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■オープニング本文 「もう戻ってくるんじゃないぞ」 「お世話になりました」 三十路半ばの女性が風呂敷包み一つ胸に抱えて門番に頭を下げる。 武天の都、此隅郊外にある牢屋敷から出所したばかりの女性は寒空の下を頼りない足取りで歩く。街道の脇には雪が積もり、今もちらほらと舞い落ちていた。 行くあてもなく彷徨っていたつもりが、無意識にかつて住んでいた此隅内の長屋へ向かっていたことに気づいて立ち止まる。 路地裏で遊ぶ子供達の声を聞いて踵を返す。早歩きでその場から立ち去った。 「もうあそこには‥‥」 女性はぼんやりと川面を眺めながらどうしてこうなってしまったかを思いだした。 所帯を持ったばかりの夫はよく笑う人だった。しかし酒に溺れて真っ当な生き方から足を踏み外してしまう。 ある日、息子へ包丁を振りかざした夫を見て女性は無我夢中で助けようとする。気がつけば長屋の一室は血に染まっていた。女性は夫を殺してしまったのである。 奉行所のお白洲では情状が認められたものの入牢は免れなかった。すぐに出られるはずだったが、運が悪いことに脱獄の共謀が疑われて刑期が延びてしまう。 五年の歳月で世間のすべては変わっていた。両親や親戚もいない身の上ではもうどうすることもできない。 女にできることで生き長らえるか、それとも目前の水の中へと飛び込むか。迷っているうちに見知らぬ者達から声をかけられる。 その者達は自らを開拓者と名乗った。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●袖振り合うも多生の縁 雪景色の武天此隅の近郊。 届け物の依頼を終えた開拓者一行は川沿いの土手を歩いて此隅へ戻ろうとする。ふと土手の斜面を眺めると一人の女性が座っていた。 開拓者達は互いの顔を見合って言葉を交わす。誰も意見は同じ。放っておけないと声をかけることにした。 「あらあら、こんな雪の日に‥‥どうかされましたか?」 最初に明王院 未楡(ib0349)が話しかけた。 「もうしばらく川を見ていたいだけですので、お構いなく」 女性は振り向かず呟くように答える。 誰にでもそれが嘘なのはわかった。彼女の肩や頭の上にたくさんの雪が降り積もっていたからだ。 「こんなところで座っていたら凍えてしまうぞ」 羅喉丸(ia0347)は雪積もる土手を下って女性の前に立つ。やつれていたので断言はできないが三十路を越えた容姿に思えた。 「何か困ったことがあるんじゃないのか。なんだったら俺たちに話してみないか? 開拓者を生業にしているんだ」 ヘスティア・V・D(ib0161)は女性の隣で屈んで横から話しかける。 「かいたく‥‥開拓者ですか? あのアヤカシを倒したりする」 「だな。そういえば腹が減ったな。こんなところじゃなんだし、一緒に何か食べようぜ」 ヘスティアは女性の脇に腕を差し込んで少々強引に立たせた。 「この間、いい店を見つけた。そこに行こう。ついでに暖かいはずだ」 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は振り向いた女性と一瞬目を合わせる。すぐに外套を翻しつつ此隅の方角へと歩きだす。 一行は女性を連れて川沿いの土手を進んだ。 「ですが私‥‥。あの‥‥」 「ああ、お金なら大丈夫。誘ったのはこっちだし、おごるから」 ヘスティアに腕を引っ張られながら女性は困った表情を浮かべる。 「俺もだすから気にする必要ないぞ!」 最後列を歩きながら女性と目が合った羅喉丸が大声をだす。次に小声で天妖・蓮華に話しかけた。 「蓮華、悪いがもう一仕事と行こうか」 『何、善い、善い。