蔵を撃破せよ〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/31 17:19



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位へと就き、今もまだ少年であった。


 泰国の人里離れた絶壁の山頂に存在する巨大陥没。完成したばかりの超中型飛空船『春嵐号』の隠し場所としてはうってつけである。
 飛鳥家族も身を隠すために移り住むことになり、生活に必要な一通りの設備を持ち込んで秘密基地は完成する。
 当初、滞留する毒霧を心配した一同だが杞憂に終わる。陥没の底には小さめながら湖が広がっていた。
 調査したところ、ケモノのナマズが棲んでいたが折り合いがつく。水鳥を食すのを邪魔しなければケモノ鯰は不干渉だと。
 その後、泰国の帝都、朱春に戻った常春は春華王として天帝宮にて密かに行動した。
 泰国を実質動かしているのは役人達であり、天帝が持つ実権は非常に少ない。それでも動かせる有能な人材は手の内にある。
「頼みましたよ」
「はっ!」
 寒々とした灰色の庭が見える廊下。春華王は扇子で口を隠しながら柱の裏に隠れている者と会話を終える。
 これまで積極的に使ってこなかったが活発な曾頭全に憂慮して諜報に長けた集団を動かそうとしていた。梁山湖周辺の特に『知皆』町の動向を知るために。
(「よいのだろうか‥‥。諸侯、官僚に任せるのが筋ではある‥‥」)
 枯れ木を眺める常春の心には未だ躊躇の気持ちが残っていた。それでも兄の飛鳥とその家族の今後を考えると放っておけるはずもない。
 敵を潰すにはいくつかの手がある。武力もその一つだが、資金源を絶つのも有効なやり方だ。だが曾頭全の正体が商売に長けた旅泰の結社ならばすぐに効果が出る方法はない。それらは徐々にやっていくとして、自ら直接手を下す戦い方は敵武器の排除と定めた。
 曾頭全がどのような計画を立てているにしろ、最終的には武力を行使するはず。泰拳士による肉弾戦もあり得るが、すべての者がそうではないだろう。剣や槍、そして銃砲を準備しているのに違いなかった。隠し持った飛空船や宝珠砲にも注意しなければならない。
 一週間後、春華王たる常春は放った諜報組織から情報を得た。諸侯とも取引がある武器を扱う大物の旅泰が曾頭全との繋がりを持っていることを。
 旅泰の屋号は『火樽』。
 常春は大量の武器が保存された火樽が所有する蔵十二棟を破壊しようと決意する。さっそく懇意の開拓者達と連絡をとるべくお忍びで朱春ギルドを訪ねるのだった。


