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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストにより承っております。 時は過ぎ去る。 二十年の歳月は様々なものを変えた。人は成長し、また土地も様変わりする。 自然もそう。魔の森を焼き払った荒れ地には小さな緑が芽生えた。飛来した鳥が種を運び、やがて一部は樹木となって森を形成する。 同じ森と呼ばれても瘴気に満ちた禍々しいものではなかった。煌めきが溢れる大地に変貌を遂げたのである。 精霊の加護があったと噂されるように緑化は非常に早かった。樹木の育ち方も他の土地の二倍から三倍の早さだったと記録が残されている。 森を形成する樹木の中で一番多く育ったのは楓だ。材木として使われるだけでなく、樹糖の採取にも活用される。 土地は開拓された。集落から始まって大規模な町に発展した例がいくつかある。 かつて遠野村と呼ばれていた土地は拡大発展し、今では街として単に『遠野』と呼ばれるようになっていた。 広大な土地を活用して農業も行われたが、特に畜産に力が入れられる。 放牧牛からとれる牛乳でチーズやバターが作られた。肉についても今では武天国に輸出するほどの規模まで膨らんでいる。 そのように目まぐるしい発展を遂げた理穴東部だが、立ち入り禁止の不可侵地域『湖底姫の大地』が存在していた。 迷信や禁忌の類いではなく、理穴国女王の儀弐重音が発布した正真正銘の政令によるものである。 名称が示す通り、その地域を統べるのは水の精霊、湖底姫だ。 精霊やケモノを含めた動物が棲息する特別な地域として、二十年間に出入りした人はほんのわずか。 人の側で立ち入りの許可を出せるのは儀弐王と理穴ギルド長の大雪加のみとされている。 ある日、開拓者ギルドに依頼が張りだされた。 依頼人の名は遠野円平。湖底姫の大地に住む唯一の人間で、その名を知る開拓者は非常に驚く。かつて湖底姫と円平は開拓者達と約束していた。 大雪加は依頼書の写しを抱えて奏生城を訪れる。 「私たちも参りましょうか」 「準備はすでに済ませてあります」 大雪加から受け取った写しに目を通した儀弐王は頷く。 円平が望んだのはただ一つ。生まれ変わった大地を見てもらうための依頼であった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●外縁 飛空船で理穴奏生を飛び立った一同は、三日後の夕方に『湖底姫の大地』外縁へと到達する。徒歩での出立は明朝から。一晩を着陸の飛空船内で過ごす。 飛空船内の一室。 「行こうか、ネージュ、古き友に会いに」 『ええ、楽しみですね。この姿を二人にも見せたいですからね』 羅喉丸(ia0347)と翼妖精・ネージュは荷物の中身を再確認する。羅喉丸の肩に乗るネージュは三対六枚羽の翼を揺らしていた。 立ち寄った遠野で購入した毛ガニはおが屑に包まれ、牛肉は氷で冷やされている。氷は神座早紀(ib6735)が氷霊結で用意してくれたものだ。 まもなく大雪加香織が部屋に現れる。 「お風呂、先に頂きました。あなたも如何です?」 「そうするか。ネージュはどうだ?」 理穴ギルド長として今も大雪加香織を名乗る彼女だが、本当の苗字は変わっていた。十数年前から羅喉丸と香織は夫婦である。 羅喉丸が風呂から出た頃、夕食の時間になった。食堂に用意されていたのは理穴東部特産の牛乳と牛肉を使ったシチューだ。 「この周辺、明日からしばらくは晴れの様子です」 玲璃(ia1114)はあまよみの結果を一同に伝える。