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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「光奈ちゃん‥‥た‥‥アル」 「呂さん、いらっしゃいなのです☆ 何だか声に元気がないので‥‥どうしたのです!」 夕方の満腹屋。お店の玄関口から現れた常連の呂の姿を見て、給仕の智塚光奈が驚きの声をあげる。 呂がボロボロの服を着ていて酷く汚れていたからだ。近づくと傷だらけなのもよくわかる。 「お姉ちゃん、お店頼むのですよ」 「わかったわ。呂さんをよろしくね」 光奈が呂に肩を貸して店の奥へ。刃物の傷がなくて光奈はほっとしたが、体中が擦り傷でかさぶただらけである。何カ所は酷く膿んでいた。 傷口を水で洗い、さらに焼酎で綺麗にする。包帯を巻いて父親の服に着替えさせた。 「空賊に襲われたアルよ。無理矢理に着陸させられて、すべてを奪われたアル。何とか逃げだして‥‥お金もほんのわずかで、二日間歩いて安州に辿り着いたアル‥‥」 「大変だったのですよ」 商隊の人たちも心配だが、彼自身が話さない限りは触れないことにする。 「一眠りしたほうがよいのです。当分泊まっていってくださいな。それに少しぐらいならお金も貸してあげられると思うのです」 「ごめんアル。ほんと、光奈ちゃんごめんアル。一ヶ月分のソースも奪われてしまったアル‥‥。飛空船さえ残っていればすぐに仕入れてくるアル。でも‥‥」 「気にすることないのです。そ〜すぅはまだたくさん残っているのですよ」 そうはいったものの、満腹屋のソースは数日分の在庫しか残っていなかった。呂に心配かけまいとしてついた嘘である。 四日後、お好み焼きやたこ焼きなどのソース関連のお品書きが店内から外される。 呂は傷が原因で熱をだしていた。往診に来た医者の見立てでは、処方した薬を傷口に塗って十日ほど養生すれば治るらしい。 「決めたのですよ」 光奈は思案した末、自費で開拓者ギルドに依頼をだす。 数時間後、ギルドの掲示板に一枚の依頼書が貼りだされる。呂が所有していた商用飛空船三隻を空賊から奪い返す内容であった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●病に伏せる 深夜、開拓者一行は精霊門で朱藩安州の地を訪れた。その足で満腹屋へと向かう。呂から詳しい事情を聞くためである。 「寒い中、ありがとなのです」 裏口では依頼主の智塚光奈が待っていた。呂が休んでいる満腹屋二階の宿部屋へとあがらせてもらう。 「すまないアル。商隊の部下と飛空船のこと頼むアル」 暗がりでも赤い呂の顔がよくわかる。 「呂さん、その一緒にいた乗組員のことを教えてもらえるかな? 名前だけでなく外見もわかると助かるんだけと‥‥」 サライ(ic1447)は呂に頼んでみたものの、とても辛そうにみえた。 「それなら光奈ちゃんに‥‥」 「予め少しずつ聞いておいたのです。えっと‥‥あった、こちらになるのですよ」 光奈が呂の話しを口述筆記してさらに整理にした文章が用意してあった。 「これがあればとても探しやすいです。早く治るよう祈っています」 サライは布団から差しだされた傷だらけの呂の手を握る。 「呂さん、大変なところすまないのだ。依頼書にあった飛空船の動力室の署名の場所、もう少し詳しく教えて欲しいのだ。どの船も同じようなのだ?」 「‥‥そうアルね――」 玄間 北斗(ib0342)は呂から聞いた内容を書き留める。