【未来】初夏の都〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/21 17:42



■オープニング本文

※注意
このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。
年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

このシナリオではPCの子孫やその他縁者を登場させることはできません。


 神楽の都に満腹屋弐号店ができて三年の月日が流れた。
 この間に様々なことが起こる。
 大商人が真向かいに競合店をぶつけてきたときもあった。大変だったが智塚光奈はへこたれずに乗り切る。今では都で知らぬ者はいない食事処に成長していた。
「よくここまで来られたものなのですよ‥‥」
 五月下旬。光奈は感慨深く中庭を眺める。
 オリーブの枝に白い花が咲く。梅の木には青い実がなっていた。
(「ここら辺でみんなに感謝の気持ちを表したいのです」)
 二週先の水曜定休日に、従業員やこれまで世話になった方々を招いて三周年を祝おうと考える。調理は開店初期の顔ぶれが本気をだせば何とかなるだろう。ちなみに従業員はあれから三名ほど増えていた。
 まずは店の関係者全員に伝えて、その後手紙や風信器で友人知人と連絡をとる。
「よしっ! みんなに楽しんでもらうのですよ〜♪」
「そ、そうだな」
「あれ、銀政さんどうかしたのです? 顔赤いのですよ。もしかして体調悪いのですか?」
「そんなことねぇぞ。あっ! 今日の氷作り忘れてたぜ」
 光奈の心配を余所にして銀政は階段を駆け下りた。
 実は銀政、以前とは違って光奈に惚れている。半年前に酷い風邪をひいた際、看病してもらったときから意識するようになっていた。
「こんなに臆病になったのは初めてだな‥‥」
 銀政が氷霊結で木桶に汲んだ水を凍らせる。
 そうこうするうちに二週間が経過。暮れなずむ頃には懐かしい顔が続々と集まりだしていた。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
火麗(ic0614
24歳・女・サ
紫上 真琴(ic0628
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●もうすぐ
「ありがとうございましたぁ〜♪」
 満腹屋弐号店では今日も元気な声が飛び交う。
 三日後に控えている水曜定休日はいつもと違う特別な日である。弐号店の三周年を記念して祝いの席が用意されるからだ。そのための仕込みは順調に進んでいる。
「礼野さん、ちょっと来て下さいな〜♪」
「は〜い。光ちゃんとしらさぎ、しばらくお願いね」
 礼野 真夢紀(ia1144)が店長の智塚光奈に呼ばれて奥の勘定部屋へと向かう。部屋の目立つところに桐の箱が置かれていた。
「一週間前に注文を決めた例のアレ。ついさっき届けられたのです☆」
「光ちゃんとしらさぎったら、ことあるごとに話題にするぐらい未練を感じてましたからね。もの凄く喜びます」
 光奈が開けた桐箱の中を礼野が覗き込んだ。仕舞われていたのは、以前没になった満腹屋弐号店用の真っ赤なジルベリア騎士風制服である。
 すでに一着存在するのだが、三年も経てば色合いに微妙な変化が生じていてもおかしくはない。そこで新たに二着仕立ててもらった。ところがである。
「じゃんじゃ、じゃ〜んっ♪」
「光奈さん、その桐箱の中身ももしかして?」
 礼野は光奈から光としらさぎ用の二着のみと聞かされていたのだが、それだけでは留まらなかった。光奈は全員分の騎士風制服を発注していたのである。
