開店満腹屋弐号店〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/30 17:30



■オープニング本文

 満腹屋弐号店の改装はすべて完了した。
 外装はまるで新築のよう。外壁の一部は張り替えられる。瓦屋根はすべて取り替えられていて、これでもう雨漏りに悩まされることはないだろう。
 地下の氷室へと続く階段には滑り止めの工夫がなされた。垣根も綺麗なものである。細かいところでは枯れ草やゴミなどもすべて取り除かれていた。
 土壁そのものを生かした内装だが造りはちゃんとしている。
 板場と客間を繋ぐカウンターは使い勝手がよさそうだ。注文から調理、そして提供されるまでの動線が考慮に入れられている。
 窓から覗ける中庭には何種類もの若木が植えられていた。ただ四季折々に眼福をもたらせてくれるのは先のことになるだろう。
 中庭に移設された龍の厩舎は駿龍・ガイムの住処だ。余裕があるので開拓者が乗ってきた龍を休ませることもできる。子供達のよい遊び場にもなりそうである。
「想像していたよりも、もっとよい感じなのですよ!」
 素晴らしい仕上がりに喜んだ智塚光奈だが、まもなく怒濤の忙しさに襲われた。
 まずは食材の仕入れ。生鮮食材ばかりは直前で仕入れる必要がある。その他にも細かい案件が次々と沸いてきた。
「それは俺が取りに行こう。ガイムに乗ればひとっ飛びだからな」
『食器洗い、わたしがする』
 銀政とからくり・光の協力はとても助かる。だがそれだけでは間に合わない。
(「も、もう依頼は開拓者ギルドにだしたのですよ。数日経てばみんなが応援にきてくれるのです。もう少しの辛抱なのです‥‥」)
 日が暮れても仕事は残っていた。行燈の近く、光奈は眠い目をこすりながらお品書きを書く。しかし間違って何度も書き直す。
「こういうときは寝たほうがいいぞ」
『光奈寝る。わたし子守歌、うたう』
 銀政と光に促されて光奈は普段よりも早めに床へ就く。
(「開店から三日が肝心なのです。満腹屋弐号店を是非に成功させるのですよ!」)
 疲れながらも心は激しく燃えている。光奈は布団の中から右の拳を突きだして強く握りしめるのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
火麗(ic0614
24歳・女・サ


■リプレイ本文

●満腹屋弐号店
 新規開店までの残り日数はとても短かった。
 依頼手続きを済ませたその帰り道、礼野 真夢紀(ia1144)はオートマトン・しらさぎと一緒に満腹屋弐号店へ立ち寄る。制服をどちらにするのか決めるためだ。
「甲乙つけがたいのですが‥‥満腹屋はあくまで『天儀の飯屋』。ジルべリア風の料理も出ますが基本は天儀料理なので、こちらの袴と着物にしませんか?」
 礼野が選んだのは桜色をした天儀風の制服である。
「納得なのですよ。ではさっそく人数分、発注してくるのです☆」
 光奈は礼野に留守番を頼んだ。十分で帰るといいながら遠ざかっていく。
 留守番中、しらさぎが騎士風の制服を手に取った。
『こっち、使わない?』
『こっち、いい』
 しらさぎだけでなく光も未練を感じている。
「数年たって制服が浸透したら、ジルべリア料理フェアとか、クリスマスに限って季節限定で着ても良いかよね」
 礼野はしらさぎから制服を預かって綺麗に畳んだ。
(「ああ、お願いですから開拓ケットで満腹屋制服姿のしらさぎのフィギュアなんか出ませんよーに! しらさぎにも光奈さんにも光ちゃんにもあんな世界は知られたくないのっ!」)
