カレーの縁 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/14 20:26



■オープニング本文

「えっと次は――」
 智塚光奈は、からくり・光を相棒にして満腹屋弐号店を開くために神楽の都で毎日奮闘していた。
 店舗兼住処に改装中の空き家へ立ち寄って進捗状況の確認。時に土産や料理を振る舞って大工達を労うこともある。
 食事の際には都での流行や味の好みを知るために競合しそうな店を巡った。
「光、そっと開けて欲しいのですよ」
 届いた食器類の梱包を解いて目視確認するなど細かい作業も山のようにある。それでも光奈は辛いとは感じていなかった。
(「こういうの性に合っているのですよ〜♪」)
 忙しさの中に楽しさを見いだしていた光奈だが一つだけ懸念が残っている。それは食材の肉だ。
 神楽の都なら市場に行けば容易に手に入る。それなりの金額をだせば質の良さも保証付きだ。
(「文句はないのですけど‥‥」)
 満腹屋の売りである量を確保するためには少々高め。原価率の高さが光奈の頭を悩ませる。
「あ、光奈さんよ。こいつ知り合いかい?」
 昼前、改装中の空き家を訪ねた光奈に大工の一人が声をかける。玄関前に大男が寝転がっていた。
「いえ、知らない人なのですよ」
 いびきを欠いているので生きているのは確かだ。そして少々酒臭い。昨晩酔いつぶれてこの場で寝てしまったのだろうと光奈は想像する。
 突然目覚めた大男がむっくりと上半身を起こす。そして何かを喋る前に腹の虫を啼かせた。そこら中に響くほどの大きな音で。
「あ、すまねぇ。何だか邪魔しちまったようだな」
 大男が立ち上がるとまるで熊のようである。着ていた毛皮の上着がその印象を強めていた。
「待ってくださいなのですよ。これからお昼を作るところだったのです☆ 御飯を炊くので時間がかかりますけど食べていきませんか?」
「そりゃ嬉しいが‥‥いいのかい?」
「大工さん達にたくさん食べてもらおうと思っていたので、一人ぐらい増えても平気なのです☆」
「ありがとうよ。腹は減っているが実はまだ寝足りなくてな。邪魔にならないところで、もう少し横にならせてくれるか」
「どうぞなのです☆」
 光奈は大男を倉庫に案内してから厨房へと向かう。
 大釜の中には昨晩研いでおいた米と水が入っている。火を熾せばすぐに炊き始められた。
 光は氷室に下りて保管しておいたカレー入りのズンドウ二つを運びだす。御飯が炊ける時間を逆算してカレーを温める。
 一時間後、光奈は大工達や大男にカレーを振る舞う。
「辛い丼なのです〜♪ お替わりありますからね〜♪」
 満腹屋ではカレーをかけた丼飯のことを『辛い丼』と呼ぶ。
「こりゃうめぇ!」
 大工の中にはカレーを食べたことがない者もいたが大好評である。大男も気に入ってくれたようだ。
「ふぅ〜、食った食った。こんなに美味いもんがこの世にあったとはな。そういやまだ名乗っていなかったな。森助と呼んでくれ」
「わたしは智塚光奈なのです☆ もうすぐここに満腹屋弐号店が開店するのでよろしくなのですよ〜♪」
 光奈が食事処の主人だと知ると森助は何かを思いついたような表情を浮かべる。
「改装が終わるまで店を開けられないんだろ? どうだ、この辛い丼とかの料理を俺んとこの集落の奴らに食べさせてやっちゃくれねぇか? 飼っているんで豚肉や鶏肉はこっちで用意する。それ以外の食材は都で仕入れて欲しいが、代金は全部俺持ちだ。もちろん礼金もだす。どうだ?」
 光奈は悩んだが宣伝も兼ねて森助の頼みを引き受けることにした。
「五十人分の辛い丼を作ればひとまず体裁は整うのですよ〜♪ 他にも豚肉や鶏肉を使ったお料理をだせたらと思うのです☆」
 さっそくギルドを訪ねて受付嬢に依頼書を書いてもらう。
「さすが神楽の都なのです☆ すぐなのですよ」