■参加者一覧
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
中書令(ib9408
20歳・男・吟
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●戦いに備えて
 眼下には黒雲が広がり、地上はおそらく雨。超中型飛空船『春嵐号』は泰国中部の晴れた高空にあった。
 艦橋に殆ど全員が集まって旅泰・火樽の蔵十二棟破壊作戦の再確認が行われた。火樽は敵組織・曾頭全内の有力な一部である。
「最近、常春さんが逞しくなってきたと言うか、過激になってきた様な?」
 伊崎 紫音(ia1138)は淹れたばかりのお茶を常春に手渡す。
「自分でもそう思わないわけでもないんだ。ただこのまま曾頭全を放っておくことも出来ないし‥‥」
 積極的するつもりはないと常春は苦笑いをする。
「火樽と呼ばれる旅泰が所有する蔵の破壊か‥‥。また、溜め込んだものだな‥‥」
 朱華(ib1944)は常春が持ち込んだ資料に目を通す。刀、槍、弓、それと銃砲に爆薬も含まれている。車輪付きの宝珠砲まで記載。戦争の用意としか思えない品目がぎっしりと書き込まれていたのである。
「食料が別の敷地内に保管されているのが残念ですね。あれば現地の品も活用したのですが。でもしっかりと用意して来ましたから問題なしです」
「できるだけ邪魔する敵戦力は事前に無力化します」
 ライ・ネック(ib5781)と中書令(ib9408)は常春から許可をとって泰国朱春で袋詰めの小麦粉を大量に購入していた。隠れ家までの移動用飛空船を経由して春嵐号へと積み込まれている。すべては作戦の一環だ。
「それにしても火樽って、いかにも危ないことしてそうな名前にゃ。悪いコトする前にとっちめないとっ。ね、常春くん」
 主操縦席のパラーリア・ゲラー(ia9712)は操縦しながら元気いっぱいである。隣の予備座席では猫又・ぬこにゃんが丸まって寝ていた。
「地上では白兵戦が考えられるからな。きっと関脇の出番があるだろう」
 松戸 暗(ic0068)は自分の足下で礼儀正しくお座りをしている忍犬・関脇に視線をやる。
 戦いは空と陸からの両面展開である。
 空での戦いでは龍の活躍が望まれた。春嵐号もこちらに含まれるだろう。
 但し、敵の航空戦力が未知数のために攻守のどちらかを選ぶかは現場の判断が求められる。優先すべきは蔵の破壊で間違いないのだが。
 陸戦における隠密や陽動については猫又や忍犬達の期待が大きかった。突撃に適したアーマーも用意されている。
「警備の人数も多いし、闇雲に攻めるだけじゃ危険なんだから‥ここはニンジャにお任せなのです♪」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は事前の隠密調査を常春に申し出た。
「そうだね‥‥作戦の決行は夜だから昼間にお願いするね」
 常春はルンルン、ライ、松戸暗のシノビ三名に蔵十二棟の敷地を囲う外縁の警備状況の調査を願った。ルンルンは自らをニンジャと呼ぶのがお約束だ。
 敷地内の見取り図はすでに手中にあるので最終的な確認さえ出来ればよい。
 火樽の敷地から五キロメートル離れた雑木林に春嵐号は着陸する。
 雨が降りしきる中、三名のシノビが斥候開始。二時間後に戻って常春へと報告。まとめたものが全員に開示される。
 やがて夜の帳が降りる。その頃には雨は止んでいたが、頭上を覆う厚い雲は変わらなかった。

●空からの攻撃
 月や星も見えない暗闇の夜。戦いの火蓋は春嵐号の宝珠砲四基による斉射で切って落とされた。
 宝珠砲から放たれた砲弾によって周囲の空気が震える。狙うのに火樽の敷地内で焚かれている篝火はちょうどよい的となる。
 とはいえ暗闇の飛行は距離感が狂うので操縦する常春は慎重に事を運んだ。夜間の低空飛行は危険行為に他ならないが、有効な手だてはこれが一番だったのである。
 空中停止での砲撃は命中率こそ高まるものの敵に狙われやすい。火樽側の反撃を想定して一撃離脱的な対地戦法がとられていた。
 砲撃音に続いて蔵の屋根瓦が吹き飛ぶ音が返ってくる。春嵐号は急旋回にて反転し、二斉射目の火を噴いた。
「もう少し粘ります」
 春嵐号・主操縦席の常春は指揮も担う。宝珠の出力制御関連は飛鳥親子が。宝珠砲については出撃するまで飛行班が砲手を担当する。
 シノビ三名による調査で敵敷地内に飛空船二隻が確認されていた。出来ることなら着陸中に叩きたかったが暗闇のせいで難しい。
 蔵へと命中した宝珠砲の砲弾も狙ったのではなく、たまたま当たったといった方が正しい。それほどに移動しながらの砲撃は難しいものといえた。
 二斉射目も浴びせて春嵐号が反転している最中、火樽の敷地内で移動する光を複数発見。それが火樽側の飛空船に取り付けられた照明用の宝珠だとわかるのに時間はかからなかった。敵飛空船二隻が離陸したのである。
 暗闇での空中戦において宝珠砲は余程接近しない限り命中させるのは困難といえた。
「飛行班のみなさん、地上砲撃は三斉射目で終了です。その後は各自の朋友で出撃をお願いします。春嵐号は囮となって敵飛空船二隻を火樽の敷地から遠ざけるつもりです。おそらく火樽側はたった一隻の襲撃と私たちを侮っていることでしょう。そこに勝機があります。一騎当千のみなさんの力に期待します」
 伝声管にて常春が指示を出した。
 迫る敵飛空船二隻を警戒しながらも春嵐号は火樽の敷地上空を通過。同時に宝珠砲三斉射目が放たれた。
 その直後、伊崎紫音、中書令は朋友の元へと駆ける。甲板で待機させていた者、船倉内に隠れさせていた者など様々であったが、次々と暗闇の空中へと飛び立ってゆく。朱華だけは砲手として春嵐号に残ってくれた。
 春嵐号は常春と飛鳥親子、朱華の力で飛行継続。敵飛空船二隻を引きつけながら遠くの闇へと紛れてゆく。
 幸いなことに敵戦力に龍やグライダーは存在しなかった。空で注意すべきは銃や弓の遠隔攻撃のみ。それすらも暗闇に紛れられるおかげで当たる気配すらない。
 春嵐号からの対地攻撃の印象によって、この時の火樽側の警戒意識はすべて上空へと向けられる。飛行班がそれを受ける羽目となるが計算のうちである。
 火樽の敷地外縁で待機していた地上班が動き出すのだった。

