 ●模擬戦 開拓者組は二手に分かれた。 攻撃班は無月、柳生右京、鬼限、瀧鷲漸、西中島。 援護班は水波、喜屋武、真珠朗、佐竹利実、物部義護。 序盤は相手の出方を見ながらとなる。 攻撃班を先頭にして武天組の陣地へと進む。やがて武天組のサムライ二人が視界の中に入った。 「我が働き、とくと照覧あれ!」 西中島が放ったのは咆哮。その雄叫びが周囲に響き渡る。しかし響きは一つだけではなかった。武天組の誰かもまた、咆哮を放っていたのである。 「くぅぅ‥‥効くねぇ〜。だが、まだまだこれからだ」 無月は唇を噛んでから今一度踏ん張る。 咆哮は互いに絶え間なく続いた。攻撃班の柳生右京、瀧鷲漸、無月も加わった。 実力の拮抗により進展が見られなかった状況に変化が起こる。咆哮に惑わされた武天組のサムライ・壱が単身で戦いを挑んできたのである。 続いてサムライ・弐も走り寄ってきた。こちらは仲間に加勢する為であろう。 「そうくるのならこっも地断撃で!」 すでに機会を待っていた瀧鷲漸は大地を割く程の衝撃波を放つ。サムライ・壱を巻き込んでの土煙が舞い上がる。 (「地の利は向こうにある‥‥。残りはどこへ?」) 冷静な動きで柳生右京はサムライ・弐の剣戟を巨大な模擬刀の峰で受ける。 「着実にいこうぞ。まずは数減らしじゃ」 腕や身体をくねらせた鬼限がサムライ・壱に見舞ったのは蛇拳である。喉元や鳩尾を狙い、相手の動きを止めてから一気に攻める。 次の瞬間、思わぬ方向から開拓者組は攻撃を受ける。 援護組の水波を狙った矢が木の幹へと当たって折れた。予め樹木に隠れて敵からの遠隔攻撃に備えていた水波である。 「少し後ろに」 「わかりました。お気をつけて」 二射目の矢を盾で受け止めた喜屋武が水波に声をかけてより下がらせる。 「おそらく他のサムライは堀を伝って移動したのですね。相手は手練れで賢い。近接されたら負けだね」 木の幹に背を這わせながら佐竹利実はショートボウを構えて矢を放つ。 「ま、セコくヤらせてもらいますよ。相応にね」 真珠朗も円月輪によく似た遠隔武器で応戦を始めた。 遠隔攻撃によるお互いの牽制は長く続かなかった。サムライ・壱と弐が倒される前に残りの武天組が動く。その状況をいち早く仲間達に伝えたのが物部義護である。 「遠隔攻撃がある南西とは別に、南からも武天組やってきます‥‥。数は六人! そう易々とは‥させぬっ」 物部義護は水波をかばって矢を受けながらも声を張り上げた。 戦いは混戦へと突入した。開拓者組が知る由もないが、武天組にとって現在選択した作戦は不本意なものである。本来ならば囮であるサムライ・壱と弐が、もう少し開拓者組を引きつけて位置関係を武天組へ有利にする手はずだった。開拓者組が堀との距離に注意を払っていたのと、策略に引っかかって無闇に分散しなかったのが失敗の要因だ。だが、その事実を開拓者組が知るのは模擬戦闘が終わってからである。 戦いは持久戦へと持ち込まれる。 これは開拓者組が考えていた作戦の一つ。 水波による神風恩寵の回復は開拓者組にとって非常に有利に働く。逆をいえば水波が先にやられたのなら開拓者組は窮地に陥る可能性が高まる。 サムライ・壱と四は西中島と鬼限が倒す。鬼限が相対して相手が弱ったところを西中島が地断撃で吹き飛ばしたのである。 サムライ・弐を気絶させたのは無月だ。示現で集中して攻めて仕留める。 サムライ・参、伍、拾は柳生右京と瀧鷲漸が地に伏せされた。柳生右京が引きつけた上で瀧鷲漸が地断撃でサムライ達を狙ったのである。 真珠朗と佐竹利実は援護班に敵を近づけないように遠隔攻撃を続行。 喜屋武は一線と考えた位置から先に武天組を入らさないように立ちふさがる。 水波は仲間の回復に努める。物部義護は何があっても水波を守った。 仮想の敵である武天組で動ける者が四人にまで減ったところで開拓者組は一気に勝負をかけた。 