 微笑んでいた礼野だが、心の中は祈る気持ちで一杯である。
 次の日、今度は火麗(ic0614)が弐号店へ立ち寄った。
「あらたまってのお話って、何でしょう?」
「これまで関わってきた責任として今後も満腹屋を手伝いたいけどその‥‥個人的理由というか‥‥」
 意を決した火麗がようやく小声で呟いた。祝言が間近なのだと。
「すぐなのですか! おめでとうなのですよ〜♪」
「あ、ありがとう。そんなんでずっとお手伝いしてるわけには行かないけど、開店の調理は手伝うからね」
 光奈と火麗は互いの手を握り合って喜ぶ。
 やがて依頼初日。開拓者全員が朋友を連れて集まってくれる。
「宣伝は任せるのだぁ〜♪」
「おなかいっぱいの単語を入れて欲しいのですよ♪」
 玄間 北斗(ib0342)はまず宣伝ビラの文面を考えた。それをかわら版屋へと持ち込んでたくさん刷ってもらう。
 地元の有力者や地回り同心への挨拶も重要だ。その際、満腹屋謹製のそぉ〜す煎餅を手土産として持っていく。
 お品書きや幟の準備も行う。お品書きは汚れないよう透ける極薄の天儀紙で覆った上で壁に貼ることにした。
 羽喰 琥珀(ib3263)と光奈が裏手の倉内を確認する。
「余裕はないよなー。光奈、一ヶ月だけ別に倉を借りてもいいか?」
「開店の三日間は通常の半月分に相当するはずなのですよ。そうした方がよさそうなのです」
 光奈から許可をもらったところで羽喰琥珀は近所の倉を間借りした。十野間 月与(ib0343)と協力して米や塩の俵、醤油の樽などを運び込んだ。上級からくり・睡蓮や光にも手伝ってもらった。
「これで足りるはずだよね」
 月与が食材の山を眺めて満足げな表情を浮かべる。
 そのとき睡蓮は月与から譲られた手帳に今回の作業内容を書き込む。手帳にはこれまでの成功や失敗のすべてが詰まっていた。光にも新規の手帳を渡し、そうしたほうがよいと記録を勧める。
 羽喰琥珀は嵐龍・菫青で空を飛び、光奈から教えてもらった集落へ向かう。
「森の集落ってあそこかな?」
 このとき発注した肉類は翌日に届けられる。
 礼野は備品を再点検して不足分を買いに回った。
「爪楊枝と割り箸、これだけだと三日間だけで終わりそうかな? あとおしぼりも」
「あ、追加で買っておくの忘れていたのですよ!」
 小さめの箒とちり取りも購入。割れた食器をすぐに片付けられるよう、取りだしやすいところへ隠しておく。両替屋に寄っておつりの準備も整える。
「カレーと豚丼なら作り置きしても充分持つからねぇ」
「ズンドウは全部で十個あるのですよ♪」
 火麗は少し早めに調理へと取りかかった。カレーと豚丼なら氷室で保存しておけば数日間は持つ。
 そして当日を迎えるのだった。

●開店初日
 初日の朝には全員分の制服が間に合う。理由のある一人を除いて全員が着替えて開店に望んだ。
 玄間北斗は数日前からビラ配りを始めている。弐号店周辺の家々に協力してもらい、矢印付きの立て看板や貼り紙も設置済みだ。
 開店当日も、たれたぬきのキグルミ姿で往来の人々にビラを配る。
「朱藩安州で評判高い美味しい食堂が出店してきたのだ〜。色々な屋台の祭典でも好成績を出し続けている有名店だけに、期待して欲しいのだぁ〜♪」
 忍犬・黒曜もたれたぬきっぽい姿に扮して芸を披露。軽やかな動きと物言いで注目を集めてビラを手渡していく。
「安州の満腹屋って知っている?」
「聞いたことがあるわ。変わっているけど美味しい料理がたくさんあるって知り合いの開拓者がいってたの。今では都でも食べられるけど、ソース料理なんて先駈けなんだって」
