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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストにより承っております。 それは真なる心の声であったのか。覚悟であったのか。それとも誰かしらの誘導や罠であったのか。泰大学卒業から五年の歳月が過ぎ去ったある日の朝に春華王は呟く。 「気にいりませんね‥‥」 穏やか優しさに満ちていた春華王の態度がその時から様変わりした。 「もっとこちらに。そうもっと‥‥」 傲岸不遜、傍若無人。臣下を罵り、失敗に対しては激高。後宮にも多くの女性を招き入れての酒池肉林の日々が始まった。 牢に幽閉される者も後を絶たず。天帝宮で仕える者でも容赦はない。 「天儀本島‥‥目障りだな」 春華王は政治に口を出せる立場ではないのだが、暗躍して軍を動かそうともする。 ことこれに関しては官僚の間でも意見が分かれていた。賛成派、反対派の間で激しい論争が繰り返される。 一部の国が理不尽な理屈で泰国との間に関税を設定して自由な貿易を阻害しようとしていた。しかも宝珠の輸出制限にまで話が及ぶ。泰国への締めつけを意図しているのはあきらかであった。 春華王の変貌を歓迎する者、眉をしかめる者。民衆は様々な反応を示したが、深く心配する者もいる。古くからの友人や皇妃、皇后達だ。 決意を胸に秘めて自ら謁見を申し出る者も。泰国は今、歴史の転換点にあるのかも知れない。 |
■参加者一覧
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●春華王と皇后 天帝宮の一室では泰国軍を動かすための秘密会議が毎日のように行われていた。 出席者は春華王支持派ばかり。春華王自身も出席し、その傍らには皇后となったルンルン・パムポップン(ib0234)の姿もある。 「それではいけませんね。相手が調子づくだけです」 積極的に提案する春華王。ここ数ヶ月間における彼の行動をつぶさに眺めていたのはルンルンだ。 時に反対派との話し合いの場で、春華王は荒らげた声を浴びせる。持っていた器を投げつけるときもあった。 「春華王様、少しよろしいですか?」 同席こそしていたものの、これまで発言を控えていたルンルンが口を開く。 「‥‥構わない」 春華王は呟くようにしてルンルンに許可をだす。 「その考えでは国が疲弊しちゃい‥‥いえします。その方々が敵に通じているのは誰もが知りうるところ。わかっていてなお肩を持つあなたも一派なのでしょう。断じて許せません。春華王様に逆らう者は、一族郎党みんな牢屋送りなのです!」 どちらかといえば呼びつけていた反対派の役人よりも春華王の方がルンルンの語気に驚いていた。 「――お菓子を食べられなければ、おにぎりを食べればいいのです‥‥あれ?」 「よい。気持ちはわかった」 春華王はルンルンの演説を途中で制す。 横目で眺めたルンルンは常春を名乗っていた頃の笑顔を彼が一瞬浮かべたような気がした。 ルンルンが公式の場に必ず出席していたのは、そうしなければ春華王と会えなかったからだ。春華王はここ半年間、私事でルンルンを避け続けている。そのことも彼の悪い噂に拍車をかけている。 「ルン‥‥、後で行く」 「は、はい」 反対派を牢送りにした後、春華王がルンルンに囁く。二人きりのときだけに春華王はルンルンを『ルン』と呼んでいた。 その日の夜、春華王は約束通りにルンルンの部屋を訪れる。 「昼間、どうしてあのようなことを? 私の評判は知っていますよね? ルン自身も感じているはずです。‥‥よいのです。実際に暴虐な振る舞いをしているのですから。あのとき、私への非難の言葉を投げかけるべきだったんです。