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■オープニング本文 その日、開拓者ギルドを訪れたのは長袍に身を包んだ三十路過ぎの交易商人『旅泰』であった。 「先頃、理穴では緑茂の戦いにおいて魔の森の侵攻を退けたと聞いております。しばらく様子をみましたが、どうやら完全に落ち着いている様子。今こそ動きだすべきだと判断しまして、こうして頼みにまいった次第――」 ギルドの受付を前にして旅泰の大環は開拓者に植物の収集を手伝ってもらいたいと語り始める。 理穴産の作物は育ちや味がとてもよいと評判だ。そこに大環は目を付けていた。 「せっかくの優れた品種が魔の森に呑み込まれようとしている。いや、それを防いだのは先程の通り知っております。だがいつかまた魔の森の拡大が起こるやも知れません。備えあれば憂いなし。種や苗、接ぎ木用の枝などを収集して、他の土地で育ててみようと考えています。その為には開拓者の力が必要なのです」 開拓者に魔の森周辺での行動を共にしてもらいたいと大環は説明する。状況が落ち着いたとはいえ、いつアヤカシが出没してもおかしくはなかったからだ。 「もしも理穴の素晴らしい作物となるべき植物が人知れず消えてしまったのなら、これは大きな損失。わたしは旅泰ゆえに儲け話が大好きですが、それだけではないのです。売った人、運んだ人、買った人。全員が益を得てこその商売ですので」 大環は受付に礼をする。 依頼はまとめられ、さっそく募集にかけられるのであった。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
イワン・リトヴァク(ia9514)
28歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●出発 神楽の都から飛空船が飛び立ってからすでに数刻。 船内では捜索の相談が行われて組分けが終わる。 「効率を重視の採集には賛成です。とりあえず、倉庫などに保存されてる種を探しましょう」 イワン・リトヴァク(ia9514)は今回の相棒となる菊池 志郎(ia5584)の元へ近づいた。 「失われたものは取り戻せません。優れた品種が消える前に保護しないと」 菊池志郎は依頼主である大環が用意してくれた道具類を確認する。これから向かう先には雪が降り積もっているという。雪対策は必須であった。 「種の採取は勿論、アヤカシ等の邪魔立てにも注意しよう。冬場の外仕事は身体にこたえるからな」 「集めるのは主に食べられるものですね。バーンと! 集めてきますよー」 緋桜丸(ia0026)と斑鳩(ia1002)の組はさらに細かい相談を進めた。他の仲間達も含めて、無人の場合に置いてゆく代金はすでに大環から預かっている。いくらうち捨てらているものとはいえ、つい最近まで持ち主がいた品だ。そのまま持ち去っては心苦しい。泥棒はしないというのが大環の信条のようだ。 「さぁて、良いものぉが見つかるといいねぇ♪ 何してるんだい? 竜哉」 「ま、やれる手はやっとおかないとな。ちょっと足を確認させてくれ」 床に腰を降ろした竜哉(ia8037)は椅子に座っていた犬神・彼方(ia0218)の足をひょいと持ち上げる。さっそく藁を編み、かんじきを作り始めた。 「どんな植物とれるかな〜」 座席の背もたれに深く沈みながら、音程がずれた鼻歌を唄っていたのはそよぎ(ia9210)。 「いそぐ! いそぐ! もっと びゅー とぶ!」 そよぎの相棒となるロウザ(ia1065)は大環の前で懸命に手足を動かしてパフォーマンスを繰り広げていた。どうやら飛空船になったつもりで大環の回りをグルグルと飛んでいる。 「そういわれましても‥‥。そ、そうでした。