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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 理穴国女王の儀弐重音は一年に数度、市井の琴爪としてお忍びの旅にでる。大抵は城下の奏生で過ごすのだが、ときに外国まで足を伸ばすことも。 その土地の料理や甘味を味わうのが密かな楽しみであった。 今回は開拓者を雇い、さらに理穴ギルド長の大雪加香織も誘って以前から訪ねてみたかった地を訪れる。 精霊門を潜り抜けるとそこは武神島。理穴の北西遠方に位置する浮遊島だ。 とても寒い土地だが『広地平』という街が存在する。緋ノ衣衆と呼ばれる獣人達が自治を任されていた。ジルベリアが発見された第二次大規模探索計画よって発展した土地である。 天儀本島とジルベリアの中間に位置するので、交易商人達の飛空船が多く立ち寄る。そのおかげか天儀本島とジルベリアの文化が混じり合っていた。 「雪に煉瓦の街並み‥‥まるでジルベリアのようですね。なのに看板は天儀のものとは」 「あの店に寄ってみましょう」 琴爪と香織、そして開拓者達は料理店『ドーフクルーク』で食事をとることにする。 「身体を温めたいのならビーツたっぷりのボルシチがお勧めです。軽めのものならソーセージにビールは如何でしょう? お腹が空いているのでしたらこちら――」 卓に現れた給仕が注文をとっていく。しばらくして運ばれてきた料理をさっそく味わった。独特な味付けだが、どれも非常に美味しい。 料理が食べ終わる頃、一行の卓に一人の大男が近づく。 「私、店長のベルケッツェンと申します。料理の方、満足して頂けたでしょうか? こちらサービスですのでよろしければ」 一行の食べっぷりが気に入ったベルケッツェンは食事の締めとしてケーキを奢ってくれる。 「つかぬ事を伺いますが、写真術式機はご存じでしょうか?」 紅茶と珈琲を運んできたときにベルケッツェンが話しを切りだした。 写真術式機とは宝珠製のレンズが取りつけられた不思議な機械である。練力を込めてレンズの蓋を外して十秒間待つと、写真用練感紙に白黒の静止画を投影することができる代物だ。 「実は写真術式機を扱う技師が知り合いにおりまして。彼は写真を結婚の記念品にすれば皆様に喜んでもらえるのではないかと考えたそうです。商売を始めるにあたって、見本を用意したいらしく‥‥あのですね、モデルになって頂けたらと思いまして」 ベルケッツェンは一行が広地平に滞在する間、宿と食事のすべてを用意するという。もちろん今食べたばかりの食事代もただにするからと条件をだす。 琴爪が目配せで全員の意思を確認する。 「また美味しい料理を振る舞って頂けるのなら、お引き受けしましょう。ただ‥‥」 「ただ? 何で御座いましょう?」 「このケーキ、もう少し頂けるでしょうか?」 「それならお安いご用です」 微笑む琴爪にベルケッツェンが礼をする。さっそくケーキを取りに厨房へと戻っていった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●写真技師 料理店『ドーフクルーク』が深夜に営業していたのは『広地平』の酒場の役割を担っていたからだ。 楽しい時間を過ごした一行は近所の宿屋に泊まる。翌朝からは観光巡り。異国のような街並みを眺めてゆっくりとした時間を過ごす。 二日目の晩、羅喉丸(ia0347)と翼妖精・ネージュは宿部屋で写真術式機を話題にした。 『羅喉丸、写真とはいったいどんな物なんですか?』 「現実そのままの絵がほんのわずかな時間で仕上がるものだ」 明日が撮影だと聞いて翼妖精・ネージュは興味津々だ。 