 掲示板に張りだされたばかりの依頼書を確認してから光奈はギルドを後にするのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
火麗(ic0614
24歳・女・サ
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●出発
 早朝の神楽の都。森助の飛空船は満腹屋弐号店近くの空き地に着陸していた。
 こちらの飛空船は普段から集落と神楽の都の往復に使われている。集落の生産物を各業者に売りさばき、必要な品々を購入して持ち帰るためだ。
「飛空船を手に入れるまでが大変だったぜ。前に集落に来ていた飛空船の行商人には酷い安値で買い叩かれていたからな。鶏一羽でこんだけだぜ」
「そんなに安いのはいくらなんでもなのです」
 飛空船の乗降口近くで智塚光奈と森助は挨拶がてらの雑談を交わす。
 しばらくすると隗厳(ic1208)が荷車を引っ張って空き地へとやってきた。
 同行するカミヅチ・件の背中にはたくさんき調理道具が積まれている。特に縄で雁字搦めのズンドウが目立っていた。
「隗厳と申します。よろしくお願いします。豚と鶏の骨は助かりました」
「よろしくな。俺は森助だ。船倉の扉は開いているからどこでも置いくれ」
 隗厳は森助に挨拶してから荷車の荷物を下ろす。
 木箱の中身は玉葱、人参、ジャガイモだ。他にもバターや小麦粉、葱が仕舞われた木箱もある。光奈が調合した辛い丼用香辛料も載せられた。
 隗厳を含めた開拓者達は昨日から光奈の元に集まっている。
 都で食材を購入したり、時間のかかる調理にはすでに手が付けられていた。肉の類は数日前に森助が地下の氷室へ運び込んだものが使われる。
 船倉内で作業をしていた、からくり・光にオートマトン・しらさぎが近づく。しらさぎは背中の荷物を下ろして光に声をかけた。
『ヒカリいそがしい? シラサギもてつだう』
『しらさぎ、ありがとう』
 光としらさぎのおかげで積み込み作業と床への固定が捗った。
「光奈さん、この方が森助さんですか? よろしくお願いしますね」
 礼野 真夢紀(ia1144)は光奈と一緒にいた森助に近づいた。
「こちらが集落の代表者の森助さんなのです。開店後も満腹屋弐号店を手伝ってくれる礼野真夢紀さんなのですよ☆」
「よろしくな。森助だ」
 森助と礼野が挨拶を終えると、火麗(ic0614)が現れた。
「付け合わせの福神漬けとらっきょうの酢漬けを買ってきたよ。辛い丼の辛みを和らげ味わいやすくするためには重要だからね」
「助かったのです☆ ど忘れていたのですよ〜♪」
 光奈に大きな袋の中身を見せたとき、火麗は森助と目が合う。
「こちらが森助さんかい。火麗だ。よろしくねぇ」
「辛い丼だけじゃなくて、いろいろと食べさせてくれるって聞いたぜ。よろしくな」
 森助と火麗が言葉を交わす。
 そのとき光奈は遠くにリィムナ・ピサレット(ib5201)とからくり・ヴェローチェの姿を見つけた。ヴェローチェが荷車を引いて、リィムナは布に包まれた棒のような物を担いでいる。
「光奈、タンドール用意できたよ♪ もう熾した炭を入れてあるから熱いからね。それとこれは鉄串だから気をつけてね〜」
『ですにゃ♪』
 リィムナは先に荷物一式を船倉に運び込んだ。その後、森助に挨拶をする。
「あの壺みたいので調理するのか。不思議なもんだな」
「満腹屋さんが始まったら、その料理も食べられると思うよ♪」
 森助は激しく世事に疎かったのでリィムナが有名なのを知らない。彼がそのことを知るのは大分後のことになる。
「そろそろ来るとおもうのですけど」
 積み込み作業は終わったものの、銀政がまだ乗り込んでいなかった。離陸の準備をしながら一同は待つ。
「遅くなってすまねぇ」
 しばらくして大きな風呂敷包みを背負った銀政が走ってやってくる。全員が揃そったところで離陸開始。森助の飛空船は大空高く浮上した。

