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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。 後継者を登場させた場合、PC本人は登場できません。 六十年の歳月は多くを変えた。 理穴国東部が魔の森であった事実はすでに過去の記憶に過ぎない。その事実を知らない若者もそれなりに見かけられる時勢になっていた。 それでも変わらぬまま残り続けるものもある。心もそのうちの一つだ。 精霊が住まう地『湖底姫の大地』は、東部の再開拓が進むにつれて有名になる。 その地に立ち入るためにはいくつかの条件を達成しなければならなかった。 まずは申請資格を得るには朋友と二年以上一緒に過ごした経験が求められる。また本人や朋友との面接試験があり、その上で許可不許可が決定された。 湖底姫の大地で悪事を行った者には許可の取り消しもあり得る。程度によっては理穴国の官憲に引き渡された。 厳しい話だけではなかった。 その地の美しさは筆舌に尽くしがたく、多くの者を虜にする。住み着くには湖底姫に許可をとらなくてはならないため、現在の人口はわずか百人程度だ。 「久しぶりですね」 「噂ではかなり変わったと聞いています」 理穴女王・儀弐重音と理穴ギルド長・大雪加香織は旅支度をする。護衛として連れて行く開拓者は現在ギルドで募集中だった。 その殆どはかつて遠野村に関係した者達で占められることだろう。もしかすると後継者がいるかも知れない。 ともあれ出発は少し先である。すでに季節は夏。出発は七月後半を予定していた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●精霊の地 理穴奏生を出発した飛空船は、翌日の早朝に湖底姫大地の外縁へと着陸する。 出迎えの羽根妖精の案内に従い、もふら車二両に分かれて乗り込んだ。約一時間後、円平と湖底姫が住まう屋敷へと辿り着いた。 『すごいですよ。これは!』 翼妖精・ネージュが瞳を輝かせて車窓から飛びだす。 「素晴らしい」 「夢の中に迷い込んだようですね」 下車した羅喉丸(ia0347)と大雪加香織が目を見張った。二本の大樹の枝が重なって土台を造り上げ、その上に屋敷が建てられている。 「みなさん初めまして、そしてお久しぶりです」 『長旅、ご苦労じゃ』 まもなく遠野円平と湖底姫が姿を現す。 老いて白髪となった円平だが背筋はしゃんと伸びていた。湖底姫は相変わらずの美しさを保っている。 「お元気なようで何よりです」 「またお目にかかれて光栄です」 理穴女王・儀弐重音も年相応の容姿である。今回は独りだが、市井の菓子職人と結婚して一男一女をもうけていた。 「‥‥へぇ、ここが父上のいってた場所かぁ」 興味深く辺りを見回す十弥の横で人妖・黒曜が円平と挨拶を交わした。 「‥‥お久しぶりです‥‥。一心、用事でこれないから、代わりに連れてきた‥‥」 十弥は一心(ia8409)の息子である。人妖・黒曜が促すと十弥が円平の前で畏まった。 「父上からお二人のことはよく聞いています」 「充分に楽しんで、今度は十弥殿が一心殿に話してあげてください。背中の弓、立派ですね」 十弥と円平の会話を人妖・黒曜が温かい目で見守る。 同じ頃、湖底姫が挨拶していた相手は玄間若葉だ。彼は玄間 北斗(ib0342)の孫に当たる。 「祖父がお二人によろしくといっていたのだぁ」 『北斗殿からの土産か。