足元ではものすごいもふら・温が美味しそうにシチューを食べていた。 ちなみに医者が首を傾げるほど玲璃の容姿は二十年前から変わっていない。 「たくさん食べるのだっ♪」 玄間 北斗(ib0342)が忍犬・黒曜にあげた料理は野菜や肉を柔らかく似たものである。機敏さは失われたものの、老練な働きをみせる黒曜は未だ健脚。しかし老犬であることに変わりはない。食事には気をつけていた。 「そういえばリィムナさん、まだですね。参加名簿に名前はあったんですけど」 神座早紀が話題にしたリィムナ・ピサレット(ib5201)はこの飛空船に乗っていなかった。 「どうされているのでしょうね」 儀弐王を含めてここ十数年間にリィムナの姿は誰も見かけていない。大雪加によれば依頼にも参加していなかったようだ。 神座早紀にはもう一つ心配事がある。 「いいですか。湖底姫さんと円平さんにくれぐれも失礼がないようにしてくださいね」 『わかった、わかった。耳にタコができちまったよ』 食事が終わった後で神座早紀は上級からくり・月詠に言い含めた。 そして翌朝。湖底姫の大地の内部へ向かう直前に上空から風が舞い降りてくる。 「やっほー! みんな元気だった? あたしは見ての通り元気だよ♪」 六枚の白い翼を背中から生やしたリィムナがふわりと甲板に足を付け、さらに跳ねて一同がいる側へと着地した。輝鷹・サジタリオと同化中のリィムナの容姿は十歳の頃のままだ。 鍛錬をし続けているうちに精霊に近い存在になってしまったとは本人の談である。常に同化していても大丈夫だという。 飛空船の留守はギルドの船員達に任せて、一同は湖底姫の大地へと足を踏み入れるのであった。 ●再会 「これは綺麗ですね。どこも輝いています」 玲璃は森の景色に目を見張る。 湖底姫の大地の植物群はどれも生き生きとしていた。樹木は適度に離れていて地上にも日光が届く。 「天儀の秋は久しぶり♪」 リィムナが森の中を見回と葡萄や林檎がたわわに実っている。 「あのキノコ、マイタケですね」 『これはなんて茸なんだ?』 神座早紀とからくり・月詠はそこかしこで見かけられる茸を話題にした。 『見かけない羽根だね』 『こんにちは。この森に来たのは久しぶりなんです』 翼妖精・ネージュが森の羽根精霊達にご挨拶。 地上を進んだので問題はない。羽根精霊達は道先案内人を務めてくれる。 「以前の丸太小屋から建て替えたようですね」 「もう数十年も経っているからな。あれを円平さんが一人で建てたならすごいな」 大雪加と羅喉丸が話題にしたのは石造りの大きな建物。森の中に拓けた土地で佇んでいた。 「すごいのだぁ〜♪」 建物に近づいた玄間北斗が糸目を開いて見上げる。古代建築物のような様式だが煙突や窓などが作られている。居住性は確保されているようだ。 「みなさん、お久しぶりです」 『元気にしていたようじゃな』 建物の扉が開いて、円平の次に湖底姫が姿を現す。円平はよりがっちりとした体格の相応の風格に、湖底姫は変わらない美しさを保っていた。 「お招き頂いてありがとうございます。円平殿に湖底姫殿」 儀弐王が代表して感謝の意を表す。 円平は以前の通り真面目だが、湖底姫もまた真摯な態度で一行を迎える。円平と暮らすこの二十年で少しは変わったようだ。 神座早紀が湖底姫に駆け寄って手を取った。 「お二人ともお久しぶりです」 その瞳には涙が滲む。次に円平と握手。もう男性恐怖症は克服したと笑顔で告げる。 その様子を見てからくり・月詠は湖底姫に近づいた。 『へへっ、早紀ってばすげぇ美人になったろ。あんた以上じゃね?』 