理穴ギルドの受付窓口
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/23 18:20



■オープニング本文

 ここは理穴奏生の理穴ギルドの執務室。
「将来を考えているのでしょうね」
 理穴ギルド長『大雪加香織』は関係者専用の目安箱に入っていた内容に目を通す。
 最近増えてきたのが内勤への移動枠を増やして欲しいとの嘆願である。
 これまでの実績や有力者からの推薦が必要なため、かなり狭き門になっているのは否めなかった。
 理穴ギルドにおいては毎年、一定数の現場叩き上げの開拓者を内勤に移動させている。大雪加自身も一開拓者から歩んで今の地位に辿り着いていた。
 出世のしやすさについては意見が分かれるところだ。
 開拓者として現場で活躍したほうが有力者との覚えを持ちやすい。また出世は部下を持つことと同義なので、内勤の方が人心の術を磨きやすかった。
 出世とは関係なく一開拓者として生きていくのも素晴らしい。
 実力さえあれば一財産築けるくらいの報酬は手に入る。それを元手にして商いを始める者もそれなりにいた。
 ともあれ内勤への道が望まれているのであれば、それを用意してあげようと大雪加は考える。
 職員見習いから始めるのが一般的だ。しかしそれでは天儀を揺るがす大事件を解決してきた昨今の開拓者に対して失礼が過ぎる。
 そこで一時的に『開拓者同心』の役職で働いてもらうことにした。受付窓口を二週間ほど担当してもらうことになるだろう。
 残念ながら今回で正式な採用はあり得ない。素晴らしい適正があったとしても声をかけるのは来年以降になる。今年春からの内勤移動枠はすべて使い切っていたからだ。
「大変ですが新しい一歩に繋がるはずです。私は見ていますよ」
 募集の貼り紙を眺めながら大雪加は呟くのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

●集合
 ここは理穴奏生の開拓者ギルド。内勤の職員のみが立ち入ることができる奥の部屋に開拓者四名は案内されていた。
「本日から二週間、みなさんには『開拓者同心』として依頼受付を担当してもらいます。制服一式はこちらになりますので、まずは着替えてください」
 開拓者達は理穴ギルド長の大雪加香織から着替え一式を手渡される。
「そういえばギルドでは皆着ているもんなー」
 羽喰 琥珀(ib3263)は畳まれていた制服の法被をその場で広げてみた。
 基本は神楽の都の制服に準じており、藍染めで肩部分が狩衣のように裁断されている。袖の部分は紐で繋がれているデザインになっていた。
 男女別々に着替え部屋へと移る。
 最初に出てきたのはリィムナ・ピサレット(ib5201)と上級からくり・ヴェローチェだ。
「かっこいいよ♪」
『リィムにゃんも似合っているのにゃ♪』
 リィムナとヴェローチェは互いの制服姿を確認し合う。
「まずは形からというのも悪くはないな」
『妾に合う大きさの制服があるとは思わなんだのじゃ』
 示し合わせたわけでもないのに、羅喉丸(ia0347)と天妖・蓮華は別々の着替え部屋から同時に戻ってきた。
「制服を着ると気が引き締まりますね」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)と上級からくり・泉は一緒に女子用隣室から現れる。
「よしっ! 行くぜ!」
 隣室から飛びだしてきた羽喰琥珀は利き腕を挙げて気合いを入れた。
 大雪加の隣にはいつの間にか知らない人物が立っている。
「こちらみなさんを指導する組頭のシャロンさんです」
「シャロン・ロンデステです。以後お見知りおきを」
 大雪加が紹介した組頭はジルベリア系の顔立ちをした中年男性だ。幼い頃から理穴奏生で暮らしているので、今ではこちらが故郷だという。
「まずはこちらを読んでくださいね」
 組頭から手渡されたのは表紙に『開拓者同心心得』と書かれた冊子である。
 略して『同心心得』には依頼受付として必要な知識が記載されていた。今回の勤務時間が終わる四時間後まで、この部屋で熟読の機会が与えられる。
 それを過ぎたら一旦終了。本格的な受付担当は次の時間帯へ持ち越しとなった。