 ビラを手にした恋人達の会話が玄間北斗の耳にも届く。
(「光奈ちゃんのがんばりは、都にも伝わっているのだぁ〜♪」)
 チラシ配りに一層力を注ぐ玄間北斗である。
 開店間近の店先では羽喰琥珀が呼び込みをしていた。玄間北斗が作った幟の側で声を張り上げる。
「朱藩で評判の満腹屋弐号店が開店だよーっ。値段は手頃で味も量も満足できて、看板通り腹だけじゃなく気持ちも満腹になって帰れる店だよーっ」
 行列に人が並ぶ度にお品書きの紙を手渡す。今のところは十一名。早朝としては充分な数だ。
 忙しくなると思われる時間帯は昼時と夕方から宵の口にかけて。開店三日間については昼過ぎの仕込み休憩は行わずに営業続行の予定だ。
「開店記念で三日間全品半額っ! しかも今なら各定食注文した人には出血赤字覚悟で朱藩で大人気、興志王肝いりで作られた味付き炭酸水が付いてくるよーっ。これを逃すのは神楽っ子じゃないよーっ」
 開店時間直前、出入り口の引き戸が開けられる。暖簾を持った光奈が店内から現れた。
「それでは満腹屋弐号店の新規開店なのです☆ いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませっ! 奥へどうぞっ!」
 挨拶する光奈と羽喰琥珀の間を行列の人々が進んでいく。全員が入店したところで光奈が軒先に暖簾をかけた。
「なんかいいよなー。この感じ」
「なのです☆ ではがんばりましょう!」
 店内では多くの客が席につこうとしている。給仕のオートマトン・しらさぎ、からくり・睡蓮、からくり・光は注文を取り始めていた。
 光奈と羽喰琥珀が最初だけ注文取りを手伝う。
 その後、光奈は特定の担当はせずに大変なところに手を貸す。羽喰琥珀は主に飯炊きを担当した。作業の多くに力が必要だったからである。
 注文をこなさなければならない調理が一番大変なのはいうまでもなかった。銀政、礼野、月与、火麗が受け渡しのカウンターに吊された注文用紙を確認する。
「鯛の刺身定食二人前に春鰹のたたき一人前か」
 銀政が氷室への階段を下りていく。
「こればっかりなら楽なんだけどねぇ。すぐに野菜炒めも作るから」
 火麗が丼にご飯をよそってカレーをかける。福神漬けを添えてからカウンターに辛い丼を並べた。定食なので味噌汁や漬け物も用意する。
「お好み焼き、豚玉、イカ海鮮一枚ずつ。それと豚玉焼きそば一人前、任せてね♪」
 月与は鉄板を熱している間に粉を溶く。そして豚の背脂を鉄板に落として焼き始めた。
(「大変なのは食器洗いが発生してからのような」)
 礼野はとんかつ用の豚肉にパン粉をつけながら思いだす。
『ヒカリ、おかいけーできる?』
『計算できる。でも早くはむずかしい』
 このような、しらさぎと光の会話を昨日聞いたばかりである。
 給仕が落ち着いたら光に食器洗いを頼むつもりでいた。忙しくない時間帯には光にも会計をやらせて慣れてもらう。
 味付き炭酸水がつくので定食の注文が多い。付け忘れないようにカウンター近くに貼り紙をしたのは、しらさぎだ。
 定食に付き物の味噌汁は火麗が定期的に用意してくれる。
「出汁をとって、豆腐と葱を入れてっと」
 火麗からそこはかとなく新妻の雰囲気が漂う。
 ご飯は今のところ炊き続けている状況である。
「さっすが菫青と冷麗だ。後で取りに来るかんなー」
 羽喰琥珀が台車に瓶を載せての水運びの途中で声をかけた。
 嵐龍・菫青が大きな丸太の輪切りを爪で真っ二つにする。