神座早紀のハリセンが月詠の頭目がけて振り抜かれる。彼女は大きく跳ねてぐぐっと月詠の頭を強制的に下げさせると、その後は一緒に平謝り。 『よいよい。このように笑ったのは久しぶりじゃ。のう、円平よ』 「ここでは何ですから、どうぞ中へ」 笑う湖底姫の隣で円平が一行を屋敷の中へと招いた。朋友達も一緒である。通された部屋は円平が作ったと思われる木彫りの像がたくさん置かれていた。 『黒曜は息災のようじゃ。まだまだ元気に玄間殿と一緒にな』 床に屈んだ湖底姫が忍犬・黒曜の頭を撫でる。すると、ものすごいもふら・温が湖底姫の側で寝転がった。 『そなたの温かさは前と変わらぬ。いや、以前よりもっと温かになったようじゃな』 湖底姫は温の毛並みを優しく撫でる。 『ほれ、ネージュよ。そなたもこちらに来るとよいぞ』 『お久しぶりです。お元気でなによりです』 『素晴らしい妖精になったようじゃな。この羽根、羅喉丸殿もさぞ自慢の朋友であろう』 『羅喉丸は湖底姫さんと円平さんのことを気に掛けていました』 ネージュと話した後、湖底姫は月詠に近寄った。 『月詠は主人思いのよい子じゃ。わらわがいうのもなんじゃが、早紀殿のことどうかお守りしてくりゃれ』 『任せてくれ!』 湖底姫と朋友達のやり取りを眺めていたリィムナがふと気づく。 「ゴメン、サジ太。ちょっと待ってね」 リィムナは同化を解いて輝鷹・サジタリオと分離する。 『おお、サジタリオ。これまた立派になったのう!』 サジタリオは湖底姫が差しだした片腕に掴まる。翼を広げたサジタリオの鳴きを聞いて湖底姫は大きく頷いた。 ●和気藹々 昼食は玲璃が持ってきた重箱弁当を頂いた。 「少しお聞かせ願えますか?」 その際、玲璃は遠野の変遷を湖底姫と円平に伺う。 『わらわよりも円平の方がよく知っておろう』 「買い物で年に数回立ち寄っていた程度のことしか知りませんが――」 畜産の発展については知っていると思われるので、二十年前に関わった人物の行く末について円平は語る。 緑兄妹は貿易関連の会社を興して、かなり手広くやっているようだ。 飛空船は元より、安全になった海に注目。大量物流には海上輸送が一番適している。遠野が村から町、そして街へ発展するのに大きく寄与した。 理穴東部の流通拠点として確固たる地位を築いたのである。それでも海産資源や水資源を軽んじないように努めたのは湖底姫の意思を継いだからだ。 その後、一行は用意された部屋で身体を休める。 夕食には羅喉丸の土産が食材として使われた。秋なので少々早いが毛ガニの鍋。さらに塩胡椒と醤油で焼いたステーキが並んだ。 『ここにいる者ならば飛んでも大丈夫じゃ。先程、触れをだしておいたからな』 湖底姫も一緒に卓を囲む。普段も円平につき合って一緒に食べることが多いらしい。調理もするそうだ。 「食べるのは久々だよ♪」 リィムナがパクパクと料理を頂く。サジタリオも小さく鳴きながら生肉を頬張る。 「そうか。リィムナさんも姫と同じようになったんだね」 「うん♪ 生きるために食べる、って必要が無くなったからね。あ、味を楽しむために食べるのは大好きだよ♪」 リィムナはステーキを平らげた後、鍋から小鉢にとった毛ガニも美味しく食べた。 「いい肉ですね。野生肉ではよほどの当たりがない限り、この味は出せないでしょう」 『鍋はよいのう。理穴は他よりも早くに冬が訪れるからな』 円平と湖底姫が喜んでいる様子に羅喉丸が笑みを浮かべる。 料理を楽しんだ後はお酒の時間。羅喉丸が持ってきた『特別本醸造酒「禅正」』を味わいながら会話を弾ませる。北面王から頂いた秘蔵の逸品だという。 