これは美味そうな酒じゃな』 玄間若葉が湖底姫に『にごり酒「霧が峰」』を贈った。 『先程屋敷を見つめておったが、何か気になることでもあるのかや?』 「祖父から聞いていたお住まいとは違う気がしたのだぁ」 『大分成長したからのう。だが場所は同じじゃぞ。徐々に変わっていき、こうなったのじゃ』 「家が育つのだぁ?!」 玄間若葉は祖父よりも背が高くて百八十センチメートルはある。だが着ているたれたぬきのキグルミと血筋のせいか、小柄で可愛らしい印象を周囲に振りまいていた。 「わぁ、見て見て!」 それまで大人しくしていた神座悠紀だが、頭上で遊んでいるたくさんの妖精を見つけて我慢できなくなる。 『落ち着け! 全く誰に似たんだか』 「ぶー! だってこんなに沢山の精霊さん初めてなんだもん!」 上級からくり・月が首根っこ掴んで神座悠紀の木登りを止めた。 『どうしたのじゃ?』 そこへ湖底姫と円平が現れる。 「初めまして。神座早紀の孫の悠紀です!」 自己紹介の通り、神座悠紀は神座早紀(ib6735)の孫である。焦りながら手紙を取りだして円平に手渡した。 「早紀さんにそっくりですね」 手紙は円平の手から湖底姫へ。 「お婆様今御病気なの。でもたいしたことはないので大丈夫なんです」 『確かに受け取ったのじゃ。帰りまでには返事を渡そう』 湖底姫に頭を撫でられた神座悠紀は照れまくった。 星芒(ib9755)は歩いては立ち止まりながら大樹の屋敷を見上げている。 「あたしゃ見てないもんがある内ゃ、まだまだ死ねんわいな☆」 どのような構図で絵に写そうか嬉しそうに悩んだ。髪の色が少々褪せて白っぽくなっていたが、星芒の容姿は年相応の変化のみだ。 「まるで自然の彫刻じゃの」 草木が織りなす幾何学的な外壁装飾も素晴らしい。 まもなく全員が屋敷の中へ。一人に一部屋ずつ滞在用の個室が宛がわれる。 「猟をなさりたい方もいらっしゃることでしょう」 円平の口から改めてこの地における大切な約束事が伝えられるのであった。 ●隠居 羅喉丸、香織、翼妖精・ネージュは揃って歩き回った。 「ただの馬ではないな」 「霊騎の馬群ですか。普通の地ではあり得ない光景ですね」 草原地帯で土煙を巻き上げながら多くの霊騎が駆け抜けていく。一部は超低空を飛んでいた。 『あれは‥‥グリフォンですね』 ネージュが指さした丘の上空ではグリフォンが滑空している。 「そろそろお腹が空いてきましたね」 「あの岩がいいだろう」 木陰の岩の上で竹皮包みのお握りと竹筒の茶で昼食を頂いた。 二人が結婚してすでに長い年月が経っている。 結婚後、羅喉丸は理穴ギルド近くに両義流の道場を立てた。子供は立派に巣立ち、道場で鍛え上げた弟子達も独立して新たな流派を興している。 羅喉丸が常日頃からいっていた「弟子は師を越えるもの」や「己の道を見出し、貫け」といった教えを守ったのである。師匠としてこれ以上喜ばしいことはなかった。 「いいところだな」 「ここは幼い頃に何度も夢に見た世界のようです」 「それは初耳だな」 「その夢の世界が大好きだったのですが、何時の頃からか見ることができなくなってしまって、それがとても残念で」 「もしかして、香織はここで暮らしたいのか?」 「‥‥できればとは思っています」 羅喉丸が瞼を落として考える。香織の理穴ギルド長引退はもうすぐまで迫っていた。 「俺はもう充分だ。自分の道を託せる、継いでくれた者達がたくさんいたからな。ここらで立ち止まり、一休みしても罰は当たらないかもしれないな」 岩から腰を上げた羅喉丸が香織に手を差し伸べる。 