おにぎりを持ってきたんです。一緒に食べませんか? もちろん皆さんの分もありますので」 困った表情を浮かべた大環は早めの昼食にした。お茶を沸かし、持ち込んだおにぎりを乗船者全員に配って頂く。 「現地は寒いのでお気をつけて。日が暮れる頃までには必ず飛空船の場所まで戻るようにお願いしますね」 大環は食べながらいくつかの注意点を開拓者達に伝えるのであった。 ●理穴、魔の森周辺 数日後、大環の飛空船は魔の森付近の平地を探して着陸する。 雪降り積もる大地に開拓者達は足を降ろす。 緊急の連絡方法として笛が用いられる事となる。 開拓者達は事前に決めてあった二人組になりながらも、大まかには一緒に行動するのだった。 ●緋桜丸と斑鳩 「まずは種を探しだそう。ただ俺は詳しくないのでどれを持ち帰るかの判断は任すからな」 白い息を吐きながら緋桜丸は隣を歩く斑鳩に声をかける。 「このまま置き去りでは折角の植物が台無しですからね」 顔に吹き付ける雪風を避けるように斑鳩は顔を伏せるように歩いていた。 二人は足に履いたカンジキで沈む雪上を歩き、手に握った縄でソリを引っ張る。荒れ果てた集落の中、すでに他の組とは別行動だ。 「誰かいるか!」 「いますー?」 道の両側に並ぶ壊れた建物に向かって二人は声をあげるが誰からの返事もない。どの家からも人がいる気配は感じられなかった。 アヤカシの襲撃があったというよりも急いで逃げ出した様子が窺える。建物の破損した部分はその際に焦って壊したか、もしくは積雪によるものだろう。 二人は穀倉を見つけて中に入った。中は暗いので束ねた枯れ枝に火をつけて松明代わりにする。 「たくさん残っているな。これは‥‥食えるやつかな‥?」 緋桜丸はいくつかの麻袋を開けて中を覗き込んだ。手を差し込んでみるとたくさんの粒が拾える。何の作物かはわからないが、麻袋には種が詰まっていた。 穀倉は高床式になっており、鼠などの動物が入れないように工夫されていた。登る為の階段が外されていたのも幸運の一つだ。 「おそらくこれは白菜の種でしょうね。こちらは南瓜のはずです」 勘も混じっていたが、斑鳩が種の種類を言い当てる。 一種類にこだわるよりも多くの品種の持ち帰りを心がけた。小袋ごとに入れて、何の種かがわかるように墨で文字を書いた札をぶら下げておく。 わかりやすいところにお金が入った革袋を穀倉に残し、緋桜丸と斑鳩は仲間達と共に集落跡を立ち去る。そしてアヤカシと接触する事なく、多くの種を飛空船まで持ち帰るのだった。 ●犬神と竜哉 現地に着いてからの二日目は飛空船で一時間程、北に移動してからの探索となる。 「染物の原料に使いそうな物なぁら倉とかの方があるかぁね。それに村だとしても一軒ぐれぇは店がありそぉだぁね」 「染料関係‥‥っと。そーすっと一般的には茜に藍にウコンに紅花とムラサキって所か」 焼けた跡の残る無惨な町を歩きながら犬神と竜哉は辺りを見回す。 全焼したわけではなく、燃えたのは一部のみのようだ。ただ、今は雪で多くが隠されているが戦いの跡は所々で見て取れる。おそらくはアヤカシに襲われたのであろう。 染物屋を見つけ、裏手に回ると作業場だったと思われる小屋があった。 戸の前の雪を退けて小屋に入ると道具類が静かに眠っている。探してみるがここに植物の類はない。瓶の中に変色した染料が残っていただけだ。 何か無いかと探すと竜哉が帳簿を発見する。そこには染料の素材を納品する問屋の名が綴られてあった。 二人は小屋を出て道沿いを歩いて軒下にぶら下がる看板を眺める。しばらくして問屋を見つけて奥の蔵に立ち入る。 「ちょいと探してこようかねぇ」 犬神は人魂で自らの意識を小さなネズミにして倉内に積まれた荷物の隙間へと入り込む。 「そうそう、調べるときには注意をね。直接触れないように気をつけたほうがいいかもよ? 