「羅喉丸さんと大雪加さんが結婚されていたなんて」 「魔の森開放から大分日が経ってからなんだが、ある機会に香織に告白してそれから付き合いが始まって結婚‥‥となったんだ」 羅喉丸が大雪加との馴れ初めを語った。 『わらわは何となくわかっておったぞよ』 次いでもらった酒をぐいっと飲みながら湖底姫が呟く。 「開拓者全盛期のときに稼いだお金で、今は道場を開いてる。先達の想いと共に伝えられてきたものが俺の代で絶えてしまうというのは少し寂しいと思っていたし、二人を見て俺も何か残したいと思ったからな」 志体持ちでも戦いの基本は知っておいた方がよい。羅喉丸はそういうのを教えているという。大雪加が長を務める理穴ギルドを手伝いたい気持ちもあった。 『綺麗な髪じゃ』 寝る前、湖底姫はネージュの髪を小さな櫛で梳いてあげた。 ●甘味 二日目には甘味の席が用意された。玲璃が用意した甘味の他に仲間達の食材なども使われて新たな菓子が並ぶ。 「ずっと味わっていたいですね」 儀弐王の甘味好きは今も続いている。静かに、だが確実に、甘味の皿が儀弐王によって撃破されていく。 『なるほどのう。玲璃殿はどうされておるのじゃ?』 「今はある国のさるお方の侍従を務めております」 玲璃は言葉を曖昧にしたが、泰国で春華王に仕えていた。 泰大学卒業後、科挙の試験に合格してそれまで見習いであった侍従の道を本格的に歩み始めて今に至る。来年には侍従長への昇進が決まっていた。 「このお饅頭、美味しいですね。こちらの皿、狩りにでかけている羅喉丸の分としてとっておいてよろしいでしょうか?」 「はい。お気になさらず」 泰国の内情なので公式に発表はされていない。だが大雪加はその情報を得ているはずである。当然ながら儀弐王もそうだろう。 この機会は玲璃にとって儀弐王、大雪加との改めての顔つなぎの意味がある。 「もし瘴気が残っている場や流れ込んでほしくない場所があれば護衆空滅輪でお手伝いできますが」 『お気持ちだけ頂こうぞ。今は非常に安定しておるのでな』 瘴気について心配していた玲璃だが、それは杞憂で済んだ。ただ一ヶ月に数回の頻度だが密猟者の侵入が発生し続けているという。 『迷わせるのが得意な精霊もおるので、大事になる前に追い返してはおるのだが‥‥』 湖底姫はそろそろ立ち入り条件を緩める方向で考えていた。 『人と精霊が共存できる楽園こそが理想なのだが‥‥密猟者の件からいっても、どうしても無条件といかぬのが歯がゆいのう』 「それは仕方ないことです。理想をそのまま現実に当てはめれば必ず破綻を招きます」 現実的な解を求めて湖底姫と儀弐王のやり取りは続く。 結論としては朋友を二年以上飼った人に申請資格が与えられる方向性で落ち着いた。許可はまた別の話になる。 (「さすが理穴を納めてきた儀弐王ですね‥‥」) 今もおっとりとした印象を振りまく儀弐王だが、やはり一国の王だと玲璃は感心する。そして春華王に意見を求められたとき、適切な助言ができるのかと自らに問うた。 ●精霊達 「まるで手入れしているようなのだぁ♪」 玄間北斗の呟きに合わせて忍犬・黒曜が小さく吠える。 散歩がてら狩りに出かけた玄間北斗は湖底姫に教えてもらった水源を目指す。森を形成する樹木はどれも健やかに育っていた。獣道ですらとても歩きやすい。 やがて辿り着いたのは、十数年前に湖底姫が秘術で地下水を湧きださせて形成させた湖である。 「あ、もふら様がいるのだぁ〜♪」 玄間北斗と黒曜が遠くに色鮮やかなもふらさまの群れを発見。茂みに隠れてこっそりと近づいた。 (「すごいのだぁ。