●敷地内の蔵十二棟
 飛び去った春嵐号による砲撃によって蔵一棟は炎に包まれた。榴弾の炸裂にて蔵内の火炎物に引火したのだと思われる。
 常春と開拓者達は事前に各蔵へと数字を振っていた。
 炎に包まれたのは蔵・肆。火樽の警備兵達は懸命に消火しようとしていたが、早くも手遅れの状態である。
 兵器は金属と厚めの木材で造られているので普通なら燃えにくいもの。だが木箱に仕舞われており、なおかつ錆びないよう油紙に包まれていたのが火樽側にとっての不幸であり、常春側の幸福といえた。
 七名の開拓者はまず一人一棟の破壊を目標とした。一棟は延焼中。残る四棟はその後の判断だ。
 地上班の四名はアーマー・X2ーG『影忍』に搭乗したルンルンを先頭にして敷地内へと踏み込もうとしていた。振り回したドリルと鎖鉄球で厚い門をぶち破り、突入に成功する。
「ルンルン忍法、機忍ハイパーハンマーなんだから! 曾頭全の野望は、正義のニンジャが粉砕です!」
 ルンルンは後方の仲間達の盾になるよう火樽の銃撃や矢は敢えて避けずにアーマー・影忍を真っ直ぐに突き進ませる。自分が担当する蔵に到達するまでに通りすがった蔵の壁を破壊していった。鉄球をぶち当て、ドリルを突き立てて破片を浴びる。仲間達が蔵の中へ進入しやすくするために。
「これって‥‥」
 ルンルンは蔵・捌へと到達。一目見て他の蔵と違う雰囲気を感じ取る。大きく振り回したハイパーハンマーで叩いても壁にわずかな亀裂が入っただけだ。
 敵銃士達の銃撃を浴びながらも近づいて確認する。土塀の中に組まれていた筋交いは竹でなく鉄の棒であった。
 深呼吸をしたルンルンは壁の少し上の部分に小さな土蔵窓を発見した。あれならばと鉄球部分を叩きつける。
「どんな壁だって、この鉄球で貫くのみ‥‥更に、地上の花火大会なんだからっ!」
 三度目の打撃で窓を貫いて押し広げる。壁をよじ登り、穴に機体を引っかけるようにしてからルンルンはアーマー・影忍から離脱。蔵・捌の中へと飛び降りた。
 梁を足場にして高みから油を撒き散らして火を点ける。あれよあれよという間に火の手は広がった。
 火樽の兵達が蔵の中に入ってきたときにはすでに手遅れ。ルンルンはアーマー・影忍へと戻り、再起動をかけて脱出するのであった。