次の機会にはそうしなさい。そうすれば何かがあっても‥‥!」 諭そうとする春華王にルンルンは抱きついて唇で彼の口を塞いだ。 「私、知っています。知っているんです。だから‥‥」 「何を?」 「後宮に招いている新しい女の人たち、とても貧しくて身売りされたり、暴力を振るわれていたって。山に穴を掘る工事だって仕事を失った男の人たちのためなのに‥‥。完成すれば都市間の交流が活発するのに、飛空船関連の利権を持つ人たちが屁理屈で反対をしていることも」 「それは‥‥」 二人はゆっくりとベットに腰かける。 「嘘ですよ。そんなの。私が自由にやりたくなっただけです」 ルンルンは春華王の前で何度も首を横に振った。 「最初は貴方の変貌ぶりにいろいろと疑ったんです。アヤカシに取り憑かれたとか、また新しい偽春華王が現れて入れ替わったとか。そう思ったんです。でも‥‥」 ルンルン曰く『ニンジャ』の呼称を使っていたが彼女は元シノビである。いざとなれば忍び込むのはお手の物だ。密かに集めたシノビ集団も配下に治めていた。 「ある日、個室でそっと涙を流す貴方の姿をのぞき見しちゃったとき、私は本心を知ったんです。それからは本気で調べちゃいましたっ♪」 ルンルンはごそごそと床下に隠しておいた資料を取りだして春華王に渡した。 「これは‥‥」 春華王はランタン近くに移動して資料にざっと目を通す。それは反対派の議事録や不正蓄財に関する情報であった。 「大丈夫、私がずっと側に居ます、それに貴方は正しいことをして居るんだもの‥‥。今はみんな戸惑ってるけど、きっと将来泰国のみんなは、貴方に感謝してくれるんだから」 「浅はかだった‥‥。私が浅はかだったよ。ルンにもっと早くに相談するべきだった」 「いいんです。すべての罪を背負う覚悟をしたんですよね? 私を含めて周りの皆を巻き込まないように。でも知っちゃいましたから♪」 春華王は資料を置き、ルンルンを強く抱きしめた。その晩は共に過ごしたという。 翌日からの春華王はさらに精力的に動いた。ルンルンはそんな彼の背中を支える。 「ここが正念場ですね」 「こんなところで負けていては外国勢に勝てるはずがないからな」 会議室の扉前で互いの手を握り合う。扉が開いた。春華王とルンルンはいざ言霊の戦場へと足を踏み入れる。 官僚との話し合いは三日間にも及んだ。 あの手この手で春華王を懐柔しようとする官僚達。それに負けずに抵抗と攻撃を続ける春華王とルンルン。 内と外での攻防は続く。 官僚側が強攻策を発動させる前に先手を打つ。ルンルンが放ったシノビ集団が悪徳官僚達の悪行を白日の下にさらす。天帝宮直属の官憲が関連した親族縁者を逮捕した。 話し合いは一旦休会。 「ここは腹を割って話しませんか?」 春華王は個別に取引を持ちかける。罪を軽減する代わりに暗躍した外国勢力の情報を渡せと。 天儀本島には複数の国家が存在する。そのうちのいくつかが連合して泰国を陥れようとしていたようだ。 権謀術数は順調に進む。徐々にであったが春華王は実権を取り戻していく。 同時に外国との交渉は行われていたが進展はなかった。結局のところ、出る杭は打たれるといった状況。泰国が相手にとって邪魔な以上、正論をいっても嫌がらせは永遠に続くだろう。 強引ではあったが泰国の内政については着地点がみえる。最低限の粛正で済んだのは春華王の手腕とルンルンの下調べによるものだ。 天儀と泰儀の狭間でやがて紛争が勃発。飛空船同士の小競り合いを発端にして戦線が拡大していった。 「行きましょう貴方、生きるも死ぬもルンルンは一緒です」 「そうだ。負けられない」 春華王とルンルンも大型飛空船に乗って戦いの空へ。二日後には宣戦布告が行われて紛争は戦争と名を変える。 開始から十日後。