●現地の料理
 集落は神楽の都から三日ほどかかる険しい道の森の中に存在する。ただそれは地上を進めばの話だ。飛空船ならすべての障害をひとっ飛び。ほんの三十分ほどで現地に到着する。
 到着した一行は集落の人々から歓迎を受ける。そして昼食として振る舞われた料理が『叫化鶏』だ。
「普通は卸した鶏を蓮の葉で包んで粘土で固めて、炉や土中に埋めて焚き火で焼くんだがな。うちの集落では粘土の代わりに岩塩を使うんだ」
 森助に勧められた一行は叫化鶏を頂く。
「集落独特の調理方法を聞こうと思っていたけど、ちょうどよかったわ」
 火麗は蓮の葉の香りがほのかに移った鶏肉を口にする。酒、醤油、砂糖などで下味がつけられていたのでそのままで美味しい。中の詰め物には豚のもも肉が使われていた。
(「なるほどねぇ。地元ならではだね、こういう料理は」)
 火麗はさっそく側にいた集落の女性に叫化鶏の作り方を教えてもらう。
「美味しかったのです☆ ごちそうさまなのですよ♪」
 全員が食べ終わった。光奈も存分に味わう。
 辛い丼を含めた料理を集落の人々に振る舞うのは夕方である。
 集落の集会場に併設された調理場の小屋には、事前に伝えた通りの豚や鶏の部位が揃えられていた。

●隗厳と光奈のカレー作り
 調理場の小屋には集落の女性達が見かけられる。どのような料理を作るのか、興味津々の視線が一行に注がれた。
「おかげで捗るのですよ♪」
「下拵えはお任せ下さい」
 光奈と隗厳がジャガイモの皮を次々剥いていく。二人とも手がけるのはカレー、満腹屋では辛い丼と呼んでいる。
 光奈は作ろうとしていたのは安州の満腹屋のレシピに沿った『辛い丼』。隗厳のは別製の『辛い丼弐』である。
 相談の末、五十人分の半分ずつをそれぞれ受け持つことした。使う食材のかなりの部分が共通しているので、最初は一緒に下拵えをする。
 からくり・光と銀政は釜戸で使う薪割りをしていた。その後、米を研いで飯炊きの準備を行う段取りである。
 玉葱、人参も切り終えたところで次の作業へ。集落の人々が井戸水を汲んでくれたのでとても助かった。
「うまく仕上がってよかったです」
 隗厳が覗き込んだズンドウの中身は昨日作ったブイヨンスープである。
 氷室に保管されていた森助からの食材が使われている。豚や鶏の骨に刻んだ玉葱や人参、葱を加えて長時間煮込み、こまめにアク取りをしつつ完成させていた。
 今は半固形状だが火を通せば液体に戻る。
 バターや小麦粉、光奈が調合した香辛料でカレールーを仕上げていく。適度に薄めたブイヨンの中へ投入。肉は豚と鶏の両方を使う。
 玉葱やジャガイモなどの具材は別茹でして後で合わせる。大量に作るので一緒に煮込むと形が崩れるからだ。
 カレーとしてまとまった後、一度火を止めて冷ます。こうすると早く味が染みこむ。食べる直前にもう一度温め直せばよい。
 隗厳は辛い丼弐の付け合わせとしてある物を用意していた。豚肉、鶏肉をブイヨンスープにつけ込んだものだ。
「これを天麩羅に仕上げます」
「ブイヨン漬けお肉の天麩羅を添えるのですか。驚きなのです!」
 隗厳が作った天麩羅を光奈が試食する。これだけでも十分な美味しさが感じられた。
 光奈が調理していた辛い丼も完成に近づく。こちらは天儀風を目指したものなので、蕎麦つゆに近い鰹風味の醤油ダレがカレーに足された形になる。
「みごとな豚肉の薄切りなのですよ〜♪ 脂身もほどよくついているのです☆」
 辛い丼とは別に光奈は豚玉お好み焼きを作る。食事の時間に合わせて焼くために、準備を整えておくのだった。

●火麗の副菜
「それじゃ、光奈。あたしも自分の調理を始めるからね」
「火麗さん、ジャガイモとかを茹でるの手伝ってくれて助かったのです☆」
 火麗は光奈のカレー作りを手伝ってから自分の調理に取りかかった。
