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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 一階飯処の仕事が終わったある寒い日の夜。智塚光奈は両親に呼ばれて居間の囲炉裏端に座った。 「この香りは‥‥もしかして」 囲炉裏に吊されていた鍋の中身は甘酒であった。器に移して一杯目が飲み終わった頃、襖が開いて両親の儀徳と南が姿を現す。 本日の出来事を話した後で義徳が用件を切りだした。 「光奈、実は神楽の都に満腹屋の支店をだそうかと考えています。ついては暖簾分けをするので店主を引き受けてくれませんか?」 「暖簾分け‥‥なのです?」 きょとんとする光奈を前にして儀徳の説明は続く。 遠縁の親戚が長らく放置していた空き家を格安で買い取ったのだという。このまま寝かせておくのは勿体ない。一族が長く保有していた土地なので手放すのも忍びなかった。 名ばかりの店主ではなく、支店の権利すべてを譲る条件で儀徳は光奈を説得しようとする。 「鏡子お姉ちゃんは知っているのです?」 「鏡子には光奈が承知してからと考えています。あの娘には将来、安州の満腹屋を任せるつもりですのでそのように。答えは急ぎませんのでゆっくりと‥‥」 「お父さん、その話引き受けさせてもらうのです☆」 「え? じっくり考えて、それに断ってもよいのですよ」 光奈は両親の前で笑顔を浮かべる。 「家族のみんなと別々に暮らすのは寂しいのですけれど、でもいつかはこういう日も来るんじゃないかって」 「光奈‥‥」 光奈の言葉に儀徳が言葉を詰まらせる。隣に座っていた南はさめざめと泣きだす。 「あたしは反対なのだけど、でも光奈が決めたことを尊重しようと思って黙っていたの。ごめんね、光奈」 「謝る必要はないです。神楽の都で満腹屋の名を広めるのですよ〜♪」 南が光奈をしばらく抱きしめる。 「あ、そうだ。一つだけお願いがあるのです。銀政さんを一緒に連れて行って構わないです?」 この一言で両親の表情が一変した。 「‥‥そうか。二人はそういう仲だったのか」 「どちらかといえば鏡子と銀政さんって感じだと思っていたのだけど」 両親が勘違いしたことに光奈は大慌てする。 「ち、違うのです! も、もし鏡子お姉ちゃんと銀政さんがいい仲だったら、邪魔するつもりはないですよ」 「じゃあなんとなくは惹かれているのね‥‥」 「そ、そういう感情は持っていないのですよっ」 「本当に?」 しばらく光奈と南のかみ合わない会話が続く。ちなみに儀徳はその間、とても複雑そうな表情を浮かべていた。 本当のところ、光奈は銀政を男性としてみていない。面倒見がよい兄貴といった感じだ。だが結局、両親には信じてもらえなかった。 翌日、鏡子と銀政が一人ずつ順に居間へと呼ばれる。その度に儀徳の口から暖簾分けの話が伝えられた。 鏡子は光奈との別れをとても残念がる。 銀政は考える時間が欲しいといってその場では返事をしなかった。三日後、神楽の都行きを承諾する。 光奈は早めに神楽の都の店舗を立ち上げたいと安州ギルドに出向く。 「どんな空き家なのかまだ確かめていないのですが、きっと改装しないといけないと思うのです。それにあっちでの食材入手とか、全然わからないので神楽の都をよく知る開拓者さん達にお手伝いをお願いしたいなって――」 受付嬢に依頼内容を説明する光奈の胸の中には夢が一杯詰まっていた。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●新しい地 深夜の神楽の都。開拓者達は精霊門前で依頼主一行を待った。 「こんばんは〜♪」 やがて依頼主の智塚光奈が精霊門から現れる。 『ヒカリです。よろしくオネガイします』 続いてからくり・光。 