天儀側の数国から和平会談の打診が届いた。春華王から委任された使者としてルンルンが中立地帯へと向かう。 「それは認められません。わが泰国に奴隷になれといっているようなものです」 和平会談と同時に戦いは続いた。 春華王の元、泰国の飛空船軍は敵勢力を押し返す。後にかつての仲間達が力を貸してくれたとの噂は残った。真実は不明である。 戦争とは政治の最終手段。勝敗によって和平会談は大きく揺さぶられていく。 結果、泰国は相手国の理不尽な関税や貿易制限の殆どを撤回させる。代わりに交易商人たちの優遇を一部なくすことで折り合いがついた。 春華王にとっても資金が潤沢すぎる豪商達の存在は厄介だったので都合のよい結果とな った。 「たくさんの血を流させてしまったよ‥‥。味方も敵も‥‥」 「貴方はたくさんの泰国民を救ったのです。あのままいいなりになっていれば、もっと多くの民が亡くなって苦しんだと思います」 「ルン、確かにそう判断しての行動だったがこれは私の罪だよ。でもありがとう」 「それが罪というのであれば私も一緒に背負います。どこまでも一緒ですよ」 終戦協定締結後、飛空船内で項垂れる春華王にルンルンが寄り添う。 二人が乗った大型飛空船が泰国朱春の上空に差し掛かる。天帝宮内の停留場に着水しようとしたときに春華王とルンルンの眼ははっきりと捉えた。 歓声をあげて出迎える泰国民の姿を。 ●敵を欺くにはまず味方から 泰国の帝都、朱春。 春華王は日がな一日、天帝宮の青の間で過ごすことが多い。またその傍らには女性の姿がある。 「常春様、この群青の空が綺麗です」 「ジルベリアから取り寄せた絵の具なんだ」 絵を描いている春華王を眺めるのが皇妃ノエミ・フィオレラ(ic1463)は大好きであった。 公式の場では春華王だが、日常のときノエミは春華王のことを『常春』と呼ぶ。 二人の縁が泰大学芸術学科の学友から始まったのでノエミも絵を描くのが達者た。殆どの絵には春華王の姿が描かれている。 後宮に入り、青の間へ出入りするようになってさらに増えた。数えていないがゆうに三百枚は越えているだろう。 そのノエミがある日を境にして青の間に顔をださなくなる。 春華王が侍従に訊ねてみれば急遽里帰りをしているとのこと。ノエミの故郷とは遠くジルベリア帝国を指す。 (「ノエミが一言も告げずに帰るなんて妙だ。ご家族に何かあったのだろうか?」) 気にしないように努めた春華王だが心配になっていく。一週間後、ノエミが天帝宮に戻ったとの連絡を受けて自ら彼女の部屋へと向かった。 「入るよ、ノエミ」 同行した侍従が開いた扉を潜り抜けて中に一歩入る。 部屋にいたのはノエミだけではなかった。春華王もよく知るリィムナ・ピサレット(ib5201)が椅子に腰かけていた。 「王様、お久しぶり」 「相変わらず昔の姿のままだね。‥‥そうか、リィムナさんと一緒にジルベリアへ行っていたのか。だけど‥‥」 春華王が目を細めて首を傾げる。リィムナ自身はとても元気そうだが、着ていた服と武器が酷く傷んでいたからだ。世界最強の開拓者と謳われる彼女らしくはない。 「‥‥実はこれからリィムナさんと一緒に常春様に報告しようと思っていたところなんです」 「報告? ジルベリアで何かあったの?」 ノエミの眼差しはとても真剣味を帯びている。春華王は侍従を廊下へと下がらせてノエミとリィムナから話を聞いた。 「先日、ガラドルフ大帝の突然の崩御がありましたよね?」 「ああ、外せない行事があったので代理の大使を送ったのだけど‥‥それがジルベリアとの外交問題に発展してしまったとか?」 「いえ、そうではありません。むしろそうされてよかったと考えています。実は大帝の後を継いだ皇子が非常に問題のある人物でして‥‥表向きには隠されていますが、とても残忍で好色なんです。