 火樽の敷地内への突入後、パラーリアは担当の蔵・弐を壊す前に敵の霍乱を狙った。
(「この道は人通りがはげしいのにゃ‥‥」)
 埋伏りで茂みと同化して火樽の兵達をやり過ごす。小柄な猫又・ぬこにゃんも岩の後ろに隠れて側にいた。
 パラーリアが指を曲げて合図を出す。するとぬこにゃんは猫心眼で周囲の敵を視認してくれた。爪で地面に簡易な地図を描いて敵の位置を指し示す。
 機会をはかったパラーリアは埋伏りを解いて『戦弓「夏侯妙才」』を構える。間髪入れず、火樽の銃士兵達に用意してきた煙玉付きの矢をお見舞いした。
 ただでさえ暗いというのに煙に巻かれたのならもう何も見えない。火樽の銃士兵達は自分がどこに立っているのかさえわからなくなった。
 パラーリアは十数メートル先に建っていた櫓の上にいる敵兵三人を冷静に射て倒す。月涙を使えば間に柱などの障害物があっても関係がなかった。即座に櫓へと登る。
 高みから煙の中へとガドリングボウを撃ち込む。
 ぬこにゃんが肉球の右手で指したところに敵兵は存在した。パラーリアは反撃を受ける前に敵兵を次々と仕留めてゆく。
 やがてパラーリアとぬこにゃんは櫓から約二十メートル先の蔵・弐を目指した。途中であった敵は弓兵二人のみ。ガドリングボウで片づけて蔵・弐へと近寄る。
 ルンルンが駆鎧の攻撃で空けてくれた土塀の穴があり、そこからぬこにゃんを潜入させた。パラーリアは脱出口となる穴を守るために近くで埋伏りにて隠れる。
 ぬこにゃんは積まれた兵器が詰まる木箱の山の一番上へと駆け上った。そしてパラーリアからもらった火薬入りの小袋を置く。次に倒した兵が持っていた行灯を転がすと一目散に逃げ出す。木箱の山は炎に包まれて瞬く間に広がってゆく。
 パラーリアとぬこにゃんはしばらく留まって火の手が完全に回るのを確認。そして敵兵を倒しながらまだ手つかずの蔵まで駆けるのだった。

 伊崎紫音が炎龍・紫で火樽の敷地内に降りようとしていたとき、敵銃兵達は春嵐号を目で追っていた。
「ん? あああっ! みんな、後ろを見ろ!」
 敵銃兵達が龍騎の伊崎紫音に気づいたのは間近に迫ってからだ。地上の道から数メートルの超低空飛行で建物の隙間から敵銃兵が屯っていた場所へと接近したのである。
 敵銃兵の列に紫が龍蹴りを放った。立ち上る土煙の中、敵達が散り散りになる。
 周囲で響いた銃声は一発のみ。視界が悪く敵味方の区別がつかない状況での発砲は命取り。同士撃ちになりやすいからだ。
 伊崎紫音は紫にそのまま暴れるよう指示。自らは龍の背中から飛び降りて『殲刀「朱天」』を構えた。
 敵に接近し、巫女袴を舞わせながら打倒。巫女の姿だが伊崎紫音はサムライだ。次々と地面へ這い蹲らせる。
 敵兵達を戦闘不能にさせた伊崎紫音は銃を川へと捨ててから蔵・参の破壊に手をかけた。
 空いていた穴から蔵・参の中を覗き込む。銃砲用の火薬や爆弾が多く保管されていた。
「爆発とかに巻き込まれたら、大変ですよね。紫、お願いです」
 伊崎紫音は龍騎したまま目標物の射程ギリギリまで下がった。そして伊崎紫音の指示で紫の爆炎咆が穴へと放たれる。
 火球が蔵・参に吸い込まれたのと同時にその場を離脱。激しい爆発が起こった。
 次々と誘爆して真向かいの蔵・禄にも飛び火する。こちらも火薬類が保管されていたようで引火して大爆発を起こす。
 過激な事態に驚きながら、伊崎紫音は紫の背から炎に包まれる景色を見下ろすのだった。