もしもお主がそうい言わなければ、教育的指導の1つも行うかと思っておったところじゃ』 宙に浮かんだ蓮華は胸元で腕を組んでさらに胡座をかく。 未楡が歩きながら、まだ積もっていた女性の雪を払ってあげる。 「寒いでしょう。私の着替えでよかったら」 「あ、ありがとうございます」 防寒胴衣を女性に貸すとき、未楡は手に触れる。あかぎれたその手は、まるで氷を触ったかのように冷たかった。 ●ぼたん鍋の食事 リューリャが一同を案内した店は肉料理を扱うももんじ屋である。 屋号は『桜牡丹』。今年の秋頃にできたばかりの料理店だが開拓者界隈では評判になっていた。 案内の女中に頼んで座敷の個室を用意してもらう。 注文したのは猪肉のぼたん鍋。頼んだ量が多いだけあって出てくるまでには暫しの時間がかかる。 座布団に座ってすぐに開拓者全員が自己紹介を終わらせた。 「事情がおありと見受けましたが‥‥如何でしょうか?」 未楡が女性に淹れなおしたお茶を勧める。長い沈黙があった後で女性の重い口がようやく開かれた。 「名前は菊、菊といいます。つい先程、牢屋敷をでたばかりの者です」 どうして川を見つめていたのか、その理由が何であったのかが語られる。 五年前に十歳の息子を助けようとして夫を殺してしまった事実。その後に降りかかった身に覚えがない災難まで。望んでいた自由の身になったものの、いざそうなってみればどうやって生きていけばよいのかわからなくなってしまったという。 「もう私はどうすることも‥‥」 菊の瞳からぽろぽろと涙が零れた。未楡とヘスティアが菊に手ぬぐいを貸す。 「息子の名は富吉といいます。今は十五歳のはず。あの子に会うことをずっと考えて生きてきましたが、牢屋敷から自由になったら怖くなりました‥‥」 この話しの直後、襖越しの廊下から女中の声が届く。 返事をすると個室内に大きな鍋が運ばれてきた。女中は囲炉の鈎に重い鍋を吊し、一緒に運んできたお櫃から御飯を茶碗によそる。 「何かありましたらお呼びくださいませ」 そういって女中は個室を去っていった。 「まずは食べようか。腹が減っていると悪いことばかり考えてしまうからな」 リューリャが鍋ぶたを取ると大量の湯気が立ち上る。湯気が薄らぐと鍋の中身が見えた。ぐつぐつと煮えるぼたん鍋は食べるのに丁度良い頃合いである。 「私がとってあげますね。お好きな具はありますか?」 「いえ特に」 「ではまんべんなく」 未楡の家業は民宿兼小料理屋なのでこういうのには慣れていた。ただ椀によそるのではなく、綺麗に盛りつけて菊に手渡す。 「食べようぜ。まずは腹一杯になろうじゃないか」 ヘスティアは廊下近くに座るからくり・D・Dによそったばかりの椀を譲った。自分の分はその後だ。 からくり・D・Dにはすでに周囲の警戒を頼んである。菊にとっては誰にも聞かれたくない身の上話に違いない。彼女が死にたそうに川面を見つめていなければ、ヘスティアも触れはしなかっただろう。 「そうだな。まずは食べてからだ。この猪肉、ものすごく柔らかそうだぞ。さすがは評判の店だな」 『羅喉丸よ。わらわの分も頼んだぞ。葉っぱは控えめでよい』 羅喉丸はお肉山盛りの椀を天妖・蓮華の膳に置いた。 「‥‥‥‥」 リューリャは天妖・鶴祇がよそってくれた椀を受け取り、ぼたん鍋を黙って食べる。そして全員の腹が満たされた頃に改めて話を切りだした。 「先程の話を聞いた限りじゃ何ともいえないな。母としてはそれは決して間違っちゃ居ない。しかし妻としては‥‥ってな」 菊は箸を置いて黙って聞き続ける。 「だが俺は思うぜ? 『明らかに間違いを犯そうとしているものを止める』ことも大きな愛情だって。そして、子供にとっては親ってのは‥‥唯一なんだ。