羅喉丸は荷物の中から風呂敷包みを取りだした。結び目を解いて開くとネージュが瞳を輝かす。中身は『五彩友禅「雪椿」』である。 『たくさんの色‥‥天儀にはこんなきれいな服があるんですか』 「とっておきの一着だからな」 羅喉丸がかなり以前、万商店で見かけて購入したもの。いつかこれを渡せるような素敵な女性と出逢えたらと思っていたが、長く死蔵して今に至る。 (「購入してからどのくらい経っただろうか‥‥」) 持ってきたのはよいのだが、香織にどう切りだそうか悩んでいた。偶然だが明日の写真撮影がちょうどよい機会になる。 翌三日目。 一行はドーフクルークの店主が教えてくれた写真技師の住処に向かう。 「その服はどちらで購入されたのですか? もしかして手作りとか?」 琴爪が人妖・小鈴の服装に目を留める。小鈴はシルフィリア・オーク(ib0350)の肩を掴みながら琴爪の目の前に宙に浮かんでいた。 物怖じしながらも小鈴が振り返って琴爪を見つめる。 「カタケで購入した防寒服さ。もふもふで可愛らしいから似合うかなと思ってね」 シルフィリアが小鈴の代わりに答える。 「とてもお似合いですよ」 琴爪が誉めると小鈴は明るい表情を浮かべた。今度は琴爪の肩に掴まり、暫し一緒に移動する。 宿屋から十分ほどで目的地に辿り着く。煉瓦造りの大きな一軒家であった。 『やっぱり、さ、寒いわ‥‥』 「意地を張って薄着だからだよ。仕方ないな。僕の懐に入っていて構わないよ。‥‥ちょ、ちょっとそんなとこ触らないでっ」 サライ(ic1447)と羽妖精・レオナールがじゃれ合っている隣で、香織が呼び鈴を鳴らす。まもなく扉が開いた。 「こんにちは。ベルケッツェンさんの紹介で伺いました。写真のモデルを引き受けた一同です」 「お話は聞いています、助かりますよ。私はフェルド。どなたも魅力的な方ばかりだ。さあ中へどうぞ」 写真技師『フェルド』は静かな印象の青年だ。 廊下を通り抜けて入った室内はとても広かった。 とても暖かいのはペチカと呼ばれる煉瓦で組まれた壁暖房のおかげ。高い天井には本来飛空船用と思われる照明が設置されていて非常に明るい。 「ドーフクルークと同じくらい広くて暖かいな」 「ここは撮影のときだけ使う部屋なんです。普段はもっとこぢんまりとした部屋で過ごしていますよ」 驚く羅喉丸を前にしてフェルドが写真術式機を手に取る。 「青い間仕切りの内側が男性の着替え空間です。女性用は赤い間仕切りの方でお願いします。まずはみなさんが気に入った衣装で撮りましょう。そのあと、私からのお願いで着替えてもらいます」 フェルドが説明した通り、一行は男女の二手に分かれる。朋友に関しては主人に付き添う場合もあるのでどちらに立ち入っても構わない。 たくさんの衣装は両方の間仕切りの外側に並べられていた。これで男女の区別なくどちらも品定めができる。 「リュー、それじゃあな」 「りゅーにー、怪我してんだから無理するなよ?」 北條 黯羽(ia0072)とヘスティア・V・D(ib0161)が先に化粧品を選ぶために赤い仕切りの中へ消えていく。 「ま、無理なく行こうぜ?」 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は青い間仕切りの内側へ。彼も衣装を選ぶ前にやることがあった。数歩進んだところで蹌踉けて壁に右手をついた。 「とはいえ、その前に俺が怪我してりゃあ世話ない話だ」 『奥方殿との良き雰囲気を台無しにしても仕方ないでの。どれもう少しだけ我慢するのじゃ』 上級人妖・刃那はため息をついた後に『神風恩寵』でリューリャの傷を癒やす。かなり酷いので完治は無理なのだが一時の気休めにはなった。 