「ここに移り住んで隠居しよう。悠々自適に暮らすというのも悪くない」 「よろしいのですか?」 羅喉丸の手を握りながら香織が立ち上がる。 「ネージュ」 『なんでしょう?』 羅喉丸は何かをネージュにいいかけた。 (「湖底姫にネージュの今後を頼もうかと脳裏を過ぎったが‥‥杞憂だな。ネージュはかつての自分のように自ら道を選び、歩んでいくだろう」) 考え直した羅喉丸は別のことを話す。ネージュは大丈夫だと心の中で呟きながら。 「そうと決まればさっそく円平さんと湖底姫に頼みにいこうか。歓迎してくれるとは思うが、あちらにも事情はあるだろうからな」 「そうですね。もし移住を断られたときには諦めます。あなたと一緒ならそれが一番です」 羅喉丸と香織がネージュに手を伸ばした。 「行こうか、ネージュ、古き友に会いに」 『行きましょう』 屋敷に戻ると二人は早速、湖底姫と円平に相談する。 『お二人を断るのならば、人の誰がこの地に住まうことができましょうぞ』 「大歓迎です」 移住の許可はすぐに下りた。 滞在の間、互いの人生を語り合う。誰もがこれまで精一杯に生きてきた。これからも精一杯に生きる。 一旦奏生に戻るが半月後にはここへ移住する。そのとき、羅喉丸、香織、ネージュの新しい生活が始まるのだった。 ●引き継がれる心 滞在二日目、十弥は人妖・黒曜、円平と一緒に狩りへと出かける。 「獲物はたくさんいるな。まずはあの鹿でも」 人妖・黒曜は弓に矢をかけた十弥の肩を掴んだ。 『‥‥最初ですから円平さんに聞いてみましょう‥‥』 「それもそうか」 頷いた十弥は円平へと振り向く。 「あの鹿を狩りたいのであれば自由です。ですが十弥さん一人であの一頭をどれくらいで食べ尽くせますか?」 「一週間、いや干し肉にしても二週間ぐらいかな?」 「ということは、本日の狩りはあの一頭でお終いです」 「ああ、そうか」 十弥はとても素直な青年だった。どの獲物にするか調べてくるといって茂みの中に姿を消す。その間、人妖・黒曜は円平に彼の身の上を話した。 『‥‥あれは、血は繋がってないけど、不思議と一心と似てます‥‥』 「え? そうなんですか?」 『‥‥ある森で倒れている所を一心に拾われて、養子になっています‥‥。弓の技と‥‥それに、何より心を継いでいるのは、確か‥‥』 「先程の弓を構えようとした後ろ姿、一心さんにそっくりでしたのに。それだけ心が通じ合っているということなんでしょうね」 しばらくして戻ってきた十弥は二人を連れて猪一頭を仕留める。眉間に一射のみの見事な腕前で。 「ちょっと待って」 屋敷へ戻る途中でもう一矢射つ。崖に取り残されていた子ウサギをわざと矢で脅かして落とす。以心伝心の人妖・黒曜が宙に浮かんで優しく受け止めた。 『‥‥命拾いしましたね‥‥』 「狩りで次に会うときがあったら、こうはいかないからな」 獲物は猪で充分。子ウサギは逃がしてあげる。 精霊と戯れる機会もあった。 「すごいな、お前」 十弥はミヅチの背中に乗って湖面を疾走する。人妖・黒曜と湖底姫は湖岸から見守った。 『あのミヅチは中々人に馴れぬのにのう』 『‥‥十弥はすぐに仲良くなります‥‥好き嫌いはありますが‥‥』 『一心殿は里の用事で来られなかったと訊いたが?』 『‥‥そうです。一心はお二人のことをとても気に掛けていました‥‥』 十弥が湖面ではしゃいでいる間、人妖・黒曜と湖底姫のお喋りは続いた。二時間後、さすがに疲れたのか湖岸に戻ってくる。 「湖底姫様、こんにちは!」 