説明するのが嫌なほどに」 「辻斬りをしているといった噂を耳にしていたけれど‥‥まさか本当なのか?」 ノエミの口から語られる内容に春華王が眉をひそめていく。 新皇帝のひととなりがわかったところで、次はジルベリア帝国の秘密をリィムナが説明した。 「あたしが裏から、ノエミは表から探ったんだっ。あいつら、とんでもないことを企んでいたよ。こっそりと古代人の遺物を発掘していたんだ」 「古代人の遺物?」 「それらを直したり改造したりして、数々の超兵器がいくつかもうできあがっていた。ものすごい厳重さでこんなにボロボロになっちゃっけど、実際にこの目で見たから間違いないよ」 「リィムナさんが、そうなってしまうぐらいの警備ですか。‥‥具体的にはどのようなものが?」 春華王がそういうとノエミが用意してあった二枚の絵を提示する。 「こちらの絵はリィムナさんが描いたもので、小儀を一撃で吹き飛ばせる破壊光線砲になります。もう一つは私が描いた、あらゆる場所の映像を瞬時に写すことの出来る鏡です」 「こんなことができる‥‥、いや古代人の知識ならできてもおかしくはないけれど、まさか‥‥」 ノエミが持つ二枚の絵を春華王は交互に眺めた。そして倒れるように椅子に腰かけてしばらく黙り込んだ。 「実は新皇帝をこっそりと片付けてしまおうとしたんだけど、こっちの警戒も厳重で。あたしの力でも暗殺は難しいな」 春華王を見つめていたリィムナが呟くように告げる。 「本気の軍備増強をしていました。想定している敵はまず間違いなく天儀本島です。進攻開始は三ヶ月以内というのが私とリィムナさんの見解になります。不慮の事態が発生して伸びたとしても半年ぐらいでしょう」 春華王は一日欲しいといってノエミの部屋を立ち去った。リィムナにはしばらく滞在して欲しいと願ってから。 そして翌日の午後。春華王は再びノエミの部屋を訪れる。 「このままでは戦乱の世となります。戦いが避けられないのであれば‥‥‥‥せめて短期で済ませるのが私の願いです」 春華王はノエミとリィムナに極秘の話をする。 正義と悪は表裏一体。 立場によっても変わるものだが、春華王にとって欲望を剥きだしにして他者の大切なものを簒奪しようとしているジルベリア新皇帝は義を持たない暴君でしかなかった。 「ジルベリア新皇帝を信用させるためには、私自身が泥を被らなければならないでしょう。具体的には私自身も暴君となるのです。相手を信用させ、同盟を結び、対天儀王朝の大同盟軍を結成します。そこで初めてジルベリア新皇帝に隙が生じるはずです」 「で、ですが‥‥」 春華王は涙目で距離を縮めるノエミの頭を優しく撫でる。 「‥‥今のままではきっと会うことさえ困難です。もしジルベリア新皇帝が天儀本島を占領したのならば、次の目的はこの泰儀になるのは必定。将来を鑑みると今このときしか逆転の目はないのです。私が荒む様を見たくないのであれば、どこか安全なところに――」 「いいえ、私もお付き合いします」 涙目は変わらなかったが春華王を見つめるノエミの瞳には決意の炎が宿っていた。ノエミは春華王に寄り添って耳元で呟く。いつまでも一緒だと。 それから二週間後、天帝宮は酷く退廃した魔窟と化す。 後宮に招かれた若い女性の数は百に膨れあがる。餐に並ぶ料理も東西南北から取り寄せられた食材を贅沢に使ったものばかり。 ほんの少しを口にして残りの大半を足蹴にしたとの噂が市中に噂として駆け巡る。それらが綴られたかわら版はリィムナによってジルベリア帝国でもばらまかれた。 噂には尾ひれはひれがついて、春華王の評判はがた落ちとなる。強引に官僚の実権を奪っていった事実もかの国に伝わっていく。 「ふん。それがどうしたというのだ?」 