『はよ脱ぐのじゃ。きつめに包帯を巻けば動く程度はできよう』 血が滲んでいる包帯を外して新しいものに交換。これから着替える衣装が汚れないよう少しだけ厚めに包帯が巻かれる。 「何とかなりそうだな」 『さて、此処まで手間を取らせたのじゃ。後で我とも撮るのじゃぞ?』 鶴祇とリューリャは間仕切りの外でようやく衣装を選び始めた。 その頃、意を決した羅喉丸が衣装選び中の香織の前に大きな風呂敷包みを置く。 「たまたま持ってきた品‥‥いや、大雪加さんに見せたくて持ってきた品なんだが」 羅喉丸が風呂敷を静かに捲ると色鮮やかな『五彩友禅「雪椿」』が姿を現す。 「これを結婚衣装として一緒に写真を、その、俺と撮って欲しいんだ」 「嬉しいです。とても綺麗」 羅喉丸と香織の顔が真っ赤に染まる。 「ネージュもモデルになりたいそうなんだ。よさそうな服を一緒に選んでやってくれないか?」 羅喉丸が天井を見上げながら人差し指で頬をかく。 「わかりました。ネージュさん、どのような衣装がよいですか?」 『私も羅喉丸と一緒に写してもらうので、天儀風の衣装がいいです』 羅喉丸はネージュを香織に預けて自分の衣装を選んだ。紋付袴一式を手に取る。 男性陣はかなり早めに準備が整ったが女性陣はそうはいかない。いつの世もこれは真理だ。 赤い間仕切りの中と衣装が並ぶ外を行ったり来たり。琴爪と香織であっても例外ではなかった。衣装選びが終わり、化粧の時間を経てようやく写真撮影の時間になる。 待ちくたびれた男性陣だが赤い間仕切りから現れた女性陣を見て瞬きを繰り返す。誰もが輝いていた。 ●シルフィリアと琴爪 「数えている間は十一まで動かないでいてくださいね。ではいきます。零、一、二――」 フェルドが写真術式機をのぞき込みながら数字を数える。 眩しい撮影現場の中央に立っているのはシルフィリアと人妖・小鈴だ。 男装のシルフィリアは真っ白なタキシード姿。小鈴は真っ白なウェディングドレスである。 背景はジルベリア様式の城を感じさせた。他にも天儀風、アル=カマル風など様々な背景が用意。結婚する二人の意向に沿うようになっている。 (「これでよかったかな。小鈴も喜んでいるしね」) シルフィリアは当初、花嫁に付添う女の子の立ち位置で小鈴に付き添ってもらうおうかと悩んだ。そこでフェルドに相談したところ、気にせず結婚の男女でよいのではということになった。遊び心も必要だというのがフェルドの考えである。 「はい、次、少し待っていてください。もう一枚撮りますね」 フェルドが機材をいじっている間、シルフィリアと小鈴は肩の力を抜く。 『シルフィリアお姉ちゃん』 「ん? 小鈴、どうかしたのかい?」 恥ずかしがり屋の小鈴だがどうやら撮られるのは大丈夫らしい。フェルドの声がかかって動かないように努める。立ち位置やポーズを変えて六枚ほど撮られた。 次の撮影はシルフィリアと琴爪の組み合わせである。男装のシルフィリアはそのままで小鈴と琴爪が交代した。 琴爪のウェディングドレスは小鈴が着ていたものとよく似ている。特にレースの出来が素晴らしかった。 「ベールはつけておいた方がよさそうだね。立場が立場だし、特定の想い人の噂も聞いたことが無いしさ」 「お気遣い、ありがとうございます。世の中、結構な数の似た方がいますから。きっとそっくりさんだと思うことでしょう」 ウインクするシルフィリアの腕に琴爪が抱きつく。 「とてもお似合いな感じですね。寄り添ったままでお願いします。それでは――」 フェルドが練力を込めて撮影時間を数えた。正味十秒の我慢なのだが、あらたまると結構大変なものである。 「あれ?」 「足をだしてしまいましたね」 二人でぐらっとして一歩横に動いてしまう。 