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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。 「これで‥‥復活よ! 昇徳商会!!」 朱春近郊にある小さな飛空船基地。そこにあるボロ格納庫で甲高い声があがった。 声の持ち主は李鳳(リ・ファン)。 歳は十六。背は百五十七センチ。栗毛色の髪に黒い大きな瞳。髪の毛をまとめたお団子が頭の左右にあるのが特徴だ。 若くして昇徳商会の女社長である。 二年前に両親が亡くなってから昇徳商会は実質的に休眠していた。紆余曲折を経て新しい浮遊石がようやく手に入り、飛空船に組み込んでいる最中だった。 「後は試験をしないとね」 「大丈夫よ〜。信頼してるからさ」 鳳に背中を叩かれて咳き込んだのは王輝風(オウ・キフウ)。昇徳商会の飛空船整備を任されていた。年齢は鳳と同じ十六歳。背は百六十五センチ。黒髪に垂れ目の痩せた青年である。 「これで父さんがよく取引をしていた武天にも飛んでゆける‥‥。理穴にだって」 船内から梯子を使わずに床へ飛び降りた鳳は中型飛空船を見上げる。 船名は『翔速号』。 両親の形見となった飛空船であり、名付けたのは母親であったという。 「さすがにまだ外の国との取引は控えた方がいいよ。しばらくは近距離で。確認はしたけど船体のどこかが傷んでいるかも知れないしね」 「え〜〜! 何とかならないの?」 しばしの押し問答の末、鳳はようやく輝風の説得を受け入れる。 「それじゃあ、手始めに美味しい仕事をもらってくるね♪」 修理が終わった翌日、李鳳は旅泰の寄り合いに出向いて国内の輸送を引き受けた。さらにギルドで開拓者を雇う契約も交わす。 今の所、昇徳商会は鳳と輝風の二人のみ。昔働いていた者に呼びかけたり、新しく雇うつもりだが、今回の仕事には間に合いそうもないからだ。 海岸線の町に立ち寄って乾物を受け取り、それを泰国内の内陸部に運ぶのが今回の仕事であった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
一心(ia8409)
20歳・男・弓
舞賀 阿月(ia8658)
27歳・男・志
クォル・T(ia8800)
25歳・男・シ
コゼット・バラティ(ia9666)
19歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●空 「あたしが昇徳商会社長の李鳳。よろしくね。隣にいるのが飛空船整備士、操縦士、その他諸々兼任の王輝風よ。細かい仕事の話は現地に飛びながら話すわ。さぁ、乗った乗った〜」 夜明け前の泰国・朱春近郊の飛空船基地。簡単に挨拶を済ませた李鳳は、集まった開拓者達と共に昇徳商会所属の中型飛空船『翔速号』へと乗船する。 「行くよ!」 全員の着席を確認すると李鳳は王輝風に離陸を指示した。わずかな助走の後で中型飛空船『翔速号』は紫に染まりかけた空へと浮かんだ。 ちょうど夜明けの瞬間。窓に広がる世界が紫色になる。やがて赤色に変わり、眼下の帝都『朱春』が染まるのも見える。 しばらくして翔速号は決まった高度での水平飛行へと移った。船内はようやく落ち着ける状況となる。 「これが飛んでる飛空船か! それじゃあらためて。俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 目を輝かせながらルオウ(ia2445)は操縦室にいる全員に挨拶する。 「今日はお役に立てるように精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」 丁寧に頭を下げたのは舞賀 阿月(ia8658)だ。 各々に自己紹介が終わると、李鳳から仕事に関する説明が行われた。 「というわけでね。今回は顔繋ぎの意味が強いのよ。本来なら届け先でも商品を仕入れて別の場所に運んで儲けにするのが商売人たる旅泰なんだけど、まだ面識はないに等しいしね。