「せっかくですしね〜♪ 男性用はスカートではなくて、すらっとしたズボンなのですよ〜♪ 格好良さを追求するなら女性がこっちを纏ってもいいかも☆」
 光奈の説明を聞きながら礼野は自分の身体に合いそうな一着を手に取った。
「もうすぐ暑くなるので、本格的に着られるのは秋以降になりそうなのです☆ その前に身内だけでのお披露目するのですよ〜♪」
 光奈が試着するというので礼野もつき合うことにした。
「おー、なかなかなのです☆」
「少し恥ずかしいけど。光奈さん、似合っていますね。やっぱりクリスマスとかジルべリア料理フェアとかにぴったりぽいです」
 光奈と礼野が大きな鏡の前で制服姿を確かめる。すると廊下に繋がる扉からノックが耳に届く。
「仕入れのことで相談があるんだが」
「どうぞなのです☆」
 勘定部屋に入ってきたのは銀政だった。
「銀政さん、どうです? 私と礼野さんの制服姿なのです♪ 特別なフェアのときに着ようと思っているのですよ〜♪」
 光奈が礼野に寄り添うようにしてポーズをつける。
「あ、あのだな‥‥。えっと、後でまた来る!」
 銀政はものすごい勢いで扉が閉めて姿を消した。
(「銀政さん、ちょっと態度が変でしたね」)
 礼野が銀政の態度に首を傾げる。最初は単に驚いただけと思ったが、それにしては大げさすぎるからだ。
 店仕舞いの後、礼野はしらさぎを連れて氷室に併設されている地下の食料庫へ。仕込んだ夏用のシロップを確かめるために壺を順番に開けていく。
「梅の実のシロップはこれで大丈夫。実家から持ってきた甘夏のマーマレードと甘夏果汁シロップも充分ですね」
『お肉、持っていく? 豚の角煮、鳥手羽の御酢煮、つくるの。森介さんたちくるでしょ?』
「そうね。でも明日か明後日がいいかな。鰹・鰆・眼張に鯵‥‥鯵‥‥、今晩は南蛮漬けを作っておこうか。野菜と一緒に煮て、当日までここで寝かせておけば味が馴染むだろうし」
『わかった。お魚の箱を板場までもっていくね』
 礼野としらさぎが板場に戻ると光が待っていた。お喋りをしながら三人で南蛮漬けを作る。
『制服、楽しみ』
『真夢紀のもあるって。光奈さんときたみたい』
 しらさぎと光の会話は騎士風制服のことで持ちきりだった。
「ケーキのスポンジは風信器を使って鏡子さんに頼んであるから大丈夫。明日ぐらいにピザ屋さんのボーノで焼いて、当日持ってきてくれる約束だし。明日はお肉料理の他に光ちゃんが好きなプリンでも作ろうかな?」
 ケーキの飾り付けはおそらく調理の締めとなる。その他の料理がそれまでに全部仕上がるよう調理手順を逆算しておく礼野であった。

●時々のお仕事
「またお世話になるねっ」
 パーティ二日前の午後から満腹屋弐号店にやって来たのがリィムナ・ピサレット(ib5201)とオートマトン・ヴェローチェである。
 二人はこの三年間、度々訪れて満腹屋弐号店の臨時店員を務めてくれた。おかげで他の店員達が交代で十分な休暇をとることができている。
「これ、パーティで着る制服なのです☆ お店ではまだなのですよ〜♪」
 光奈は奥の休憩室でリィムナとヴェローチェに騎士風制服を手渡す。
「これピシッとして格好いいね♪」
『三周年にぴったりですにゃ♪』
 二人は気に入った様子である。体格に合っているのがわかったところで、普通の制服に着替え直す。
「やっぱり全員分作ってよかったのです☆」
「パーティ、楽しみだね。じゃあ製氷を手伝ってくるねっ♪」
 リィムナとヴェローチェが元気よく階段を駆け下りる。地下の氷室では先に銀政が作業していた。
「もうすぐ夏だから、いくらでも氷が必要だよねっ」