そして光奈からボロボロになった呂の服の切れ端をもらった。愛犬の黒曜に呂のにおいを追わせるために必要なのである。 去り際、隗厳(ic1208)は呂に話しかけた。 「飛空船を探していけば、商隊の人達の足取りもきっとわかるはずです。ゆっくりと養生してくださいね」 「ありがとうアル」 退室が最後になった隗厳は廊下にでて静かに襖を閉める。 「飛空船は安州始発で朝八時頃離陸なのです。三十分前には搭乗を済ませた方が安心なのですよ」 光奈が仮眠用の宿部屋に開拓者達を案内した。 『呂さんの部下達、最悪、捕まって飛空戦船と同じ様に売り飛ばされるかも‥‥』 羽妖精・レオナールの呟きにサライが呻る。 「急がないとね。そうならないように」 サライとレオナールは一緒の布団で横になった。 夜明け後、開拓者達は飛空船基地へ。そして旅客飛空船に乗り込んだ。 「呂さんの部下と飛空船を頼むのです」 光奈が見送る中、旅客飛空船はゆっくりと海面から浮き上がる。 開拓者達が朱藩西部に佇む湖岸の町に辿り着いたのは午後二時を過ぎた頃であった。 ●湖岸の町 呂の部下達の安否と飛空船が売り飛ばされるかも知れない状況を鑑みると、残された時間はあまりなかった。 町に到着した開拓者達はすぐに集合場所となる宿を決める。次に呂の商用飛空船の手がかりを探し回った。 飛空船が見つかれば空賊の存在が明らかになり、呂の部下達がどこにいるのかも分かると考えたからだ。 「これで悪目立ちすることはないのだ。黒曜、この匂いを嗅いだらすぐに教えて欲しいのだぁ」 玄間北斗はここまで纏っていた、たれたぬ着ぐるみから船大工風の服装に宿で着替えてからでかける。上着の内側や腰ベルトから工具類を吊した格好で忍犬・黒曜を連れて歩いた。 (「なるほどなのだぁ〜。この町で飛空船が盗品売買されていてもおかしくはないのだぁ」) 町中を少し歩いただけで飛空船関連のお店が玄間北斗の眼に飛び込んできた。 真新しい新造飛空船は見当たらない。だが中古の飛空船ならば屋号が書かれた立て看板のある空き地にたくさん並べられている。乗降口などに金額や要相談の札がかかっていた。 駆動系の浮遊宝珠や風宝珠を専門に扱う店。外装の修理を専門に請け負う店。内装を扱う店、などなど。この町では飛空船に関連する様々な商売が成り立っている。 殆どは真っ当なのだろうが、紛れて怪しい雰囲気が漂う店も。足がつきやすそうな飛空船は分解して売り捌くのだろうと玄間北斗は考えながら歩く。 「どうしたのだ?」 黒曜が立ち止まってある店をじっと見つめた。玄間北斗はこの店に何かがあるのだろうと中に入ってみる。 そこは飛空船専用の中古家具屋。棚や多段ベット、それに卓や椅子類がたくさん扱われている。 「もしかしてこれなのだ?」 お座りした黒曜が小さく吠える。黒曜の正面には操船室用の身体全体を包み込む形状をした椅子が展示されていた。 程度のよい品だが床に固定する金具が少々傷んでいる。船体から外す際、力任せに扱ったのだろう。 (「この椅子、呂さんが座っていたものなら‥‥、飛空船は解体されてしまっているのだ」) 一瞬目の前が暗くなった玄間北斗だが、呂商隊の飛空船は全部で三隻なのを思いだす。まだ二隻は大丈夫だと楽観的に考えることにした。 「お客様、こちらの椅子がお気に召しましたか? 昨日入ったばかりの品です。今ならお安く‥‥こんなところでどうでしょうか?」 いつの間にか側にいた店主が弾いた算盤を見せる。適当にはぐらかそうとしたが、玄間北斗は機転を利かせた。 「とても気に入ったのだけど、これ一台しかないのは残念なのだぁ」 「同型の椅子を何脚ご所望で御座いますか? 