模擬戦闘は開拓者組で終わり、太鼓の音が鳴り響く。 見上げた事に降参の言葉を武天組は一人も口にしていない。ちなみに気絶寸前にまで追い込まれた開拓者は二人いた。しかし最後まで踏ん張って膝を地につけることはなかった。 「よいものを見せてもらったぞ、開拓者よ。しばらく養生してから神楽の都へと戻るがよい。その間、わしの趣味につき合ってもらおう。何、難しいことではない。将棋だ、将棋」 開拓者達を前にして愉快に笑う巨勢王であった。 ●将棋 身体を休める為に城へ泊まった数日のうちに開拓者達は一人ずつ巨勢王と将棋を指す。 「どれ。折角なので頂こうか」 巨勢王は無月がお猪口に酌をした天儀酒をクイッと飲み干す。 障子を通して座敷に差し込む月光。二人の間には、かやの将棋盤。 「はっはっは、王と将棋指し。これはなかなかに楽しそうだ」 笑う無月が歩兵を進める。 様子を見ながらの無月であったが、巨勢王は守りはそこそこに飛車で攻めに入ってきたそこで奇策を用いて待ちかまえる。 果たして拙速をよしとするのか、それとも無月の腕を見抜いたのか、はたまた別の理由があるのか。とにかく攻めの将棋を巨勢王は展開する。 (「慎重さを備えているな。笑う目の奥では何かが光っておるようにも感じられる‥‥」) 巨勢王は唸った。 二人の対局は二時間程続いた。結果は巨勢王の勝ちで終わったが、互いの読みによる深淵な将棋が繰り広げられたのだった。 柳生右京と巨勢王が指した将棋は日中の一局である。 「集めた開拓者はあんたの目にどう映った?」 「まるでこの飛車、角行で玉将を護る展開のようであったぞ」 巨勢王は柳生右京の指し方をもって答えとする。 「開拓者の実力を試すような真似をするとは‥‥何かある、と考えるのが自然だろう?」 「そう急くではないぞ。事前の準備を怠らず、それでいて臨機応変。わしはお前達を気に入った。それで今はよいではないか。ほれ、護りが強固だからといって油断すると痛い目に遭うぞ」 柳生右京の隙を巨勢王は桂馬で突いた。そこから崩して勝負は巨勢王の勝ちで終わる。 将棋が終わっても柳生右京は巨勢王としばらく話し続けた。特に武天内のアヤカシの状況を話題にするのだった。 水波との将棋も日中、茶と菓子を頂きながらの一局となる。 (「攻めよりも防御と硬さを重視‥‥」) 水波は武天の国を護っていく事と指す将棋の攻防を重ね合わせる。居飛車から穴熊囲いに持っていき、粘りづよさを信条とする。 「なるほど、そういう事か‥‥。そういえば水波殿、甘いものはお好きかな?」 見透かしたような一言を巨勢王は呟いた。そして『ちょこれいと』と呼ばれる泰国から来た菓子を水波に勧める。 礼をいって水波は菓子と茶を頂く。 冬ではあったが比較的暖かなこの日。のんびりとした時間を巨勢王と過ごした水波であった。 「自国の王と将棋をさせるとは誠に光栄ですな」 風が強い日の宵の口に巨勢王と指したのは喜屋武だ。 座敷には灯された蝋燭。 静かな空間で響くのは指した時の駒の音。対局の間に交わされた言葉は少ない。それだけ熱のこもった一局であった。 (「せっかくの機会。じっくりやらせてもらうか」) 喜屋武がとった戦法は居飛車からの穴熊囲いを目指して持久戦に持ち込むやり方。水波と同じ戦法である。 「面白い! ならば‥‥」 この時、巨勢王も同じように穴熊で王将を囲んだ。 深夜になっても勝負はつかなかった。ようやく決着がついのは空が白んできた時である。 辛くも巨勢王の勝ちであった。 (「うむ。‥‥赤入道とはこのような人物か」) 穏やかな朝方に巨勢王と対局したのは鬼限である。基本に忠実に矢倉で王将を護った。 「あの模擬の戦い。手を合わせたサムライをどのように感じたのであろう?」 「‥‥強かった、と」 たまに巨勢王から話しかけられた鬼限だが言葉少なに答えるに留めた。