嘆願にきた若い官僚の頭に春華王が手にしていた葡萄酒をぶちまける。 「まあ、おかわいそうに。拭いて差し上げます。‥‥春華王様、この者ったら私の胸元をじっと、じぃっ〜と見つめました。とても嫌らしい目つきで‥‥。私、辱めを受けてしまいました」 ノエミが着ていたドレスは元々胸元がこれでもかと開いていた。言いがかりによって若い官僚は地下の牢送りに。 春華王とノエミから高笑いに浴びせられた若い官僚は数日後に脱獄を果たす。さらに命の危険を顧みず、朱春の広場で自らの体験を世間へと知らしめた。集まったかわら版屋達が記事を書きたてる。 脱獄の手引きとかわら版屋に手を回したのはリィムナ。また若い官僚とは、かつて春華王の影武者をしていた人物だ。 当然、春華王、ノエミとも通じている。すべてが茶番であったものの、世間は見事に騙された。 暴君として春華王の名は世界に轟く。 ジルベリア新皇帝との同盟交渉は水面下で進行。やがて正式な調印が交わされる。示し合わせて軍を動かし、天儀本島の空域へ進攻する日がやって来た。 両軍の飛空船が集結しようとしたときに春華王は号令をだす。 「全艦船、突入! ジルベリア皇帝の首を獲った者には使い切れぬほどの金と名誉を与えます!」 春華王の命令は銅鑼の響きと光る宝珠点滅の伝達によって泰国軍・全艦船に伝えられた。 密集の状況下で編成や戦術の行使はすでに不可能。破壊光線砲で仕留められてしまう故の捨て身の作戦が始まる。 味方同士で艦船が衝突。次々と墜落していく地獄の最中、輝鷹と同化したリィムナが空を舞う。 「このチャンスを逃したら、もう倒せないかも」 飛び交う砲弾を避けながらリィムナが探していたのは、ジルベリア新皇帝が乗り込んでいるはずの旗艦だ。目印とする船首の紋章は生首の額にナイフが突き刺さっていた。 戦いの状況はリィムナが盗みだした古代装置によって映像として各国に伝えられる。このためにかつての仲間達が手を貸してくれた。各国首都の街頭で人々の目に留まる。 アヤカシを倒すための兵力が人に向けられたときにどうなるのか。それが民衆の前に晒された。 「いたっ! 逃さないよっ!」 リィムナが飛んできた砲弾を次々と蹴って弾道を変えていく。そのうちの一発が生首紋章の大型飛空船へ。見事、艦橋に命中して大穴が開いた。 風と共に艦橋へと突入するリィムナ。 「ジルベリア大帝! 覚悟!」 リィムナは頬の黒子で影武者ではないことを確認してから、ジルベリア新皇帝に『黄泉より這い出る者』の呪いを送り込む。 一撃で討てたものの、飛空船に搭載されていた破壊光線砲が暴走を始める。 周囲のすべてが輝きに包まれて崩壊していく。それらの中には春華王とノエミが乗り込んでいる泰国軍の旗艦も含まれていた。 「絶対に助けるよっ! だって二人は友だちだもんっ!」 リィムナは泰国旗艦に向けて全速で飛んだ。 「貴方を守ることができなかった‥‥私は騎士失格ですね。ですが‥‥一人では行かせません。私も一緒です」 ノエミは抱き合う春華王と一緒に艦橋の割れた窓からこぼれ落ちる。 「ノエミ‥‥」 「愛しています、常春様‥‥」 二人とも気絶してしまう。しかし互いを離すことはなかった。 「見つけたっ!」 リィムナは二人を掴まえて戦場の外を目指す。 混戦の中、ようやく互いの大将がいなくなった事実がそれぞれの軍に行き渡る。残存の両軍はそれぞれの国へと帰って行った。 「あれ‥‥?」 満月の夜、ノエミは砂浜で目を覚ます。 起き上がるとすぐ近くに春華王が仰向けで気絶している。リィムナに助けられた薄らとした記憶はあったものの、彼女の姿はどこにもなかった。 「常春様、大丈夫ですか?」 屈んだノエミが声をかけると春華王が瞼を開ける。 「‥‥ここは?」 「私にもわかりません」 二人は立ち上がって周囲を見渡す。