 闇に紛れた手裏剣が敵銃士の背中へと突き刺さる。
 相方が倒れてようやく気がついた敵銃士二人組の片割れが銃を構えて振り回したが時すでに遅し。背後から忍び寄った大型犬によって気絶させられた。
「蔵はもうすぐだ。急ぐぞ、関脇」
 松戸暗は忍犬・関脇と共に闇夜を駆ける。
 篝火、または仲間の手による爆発や炎上のおかげで明るい一角もあったが、そうでない場所も多く存在する。炎上の様子を眺め続ければ夜目は効きにくくなるもの。敵は驚きと恐怖のあまり、その愚をおかしていた。
 松戸暗が向かった先は蔵・拾弐。警備していた敵兵は三人。本来ならばもっといたと思われるが、出火した蔵への消火に出払ったようだ。
 持ち場を離れるのは愚かな行為と思いながら、松戸暗は恵まれた機会を得たと指を舐めて頭上にかざす。風が吹く方角を確かめて蔵・拾弐の風上へと移動した。
 警備は三名とはいえ蔵・拾弐を周回している。むやみに付け火をしようとすれば邪魔されるに違いなかった。
「関脇、頼んだぞ」
 そう呟いてから松戸暗は土塀をよじ登って土蔵窓まで辿り着いた。とても小さな穴で通り抜けられなかったものの、腕を伸ばして持ってきた袋から火薬をばらまいた。さらに瓢箪水筒の栓を抜いて油を垂らす。
(「まずいな」)
 松戸暗は蔵・拾弐に隣接する道角に提灯らしき灯りが見えて焦る。油を染みこませた紙に火打ち石で火をつけようとしていた最中であったからだ。
 主人の考えを読みとったのか関脇が道をかけて見回りの警備兵二人に襲いかかる。その間に松戸暗は火の点いた紙を蔵・拾弐の中へ落とした。一枚では点くか不安なので合計五枚を投げ込んだ。
 用事が済んだ松戸暗は地面へと飛び降りて関脇を加勢する。手裏剣で敵を威嚇しながら接近戦へと持ち込む。暗器の仕込煙管の刃をもってして敵一人を倒す。もう一人の敵は関脇に腕と足を噛まれて道にうずくまる。
 敵から武器類を取り上げて振り返ると蔵・拾弐から火の手があがっていた。

 中書令は駿龍・陸を上空で旋回させて一所に留まり、敵にわざと姿を晒す。
 かなりの敵銃士達が眼下に集まった。耳を傾けず撃ってくるも者もいたが構わずに大声で呼びかける。
「これから小麦粉を散布します。その状態で撃つと宙で燃え広がって、爆発に似た現象が起こります。炭坑で起こる爆発と同じ要領です。いずれにせよこちらには都合のいい状況ですが――」
 宣言通り、中書令は袋を切り裂いて細かい小麦粉をまき散らす。
 銃撃を躊躇う者ばかりではない。無視して撃った銃士のせいで小麦粉の煙幕に引火。一瞬のうちに伝わって巨大な炎が膨らんだ。ただ中書令がわざと敵の中心部からずらして撒いたので炎に包まれたのは敵二人で済む。
「わかりましたか? 次にやったのならどうなるでしょうか」
 そういって中書令はありったけの小麦粉を上空から周囲にばらまいた。今度は手加減無しの本気である。
「この野郎!」
「よせ!」
 それでも血が上って撃とうとする敵銃士がいたものの、さすがに仲間の止めが入った。
 その間に中書令は煙る敵のど真ん中へと着地。手にした『琵琶「青山」』を弾く。
 奏でたのは夜の子守唄。
 二度繰り返して眠らせた間に全員の銃を取り上げて川へと捨ててしまう。こうなれば敵は赤子も同然である。
 その後、中書令は担当の蔵・壱へと向かった。空いていた穴に持ってきたヴォトカを何本か投げ込み、旋回して陸に火炎を命じる。
 大きく開かれた陸の口から吐き出された炎が蔵・壱の壁面を赤く染めた。炎は穴を通じて蔵内部まで到達し、ヴォトカに濡れた木箱へと着火する。
 中書令は消火不可能な状況になるまで上空から見守ってから陸と共に次の蔵へと向かうのだった。