正体隠してでもちゃんと会ってやるのが、勤めなんじゃないかな」 リューリャの次にヘスティアが語った。 「俺も似たようなことを考えていたんだ。夫を諌められなかったのはあんたの罪かもしれねぇ。でもな、子供を守れたのはあんたの力だろ? 子供にとっては辛い記憶かもしれない、だがな、母親に守られたって事実は残ってるんだ。俺も合うべきだと思う」 「リューリャさんだけでなくヘスティアさんもそう思うんですね」 菊が少しだけ顔をあげる。 「そう。会って、罵られるなり感謝されるなりするべきだ。じゃないと、あんただけじゃなく、子供も先に進めないだろ? 親ってのはどこまで行っても親なんだ‥‥」 ヘスティアの眼差しは真剣な光を帯びていた。それはリューリャも同じであった。 「五年ぶりに見た長屋から子供達の声が聞こえてきました。そうしたら幼い頃の息子の顔が脳裏に浮かんできて‥‥富吉の気持ちを想像して怖くなったんです。ですが、その通りですね。どうであれ私は富吉の言葉を聞かなくては」 まだ俯いてはいたものの、未楡ははっきりとした物言いで自らの心情を語る。 (「みんなで相談して声をかけて本当によかった。息子さんに会えれば生きようとする思いや気力が出てくるだろう」) 羅喉丸は黙ったまま菊の話しに耳を傾けた。 「何はともあれ富吉さんの情報が必要ですね。日が暮れるまでには時間がありますし、この後、長屋に行ってみましょうか?」 未楡の案に誰もが賛成する。 襖を開けた未楡は廊下を歩いていた女中に持ち帰りのお握りを頼んだ。会計の際に受け取り、全員で桜牡丹を後にするのであった。 ●長屋と大家 「余り変わっていないようです。前に住んでいた部屋は確かここのはず」 開拓者達と一緒に長屋を訪ねた菊が足を止める。かつて住んでいた長屋の一室は物置小屋に。出入り口の戸板前には周囲から退けられた雪が山になっていた。 「おや、もしかして菊さんじゃないかい?」 隣の部屋から現れた中年女性が菊に話しかけてくる。五年前は非常に迷惑をかけたといって頭を下げた。 「いいんだよ。ここに住んでいるみんな、菊さんがあいつに苦労させられていたのは知ってるんだからさ」 次第に周辺の住民達が集まりだす。長屋の人々は菊に同情的であった。 (「やはりそうか。長屋で少しでも大きな声をだせば会話は筒抜けだ。お白州の役人よりも理解していると思っていたが、その通りだったな」) リューリャは長屋の人々の会話を聞きながら心の中で呟く。 「あの、‥‥‥‥富吉は? 富吉が今どうしているのか、知っている方はいませんか? 些細なことでも構わないんです」 「富吉‥‥あ、息子さんだね。どうだい、知っているかい?」 この場にいる誰もが五年前の出来事から富吉の姿は見ていなかった。 此隅の街中でそれらしき人物を見かけた者はいたものの、それが本人かどうかはわからない。少なくともあれから長屋には顔をだしていない様子である。 「大丈夫か? 気をしっかり持つんだ」 「は、はい‥‥」 肩を落として蹌踉めいた菊をヘスティアが支えた。 「菊さんに力を貸している者だ。少し質問させてくれ。この長屋の大家はどこに住まわれているのだ?」 羅喉丸が訊ねると長屋の人々はすぐに大家の住処を教えてくれる。 「またお話しを聞かせて頂ければ助かります。こちらはせめてものお礼です。みなさんで分けてくださいね」 未楡は長屋の人々にお握りの風呂敷包みを渡す。そして仲間達と共にその場を立ち去った。 「俺が先に行って面会の許可をとってくる」 リューリャが先行して大家の元を訪ねた。ゆっくりと歩く菊に付き添う仲間達もやがて大家の家屋に到達する。 「その節はご迷惑をおかけしました。本日、務めが終わったばかりです。あの‥‥息子の富吉のことをご存じではないでしょうか?」 