月光で煌めく海原の水平線から判断すると、どうやらとても小さな儀にいるようだ。 途方に暮れた二人だが数日後にはこの小儀で生きていく覚悟を決める。 「ここで暮らしていこう」 「常春様さえおられるのなら私はどこでも」 その頃、リィムナは泰国朱春の天帝宮を訪れて若い侍従長に報告していた。 「‥‥二人は死んだよ。あたしはこの目で確かめた」 若い侍従長はリィムナの言葉をそのまま受け取る。それから一週間後、現春華王の崩御が国中に伝えられるのであった。 ●鬼璃依と春華王 そして伝説の開拓者 泰国の帝都、朱春。 光座す天帝宮は今もあったが、かつての絢爛さは失われていた。 初めて目にした者ならば、そうは感じないのかも知れない。だが民衆は宮殿に塗られた朱色を血の色に例える。あれは私たちから搾り取った血と肉でできていると。 一年数ヶ月前、それまで優しかった春華王が突然に暴君と化す。 大した理由もなく官僚達を次々と処刑。媚びへつらう者でさえ見せしめとして断頭台に送り込んだ。恐怖で縛りつけ、税のすべてが大幅にあげられる。 活気のあった朱春の街はわずかな間に寂れた景色に。街の方々で職にあぶれた者達が溢れでた。 元から広大な土地に造られていた天帝宮だが、更なる拡張工事が行われる。 周囲の建物を取り壊して新たに建てられた宮殿は見事な出来映えだ。しかし高貴な品性といった印象からはかけ離れていた。 民衆の憎悪は春華王にも向けられたが、皇妃の一人である雁久良 霧依(ib9706)を訝しむ者が多い。 彼女が他の妃を押しのけて春華王の傍らに立つようになってから、すべてが様変わりしたからである。 「まさか私が大アヤカシだったなんてね♪ 本人がびっくりよ♪」 新設された宮殿の一室。 光沢を放つ薄布の服を身にまとう雁久良はベットに横たわっていた。戯れに足の爪を手入れさせている侍女に身の上話を語りながら。 侍女は恐怖に苛まれる自らを律しつつ、霧依の足爪にヤスリをかけていく。 「こうなる前の私はどれぐらい古の存在なのかしらね? 『鬼璃依』の名は思いだしたのだけれど‥‥しかし滑稽だわ。記憶を失っていたのに霧依を名乗っていたなんて、痛‥‥」 震える指先のせいで侍女のヤスリが鬼璃依の足の甲を擦ってしまう。平謝りの侍女を前にして鬼璃依の髪の毛が逆立っていく。 鬼璃依の右手が侍女の顔面を掴みかけたとき、廊下に通じる扉から音がした。 「霧依‥‥」 「あら、常春君♪ どうしたの? 独り寝が寂しくなったのかしら?」 春華王が部屋にやって来たのを知ると鬼璃依は元の姿に戻る。 『常春』とは昔、春華王がお忍びの際に使っていた名前である。鬼璃依は今も彼をそう呼んでいた。 鬼璃依が軽やかな足取りで春華王に近寄って腕を引っ張る。ベットに戻る途中で震えながら様子を窺う侍女を睨みつけた。 「‥‥邪魔よ」 鬼璃依の一言で侍女が何度も転びながら部屋を去っていく。 「さあ、もう二人だけよ♪ いい子ねぇ、常春君は」 常春を抱きしめたまま鬼璃依がベットへと転がる。 「この宮殿、とてもいいわ。ご褒美に昼夜を問わずたっぷり愛してあげるわね♪」 妖しい輝きをまとう魅了の瞳で鬼璃依は春華王を見つめた。強く強く抱きしめた後で手と手を繋ぐ。 「そう浅ましく‥‥」 鬼璃依の享楽には果てがなかった。それはすべてに対して。 春華王や泰国民を蹂躙するのにも徐々に飽きてきた。 無抵抗な民衆を殺戮して楽しむのも一興なのだが、それは一時の暇つぶしにしかなり得ない。どうせならばすべてを恐怖に陥れて貪り尽くしたかった。 「そうね‥‥。天儀を攻め滅ぼしちゃいましょ♪ 常春君はどう思う? 最近いろいろと煩いのよ。どうも泰国が邪魔みたいなのよね。こっちからしたら邪魔はあちらだというのに。