「ここにある包丁はものすごい斬れ味だねぇ」
 畜産を生業にしている集落だけあって肉切りの専用道具が充実している。専用台に肉の塊を載せて螺旋式の摘まみを回すとその分だけ肉が押しだされた。その上で鉄製のガイドに沿って包丁で使えば、誰でも塊の豚肉を非常に薄く切ることができる。
「まだ時間があるから試食分でも作ってみようか。冷麗も食べたいかい?」
 火麗が訊ねると羽妖精・冷麗は瞳を輝かせた。
 大きな鍋に湯を張り、薄切りの豚肉を湯通ししていく。後は千切ったレタスと合わせて辛子醤油をかければ出来上がりである。
「もう少し待ってな。鶏肉のやつも作るからね」
 火麗の言葉に冷麗が何度も頷く。
 集落の女性に聞いたところ、叫化鶏以外で他ではあまり食べられていないこの集落独特の料理を教えてくれる。それは豚の血を固めた『猪紅』を使った粥であった。
 試しにと猪紅そのものを食べさせてくれる。感想としては豚の肝臓を豆腐にしたような味と食感である。想像していたよりも鮮やかな味で血なまぐささはなかった。集落の女性曰く、新鮮な血を使っているからだという。
「こんなのはどうかねぇ」
 火麗は鶏の胸肉を茹でてから炙り、それを薄切りにして大蒜、発芽したばかりの大根の束、玉葱の細切りを添えてみた。
 一度それなりに茹でたのは集落の女性から要望があったからだ。集落の掟として肉には一度熱を通して欲しいと頼まれたのでそれに倣った次第である。
 仕上げにかけたポン酢は神楽の都で選んできた火麗のお勧め。男性にも好まれそうな柔らかな酸っぱさの逸品だ。
「これで副菜はよさそうだねぃ」
 目の前で冷麗が美味しそうに副菜二品を頬張る。光奈や仲間達、集落の女性達にも試食してもらう。自信を持って本番の調理に挑む火麗であった。

●ジューシーお肉
 リィムナは初めに釜戸の前で『火種』を使う。藁、細切りの枝、最後には薪といった順で釜戸を使えるようにした。
「おかげで他の作業が捗ったし、ご飯も早く炊けそうだ」
「火を熾すのなら任せてね♪」
 銀政に感謝されたリィムナは次に礼野と協力して氷霊結を使う。調理に使う分の氷を用意してから自分の料理に取りかかった。
「ヴェローチェ、あれ持ってきてね♪」
『今持っていきますにゃ♪』
 リィムナに頼まれた、からくり・ヴェローチェが木箱を持ってくる。
 氷の層を挟んで二重構造になっていた木箱の中身は昨日からヨーグルトに塩、香辛料で漬け込んでおいた鶏肉であった。
「辛い丼によく合う香辛料が利いた料理を作るんだ♪ 骨のあるのがタンドリーチキンで、骨の無い方がティッカ♪」
『おいしそうですに♪』
 鶏肉はすでに切ってある。順に鉄串へと刺していると光奈がやって来た。
「今手が空いてるので手伝うのですよ〜♪」
「ヴェローチェが刺している普通の鶏肉にあの壺のタレを塗ってもらえるかな? そっちは焼き鳥風なんだ♪」
 辛いのが苦手な人もいると考えてリィムナは焼き鳥味も用意していた。醤油、砂糖、味醂、酒から作った甘口だ。
 もも、ねぎま、ぽんじり、ハラミ、ハツ、軟骨、砂肝、肝臓、せせり、ソリレス、さえずり、皮。できうる限りの部位を焼き鳥にする。
 タンドールの底に敷き詰められた炭はすでに真っ赤に燃え上がっていた。いつでも焼くことができる。
「ハツは塩味の方が美味しいかな?」
「あ、食べたいのです☆ 食事のときにですけと♪」
「だね♪ 折角だし塩味の焼き鳥も作ろう♪」
「楽しみなのですよ〜♪」
 リィムナが使ったのは鶏肉ばかりではない。豚肉のフェジョアーダも作る。
「黒隠元豆と玉葱、豚の脂身、豚肉、干し肉、腸詰、豚耳に鼻、豚足、皮を大蒜と塩味でじっくり煮込んでっと‥‥」
『忙しいですにゃ♪』
 ヴェローチェがやさしく鍋の中身をかき回す。
 フェジョアーダの完成に合わせて試食分のタンドリー焼きができあがる。