「もう過ぎたことだから気にしないでおくれ。それよりも苦労されたようだね。息子さんのことは、ここでは何だから」 初老の大家は菊だけでなく全員を居間にあげてくれる。 「五年前のことなので細かいことは忘れてしまったが‥‥富吉の奉公先を世話したのは私だよ。それは間違いない」 「富吉は元気にしているのですね?」 「最近会ったのは一年前だったか。元気にしていたよ」 「そ、そうですか」 大家と話す菊の姿を眺めて羅喉丸は安心する。 (「きっかけはこれで大丈夫だろう」) 菊の瞳に輝きが感じられた。隣に座る蓮華もそう感じたに違いない。 「当時は確か‥‥奉公先を三個所ぐらい紹介したんだ。その中で富吉が選んだのは二八の蕎麦屋だった。屋台から店を構えたばかりの新規のところでね。ちょうど奉公人を欲しがっていたところだったんだ。まあ、五年前の話だから」 蕎麦屋の屋号は『更科』。今も此隅内で営業している。 「少しお待ちなさい」 大家は菊に一筆紹介状を書いてくれた。 「そこの黒い長髪のお方」 一同が更科に向かう際に大家は玄関先で未楡を呼び止めた。 「私でしょうか?」 もし必要ならば長屋の一室が空いている。一週間ぐらいならただで都合して構わないとそう伝えるのであった。 ●母と息子 「ここに富吉が‥‥」 菊は蕎麦屋・更科の店舗を目の当たりにして足がすくんだ。暖簾が掛かる玄関口を見つめたまま動けなくなってしまう。 「す、すみません。ここまで来たらとは思うんですが‥‥。こんなにも意気地無しだったなんて」 「大丈夫、気にするな。ここは俺に任せてくれ」 羅喉丸は菊から紹介状を預かる。そして一人で暖簾を潜り、店内へと消えていく。 戻ってくるまで五分もかからなかったはずだが、菊にはその待ち時間が非常に長く感じられた。 「番頭さんと話をつけてきた。富吉さんは今もここで働いているそうだ。裏口に回って欲しいといわれたよ」 羅喉丸の言葉を聞いて菊の表情が一気に明るくなる。番頭からの指示通りに道を迂回して更科の裏口へと向かう。 垣根のある街角を曲がると裏口が見える。戸の前には若者が立っていた。 「と、とみきち‥‥」 五年の歳月を経ても菊はすぐにわかった。その若者が自分の息子だと。 「よく訪ねてくれたね。母さん」 富吉のその一言で菊の頬に涙が零れる。 「ごめんよ、迎えにいけなくて。何度か牢屋敷に足を運んだんだけど、何も教えてくれなくてね」 「いいんだ。悪いのは私なんだよ。だから富吉、謝るのはおよしよ。‥‥‥‥すまなかった。これまで大変だったろうに」 雪面に座り込んだ菊に富吉が駆け寄った。蹲って丸くなった菊の背中を富吉が抱きしめる。その手には紫色のお守りが握られていた。 「母の案内をして頂いて、ありがとうございました。番頭さんから開拓者のみなさんが一緒に来ていると聞かされましたが、母からの依頼でこちらに?」 富吉の質問に開拓者一同は首を横に振った。少し袖が触れ合っただけだと。 「菊さん、富吉さんと会えてよかったですね」 「はい」 未楡が立ち上がった菊を支える。そして多くは語らなかった。 菊は自分達に話したよりも多く、これまでいろいろなことを考えてきたに違いない。富吉のことだけでなく、迷惑をかけてしまった人々も含めて。その上で死のうかどうか土手から川面を見つめていたはずである。 富吉もしかり。殺意を向けてきた父親だけでなく、母親である菊も恨んだのかも知れない。怒りや憤りのあまり、眠れぬ夜も過ごしたことだろう。それが誤解や逆恨みであったとしても、他人がとやかくいう資格はなかった。 それでも母親と息子が再会を喜び合った。それがすべてだと。 「実はあの長屋の大家さんから言づてがあります」 未楡は長屋の空き部屋のことを話した。 