●羅喉丸
「大雪加さんの仕事ぶりを見てみたいとも思ったが、ついでだな。そう、これは依頼で、遊びではないのだから‥‥」
 羅喉丸は同心心得を一通り読み終えて呟く。
 今のところ依頼受付を含めたギルド内勤を希望するつもりはなかった。
 だがもしも怪我などをして開拓者を引退しなければならないとき、自分に何が出来るのか。そういった場合に備えて自分の可能性を模索するための参加である。
 ギルド職員達の人知れぬ苦労を知るよい機会とも捉えていた。そこには大雪加への愛もある。
『ちょいと貸すのじゃ。羅喉丸よ』
 天妖・蓮華が羅喉丸から同心心得を奪って読み始めた。羅喉丸は蓮華の背後から覗き込んでもう一度目を通しておく。
 初めての内勤は読んで覚えるだけで終了する。
 そして十六時間後の深夜零時、羅喉丸の本格的な受付担当業務が始まった。
 まずは組頭の指示通りに二時間ほど先輩達の仕事のやり方を眺める。
 大体のところは頭で理解した。後は実践あるのみ。蓮華と並んで受付カウンターに就く。
「あの、お願いはこちらでよろしいのですか?」
「はい、こちらで承っています。どうぞお座りになってください」
 一人の老婦人が椅子に座って家族のことを話し始める。
『どうぞなのじゃ』
 蓮華が老婦人に淹れたてのお茶をだす。身の上話による前振りは二十分ほど続いた。それからようやく本題に入る。
 老婦人は奏生に程近い村に住んでいるのだが、ここのところ近くの山に狼が増えて困っているという。
「山菜を採りに行きたいのだけど恐くて仕方なくてね」
「わかりました。狼退治の依頼ですね」
「いえ、退治ではなくてどこか人里離れた遠くの山へ移してやって欲しいのよ。子供のとき、その頃住んでいたのは別の土地だけど熊に襲われそうになったの。危機一髪のところで狼に助けられたことがあってね。‥‥今いる山の狼とはきっと関係ないのだけれど」
 羅喉丸は依頼者の意向に沿って、狼退治だと勘違いされないように注意しながら依頼書を書き上げた。そして目の悪い老婦人のために程々の声量で文章を読み上げる。
「ありがとう、それでいいわ。ではお願いね。お茶、美味しかったわ」
 老婦人はお礼をいって依頼料を納める。巾着袋から取りだしたあめ玉を羅喉丸と蓮華に握らせてギルドを去っていく。
 心優しい依頼人ばかりではなかった。中には単に気に入らないといった理由で人殺しを頼もうとする理不尽な輩もいる。
「その依頼、受けることはできません」
「てめぇ、こっちは客だぞ!」
 椅子から立ち上がった男がカウンター越しに羅喉丸の胸ぐらを左腕で掴んだ。次に空いていた右の腕を振り上げた。
「大丈夫だ」
『じゃが』
 羅喉丸は蓮華を静止しつつ、男が繰りだした拳をすべて躱す。すぐに警備員達が駆けつけて男は取り押さえられた。
「大丈夫ですか? どこか怪我は?」
「少し着崩れした程度です」
 組頭の心遣いで一時間の休憩が与えられる。裏手の部屋で蓮華と一緒に紅茶を飲んでいると大雪加がやってきた。
「羅喉丸さん、お怪我は?」
「大丈夫です。怪我はしていませんので。心配をかけてしまったようで。そういえば一つ聞きたいことが。乱暴者を取り押さえた方々はどのような役職なのですか?」
「彼、彼女達はギルド内勤の警備員です。受付担当と同じように交代でギルドを護っています。事務作業は基本行わず警備のみです。それに開拓者から転身された方が殆どですので志体持ちですね」
 よい話を聞いたと羅喉丸は大雪加に感謝する。
(「完全に力が衰えていなければ、そういった生き方をしてもいいかも知れない」)
 一つの選択肢として心の隅に置いておく。
 大雪加がギルド長として活躍している場面を目の当たりにする機会があった。
「非常事態です! 不寝番は全員参加。その他の非番の者にも募集をかけなさい!」
 急遽大型飛空船『角鴟』の離陸準備が行われる。どうやら儀弐王からの緊急直接依頼のようだ。
(「ギルド長というのは、やはり大変な仕事だ」)
 大雪加の勇姿に感銘を受けつつ、受付業務を真剣にこなす羅喉丸であった。

●リィムナ
 リィムナ初の受付担当は同心心得を読んだ翌日の夕方からになった。
「本日はどのようなご依頼でしょうか?」