「銀政だ。世話になる。ガイムもよろしくな」 最後に駿龍・ガイムの手綱を握って歩く銀政も到着した。 真夜中に満腹屋弐号店となる空き家を訪ねてもやれることは殆どない。予約してあった宿屋の二部屋に分かれて一晩を過ごす。夜が明けてから徒歩で向かった。 「光奈さん、その若さで暖簾分けだなんて、凄いじゃないさ」 光奈と十野間 月与(ib0343)が並びながら歩く。 「そんなことはないのですよ。でも‥‥ちょっとだけ寂しいかな」 「家族が別れて暮らさないといけなくなるのはその通りだけどさ。それにも増して、新天地で自分の腕を試せるって言うのは楽しみでもあるよね」 「頑張るのですよ♪」 「その笑顔こそ光奈さんだよ」 宿屋から十五分ほどで空き家に辿り着いた。まずは空き家をぐるりと一周してみる。 「それなりに手をいれなくちゃならないのは確かだな」 銀政が空き家を眺めて呟く。儀徳によれば五年ほど人が住んでいなかったようだ。しかも一年だけでその前は三年ほど遡るらしい。 「あれ?」 裏庭を眺めた光奈が首を傾げる。想像していたよりも狭かったからだ。正面に戻り、儀徳からもらった鍵で錠前を外して戸を引いた。 嵐龍・菫青とガイムには外で待機してもらう。二体を除く全員が家の中へと入る。 蕎麦屋次代の店舗部分らしく、卓や椅子が雑多に置かれていた。 上級からくり・睡蓮が『夜光虫』の式を召還してくれる。その明かりを頼りにして窓戸が開けられた。 羽喰 琥珀(ib3263)が窓の外を覗き込んで瞬きを繰り返す。 「光奈ぁ、ちょっと来てくれるか。中庭だよなーこれ」 「あ、本当なのです」 店舗部分と住宅部分、そして倉庫用の建物が囲むにようにして中庭が存在していた。見えるのは枯れた茫々の雑草と野ざらしにされたガラクタばかりである。 「この棚の裏に出入り口があるようだねぇ」 火麗(ic0614)が中庭に繋がる扉を発見した。邪魔な棚を動かして中庭にでてみる。 「父がいっていた庭はここのことだったのですよ。結構広いのです」 光奈が錆だらけの鍋を摘まんでそのまま落とす。片付ければ使えそうだと話しながら室内に戻った。 「埃だらけなのはしょうがないですけど‥‥綺麗にすればまだ使えそうかな?」 礼野 真夢紀(ia1144)は口元を袖で抑えながら落ちていた布きれで卓上を拭いてみる。汚れていたものの傷はそれほどでもなかった。 「雨漏りがあるようですね」 天井の染みを見つけた隗厳(ic1208)はシノビの身軽さで外へでて屋根の上に登る。中庭で拾った木片といくつかの石で瓦が紛失している部分を覆っておく。 次に板場を確かめた。 「道具類はダメっぽいのですよ。でも釜戸とかはそのまま使えそうなのです☆」 光奈が釜戸と残っていた薪を見つけて喜んだ。 食器の類いはほとんどが割れていて使い物にならない。包丁などの鉄製の道具はどれも錆だらけだ。どちらも新たに揃える必要がある。 (「包丁とかはいいとして、問題なのは食器なのですよ。数が必要なものは大変なのです‥‥」) 光奈が腕を組んで考えていると、からくり系の三人組が早歩きで近づいてきた。 「えっ? 安州の満腹屋みたいに地下への階段があるのです? 銀政さんが見つけたのですか?」 光奈は連れられて階段に。睡蓮がだした『夜光虫』の灯りを頼りに下りていく。床に達すると少し離れたところで銀政が提灯を持って立っていた。 「お、来たか。この地下室、氷室にできそうだと考えていたんだ」 「氷室があるとないとでは大違いなのです。是非に欲しいのですよ〜♪」 光奈と銀政が相談していると開拓者達も下りてきた。 「会話が聞こえましたけど、氷室はあった方が良いですよね。まゆも氷作れますよー」 「ものすごく助かるな。俺一人だと練力回復のためにずっと寝てなくちゃならなくなるし」 礼野は節分豆での練力回復を銀政に勧める。