「冬場に運び込んだ雪と氷だけじゃ、どうしても足りないからな」
 木箱の中を水で満たしてから、リィムナと銀政が氷霊結で凍らせる。ヴェローチェは木箱をひっくり返して氷を取りだした。
(「ちょっと元気がないかな?」)
 少しだけいつもの銀政と違うような気がしたリィムナだが、特に触れないでおく。
 製氷後は店の調理を手伝いつつ、パーティの準備も行う。
 リィムナはパーティのデザートとして『ふんだん! もふクレープ』を作るつもりでいた。薄皮は当日に焼くとして、前もってデコレーション用のチョコレートを用意する。
「これにも『三周年おめでとう♪』っと♪」
『さすがリィムにゃん、うまいですにゃ♪』
 板チョコにホワイトチョコで文字を書いた。板チョコと理穴産の苺で生クリーム入りの薄皮を飾り付ければクレープは完成である。
 満腹屋弐号店には調理道具として『タンドール』が設置されていた。これによって普段からシュラスコやフェジョアーダが提供されている。
「パーティ分の食材が残っていなかったら大変だからね〜♪」
 リィムナが牛豚鶏の肉類、生ソーセージのリングイッサの在庫を確かめた。
『鉄串も充分な数ですにゃ♪』
 ヴェローチェは必要な道具類を点検する。
「あ、これ!」
 市場での買い物途中で泰国産のパイナップルを発見。早速パーティ用に購入するリィムナであった。

●全員集合
 やがて満腹屋弐号店三周年記念のパーティ当日となる。始まるのは夕方からだが調理担当の者達は日中から定休の店に顔をだした。
 火麗(ic0614)は昼頃に来店する。
「せっかくなら料理も手伝おうと思ってね。板場の隅っこを貸してもらうよ」
「どうぞ、どうぞ〜。この辺りを使ってくださいな♪」
 光奈が板場に案内すると銀政が振り返った。
「おー、火麗さんじゃないか。久しぶり」
「銀政さんも元気なようだねぇ」
 銀政は自分の下拵えが一段落ついたので火麗を手伝う。火麗は抱えてきた袋の中身を料理台の上に広げた。
「お料理は山菜尽くしなのですか?」
「その通りだよ。筍ご飯に山ウドのヌタ、ノビル味噌、菜の花の白和え、土筆の卵とじ。主食に据えるのが山菜天ぷら盛り合わせってところだね。神楽の都の季節から少し外れているけれど、理穴産のよい食材が市場で売ってたからね」
 まずは山菜のアク抜きから始める。その合間に火麗の口から三年間の結婚生活が語られた。
「そうさね。結婚して子供も生まれているのさ。旦那と実家の家族に預けて来たけどねぇ」
「お子さんと会いたかったのですよ♪」
「もうちょっと大きくなったら、ここの店に連れて来て美味い飯食べさせてあげたいわね。食育ってやつよ」
「会えるの楽しみなのですよ〜♪ 今は離乳食なのです?」
 火麗と光奈がお喋りを楽しんでいる横で、銀政が米ぬかと一緒に筍を茹でる。
「結婚した最初の頃の旦那はちょっと頼りない感じだったんだけどねぇ。どんどんとしっかりしてきたよ。今じゃ立派なお父さんさ。子供は可愛がってくれるしねぇ〜。そういえば光奈さんはどうなんだい? あれからいい人、見つかったかい?」
「それがですね‥‥」
 光奈が火麗に答えようとしたとき、大きな物音が鳴り響いた。
「あ、すまん。蓋を落としちまった」
 銀政が床に落ちた鍋ぶたを拾って瓶の水で洗う。
「お見合いといえば、まったく知らない旦那さんに突然話を持ってこられたときがあったのですよ。息子はどうかと迫られても、よくわからないし」
「そりゃ災難だったねぇ」
「そのときは銀政さんに追い返してもらったのです☆」
「やるねぇ、銀政さん」
 火麗は先程からさりげなく銀政を観察していた。光奈が男性の話題に触れてからというもの、小さな失敗続きである。