 基本、普段とは違う畏まった話し方で依頼者とやり取りする。
『こちらが料金一覧なのにゃ♪』
 職員見習いのからくり・ヴェローチェには愛想を振りまいてもらう意味でも自由にやらせた。似たような役割分担で業務をこなしている先輩もちらほらと見かけられる。
「あの、この子迷子なの」
「あれ?」
 目の前に誰もいないのに依頼の声が耳に届く。椅子の上に立ってカウンターの向こう側を覗くと、十歳ぐらいの女の子と五歳ぐらいの男の子が立っていた。
『こっちですにゃ♪』
 子供相手だとカウンター席では話しづらいのでお座敷で聞くことにする。
「そうか。両親と田舎から一緒に来たのにはぐれちゃったんだっ」
「うん」
 リィムナはささっと依頼書を書き上げる。そして無料掲示板へ貼る前にギルド内の開拓者に声をかけた。
 特別な例を除いて開拓者は神楽の都に住まうのが約束事になっている。故に依頼は神楽の都にある開拓者ギルドに集約されていた。
 精霊門が施設内にある関係上、理穴ギルドに立ち寄る開拓者はかなりいる。そして地元の依頼なら閲覧することもできた。
「暇だからいいぜ。羽妖精に探してもらえればすぐに見つかるさ。特徴は?」
「父親が買ったばかりの新品の鍬を持っているって」
 無償で請け負ってくれる開拓者が見つかった。連れていた朋友の羽妖精を飛ばして、父親らしき男性を探して連れてきてくれる。
「どうもありがとうございます」
「お礼ならこちらの開拓者達と女の子にいってあげて」
 父親と一緒に母親も現れて万事解決。男の子は両親に連れられて帰っていった。
「これご褒美ね。ヴェローチェが淹れたミルク珈琲は美味しいんだよ♪」
「ありがとう♪」
 男の子を連れてきた女の子にはミルク珈琲を奢ってあげる。
 数日後、リィムナは嘘つき依頼者の相手をした。
「そいつが材木を買い占めた上で、賊に金を握らせて村に放火させたんだ。酷い奴だろ? 俺、黙っていられなくてさ。それで依頼しに来たんだよ」
 依頼人の話しを聞いているうちに辻褄が合わないことに気がつく。リィムナは落としたペンを拾うふりをして屈んで自らに『夜春』をかける。
「それは大変でしたね。と・こ・ろ・で、本当のところはどうなんですか〜?」
「‥‥まあ、あんたなら――」
 真実を聞きだしてその上で判断。事件性がなかったので今回は追い返すのみで留めた。
 緊急性のある依頼が舞い込むこともある。出入り口の扉から血だらけの女性が駆け込んできた。
「あ、あの‥‥」
「どう致しましたか?」
 カウンターに辿り着いて安心してしまったのか、女性が倒れ込むように気絶してしまう。
『前の人、退いてほしいのにゃ!』
 からくり・ヴェローチェが女性を担いで裏の部屋まで運んだ。そしてリィムナは『レ・リカル』で治療を施す。
「もう大丈夫だからね。血は止まっているよっ」
 ゆっくり瞼を開いた女性に声をかける。
「む、村に木のお化けが‥‥棘だらけの蔓で襲われて。真っ先に風信器が狙われたせいでどうにもならなくて――」
 彼女が暮らしていた村はアヤカシに襲われたようである。助けてもらうために飛空船で奏生へ来たという。一緒に飛空船を飛ばした村仲間は怪我が悪化して動けないらしい。
「これお願い! 緊急募集だよ!」
「任せて」
 リィムナは大急ぎで依頼書を書き上げて風信器の通信担当に手渡す。ちなみにリィムナも勤務時間によっては通信担当をやったことがある。
 今は二十三時過ぎ。神楽の都ギルドで即座に依頼を受けてくれる開拓者がいれば、精霊門の開放時間に間に合う。そして零時、大急ぎで開拓者四名が神楽の都から駆けつけてくれた。
「わたし行きます。村までの案内が必要ですから。これぐらいの怪我、平気です」
 依頼者になった女性は開拓者四名と一緒に飛空船を動かす。夜空へと浮かび上がり、アヤカシに襲われている村まで飛んでいった。
 飛空船で倒れていた村人達については理穴ギルドで治療を受けている。
「‥‥あたしが出動できればなぁっ」
 できる限りのことはやった。それによって村は壊滅から救われそうである。だができることなら自分も飛空船で向かいたかったと思うリィムナであった。

●羽喰琥珀
「えっと、これどういう意味なんだ?」
 同心心得を読みながら羽喰琥珀が首を捻る。腕を組んでしばらく考え、納得できたところで次の頁に目を通す。