漆とか触れればかぶれる類のものもあるかもしれんしね」 竜哉は犬神に言葉をかけてから周囲の品々をひっくり返し始めた。 二人はいくつかの種子が入った麻袋を発見して大切にしまう。 ついでに帳簿に書かれてあった近くの畑にも行ってみた。 「ここにアカネが咲くようだねぇ。帳簿によればぁ、畑というよりも自生を助けている感じだぁね」 「アカネは根を煮て、あの茜色を取りだすらしいな」 包んであった布を掌の上で広げてアカネの根を竜哉は眺める。布も根も倉に残っていたものだ。 わずかに雲が切れて、夕日が雪景色を赤く染める。 「この夕日の色を写し取ったのが、この茜色だろうねぇ」 犬神が竜哉が持つ布を眺める。むらがあって放置されていたのだろうが、確かに茜色へと染められていた。 「そうだな。そうならないように願うが、もしもこの村跡が魔の森に呑み込まれても、この茜色は天儀本島のどこかで残るだろう。きっと」 竜哉が根をのせたまま布を夕日に向かった持ち上げる。 その直後、危険を報せる仲間からの笛の音が二人の耳元に届く。脱出した後で接触した仲間から教えてもらうが、骸骨姿のアヤカシ『狂骨』が出たようだ。 戦いは極力避けて即座に全員が飛空船のところまで戻る。 町を襲ったのも群れを成した『狂骨』に違いないと、飛空船で移動しながら開拓者達は話すのだった。 ●ロウザとそよぎ 飛空船による上空から森の中の集落を発見した時もある。 平地を探して着陸をし、開拓者達が探しに向かう。 寒くはあったものの雪はわずかにしか積もっていなかった。ただ魔の森に非常に近いこともあって、アヤカシには充分な注意が必要であった。 「わはは! ろうざ ぷらんと はんたー! がう!」 「どんな植物とれるかな〜」 張り切るロウザはそよぎの手を引いて一番乗りで集落内に入る。 森の一部は切り開かれて果樹園になっていた。今は何も実をつけずに枯れ木のように見えるが、温暖になってくれば葉が茂ってつぼみをつけるはずだ。 「ねーねー、これは何の木なのー?」 「これ なし! ぜんぶ なし!」 そよぎが木の幹を触りながらロウザに訊ねる。 まずは一番丈夫そうな木を探して接ぎ木用の枝を採集する。だがロウザがそわそわしていることにそよぎは気がついた。 「そよぎ いくぞ!」 今度は集落の真ん中へと向かってロウザは走り出す。やはりそよぎの手を引いて。 「そよぎ みる! りっぱな き! すごい‥」 「ほんとだね〜」 ロウザとそよぎはしばらく太い幹をした大木を見上げる。この木も梨であったが、他のものとは比べものにならない程の大きさだ。 「これ かほーしゅ!」 「ロウザさんかほーしゅを探してるの? かほーしゅっておいしい?」 「いえ の たから! だいじ!」 「大事なんだ。それなら持って帰らないとね」 さっそく梨から接ぎ木用の枝を手に入れる。濡れた布で包むとロウザは枝に声をかける。 「おまえたち およめさん なる! あたらしい とちで いのち うむ!」 「どこかでまたおいしい梨の実をならせてね」 ロウザとそよぎは枝に声をかけた後で顔を見合わせて頷き合う。 そして梨の大木に別れを告げて仲間達と合流した。帰り道、遠くにアヤカシを発見するが早々に立ち去る。 飛空船に戻ってもロウザはしばらくの間、「よしよし♪」と赤ん坊をあやすように枝を包んだ布を抱え続けた。 「え、これって珍しいものだったんだ。持ってきてよかったー」 そよぎもロウザと一緒に梨の話題に花を咲かせるのだった。 ●菊池志郎とイワン 最後に立ち寄った町でも菊池志郎とイワンは組になって探索を続けた。 これまでにもたくさんの種などを見つけてきた二人だが、最後にもう一押しの植物がないかとくまなく家屋の中まで入る。 「これはたくさんの玉葱ですね。