『リィムにゃん、ティッカ、おいしいですにゃ♪』
「よくできたかな♪ 焼き鳥のほうも‥‥うん、おいしい♪」
 試食中のリィムナとヴェローチェが瞳を輝かす。
「辛うまなのです☆ こっちのスープもご飯がすすみそうなのですよ」
 光奈がタンドリーチキンに続いてフェジョアーダも味わった。
 まもなく光奈はカレー作りに戻る。一時間後、仕込みを終えたリィムナとヴェローチェは仲間達を手伝う。
 やがて夕方、リィムナとヴェローチェは頃合いを見計らって鉄串の肉をタンドールで焼き始めた。

●仲良し
 昼食後、礼野とオートマトン・しらさぎは一旦森助の飛空船へと戻った。予備として積んであった食器と匙の木箱を運び込むためである。
「光奈さんに持ってくるようにいっといてよかった。集落の人に確認したら足りなさそうだし」
 しらさぎが木箱を載せた荷車を引っ張った。礼野は後ろから押す。
『マユキ、ミナさん、シラサギとヒカリのテンインふく、できた?』
 振り向いて礼野に話しかける、しらさぎは少し寂しそうである。
(「そうか。制服がまだだったから、少し元気がなかったんだ。しらさぎは依頼というよりも店員としての仕事だと思っているんだ‥‥」)
 間違いではないので誤解は解かずそのままにしておく。調理場の小屋からちょうど光奈が出てきたので礼野は制服のことを質問した。
「迷ったから二種類頼んだのです♪ 天儀風とジルベリア風なので試供分が来たら是非選んで欲しいのですよ♪」
 光奈の言葉にしらさぎは大いに喜ぶ。
 二人は木箱を抱えて小屋の中へ。仲間達はすでに調理を始めている。リィムナと一緒に氷霊結で必要分の氷を作ってから、礼野は自分の調理に取りかかった。
「私が作るのは豚の生姜焼き、鳥のもも肉で照り焼き、それからとんかつね。各十人前ずつ、照り焼きととんかつには甘藍の千切りもつけないと――」
 礼野はしらさぎに話しかけながら考えを整理する。
「しらさぎは豚の角煮と鳥手羽のお酢煮をお願いね。それと甘藍の千切りもお願いできる?」
 二人は包丁を握って動きだす。下拵えをしつつ、試食分だけを先に調理してみた。
『タマネギとカンラン、センギリできたのー』
「ちょうどよかった。トンカツが揚がって、照り焼きと生姜焼きもできたから‥‥。やっぱり光奈さんに味見してもらったほうがいいわよね」
 光奈とからくり・光を、しらさぎに呼んできてもらう。
『豚のカクニ、おいしい』
「それしらさぎが、つくった』
 光としらさぎは仲良く並んで試食した。光奈と礼野も一緒に一口ずつ味を確かめる。
「本当は目新しい物の方が宜しいのでしょうけど‥‥」
「こういったのが難しいのですよ。一般的だからこそ、うまさの差が誰にでもわかりやすいのです。もっと食べたいですけど、夕食まで我慢するのですよ〜♪」
 焼いたり揚げたりする料理は温かさが美味しさに直結する。食事まで一時間を切ってからが礼野としらさぎの本番といえた。
(「窓から人が覗いているけど、男の人が増えてきたような‥‥」)
 礼野はふと窓を眺めて心の中で呟く。
 それまで調理場の小屋に来ていたのは女性だけだった。しかし夕方が近づくにつれて男性が増えてきた。
 どうやら集落中に漂う美味しそうなにおいに誘われたようである。

●夕食の集い
 宵の口には集落の人々が集会所に全員集まる。
「今度、智塚光奈さんが神楽の都で満腹屋弐号店をやるそうだ。うまかったら是非に寄ってやってくれ!」
「よろしくお願いします〜♪」
 森助が光奈と満腹屋弐号店を紹介して夕食の集いは始まった。
 温かいうちに食べてもらうためには集落の人々の協力も必要である。配膳が遅いとその間に冷めてしまうからだ。
 それについて光奈と森助は相談済みであった。集落の人々は家から持ってきたお盆や膳を抱えて盛りつけられた皿や器を受け取っていく。
「焦らなくてもたくさんあるからな。辛い丼は残っていればお替わりしてもかまわないぞ」