おそらくは無理でしょう。そこでよい質の乾物を届けて、相手先に気に入ってもらうおうって訳」 李鳳は開拓者達に飲茶を振る舞いながら話す。非常に小さいながら翔速号には調理場が用意されていた。 「おーおー、商売熱心なのはええことやなあ。まあこの先栄えるも傾くも商運をしっかりものに出来るかやからな、あんじょうきばりや」 そういった後で天津疾也(ia0019)は小さな饅頭を口に放り込む。 「乾物を積んだりおろしたり見張ったりするお仕事らしいでござるー。了解したでござるよー」 湯気が立つ肉まんにかじりついたのは四方山 連徳(ia1719)である。 「万商店は高いと思うのですよ‥競合店が出現する事を求めるのです! 競争無くして成長なし!」 ギルドで三食付きの依頼を探していた時と同じ呟きを喋る剣桜花(ia1851)は笑顔であった。右手に肉まん、左手には饅頭を手にして、どちらから食べようかと迷う。 「現地に着いたら荷物の積み降ろしをすればよいのだろうか?」 「そうね。まずは力仕事よろしくね。仕入れの交渉はあたしがやるからね」 李鳳からお茶が入った蓋碗を一心(ia8409)は受け取る。揺れる飛空船でも零れにくいように深めに作られた碗で、蓋が一体になっている特別製だ。 「着いた日の朝からこんなに美味しい料理が食べれるなんてラッキーだね〜」 にやけながらクォル・T(ia8800)は飲茶を頂く。 (「飛空船かぁ‥‥。あたしがサーカスの飛空船から落っこちてしばらく経つけど、みんな元気かなぁ」) 外の景色を眺めながらコゼット・バラティ(ia9666)はくわえていた肉まんから口を離す。 王輝風の操縦の様子に夢中だったルオウもやがて飲茶を食べ始める。舞賀阿月も李鳳からお茶入りの蓋碗をもらってから饅頭に手を付けた。 一時的に翔速号の操縦を李鳳が変わって王輝風も飲茶を頂く。王輝風が休む時には李鳳が操縦を変わるようだ。 船体の調子を見ながら翔速号はゆっくりのペースで飛び続ける。海岸線の町に辿り着いたのは夕暮れ時であった。 ●海辺の町 海岸線にある町に着陸の後、一行は翔速号に乗船したまま飛空船基地で一晩を過ごす。 翌朝、李鳳と王輝風が出かけて昼頃に戻ってくる。荷物の積み卸しは三日目の朝からとなった。 景気づけにとその日の晩には町に繰り出しての食事となる。ただし王輝風は翔速号でお留守番である。 適当に町中をぶらついて良さそうの飯店に入る。 (「なまことかナマコとか、海鼠とか出たりするでござろうか‥‥」) 席に座った四方山はじゅるりと音を立てながら真っ先にお品書きへ目を通す。 「お姉さん! お姉さん! 本日のオススメ料理となまことナマコと海鼠料理を頼むでござるー!」 四方山はさっそく見かけた給仕の娘を呼び寄せた。 「折角だからここら辺の名物とか食べてみたいぜ。いいのある?」 ルオウは給仕の娘に聞いて海老料理を注文をした。 「自分もその海老料理を食べてみたいね〜。帆立と炒めたのがいいかな?」 クォルはルオウと娘の話を聞いてから料理を選んだ。 「あんまり匂いが強かったり、辛かったりする魚料理は苦手かも」 コゼットは給仕の娘と相談して海鮮を油で揚げた料理を頼んだ。元々漁特料理の味付けは辛くないが、その点もお願いしておく。 「さすが泰国料理。美味しいです!」 舞賀阿月はさっそくスープから食べ始める。漁特料理の鮮烈な味に驚き、また乾物の味の深さに酔いしれた。 「おまんま‥これが泰風おまんま‥お魚に貝に…美味しそうです。いただきますっ!」 お星様になったような輝く瞳で食べ始めたのは剣桜花。ものすごい勢いに周囲の客の視線も集める。もっとも胸元にも注目が集まっていたのだが、それは本人の知らぬところだ。 「ふむ、なるほどこういう調理の仕方があるのか。川魚に応用出来るか‥‥帰ったら試してみるかな」 一つ一つの料理に感心しながら一心は食を進めた。一口に炒め煮や揚げ物といっても、それぞれに工夫がしてあったからだ。 「これがなまこの醤油の炒め煮! いただくでござるー」 四方山は待望の一品がやってきて一心不乱に食べ始める。 