 途中で諦めた羽喰琥珀はこっそり部屋を抜けだした。そして邪魔にならないところで依頼受付のカウンターを観察する。
(「なるほど。そういうことなのかー!」)
 実際のやり取りを観察して、同心心得のどの部分の内容なのかを探し当てた。そうやって理解していく。
「組頭、風信器の人に伝えるときの注意事項なんだけどさー」
「どの辺りですか?」
 それでもわからないところは組頭に質問をぶつけて教えてもらう。
 最初の勤務時間はこうして終わる。そして翌日、朝から依頼受付係としてカウンターに就いた。
「悪い奴がいるもんだな」
「そうなんです。魚を全部盗られちまって」
 依頼者の心情に合わせながら依頼書を書いていく。同心心得の注意事項にあったように嘘をつく依頼者には気をつけた。
「あの人は要注意ね。こちらに落ち度がないのにイライラしているし。貧乏揺すりも酷かったわ」
「そういうところも見るんだー」
 判断に迷ったときには先輩の受付係に相談する。その場で断る場合も多々あるのだが、今回は明後日にもう一度来て欲しいと保留にした。
「こーゆーのはちゃんとしないと駄目だよなー。下手しなくても命に関わるし」
 羽喰琥珀は職員見習い二名に指示して先程の依頼人を調べてもらう。翌日、依頼人がいっていたいくつかの事柄は嘘だとわかった。
「その依頼、受けられません。っていうか嘘ついてたでしょ?」
 保留の依頼人が来たときにきっぱりと断る。ちなみに保留にした依頼者のうち、約束通り来るのは半分にも満たないそうだ。
「う〜‥‥書類仕事とかやっぱ苦手だ〜」
 四日目、羽喰琥珀はテーブルに頬をつけて湯気立つカップを見つめる。組頭が近づいてきたので、しゃきっと背中を伸ばす。
「風信器が故障している町まで書類を届けてもらいたいのです。誰か行ってくれませんか?」
「はいはいっ! 俺、俺行きまーーすっ」
 真っ先に挙手して伝達の用事を引き受けた。筒に入れた書類を腰にぶら下げて、嵐龍・菫青で大空に舞い上がる。
「受付があんな大変だったとはな〜」
 そういうと菫青が首を曲げて羽喰琥珀の顔を眺めながら小さく啼いた。
「わーってるよ、ちゃんとやるってば。でも少しだけ気晴らしに付き合ってくれよ」
 どうやら菫青も寂しかったらしい。大きな声で吼えて応えてくれる。
 書類を届けてギルドへ戻ると就業時間は終わっていた。
「明日からはちゃんと仕事しよう‥‥」
 銭湯の湯船でくつろぎながらそう呟く。
 受付をやり始めて九日目の事。二十体前後の飛翔型アヤカシに飛空船が襲われた事件が舞い込んだ。
「これだけじゃ足りねぇような気がするんだよなー」
 受付を担当した羽喰琥珀は依頼人から訊きだした情報の少なさが気になる。すでに起きてしまった事件なので開拓者が出発するにはまだ日数が残っていた。
「わかりました!」
「合点承知の助!」
 調査を指示すると職員見習い二名が調べてくれる。翌日、事件現場周辺の上空で見かけられていた飛翔型アヤカシの情報が手に入った。
 風信器を使って神楽の都ギルドに連絡し、追加の情報として書き足してもらう。そのおかげか参加人数満員で依頼が成立した。
「あれ、琴爪じゃん。何か依頼?」
「琥珀さん?」
 勤務時間が終わって帰ろうとしたときに廊下で琴爪とすれ違った。
 お互いに時間があったので施設内の卓を使わせてもらう。キャンディボックスの中身を一緒に摘みながら談笑した。
 琴爪の用事は数日前に済んでいて、今日は大雪加にお礼をいいに来たそうだ。
「受付ってどんな仕事なのか知りたくてさ。それで受けたんだー。大切だってわかったけど、やっぱ俺は自分で色々動くほーが好きだなー」
「性に合っているのが一番ですよ。この折り詰めはシュークリームです。受付になったみなさんで食べてください」
「悪いよ。自分用のお土産だったんだろ?」
「その通りですが、よいのです。帰りにまた寄って買っていきますので」
 琴爪の正体は理穴女王の儀弐重音。ギルド内でその事実を知る者はほんのわずかであった。

●ルエラ
「本日はどのような依頼でしょうか?」
 依頼受付のカウンターに座ったルエラは次々と依頼書を作成していった。
