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■オープニング本文 ここは武天の地。水田が広がる農耕地帯にある天儀酒の蔵元『葉滴』。 酒造りは行おうと思えば一年中可能な作業だ。しかし原料となる米が穫れる季節の秋、そして味に直結する発酵が追い込みやすい寒さを考えると冬場がもっとも適していた。それ故に寒造りという呼び方まである。 水田仕事が無くなった農家の人々の手が借りられるのも理由の一つだ。ただ今年の葉滴ではその点に問題が生じていた。蔵人として雇うべき農家の人々が他の蔵元に引き抜かれたのである。 「この間の開拓者達はどうだったかい?」 「へい。考えていたよりずっと役立ってくれました。特に体力と集中力は目を見張るものがありまして。あれは真似しようとしても出来るもんじゃありません。その分わしらには培ってきた技がありやすが」 葉滴の女主人『竹見 菊代』は屋敷の一室に座して杜氏の仲代と話し合う。 「酒造りも追い込みに入るだろう。手が足りなくなるはず。今一度、開拓者を呼ぼうか」 「そうして頂けると助かります」 二人の相談はすんなりと進み、再び開拓者を呼ぶ事となる。 翌日、菊代は開拓者ギルドのある此隅まで使いの者を行かせるのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
鷺ノ宮 月夜(ia0073)
20歳・女・巫
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
難波江 紅葉(ia6029)
22歳・女・巫
燕 桂花(ia9429)
20歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●醪の泡 「遠路はるばるご苦労様。よく来てくれたね」 天儀酒・蔵元『葉滴』に到着した開拓者達を出迎えてくれたのは女主人の菊代だった。さっそく菊代は蔵人を呼んで開拓者達を酒蔵まで案内させる。 酒蔵内には大きな仕込み用の酒樽がいくつも並んでいた。 奥には仲代の姿がある。酒造りを任されている杜氏だ。 「はっはっはっは、また来てしまいました。仲代殿、またご指導のほどよろしくお願い致します」 「おお、待っていたぞ」 深々と仲代に頭を下げたのは無月 幻十郎(ia0102)。無月は以前にも酒造りを手伝った事があった。 「あんじょうよろしゅうにぃ」 雲母坂 優羽華(ia0792)はしとやかにお辞儀をする。 「今回もお世話になります」 ぺこりと挨拶をした柚乃(ia0638)は、作業がしやすいように髪を後ろで一束ねにしていた。他の開拓者達もそれぞれに挨拶をすませる。 「ちょいと耳を澄ませてみな。面白いもんが聞こえるはずだぜ」 仲代のいう通りに開拓者達は大樽の側で耳をそばだてた。 (「ふむふむ、これが噂の‥‥」) 無月は醪の泡が織りなす音に目を閉じてしばし聞き入る。呑み仲間から聞いていた『酒の声』だ。 「聞こえるみゃ☆」 両手をそれぞれの耳に当てながら樽に顔を近づけたダイフク・チャン(ia0634)はコクコクと頷いた。ちなみに黒猫の綾香様は寝床となる宛われた部屋でお留守番である。 「これがうまい酒になる音かいな。出来たての酒の味はどんなもんやろな」 天津疾也(ia0019)はゴクリと喉を鳴らす。 「いずれ熟成されたモノを呑んでみたいものですね。縁あらば‥待ち遠しいものです」 醪の泡音を確認した鷺ノ宮 月夜(ia0073)は仲代に微笑んでみせる。 