どうにも喋るのが苦手であったからだ。 一気に攻められて巨勢王の勝ちで終わる。 その後、わずかな時間だが巨勢王の希望で拳法の型を披露した鬼限であった。 「早い展開が好きなようだな」 「こうしたやり方が性に合っているんでねぇ」 真珠朗の駒の動かし方を知って巨勢王は呟く。 夕日が射す座敷で二人は素早く駒を指し続ける。 真珠朗が得意とするのは香車や桂馬などの機動力のある駒を展開するやり方だ。結果的に盤面の端での戦いとなる。飛車も交えて巨勢王の護りを突破しようとする。 しかし真珠朗の駒が成っても巨勢王は即座に受けてしまう。巨勢王が攻撃に転じたところで勝負は決まった。 これまでで一番早い時間の終局となる。 「あちゃ、王の攻撃を潰して、急所を最短最速で攻め入ろうとしたが失敗でしたねぇ」 「狙い所はよかったぞ。ただ相手の力量を計り間違えたといった辺りであろう」 頭を手で押さえる真珠朗。巨勢王は勝負の分かれ目になった展開を駒を動かして再現すするのだった。 対局が始まると佐竹利実はまっすぐに巨勢王を見つめた。 「勝つためにやるのが、将棋です」 そういって佐竹利実が採った作戦が『棒銀』だ。つまりは速攻の戦い方である。 「開拓者と将棋をやったのは正解であったようだ。その心、ギヤマンの如く透けて見えてきた‥‥」 顎に手をやりながら巨勢王がニヤリと笑う。佐竹利実は心を動じないように努める。 しかし将棋に手練れの巨勢王に一気に潰された。勝負が決まった後、巨勢王と剣についてを語った佐竹利実であった。 暖かい日に巨勢王と外で指したのが瀧鷲漸である。 「これでどうだ」 「攻め重視という奴か」 「そうだ。これこそゴキゲン!」 「いきなりの乱戦狙いのようだな」 最初から力戦中飛車で押してきた瀧鷲漸。それを受けて立つ巨勢王。 いきなりの急展開が続いたのものの、勝負は巨勢王の勝ちで決する。 「こういうのも一局も面白いものだ。とはいえ、あまりに時間が余ってしまったぞ」 「ではもう一局。次は負けるつもりはない」 巨勢王と瀧鷲漸はそれからも計四局を指す。どれも巨勢王の勝ちで終わったが、力の将棋での戦いに瀧鷲漸は満足するのだった。 物部義護と巨勢王が将棋を指したのはとても寒い日であった。 「むぅ‥‥」 居飛車と囲いを用いた物部義護の指し方に巨勢王は唸る。正攻法故に隙が少なく長期戦が予想されたからだ。 (「思ったより長くかかりそうだな」) 正座で坐す物部義護はじっと盤面を見つめる。飛車や角行を単に取られ損でもしたのなら、建て直しが効く相手ではなかった。 均衡が崩れて物部義護は一気に攻め込まれる。 巨勢王の勢いは獅子のよう。 物部義護は巨勢王の姿を飛車の駒に見た気がした。 「‥‥よく戦ったぞ。きわどいものであった」 巨勢王の額に汗が滲んでいたのを知って、自分の将棋がそれなりのものであったのを理解した物部義護であった。 城へ滞在する最後の夜に巨勢王と指したのは西中島である。 西中島の作戦は中央で銀矢倉で玉将を護らせる。そして両側から飛車角を連携させて巨勢王を攻めた。 「盤面全体に戦線が広がったな。この一局は」 ニヤリと笑う巨勢王も飛車と角行を使って攻め入る作戦を採る。 激しい盤上の戦いが起こる。双方とも護りが薄い為、前線での戦いに破れたのなら一気に攻められて王将の首をとられる。そのような将棋へと突き進んだ。 (「この迫力は‥‥おそらく実戦で培ったものだろう」) 西中島は巨勢王の迫力に負けないよう必死になった。 将棋の駒を指して座敷に音を響かせる。それだけで西中島は心に圧迫を感じた。 一時間程度で終わったものの、非常に濃い将棋であったと巨勢王は評した。 将棋が終わってからも巨勢王と武天の実状に関する雑談を交わした西中島だった。 ●そして 身体を休めた上で開拓者達は此隅の城を後にする。精霊門を潜れば神楽の都はすぐであった。 |