まったく失礼な話だわ」 「天儀‥‥」 「大丈夫よ、私と私の眷属がいれば負けやしないわ♪」 「滅ぼす‥‥」 どうすれば天儀本島を滅ぼせるのか。鬼璃依は寝物語で春華王に語って聞かせた。 天儀本島の各国は酷い泰国の実情を知りつつも中々対策に乗りださなかった。遠く離れた儀で発生した事案なので危機感が希薄だったせいもある。 だが現実は非常に逼迫していた。数日中にも泰国軍が動きだそうとしていたからだ。残念なことにそれを理解している天儀本島側の者は非常に少なかった。 いち早く動いた開拓者ギルドだが、疲弊しているとはいえ一国を相手にするには準備が足りていない。 そこで一人の開拓者に白羽の矢が立てられる。伝説級の強さと信頼される『リィムナ』の招集であった。 「あの霧依が‥‥」 早朝、寒風吹きすさぶ海岸でリィムナは唇を噛む。その姿は未だ変わらずに十歳の容姿のままだ。 睨みつける鉛色の空の向こうに泰儀はあった。 リィムナと霧依は泰大学芸術寮の同室で四年間を過ごした仲である。長く一緒に暮らしていたのにも関わらず、リィムナは霧依の正体を見抜けなかったのが悔しかった。 「あたしの手で引導を渡してあげるよ。霧依‥‥いや、今は鬼璃依だよね。滅ぼしてあげる。今から行ってあげるから」 輝鷹と同化中のリィムナは三対六枚の光翼を背中に生やす。両方の爪先が砂浜から離れるやいなや、凄まじい速さで海面上空を飛翔する。 開拓者ギルドからの要請だけでなく、リィムナは泰国の状況を独自に調べていた。 かつての仲間達からの情報によれば、泰国軍の飛空船団が昨晩の未明に朱春近郊から飛び立ったという。その数は三百隻を越えている。 演習を名目にしていたようだが、それを信じるお人好しは誰もいない。目的はただ一つ。天儀本島に戦いを仕掛ける以外にあり得なかった。 広大な空とはいえ、航空路は森林の獣道のように自然と絞られていくものである。 ましてや三百隻の飛空船がまとめて泰儀から天儀に移動するのであれば、奇抜な航空路は選べない。年間を通じて風が穏やかな航空路を通過するしかなかった。 リィムナの勘は当たる。半日後には大空を埋め尽くす泰国軍の飛空船団を視界に捉えた。 天儀はすでに遠くの後方。眼下にあるのは雲海だけだ。 リィムナの存在に気づいた泰国軍側は宝珠砲の一斉砲撃で出迎える。 時に砲弾の上を走り、他の砲弾へと飛び移りながらリィムナは怯まずに距離を縮めていく。榴弾には注意しなければならないが、手玉にとって利用する。わざと爆発させて煙幕の代わりにした。 「めちゃくちゃだね。こんなんじゃあたしには勝てないよ」 後方から放たれた砲弾が前方の飛空船に命中する同士討ちが多発している。 船体ごとぶつけてきた飛空船もあったが、そんな鈍間に当たるリィムナではなかった。 やがて泰国軍の旗艦が見えてくる。甲板上には鬼璃依の眷属『妖狐軍団』が控えていた。 「邪魔だよ」 リィムナは宙を舞いながら『黄泉より這い出る者』による呪いを妖狐に叩き込んでいく。妖狐と近接戦闘になった回数はほんのわずか。その殆どを距離をとったまま屠りきる。 とはいえ旗艦の艦橋には何重もの防護が張られていたので別所から突入した。船内にも妖狐はいたがリィムナの進攻を阻めるはずがなかった。 「戦いの船だというのにこんな無駄な設備を作るなんて‥‥」 ある場所へと辿り着いたリィムナは吐き捨てるように呟いた。まるで宮殿施設のような装飾だらけの広間が船内に存在していたのである。 「あらリィムナちゃん、久しぶりね♪」 天井から垂れ下がる大きな幕の向こう側から聞き覚えのある声が耳に届く。 「春華王、いや常春さんを操ってこんな馬鹿なことをするなんて。鬼璃依、あんたどうかしているよ」 リィムナが返事をしている間に幕の隙間から鬼璃依が姿を現す。