 倒れた丸太の木片を羽妖精・冷麗が起こして縦にした。再び菫青が爪で割るのを繰り返す。こうして薪が作られる。
「すっごーい!」
 窓から眺める子供達は龍と冷麗の薪割りの様子に大喜びだ。中庭については植えたばかりの樹木が根付くまで関係者以外立ち入り禁止になっていた。
 光奈が店の周囲を掃除していると玄間北斗と黒曜が十一時頃に戻ってくる。
「あ、北斗さん。お帰りなのです☆」
「お客さん、どれぐらい入っているのだ?」
「おかげさまで三分の二の席は埋まっているのですよ〜♪」
「この時間帯なら充分なのだぁ〜」
 宣伝は一時休止である。玄間北斗は昼時に備えて現場を手伝う。まずは制服に着替えて溜まり気味だった食器洗いを済ませた。
 次は包丁片手に野菜の皮を剥く。朝のうちに用意した分はほとんど残っていなかった。
「よし一籠分、終わりっ!」
 羽喰琥珀も釜戸の火加減を見守りながらジャガイモの皮を剥く。
 ついにやってきたお昼時。
 空いていた席はあっと言う間に埋まる。再び出入り口の外に行列ができた。持ち帰り客を含めて弐号店はごった返す。
「これは本気出さないとね」
「甘藍の粗微塵切り、ここに置いときますです☆」
 月与の焼き方が変わった。これまで二枚ずつだったが、火力を鉄板全体に広げて六枚同時に焼き始める。
 作業の大半は月与自身だが、キャベツの荒微塵切りは光奈がやってくれた。
「おいらが任せるのだぁ♪」
 持ち帰りの客に応対したのは玄間北斗である。
 普段は使わない出入り口横の持ち帰り用窓口を開いて販売を開始した。
 折箱や竹皮も用意してあるが、大抵の客は皿か鍋を持参している。それに移して代金を頂いた。
(「しらさぎたち、大丈夫みたい」)
 礼野は煮付け定食をカウンターへ置く際に店内の様子を確かめる。しらさぎ、睡蓮、光は滞りなく仕事をこなしていた。
 味付き炭酸水に氷は付き物。足りなくなったときには礼野か銀政が桶の水を氷霊結で凍らせる。氷の塊を取りだして細かく砕く作業はからくり達が行った。
「ここが踏ん張りどころだね。チャーシュー醤油ラーメン二人前、あがったよ!」
 火麗は常に声を掛け合うことを忘れない。そうすることで忙しい仲間がわかる。誰かが力を貸して全体をつつがなく回す。
「一時間ぐらいは、次の飯を炊かなくても大丈夫そうだな」
 忙しい時間帯が過ぎた頃、羽喰琥珀は菫青に乗って借りた倉へと出かけた。
 今のうちに食材の一部を移動させておく。真に忙しいときには身動きできなくなるからだ。弐号店へ戻り、まだ余裕があったので生鮮食品の買い出しに向かう。葉物野菜は傷みやすいのでまとめ買いが難しかった。
 十五時頃、ようやく順番で食事を取ることができるようになる。二人ずつ食事休憩をとり、四十分で入れ替わった。
「朝から昼前までは十席前後。持ち帰りの客は一時間に二人ぐらいだったのです。そして昼時には二十席満杯が続いて、外では十名から十五名の行列待ち。持ち帰りの客は五人ぐらい行列状態‥‥こんな感じですかね」
 光奈はこれまで観察してきた客入りの状態を帳面へと書き込んだ。
 営業を続けながら夕方にかけての仕込みを終わらせる。そして暮れなずむ頃、本日最大の客数が押し寄せてきた。
「これ‥‥」
 茫然とする光奈。しかしすぐに気持ちを切り替えて板場へと足を運んだ。
「仕事をしながら聞いてくださいです。すでに受けている注文は除いて、持ち帰りの料理は辛い丼と豚丼のみに絞りますです。お詫びとして味付き炭酸水の半額木札を一緒に渡して下さいです」
 持ち帰り窓口は引き続いて玄間北斗が担当していた。そして板場側からも連絡事項が伝えられる。