そして一気に氷の山を作るべきだと。 氷はある程度の嵩がないとすぐに溶けてしまうからだ。湯飲みの茶と比べて風呂のお湯が冷めにくいのと理屈は一緒のようである。 「やらなくちゃいけないことが山積みだね。睡蓮、お願いだよ」 月与は睡蓮に筆記を任せた。 まず店の内装と外装を修理しなければならない。優先して腕の良い大工を探す必要があった。 食材の入手経路確保も重要だ。商売で使うとなればまとまった量を定期的に仕入れるのが普通。三月後半に開店するなら、今から手をつけるべき案件といえる。 地下室を氷室に改造するのは自分達でやることにした。大工に任せる手もあるが、そうすると完成がかなり遅れてしまう。氷の準備と食材の確保を考えれば、すぐにでも使えるようにする必要に迫られていた。 悩みどころは室内や庭に散らばるガラクタを含めた大量のゴミ。 幸いにも龍や小型飛空船の力が借りられる。業者に任せるよりも自分達でやった方が早いと判断するのであった。 ●大工探し 「んじゃ、俺こっち」 「あたしは通りの向こうを探そうかねぇ」 光奈から大工探しを頼まれた羽喰琥珀と火麗は別れる。二人はすでに建っている家から判断し、腕前のよい大工を探そうとしていた。 羽喰琥珀は見かけのよい築数年の家を見つけだす。 「家に何か用かい?」 「あ、ごめん。すげえいい家だと思ってさ」 そして家の者から住み心地を訊いた。すきま風や雨漏りがあれば論外である。 「よかったら教えてくれないかな。あ、もうすぐ満腹屋ってのができるからさ。この札持ってきてくれたら一品おまけするよ」 よさそうだと判断したときには大工の名前と住処を教えてもらう。そうやって候補を増やしていく。 火麗は羽妖精・冷麗と一緒に商売屋の店舗を見て回った。 「落ち着いた雰囲気の店だねぇ」 火麗は軽食を注文し、冷麗と一緒に味の敵情視察をしつつ内装を確かめる。酒を一杯引っかけたい気分にかられるが昼の間は我慢した。 大工については女給に駄賃を握らせて教えてもらう。まともな大工なら御用聞き回りをするので店主でなくても顔なじみのはずである。 火麗と羽喰琥珀は大工の候補を調べるのに一日を費やす。夜にはお互いの候補を照らし合わせて絞り込んだ。 そして二日目からは実際の現場へと向かう。 (「ここの大工さんたち、よさそうだな。あれが棟梁かな?」) 羽喰琥珀は塀の上によじ登って眼をこらす。資材や道具など整理されて適切に扱っているかを観察する。 腕がよくても人柄に問題のある大工は除外した。子供や素人を相手にして高飛車になるようではたかが知れている。手を抜くに違いなかった。 「ふぅ〜ん、内装専門なのかい。いいねぇ、こだわりがある人は大好きさ。でも外装の大工と喧嘩にならないかい?」 火麗が腕を見込んだ大工の棟梁は内装専門だった。後で羽喰琥珀に相談する。 「一生もんだから、しっかりとした大工探さなきゃなー」 羽喰琥珀は火麗に合わせて外装を得意とする大工を選んだ。それぞれの棟梁を連れて光奈との面会の場を用意した。 「この店の改装をお願いしたいのです」 光奈が空き家を案内しながら棟梁達と改装の話を煮詰めていく。 現在引き受けている仕事がどちらの棟梁も一週間ほどで終わる。その後、弟子達を引き連れて改装に取りかかると約束してくれた。 明後日を締め切りとして改装の要望を渡すことになる。約束の証文もそのときに交わす段取りだ。 「うんと、間取りが違うので安州と同じとはいかないのですよ」 悩んでいた光奈に羽喰琥珀と火麗が力を貸した。 「前の満腹屋と同じ傾向なら客単価重視だよねぇ」 「座席と窓は多めがいいよなー」 給仕が注文から料理を運ぶまでの動きを想定して卓や座敷の大まかな位置が決められる。座ったときに壁のお品書きが見やすいようにする工夫も忘れない。 