「材料と手間、時間はとても貴重‥‥だから失敗は許されない‥うん」 柚乃は醪の泡音を聞きながら決意を呟く。 「ちゃんと身ぃ清めて、気張らなあきまへんな」 雲母坂も以前の酒造りを手伝った事がある。葉滴の様子もわかっていたので、より役立てるのではないかと考えていた。 「丁寧にやるからこそいい酒ができるっていうさね」 普段から酒造りに関わっている難波江 紅葉(ia6029)にとって、葉滴での作業はとても興味深い。さらなる技術の修得を目指して一生懸命にこなすつもりであった。 「発酵系の物は食べちゃダメしふか‥‥。納豆が食べられないのはきついしふね〜」 燕 桂花(ia9429)が仲代から教えられた事をはんすうする。さらにダイフクによれば蜜柑や乳で出来た発酵食品も駄目らしい。それでも勉強になると天儀酒造りを頑張ってお手伝いするつもりの燕桂花だ。 それぞれに役目が割り当てられると、さっそく酒造りの手伝いが始まるのだった。 ●上槽 蒸米と酒母を三度に分けて入れる仕込み作業はかなり以前に終わっていた。 発酵は終わりかけており、醪の泡の音が日を置くごとに小さくなってゆく。完全に消えてからどの程度で上槽の作業に移るかは杜氏の仲代の判断だ。また造る酒の質によっても変わってくる。 「慎重にな!」 ある日、仲代の檄が飛ぶ中、上槽の作業が始まった。 簡単にいえば蒸米と酒母が発酵して出来た醪を酒袋に入れて搾りながら漉す作業である。袋に残ったものが酒粕。絞り出た液体が天儀酒の元だ。 葉滴では二つのやり方で上槽を行う。 一つは吊りといって醪を入れた酒袋を吊して自然に滴るのを待つ方法。最高級の天儀酒を造るためのものだ。品評会に出す酒はこちらになる。 もう一つは槽に醪を入れた酒袋を積み上げる槽搾り。一般的な天儀酒はこっちだ。とはいえ、絞り出す段階によってもっと細分化されるのだが。 「はい‥次です」 柚乃は吊り班として酒樽の底にある栓を調節する役目を担っていた。 「次はこれになります」 鷺ノ宮が栓の下で酒袋を広げる。すかさず柚乃は栓を抜いて醪を流す。 白く濁った天儀酒が溜まり、酒袋の口が閉じられた。それを確認してから酒袋についていた縄を引っ張ったのが無月だ。天井に取り付けられた滑車を支点にして酒袋がぶら下がる。 「この香りの中はたまらないな。これだけで気持ちよく酔ってしまいそうだ」 無月は酒蔵に充満した酒の香りをかいで口元を緩ませる。この状況を喜ばない酒好きはいやしないだろうと考えながら。 少しずつ酒袋から染み出た天儀酒が下に置かれた槽に溜まっていった。 「この酒樽はもうすぐおわるしふね〜。次に移る用意をするしふ」 燕桂花は槽搾りの班で栓を抜く役目を担う。 「これぐらいさね。ぎゅっと縛って」 難波江は醪で満たした酒袋の口を縛る。燕桂花と組んでそれを何度も繰り返す。 「次、積むやさかい。気をつけてなぁ」 「こぼさないように、きっちり積んで絞るみゃ〜」 そして雲母坂とダイフクが槽の上に醪が一杯に入った酒袋を積んだ。 蔵人達も一緒になって上槽の工程は続く。 その頃、天津疾也は外で炭を細かく砕く作業をしていた。 「こりゃ外までいい香りがしてくるわな。ほんまにいいわ」 一段落した天津疾也が口元を覆っていた布をとって酒蔵へと振り向いた。 この時、願望していた女性陣が色気のある汗を流す姿を天津疾也は見逃す。後で密かに悔しがるのだが、それは後の祭りであった。 ●甘酒と滓下げ 仕事が終わった後、就寝用の部屋で酒粕で作った甘酒が振る舞われる。 