「はい。大丈夫。すぐ用意しますからね」 よくあることだとフェルドがいって次の練感紙が準備される。 失敗したのはシルフィリアと琴爪だけではない。その後、誰もが体験する普通のできごとだ。 「これは素晴らしい‥‥。すぐにでも飾りたいくらいです」 二回目に撮った写真を眺めてフェルドが自画自賛する。シルフィリア、琴爪、小鈴はさっそく見せてもらうのだった。 ●カメラマン・レオナール (「いいなあ‥‥僕も琴爪さんと‥‥」) サライはシルフィリアと琴爪の撮影風景を魂が抜けたような表情で眺めていた。 『はは〜んっ‥‥』 何かに気づいた羽妖精・レオナールは、両の瞼を半分落としながらサライの頬を指先で突いた。 『琴爪さんをチラチラ見ちゃってどうしたのかしら〜?』 「どうもしないよ」 『ああ、新婦さんになってほしいのね♪ あ、ちょうど終わったみたい。私が伝えてあげるわ♪』 「ちょっ、レオナ!」 レオナールは真っ赤な顔をしたサライの呼び止めを無視する。そしてウェディングドレス姿の琴爪に話しかけた。 『琴爪さん、サライきゅんが一緒に写真を撮って欲しいって』 「はい。私でよろしければ」 レオナールが琴爪の耳元でごにょごにょ。サライはハラハラしながら遠巻きに眺め続ける。やがてレオナールがサライの元へ戻ってきた。 『サライきゅん、琴爪さんOKだって』 「ほ、本当? やったー」 『サライきゅんの衣装、私が決めてあげるから青の間仕切りの中で待っててねっ♪』 「うん♪」 大喜びのサライが青い間仕切りの向こう側へ消えていく。レオナールの瞳がきらりと光った。 『琴爪さんはこれでお願いね』 「わかりました」 レオナールは自ら選んだ衣装を琴爪に渡す。そして隣に飾られていた衣装を抱えてサライの元へ。 「希儀ぽい白い衣装だね♪ あれ‥‥これって女性用じゃないの? もしかして琴爪さんに渡すのと間違えた?」 『これでいいのよ。サライきゅんが女装。琴爪さんが男装で撮るって頼んだからねっ』 「えっ?!」 レオナールの言葉を聞いたサライは雷に打たれたような顔をする。 『さあさあ、早く♪』 茫然自失のサライをレオナールが着替えさせていく。イオニア式キトンとヒマティオンを羽織らせた。 『花冠と薄いヴェールも被せてっと♪』 サライが我に返ったとき、すでに着替えは終わっていた。 「な、何で僕が花嫁衣装なの‥‥?」 そういいながらもサライは衣装を脱ぐことはなかった。仕上げの化粧もしてもらう。 「レオナの仕業だな‥‥もう」 ぶつぶつといいながら青の間仕切りの外にでたサライは瞬きを繰り返す。着替え終わった琴爪が立っていた。 「わぁ‥‥」 「サライさん、お願いしますね」 「は、はい。希儀の月の女神か、太陽神の様です‥‥。あの、不束者ですがよろしくお願いします‥‥」 「前の方々が終わるまで、あの椅子に座っていましょうか」 琴爪も希儀風の白いキトンとヒマティオンを纏っている。キトンは踝丈で頭には月桂冠が乗せられていた。 サライは印象がよくなるよう夜春を自然と使いつつ琴爪とのお喋りを楽しんだ。その間ずっとサライの頬は赤く染まっていたという。 次の撮影の前にフェルドが休憩をとる。 その間だけレオナールは場所を借りて写真を撮った。写真術式機と練感紙は自前のものを使う。 サライは琴爪の腕に自分の腕を絡めつつ微笑みを浮かべる。手にはブーケを持って琴爪に寄り添った。 『ああん、二人とも最高よ♪』 レオナールがさっそく一枚写す。そしてあることを思いつき、宙を飛んで琴爪にひそひそ。お姫様抱っこのリクエストをした。 「あ、あれ?」 琴爪に抱きかかえられた花嫁姿のサライは顔を真っ赤にさせる。首元に腕を回すように抱きついたまま、うっとりとした表情を浮かべた。 