(「銀政さん、どんな心境の変化があったかわからないけど、光奈に惚れてるんじゃないかねぇ」)
 そんなことを考えているうちに山菜のアク抜きが終わった。本格的な調理を開始する前にパーティにだすお酒選びを手伝う。
「こんなにたくさんのお酒を揃えたのかい」
「火麗さんに教えてもらった蔵元が主なのですよ♪」
 冷暗庫に仕舞われていた酒の中から見繕っていく。そうこうするうちにもう一人、懐かしい顔がやって来る。
「光奈、元気だった? 久しぶりでごめんね〜」
「あ、真琴さんなのですよ〜♪」
 光奈と紫上 真琴(ic0628)は抱き合って喜んだ。来店済みの仲間達とも嬉しい再会である。
「もっと早くに顔をだすつもりだったんだけどね。各地の細工をいろいろと見て回ったり、作っていたりしたらすぐ戻るつもりだったのに。ちょっと面白い細工の素材があって、ついそっちにかかりきりしてたんだっ」
「いつの間にか三周年なのです☆ 私もびっくりなのですよ〜♪」
 積もる話はたくさんあったが、それはパーティでのお楽しみ。紫上真琴は刺身を切る銀政を手伝った。
「これすごいね‥‥」
「うちじゃ普段使わないんだがな。特別に近所の料亭から借りてきたのさ」
 銀政が運んできた舟盛り用の巨大な器は素晴らしい細工物だった。興志王がお忍びで参加すると聞いたので、赤光によく似た飛空船型の器を用意したのである。
「ここの文様、どうやって彫ったんだろう? ‥‥あ、いけない。つい見とれちゃったっ」
 つい細工職人の血が騒いでしまって軽く自分のほっぺたをつねった。紫上真琴は大根に包丁を当ててツマを用意する。
 銀政は身包丁全体を使って柵を切った。何種類もの魚身を使い、赤光に相応しい豪華な舟盛りを完成させていく。
「さすがだね、銀政は。あれ、どうしたの?」
「‥‥あ、なんでもない。大根のツマはこれだけあれば大丈夫だ。もう少し緑色が欲しいところだな」
 たまに銀政がぼうっとしているのが気になる。光奈のことが気になっているのでは思い始めたところで興志王が現れた。
「よお、光奈。安州からいなくなっちまうたぁ、どういう了見だ。ま、これは土産だぜ」
「興志王様、ありがとうなのです☆」
 かんらかんらと笑う興志王が光奈の肩に手を回す。そのときの銀政の表情を見て紫上真琴は理解した。
(「銀政さん、光奈のこと好きなんだね」)
 本人に直接聞くのは躊躇われたので礼野と火麗に訊いてみる。どうやら予想は当たっているようだ。
 どうしようか悩んだものの、紫上真琴はちょっとだけお節介することにした。興志王が光奈のことを好きだと勘違いして、銀政が諦めてしまったら可哀想だからである。
「美味しそうなチョウザメ肉だね。バターでソテーがいいのかな? ところで‥‥光奈さんのこと好きだったりする?」
 危険がないよう銀政が包丁を握っていないときに話題を振った。
「み、光奈のことを俺が? ま、まさか‥‥」
「その態度で私じゃなくてもバレバレだよ。余計なお世話だったらごめんね。ね、告白しちゃいなよ。大丈夫、今まで力合わせて頑張ってきたんでしょ?」
「そうはいってもだな。ずっと近くにいただけあって、昔の女関係もそこそこ知られているんだよ‥‥。それに何だ、妹みたいに接してきたからな」
「女はそういうの気にしない人が多いよ。これからずっと自分だけを見てくれるならって」
 言い過ぎると逆効果になるので程々にしておく。
 その頃、客室では琴爪が来訪していた。
「ご無沙汰しております」
「琴爪さんなのです! よく来てくれたのですよ〜♪」
 光奈は琴爪を座席へと座らせて姿を消す。琴爪は近くに座っていた興志王に軽く会釈をした。