倉庫に在庫があります」 「最低でも八脚。できれば十二脚あれば即決だったのだぁ〜」 「十二脚でございますか‥‥」 呂の各飛空船の操船室内に備えつけられていた椅子は形状の違う予備を別にして六脚である。玄間北斗はわざと一隻分の在庫にあっても足りない数を提示した。 「明日か明後日なら揃います」 「それはまだ古い船体から取り外していないのだ?」 店主ははっきりと答えずにはぐらかす。仕入れ先は企業秘密だといって口を滑らせることはなかった。 「わかったのだ。明日か明後日に来るからとっておいて欲しいのだ」 あまりしつこく訊ねると疑われてしまう。玄間北斗は少々の手付け金を払って中古家具店を後にした。 夕方まで遠巻きに見張ったものの、椅子を売りに来る空賊らしい者達は現れなかった。 ●湖の中で 町の湖岸周辺には停泊中のたくさんの飛空船が並ぶ。中には泊められずに湖の沖で錨を下ろしている飛空船もあった。 (「次はあの飛空船にしましょう」) 隗厳は湖に潜っていた。カミヅチ・件の背に乗って移動し、目星をつけた船底へと耳を当てる。『超越聴覚』を使えば船内の会話はすべて丸聞こえだ。 関係のない飛空船だとわかった時点ですぐに離れて次を探す。 (「金勘定の話しが多いですね」) 会話から察するに多くは交易商人の船のようである。 真っ当な工場で保守点検をすると金がかかるので、この町で何とかしようとしていた。 簡単な修理なら部品を購入して自分達で交換する。 格安で修理を請け負う業者もいるようだが、信用するかはまた別の話。各地から部品を集めて売買する商いも行われていた。 下世話なお喋りに混じって、そういったやり取りが各船内で交わされる。 隗厳が探していたのは呂商隊を襲った空賊の飛空船、もしくは奪われた商用飛空船三隻である。 残念ながら日が暮れるまでにそれらしき飛空船の噂は耳に届かなかった。だが別の意味で有力な情報を得る。真っ赤な船底に耳を当てたときのことだ。 「どっかで格安の宝珠、扱ってねぇかな?」 「蛇の道は蛇っていうだろ。この町ならその気になれば何とかなるさ。ただな‥‥」 「ただ‥‥なんだよ。勿体ぶるな」 「血に染まったことがある部品なら格安だぜ。大抵は綺麗にしてあるんだがよ。たまに洗い忘れた部分があって黒ずんでいたり‥‥よく見りゃ血痕だとかあるらしいぜ。それを指摘すりゃ、すっごく割引してくれるって話しだ」 「何だよ。脅かすんじゃねぇぞ」 「本当の話さ。何なら北の町外れに行ってみればいい。そういうの綺麗にしているらしいぜ」 隗厳は会話のすべてを覚える。そして人気のない湖岸から陸にあがった。 すでに夜となっていた。 「水中での移動、おかげで捗りました」 件のおかげで水中での調査がとても捗る。暗がりの中、隗厳は急いで仲間が待つ宿へと戻っていった。 ●悪徳販売業者 「呂の部下達はどこにいるんだろうね」 『人目に触れないところで扱き使われているのかも』 サライと羽妖精・レオナールはアル=カマルの黒装束を身に纏って町を彷徨った。顔の大半を覆い隠して目だけを覗かす。 怪しい業者を選びつつ、空き地に展示中の中古飛空船を眺める。そうしていると大抵の場合は事務所の小屋から業者がやってきた。 「なんだ子供か。商売の邪魔だ。とっとと‥‥?!」 業者がサライの正面を眺めて不機嫌な表情を浮かべる。サライは黒装束の隙間から素早く何かを取りだして業者の喉元に当てた。 「子供だから‥‥何? これが見えないのか?」 『そうよ。