『はいちぃず♪』 最後の一枚を撮り終わるとちょうどフェルドが戻ってくる。レオナールは礼をいって撮影の立ち位置から離れた。 『それどうするの〜? 夜中に眺める様?』 「ち、違うってば」 撮影終了後、レオナールは写真を眺めるサライをからかうのだった。 ●恥じらう恋人達 「天儀風でとてもよいです。もう少しだけ寄ってください。では撮ります」 羅喉丸と翼妖精・ネージュはフェルドに指示に従って身体が揺れないように気をつける。 小柄なネージュと羅喉丸が畳に並んで座る姿で写真は撮られた。羅喉丸は紋付袴、ネージュは白無垢の花嫁衣装である。 『羅喉丸、よい記念になりましたね』 「本当にそうだな。こちらがお礼をいいたいくらいだ」 フェルドが練感紙を交換している間、羅喉丸とネージュがお喋りをする。姿勢を変えて全部で三枚撮られた。 少しの休憩を挟んで今度は羅喉丸と香織の番となる。 「あの‥‥どうでしょうか?」 「きれいだ、あの時に買っておいてよかったよ」 羅喉丸が『五彩友禅「雪椿」』を着た香織の手を取って撮影の場へと導く。位置に着くと軽装に着替えたネージュが二人の衣装を整えてくれる。 「その着物、素晴らしいですね」 フェルドが羅喉丸からどこで購入したのかを聞きだす。 紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩が特徴である。淡い鳥の子色の地に裾から薄紫のぼかしが重なっていた。さらに使われている銀糸が雪降る空を思わせる。ぼかしの向こうに紅地白斑の入る雪椿が着物の名の由来だ。 「すみません。練感紙を取ってきます」 フェルドは張り切りすぎたようで練感紙を切らす。急いで別室へと取りに向かう。 「椅子に座っていようか」 「そうですね」 羅喉丸と香織は近くにあった椅子に腰かけてフェルドを待つ。 「あ、あの、この友禅とても素敵です。着させてもらってとても嬉しいです」 「俺の方こそ。あの‥‥だな」 羅喉丸は覚悟を決める。 「いつか受け取りに来てくれたらとてもうれしい。とても‥‥とてもだ」 香織は俯いたまま「はい」と答えた。羅喉丸だけに聞こえるような小さな声で。羅喉丸の手に香織の手が重ねられる。 「そうか。それまで待っているよ」 まもなくフェルドが戻ってきた。 「ではさっそく‥‥いや、もう少しだけ休憩しましょうか」 フェルドがそういったのには理由がある。羅喉丸と香織の顔と耳までが真っ赤に染まっていたからだ。 『はい。飲む前にこれをつけてくださいね』 ネージュから渡された布を首元に撒いてから二人は珈琲を頂いた。十分ほどすると赤みがとれて普段の様子に戻る。 「半年後には‥‥落ち着くと思います」 最後の一枚を撮り終えたとき、香織は羅喉丸にそう伝えた。 ●入り乱れて 「りゅーにー、いいからこれに座れ」 撮影の場に立ったヘスティアは最初にリューリャを椅子へと座らせる。 「立っているぐらいは平気なんだがな」 「これでいいんだ。椅子ありでポーズをいろいろと考えてきたんだからな。どうしてもというならお姫様だっこしようか?」 「わかった。さっきいった通り、今日のところは楽にやろう」 「それこそ、りゅーにーだ」 ヘスティアは椅子に腰かけているリューリャの髪の乱れを整えてあげる。 リューリャが着ていたのは真っ赤なタキシード。中に着た黒いシャツとの対比がルージュとノワールといった演出だ。 ヘスティアは真っ黒なマーメイド系スマートラインのドレスを纏っていた。かなり大胆なカットで特に太腿が露わである。 「お腹がでる前でよかったぜ」 ヘスティアはリューリャの身体に触らないようなポーズで妖美な姿を披露した。 リューリャに食べさせる写真も撮る。