野良もふら様の群れなんて、普通はいないのだぁ♪」) もふらは精霊力が強い土地で自然発生的に出現する。すぐに保護されるので野良は一般的にあり得ない。五十頭を越えるもふらの群れは、この土地ならではの珍しい光景といえた。 『どうじゃ。近づいてみるかや?』 「!! こ、湖底姫様ぁ」 いつの間にか真後ろに立っていた湖底姫に玄間北斗だけでなく黒曜も大口を開けて驚いた。 『よい者達じゃ。仲良くな』 湖底姫と一緒のおかげか、もふらの群れは警戒しなかった。 『旅立つ際に連れてきたもふらたちも元気にしておるぞ。ほら、玄間北斗殿を忘れていなかったようじゃ』 群れの中から大きなもふらが姿を現す。 『こやつの名は「灯」じゃ』 湖底姫の一言で玄間北斗は思いだす。遠野村で一番小さかったもふらに自分が『灯』と名づけたことを。 「久しぶりなのだぁ〜♪」 玄間北斗は灯に抱きついた。黒曜も灯と首を擦り合わせて再会を喜び合う。他にも羅喉丸が名付け親の『翠』。神座早紀が名付け親の『よもぎ』もいた。 玄間北斗は大空を飛んでいたリィムナに手を振る。 「うぁ〜、もふらがいっぱいだぁ♪」 降りてきたリィムナがもふらの群れに入ってもふもふを楽しむ。 「先に戻ったら、羅喉丸さんと早紀さんにあのときのもふらがいると伝えて欲しいのだぁ」 「あたしなら飛べばすぐだし、今行ってきてあげるよ♪」 玄間北斗の頼みをリィムナは即座に実行してくれた。 「すごいもふらの群れだな‥‥みどり、翠なのか?」 「もしかしてよもぎ?」 しばらくして羅喉丸と神座早紀がもふら達との再会を喜び合う。他にも蜜柑、鈴蘭、もふ虎、もふ海、黒姫と白姫も元気にしている。 玄間北斗は灯に湖のことを教えてもらった。自分は水蜘蛛で湖面を歩き、黒曜は水呼吸で潜って獲物を探す。 「ミヅチなのだぁ〜♪」 玄間北斗が泳いでいるミヅチに手を振っていると水面に黒曜が顔を出す。どうやら獲物を見つけた様子である。 互い呼吸を合わせ、黒曜が湖面まで追い立てたマスを玄間北斗が銛でひと突き。次々とマスを獲っていく。 森の中で狩りも行う。玄間北斗は迫ってきた猪に対して『影』で急所を狙う。仕留めた猪を運んでくれたのは灯である。 その日の夜。マスの塩焼きとぼたん鍋を食べながら小さなもふら達と遊んだ話に一同は花を咲かせた。 ●それぞれの生き方 「早紀、結婚してたんだね。おめでとう〜♪ 羅喉丸と大雪加は熱々だね♪」 仲間の結婚を知ったリィムナは食事の席で祝いの言葉を贈る。 「ありがとう。円平さんにも話しましたが、男性恐怖症はもう昔の話です。実は子供もいるんですよ」 それは幾重にも目出度いとリィムナは神座早紀の杯に酒を注いだ。ちなみに羅喉丸と大雪加の間に子供がいるかどうかは訊ねなかったので事実は不明である。 「長く天儀にはいなかったとリィムナさんは仰っていましたが、何処にいらっしゃったんですか?」 「方々かな。まず旧世界を探検した後で、天空の星々にいったんだ。最初はお月さまだったけどね。それから次元の壁の向こう側も。あっちにはこっちと似て非なる天儀もあったよ♪」 リィムナは全員があっけにとられているのに途中から気がついた。 (「流石に現実味がなさすぎたかも」) 話しを一旦切り上げて美味しい食事を味わう。秋の恵みはどれも素晴らしい。 「大雪加はギルド長をずっと続けるの?」 「任せられる人材がいますし、そろそろいいかもと思っていますが‥‥」 大雪加はリィムナに答えながら羅喉丸に視線を送った。 「俺はどちらでもいいぞ。リィムナさんほどではないが、飛空船を買って家族でしばらく旅に出かけるのも面白そうだ。そういえば――」 羅喉丸がふと思いだして円平に訊ねる。