「‥‥?!」
 何かに気づく興志王。口に含んでいたお茶を吹きだしそうになる。
「興志王様、どうされたのですか?」
 盆に湯飲みをのせて戻ってきた光奈は激しく咳き込む興志王の背中をさすった。
 興志王が落ち着いた頃、再び玄関口の戸が開く。
「光奈さん、お久しぶりですわ」
「あ、お姉ちゃん!」
 鏡子の他に両親、智三、真吉も到着。ボーノで焼かれた大きなスポンジケーキは礼野に手渡される。
「光奈ちゃん、三周年おめでとうアル。外にあるのはお土産の食材アルよ。使ってよろし」
「呂さん、遠路はるばるありがとうなのですよ〜♪」
 呂は大きな荷車を牽いて現れた。
「これは玉蜀黍。他にも夏の野菜が一杯ですね」
『玉蜀黍、どうやって料理するの?』
 礼野としらさぎはさっそく荷車に積まれていた木箱を板場へと運び込む。
「すでにいい匂いがするな」
「あ、森助さんと集落のみなさん〜♪」
 熊のような巨体の森助と数日おきに肉を納品してくれる集落の人達も現れた。
「光奈姉さん」
「お、来ましたね〜♪ 今日は存分に楽しんで欲しいのです☆」
「本当に手伝わなくてよかったんですか?」
「五周年のときはお任せするのです☆」
 二年の間に雇った従業員三名は今回お客様扱いである。
 最後にやって来たのが十野間 月与(ib0343)だ。
「実ぅ、この人がママの大切なお友達の光奈お姉さんだよ〜。抱っこしてもらう?」
「実くん、可愛いのです☆」
 椅子に腰かけた光奈に月与が赤ん坊を預ける。赤ん坊の実は光奈の腕の中できゃっきゃっと笑う。
「いい子なのです。かわいいのですよ〜♪」
「光奈さんもお店も軌道に乗って来たみたいだし、今度は公私の別なく支え合える人生の伴侶を見付けられるとよいよね」
 月与がそういうと板場から物音が。銀政が皿を落として割ったようである。
「子連れでの遠出なので迷ったんだけど、光奈さんのお誘いならってね。義両親も夫も快く送りだしてくれたし」
「こうして会えて嬉しいのです☆ 今日はゆっくりしていってくださいな。板場には礼野さんがいるのですよ〜♪ パーティ、すぐに始まりますから」
 奥の休憩室は一時的に月与の専用となる。おしめの取り替えなどはこちらで行う。上級からくり・睡蓮も子守を手伝ってくれるのだった。

●三周年記念パーティ
 招待した全員が集まったところでパーティは始まった。光奈は照れくさそうにしながらみんなの前へ。
「えっと‥‥弐号店の話があったときにはとても驚いたのです。正直、大変な事件もありましたし、でもそれ以上の楽しいことでいっぱいだったのです〜♪ 皆さんの力添えのおかげでこうしてやっていけてます☆ お客様にもっと喜んでもらえるように、これからも頑張らせてもらうのですよ〜♪」
 手にしていたお酒やジュースで祝う。光奈も手にしていた炭酸と水で割った葡萄酒を一気に飲み干す。
「挨拶もよかったが、その制服姿も格好いいぞ、光奈」
「誉めてもらって嬉しいのですよ」
 騎士風制服の評判も上々である。しらさぎと光は嬉しくてたまらない様子だ。
「銀政さんの制服姿、似合っているわ。うちでも男性用はそんな感じにしてみようかな?」
「月与さんのところはどんなお店を開いているんだ?」
 卓を挟んで座った月与と銀政が世間話をする。
 月与は夫の両親が営んでいた『ジルベリア風喫茶「メルヴェイユ」』を夫婦で継いでいた。小料理屋兼民宿『縁生樹』は妹の一人が石鏡王の元に嫁ぐことになったため、他の姉妹に若女将を引き継いでもらっている。
「開拓者ギルドの方は実を身ごもったのを機に第一線を退いたの。それでも復興活動や救護活動等のサポートや後進の育成を行っているわ」