厨房についても同様だが、棚などは銀政の意見を採り入れる。 「龍の厩舎だけじゃなくてさー」 羽喰琥珀が季節ごとに映える樹木を中庭に植える案をだす。窓からそれらを眺めながら食べられる趣向である。 「くつろいで食べることができるんじゃねーかな。それに店の中走り回られるよりいーと思うんだけど、どーだ? 他にも庭で料理食べれるよーにするとか」 「夏場はよさそうなのです☆」 話している間に夢は膨らんでいった。 「光奈、酒の発注を忘れないようにしてくれよ」 「そのことなんですけど――」 光奈は酒類の取りそろえを火麗に一任した。 ●食材の確保 「どうしよ‥‥」 話しは遡って初日の午前中。光奈は食材の入手にも頭を悩ませていた。 「光奈さん結構顔広かったし‥‥都にいる方で知り合いの料理人さんっていらっしゃいませんか? その方に相談と言うのも宜しいかと」 礼野の一言で光奈は思いだす。 「そうなのです! 美世ちゃんと会うのご無沙汰だったのですよ」 楢崎美世は光奈の幼なじみ。かなり以前、神楽の都への屋台進出を手伝ったことがあった。 「あたいは調味料を探してこようか。よさそうな問屋も探しておくからさ。それと――」 調味料と食器類探しは月与が担当してくれる。礼野もつき合うことにした。 「大工探しが終わったら近郊の農家を回ってくるかねぇ」 火麗は時間ができたら野菜農家を探すつもりである。 「魚介類は任せてください。既存の流通の流れを妨げずに入手可能か探ってきます。それと――」 生け簀を作ってはどうかと隗厳は提案したが、光奈はごめんなさいと頭を下げる。 隗厳がずっと面倒をみるのならともかく自分達だけでは維持管理が難しいからだ。新鮮な魚介類の保存は活け締めと氷室で済ませることにした。 午後になって光奈は楢崎美世のところへ。屋台を畳んで今は兄弟達と一緒に店舗を構えている。 「あれ? 光奈ちゃんじゃない!」 「お久しぶりなのです☆」 光奈は満腹屋出店のことを伝える。 幸いなことに両店はかなり離れていた。楢崎美世のところでもソース料理は扱っているが問題はなさそうである。 「これ食べてって。アル=カマル風の串焼きなんだ」 一時期、呂の商隊からソースが届かなかったので別種の料理を開発したという。 光奈は楢崎美世から関わり合ってはいけない都の食材業者を教えてもらった。他は程度の差はあれ大丈夫だという。何を重視するかで変わるだけである。 月与と月与は、しらさぎと睡蓮を連れて問屋街を回った。 「まゆちゃん、このお塩どうかな?」 「南志島産ですね。海塩の方が満腹屋さんでは合っている気がします」 食事処にとって食器は重要だ。 陶器を扱う店主に相談すると荷車一杯に木箱入りの見本を貸してくれる。これらの品々ならば一週間程度でそれなりの数が揃えられるという。 「屋号入りの食器はうまくいってからなのです」 空き家に戻った月与と礼野は光奈と一緒に木箱を開けて食器を選ぶ。 初日の隗厳は市場の観察に尽力していた。 (「ここからならよく聞こえます」) 『秘術影舞』で姿を消し、『超越聴覚』で店主や売り子の話しを耳にする。日が暮れて宿に戻ってから光奈に相談した。 「船丸ごとの漁獲を買い上げるのが一番安いようです。こちらは無理なので数日間、漁師のお手伝いをしてきます」 満腹屋弐号店はずっと続く予定である。今後の顔つなぎをするために隗厳は翌日から漁船に乗り込んだ。 「私はからくりですから呼吸は不要ですので、これまで行けなかった場所での漁も可能です」 半信半疑だった漁師達だが隗厳は有言実行した。カミヅチ・件に跨がって魚がたくさん泳いでいる海域を探しだす。 「この真下です」 海面から顔をだした隗厳が漁船の船長に伝えた。さっそく魚網が投げ入れられる。 それから二時間後、隗厳が手伝った漁船は大漁旗を掲げて港に戻るのであった。 ●片付け 一通りの手配が済むと一同は掃除に手をつけた。 からくりのしらさぎと光が地下室のガラクタを中庭へと運びだす。 「この棚、もうダメですよね」 「捨てちまおうかねぇ」 礼野と火麗は室内を任される。ガラクタはすべて中庭へ。羽妖精・冷麗はゴミを拾って麻袋にまとめていく。 「次はあの丸太をよろしくなー」 嵐龍・菫青を操る羽喰琥珀はガラクタやゴミの詰まった麻袋を掴ませる。そして大空へ舞い上り、上空で待機している商用小型船の甲板へ置いていった。 銀政も駿龍・ガイムに跨がって羽喰琥珀と同じ作業を行う。 小型船を操っていたのは月与である。 中庭に着陸するだけの余裕がなかったのでこのようなやり方となった。 機関室ではからくり・睡蓮が待機。操船補助役は光奈が担当。甲板には隗厳がいてガラクタやゴミが片寄らないように整理してくれる。 「そろそろかな? 光奈さんお願いだよ」 「わかったのです☆」 月与に頼まれた光奈が中庭の者達に合図をだす。積み込みは一旦終了。龍騎の羽喰琥珀が着船したところで小型船は郊外を目指した。 着陸したのは人気がなく、燃え移りそうな枯れ草などが生えていない土地。甲板のガラクタやゴミを下ろし終わったところで火を点けて燃やし始める。 「任せてください。もしものときも件がいればすぐに消すことができます」 郊外に残って燃やす役目は隗厳が担う。 小型船は空き家上空へと戻った。ゴミを運ぶ作業は計三回行われる。片付け終わった中庭に残ったのは龍にも使えそうな厩舎のみだ。 宵の口になって全員で銭湯に立ち寄った。一風呂浴びた後、楢崎美世のお店で晩御飯を食べる。 「そうそう、氷室用に発注した木板は明日届くそうだ」 「なら作業ができそうだねぇ」 銀政と火麗が天儀酒を酌み交わす。 「早めに氷室が用意できそうなのですよ〜♪」 光奈は喜びながら心の中で呟いた。ここまで順調に進んでいるのは開拓者達のおかげだと。 (「設備や物だけでなく人集めもしないといけないのですよ。美世ちゃんに助言以上の世話をしてもらうのは、筋が通っていないような気がするのです‥‥」) このままだと満腹屋弐号店は絶対的に人手が足りなくなる。開店時には開拓者達に手伝ってもらうとしても、その後のことを考えると絶望的であった。 ●店員と氷室 「よいしょっと」 地下室の改装に取りかかる日の早朝。光奈は通り沿いに看板を立てる。 同じ時間、礼野はオートマトン・しらさぎと一緒に散歩していた。両手で抱える籠の中は行商から買ったばかりの鶏卵である。 「鶏卵、数が用意できるって行商さんがいってたから、忘れず光奈さんに伝えておかないと」 『ヒカリ、このままミヤコいる?』 「そうみたいね。店員とかどうするのかな?」 『シラサギ、ヒカリといっしょがいい』 二人は宿屋に戻る途中で空き家の前を通りかかる。 そのとき、看板が目に留まった。満腹屋弐号店の開店告知、それに料理人と給仕の募集が記されている。 「あ、ちょうど募集し始めたみたい。‥‥そうよね。私の場合、店員としても手伝えるかしら?」 『シラサギもてつだう』 すぐに決断した礼野は宿屋に戻って光奈に相談した。 「えーと。光奈さん、私、しらさぎ込みで店員に雇ってもらえませんか? 開拓者の仕事があるときは、しらさぎを残していきます。給仕だけでなく調理もある程度は任せられますから。それにお酒も出すのでしたら、銀政さん以外にも荒事対応出来る人員いた方が良いでしょうし」 「え、勤めてもらえるのですか?!」 光奈にとっては願ったり叶ったりである。 「開拓者さんのお仕事を請負いながらで大丈夫なのですよ〜♪ 真夢紀さんシラサギさん、よろしくなのです☆」 もう少し人手が欲しいので募集は続行するという。だがさっそくの成果に光奈は殊の外喜んだ。 『マユキ、シラサギ、ヒカリとおそろいのフクほしい』 「?