「今朝、仕入れた魚介類で残っているのは鮪一頭だけだな。刺身はこれで何とかなるだろう。干物はたくさんあるから、給仕にそう伝えて欲しい」
 魚介類の在庫報告は銀政からだ。
「焼きそば、うどんの麺はそれぞれ三十食分ぐらい。蕎麦は十食。ラーメンはあと五十食分ってあたりかな」
 麺の在庫報告をしたのは月与だった。
「この天麩羅を揚げ終わったら、食器洗いを手伝いますね。光ちゃんだけでは無理というか、可哀想ですから」
「わかったです。わたしも入るようにしますです」
 礼野は食器洗いが間に合っていないと報告する。
「窓口に戻る前に辛い丼と豚丼の予備を氷室から持ってくるのだぁ〜!」
 玄間北斗が二つのズンドウの中身を確かめるとほとんど残っていなかった。
「飯炊きは五分ぐらい大丈夫。冷麗、火の番頼むなー。ちょっと行列の見てくるよっ」
 羽喰琥珀は窓枠に片足を乗せて外へ飛びだしていく。
「明日用のカレーの仕込みたいところだけど、後回しにさせてもらうよ。まずは目の前のお客様を満足させてからだねぇ」
 火麗はご飯をよそりながら光奈にウインクする。
 怒濤の来客が収まるまでそれから二時間を要す。ようやく客が引けて暖簾が下ろされた。
 反省会を行いたかったが、明日の仕込みを終わらせるだけで精一杯である。
 羽喰琥珀が気を利かせてくれたおかげで風呂が沸いていた。全員が賄いの豚丼を食べて一風呂を浴びてから眠りに就く。
 光奈は微睡みの中で神楽の都からはみ出すほどの長い行列を見る。
「たくさんの友だちがいて‥‥、それにお客さん、たくさん来てくれたのですよ‥‥」
 ここ数日、客が全く来ない夢にうなされていた彼女にとって嬉しい光景であった。

●真夜中の訪問者
 二日目も初日と似たような状況になる。違っていたのは一度体験したので全員に少々の余裕が生まれていたことだ。
 宵の口、疲れていたものの反省会を開く余裕が生まれた。
 話し合いが終わる。これから賄いの料理を用意しようとしたときに出入り口の引き戸が叩かれた。
「本日の営業は終了なのです。すみませんが明日よろ――」
「光奈ちゃん、呂アルよ」
 閂を外して戸板を開けると間違いなく交易商人の呂である。ここまで引っ張ってきたと思われる荷車にはたくさんの壺が載せられていた。
「開店祝いのソースの壺アルよ。もちろんただアル♪」
「すっごく助かるのですよ〜♪」
 呂からの贈り物はソースだけではなかった。朽葉蟹などの食材も載せられている。そして呂自ら朽葉蟹の身を使った炒飯を作ってくれた。
「炒飯すげぇうめぇな。それにチョウザメ肉を菫青と黒曜にあげたら美味しそうに食べたっ!」
「どう致しましてでアル♪」
 羽喰琥珀は呂から炒飯のお替わりをもらう。
「疲れ気味の相手にしょっぱめの味付けをした料理をだすなんてさすがだねぇ」
「美味しい蟹で本場の味なのだぁ♪」
 火麗と玄間北斗もお腹いっぱいに頂く。
「しらさぎ、呂さんの泰国鍋の振り方、見てた?」
『みてた。ずっと、ゴハン宙とんでた』
 礼野とオートマトン・しらさぎは呂の腕前を話題にする。
「こちらに着いたばかりです?」
「そうアル。実は初日の昨日に来るつもりだったアルよ。でも途中、酷い風で遅れてしまったアル」
 炒飯の皿を持ったまま呂が月与の前に座った。
 からくりの睡蓮と光、羽妖精・冷麗も炒飯をお腹いっぱいに食べる。
「みんないるので、遠慮せず泊まっていってもいいのですよ?」
「部下達が待っているアル。またすぐに来るアル」
 深夜前、そういって呂は去っていった。

●開店セール最終日
「朝からすごいのですよ‥‥」