 銀政も月与の息子、実を抱かせてもらう。
「子供か‥‥」
 銀政の腕から月与に戻されると実がぐずりだす。生後一歳なので離乳食を口にしていたが、たまにおっぱいも欲しいようである。月与は授乳のために一時席を外した。
「この舟盛りを作ったのは銀政だって聞いたぜ。さすがだな!」
 興志王が真っ先に舟盛りの刺身に頂いている。小皿の醤油につけてぱくりと食べると嬉しそうに膝を叩く。
「実は何度か銀政を板前として城に誘ったことがあるんだぜ。断られたんだがな」
「初耳なのです」
 興志王に続いてお刺身を食べていた光奈が驚いて銀政に振り向いた。
「すべて冗談だと思っていましたよ。酷く酔っ払っていたときもありましたし」
「しふらのときもあったはずだぜ。ま、結局、こうして弐号店に連れて行かれてしまったんだが」
 高笑いする興志王に苦笑いの銀政。二人の様子を眺めながら光奈が微笑んだ。
「銀政さんを興志王様にとられていたら大変だったのです☆ この弐号店を引き受けるとき、真っ先に銀政さんを抑えたんですよ〜♪」
 光奈のその言葉を聞いて銀政が表情を変える。そのとき、リィムナとヴェローチェによるお肉の呼びかけが始まった。
「イチボ肉いかがですか〜♪」
『鶏ハツいかがですかにゃ♪』
 興志王が手を挙げて二人を呼び寄せた。焼きたてのシュラスコとフェジョアーダが興志王の目の前で切り分けられる。
「刺身もうめぇが肉もいいな!」
「締めにはシナモンを振った焼きパイナップルがあるから楽しみにしていてねっ」
「胃袋、空けておかねぇとな」
「そういえば、あたしも協力した農作業や開拓用の駆鎧。とっても評判がいいみたいよ♪ いろいろなところで使われだしたみたいだし」
「嬉しい話だな」
「農地や放牧地が増えれば美味しい食材がたくさん出回るようになって♪ 満腹屋さんもいっぱい支店が出せるようになるよね♪」
 リィムナは光奈と銀政にも焼きたての肉類を切り分ける。
「美味しいは正義なのですよっ♪」
 光奈がイチボ肉を一口食べてウインクした。
 しらさぎと光は森助達と同席である。
「さすがの味だな。腕、前よりも上がったんじゃねぇか?」
『豚の角煮と鳥手羽の御酢煮は、しらさぎ作ったの』
 森助が白米のご飯と一緒に惣菜料理を頬張った。弐号店で使われている肉の殆どが彼らの集落から納品されたものだ。
 礼野とリィムナが琴爪の側を通り過ぎるときに一瞬立ち止まる。
「あとで果物付きプリンと大きなケーキもありますので」
「ふんだん! もふクレープもあるよっ♪ 楽しみにしていてねっ♪」
 それからまもなく光奈が琴爪と同じ卓へと座った。
「琴爪さん、改めまして。お忙しいところ、来てくれてありがとうなのです☆」
「どのような料理をだされているのか、楽しみにして参りました。まさか興志王様までいらっしゃっているとは想像していませんでしたが」
 光奈は敢えて触れなかったが、琴爪の正体に気づいている。疑いではなく今では儀弐王本人に違いないと確信していた。
「実は光奈さんに報告したいことがありまして。このことは内密にしてくださいね」
 琴爪が光奈に耳打ちしたのは現在つき合っている男性のことである。つい最近、理穴奏生に住んでいる菓子職人の男性と結婚の約束を交わしたという。
「おめでとなのです☆ 私も早くいい人、見つけないと♪」
「光奈さんならすぐにでも見つかりますよ」
 光奈と琴爪は火麗が用意してくれた山菜尽くし料理を頂く。
 筍ご飯を中心にしてウドのヌタ、ノビル味噌、菜の花の白和え土筆の卵とじ。そして山菜天ぷら。どれも、理穴国の春を思わせる。
 配膳が終わったリィムナとヴェローチェは琴爪達と同じ席についた。