「美味しいおすなぁ」 雲母坂は酒粕を分けて欲しいと仲代に頼んで許可をもらっていた。帰りの間近に甘酒にし、土産として持ち帰るつもりである。日持ちはしないので神楽の都に帰ったらすぐに呑まなければならないのだが、一日か二日ぐらいの余裕はあるはずだ。 「約束のお酒だみゃ☆」 ダイフクは黒猫の綾香様に甘酒を分ける。あまり呑ませるのもなんなので、量は少しにした。もっと欲しいという意味でニャ〜と鳴く綾香様にせがまれたダイフクである。 「どうした? 元気がないようだが」 「何でもないわな。何でもない‥‥」 落ち込んだ様子でまるで老人が湯飲みから茶をすするように甘酒を呑む天津疾也に無月が声をかける。余程ショックな事があったのだろうと無月はそっとしておくことにした。 「甘酒‥おいしい‥‥」 柚乃はちょっとずつ甘酒を呑み、その度に笑顔を浮かべる。 「ここからはかなりお酒といえるものになりますね」 鷺ノ宮は甘酒の味を確かめながら、滓下げ途中の天儀酒に思いを馳せた。 「たまになら甘い酒もいいねぇ」 もう一杯と何度も湯飲みに注いで甘酒を呑む難波江だ。 「それにしても‥‥天儀酒って色々な細かい行程があるしふね〜」 ふ〜と息をかけて冷ましながら甘酒を頂いていたのは燕桂花である。 しばらくは濾過の準備をしながら酒樽の中で滓が沈殿するのを待つ日々となる。 定期的に確認する仲代の手伝いを開拓者達は行った。 次第に澄んでゆく樽の中の天儀酒。 天儀酒とは透明というより黄色みがかっている。少ない量ではわかりにくいが、これだけ集まっているとはっきりと見えた。 鷺ノ宮はそれを黄金色と呼ぶ。その言葉を聞いて俄然元気を出したのは天津疾也であった。 ●濾過と火入れ 日にちを置いて滓下げが終わると濾過作業となる。 酒樽の底には二個所、栓がされた穴があった。 上呑と呼ばれる上の穴を塞いでいる栓を抜き、静かに上澄み部分を別の空樽に移す。 樽の底に残ったのが滓だ。一番底にある下呑から抜いて処理してしまう。 これでもまだまだ酒の中には不純物が混じっている。そこで天津疾也が主に行い、無月も砕くのを手伝った炭が使われる。 「この丹精こめた仕事の先においしいお酒ができるのかぁ。今後はより一層味わって飲ませてもらおう はっはっはっは」 豪快に笑ってから無月は作業を開始する。 酒樽それぞれに一人ずつ開拓者が配置された。 炭は入れすぎると酒の個性を無くしてしまう。ギリギリの少ない量で済ませた方がよいので慎重さが求められる。 仲代の指示に従って一つ一つの酒樽の状態を確かめてから炭が少しだけ入れられる。同じ米、同じ麹、同じ工程を経ても、それぞれの酒樽の天儀酒には違いがあるからだ。 「‥出来あがりに近づく過程を見るの、楽しい‥‥」 酒に映った自分の顔を眺めながら柚乃は頷いた。 しばし置いてから行われたのが火入れであった。火入れの直前にほんの少しずつだが、天儀酒を呑む機会が与えられる。 開拓者の中の、特に酒好きの者達は興味津々で頂いた。非常に新鮮で普段呑んでいる天儀酒よりも透明感のある味がする。火入れをし、なおかつ寝かした天儀酒とはまた別の味わいがあった。 「かぁ〜〜〜やっぱり美味いねぇ〜」 お猪口の青い二重線を確かめてから無月は飲み干す。ちょうどよい澄み具合なのを確かめたのだ。 「あ、このお酒は甘いんどすなあ。何やごっつぅ口当たりがええさかい、なんぼでも行けそうな」 空いた手で頬を押さえながら雲母坂は生酒の味に喜ぶ。 「これから先が楽しみだねぇ」 難波江は一気に飲み干す。 「いけるしふ〜」 目をぱちくりさせて燕桂花は喜ぶ。 