『よい挨拶じゃ。褒美をやろう。どうじゃ? あのミヅチ、御主が連れて行くか?』 十弥は即座に首を横に振った。 「黒曜が側にいてくれれば十分だ」 そう十弥がいったとき、人妖・黒曜の閉じがちな瞼が大きく開いた。湖底姫に用事を頼まれた十弥が円平の元へ走って行く。 『将来が楽しみじゃな』 『‥‥まだまだ未熟ですけれど‥‥』 人妖・黒曜は十弥を眺めながら、この地に来てよかったと心の中で呟いた。 ●たれたぬき ある日の早朝、大樹の頂に登った玄間若葉が遠くを眺める。 「黒曜は今、どんな気分なのだぁ?」 『そうですね。のんびりとしたい気分です』 真下の枝にちょこんと座る又鬼犬・黒曜と相談して本日の予定を決めた。お昼寝するのによさそうな花畑に出かけることにする。 ちなみに又鬼犬・黒曜は三代目だ。先代の黒曜が亡くなった年に生まれた子犬の一頭が代々継ぐことになっていた。祖父の玄間北斗曰く、初代によく似た優しく賢い子だという。 円平、湖底姫と一緒に向かった。 花畑といっても実際には野原なのだが、そう表現するのにふさわしい景色が広がっていた。多種多様な花が咲き乱れ、蜂や蝶と一緒に羽根妖精達が飛び回る。 「綺麗なのだぁ」 細い目を大きく見開く。玄間若葉は祖父から頼まれていた。『おいらの代わりに、若葉が訪ねて来て欲しいのだ。若葉の目で、心で感じた事をおいらに教えて欲しいのだ』と。 「若葉さん、ほら」 円平が指さした方へ振り向くと湖底姫の周囲に蜜蜂が集まっている。 『どれ、このくらいでよいか。ごくろうじゃったぞ』 蜜蜂が去った後、湖底姫が持っていた小さな壺を玄間若葉と又鬼犬・黒曜が覗き込む。中は蜂蜜で満たされていた。 「お花畑ではお楽しみがあると祖父がいっていたのを思いだしたのだぁ。きっとこの蜂蜜のことだったのだぁ〜♪」 『なるほど。きっとそうに違いありませんね』 湖底姫が布を被せた別の壺へと蜂蜜を移す。濾した蜂蜜はさらに美味しそうである。 昼にはお弁当として持ってきたパンに蜂蜜を塗って頂く。玄間若葉はパンをかじる度に笑みを浮かべた。 『お花畑といっても、あの頃はほんの一角だったはずじゃ』 「そうでしたね。これほどまでに見渡す限りの景色ではなかったはずです」 湖底姫と円平が懐かしそうに景色を愛でる。 その日はお花畑でお昼寝をしつつ妖精達と戯れた。 別の日には険しい崖に登ったり、狩りをしたりも。そうやって祖父が語ってくれた景色を探していく。 「近寄ると大亀のケモノだったのだぁ!」 『あれは岩にしか見えんからのう』 屋敷に戻って報告すると湖底姫が解説してくれる。それらの中には祖父との思い出話も混じっていた。 『北斗殿は後進の指導をしておるのか』 「そうなのだぁ。安州ギルド発案の少人数の救護班「舵天照」の初代班員なのだぁ。今でも現役なのだぁ〜♪」 玄間若葉にとって玄間北斗は自慢の祖父である。また玄間北斗にとっても玄間若葉は自慢の孫であろう。 月夜の晩。酒を酌み交わす一席が設けられた。『にごり酒「霧が峰」』はこのとき飲まれる。 「月が綺麗だと踊りだしたくなるのだぁ〜♪」 『わらわもつき合おうぞ』 仲間達の手拍子に合わせて、たれたぬき姿の玄間若葉と湖底姫が踊った。 「去るのは少し寂しいのだぁ‥‥」 帰り際の玄間若葉はある思いを抱いた。自分も祖父と同じように素敵な湖底姫大地を守る力になれたらよいなと。 ●お婆様 神座悠紀は屋敷の近くに建てられた厩舎を訪ねた。 ここは開拓初期から移住したもふら達が住まう場所。