「どれも美味しいねっ♪ この冷製コーンスープ、もう一杯もらおうかな?」
『この玉蜀黍のバター醤油焼き、美味しいですにゃ♪』
 リィムナも仲間の料理を鱈腹食べた。そしてお酒もだ。
「では〜♪」
「よい飲みっぷりなのです☆」
 光奈が酌してくれた葡萄酒をぐいっとあおる。
『おねしょしたら承知しませんにゃ♪』
「わ、分かってるよっ」
 ヴェローチェの突っ込みにリィムナが顔を真っ赤にしながら恥ずかしがる。
「最近お店で人気なのがお酒の炭酸割りなのですよ〜♪ ジルベリアのお酒が主ですけど梅酒割りもイケルのです☆」
 光奈がリィムナと琴爪の分の梅酒割りを作る。
「このお酒ならお菓子とかの席でもいいんじゃないかな?」
「ええっ。これはとてもよい発見ですね」
 試しに『ふんだん!もふクレープ』と一緒に飲んでみると相性がとてもよかった。大人の菓子パーティにはとてもよさそうである。
「あ、光奈、ここにいたっ♪」
 紫上真琴が光奈の横にすとんと座った。
「弐号店もよいお店だね。これからも時々は手伝わせてね。あ、報酬はここの美味しいメニューでいいから」
「手伝ってもらえるのはとても嬉しいのですよ〜♪ でもちゃんとお給金は払うのです☆」
 興が乗ってきた紫上真琴と光奈は肩を組んで歌いだす。季節は全然違うがクリスマスによく唄われる歌を。騎士風制服がそれを促したのかも知れない。
「えっ? あたしも?」
 しらさぎと光に誘われて、礼野も一緒に踊りだす。ちょっと酔っていたリィムナも加わって宴もたけなわとなる。
「これだけ美味しいお酒は久しぶりだねぇ♪」
 火麗は興志王、琴爪と肩を組んで歌に合わせて身体を揺らした。
 授乳が終わった月与と睡蓮は呂と同じ卓へと座る。
「実くんも笑っているアル」
「呂さんの商隊、新しい飛空船を買ったそうですね。光奈さんから聞いたの」
「今では六隻運用しているアル。これもすべて昔空賊にやられたとき、光奈ちゃんが助けてくれたおかげアルよ。ソースが各地で爆発的に売れるようになったのも、満腹屋さんの料理が評判になったからアル」
「では呂さんもお酒をどうぞ♪ それとまゆちゃんが作った南蛮付け、とても美味しいですよ♪」
 今の自分があるのは光奈のおかげだと呂は感謝しているようだ。
「あれ?」
 疲れて一旦躍りの輪から外れた光奈は銀政の姿が見えないことに気がつく。やはり客室内にはおらず、窓から中庭を眺めると月光に照らされた銀政が立っていた。
「銀政さん、どうかしたのですか?」
 中庭にでた光奈が声をかけても銀政は振り返らなかった。背中を向けたまま、オリーブの枝に咲いている白い花を見上げている。
 二人とも黙ったまま数分が過ぎた。その間、光奈は銀政の背中を見つめ続ける。
「なんというかだな‥‥。光奈、好きな人はいるのか?」
「好きな人‥‥?」
「そうじゃないな、そうじゃない‥‥。あのだな、唐突ですまんが俺、光奈に惚れちまったんだ」
「わ、わたしなのです?」
 再び、無言の時間が過ぎていく。
「‥‥‥‥唐突ではないのですよ。何となくですけれど、銀政さんの気持ちは伝わってきてたのです」
「なんというかだな。もう俺もそれなりの歳だし、つき合うというよりも所帯を持ちたいんだ。いや、また間違っちまった。所帯を持ちたいと考えた女性は光奈が初めてなんだ。なんかぐだぐだだな」
「ずっと子供扱いされてきたから諦めていたのですよ。銀政さんなら‥‥銀政さんならいいのです」
 そのとき大きな物音がして光奈と銀政が反射的に振り向いた。
「すまねぇ。のぞき見するつもりはなかったんだが‥‥。二人の話し声が聞こえてきたもんでな」