大きくはだけた淫靡なドレスを纏っていた。 「いやね。そんな物欲しそうな顔をして。また私のおっぱい吸いたいのかしら〜? もう可愛いんだから♪」 鬼璃依がくすくすと笑う。 「そうそう、貴方達開拓者にはお礼を言わないと♪ うざいフェンケゥアンを始末してくれてありがとね〜♪ お蔭で記憶と力が戻ったのよ♪」 投げキッスをしながら鬼璃依の挑発は続く。だがリィムナは動じなかった。 (「あたしの心を揺さぶって、負の感情を引きだそうとしているんだね。それには乗らないから」) じっと睨みつけてからリィムナは口元を緩める。 「鬼璃依、あんた如きあたし一人で充分! 賞金は独り占めだよ!」 リィムナが片腕を伸ばして鬼璃依を指さす。 次の瞬間、鬼璃依の顔に狂気が浮かび上がった。 「止める? たった一人で? ‥‥笑わせるでないわ!」 鬼璃依の頭から狐耳が飛びだした。身体を軽く揺らすとさらに九本の狐の尾が開放される。 「妾を於裂狐の如き青二才と一緒にすると痛い目を見るぞ、小娘!」 九尾が一斉に鬼璃依から離れてリィムナを狙う。瘴気の塵をまき散らしながら超高速の槍の如く、リィムナを追いかけた。 (「速い‥‥このままではいつかやられる。どうしたら‥‥!」) 尾がリィムナの頬を掠めて鮮血が飛び散る。時間停止の発動がわずかにでも遅れていたのなら倒されてしまっただろう。 断続的に使って九尾の攻撃を避けつつ状況を整理しようとする。だが光明は見つからない。 「じわじわと嬲り殺してあげるわね♪」 鬼璃依は舌なめずりをしながら自分の胸元を指先でなぞる。 「リィムナちゃんのこと大好きだから‥‥よく味わって食べないと‥‥♪」 鬼璃依が眼を見開いたのと同時に幕の一部がはためいた。 「何?」 身体の自由を奪われた鬼璃依が背中越しに後ろを振り向く。羽交い締めしていたのは常春であった。 鬼璃依の耳元で春華王が囁いた。するとリィムナを追いかけていた九尾の勢いが弱まる。 「インフィニットミラァ!!」 リィムナは勝機を見逃さずに『奥義・無限ノ鏡像』を発動させた。三人分身したリィムナが鬼璃依の正面、右側面、左側面に立つ。 「‥‥言いたいことはそれだけ?」 鬼璃依の身体に突き立てられた三筋の手刀。引きだされるそれぞれの手には護大の欠片を握りしめられていた。 リィムナ分身の一人が春華王を抱えて鬼璃依から引き離す。別の分身二人は鬼璃依との距離をとりつつ『黄泉より這い出る者』を放ち続けた。 「が‥‥こんな‥‥馬鹿なぁあ!」 大量の瘴気をまき散らしつつ、鬼璃依の身体が崩れていく。 悲壮な表情を浮かべていた鬼璃依だが、最後の一瞬だけは笑みを浮かべる。その瞳はリィムナに抱えられて遠ざかっていく春華王を見つめていた。 「‥‥常春君に魅了されていたのは私の方だったのね。優しく諌める声を聞いたら動きが止まっちゃったわ‥‥愛してるわ‥‥常‥‥」 鬼璃依が消滅した瞬間、膨らんだ瘴気が旗艦内を埋め尽くす。膨大な瘴気で瓦解した旗艦は雲海に墜落していった。 数日後、リィムナによって世間に真実が明かされた。 わずかに生き残っていた官僚達によって泰国の再建が始まる。一部の経済利権は他国に奪われてしまったが、それでも安寧の日々は戻った。 リィムナによって鬼璃依が春華王にかけた魅了は解呪される。 春華王の静養は長引き、あっという間に一年が過ぎ去った。 修復が終わった天帝宮の青の間。 窓辺に置かれた椅子に座る春華王の手には絵筆が握られている。目の前のキャンバスに描かれていたのは微笑む霧依の絵だ。 (「解呪は成功したはず。でも常春さんの霧依さんへの愛は本物だったからね。もう、元には戻らないかもしれない‥‥」) リィムナは一ヶ月に一度、青の間を訪れる。そして常春と泰大学時代の思い出話を語り合うのであった。 |