 三日目の早朝、弐号店の店先を眺めた光奈は眼二つと口をまん丸にした。ざっと四十名以上が並んでいたからだ。
 どうしたものかと悩んでいると、行列の横を歩いている者達に目が留まる。両親と姉の鏡子であった。
「お父さん、お母さん。それにお姉ちゃん!」
 大慌てで光奈が駆け寄る。三人は護衛名目で開拓者を雇って昨晩、精霊門で神楽の都を訪れたという。
「みなさん、光奈に協力してくれてありがとうございます」
 店内に入った両親と鏡子が深々と頭を下げる。
 初日から手伝いたかったのだが、本店二階の宿状況がそれを許してくれなかったようだ。ようやく来られたと父親の儀徳が語る。
 助っ人の三名は通常営業になる明日分の仕入れや仕込みを準備してくれることとなった。その分、光奈と開拓者達は全力で本日の対応に当たれる。
 羽喰琥珀が玄間北斗が作った看板を掲げながら行列の人々に呼びかけた。
「今日に限り持ち帰りの料理なら六割引だよっ! 店で食べるより一割分お得だよー」
 持ち帰り料理はお好み焼き、焼きそば、辛い丼に絞られている。行列の二割前後が持ち帰りに流れた。
「大丈夫よ。任せてね♪」
 それだけだと月与の負担が大きくなるので睡蓮が専属でサポートにつく。給仕は慣れてきたしらさぎと光で回せる。皿洗いは持ち回りになった。
「辛い丼用のカレーは十分さ」
 火麗のおかげで十分な量のカレーが氷室で寝かされている。
「初日の二倍の仕入れたぜ。これなら充分に持つはずだ」
 銀政は売り切れを反省して早朝に十分な海産物を仕入れてきた。余ることがあれば漬けか煮付けにすればよい。
「泰国風にまとめるとして‥‥他にも月与さんが作っている焼きそばの具なんてどうかしら?」
 礼野は泰国産の朽葉蟹、希儀産のチョウザメ肉とキャビアを使った限定料理を考えだす。
「おいらに任せるのだぁ♪」
 下拵えの合間に玄間北斗が限定料理のお品書きを書いて張りだした。ちなみに黒曜は行列の監視役として大活躍である。
 一日目二日目に比べて来客数は増えたものの、全体が流れるように進んだ。
 暖簾を下ろすのも予定の時間通り。大忙しの新規開店三日間はこうして終わりを迎えた。

●神楽の都
 四日目からの通常営業はかなり落ち着いた始まりをみせる。それでも客が途絶えることはない。昼と夕方には満席になる時間帯もあった。
 光奈と銀政、光だけでなく、礼野としらさぎが店員として働いている。それに一週間ほど鏡子は残って手伝ってくれるそうだ。
 宵の口。多くの開拓者が帰路に就こうとしていた。
「どの木も早く綺麗な花が咲くといいんだけどなー。十年ぐらいかかるかな?」
「それぐらいはかかりそうなのですよ。楽しみなのです☆」
 羽喰琥珀と光奈は中庭に植えた四季折々の樹木を話題にする。
「街中で美味しいって話している人達を見かけたのだぁ♪」
「常連客を早めに掴むのですよ♪」
 玄間北斗と光奈が和やかに握手を交わす。
「あらためて、結婚おめでとうのですよ〜♪ 忙しいのに手伝いに来てくれてとても助かったのです☆」
「こちらこそあらためて開店おめでとう。光奈ならきっと本店に負けないお店にできるさ」
 見つめ合った火麗と光奈は涙ぐんだ。
「光ちゃん、光奈さんを支えてあげてね」
『がんばる。光奈、だいじょうぶ』
 月与は光から力強い返事をもらう。光の胸元には手帳が挟まれていた。
「では光奈さん。そろそろ今日のお店を閉めますね」
「お願いしますです♪」
 光奈に声をかけた礼野が暖簾を下ろす。

 翌日も神楽の都は晴れ渡る。満腹屋弐号店の新しい一日が始まるのだった。