「今は他の奉公人達と大部屋に住まわせてもらっているんだが、そろそろ独立しようかと思っていたんだ。母さん、もう一度、あの長屋で一緒に住もうか?」 「わたしはいいけれど。でも、お金が‥‥」 「大丈夫。給金はちゃんともらっているから。お金も貯めてある」 「そりゃ、うれしいけどさ」 富吉は一旦店内へと戻り、外に住むことについて番頭から許しをもらってきた。 ただ本日は大晦日である。 蕎麦屋が一年で一番忙しい日に抜けるわけにはいかなかった。そこですべての手続きは菊に任される。 もう一度大家の元に出向き、正式に長屋の一室を借りた。 「すみません。こんなことにまでつき合わせてしまいまして」 「かまわないよ。この包丁、切れそうだな」 開拓者達は調理道具などの買い物にもつき合う。こちらの勘定は富吉持ちである。 更科の番頭も粋な計らいをした。 未楡が空龍・斬閃に乗って更科に立ち寄った際、打ち立ての生蕎麦を持たせてくれたのである。長屋に住む全員に行き渡る量をだ。 番頭は引っ越しと年越しを兼ねての蕎麦ならちょうどいいと笑っていた。 「またお世話になります」 「そりゃよかったねぇ。こちらこそお願いするよ」 「よかったらこちらを」 「こりゃもしかして蕎麦なのかい?」 菊が大家のところに続いて引っ越しの長屋回りをした。天妖の鶴祇、からくりのD・Dが一緒に生蕎麦を運んでくれる。 「もう日が暮れるのか」 『今年最後の日の入りじゃな』 薪割りをしていた羅喉丸と天妖・蓮華が沈みゆく夕日を眺めた。 長屋の一室は決して広くはなかったが、龍の斬閃を含めなければ全員が座れる。斬閃には特別な美味しい餌が与えられた。 「更科は今頃大忙しですね」 「息子が蕎麦打ちできるようになっていたなんて」 未楡と菊が生蕎麦を茹でる。菊と開拓者達も夕食を兼ねた年越し蕎麦を頂く。 富吉が長屋にやってきたのは夜十時を過ぎた頃である。 「母さん、どうだい? 人手が足りないそうなんだ。更科で働いてみないか?」 来年から菊も更科で雇ってもらえることとなった。 「みなさまのおかげで素晴らしい一年の締めを迎えることができました」 「あのとき、声をかけてもらわなかったら‥‥今日の出来事なのにまるで遠い昔のように感じられます。ありがとうござました」 別れ際、菊と富吉は開拓者達に深々と頭を下げる。 開拓者達は普段とは違う雰囲気の中、精霊門へと向かう。いつもは寝静まっている真夜中でも大晦日は特別。多くの往来があった。 リューリャとヘスティア等は仲間達から少し離れて歩く。 「もし俺が、あの母親の夫のように子や君に危害を加えようとしたら、止めてくれよ?」 黄昏れた表情で呟いたリューリャをヘスティアは思い切り抱きしめる。顔を胸の谷間に押しつけて窒息しそうになるぐらいに。 「馬鹿野郎、リューリャがそんな風になるわけねぇじゃないか、俺が保証してやるよ」 ヘスティアは抱きしめながらリューリャの頭を何度も撫でた。 『そっか、それなら合法的に殴れる』 D・Dの呟きをヘスティアは聞き逃さない。 「後でお仕置きな?」 ヘスティアに睨まれたD・Dは立ち止まっただけでなく、ずずっと後ずさった。 『おんしは小心者じゃから無理じゃて、余計なことに気を回すでない』 ようやく開放されたリューリャは深呼吸をする。天妖・鶴祇は背中をさすってあげながらあきれ顔で言葉を投げかけた。 先を歩く者達も話しに花を咲かせている。 「とにかくよかった。あれならもう大丈夫だろう」 「これからはきっとお幸せに暮らすことでしょう」 未楡と羅喉丸がしみじみと語り合う。 『除夜の鐘が始まったか。もうすぐ年越しじゃ』 蓮華が宙に浮かびながら呟く。鐘の音が多くの者の心に響き渡る。 やがて年越しの瞬間。開拓者達は開いた精霊門を潜り抜けて神楽の都へと帰って行った。 |