 行列の整理は森助がやってくれる。
「こりゃ大忙しだな」
 ご飯を丼によそるのは銀政の役目だ。
『辛い丼、おまちどうさまです。テンギ風です』
 からくり・光はルーをかけて辛い丼を渡す。
「こちらは希儀風の辛い丼です。辛い丼弐になります」
 隗厳は辛い丼弐の担当である。
 辛い丼にはどちらにも福神漬けか、らっきょが添えられた。もちろん豚肉のブイヨン漬け天麩羅も。二つの味が知りたいといって小鉢で両方をもらっていく者もいる。
「とんかつ出来たから付け合せお皿に盛ってー」
『終わったら持っていくのー』
 礼野とオートマトン・しらさぎは行列の後半用に今も料理を作り続けていた。豚の角煮と鳥手羽のお酢煮は自由にとれるよう、小鉢に盛られて配膳用の卓へと置かれている。
 豚の生姜焼き、鳥のもも肉の照り焼き、トンカツが完成次第卓へと運ばれていく。
「どれも焼きたてだよ♪」
『美味しくてほっぺた落ちちゃいますにゃ♪』
 リィムナとからくり・ヴェローチェはタンドールを集会場内に持ち込んでいた。
 タンドリーチキンにチキンティッカ、そして焼き鳥風のタンドリー焼きはとても人気がある。特に男性がたくさん持っていった。
(「狙った通りになったようだねぇ」)
 火麗が作った豚肉の薄切り冷製仕立て・辛子醤油風味と冷静鶏胸肉のポン酢味は女性に人気を博す。
 羽妖精・冷麗は双方にドレッシングをかけていく。食べる直前にかけたほうが美味しいからだ。
「ここが正念場なのですよ!」
 光奈は鉄板を前にして次々とお好み焼きを焼いていった。
 甘藍の千切りに豚のバラ肉が鉄板の上を舞う。ヘラで綺麗にひっくり返してソースで味をつけていく。それを手伝い、運ぶのはからくり・光である。
 やがて集落の人々全員に一通り行き渡った。光奈と開拓者達も森助と一緒に料理を頂いた。
「辛い丼はもちろんだが、どれもうまいな。うちの肉がこんなにうまくなるなんてよ。嬉しいもんだぜ」
 森助が次々と料理を頬張る。
「あのですね――」
 光奈は森助に頼んだ。豚肉と鶏肉を適切な値段で定期的に仕入れさせてはくれないかと。
「ここに来てもらう話しをしたときから、そのつもりだったさ。あのときの辛い丼は特に美味かったからな。味だけじゃなくて心意気もな」
 森助は市場価格の八割程度で肉類を卸してくれるという。品質を含めればそれ以上の価値がある。
「嬉しいですけど大丈夫なのです? そのお値段で」
「大丈夫。ちゃんと儲けはあら〜な」
 森助の丼が空になっていたので光奈がよそりに向かう。その間に光奈のことを頼むと開拓者達は森助に頭を下げる。
「みんないい奴なんだな‥‥。こういうのに弱いんだ、俺‥‥」
 光奈が戻ってくる頃、森助は涙ぐんでいた。

●そして
 光奈と開拓者達は一晩集落に泊まってから神楽の都へと戻る。集落には昨晩のうちに調理した辛い丼のルーを残していった。
 満腹屋弐号店の改装はほとんど終わっている。
 注文していた裁縫店から満腹屋弐号店用の制服が届く。オートマトン・しらさぎとからくり・光に着替えてもらう。
「両方でといいたくなるところなんですけれど、ここはどちらかに決めたいのですよ。『この制服を観たら満腹屋!』って感じでお客さんたちに覚えてもらいたいのです」
 光奈は二人を眺め続けて呻る。
 しらさぎが着ていた天儀風の制服は袴と着物が重なったような仕上がりだ。色は桜色で統一されている。
 一方、光が着ているジルベリア風の制服は騎士のジャケットのような仕上がりになっていた。ちなみに下はズボンではなく折り重なったスカートである。
 光奈は礼野にどちらがよいのか次までに考えて欲しいとお願いする。
「集落の人達に喜んでもらえてよかったのですよ〜♪ それにおかげさまでかなりの好条件でお肉が手に入るようになったです☆」
 別れ際、光奈は開拓者達に深く頭を下げるのだった。