「新鮮やと、やっぱ違うもんやなあ」 天津疾也は特別に刺身の丼を注文して頂いていた。マグロやヒラメなどなど。様々な魚が織りなす味に舌鼓を打つ。 「ん? どうしたんや?」 しばらくすると天津疾也の隣に座っていた李鳳が立ち上がった。 「先に翔速号に戻っているね。輝風の奴、ほっといてもいいんだけどさ。‥‥まあ、それじゃあ人としていけないかと思ってね」 李鳳は給仕に持ってきてもらったばかりの持ち帰り用の折り詰めを手にしていた。李鳳が店内で食べたのは小皿の一品のみである。 視線をそらしながら頬を紅色に染めている李鳳の姿に何人かの開拓者は『はは〜ん』気がつく。中には食べるのに夢中で気づかぬ者もいたのだが。 ここは二人にしてあげようと開拓者達は深く突っ込まずに李鳳を見送るのだった。 ●積み込み 三日目の早朝。乾物を扱う問屋からの荷馬車三両が順番に翔速号へ横付けされる。 「行くでござるよー」 張り切る四方山はさっそく木箱を抱えて船倉用の昇降口へと運んでゆく。 「体動かして頑張った方が飯が美味いもんな!」 ルオウも頭上で木箱を抱えながら足取り軽く船倉へ運んだ。 さすが『仙人骨』持ちだと、李鳳と王輝風、そして乾物屋の者達が開拓者達に感心する。泰国では志体の事を仙人骨と呼んでいた。 「こっちの荷物を運びますね」 舞賀阿月も木箱を軽々と運ぶが実際にはかなりの重さがある。 「昨日の食べた分、働かないとね〜」 足音も立てずにクォルは船倉まで木箱を届ける。 船倉だけでなく、本来居住用の個所にも貨物が置かれた。とはいえ、翔速号の調子はまだ様子見の段階なので無謀な積載は行われない。 「これでいいでしょう」 船倉にいた一心はある程度の木箱が集まると縄をかけて動かないように固定する。 普通の人にとって大変な積み込み作業でも、開拓者にとっては小指をちょいと動かしたようなものだ。 「わたくしは見回りですよ〜。あら、あなたここで何をしているの?」 剣桜花は積み込みの混乱の中で盗みを働く輩がいないかを監視していた。肉体労働を回避するのが本音であったが、それは内緒である。 「あ、逃げた?」 翔速号の甲板に座って小石のジャグリングをしていたコゼットは剣桜花に声をかけられた男が走り出したのに気がつく。 さっそく即座に回り込み、剣桜花と協力してコゼットは男を捕らえる。仲間との相談の末、物取り未遂の男の処分は乾物屋の者達に任せる事となった。 「数はおうとるな。よしよし」 台帳を見ながら納品数を確認してくれたのは天津疾也である。念のために乾物屋の者達の前で抜き打ちで箱を開けて乾物の品質も確かめた。 積み込みは終わり、翔速号は離陸する。 開拓者の誰もがこれからが大変だと気持ちを引き締めていた。 雲の上で襲われるかも知れず、立ち寄る場所があれば潜入者に注意しなければならない。もしかするとすでに潜り込まれているかも知れないと考える開拓者もいた。 それぞれに見張りの順番を決めて開拓者達は配置につく。 主に船倉内にある乾物が入った木箱の確認。さらに甲板と船倉下にある展望室からの警戒が始まるのだった。 ●侵入者? 「この樽は怪しいでござる!」 がさごそと薄暗い船倉で樽を探るのは四方山。念の為に船倉で侵入者が隠れていそうな個所を探っていた。 「このカゴの中が怪しい‥‥本当に怪しいでござるよー!!」 カゴの底に輝く二つの光を見つけて四方山は叫んだ。その声は翔速号の隅々まで届く。 「なんかこの宝珠いいよなあ。‥‥何だあの声?」 動力室で宝珠の一種である浮遊石を眺めていたルオウは立ち上がる。 「あんだけの乾物が売れたらどのぐらい儲かるのか、ちょいと算盤弾いてみよか‥‥。なんやうるさいのう」 ベットに寝転がって台帳を確認していた天津疾也が身体を起こした。 「届け先では香滋料理が頂けるとか」 「楽しみだね〜。あ、なんか上で叫び声しない?」 船倉下の展望窓で外を警戒していた剣桜花とクォルが見上げる。 「今朝方、一隻の飛空船を見かけただけで特に問題はないようですね。