 ライもまた中書令と同じく小麦粉を活用した一人である。忍犬・ルプスと共に敷地外縁から小麦粉を運び込んでから事に及んだ。
「銃を撃てば炎に包まれます。死にたくなければ撃たないことです」
 蔵の屋根から小麦粉を敵兵達へと振りかける。危険を告げたのにも関わらず、粗忽者が銃撃して炎に包まれることが二回発生した。
 その後は懲りて銃撃する者はいなくなったものの、代わりに敵弓士が前面に出てくる。それでも分はまだまだライにあった。
「奴らはどこへ?」
「ぐっ!」
 闇夜と煙幕の効果は絶大で敵は目隠しされたのと同じである。ライは超越聴覚、ルプスは超越嗅覚で互いを補完しあいながら敵を察知して次々と倒してゆく。
「何だこの音は!」
 さらにルプスの咆哮烈が非常に役に立った。その激しい音波はルプス正面の敵兵達の戦意を一気にすり減らす。
 敵が畏れた隙にライが鑽針釘で戦闘不能に陥らせる。敵数を減らしたところでライは蔵・漆の壁へと背中を這わせた。
「この程度ならすぐにでも。ルプス、援護をお願いします」
 蔵・漆の造りは特別でルンルンの駆鎧による攻撃でもわずかに壁が崩れた程度である。そこでライは忍眼を活用して蔵扉の開錠に取りかかった。
 飛んでくる矢をルプスが跳ねて噛み折る。敵兵が射程に入れば咆哮烈で押し返した。
「そこを死守してください。すぐに戻ります」
 ライは錠前を外して蔵の中へと突入。待ち伏せていた敵兵達を焙烙玉で排除する。扉をルプスが守ってくれている間にヴォトカを武器が詰まった木箱へとかけて火を放つ。
 瞬く間に蔵全体へと炎が燃え広がる。ライとルプスは一緒に蔵・漆から遠く離れるのだった。

●脱出
 春嵐号は空中戦で敵飛空船二隻を墜落させるのに成功。一隻は朱華の砲撃によるもの、もう一隻は山の断崖へと誘い込んで勝利を得た。すぐさま火樽の敷地上空へと戻る。
「ではいってくる」
『お気をつけて』
 朱華は常春と伝声管でやり取りすると甲龍・梅桃で甲板から飛び立った。
 火樽の敷地上空を飛びながら焙烙玉を投下。火災で右往左往している敵兵達にさらなる混乱をもたらす。
 やがてまだ手つかずであった蔵・拾壱を発見して屋根へと降り立った。
 この時点で先行の開拓者達は協力しあって担当の蔵の他に蔵・伍、蔵・玖、蔵・拾の破壊に成功したばかり。朱華がいる蔵・拾壱が最後となっていた。
 朱華は梅桃の背中に乗って外壁の周囲を飛んで回る。土蔵窓を見つけて飛び移った。幸いなことに大きめな枠のおかげで朱華でも通り抜けられる。
(「灯りがある。待機している奴らがいるな‥‥」)
 降りる前に朱華は耳をそばだてながら蔵・拾壱の内部を窺う。敵兵は全部で四名を数える。
「ここだけは死守しなければ親方に申し訳が‥‥なんだこれは?」
「それはっ‥‥」
 朱華が投げた焙烙玉が爆発して敵兵二人が吹き飛んだ。
「全員とはいかなかったか」
 一階床へと飛び降りた朱華は残る敵兵二名を雷電を帯びた二刀であっという間に始末する。それから蔵の内部を探った。
「火薬が詰まった箱とかがあればいいんだが‥‥。あのたくさんの樽は?」
 朱華は積まれていた樽の一つを蹴り倒す。すると蓋が外れて大量の火薬が床に零れた。
「これは注意が必要だな‥‥」
 不用意に火を点けたのなら自分の身も危ない。そこで敵兵が持っていた提灯を利用することに。
「今からこの蔵を爆発させる。もし近くにいたら急いで離れてくれ!」
 龍騎した朱華は仲間達に大声で注意を促すと土蔵窓へと提灯を放り込んだ。そして梅桃を全力で急上昇させる。
 十秒後、蔵・拾壱は大爆発。眩しいほどの光で火樽の敷地は包まれる。
 火樽の敷地から離れたところに着陸した春嵐号に全員が帰還。大した怪我もなく作戦は成功する。
「じゃんじゃじゃ〜ん♪」
「すごい出来だね。チョコレートで出来ているのか」
 落ち着いたところでパラーリアが手作りのケーキを披露。作戦の成功を祝ってみんなで頂いた。
 開拓者が消費した品は常春が補充する。事件そのものは空賊の襲撃として片づけられるのであった。