祖母から聞かされていた、もふら・よもぎを探す。 「えっと、草色のもふら‥‥。よもぎちゃん?」 『そうもふ。‥‥その姿、どこかで見たことがあるもふ』 「わたしは初めてだけど、きっとお婆様に似ているんじゃないかな」 『早紀ちゃんもふ♪』 小もふらだったよもぎも今では立派な体格である。意気投合した神座悠紀は背中に乗せてもらう。 「小人さんの村へレッツゴー!」 『もふぅ〜!』 厩舎から飛びだしたよもぎは全力で駆けた。 『気は抜けないな』 後ろから追いかけるからくり・月詠が感心するほどの速さだ。 「すごーいっ! たくさんの向日葵が咲いていたよっ!」 『向日葵の種、大好物もふ♪』 茂みを抜けて花畑を跳ねながら越えていく。さらに湖岸に沿って走り、目的の小人の村へと到着する。 「木造の家、どれも小さいね」 よもぎの背中から下りて村を歩いていると、遠巻きに小人達が集まりだす。ちょっとずんぐりむっくりとした可愛らしい小人ばかりである。 『みかけない顔だね』 それまで尻込みしていた小人達だが、一人が代表して声をかけてきた。 「初めましてっ! これお近づきの印だよっ!」 神座悠紀はキャンディをお土産として贈る。事情を話すと家の中を見学させてくれた。背の高い月詠は、よもぎと一緒に外で待機だ。 「これすごーい!」 お茶としてだされた小さなカップを見て驚く。木工製で非常によくできている。 食器だけでなく家具を含めて巧みな意匠を凝らした生活用具が揃っていた。小人達の手先の器用さが窺える。 お茶の時間を過ごしてから移動。広場で歓迎してくれるという。 「あ、ずるいっ!」 『そういう悠紀はお茶を飲んでいたと聞いたぞ』 月詠は小人が作った香草スープを味わっていた。よもぎも西瓜を丸ごと食べて満足そうな表情を浮かべている。 小人の誰かが歌いだした。それに合わせて躍りが始まった。 「こ、こんな感じかな?」 『もう少し腕を高く上げるようだ。こんな感じに』 踊りに参加したのは神座悠紀と月詠だけでない。よもぎも嬉しそうに駆け回る。 「ふー、お腹いっぱい‥‥」 木の実の粉で作ったパンを食べた後、神座悠紀は眠くなってしまう。 「あれ?」 『よく寝ていたようだな』 目が覚めたときは夕暮れ時の帰路途中。月詠に背負われていた。よもぎは前を歩いている。 「湖底姫様に渡したお婆様の手紙にはこっちに住みたいって書いてあるんだって。月詠もお婆様と一緒にこっちに住むの?」 『俺は今、お前の相棒だからな。全く、早紀と違って危なっかしくてほっとけるか』 『ぶー!』と騒ぎながら神座悠紀が暴れる。それでも最後には背中に顔を埋めて『ありがと』と呟いた。 滞在の間、小人の村や花畑に隠された妖精達の秘密の場所を訪ねて楽しい時間を過ごす。 『この返事を早紀殿に渡して欲しいのじゃ』 「わかりましたっ!」 帰り際に預かった早紀への手紙には、湖底姫大地への移住許可が認められている。 「あの、‥‥此処に来ればお婆様に会えるんだよね?」 『悠紀殿ならいつでも歓迎じゃ。安心せい』 神座悠紀は微笑んで頷く湖底姫に安堵するのであった。 ●記録 星芒は屋敷から離れて滞在期間を過ごそうと事前に決めていた。 「ここがよさそうじゃの」 夕暮れ時、星芒は馴れた手つきで天幕を完成させる。その間にオートマトン・朽無が石を組んで焚き火の準備を整えた。 二人で薪代わりの枯れ枝を拾い、火を熾して調理開始。今晩は適当な野菜に塩辛いソーセージを足した鍋料理だ。 星芒の目的は湖底姫大地を絵に写すこと。この地の記録を遺そうと考えていた。 