 多かったのはアヤカシや賊を退治して欲しいといった内容。日常に関する依頼もそれなりにある。
「人手が足りなくてよ。このままじゃ今年の畑は半分も耕せねぇで放置しなくちゃなんねぇ。開拓者なら百人力だって聞いたんだけど本当だべか? なら一人だけ雇いたいんだけども」
「普通の方よりも身体能力がずば抜けて高いのはその通りです。ですが――」
 過大な期待を持ってギルドを訪れる依頼者もいる。誠実に本当のことを伝え、納得してもらってから依頼を引き受けた。
 事務仕事は依頼書作りだけではない。組頭に提出するための書類作成も必須である。
「こちら、本日の分になります」
「お疲れ様です。少しお待ちくださいね」
 組頭から承認が得られたところで本日の仕事は終了となった。
 組頭によって各受付からの書類はさらにまとめられて、最終的にはギルド長大雪加のところへ送られることだろう。
「板前が何人か風邪引いちまって大変なんです。包丁の腕が立つ開拓者はいるんでしょうか? いたら是非お願いしたいんですが」
「はい。荒事の解決だけでなく、例えば泰料理の漁徳料理や香滋料理といった専門の腕と知識を持つ開拓者もいます。もちろん天儀料理もです」
 依頼者が一番望んでいる要望をやり取りの中で探しだして依頼書にまとめていく。これらの作業を続けていくうちにルエラはやり甲斐を感じ始めた。
 職人見習いとして連れてきた、からくり・泉にも実務を手伝ってもらう。実際にカウンターへ就いてもらうのは稀なのだが、書類運びや調査などの仕事は山ほどあった。
「こちら理穴ギルドです。どのような依頼でしょう?」
 風信器を通じて遠隔地の町村から依頼を受ける場合もある。顔を合わさないで依頼書を作成するのは非常に大変な作業といえた。
 面と向かって話すだけで得られる情報は膨大だ。例えば眉が不自然に動けば嘘を見抜けたりする。それが風信器ではできなかった。
 そのような話題を組頭と交わす機会を得る。
「日常の依頼なら特に問題ありませんが、荒事の依頼にここまで神経を削らされるとは想像していませんでした」
「そうですね。依頼人の多くは誠実な方々ですが、やはり一定数の腹黒い方は世の中にいます。注意深く依頼を受けないようにしませんと。場合によっては奉行所への通達も行いますよ」
 ある日、ルエラは組頭から貸してもらった警戒対象一覧表に目を通す。口外禁止、持ち出し禁止の一級資料である。似顔絵や普段の住処も記載されていた。
 ルエラは最後の日となる十二日目に大雪加との面会を望んだ。組頭と一緒にギルド長執務室を訪ねる。
「理穴ギルドでの内勤をお願い致します」
 封に認めた届け出を大雪加に差しだす。
「そうですね。本来なら審査を経てから答えるものなのですが、今回は特別な場ですので」
 大雪加はこちらの届け出を受けることはできないとルエラに伝えた。肩を落として退室しようとするルエラだが、続きあると呼び止められる。
「来年の一月頃、このような届け出を組頭か私に渡してください。『開拓者同心』への採用を検討しましょう。また定期的に今回のような依頼を用意するつもりですので、参加してもらえると評価がしやすくなります」
 ルエラは希望を持って執務室を出る。その後、採用された場合の賃金を含めた基本的な条件を組頭から教えてもらうのだった。

●そして
 十二日目の十六時、実質的な依頼期間が終わる。
「これで依頼受付係は終わりです。みなさんどうでしたか?」
 組頭からの問いに開拓者が一人ずつ答えた。
「始める前と今は開拓者ギルドに対する見方が変わったと思う。いろいろと勉強になりました」
 羅喉丸は天妖・蓮華と一緒に頭を下げる。
「受付の仕事も大切だってわかったけど、やっぱ俺には合わないかなー」
 羽喰琥珀はこれからも開拓者として頑張ると宣言した。
「あたしもいろいろ体験してみて、やっぱり開拓者がいいって思ったかな。さっと動いて事件を解決するのが好きみたい♪」
『ですにゃ♪』
 リィムナとからくり・ヴェローチェは笑顔で語る。
「私は将来、こちらの職に就きたいと思いました。そのための精進を今後忘れないつもりです」
 ルエラは『開拓者同心』になることを決めたという。
 二時間後、大雪加と一緒に食事処で夕食を頂く。そして精霊門でそれぞれの住処へと帰っていった。