こういった写真は初めてだといってフェルドもノリノリであった。 「りゅーにー、口を開けて」 「こんな感じか?」 ヘスティアが左手に皿を持ちつつ、右手のフォークに刺さったケーキの欠片をリューリャの口元に近づける。 一通りの撮影が終わって交代となった。 「D・D、りゅーにーんとこの鶴祇と一緒に撮ってもらえ」 ヘスティアとリューリャが休憩している間に、からくり・D・Dと鶴祇が撮られる。 『あいあいマスターってことで姫様、お手をどうぞ?』 『うむ』 D・Dはタキシード姿。鶴祇は天儀着物の生地が使われたドレスをまとっていた。 身長の差が激しいのでD・Dが椅子に座り、鶴祇が寄り添う姿勢で撮られる。奇しくもリューリャとヘスティアのような構図となった。 『マスターどうせなら、俺とも撮ってくれよ?』 「そうだな」 D・Dが背後からヘスティアを抱きしめるような刺激的なポーズで何枚か撮られる。 北條黯羽の着付けが少し手間取っていたので、先にリューリャと鶴祇が撮ることになった。 『傷は平気か。無理はするでないぞ』 「心配してくれるのか」 リューリャと天儀風ドレス姿の鶴祇が写真に切り取られた。 やがて北條黯羽とリューリャが撮る機会が訪れる。 「花嫁衣裳ってのは本番に着るンじゃなくても何を着れば良いのか迷うさね」 北條黯羽は深紅のジルベリア風ウェディングドレスに身を包む。 指輪や腕輪、イヤリングをつけ、腰から足元までのマーメードラインの流れで艶っぽい大人の雰囲気を演出していた。 上級人妖・刃那が着付けてくれたものである。 リューリャは北條黯羽が選んだ衣装に合わせて黒のタキシードに着替えている。お互いが表裏といった趣向のようだ。 「この眩しさがいいさね」 「そうだな」 撮影の場は宝珠照明のおかげで非常に明るかった。その目映さが気持ちを高揚させてくれる。 北條黯羽は姿とは裏腹にリューリャの側でお淑やかな態度を見せた。リューリャに無理をさせないためもあるが夫婦の肖像画を想像させるように努める。 その分、ヘスティアと一緒に撮るときは大胆に決めた。 「どうだい? この格好は」 「すごくいいさね」 ヘスティアは男装のタキシード姿。北條黯羽とヘスティアは女性同士なので遠慮がない。腕と足を絡ませる大胆ポーズで写真に収まる。 北條黯羽は天儀風の着物に着替えて刃那とも写真を撮ってもらう。 そしてリューリャ、ヘスティア、北條黯羽での撮影になった。 リューリャは白いタキシード姿。ヘスティアと北條黯羽はよく似た白いウェディングドレスを纏う。 (「この白は、誓い白だからな」) リューリャが中央で右側にヘスティア、左側に北條黯羽が立つ。腕を組んで女性二人がリューリャを支える。 「ん? ちょっと二人とも近いよ?」 左右からヘスティアと北條黯羽の顔が近づいてきてリューリャは焦った。リューリャが普段見せない表情を浮かべる。 「って、え?」 左右からキスをされたリューリャの表情が写真に残された。それがどのようなものなのかは写真を見た者だけが知ることになるだろう。 その後はリューリャを椅子に座らせたまま、ヘスティアと北條黯羽が様々なポーズをとった。 『まるで悪の帝王じゃな』 撮影の様子を眺めていた鶴祇が呟く。刃那とD・Dは深く頷いた。 ●そして その後はフェルドのリクエストに沿って撮影が続けられた。 「すでに何枚かお渡ししていますが、こちらの写真も持ち帰られて構いませんよ。よかったら思い出の品にしてください」 すべての撮影終了後、一行はフェルドから写真をもらう。 さらに一日ほど広地平に滞在する。 ドーフクルークで美味しい食事を味わい、望んだ者達は凍った湖でスケートに興じる。楽しい思い出を持って一行は帰路に就いたのだった。 |