「明日は精霊の種族と交渉してみようかのぅ」 焚き火の灯りを頼りにして本日描いたばかりの絵を眺める。 精霊の力、もしくは精霊の悪戯のせいなのか、植物の季節感が非常に薄らいでいた。花を咲かせた桜の木と真っ赤な紅葉の木が隣り合っている構図は、描いた当人でさえ信じがたい絵に仕上がっている。 「こんばんはじゃ」 『人だっ! ここで何しているの?』 星芒は通りがかった羽根妖精に声をかけた。 羽根妖精は名をミミという。鍋を一緒に突きながらいろいろと話す。 ミミによれば、さすがに冬の時期には多くの草木が枯れるそうだ。それでも温泉近くで雪中に咲いている向日葵を見かけたことがあるらしい。 「その小人さんたちと合わせてもらえぬかの」 『いいよ。明日暇だし』 小人の中でも変わった生活を送っている一族のところまで、ミミが案内してくれることとなった。 翌日、向かった先はこの地では珍しい鬱蒼とした茂みの中である。 小山の側面にあった穴をランタンを照らしながら下っていく。自然洞穴ではなく、精霊達が掘ったようだ。朽無は殿である。 『生えている茸は毒々しいけど、魔の森のとは別だからね。ちゃんと食べられるよ。もうすぐだ、ほら』 「下っていたはずなのに明るい? これは光る苔じゃな! 精霊の楽園、冥土の土産に描かせてもらうとしようかのぅ、ひょっひょっひょっ☆」 地下空洞は青や緑色に輝く苔のおかげで薄暗闇に包まれていた。茸の独特さも相まって異世界のような奇妙な景色である。 どの建物も巨大な茸をくりぬいて作られているようだ。 「ここらを描かせてもらえぬかのぅ。それに誰かモデルになってもらえると嬉しいのじゃが」 星芒が長老の小人と交渉していると邪魔が入る。 星芒達がやってきたのとは別の穴で緊急の事態が発生していた。地上付近ではぐれ狼一匹が徘徊しているという。小人達が戦いの準備を始めだす。 「ちょいと待って欲しいのじゃ」 この場はあたしが何とかするといって、星芒は『天狗駆』を使って地上へと駆け上がった。健脚は未だ健在である。 (「あの狼、ケモノではなさそうじゃな」) 心覆で殺気を抑えつつ、物陰に隠れながらはぐれ狼の背後へとゆっくりと回った。遅れて地上にやってきた朽無は『相棒銃』を構えて万が一に備える。 星芒が気迫を込めた『一喝』を放つ。するとはぐれ狼は恐れおののいて逃げていく。 「一度刷り込んでおけば、まず近づかぬじゃろうて」 戦わずに済んで星芒は地下の小人達に感謝された。描く許可だけでなく食事も勧められる。少し恐かったが食べてみるとキノコのスープは信じがたいほど美味しかった。 (「あの姿もここでさえもいつか見られなくなるのだけは、惜しいのぅ」) 少し離れたところから『遠見の眼鏡』を使って小人達を描いていく。自然体を描くためだ。 星芒は各地を回り、滞在期間に百枚を越える絵を描き残す。最後の夜に描いたのは朽無の姿である。 「やがて精霊力が無くなれば、おぬしも只の物言わぬ人形じゃ。生きた証を遺してやらんとな☆」 月光に照らされた朽無の姿は湖底姫大地の景色と共に一枚の絵として仕上げられる。 「まだまだこの世の全ては見つくしとらんでの。さらばじゃ☆」 星芒を含めた一同は湖底姫大地を後にした。 「あの陰湿な魔の森がこのように‥‥」 儀弐王は飛び立った飛空船の甲板から大地を見下ろす。再開拓終了を祝った式典の際にも感じたが、今一度この地の素晴らしさを噛みしめる。 彼女の瞳に溜まっていた涙が風に乗って散っていく。理穴国東部の魔の森は完全に幻となっていた。 |