見えないとはいわせないわ』 サライの腕の上に飛んでいたレオナールがゆっくりと降りる。業者の喉元に当てられていたのは金の小判であった。 業者はあまりの早業に刃物を突きつけられたかと勘違いをしていた。だがようやく気がついて口から言葉がもれる。 「し、失礼しました。あの、船内の見学は如何でしょう?」 「そうさせてもらう」 先程までの態度を誤魔化すために業者は必要以上の低姿勢でサライ達を案内する。 レオナールが透明化をしてこっそり機関室を調べた。残念ながらこの飛空船は呂所有のものではなかった。 「もっといい船を知らないか? 希儀で暴れるための飛空船が欲しい。他の業者で扱っているものでも構わない」 レオナールが業者の懐に小判を忍ばせる。サライは今度こそ本物のナイフを取りだして業者に見せつけた。 「この飛空船も真っ当な手順で仕入れたものではないんだろ?」 「いえ、そんなことは‥‥ありません」 「怪しいな」 「そ、そうでしょうか?」 「お前らの縄張りには手出ししない。だから勝手に独り言を話せばいい」 「独り言‥‥、そう独り言なら――」 業者は数日前、非常に高装備の商用飛空船三隻がこの町に持ち込まれたことを呟いた。 空賊団『禿鷹』による仕事である。その名の通り禿鷹を旗印にしていた。 (「禿鷹‥‥、呂さんの証言通りですね」) 業者の独り言は続く。 直接取引をしていないので禿鷹空賊団がどこを根城にしているのかはわからない。だが飛空船関連の部品在庫については耳に届いている。 破損の激しかった一隻は解体済みのようだ。すでに各所で売り捌かれているらしい。 残る一隻はわずかな破損。もう一隻は直すのに手間がかかりそうな状態。二隻とも直すには手間と金がかかるので、禿鷹空賊団は安易な方法で修理を試みているという。 片方の飛空船に部品を移植するやり方だ。残った方はすべて解体し、一隻目と同じく部品にして売り捌くつもりなのだろう。修理し終わった飛空船をどう扱うつもりなのかまではわからないようだ。 サライとレオナールは一旦宿に戻って仲間達の帰りを待つのだった。 ●作戦会議 宵の口。開拓者達は宿部屋の囲炉裏端で猪鍋を食べながら日中に得た情報を突き合わせた。 忍犬・黒曜と羽妖精・レオナールもご相伴に預かる。カミヅチ・件はすでに湖の魚を鱈腹食べて満足しているようだ。 「一隻は解体済みで部品にされて売り飛ばされたようです。残る二隻は片方によい部品を集中させて修理中だと中古業者はいっていました」 サライが羽妖精・レオナールに肉を少し冷ましてから食べさせてあげる。 「実際に操船室の椅子が売られているのをこの目で見たのだぁ〜。また仕入れるといっていたので、中古家具屋は要注意なのだ」 サライに続いて玄間北斗が発言。すぐ隣で軽く茹でた猪肉を黒曜が囓っている。 「聞き及んだ話によれば、この町の外れ、北の方面が怪しいと聞きました。空賊のアジトがあるとすれば、その辺りだと推理します」 隗厳も生卵につけて猪肉を味わってみた。 開拓者達は案をだしあってそれらを精査する。 北の町外れを直接探るのが最も手っ取り早い方法だが、その分空賊団にこちらの存在を知られてしまう危険性が高かった。 飛空船中古業者の紹介を期待するか。または中古家具屋を見張って椅子を納品する空賊を追跡するか。どちらかがよさそうである。 「接触の早さとしてはどっちかな?」 『そうね‥‥。椅子だけなら外して運ぶだけだし。中古家具屋の方が早いかもね』 「あの中古業者、信用できないしね」 『あんな奴、放っておくのがちょうどいいわ。放置プレイよ』 レオナールが忘れていたとサライに金子を返す。