横の箱に入っているのが玉葱の種のようです」 菊池志郎が土間の棚を探った。 「こちらにはたくさんの種があります。何の種かは袋に書いていないのでわかりませんが、一掴みずつ頂いてゆきましょう。‥‥これはさすがにわかります。西瓜の種を見つけました」 イワンもまた種子を見つける。 二人は持ってきた小袋へと種子を分けて入れてゆく。 (「失われたものは取り戻せません‥‥」) 大環の考えに賛同して菊池志郎はこの依頼に参加していた。 緊急の事態でこの地を去らざるを得なくなった住民達。さぞ無念であったのだろうと菊池志郎は想像する。この地の作物が他国であっても育てられている事実を知れば、おそらくは心も慰められるはずと考える。 この種がさらに掛け合わされてよりよい品種となり、厳しい条件の土地でも充分な収穫が得られるようになればと菊池志郎は思いを馳せていた。 「ここでよいでしょう」 イワンは二階の部屋にあった机の上にお金の入った小袋を置いてゆく。紙切れにも種子の代金としてと記しておいた。 (「あれは‥‥」) イワンは壊れた戸の隙間から外を眺めると怪しい存在を発見する。 どう見ても仲間ではない。この界隈で徘徊するアヤカシ『狂骨』に違いなかった。 即座に一階に降りたイワンは、苗を丁寧に包んでいた菊池志郎に状況を伝える。 早めに荷造りを終えて手に入れた種子などを袋に詰め込んで背負う。雪はわずかに積もっている程度で走るのには支障がなかった。 笛を鳴らすのはアヤカシに発見されてからでも充分に間に合う。仲間達がまったくの無防備だとは考えらない。そして採集の途中であれば、今鳴らすのは邪魔をしてしまう事になる。 あらかじめ決めておいた待ち合わせ場所と菊池志郎とイワンは走った。すると途中で笛の音が聞こえた。 アヤカシと接触した仲間がいる事を知った二人は全速で駆ける。 笛を鳴らしながら徐々に仲間達と合流し、待ち合わせ場所へ到着する前に全員が揃う。 一度だけ立ち止まり、追いかけてくる狂骨の群れを牽制する。 「これでどうです?」 菊池志郎が放った手裏剣が先頭の狂骨を転ばせる。 「そこに隠れていましたか」 物影に潜んでいた狂骨を炎をまとわせた剣で打ち払ったのはイワンだ。 「緋桜丸さん、少し待って下さいね」 斑鳩は神楽舞で緋桜丸の守りを強固にする。 「さくっと行こうぜ。さくっと!」 邪魔な狂骨をバトルアックスで粉砕するのは緋桜丸。 「しつこいのがいるよぉだぁね」 犬神の斬撃符が狂骨の足を切り裂く。 「がるるる! あやかし じゃまするな!」 木の上から飛び降りたロウザは、回転切りでアヤカシを退ける。 「怪我をしたら後ろに下がってくださいねー」 梅が描かれた赤い傘を回し、精霊力を高めながら神風恩寵の準備をしていたのはそよぎであった。 「こちらが近道らしいな」 竜哉は一番先頭を走って仲間を誘導する。 開拓者達は深入りをせずに狂骨を抑えながら町を出て真っ白な原を駆け抜けた。 「それに掴まって下さい!」 笛の音で状況を知った大環が飛空船に乗って飛んでくる。六本の縄。そして四隅に取り付けられた板が飛空船の船底からぶら下がっていた。 ソリに種などを積んでいた開拓者は板の上に飛び乗った。両手が自由になる開拓者は縄へと掴まる。 全員が掴まると飛空船は上昇した。追ってきた狂骨の群れは小さくなってゆき、やがて米粒程になるのだった。 ●そして 収集作業は終了し、帰りの船内では手に入れた植物の仕分けが行われた。 種子は三十二種類、苗は八種類、接ぎ木用の枝は十一種類の結果だとわかる。 「いくつかの農家の方に頼み、これらを育ててもらう予定です。きっとよい作物として育つでしょう。ありがとうございました」 神楽の都に到着しての去り際、大環が深くお礼をいう。 開拓者達は満足した表情で別れの挨拶を交わすのであった。 |