‥‥あ、制服ってことかぁ。うん、一案として在りかも」 礼野がしらさぎの希望を解釈して光奈に提案する。 「食器は時間的に無理でしたけど、満腹屋の制服なら間に合いそうなのです☆」 光奈の承諾を得た礼野としらさぎは、後日買い物のついでに仕立屋を見繕った。光の意見も採り入れた図案で発注することになる。 朝食後に空き家を訪ねると裏庭に木板が積み上げられていた。銀政が発注した氷室用の資材だ。 「菫青、こっちに来てくれるか」 真っ先に飛びだした羽喰琥珀が嵐龍・菫青の背中に木板を積んでいく。駿龍・ガイムの背中にも乗せて階段の降り口まで木板を移動させる。 「はいっ!」 「はいっ!」 階段から地下室までは人とからくりが一列に並んで木板を手渡した。すべての木板を地下室に運び込んだところで氷室作りを行う者だけが残る。 提灯の明かりを頼りに羽喰琥珀、銀政、隗厳が玄翁と釘で木板を張っていく。光奈、礼野、しらさぎ、光は藁を板の隙間に詰めた。 「排水溝には被せないようにしてくれ」 銀政の指示に従って作業は進められる。地下室は藁が混ぜられた粘土質の土壁なので元々熱を通しにくい。夕方には一通り張り終えた。 氷霊結に不可欠な水は隗厳が用意してくれる。 「件、お願いしますね」 隗厳に頼まれたカミヅチ・件が氷室の扉と階段の中間の場所で『湧水』を使う。事前に作っておいた石の板で囲まれたところに綺麗な水が湧きだす。 光奈が四角い木箱を汲んだ水で満たした。 木箱は二つ。銀政と礼野が氷霊結で凍らせる。 しらさぎと光が木箱をひっくり返して氷を取りだし、隗厳と羽喰琥珀が綺麗に積み重ねた。 節分豆で練力を回復させて氷霊結を連続使用。消費した節分豆の費用は必要経費である。 宵の口、積み上がった氷の山を眺めた一同は満足そうな表情を浮かべるのだった。 ●そして 「光奈さん、皿が三日後納品だね。それと味見してもらった塩と醤油は明日、砂糖は――」 月与はからくり・睡蓮がつけた台帳を確認しながら光奈に報告する。 「ひとまず倉庫の方へ運び込んで欲しいのです。今日のうちに光としらさぎさんが掃除してくれるはずなのですよ」 光奈の判断がさらに台帳へと書き込まれていく。これを基準にして準備が整えられていった。 「冬は松。春は梅と桜。秋は紅葉だろ。夏は候補がたくさんあるんで、どれがいいかちょっと考え中でさー」 「いつも綺麗なのは嬉しいのですよ〜♪」 羽喰琥珀は光奈の許可をもらって植樹屋を探す。 改装の資材置き場として中庭が使われるので植樹はその後になる。光奈の門出になるのでどれも若木を植える予定だ。 火麗が揃えたたくさんの酒瓶を光奈が一本ずつ手に取って眺めた。 「酒はこんなところでどうかねぇ」 「夜にみんなで試し呑みをするのですよ♪」 「それとキャベツなんだが、毎日届けてくれるっていってたよ」 「キャベツはたくさん使うので助かるのです!」 火麗は郊外の野菜農家との約束もとりつけてくれる。 夕方、隗厳が成人男性よりも大きなものを頭の上で抱えて戻ってきた。 「今日も漁師の方々を手伝ったところ、こちらを頂きました」 「すごいのです☆」 光奈が鮪を見上げていると銀政が現れる。 「包丁を新調したんだ。これでいつでも料理を‥‥なんだ?‥‥ま、鮪なのか?!」 驚いた銀政を見て隗厳と光奈は微笑んだ。 外装、内装の修理は手伝いの最終日から始まる。 光奈は神楽の都での宿屋住まいを続けるという。銀政は用事があって一旦安州へ戻る。 深夜の精霊門前、光奈と開拓者達が銀政を見送った。そして開拓者達は光奈を宿屋まで送ってくれる。 「いろいろと手伝ってくれて、ありがとうなのです☆ またよろしくなのですよ。頑張って三月末に間に合わせるのです〜♪」 開拓者達と同じ都に住んでいると思うだけで嬉しくなる光奈であった。 |