二十年前に渡した『弓「浄炎」』はまだあるのかと。 「ええ。今も使わせて頂いていますよ」 話しが弾んで羅喉丸と円平は明日一緒に狩りへ出かけることになる。 「やったー♪ また美味しいもの食べられるよ。ほら、サジ太も喜んでいるし」 リィムナはお肉を食べて頬を膨らませる。 翌日、空を飛んでいる途中で羅喉丸と円平を見つけた。 「頑張っているのを邪魔しないようにと」 リィムナは高い樹木の頂に足の裏をつけて周囲を見回す。 もふらの群れ以外にもたくさんの朋友が棲息している。サジタリオの仲間である迅鷹もそこかしこで見かけられた。 暫し同化を解いてサジタリオを仲間の元へ。自らは刈り入れが終わった円平の田んぼで稲わらの上に寝転んだ。 「ここは居心地がいいね‥‥」 リィムナは稲わらを口に咥え、秋の空に浮かぶ鱗雲を眺めながら呟いた。 ●森の自然 「倒木に生えているこのキノコ、採ってね」 『任せておけ』 神座早紀とからくり・月詠は森を散歩しつつ、茸狩りを楽しんだ。わずかな時間で籠がいっぱいになる。 「こんにちは♪」 初日もそうだったが、精霊と出会う機会がとても多い森である。精霊達と話しているうちに神座早紀もだんだんと判ってきた。 (「この二十年、遠野村が頑張ってきたようにお二人も頑張っていたんですね」) 単なる自然に見える森の景色も二人の努力によって成し遂げられたものだ。その事実を思うと神座早紀は感慨深くなる。 「樹照界ってまだあるんだ」 籠を背負う神座早紀が樹照界を見上げた。樹照界とは建物ような形をした植物の集合体である。 種として緑化を一気に広げる力を蓄えていた。神座早紀はそれが広がる様を飛空船から眺めたことがあった。 「早紀さんですか?」 「これは‥‥樹照界だな」 羅喉丸と円平が偶然にも姿を現す。獲物の雉を何匹もぶら下げながら。 「二十年前訪れた時に見せていただいた、樹照界が開放される姿、とても美しかった」 「姫にもそういってあげてください。きっと喜びますから」 神座早紀と円平が思い出話に浸る。 「懐かしいな」 『ここ大好きです』 羅喉丸はネージュ、翠と一緒に樹照界を散歩する。 その日の晩はキノコ鍋と雉鍋で舌鼓が打たれた。 ●別れの時 予定していた一週間の滞在はあっという間に過ぎ去る。 「二十年前の樹照界の開放、今尚鮮明に思い出せます。あの日のこと、これからもずっと忘れません。有難うございました」 『元気に過ごすのじゃぞ。早紀殿をふくめてここにおる全員ならいつでもよい』 神座早紀は湖底姫、円平と別れの挨拶を済ませる。 「美しいものを拝見できてよかった。二十年生きて分かったのは人生は短く私達が時間を共有できるのはさらに短い。ですがいつも新しいこと、記念すべきことがあることです。そして今もそうです」 玲璃はこの言葉を二人との暫しの別れの言葉とした。 「また会おう。湖底姫さんと円平さん」 「はい。楽しみにさせて頂きます」 羅喉丸と大雪加は二人で挨拶する。 「立ち入りの制限を緩めるのは大賛成なのだぁ。いつかもっと自由に行き来できるようになるのも願っているのだぁ〜♪」 去り際の玄間北斗が笑顔で手を振る。 「あたしはまだ、いってみたいところが沢山あるんだ♪ じゃあね、皆元気で♪」 翼を広げたリィムナは一瞬で高空まで到達。一分も掛からずに遠くの空へと消えていった。 「リィムナさんらしいですね。では参りましょうか」 儀弐王の一言で一行は本格的に歩みだす。数時間後には森の外縁で待機中の飛空船にまで辿り着く。 ゆっくりと離陸する飛空船。『湖底姫の大地』が見えなくなるまで多くの者が船窓近くから離れることはなかった。 |