‥‥あの声は?」 「おそらく船倉からですね。行ってみましょうか?」 甲板上の展望室で周囲を警戒していた一心と舞賀阿月も声に気がついた。 「操縦するのって、もしかして大変?」 「好きだから平気ですよ。あれ? 声しませんでしたか?」 操縦室で王輝風と話していたコゼットも四方山の声を耳にする。 「どうしたの?」 真っ先に駆けつけた李鳳が見たのは子猫に抱きつかれている四方山の姿だ。 「こ、この猫が隠れていたのでござるー」 何名かの開拓者も集まったところで操縦室へ移動し、四方山の話を聞く事となった。 乾物の匂いに誘われてこの子猫は翔速号に乗ってしまったのだろうと一同の結論に至る。物取りの男を捕まえた時に違いない。 「しょうがないわね。帰りにあの町へ寄って置いていかないとならないわ」 子猫を抱えた李鳳が溜息をつく。 「‥‥その猫、よければ僕が飼いたいんだけど‥‥いいかな?」 操縦を続ける王輝風は背中を向けたまま李鳳に話しかける。 「輝風って一人暮らしじゃない! どうすんのよ。こうやって仕事で空飛んで働いている時は?」 「翔速号で一緒に飛びながら世話って‥‥無理かな?」 けんけんがくがくの二人のやり取りは一時間に及んだ。 「いいわよ‥‥。仕方ないわね。そのかわり、世話はちゃんとやるのよ!」 「ありがとう、鳳」 最後には李鳳が折れて操縦室の一同は驚く。交わされた会話から王輝風の猫好きがうかがえた。 「なるほどなあ‥‥」 天津疾也は子猫の次に李鳳を観察した。王輝風の好みが何となくわかった気がしたからだ。 それからも警戒は続けられたが、特に大きな事件は起こらなかった。 二日後、目的の町に翔速号は着陸する。乾物も無事に納品するのだった。 ●船内にて 仕事のすべてが終わった日の夜。現地の飛空船基地に翔速号を着陸させたまま、一晩を過ごす。 「届け先の主人、次には獣肉の薫製や乾物を用意してくれるっていってたわ。さあ、温かいうちに頂きましょうか」 ご機嫌の李鳳はみんなを前にして席へ座った。 せっかくなら全員でという事で、特別に翔速号まで出前をとったのだ。並んでいるのはこの辺りで有名な香滋料理である。山椒や唐辛子を使った刺激の強い味が特徴だ。 「あたしは特別に頼んだこれを食べるね。甘い〜」 コゼットは刺激の強いのが苦手なので点心を中心に頂いた。特に杏仁豆腐は絶品である。 「これ辛いけど癖になりそうだね」 クォルは山椒の効いたマーボー豆腐をはふはふいいながら食べる。 「とっても辛味が効いてて、辛いですが美味しいです!」 舞賀阿月は唐辛子入りの鶏肉炒めを気に入った。隣に座る王輝風と話したのは迷い込んできた子猫についてだ。名前をどうしようかと悩んでいる最中らしい。 「こちらのは川魚か。辛さで味をまとめているようだな」 一心は漁特料理と香滋料理を比べながら食す。 「辛いぜ。だけど‥‥うまいぜぃ!」 食べては水を飲みを繰り返していたのはルオウ。たくさんの種類をまずは食べて味を確かめていた。 「今度は香辛料の匂いが美味しそうなのですよ〜」 『はむはむはむ‥むぐっ! ごきゅごきゅ‥けほけほ』と騒がしく剣桜花は香滋料理を食べる。辛さの中に潜んだうまさに食が進んだ。特に寒い今時期は最高に身体が温まる。 「泰って素晴らしい国ですね〜」 剣桜花は笑みをもって泰国料理を語った。 「腕が‥‥いや、腹が鳴るでござるよ!」 そういって四方山ががっついたのは、やはりなまこ料理だ。干しなまこと山の幸を使った料理は絶品である。 ちなみに少量だが干しなまこを李鳳から分けてもらった四方山だ。神楽の都に戻ったら自分でなまこ料理を作ってみるつもりである。 「寒い日には最高やなあ。商売の方、うまくいったみたいやな」 「おかげさまでいい感じだったわ」 天津疾也は李鳳と商売の話で花を咲かせた。李鳳がこちらの届け先で顔繋ぎをしたように、天津疾也もそうするつもりであった。相手はもちろん李鳳と王輝風の二人だ。 翌朝、お皿を現地の飯店まで返すと翔速号は離陸する。 帰る先は泰国の帝都、朱春であった。 |