中古業者の懐に一度は入れた小判だが、去り際に取り返していた。 光奈が使ってくれと渡してくれたお金だが無駄遣いはよくない。せっかくなら有効に使うべきである。 「椅子なら明日か明後日には届くといっていたのだぁ。店を見張って納品された直後、おいらは疑われないよう中古家具屋に交渉を持ちかけるのだ。皆は空賊の手下をこっそりと追いかけて、飛空船が隠されているアジトを探しだして欲しいのだぁ〜」 玄間北斗は仲間に黒曜を預けることにした。アジトを発見次第、急いで玄間北斗のところに戻って道案内をしてもらうために。 「真夜中に納品ってあるんでしょうかね?」 「寝静まった夜は些細な音が響きますので、近所の方々が気がつくはずです。かえって目立ちますのでやらないと思います」 サライと隗厳が見張りの必要性を話題にする。 相談の末、まずあり得ない真夜中納品を心配をするよりも全員でゆっくりと休む選択をした。もしも椅子の納品を逃してしまっても他に打つ手が残っていたからだ。 猪鍋を平らげた開拓者達はすぐに就寝するのであった。 ●空賊 夜明けの直後から見張りを開始する。 交代して見張ったが、担当外の仲間も中古家具屋周辺から離れることはなかった。一分以内に駆けつけられる位置で過ごす。目立つのは避けて耳目で様子を探る。 午後過ぎ、玄間北斗と隗厳が見張りを交代しようとする際に事態が動く。中古家具屋の裏手に留まった荷車にはたくさんの椅子が積まれていた。 「サライを呼んできて欲しいのだぁ」 玄間北斗が頼むと忍犬・黒曜が人混みの中を駆けていく。すぐにサライと羽妖精・レオナールを連れて戻ってきた。 「あの荷車を牽いてヘトヘトの二人、特徴がそっくりです。きっと呂商隊の人達ですね」 サライが懐から資料を読み直して再確認する。ヘトヘトの二人の横で威張っている強面男は空賊団の一味と思われた。 運び込みが終わり、交渉役と思しきもう一人の空賊団の男が中古家具屋からでてくる。空賊の一味二人が乗り込んだ荷車を呂商隊二名が牽いて去っていった。 「では頼むのだ」 玄間北斗は作戦通り、サライと隗厳に黒曜を預ける。自らは中古家具屋の中へ。昨日交渉した店主はすぐに見つかった。 「椅子、十二脚揃いましたよ」 「それは助かったのだぁ〜♪」 喜んでみせたところで、玄間北斗は口元をにやりとさせる。 「昨晩、飲み屋で聞いたのだ。最近、空賊が流す部品が多いって。さっき椅子を運び入れていた人達、やけに柄が悪かったのだぁ」 「‥‥そうですか。ですが人は見かけによりませんので。ああ見えても真っ当な方々なんですよ」 玄間北斗は言葉巧みに店主を追い詰めていく。 彼を除いた開拓者一行は荷車を追跡している間に町の北方に辿り着いた。隗厳が仕入れた情報の通りである。 中古家具屋を出発してから一時間後、湖岸に建つ古びた屋敷が見えてきた。荷車が敷地内に入っていくのを確認したところで待機。黒曜は玄間北斗を迎えに戻っていく。 その頃、中古家具屋の店主は玄間北斗に説得されていた。黒曜が現れると玄間北斗は店主を背負って出発する。 「お、落ちる‥‥」 「喋ると舌を噛むのだぁ」 玄間北斗は屋根の上をひた走る。そうやって道先案内の黒曜を追いかけた。十分後、玄間北斗と黒曜は空賊のアジトと思われる屋敷近くで仲間達と合流する。 玄間北斗は協力するのなら中古家具屋のことは官憲に話さないと店主と約束していた。 店主を先頭に開拓者達は屋敷の敷地内に足を踏み入れる。 