「ちょっと‥ちょっとだけ‥‥」 舐めるように柚乃は頂く。 「あとで綾香様にも呑ませてあげたいみゃ〜」 ダイフクもほんの少しだけ頂いた。 「ん、自分で作った酒やと格別やなあ」 この一瞬の至福を天津疾也は楽しんだ。 「黄金色の天儀酒‥‥」 鷺ノ宮は軽く口に含んでから呑み込む。 そして火入れが始まった。 大きめの陶器で酒を汲む作業は天津疾也、無月、ダイフクが担当する。 「この一滴は銭の一滴や。零したらもったいないわ」 天津疾也は丁寧に汲んで湯煎が張られている釜まで運んだ。 「釜は熱いみゃ。落ちないように気をつけるみゃ〜」 身体は小さめでもダイフクの力はとてもすごい。その様子に周囲の蔵人達が目を見張る。 釜の火加減を見ていたのが燕桂花と難波江だ。 「ここで失敗すると大損害になるしふ〜」 「ちょい熱いさね。水を足すね」 燕桂花と難波江は相談しながらお湯を熱さを調節する。 湯は人肌よりかなり熱く、それでいて沸騰はさせないぐらい。それを見極めて薪をくべる。時には湯を汲んで捨て、冷水を足したりもした。 陶器の入れ物をお湯から引きあげるのは柚乃、鷺ノ宮、雲母坂の三人だ。 (「火傷‥注意しないと‥‥」) 集中した柚乃は無言で仕事をこなす。 「これで酒母を滅して‥‥。取りだす機会を見逃さないように」 鷺ノ宮は真剣な瞳で湯煎にしている陶器を見つめる。全体の監督として仲代が見守ってくれてはいたが、引きあげるのは個々の判断に任されていた。 ここで間違えたのならこれまで作業がすべて無になる。 「熱いがここは我慢どすなぁ」 雲母坂も引きあげる時間を間違えないようにじっと釜の中を見つめ続けた。 作業はやがて終盤に入る。 「これを繰り返すと仲代殿はいっていたな」 無月は昨晩、仲代と交わした会話を思いだした。この後、熟成を経てもう一度滓下げ、濾過、火入れが行われる。 それが終わって、やっと天儀酒の出来上がりだ。 それから少し待てば春。それは武天の此隅で開催される天儀酒の品評会が開かれる時期であった。 ●そして 酒造りの手伝いを終えた開拓者達は神楽の都への帰路についた。 土産としてもらったのは酒粕と天儀酒。どちらも日持ちしないものなので、すぐに消費する必要がある。 ゆっくりと進む開拓者達を乗せた荷馬車。 「寒空でも酒さえありゃ、熱いってもんだ」 無月は揺られながら徳利から酒を注いた。 「それには同感さね」 難波江も無月も手酌で酒を呑む。少しだけ熱燗にしてもらったのを先に頂く。 「これから寝かせてじっくり熟成させへんと本当に旨い酒はできへんのやろうが」 天津疾也も土産の天儀酒をさっそく呑んでいた。熟成された葉滴の天儀酒がどのような味なのかを想像しながら。 「甘酒‥好きです‥‥」 柚乃は出発前に温めてもらった甘酒を湯飲みに注いで楽しんでいた。 「ええどすなあ。甘酒は」 雲母坂も柚乃と並んで甘酒を楽しんだ。神楽の都に持って帰る分は他にちゃんと残していた。 甘酒の甘い香りに誘われて眠りかけていた燕桂花が目を覚ます。 「いい天儀酒ができるといいしふね〜」 雲母坂から甘酒をもらいながら燕桂花が呟いた。その言葉に仲間達が賛同する。 「神楽の都に戻ってから‥楽しませて頂きましょう」 鷺ノ宮は天儀酒が入った徳利を手にとって眺めた。 「美味しいのみゃ☆」 ダイフクは甘酒に少しだけ酔ったようである。膝の上に座っていた黒猫の綾香様が心配そうに見上げていた。 やがて荷馬車は此隅に到着する。開拓者達はここまで御者をしてくれた葉滴の蔵人にお礼をいい、精霊門へと向かうのであった。 |