 窓向こうに隠れていた興志王がのそりと顔を覗かせる。
 左手には皿、右手にはパイナップル焼きが刺さったフォーク。興志王の後ろで光が倒れた椅子を直していた。
 光奈と銀政の様子を眺めていたのは興志王だけはなかった。唄い終わって静まった店内に求婚の会話が聞こえてきたら気になるのが人情である。
 全員で耳を塞ぐのも妙な話。今回の場合、非があるのは場所を選ばなかった光奈と銀政だ。
 パーティの参加者達が次々と中庭に踊りだす。
 一番はしゃいでいたのは光奈の母親、南である。正反対に父親の義徳はとても落ち込んでいた。
 銀政と光奈の顔がこれ以上ないぐらいに真っ赤に染まる。月下でもはっきりとわかるほどであった。

●祝いの席
 満腹屋弐号店の三周年記念パーティは急遽、光奈と銀政のお祝いの席となる。
 こうなったら後は野となれ山となれ。もとい、幸せのお裾分けとして銀政が心の内を白状した。
「この冷たさがちょうどいいのです‥‥」
『光奈、もういっぱいたべる? 甘夏果汁シロップもおいしいよ』
 光奈はしらさぎが用意してくれたかき氷でクールダウンである。
「光奈さんのご両親の誤解が誠になっちゃいましたね。銀政さんの方が意識し始めたらしいけど」
「おめでと〜っ♪」
 礼野がリィムナに頼んで余っていたチョコ板に祝いの言葉を書いてもらう。『銀政と光奈、二人でお幸せに』と。それをのせて巨大ケーキは完成と相成った。
『光、光奈さんのこどものせわするの? しらさぎ教えられるよ、真夢紀のお姉さんの赤ちゃん世話したことあるから』
『赤ちゃんの世話、頑張る。まずはおむつ、たくさん縫う』
 しらさぎと光はさっそく赤ん坊の話題である。
「光奈お姉さんと銀政お兄さんが結婚するんだって。実ぅも祝ってあげてね♪」
 月与の胸元で実が無邪気に笑った。
「こんなこともあるかと思って、こういうものを用意してきたんだ。銀政さんと光奈さんに。おそろいなんだよ。れからも満腹屋は安泰だね」
 紫上真琴は『苺のスイーツをモチーフした細工物』を贈る。
「可愛いのです♪」
「いい根付けだな」
 二人はさっそく身につけた。
「光奈嬢ちゃんがついにお嫁に行くのか‥‥」
「お水を飲んで落ち着いてください」
 幼い頃から光奈を知っている智三がむせび泣いた。真吉は智三の実質的な世話係である。
「光奈が結婚‥‥」
「もうあなたったら、どう考えてもお似合いでしょ」
 放心したままの義徳の世話は南の役目である。
「光奈と銀政にはうまいもん食べさせてもらったからな。そうだな‥‥、運搬用の駆鎧がありゃ便利じゃねぇか?」
 光奈と銀政は冷や汗垂らしつつ興志王の贈り物を受け取ることにした。
「どうやら光奈さんの方が早い式になりそうですね」
「そ、そうなりそうなのです。突然ですけれど」
 琴爪が小声で光奈を祝福する。
「今日はとってもよい日アルよ!」
「まったくだっ!」
 呂と森助はすっかり意気投合していた。以前商人に煮え湯を飲まされた森助達だが、光奈の仲介によって呂との取引がまとまりそうである。
『これを飾るといいのにゃ♪』
 ヴェローチェが作ったばかりのオリーブの冠を光奈と銀政の頭に乗せた。白い花がとても美しい。
「さあ、改めて皆で祝おうか」
 火麗が音頭をとって全員が飲み物を手にした。
「満腹屋に栄光あれ!」
 満腹屋弐号店に幸せが満ちる。
「光奈さん」
「お姉ちゃん」
 光奈と鏡子が抱き合って喜ぶ。
 最後に食べたのはデザートである。切り分けられたケーキやプリン、もふクレープが卓に並んだ。

 光奈と銀政の結婚式は秋頃に執り行われる。
 満腹屋弐号店はそれから数百年に渡り、長く神楽の都で親しまれ続けたという。