「こ、こんにちは」 「どうした? さっき店であったばかりなのに」 「こちらのお客様方が是非に直接品定めをしたいと仰いまして」 「船長の許可もとらねぇでそんなことは‥‥‥‥ま、いいか」 店主と話している交渉役と思しき者の懐にレオナールが金子を忍ばせる。 飛空船の修理は屋敷の内庭で行われていた。 (「まず間違いありません」) 隗厳が船首に眼をこらす。薄らと壺の絵の跡が残っていた。 サライが視線を送るとレオナールはこっそりと透明化する。先程忍ばせた金子を回収し、先行して船内への潜入を果たす。 確かめなければならないのは機関室。真っ先に案内してもらう。 『この船イイわぁ♪ あちこち歩き回りたくなっちゃう』 透明化を解いたレオナールがひょっこりと顔をだす。そしてサライに耳打ちした。署名らしき凹凸は指先で確認したが、暗くて目視では確認できなかったと。 「この材質、素晴らしいのだぁ。これはよい船なのだぁ〜♪」 玄間北斗が空賊達の目を引きつけている間にサライが台の下へと潜り込んだ。『暗視』を発動。そこには間違いなく呂の署名が刻まれていた。 「間違いありませんよ。この飛空船は奪われたものです!」 サライの一言が機関室内に響き渡る。 それを合図にレオナールが眠りの砂を使った。案内の空賊がいきなり床へ倒れていびきを欠く。 隗厳は瞬時に廊下と梯子を駆け抜けて甲板まであがった。そしてカミヅチ・件を出現させる。 「空賊をまとまってお願いします」 隗厳に呼応した件は『洪水』を発生させて飛空船を修理していた者達を押し流す。但し、呂商隊の関係者も混ざっているはずなので手加減を忘れない。 隗厳は次に屋敷の敷地外へと飛びだした。逃げだそうとしている空賊の動きを『超越聴覚』で察したからだ。『鋼線「黒閃」』を宙で躍らせて空賊の足に絡みつかせる。無力化しながら次々と足止めを食らわせていく。 船内の空賊を一掃した玄間北斗とサライは中庭で空賊船長と対峙していた。 「何だ。てめえらは!」 志体持ちの空賊船長は庭にあった巨体岩を持ち上げて放り投げてくる。 (「避けるのは簡単だけど‥‥このままだと岩が飛空船にぶつかるし」) サライは『夜』を発動させつつ、飛んでくる大岩に攻撃を仕掛けた。黒曜の『飛跳躍』も決まって大岩は空中で粉々に砕け散る。 「なんだ、これは!」 空賊船長だけでなく、手下共も苦しみだす。黒曜が放った『咆哮烈』による不快な音波を浴びたのである。空賊共が次々と敗走していく。 「観念するのだぁ」 玄間北斗は『奔刃術』を駆使して逃げる空賊船長に追いついた。 互いに志体持ちとはいえ、玄間北斗との実力差はあまりに明確。あっという間に空賊船長を抑え込むのであった。 ●そして 呂の部下の八割がこの場にいた。 空賊団については通報のみをして町の官憲に任すことにする。 中古家具屋の店主については約束通り見逃す。とはいえ脛に傷持つ身のようだ。そう遠くない日に別件でお縄になるだろう。 官憲が来る前に立ち去ることにする。飛空船の操船は呂の部下達に任す。二時間後には朱藩安州内の空き地に着陸した。 「ありがとうアル‥‥。この恩は一生忘れないアル」 微熱はあったものの、呂の体調はかなりよくなっていた。布団から起き上がって開拓者達に感謝。そして部下達との再会を喜び合う。 襲撃の際に脱出した部下達も無事が確認されていた。 「玄間さん、この文を来られなかったお友達に渡して欲しいのです。もし身体が悪いのならお身体を大切にして欲しいと伝えて欲しいのですよ」 光奈は去り際の玄間北斗に手紙を託した。 それから二週間後、呂の商隊は飛空船一隻で商売を再開する。一番にソースがたっぷり詰まった壺を満腹屋に届けたのだった。 |